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東京地方裁判所 平成元年(ワ)15537号 判決 1991年11月27日

原告 日本ヘンクストラ株式会社

右代表者代表取締役 タゴベルト・コッツア

右訴訟代理人弁護士 西村寿男

右訴訟復代理人弁護士 湊谷秀光

被告 田中義崇

右訴訟代理人弁護士 大川立夫

主文

一  被告は原告に対し、別紙書類目録一記載の書類を引渡せ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分して、その一は被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  被告は原告に対し一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四九年四月一日設立された、自動計数制御機器の輸出入及び製造販売等を営業目的とする会社である。被告は、右設立以来原告の代表取締役の地位にあったものである。

2  原告においては、平成元年七月五日開かれた取締役会において、被告を代表取締役から解任する旨の決議がなされた。更に、同月二〇日開催された株主総会において、取締役の任期満了にともなう新取締役六名の選任決議がなされたが、被告は取締役に選任されなかった。

3  そこで、原告は、同日以降再三に亘って、被告に対し、被告が代表取締役在任中占有管理していた別紙書類目録二記載の原告の会計帳簿等の書類等の返還を求めたが、被告はこれらを引渡さない。よって、原告は被告に対し、退任した取締役の事務引継義務の履行として、右書類等の引渡を求めているものであるが、本訴においては右のうち特に重要な別紙書類目録一記載の書類の引渡しを求める。

4  原告は、別紙書類目録二記載の書類等の返還を受けられなかったため、その業務に著しい支障が生じ、それによって一〇〇〇万円以上の損害を被った。よって、原告は被告に対し、債務不履行による損害賠償金一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、原告が取締役会ないし株主総会と主張する会において原告主張のような決議がなされたことは認めるが、それらの会は適法な招集手続を経て開かれたものではない。

3  同3のうち、書類等の返還請求を受けたことは認めるが、その余は争う。

4  同4は争う。

三  抗弁

1  原告が引渡を求める書類等は、すべて被告から原告に返還済みであるか、もしくは原告内に存在する。

2  たとえ右書類等の引渡がなされていないとしても、それは以下のような事情によるものである。

(一) 原告は、ドイツのヘンクストラ社(以下「ヘンクストラ社」という。)が七五パーセント、被告ら日本人の役員が二五パーセントの出資をすることにより、昭和四九年四月一日設立された合弁会社である。

(二) 原告は、設立以来一五年間順調に業績を伸ばしてきたが、その間、売上製品のうちに占めるドイツ製品のシェアが六七パーセントから二五パーセントに減少し、日本の開発製品のシェアが一六パーセントから六三パーセントに増加した。そのような状況の変化に伴い、ヘンクストラ社側は、日本側が合弁契約を解消し日本独自で開発された製品を持って独立するのではないかという危惧を抱くようになった。そこで、ヘンクストラ社側は、原告を完全に支配するため、一〇〇パーセント同社の子会社とすべく、昭和六〇年から昭和六二年にかけて、合弁契約の改訂を試みたが、被告ら日本人役員側の反対にあって実現しなかったようなことがあり、ヘンクストラ社側と日本側との対立が表面化してきた。

(三) 原告の営業担当取締役であった高橋良幸及び梅田弘は、そのような状況下で合弁事業の将来性に失望したとして、原告を退社し、昭和六三年三月ないし同年五月の間に、それぞれ株式会社ケルニックス及びヘニックス株式会社を設立して営業を開始した。その結果、従前の原告の販売部門は、実質上右両会社に移行してしまう形となり、また、右両会社の設立後原告の従業員の退職が相次いだ。殊に、平成元年一月以降経理担当社員の多くが退社し、補充が困難となった。そのため、被告は、従前港区西新橋二丁目一一番九号ワタルビル内の原告本店(以下「東京本社」という。)で行っていた業務を、被告が常勤する大阪市淀川区西中島の大阪支社へ移すこととし、同年三月ころから会計帳簿等の関係書類を順次大阪支社へ移送した。また、それに伴い、東京本社事務所の賃貸借契約を同年六月三〇日をもって解約した。

(四) 他方、ヘンクストラ社側は、密かに前記両会社の買収工作を進め、平成元年四月ころ、梅田弘との間で、同人の経営するヘニックス株式会社の買収につき合意に達した。その条件として、被告を原告の代表取締役に再任せず、梅田弘を代表取締役に選任するということがあった。そこで、ヘンクストラ社側は、平成元年六月ころから、被告を原告から排除するための露骨な行動を開始した。

