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東京地方裁判所 平成元年(ワ)11986号 判決 1991年11月12日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

武田みどり

被告

塚原良彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自一〇五〇万円及びこれに対する昭和六二年一二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一前提となる事実関係

1  原告は、東京都台東区において「○○」の名称で貴金属商を営む者であり、物品税法三五条の二第一項に規定する販売業者である(争いがない)。

2  原告はその妻である甲野春子と共に、昭和六二年一一月一九日午後四時一五分ころ、マレーシアにおいて購入した貴石付身辺細貨類(ブローチ、指輪等)約五〇〇点を所持して、シンガポール航空一二便で新東京国際空港(成田空港)に到着した(争いがない)。

3  原告は、入関に際して、右身辺細貨類については、一部をスーツケースに入れ、残りを原告と妻の腹部に巻くなどして所持していたが、右身辺細貨類を税関提出用携帯品申告書に記載していなかった(争いがない)。

4  同日、午後四時三〇分ころ、東京税関成田税関支署(以下「成田支署」という。)南棟旅具検査場九番課税検査台において、統括監視官付係員石川重信が原告及びその妻の携帯品検査を実施したところ、原告所持のスーツケースから身辺細貨類を発見したことから、統括監視官付監視官大石敏彦に引き継いだ。引き継ぎを受けた大石監視官は、原告夫妻を同検査場別室に任意同行し、他の税関職員と共に、原告及びその妻に対してそれぞれ別室で検査及び取り調べを実施したところ、原告夫妻はそれぞれ腹部に巻くなどして所持していた貴石付身辺細貨類を提出したので、大石監視官らは、原告夫妻を関税法、物品税法違反犯則事件として摘発するとともに、原告夫妻が所持していた貴石付身辺細貨類合計一九包(五〇九点。以下「本件物件」という。)等を差し押さえた(原告夫妻を関税法、物品税法違反犯則事件として摘発した点につき、<書証番号略>、被告塚原良彦本人、証人大石敏彦。その余の事実は争いがない。)。

5  翌一一月二〇日、大石監視官らは、原告夫妻から差し押さえた本件物件を上席審理官塚原良彦(本件被告。以下「塚原上席審理官」という。)に引き継いだ(争いがない)。

6  同月二四日から二七日までの間、原告は数度にわたり電話で、あるいは成田支署を訪れたうえ、塚原上席審理官に対し、本件物件は顧客の物であることから早急に引き取りたい旨を述べた。そのころ、塚原上席審理官は、原告に対して、電話で、罰金相当額の見込額が一〇五〇万円であり、関税の見込額が一九〇万七六〇〇円である旨を伝えた(塚原上席審理官からの電話の日付等につき、被告塚原本人。その余の事実は争いがない。)。

7  同月二八日、原告はマレーシア人Aと共に成田支署を訪れ、特別審理官付審理官内田好治に対して、本件物件に係る物品税免税手続の書類として下谷税務署長作成の「物品税第一種物品免税引取業者証明書」<書証番号略>を提出した(争いがない)。

8  同年一二月四日、原告は前記マレーシア人と共に成田支署を訪れ、塚原上席審理官に前記罰金相当額と関税の合計額と同額の一二四〇万七六〇〇円を交付した。同上席審理官は、右金員を予納金として受領し、原告に対し、成田支署備え付けの保管書用紙を使用して塚原良彦名義の右同額の保管書<書証番号略>を作成して交付すると共に、本件物件を返還した(<書証番号略>、原告本人、被告塚原本人)。

9  右予納金一二四〇万七六〇〇円は、同日、内田審理官が成田支署審理部門物件保管庫内の金庫に保管し、同月一四日に東京銀行成田空港支店(日本銀行歳入代理店)の当座預金口座(特別審理官安藤実名義)に入金した(<書証番号略>、被告塚原本人、大石証人)。

