大判例

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東京地方裁判所 平成元年(ワ)14708号 判決 1993年3月25日

原告

株式会社日本教育社

右代表者代表取締役

森岡和彦

右訴訟代理人弁護士

青木秀茂

長尾節之

荒竹純一

野末寿一

千原曜

野中信敬

久保田理子

被告

ケネス・J・フェルド

右訴訟代理人弁護士

本林徹

相原亮介

菊地伸

原秋彦

米正剛

増田晋

古曳正夫

久保利英明

末吉亙

渡邊肇

右訴訟復代理人弁護士

桑原聡子

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二三億六八一六万〇一九三円及びこれに対する平成元年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  本案前の答弁

本件訴えを却下する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、教育関係の調査、開発、企画、催事等のプロデュース及びマネージメント業務並びに外国アーチストの招聘及び一般興行業務等を目的とする株式会社である。

2  リングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・コンバインドショウズ・インク(以下「リングリング社」という。)は、サーカス団を形成し、興行を行う会社であり、米国において、レッドユニットとブルーユニットという二つのサーカス団を持って、それぞれ全米を一周して興行している。

被告は、リングリング社の代表者であり、同社の発行済株式総数の過半数を有する支配的株主であり、かつ、同社が公演するサーカスの構成・出演者等すべてを決定するプロデューサーである。リングリング社の実体は、被告が興業を行うに際して道具として使用される被告個人所有の会社である。

3  原告とリングリング社は、昭和六二年一〇月二日、原告は、同六三年度及び平成元年度の二年間、リングリング社のサーカス団を日本に招聘し、興行する権利を取得し、リングリング社に対してその対価を支払うとともに、同社は、右二年間、日本において、レッドユニットが昭和六二年八月一五日に米国カリフォルニア州サンディエゴのスポーツアリーナにおいて行った公演(以下「サンディエゴ公演」という。)と、規模、質共に同等のサーカスを構成して興行する義務を負うという興業契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

4  原告の代表者代表取締役である森岡和彦(以下「森岡」という。)と、被告は、昭和六二年ころ、たびたびリングリング社のサーカスの日本公演について交渉したが、被告は、右交渉の段階から、原告に二年間契約を締結させ、一年目は極端な手抜きは控えて興行し、安心した原告から二年目の出演報酬を受け取った後、二年目の公演について極端な手抜きを行うことを計画していた。

しかし、被告は、森岡に対して、右計画を秘し、リングリング社に所属している動物、調教師、芸人を派遣して、サンディエゴ公演と規模及び質を同じくするサーカスを提供する、間違いなく世界最高水準のものを提供する、等と言葉巧みに言い繕い、さらに、一年契約では興行によって十分な利益をあげることはできないから、複数年契約にする必要があると強調し、森岡を誤信させ、本件契約を締結させた。

そして、被告は、当初の計画通り、一年目では極端な手抜きをせず、原告がリングリング社に対して一五億七五〇〇万円(平成元年度報酬一一二五万ドル)を支払うと、平成元年度の公演については、他のサーカス団に所属していた動物、調教師、芸人を臨時募集してサーカス団を構成して、別紙手抜き事項一覧表のとおり、目も当てられないような手抜きをした。右のような著しい手抜き行為をみれば、被告が、本件契約締結段階から、合意された内容のサーカスを提供する意思がなかったことは明らかである。

5  右被告の欺罔行為によって、原告は、以下のような損害を被った。

昭和六三年度の公演における収容可能座席数に対する有料入場者数の比率は四五パーセントだった(昭和六三年度も被告の若干の手抜きによって約七億円の赤字となっている。)のに対し、平成元年度は、右比率がわずか一四パーセントであった。通常二年公演の場合、一年目の公演自体が二年目の公演についての広告媒体となることにより、一年目の入場者数よりも二年目の数の方が上昇する。ところが、本件の場合、昭和六三年度よりも平成元年度の入場者数の比率が、極端に落ちているが、これは被告の欺罔行為の結果であり、欺罔行為がなければ、少なくとも昭和六三年度と同率の入場があったはずである。平成元年度の公演回数は全部で二五〇回、収容可能座席数は延べ一四七万九〇二三座席、有料入場者総数は二一万四一〇七人であり、昭和六三年度と同率の入場がある場合と比較すると、四五万一四五三人減少している。入場者一人当たりの平均入場料は4486.5円であるから、原告は、二〇億二五四四万三八八四円の損害を被った。

