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東京地方裁判所 平成元年(ワ)12886号 判決 1990年10月31日

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一、当事者双方の求めた裁判

(原告ら)

一、被告らは、原告周藤末光に対し、別紙物件目録(一)記載B・C部分の建物を収去して、同目録(二)記載の土地を明け渡せ。

二、被告らは、原告吉良絲子に対し、別紙物件目録(一)記載A部分の建物を収去して、同目録(三)記載の土地を明け渡せ。

三、訴訟費用は、被告らの負担とする。

(被告ら)

主文と同旨

第二、事案の概要

(争いがない事実)

一、別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)のうち、同建物の別紙図面B・C部分は、別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件(二)の土地」という。)上に、別紙図面A部分は、別紙物件目録(三)記載の土地(以下「本件(三)の土地」という。)(本件(二)(三)の土地を「本件土地」と総称する。)上にある。

二、本件(二)の土地は、原告周藤末光(以下「原告周藤」という。)の所有であり、本件(三)の土地は、原告吉良絲子(以下「原告吉良という。)の所有であり、原告らは、右各土地を亡木塚芳次(以下「亡芳次」という。)に建物所有の目的で賃貸し、右借地期間は、昭和四四年六月末日に更新され、平成元年六月末日に期間が満了した。

三、亡芳次は、右両土地上に本件建物を所有し、原告周藤に別紙図面B部分を、原告吉良に別紙図面A部分をそれぞれ賃貸していたものであるが、平成元年八月一五日死亡し、右建物は被告ら及び木塚〓うが共同相続し、更に、木塚〓うが平成二年一月一四日死亡し、同人の相続分は被告らが相続し、亡芳次の地位を承継した。

四、原告周藤は、昭和六三年一二月五日付け、平成元年五月二三日付けの各通知書、同年六月二八日付けの回答書、同年七月三日付けの異議申述書をそれぞれ内容証明郵便で亡芳次に送達し、また、原告吉良は、平成元年八月九日付け及び同年八月二五日付けの通知書、同年九月二五日付けの回答書を、各内容証明郵便で亡芳次ないし被告らにそれぞれ送達し、借地契約の更新拒絶の意思表示をした。

(争点)

本件の争点は、原告らがした前記更新拒絶に正当事由が存するか否かである。

一、原告の主張

1. 本件建物は、昭和一四年ころ物資不足の時期に古材を集めて急造したもので、その後五〇年を経過して建物は老朽化し、雨漏りや壁の落下が激しく、床下は白アリに食われ土台の柱はなくなり、各店補の内装の部分で家の柱を支えている状態である。右老朽建物を維持することは安全性の観点ばかりでなく、土地の利用効率の点からも、また社会経済上の見地からも合理的でない。

2. また、被告らはこの土地に住んでいるわけではなく、被告本吉千世子は神奈川県藤沢市に亡芳次が所有していた九三・三八平方メートルの土地と建物に居住し、結局のところ本件建物の所有は、賃料収入を目的としているだけであり、本件建物は既に建築後五〇年を経過し、耐用年数を過ぎており、家賃収入を得るという目的は既に達成されている。

3. 原告周藤は本件建物B部分一階で理容店を営み、妻と長男、長女の四人家族である。住居(本件建物B部分)は二階に四畳半二間だけであり、一人当りの面積は二畳だけという最悪の住環境で生活している。原告周藤の長男は理容学校を卒業して理容師免許も取得し、今他店で修業中であるので近々店を任せて後を譲る準備をしなくてはならないが、今の住空間ではそれができず、まして結婚さすこともできない現状である。しかも、原告周藤は以前より白内障にかかり、数年以内に手術をする必要があると医者に告げられており、日に日に視力の落ちていくことを悩んでいる。従って長男が早くあとを継げる状態になり、手術が不安なくできることを望んでいる。

4. 原告吉良は、八六歳の母をかかえた二人家族で、その住居(本件建物A部分)は、二階の一〇条一間だけであり、やはり最悪の住環境で生活している。原告吉良は、本件建物A部分の一階で、小さな喫茶店とタバコ屋を一人で営業しているが、母が高齢で病弱なため、月に何度も病院へ連れて行かなければならず、そのたびに喫茶店をしめているのが現状である。

5. 一方、この地区は商業防災地区であり、近年続々高層建物が建ち並び、木造建物は数軒しか残っていない現状である。原告らは明渡しを受けたこの土地に、隣人らと九階建ての共同ビルを建てる計画を進めている。この土地の建蔽率は九〇パーセント、容積率六〇〇パーセントであるが、この機会を逃したら原告ら単独では将来三階建てしか建てられず、法で許された容積率の半分しか利用できなくなり、都心部の土地の有効利用として極端に悪くなり、社会的要請に著しく逆行するものである。

6. しかも、亡芳次は生前家賃の増額を度々請求するばかりでなく、原告ら所有の土地の地代まで借地権者の亡芳次が一方的に決め、原告らに強引に押付けてそれに異議を述べると家屋明渡しを求め、訴訟を度々起こし嫌がらせを連続してきた。亡芳次のこの様な行為に原告らは重大な不信感を抱いていたのであり、今回相続人らに更新請求をされても、それに応じることはできない。もはや地主と借地人との信頼関係は破綻しているのである。