10  成田税関支署長は、同月一八日、原告に対し、原告の本件行為を「税金を免れるため、原告及び同行の妻、甲野春子の腹部・腰部等に黒色ゴムベルトで固定し隠匿するなどして、申告することなく許可を受けずに輸入しようとしたもの」で、関税法一一〇条三項、一一一条二項、物品税法四四条一項一号に違反する国税犯則行為であるとして、通告書受領の日から二〇日以内に関税法違反に対する罰金相当額金六七〇万円及び物品税法違反に対する罰金相当額金三八〇万円を納付することを命ずる通告処分をすると共に、「関税一九〇万七六〇〇円、物品税は〇円」旨の内容の関税賦課決定をした(<書証番号略>、被告塚原本人、大石証人)。

11  同日、内田審理官は、前記予納金一二四〇万七六〇〇円を東京銀行成田空港支店振出の小切手により同銀行を通じて国に納付する手続をした<書証番号略>、被告塚原本人、大石証人)。

12  同日、前記通告処分についての原告宛て通告書<書証番号略>及び前記の内容の原告宛て関税付加決定通知書(内国消費税賦課決定通知書兼用。<書証番号略>)が、原告名義の罰金相当額一〇五〇万円についての「納付書・領収証書」<書証番号略>及び原告宛ての関税一九〇万七六〇〇円についての「納税告知書・領収証書」<書証番号略>と共に原告宛に送付され、その後、原告に送達された(<書証番号略>、被告塚原本人、大石証人、弁論の全趣旨)。

二争点

本件訴訟において、原告は、第一次的に被告両名に対して塚原上席審理官が金員を騙し取ったことによる不法行為(被告塚原につき民法七〇九条、被告国につき国家賠償法一条一項又は民法七一五条一項)を、第二次的に、被告国に対して不当利得(民法七〇三条、七〇四条)、被告塚原に対して条理上の返還義務を、それぞれ理由として、罰金相当額一〇五〇万円と同額の損害の賠償ないし右額の金員の返還を求めているものであるが、本件における争点及び争点についての両当事者の主張は、次のとおりである。

1  原告の関税法違反・物品税法違反行為の有無

(一) この点についての原告の主張の要旨は、次のとおりである。

(1) 原告は、出国前に下谷税務署において輸入の相談をしており、昭和六二年一一月一九日、成田支署南棟旅具検査場九番課税検査台における携帯品検査の際にも、納品書を所持してこれに臨んでいたものであって、関税及び物品税を免れようとしたことはない。物品税法上、貴石等を保税地域から引き取る場合は、所轄税務署長作成の物品税第一種物品免税引取業者証明書を税関長に提出すれば、物品税は免除されることになっており(物品税法二七条)、実務上、事前に証明書の交付を受けることができなかった場合には入関の際にその旨を申告した上で事後に右証明書を提出する扱いも認められている。原告は、日本からの出国前に下谷税務署関税課において輸入の相談をしており、帰国後に同税務署長から物品税第一種物品免税引取業者証明書の交付を受けて税関に提出することとしていたものであり、そもそも物品税をほ脱するつもりは全くなかった。入国の際に右検査に先立って携帯の身辺細貨類を申告書に記載せず、原告及び妻が腹部に巻くなどして所持していたのは、申告書に記載すると公衆の面前で身辺細貨類を全部提示させられ盗難の危険があると考えて行ったものであり、関税及び物品税を逃れるつもりはなかった。しかるに石川係員は、原告夫妻に対して、「酒やたばこは・・・・」と述べるや、原告夫妻の応答も待たずに、いきなりスーツケースを開披して身辺細貨類を取り出し、同係員及び大石監視官らは、原告が納品書を示すなどして説明をしたにもかかわらず、関税法違反として、本件物件を差し押さえた。

(2) 以上のとおり、原告には、「偽りその他不正の行為により物品税を免れようとした」ことは全くなく、「偽りその他不正の行為により関税を免れ」ようとし又は「偽りその他不正の行為により関税を納付しないで輸入し」ようとしたことも全くないから、物品税法違反、関税法違反の行為はいずれも存在しない。それにもかかわらず、塚原上席審理官及び成田税関支署は、嫌疑の有無を十分に調査することもなく、原告夫妻に嫌疑をかけ、違法な差押えを行い、違法な通告処分を行ったものである。

したがって、右不法行為につき、被告塚原は民法七〇九条、被告国は国家賠償法一条一項又は民法七一五条一項に基づき、原告の被った罰金相当額一〇五〇万円の損害につき賠償すべき責任がある。