6  また、原告は、本件契約締結の際、キャラクター商品、土産品、綿菓子、スノーコーン、ポップコーンの販売については、その純利益を原告とリングリング社との間で折半するという契約を締結した(以下「利益分配契約」という。)。被告は、当初から売上数ないし売上額をごまかして販売利益を騙取するつもりであったにもかかわらず、原告に対して、右計画を秘し、リングリング社が原告に対し、毎週書面で売上数及び売上額を正確に報告すると申し向け、原告を誤信させ、右契約を締結したものである。

そして、被告は、原告に対し、真実は公演期間中合計一億七七五八万三八五〇円の売上げがあったにもかかわらず、一億一一七六万一二三二円と虚偽の申告をし、原告の取り分三〇四一万一三〇九円を騙取した。

7  さらに、被告は、本件契約締結の際、原告に対し、「公演を行う会場及び固定施設がない場合に会場となるテントの設営費用は、原告が負担し、サーカスの照明・音響器材・その他動物を収容するテントの費用は、リングリング社で負担する。これらの費用の精算は、公演が終わった段階でする。」と申し向けたが、当初から全く費用を負担する意思がなかった。にもかかわらず、被告は、右のように申し向け、あたかもリングリング社が費用を負担する意思があるかのように装い、原告を誤信させたので、原告は、昭和六三年度及び平成元年度の動物テントの費用合計三億一二三〇万五〇〇〇円を支出した。

平成元年九月六日、原告とリングリング社との間で諸経費の精算を行った際、被告及びリングリング社は、右費用の分担義務を否定し、支払いをしなかった。

8  よって、原告は、リングリング社の代表者で、その実質的所有者である被告個人に対し、その不法行為に基づく損害賠償請求として、5ないし7項の各損害の合計二三億六八一六万〇一九三円及びこれに対する平成元年九月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  本案前の抗弁

1  仲裁契約による妨訴抗弁

(一) 本件契約締結の際、原告とリングリング社は、本件契約の「解釈又は適用を含む一切の紛争」を、それぞれ相手国側(原告申立てのときはニューヨーク市、リングリング社申立てのときは東京都)の仲裁機関が行う仲裁で解決することを合意した(以下「本件仲裁契約」という。)。

そして、以下のとおり、本件は、本件仲裁契約により、ニューヨーク市の仲裁機関に解決を委ねるべき紛争に含まれる。

(二) 米国判例法による解釈

(1) 準拠法の決定

① 準拠法の根拠

本件仲裁契約の準拠法は、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)」五条(1)(a)(以下「条約規定」という。)に従うか、あるいは、仲裁契約は私法契約であるから法例七条の規定に従うべきである。そうすると、いずれにしても、本件仲裁契約の準拠法は、第一に当事者の意思によって、右が明らかでない場合は、行為地法によって決められることとなる。

② 当事者の意思

仲裁契約の準拠法は、一般に、当事者により仲裁地として指定された地の法によることが明示又は黙示に合意されているとみるのが自然である。

さらに、本件契約締結の経緯をみると、原告のリングリング社に対する積極的な売込みに端を発し、その主な内容は、森岡が米国に赴いてリングリング社の社員と会合して交渉され、本件契約書は、リングリング社の法務部長で、かつ、米国弁護士であるジェローム・ソワロスキー(以下「ソワロスキー」という。)が、米国において、米国法の法概念を用いて、英文で草案を作成し、原告が右草案を受け入れたものである。このことからも、原告とリングリング社との間で本件仲裁契約の準拠法を米国法とする合意があったと解釈されるべきである。

なお、原告は、日本において、リングリング社日本出張所の鈴木文雄(以下「鈴木」という。)と、本件契約内容について交渉し、本件契約を締結したと主張しているが、鈴木は、本件契約に署名しておらず、被告が署名した契約書を原告に届けたに過ぎない。また、鈴木は、株式会社鈴木国際事務所の代表取締役であって、リングリング社を代理して契約交渉を行ったり契約を締結する権限を有しない。