7. また、平成元年八月二一日被告らの代理人弁護士事務所に於て、被告らの意向として、相続税支払の問題もあり、借地権を転売したいから承諾してほしいとの申入れがあり、その後、被告らは、平成元年九月一八日付けで東京地方裁判所に賃借権譲渡許可の借地非訟事件の申立てをした。このことは、被告らにとってこの土地を継続して借りなければならない必要性を自ら否定したものである。

二、被告の主張

原告の主張は争う。

1. 亡芳次は、その存命中本件建物の賃料をもって、医療費と生活費を支弁していたが、晩年には、本件土地賃借権を処分して妻との生活費に充てたいと考えていた。被告らは、亡芳次の相続税の支払いのためにも本件土地賃借権を処分したいと考えている。

2. 原告らは、本件土地には、亡芳次のための借地権が設定されていることを知悉し、低額な価額で購入したものである。

第三、証拠関係<略>

第四、争点に対する判断

一、前示争いがない事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告らは、本件建物を店舗(原告周藤は理髪店、原告吉良は喫茶店兼タバコ店)及び住宅として使用しているが、手狭であり、本件土地上に隣地地主らと共に共同ビルを建築する計画であること、本件建物は、当初、昭和二五年ころ建築され、昭和三一年にかけて順次増築された木造建物で、かなり老朽化している上、本件土地付近が、商業地域・防火地域であり、建物の中高層化が進みつつある地区であって、右計画は、付近の土地利用とも、符合する。

しかしながら、

本件建物は、現に、原告ら及び訴外幸田の店舗、住宅として使用されており、未だ、朽廃の状態に至っているとはいえない。

本件土地は、もと、根津育英会の所有であり、国土計画株式会社が昭和二六年ころ買い受けたものであり、亡芳次が賃借していたが、昭和五六年三月一七日ころ、亡芳次から本件建物を賃借していた幸田年子を除く原告らが買い受けたものであり、右買受価額は、当時の更地価格の二割程度であって、本件土地に借地権が存することを前提としたものであった。

亡芳次は、本件建物中別紙図面中A部分及びB部分を原告らに、C部分を訴外幸田に賃貸して、その家賃により生活していたが、これを相続した被告らは、金三億八〇〇〇万円で第三者に売却して、亡芳次の死亡に伴う相続税(相続税の申告において、本件土地賃借権は金一億九九四五万一三九七円と評価され、右借地権を含めた相続税額は、合計金一八〇三万八五〇〇円である。)の支払い等に充てようとしている。被告らは、右売却のため、東京地方裁判所に賃借権譲渡許可を求める借地非訟事件の申立てをし、同裁判所は、平成二年八月三一日に右申立てを認める決定をした。

本件土地の更地価格は、約一〇億円程度であり、近隣地域における慣行的借地権割合は、その八〇パーセント程度である。

以上のとおり認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

二、右認定の事実を基に争点について判断するに、原告らがした更新拒絶につき、借地法六条、四条所定の「正当事由」の有無を判断するには、単に、土地賃貸人側の事情ばかりでなく、借地人側の事情をも参酌し、両者の事情を比較考慮すべきものである。そして、原告らが本件土地を必要とする事情は、前示一のとおりであるが、原告らは、現に、本件土地、建物を自ら使用しているのであって、賃貸借を終了させなくとも、その使用自体には支障がないこと、本件土地に高層建物を建築するためには、本件土地賃貸借を終了させることが必須のことではなく、被告ら又は賃借権の譲受人との協議によっても可能である(借地非訟事件において介入権を行使することもできた。)こと、被告らが、本件建物及び土地賃借権を売却するのは、亡芳次の死亡に伴う相続税の支払いのためであり、本件土地付近の借地権価額がかなり高額なものであり、原告らは、本件土地を、もともと借地権の付着したものとして、買い受けたものであって、借地権が存することは、受忍すべきものと考えられることを考慮すると、原告らに前示のごとき本件土地利用の必要性があるからといって、未だ、本件土地賃貸借の更新を拒絶すべき「正当な事由」が存するとはいえない。

原告らは、被告らが本件土地賃借権及び本件建物を第三者に譲渡しようとしていることをもって、被告らが本件土地を必要としない根拠にしているところ、亡芳次及び被告らが本件土地上の建物を賃貸物件として利用してきたこと、及び本件土地賃借権が相当な財産的価値を有するものであることは、前示のとおりであって、それ自体法的に保護すべき利益であるから、これを換価して金銭に替えることは何ら不相当なことではなく、右事実があるからといって、被告らが本件土地を必要としない証左とはなり得ない。

また、原告らは、亡芳次との間に賃料等をめぐって紛争における亡芳次の行為を「正当事由」の考慮要素として主張しているが、原告周藤本人尋問の結果によって認められる右紛争の経緯によっても、亡芳次の賃料の値上げ要求等が権利の濫用とは認められず、法律上の紛争を訴訟によって解決を求めることは、何ら不当なことではないから、右事情を本件の更新拒絶についての「正当事由」の根拠とすることはできない。

他に、本件土地賃貸借の更新拒絶につき、「正当事由」が存することを認めるに足りる証拠はない。

第五、以上の次第であって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

物件目録<略>

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