(3) 仮に、被告国に国家賠償法又は民法上の不法行為責任が存在しないとしても、原告の物品税法違反、関税法違反行為が存在しないにもかかわらず、被告国は、物品税法違反、関税法違反の名目により一〇五〇万円の利得を得ており、原告は同額の損失を被っているから、被告国は、原告に対して、民法七〇三条、七〇四条に基づき右一〇五〇万円及び利得の日の翌日からの利息を原告に返還すべき義務を負う。

(二) この点についての被告国の主張の要旨は、次のとおりである。

原告は、本件物件に課される関税及び物品税を免れる意図をもって、税関職員による開披検査を回避して関税及び物品税の賦課徴収を不能とさせるべく、本件物件につき、税関職員に対して「所持していない」旨の虚偽の答弁をし、右物件を原告及びその妻の身辺等に隠匿していたものであって、原告が関税法一一〇条違反及び物品税法四四条違反の行為を行ったことは明らかである。

2  塚原上席審理官による関税法違反を口実とする騙取行為の有無

(一) この点についての原告の主張の要旨は、次のとおりである。

塚原上席審理官は、関税法違反を口実に原告から金員を騙し取ることを企て、真実は原告には関税法違反行為はないにもかかわらず、原告に対し、電話で罰金一〇五〇万円及び関税一九〇万七六〇〇円の合計一二四〇万七六〇〇円を持参して出頭するように申し述べ、昭和六二年一二月四日に成田支署を訪れた原告から塚原個人名の保管書と引換えに右額の金員を騙し取り、罰金相当額一〇五〇万円の損害を与えた。塚原上席審理官は、右金員を個人として所持していたが、その発覚を恐れて、その後、成田関税支署長名義で原告宛ての通告書を作成し、原告に対して発送した。

したがって、右不法行為につき、被告塚原は民法七〇九条、被告国は国家賠償法一条一項又は民法七一五条一項に基づき、原告の被った罰金相当額一〇五〇万円の損害につき賠償すべき責任がある。

(二) 被告らは、原告の右主張を争っている。

3  予納手続の違法性等

(一) この点についての原告の主張の要旨は、次のとおりである。

(1) 罰金相当額の見込額及び関税見込額を予納させた上、国税犯則行為に係る差押物件を還付し、その後に、通告処分がなされると同時に税関職員が当事者に代わって当該予納金を国に納付するという、いわゆる予納手続は、法律上の根拠を全く有していないことに加えて、通告書及び賦課決定通知書が送達された後に支払義務が生ずるという法律の規定に違反するものであり、違法な手続として許されない。

また、原告は、塚原上席審理官からもその余の税関職員からも、被告国の主張のような予納手続の存在及びその趣旨を全く説明されておらず、かつ罰金相当額等の金銭の予納を同上席審理官らの税関職員に依頼したことはない。

(2) 右のとおり予納手続は違法な制度であり、仮に違法でないとしても税関職員が同制度の趣旨を当事者に説明し、当事者がこれに同意して予納を依頼しない限り違法というべきであるところ、原告は右制度の説明を受けず予納の依頼もしないにもかかわらず、塚原上席審理官は、原告に罰金及び関税を納付すべき義務があると誤信させ、同金員名下に原告から金員を騙し取ったもので、右不法行為につき、被告塚原は民法七〇九条、被告国は国家賠償法一条一項又は民法七一五条一項に基づき、原告の被った罰金相当額一〇五〇万円の損害につき賠償すべき責任がある。

(3) 仮に右詐欺による不法行為が認められないとしても、前記のとおり予納手続は違法な制度であり、そうでないとしても当事者に対する説明及び当事者から金員納付についての代理権授与を要するものというべきところ本件では原告につきこれらはいずれも欠けているから、被告塚原は、原告から預託を受けた金員につき返還義務を負うものであり、被告国は、納付された金員については法律上の原因がないものであるから民法七〇三条に基づき返還義務を負うものである。