③ 行為地

仮に、当事者の意思が認定できないとしても、本件仲裁契約は、本件契約とともに、被告がリングリング社の代表者として米国で署名した契約書を日本に送付し、これに森岡が原告代表者として署名して、米国に送付することによって成立した。したがって、本件仲裁契約の申込みの発信地は米国であり、法例七条二項及び九条により、準拠法は米国である。

④ 仮に、仲裁契約を私法契約ではなく訴訟契約であるとする見解によっても、仲裁契約は仲裁手続の行われる地の法を準拠法とすることになる。

以上のとおり、いずれにしても、本件仲裁契約の準拠法は、米国法である。

(2) 米国法による解釈

米国の連邦裁判所においては、国際的な契約において定められた仲裁契約は、できる限り幅広く解釈すべきである、という判断基準が確立している。そして、本件仲裁契約のように、契約の「解釈又は適用を含む一切の紛争」を仲裁に付する合意がされている場合には、契約締結段階の詐欺に基づく損害賠償請求も仲裁によって解決すべきことは、米国判例が明確に認めているところである。

また、仲裁合意の主観的範囲に関しても、米国においては、当事者の代理人ないしは被用者による行為であっても、それが当該契約の範囲内の行為であれば、当事者の行為と同じく仲裁に付すべきであるというのが判例法として確立している。

右米国法の判断基準に従って判断すると、本件は、本件仲裁契約の適用を受けるべきものである。

(三) 日本法に基づく解釈

仮に、本件が本件仲裁契約の適用を受ける紛争か否かを日本法に従って判断するとしても、本件契約に関連するあらゆる紛争を一回的に解決し、かつ、その解決の場を仲裁に求めようとした本件仲裁契約の趣旨に照らせば、被告個人の行為であっても、リングリング社の業務執行行為あるいはそれと密接な関連を有する行為は、本件仲裁契約の適用を受けると解釈すべきである。また、民訴法七八六条の解釈としても、仲裁契約の当事者との関係で組織上一部ないし一体となり又は完全な依存関係に立つ第三者は、仲裁契約の効力を受けると解すべきである。

(四) 仲裁契約の効果

以上のとおり、本件は、本件仲裁契約の適用を受けることとなるところ、我国の民訴法の解釈によれば、仲裁契約の存在は妨訴抗弁となるから、本件訴えは却下されるべきである。

2  国際裁判管轄権の不存在

本件訴訟について日本の裁判所に管轄を認めることは、一個人であり、かつ、外国人である被告に極めて重大な応訴の負担を負わせること、原告は、本件契約の債務不履行責任を被告個人に対する本件請求に作為的に仕立て上げ、本件仲裁契約を潜脱しようとしたものであること、すでに米国で本件に関し仲裁付託命令が発令されていること、被告は日本に財産を有しないが、日本で原告の請求を認容する判決が出されても、米国で右判決が承認・執行されないことは確実であること等に照らすと、本件について日本の裁判所に国際裁判管轄を認めることは、条理に反し許されない。

3  訴訟上の信義則、訴権の濫用

原告は、実質はリングリング社に対する契約不履行責任の請求を被告個人に対する請求に仕立て上げ、本件仲裁契約の潜脱を図り、日本の裁判所に本件訴訟を提起した。そして、本件訴訟提起直後に記者会見を行い、本件訴訟提起を大々的に発表、宣伝した。右原告の行動の目的は、正当な権利の救済を求めるものではなく、リングリング社に対して故意に不当な圧力をかけることにより、紛争を有利に解決しようと図ったものである。原告は、仲裁によって正当な権利の救済を受けられるのに、右不当な目的で本件訴訟を提起し、被告及びリングリング社に対し、予期しない応訴の負担その他の甚大な不利益を与えた。