(五) ヘンクストラ社側の原告役員ら(ドイツ人役員ら)は、法定の招集手続を無視して、突然被告に対し取締役会を開催する旨の一方的通告をなし、同年七月五日原告の東京本社で、取締役会と称する会合を開催した。そして、そこで、一方的に議長を選出して議事を進行し、被告を代表取締役から解任する旨の決議をした。そして、ヘンクストラ社側は、同月七日より東京本社への一切の立入りを禁止する措置を取ったため、被告は、同日から同月二九日まで東京本社への入室を阻止された。

同月二九日には、東京本社の明渡しのため、ワタルビルの管理責任者が、ヘンクストラ社側関係者及び被告立会いのもとに開錠して入室し、ヘンクストラ社側は、事務所内に存した会計帳簿やフロッピーディスク等をすべて搬出した。

(六) ヘンクストラ社側は、大阪支社についても、被告の役員業務の執行及び入室を禁ずる措置を取ったので、被告は、同年七月一七日から同年八月一一日まで大阪支社への入室を阻止された。

同月一一日に、ヘクストラ社側関係者と被告が共に大阪支社に入ったが、その際には振替伝票等の関係書類一切の存在が相互に確認されている。

(七) 更に、ヘンクストラ社側は、同年七月二〇日、法定の招集手続を一切経ずに、一方的に株主総会と称する会合を開催し、そこで、被告を排除した取締役の改選を行い、その上で、かねての計画どおり梅田弘を代表取締役に選任した。そして、原告の経営は、被告を完全に排除してなされ、新たな原告代表者から被告に対する事務の引継要請もなされなかった。

(八) 以上のように、原告は、一方的に適正な手続を経ることもなく解任された被告に対して、東京本社及び大阪支社への立入りを阻止して原告の会計帳簿等に対する管理権を一方的に取上げ、また被告との間で正常な事務引継を行うことを拒否した。従って、もし原告の主張するような書類等が原告に存在しないとしても、引渡がなされなかった原因は専ら原告の右のような行為にあるのであり、その責任は原告にある。また、被告の右書類等の引渡義務は、原告の右のような行為により消滅している。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  同2(一)の事実は認める。

3  同2(二)のうち、ドイツ製品と日本製品のシェアが被告主張のように変化したことは認め、その余は否認する。

4  同2(三)のうち、原告の取締役であった高橋良幸、梅田弘が原告を退社し、それぞれ株式会社ケルニックス及びヘニックス株式会社を設立したこと、被告が東京本社事務所の賃貸借契約を解除したことは認め、その余は否認する。原告の会計帳簿等の関係書類は大阪支社へ移送されてはおらず、東京本社に存した。

5  同2(四)の事実は否認する。

6  同2の(五)ないし(七)は否認し、同2(八)は争う。

7  被告が、原告が引渡を求めた書類等を所持しながら隠匿していることは、次のような事実から明らかである。

(一) 被告は、平成元年八月初めころ、原告の親会社であるヘンクストラ社の代表取締役タゴベルト・コッツァと会談して、被告が代表取締役であった平成元年六月三〇日現在の原告の決算書を作成する旨約した。そして、被告は、右約束に基づき、右決算書を作成して、同年九月二八日ヘンクストラ社に送付している。右決算書を作成するためには原告の直近時点までの会計帳簿等の関係書類が必要であり、被告がそれらを所持していることは明らかである。

(二) 原告訴訟代理人は、平成元年八月以降再三被告に対し、原告の会計帳簿等の書類の引渡を求めた。これに対し、被告は、同年九月八日原告訴訟代理人に文書の回答を送ってきたが、それには、被告が、総勘定元帳及び振替伝票を、同年六月三〇日時点での仮清算(決算書作成)のためコンピューターに入力する資料として必要であるので預かっている旨記載されている。

(三) 被告が代表取締役から解任された後、原告において、資産状態を調査したところ、決算書類に照らしてみて、不足している資産や使途不明金が多くあることが判明した。そこで、原告は、平成二年一月被告に、それらの不足している資産(定期預金一二〇〇万円、受取手形三六三三万円、現金四二万円)の返還と使途不明金(一二四五万円)の使途を明らかにすることを求めたが、被告はこれに応じようとしないので、原告は被告に対し、六一二二万円の損害賠償金の支払を求める訴訟を提起した。原告が引渡を求めた会計帳簿等があれば、右の不足している資産の行方や使途不明金の使途等も明らかになるのであるが、被告はそれを恐れて会計帳簿等を隠匿して、その引渡に応じないものである。

第三証拠《省略》

理由

第一別紙書類目録一記載の書類の引渡請求について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、平成元年七月五日原告の取締役会が開かれ、そこで被告を代表取締役から解任する旨の決議がなされたこと、更に、同月二〇日開かれた原告の株主総会において、取締役の任期満了にともなう新取締役六名の選任決議がなされたが、被告は選任されなかったことが認められる。