(二) この点についての被告国の主張の要旨は、次のとおりである。

(1) 予納手続については法令上の根拠規定は存在しないものの、犯則嫌疑者からの強い要請があり、かつ、嫌疑者の著しい不利益を回避するために真にやむを得ない場合にのみ行う便宜的措置として、既に約二〇年にわたって全国各税関において実施されてきた運用であって、実務上確立した取扱いとして定着している。右のような予納手続については、通告処分の履行の確保という関税法上の要請と犯則嫌疑者が早期に差押物件の還付を受ける必要性を調整するための実務上の運用として、許容されるところである。

(2) 本件物件について予納手続を実施するに際しては、塚原上席審理官から原告に対して予納手続の趣旨を説明した上で、原告の同意及び依頼を受けて、右手続を行っている。

4  被告塚原の個人としての賠償責任の有無

(一) この点についての被告塚原の主張の要旨は、次のとおりである。

公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責任を負うのであって、公務員個人がその責任を負わないことは、既に判例として確立しているところであり、原告の被告塚原に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、主張自体失当である。

(二) この点についての原告の主張の要旨は、次のとおりである。

公権力を行使する公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって他人に損害を与えた場合は、国家賠償法一条に基づき当該公務員の使用者である国又は公共団体がその賠償の責任を負うが、当該公務員自身も、民法七〇九条に基づき損害賠償の責任を負うと解するべきである。

第三争点についての判断

一原告の関税法違反・物品税法違反行為の有無について

1  証拠(<書証番号略>、原告本人、被告塚原本人、証人大石敏彦)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

昭和六二年一一月一九日午後四時三〇分ころ、成田支署南棟旅具検査場九番課税検査台において、石川係員は、携帯品検査に先立ち、原告夫妻に対して「何か申告するものはありませんか。」と尋ねたところ、原告から「ルイ・ヴィトンのバッグを三個買って、約二〇万円位でした。それだけです。」との回答を得たが、その挙動に落ち着きがなかったことから、他に未申告物件があるものと考えて、開披検査を実施したところ、原告の携帯していたビニール製スーツバッグのサイドポケット内の布製ドライヤーケースの中からビニール袋に入ったペンダントヘッドらしきもの一包を発見した。

そこで、石川係員は検査場を巡回していた大石監視官を呼んで、同監視官に原告の検査を引き継いだ。大石監視官は、検査台において、あらためて原告に対して、「ほかに申告する物はありませんか。」と述べ、さらに石川係官が発見したペンダント類につき「これはどうしましたか。」と尋ねたところ、原告は、「申告する物はない」旨を答え、ペンダント類については何も答えなかった。大石監視官は、さらに引き続き原告から事情聴取する必要があると考えて、統括監視官付係員小野幸男と共に、原告及びその妻を検査場別室に任意同行した。この間、そして別室に入室してからも、原告は、大石監視官らに対して、自己が第一種物品販売業者であるは一切述べておらず、自己の所持品やその輸入手続に関する発言ないし質問も一切していない。

検査場別室では、原告と妻に対してそれぞれ別の部屋で事情聴取がされた。大石監視官は、原告に対して、「ほかに持っている物があったら出しなさい。」と述べたところ、やや間のあった後に、原告は、前記スーツバッグのサイドポケットの中から別のビニール袋入りの貴石付身辺細貨類をさらに一袋取り出した。大石監視官が、重ねて、「これで全部ですか。」と尋ねたところ、原告は「そうだ。」と回答したが、大石監視官が、別室に同行した際の原告の妻の挙動についての報告等に照らしてなお未申告物件を所持していると考えて、原告に対して、「まだほかに持っているんじゃないですか。」と尋ねた。右質問に対して、原告は、当初「もうない」旨回答したが、大石監視官が重ねて「身辺等に持っているんじゃないですか。」というようなことを何度か述べると、「実は、まだある。」と述べ、大石監視官の求めに応じて、ベルト等を外し、腹部、腰部、背部にゴムベルトで固定してあった貴石付身辺細貨類七包を提出した。

一方、税関女子職員が原告の妻に対して未申告物件の提出を求めたところ、同女は、その着用ブラウス胸ポケットからビニール袋入り貴石付身辺細貨類一包を提出すると共に、ゴムベルトで腹部に固定してあった貴石付身辺細貨類九包を提出した。