右事情を考慮すると、本件訴訟が訴訟上の信義則に反し、訴権の濫用に該当することは明らかである。

三  本案前の抗弁に対する認否

1  妨訴抗弁について

(一) 本案前の抗弁1(一)のうち、本件仲裁契約の締結は認める。本件が本件仲裁契約の適用範囲に含まれるとの主張は争う。

(二) 同項(二)の(1)①は争う。

仲裁契約の準拠法は、主たる契約の準拠法か法廷地法のいずれかによるのが妥当であり、したがって、準拠法は日本法によるべきである。

(三) 同項(二)の(1)②は否認ないし争う。

本件契約の目的であるサーカスの興業地は日本である。また、本件契約の交渉は、リングリング社から原告に対する猛烈な売込みによって始まり、森岡がリングリング社の日本出張所で被告と面会した際に大筋の内容を決め、その後、リングリング社の東京支店の駐在代表で支店長である鈴木と森岡とで何度も交渉を重ねて契約内容を決めた。

以上に照らすと、原告とリングリング社間で、本件仲裁契約締結の際、その準拠法を日本法とすることが合意されたものと解すべきである。

(四) 同項(二)の(1)③は否認ないし争う。

本件契約書は、リングリング社で作成されて原告に送付された後、日本で最終的な修正をした後、森岡が二通の契約書に署名を行ってリングリング社に送付し、被告がサインして一通を日本に送付した。

したがって、本件仲裁契約の申込みは日本で発信されたので、本件仲裁契約の準拠法を法例七条二項、九条二項によって決する場合でも、日本法が準拠法とされるべきである。

(五) 同項(二)の(1)④は争う。

(六) 同項(二)の(2)は否認ないし争う。

本件仲裁契約が対象とする紛争についての文言は、相当限定的であり、このような限定的な仲裁契約に、本件のような契約締結における詐欺に基づく請求も含まれるという解釈は、米国でも取られていない。

また、仲裁制度は司法にたいする代替・補完手段であり、権利保証・手続の適正の保障等において劣る手続であることを考慮すると、米国法においても本件のような詐欺事件については、仲裁は不適当とされる。

仮に、米国法では、本件訴訟が本件仲裁契約の適用範囲に含まれると解釈されるとしても、右解釈は、仲裁の合意をいたずらに拡大解釈し、当事者が合意したおぼえのない紛争について、しかも合意した相手方以外の第三者に対して、裁判所に訴えを提起することを制限するものであって、憲法三二条が保障する裁判を受ける権利を侵害するものであり、我国においては到底許されるべき解釈ではない。

(七) 同項(三)は争う。

日本法によれば、債務不履行と不法行為とでは成立要件が異なり、かつ、本件では、当事者が異なるのであるから、本件仲裁契約によって本件訴訟の提起が妨げられるものではない。

(八) 同項(四)は争う。

2  国際裁判管轄権の不存在について

否認ないし争う。

3  訴訟上の信義則・訴権の濫用について

本件は、被告が始めから仕組んだ詐欺行為であって、単純なリングリング社の契約不履行とは異なる。本件は、被告個人の詐欺に対して原告が正当な権利の救済を求めたものである。被告が右詐欺行為を行った以上、これについて日本の裁判所に訴えを提起されても、被告に不当な応訴の負担を強いるとはいえない。

第三  証拠<省略>

理由

第一仲裁契約による妨訴抗弁について

一原告とリングリング社との間で、本件仲裁契約を締結した事実は、当事者間に争いがない。

二原告は、リングリング社の代表者である被告個人が本件契約締結に際して詐欺を行ったとして、不法行為に基づき損害賠償を請求するところ、被告は、本件仲裁契約は、本件訴訟にも適用される旨主張するので、その人的・物的な適用範囲が問題となる。

まず、その前提として、右問題をどの地の法律に準拠して判断すべきかを検討する。

1 仲裁契約は、訴訟にかかわり、かつ、訴訟上の効果を生じる合意であるが、当事者が自主的な紛争解決方式を選択する合意であることに鑑みると、その準拠法についても、当事者の合意による選択を認めるべきであり、したがって、準拠法の選択に関しては、私法上の合意と同様に扱うことが相当である。そして、仲裁契約の人的・物的範囲は、仲裁契約の効力の問題であるから、その判断においてよるべき準拠法は、法例七条によって定まると解される。