三  《証拠省略》によれば、原告は、平成元年七月二〇日ころから同年一一月二四日本訴を提起するに至るまでの間、再三に亘って被告に対し、原告訴訟代理人や原告が会計監査を依頼した公認会計士等を通じて、被告が原告の代表取締役在任中占有管理していた原告の会計書類である別紙書類目録一記載の書類その他の原告関係の書類等の引渡を求めたこと、これに対して、被告は、同年八月二二日から同年九月一八日までの間前後四回に亘って、原告訴訟代理人に対して、原告の代表者印や銀行取引印、預金通帳、手形、小切手帳、請求書や納品書等の徴憑書類、契約書類、発注伝票その他一部の会計書類等相当多数の原告関係の書類等を持参ないし送付してきたこと、しかし、その中に最も基本的で重要な会計書類である別紙書類目録一記載の書類その他相当数の原告関係の書類等が含まれていなかったことが認められる。

四  そこで、抗弁について判断する。

1  別紙書類目録一記載の書類が原告に引渡されたとか、あるいは右書類が原告内に存在することを認めるに足る証拠はない。従って、抗弁1は理由がない。

2  次に抗弁2について検討する。

(一) 抗弁2(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二) 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告においては、被告が代表取締役から解任される数年前より、ヘンクストラ社側と日本人役員との間で徐々に対立が生じてきて、昭和六三年三月ないし同年五月の間に、原告の取締役であった高橋良幸及び梅田弘が原告を退社し、それぞれ株式会社ケルニックス及びヘニックス株式会社を設立して営業を開始した。その結果、従前の原告の販売部門は実質上右両会社に移行してしまう形となり、また、右両会社の設立後相当多数の原告従業員が右両会社に移るなどして退職した。殊に、平成元年一月一日以降東京本社には勤務する従業員が一人もいないという事態になり、被告は、原告代表者として、東京本社事務所の賃貸借契約を同年六月三〇日をもって解約した。

(2) これに対して、ヘンクストラ社側は、同年七月五日取締役会を開催して被告を代表取締役から解任し、同月七日東京本社事務所の賃貸人に対して、被告に保証金、敷金や賃借事務所内の動産類等を引渡さないよう要請した。そのため、東京本社は賃貸人によって施錠され、原告関係者は誰も立入れなくなった。そして、同月二九日、東京本社は、その明け渡しのため、へンクストラ社側関係者と被告の立会いのもとで開錠されたが、別紙書類目録一記載の書類その他原告関係の書類はほとんど存在しなかった。

(3) また、大阪支社については、同月二〇日開かれた株主総会及び取締役会で新たに原告の代表取締役となった梅田弘が、同月二一日より入って執務を取るに至ったが、そこにも別紙書類目録一記載の書類その他の原告関係の多くの書類等が見当たらず、同年八月一一日ヘンクストラ社側関係者及び被告が双方大阪支社に立入って確認した際も同様であった。

(三) しかしながら、前記三に認定したとおり、原告は平成元年七月二〇日以降再三に亘って被告に対し、別紙書類目録一記載の書類その他の原告関係の書類等の引渡を求めていたのであるから、右(二)に認定したような事実があったからといって、被告が主張するように、被告の別紙書類目録一記載の書類その他の原告関係の書類等の引渡義務が消滅したとはいえないし、それらの書類等の引渡がなされなかった原因が原告にあるということもとうていできない。その他、被告の右主張を基礎づけるに足るような事実の主張、立証はない。

かえって、《証拠省略》によれば、被告は、代表取締役から解任されて原告に出社しなくなった当時より、少なくともその直近時点の(それがいつからの分であるかについては必ずしも明らかではないが)総勘定元帳及び振替伝票を自ら所持していたと認められること、前記三に認定したように、被告は同年八月二二日から同年九月一八日までの間前後四回に亘って相当多数の原告関係の書類等を原告訴訟代理人に持参ないし送付してきているが、それらが保管されていた場所や発送方法等を明らかにしないこと等の事情に鑑みると、被告が更に他にも別紙書類目録一記載の書類その他の原告関係の書類等を所持していながら原告に引渡さなかった疑いは多分にあるといえる。

従って、抗弁2も理由がない。

五  よって、原告の被告に対し別紙書類目録一記載の書類の引渡を求める請求は理由がある。

第二損害賠償請求について

たとえ別紙書類目録二記載の書類等が被告から原告に引渡されていないとしても、そのことによって、原告の経理業務等にある程度の不便が生じたであろうことは当然推認されるものの、原告において具体的金額に見積もれるような損害を被ったという事実まで認めるに足る証拠はない。従って、原告の被告に対する損害賠償金の支払請求は理由がない。

第三結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し別紙書類目録一記載の書類の引渡を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山垣清正)

<以下省略>

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