同日、引き続いて、大石監視官が原告から事情聴取して質問調書<書証番号略>を作成したが、その際、原告は、大石監視官の「別室に来てからのことを説明して下さい。」という質問に対して、「別室に来る途中から、見つかってしまったと思い、部屋に入ると、すぐに検査官が『まだ他に持っているものがあったら出しなさい。』と言われたので、携行スーツケースのサイドポケットに入れていたビニール袋入り身辺細貨類一袋を提出しました。しかし、もう一人の検査官がまだ他にもあるだろうと言ったので隠しきれないと思い、先程申し上げたトイレで隠したビニール袋入り身辺細貨類七袋を腹巻とベルトの中から取り出しました。」と述べ、また、同監視官の「どうしてこのようなことをしたのか。」という質問に対して、「すこしでもはやく品物を引き取りたかったことと、税金を払いたくなかったからです。」と回答した上、「私は商売柄、税関に申告することや、税金がかかることは、よく知っております。」と述べている。

これと同時に、小林真吾事務官が原告の妻から事情聴取して質問調書<書証番号略>を作成したが、その際、同女は、「原告から貴石付身辺細貨類を渡され、ズボンの下の腹部に巻いていくように指示されていたので、その指示に従って、貴石付身辺細貨類を腹部に固定して所持していたものである」旨を供述すると共に、「税関には申告しないでだまっていようと思っていました。」と述べている。

右認定事実によれば、原告は、本件物件に課される関税及び物品税を免れる意図をもって、税関職員による開披検査を回避して関税及び物品税の賦課徴収を不能とさせるべく、本件物件につき、税関職員に対して「所持していない」旨の虚偽の答弁をし、右物件を原告及びその妻の身辺等に隠匿していたことが認められるから、原告が関税法一一〇条違反及び物品税法四四条違反の行為を行ったことは明らかである。

原告の本人尋問における供述中、右認定に反する部分は、他の証拠により認定される事実に照らし、信用することができない。

また、原告は本人尋問において、原告の質問調書<書証番号略>は、大石監視官が勝手に記載したものでその内容は事実に反する旨供述しているが、右質問調書には原告自身の署名指印が存在し、原告しか知り得ない事実が記載されていることや、右質問調書作成時の状況についての大石証言に照らし、原告の右供述は信用することができない。

なお、昭和六二年一一月二八日に原告から本件物件に係る物品税免税手続の書類として下谷税務署長作成の「物品税第一種物品免税引取業者証明書」(<書証番号略>)が成田支署に提出されたことから、本件物件の還付に際しては物品税が免税扱いとされたが(この事実は争いがない)、物品税法四四条違反の犯則行為は、当該貨物を税関長に何ら申告することなく不正に輸入しようとしたときに成立するものであって、その後に右証明書を提出して物品税について免税扱いとされたからといって、右犯則行為の成立が左右されるものではない。本件において、原告が、昭和六二年一一月一九日に、本件物件を申告することなく不正に輸入しようとしたことは前記認定のとおりであるから、その後、同月二七日に下谷税務署長から原告に前記証明書が交付され、同月二八日にこれが成田支署に提出されて、本件物件の物品税が免税の取扱いとなったからといって、原告の物品税法違反の犯則行為の成立について何ら影響を与えるものではない。

2  原告は、原告に物品税法違反、関税法違反の行為はいずれも存在しないにもかかわらず、塚原上席審理官及び成田支署は、嫌疑の有無を十分に調査することなく、違法な差押えを行い、違法な通告処分を行ったとして、右不法行為につき、被告国は国家賠償法一条一項又は民法七一五条一項に基づき、原告の被った罰金相当額一〇五〇万円の損害につき賠償すべき責任があると主張するが、前記のとおり原告が物品税法違反、関税法違反の行為を行ったことが認められるものであるから、原告のこれらの請求は、いずれもその前提を欠き理由がない。

さらに、原告の物品税法違反、関税法違反行為が存在しないにもかかわらず、被告国が物品税法違反、関税法違反の名目により一〇五〇万円の利得を得ており、原告は同額の損失を被っているとして、被告国に対して、民法七〇三条、七〇四条に基づき右金員及び利得の日の翌日からの利息の返還を請求する点も同様に前提を欠くものであって、理由がない。