なお、被告は、条約規定により、本件仲裁契約の準拠法が定められるとも主張するが、右規定は、既に行われた仲裁判断の承認及び執行の判断をするに際して従うべき準拠法を定めたものであり、本件に直接適用される規定とは解されない。

また、原告は、仲裁契約が本案前の抗弁として問題とされる場合、それは、訴訟法上の問題であるから、仲裁契約の人的・物的範囲も手続問題に含まれ、法廷地法である日本法に従うべきであると主張する。確かに、後記のとおり、仲裁契約の訴訟手続上の効果の問題は、訴訟手続の制約を強く受けるから手続問題として扱うべきであるが、前記のとおり、仲裁契約の人的・物的範囲は、当事者の自主的な決定に委ねるべき問題であると解されるから、実体法上の問題として、当事者の意思に従って準拠法を定めるのが相当である。したがって、原告の主張は採用することができない。

2 そこで、法例七条一項に基づき、本件仲裁契約の準拠法を指定する当事者間の明示の合意があるかをみるに、本件全証拠によっても、原告とリングリング社との間で、本件仲裁契約を締結した際、右の合意がされた事実は認められない。

他方、前記認定のとおり、本件仲裁契約において、原告とリングリング社とは、本件契約の解釈又は適用を含む一切の紛争について、原告申立てのときはニューヨーク市、リングリング社申立てのときは東京都の仲裁機関に委ねることを合意したことが明らかである。右合意は、それぞれの地の仲裁機関の判断に従おうとする合意であるから、特段の事情がない限り、原告が申し立てた仲裁手続、あるいは、原告の申立てに基づく仲裁判断の承認や執行手続において、本件仲裁契約の成立及び効力(その人的・物的範囲の問題を含む。)が問題になった場合には、ニューヨーク市において適用されるべき法に従い、逆に、リングリング社が申し立てた仲裁手続については、日本法による解釈に従うことを合意したとみるのが合理的である。

そして、このことは、一方の当事者が自国の裁判所に提起した訴訟において、相手方が仲裁契約による本案前の抗弁を申し立てた場合にも、同様に解すべきである。

そうすると、本件仲裁契約の成立及び効果を判断するにあたっての準拠法は、ニューヨーク市で適用される法であるとの黙示の合意があるものと認められる。

なお、仮にこの点に問題があるとしても、<書証番号略>、同証人の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件契約を記載した契約書(<書証番号略>はその一通)は、米国のリングリング社において被告が代表者として署名したもの二通を昭和六二年九月二五日、日本に送付し、同年一〇月二日、原告代表者がこれに署名し、リングリング社に一通を送り返したことが認められ、右認定に反する原告代表者の供述、<書証番号略>は、たやすく採用することができない。

したがって、いずれにせよ、法例七条二項、九条により、本件仲裁契約の準拠法は、ニューヨーク市で適用される法となる。

三そして、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、本件において、ニューヨーク市で適用される法は、仲裁については、連邦仲裁法及びこれに基づく合衆国連邦裁判所の判例であると認められ、合衆国連邦裁判所は、仲裁契約の効力及び適用範囲を拡大する方向で解釈をすべきであるとの一般的な基準を示した上で、ある取引から生じたすべての紛争を仲裁に付するという趣旨の仲裁契約が締結されている場合、一方当事者の被用者として当該取引に関して行った個人の行為を問題とする紛争と、契約締結段階で一方当事者が詐欺を行ったとする紛争について、それぞれ、当該仲裁契約の適用範囲に含まれ、仲裁によって解決すべきである旨を繰り返し判示していることが認められる。なお、右証拠によれば、連邦地方裁判所は、リングリング社及び被告が原告を相手として本件に関して申し立てた仲裁付託命令申立てにつき、平成二年一一月二一日、本件訴訟は本件仲裁契約の適用を受ける紛争に当たると判示し、同年一二月二一日これが確定していることが認められる(ただし、右手続に原告は呼出しを受けたが、欠席している。)。

そうすると、連邦仲裁法及びその判例法に基づくと、本件は、一応、本件仲裁契約の適用を受け、仲裁に付すべきものと解される。

原告は、仮に、米国法が適用されるとしても、本件仲裁契約においては、その対象とする紛争を示す文言が、右判例において問題となった仲裁契約の表現に比べ限定的であり、本件仲裁契約については右判例と異なる解釈が妥当する可能性があると主張し、<書証番号略>には一部、右に沿うかのような記載がある。しかし、右記載は根拠等に曖昧な点が目立つ上、本件とは事案を異にする判例を引用しているなど、疑問があり、直ちに採用することができない。そして、前記のとおり、連邦裁判所は仲裁契約の効力及び適用範囲を拡大して解釈すべきであるとする一般的な基準を示していること、右判例(及び<書証番号略>で引用の判例の一部)の対象となった仲裁契約の中には、本件仲裁契約と極めて類似した文言によって仲裁に付すべき紛争を示すものが含まれていることに照らすと、本件仲裁契約についても、右判例と同様の解釈がされるとみるのが合理的であり(しかも、前述のとおり、現に仲裁付託命令が確定している。)、原告の右主張は採用することができない。

四原告は、また、右米国法は、我国の憲法が保障する裁判を受ける権利を侵害しており、我国において、その適用は排除されるべきであると主張するところ、一般に、法例三三条によると、準拠法である外国法を適用することによって、我国の公序に反する結果が生じるときは、外国法の適用を排除すべきとされるので、これについて判断する。

民訴法七八六条によると、仲裁契約は、対象となっている係争物について当事者が和解する権利を有しない場合には、有効に成立しないと規定されているところ、我国では法人の代表者と法人とは別個の法人格とされており、法人は法人の代表者に関する紛争について和解する権利を有しないから、法人が締結した仲裁契約が、法人の代表者に関する紛争についても当然に適用されるというような解釈が一般的に妥当であるとは解されない。また、我国においては、一般に、法律的な根拠ごとに個々の請求を区別し、不法行為に基づく請求と契約関係に基づく請求は別個の請求と考えられていることに照らすと、契約関係から生じる紛争を仲裁に付する旨の合意が契約締結段階の詐欺をも当然に対象に含むと解釈することが一般的に妥当するということもできない。

しかし、米国法を適用した結果と日本法を適用した結果が異なることから、直ちに公序に反するということはできず、米国法を適用した結果が、右日本法による解釈に照らし著しく仲裁契約の適用を拡大し、我国において是認される限度を超え、社会通念に著しく反する結果をきたし、公序良俗に反すると認められる場合に限り、排斥されるものと解される。

これを本件についてみると、<書証番号略>、証人ジェローム・ソワロスキーの証言、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が不法行為であると主張する被告の具体的な行為は、すべて被告がリングリング社の代表者として行った本件契約締結に関する行為であり、本件訴訟は、本件契約締結段階で合意されたリングリング社の債務と実際の履行行為との齟齬等リングリング社の債務不履行責任を追及する場合と実質的な争点のほとんどを同じくしており、結局、原告の主張する事実は、リングリング社の債務不履行行為に加えて、契約段階から手抜き公演を意図していた等の被告の主観的要件(それに、リングリング社の実体は、被告個人にほかならないということ)を加えたものにすぎないと認められること、原告の本訴請求には履行利益に当たると認められる損害の賠償も含まれ、被告の詐欺に基づく請求として一貫していない部分があること、さらに、原告自身も、右のとおり、リングリング社と被告は実質を同じくしており法人格として区別するに値しないと主張していることなどに照らすと、本件が、リングリング社に対する債務不履行等の契約責任に基づく請求と大きく内容を異にし、本件に本件仲裁契約を適用した場合、これを締結した際の原告の期待を著しく裏切る結果になるとは到底いえず、少なくとも、本件について適用する限り、前記米国法の解釈が我国の公序に反するとはいえない。

したがって、原告の主張は採用することができない。

五以上によれば、原告は、本件について仲裁に付すべき合意をしたものと認められるところ、外国法に準拠する仲裁の合意も、民訴法上の妨訴抗弁となると解されるから、被告の主張は理由があり、本件訴えは、訴えの利益を欠き不適法であるといわざるをえない。

第二結語

よって、本件訴えは不適法なのでこれを却下し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浅野正樹 裁判官小川浩 裁判官岡部純子)

別紙手抜き事項一覧表<省略>

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