また、原告は、塚原上席審理官が、真実は関税法違反行為はないにもかかわらず、関税法違反を口実に原告から金員を騙し取ったとして、右不法行為につき、被告国は国家賠償法一条一項又は民法七一五条一項に基づき損害賠償すべき責任があるとも、主張しているが、原告に物品税法違反、関税法違反の行為が認められることは前記のとおりであるから、同様に前提を欠くものであり、加えて、塚原上席審理官が予納金として原告から受領した金員については前記(「第二事案の概要一前提となる事実関係」の欄に記載)のとおり予納手続の一般的取扱いに従って国に納付されていることに照らしても、同上席審理官において原告から金員を騙し取ったとはとうてい認定できないものであり、原告の右請求も、理由がない。

二予納手続制度について

1  証拠(<書証番号略>、被告塚原本人)及び弁論の全趣旨によれば、

①  国税犯則事件においては、刑事手続に移行する可能性があるため、通告処分が確定してその履行がされるのを待って差押物件を還付するのが原則的な取扱いであるところ、犯則嫌疑者が船舶・航空機の乗組員や、非居住者である旅行者等であって滞在時間に制約のある場合や、差押物件が還付されないことにより商取引契約の履行が不可能となる等の著しい損害を被る場合などに、犯則嫌疑者が犯則物件の差押えにより被る不利益を最小限にとどめるために、通告処分が確定する前に罰金相当額及び関税額の見込額を犯則嫌疑者から予納させた上で差押物件を還付し、通告処分の確定後に税関職員が犯則嫌疑者にかわって当該金員を国に納付するという、いわゆる予納手続が税関実務において行われていること

②  右予納手続については法令上の根拠規定は存在しないものの、犯則嫌疑者からの強い要請があり、かつ、嫌疑者の著しい不利益を回避するために真にやむを得ない場合にのみ行う便宜的措置として、既に約二〇年にわたって全国各税関において実施されてきた運用であって、実務上確立した取扱いとして定着していること

が認められる。

右のような予納手続については、通告処分の履行の確保という関税法上の要請と犯則嫌疑者が早期に差押物件の還付を受ける必要性を調整するための実務上の運用として、許容されるところであり、法令上の明白な根拠を有しないことをもって直ちに右取扱いを違法ということはできないと解するのが相当である。というのは、犯則嫌疑者にとっては、右予納手続により早期に差押物件の還付を受ける余地が存在することはその利益に資するものであり、反面、右予納手続が存在するからといっても、その適用は嫌疑者からの要請を待って行われるものであるから、嫌疑者がその意思に反して通告処分確定前に罰金等の相当額を予納させられることにはならないからである。

2 原告は、予納手続は違法な制度であり、塚原上席審理官は予納金名下に原告から金員を騙し取ったものであるとして、右不法行為につき被告国に賠償を求めているが、右の通り税関実務において行われている予納手続については法の許容するところであり違法な制度ということはできないから、原告の右請求は、その前提を欠き理由がない。

原告は、予納手続は違法な制度であるから、被告塚原は、原告から預託を受けた金員の返還義務を負い、被告国は納付された金員につき不当利得として返還義務を負うと主張するが、これらの請求も、また、その前提を欠くものであって理由がない。

三本件予納手続の状況について

1  証拠(<書証番号略>、原告本人、被告塚原本人)及び弁論の全趣旨によれば、

① 原告は、昭和六二年一一月二一日から二七日までの間に、四度にわたり電話で、加えて成田支署を二度訪れたうえ、塚原上席審理官に対し、差し押さえられている本件物件は顧客の物であることから早急に引き取りたい旨を述べたこと

② 塚原上席審理官は、同月二七日ころ、原告から電話で罰金相当額及び関税額についての問い合わせがあった際に、罰金相当額の見込額が一〇五〇万円であり、関税の見込額が一九〇万七六〇〇円である旨を伝えたこと

③ 原告は、同年一二月四日、事前に連絡せずにマレーシア人Aと共に成田支署を訪れ、応対に出た塚原上席審理官と内田審理官に対して、「金を持ってきたから物を返してくれ。」と述べたこと

④ 塚原上席審理官は、上司である安藤実特別審理官と相談した結果、同特別審理官の決裁を得て、原告がその顧客の要請によりどうしても早急に本件物件を引き取りたいのであれば、予納手続により本件物件を還付することにしたこと

⑤ 塚原上席審理官は、原告に対して、通告書等の正規の書類が完成していないので本件物件は本来還付できないが、罰金相当額及び関税相当額を事前に受領するのと引換えに本件物件を還付することとし、予納された金員については後日正規の通告書及び納付書等が発せられた時点で税関職員が原告にかわって国に納付する旨を説明したところ、原告はこれを了承したこと

⑥ 原告は、塚原上席審理官に対して前記罰金相当額と関税の合計額と同額の一二四〇万七六〇〇円を交付し、同上席審理官は、右金員を予納金として受領し、原告に対し、成田支署備え付けの保管書用紙を使用して塚原良彦名義の右同額の保管書<書証番号略>を作成して交付すると共に、本件物件を返還したこと

が認められる。

右認定事実によれば、本件物件について予納手続を実施するに際しては、塚原上席審理官から原告に対して予納手続の趣旨を説明した上で、原告の同意及び依頼を受けて、右手続を行ったことが明らかというべきである。

原告は、本人尋問において、前記金員を塚原上席審理官に交付した際には、同上席審理官から予納手続についての説明は行われず、また、原告から右手続をとるよう依頼したこともない旨を供述するが、そもそも予納手続は、犯則嫌疑者から強い依頼があった場合に一定の条件のもとで例外的に行われる手続であって、その実施には嫌疑者からの要請の存在が前提となっていること及び原告から受領した金員については前記(「第二事案の概要一前提となる事実関係」の欄に記載)のとおり予納手続の一般的取扱いに従って国に納付されていることに照らせば、塚原上席審理官において原告からの同意及び依頼もないのにわざわざ予納手続を行うとはとうてい考えられず、また、被告塚原本人の供述の内容との対比からも、原告本人の右供述は信用できない。

2  原告は、予納手続は制度の趣旨が説明され、当事者がこれに同意して予納を依頼しない限り違法というべきであるところ、原告は右制度の説明を受けておらず予納の依頼もしないにもかかわらず、塚原上席審理官は、原告に罰金及び関税を納付すべき義務があると誤信させ、同金員名下に原告から金員を騙し取ったとして、右不法行為につき被告国に賠償を求めている。しかし、前記認定のとおり本件物件について予納手続を実施するに際しては、塚原上席審理官から原告に対して予納手続の趣旨を説明した上で、原告の同意及び依頼を受けて、右手続を行ったことが認められるから、原告の右請求は、その前提を欠き理由がない。

原告は、予納手続においては当事者に対する説明及び当事者から金員納付についての代理権授与を要するものというべきところ本件では原告につきこれらはいずれも欠けているとして、被告塚原は、原告から預託を受けた金員の返還義務を負い、被告国は納付された金員につき不当利得として返還義務を負うと主張するが、これらの請求も、また、その前提を欠くものであって理由がない。

四被告塚原の個人責任について

公権力の行使に当たる国の公務員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合に、もっぱら国が被害者に対して賠償の責任を負うものであって、公務員個人がその責任を負わないことは、既に判例として明らかとされているところであり、当裁判所としても、同様に解するのを相当と認める。

原告が被告塚原に対してその不法行為による賠償を求める請求は、同被告が個人的に予納金を着服すべく原告から金員を騙し取ったとしてその賠償を求める請求も含めて、いずれも同被告が関税職員としてその職務を行うについて原告に損害を与えたというものであるから、その主張自体において既に理由がない。

なお付言するに、前記認定のとおり、原告には関税法違反、物品税法違反の行為が認められ、被告塚原が行った本件予納手続については違法の点はなく、原告の同意及び依頼に基づいて行われたものであって、成田税関支署長による正規の通告処分及び賦課決定がされて、予納された金員は税関実務における通常の手続に従って国に納付されているのであるから、いずれにしても、原告の同被告に対する各請求はいずれも理由がなく棄却すべきことは明らかである。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官三村量一)

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