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東京地方裁判所 平成元年(ワ)10924号 判決 1991年7月04日

原告

嶋田れい

右訴訟代理人弁護士

川村武郎

被告

住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役

上山保彦

右訴訟代理人弁護士

川木一正

松村和宜

長野元貞

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一〇月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  (本件生命保険契約の締結)

原告は、昭和六一年五月一日、被告との間において、原告の子である訴外嶋田和子(以下「訴外和子」という。)を被保険者、原告を受取人、右同日を責任開始日として、普通保険約款による災害割増特約(別表記載の不慮の事故を直接の原因としてその事故の日から起算して一八〇日以内に死亡したことを保険事故とし、死亡保険金額を五〇〇万円とするもの。)及び傷害特約(別表記載の不慮の事故を直接の原因としてその事故の日から起算して一八〇日以内に死亡したことを保険事故とし、死亡保険金額を五〇〇万円とするもの。)付の終身生命保険契約を締結した。

2  (本件事故の発生)

訴外和子は、昭和六二年一一月二五日午前三時頃、自宅であるマンションの東京都大田区蒲田一丁目三番二号所在のコーポプラグレス四階四〇一号室の窓から地面に墜落して、腹、背部の打撲等の傷害を受け(この事故を以下「本件事故」という。)、昭和六三年一月一一日、右傷害に起因する化膿性腹膜炎によって死亡した。

3  (本件事故の災害起因性)

本件事故は、訴外和子が当日買物を済ませて帰宅し、ビールを少量飲んで就寝した後に発生したものであって、訴外和子自身も、その生前において、なぜ自分が墜落したか分からないと供述しており、およそ自殺によるものとは考えられない。

したがって、訴外和子は、前記災害割増特約及び傷害特約にいわゆる不慮の事故を直接の原因として、その事故の日から起算して一八〇日以内に死亡したものであるから、被告は、右各特約に基づき、受取人である原告に対して、右各特約による死亡保険金合計一〇〇〇万円を支払う義務がある。

4  (結論)

よって、原告は、被告に対して、右の死亡保険金合計一〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である平成元年一〇月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否

1  請求原因1(本件生命保険契約の締結)及び2(本件事故の発生)の事実は、認める。

2  同3(本件事故の災害起因性)の主張は、争う。

訴外和子は、かねてから心臓疾患があって、これを苦にしていたほか、当時同棲していた訴外乙野二郎(以下「訴外乙野」という。)との関係もしっくりいっておらず、時に死にたいともらすなどしていた。

そして、訴外和子が転落した窓は、床面からの高さ約四四センチメートルの窓台の上にあって、床面からの高さ約一メートルのところまでは危険防止用の桟が設けられており、また、訴外和子の落下地点は、窓の直下ではなく、建物から相当離れた地点であった。

これらの事情に照すと、訴外和子が自然の状態で過って墜落したものとは考えられないし、同居者であった訴外乙野が訴外和子を殺害したものとする十分な証拠もないのであるから、結局、訴外和子は、故意に窓から身を乗り出して墜落したもの、すなわち、発作的に自殺を図ったものであるとの疑いを払拭することができない。

したがって、本件事故は、被保険者たる訴外和子の故意に基づかない不慮の事故であるとはいえないから、前記災害割増特約及び傷害特約上の保険事故には当たらない。

三  被告の抗弁(重大な過失による免責)

仮に訴外和子が故意に墜落したものではないとしても、前記のとおりの居室や落下地点の状況等に照すと、訴外和子は、窓から不必要に身を乗り出したために墜落したものであることは明らかであって、訴外和子には前記各特約所定の免責事由である重大な過失がある。

四  抗弁事実に対する原告の認否

抗弁事実中、前記各特約には被保険者の重大な過失を免責事由とする定めがあることは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1(本件生命保険契約の締結)及び2(本件事故の発生)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、本件生命保険契約の普通保険約款、災害割増特約及び傷害特約の各関係条項(<書証番号略>)によれば、右の各特約における保険事故たる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故(ただし、疾病又は体質的な要因を有する者が軽微な外因により発症し又はその症状が増悪したときには、その軽微な外因は急激かつ偶発的な外来の事故とは看做さない。)で、かつ、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目中別表「対象となる不慮の事故」記載のとおりのものとし、分類項目の内容については、厚生省大臣官房統計情報部編「疾病、傷害および死因統計分類提要」(昭和五四年版)によるものとするとして、約款上不慮の事故に該当する例を限定的に列挙しているが、本件事故への適用が問題となるものとしては、「建物又はその他の建造物からの墜落」及び「他殺及び他人の加害による傷害」が約款上の不慮の事故に含まれている一方で、右「疾病、傷害および死因統計分類提要」の分類項目のひとつである「不慮か故意かの決定されない高所(住宅、その他の人工構築物、自然の場所、詳細不明)からの墜落」その他の不慮か故意かの決定されない損傷がこれより除外されており、また、当該事故が被保険者の故意又は重大な過失によって招来されたものである場合には、保険者は前記各特約による保険金を支払わないものとして、これを免責事由のひとつとしているところである。

そして、右各免責条項は、被保険者の故意と重大な過失とを並列的に定めているけれども、前記の条項を通覧し、とりわけ「不慮か故意かの決定されない高所からの墜落」その他不慮か故意かの決定されない損傷が約款上の不慮の事故には該当しないものとされていることに鑑みると、右災害割増特約又は傷害特約に基づく保険金請求訴訟にあっては、保険金の請求者(受取人)は、当該事故が被保険者の素因や故意に基づくものではなくて、急激かつ偶発的な外来の事由に起因するものであること(いわゆる災害起因性)についての立証責任を負い、他方、保険者は、当該事故が被保険者の重大な過失によるものであることについての立証責任を負うものと解するのが相当である。したがって、本件事故が訴外和子の故意によるものであるか不慮のものであるかが結局において明らかではないときには、前記の「不慮か故意かの決定されない高所からの墜落」に該当するものとして、原告の本訴請求は排斥されざるを得ないことになる。

二以上のような観点に立って、本件についてみると、先ず、本件事故の背景ないし発生状況について、先に摘示した当事者間に争いがない事実に<書証番号略>、証人平林晧及び同小林豊の各証言並びに弁論の全趣旨を併せると、訴外和子(昭和一四年一一月一七日生れ)は、昭和五六年四月に夫と離婚した後、洋装店の店員として勤務していたが、昭和六〇年六月頃に競輪等で多額の責務を負い福島県いわき市に離別した妻子を残して上京してきた訴外乙野(昭和一九年頃生れ)と知り合って、同年一〇月頃から同棲するようになり、昭和六二年六月以降は東京都大田区蒲田一丁目三番二号所在のコーポプラグレス四階四〇一号室を賃借して、そこで訴外乙野とともに居住していたこと、訴外和子が転落した右居室の窓は、床面からの高さ約四四センチメートルの窓台の上にある縦約1.3メートル、横約1.8メートルのものであって、窓台からの高さ約五六センチメートル(床面からの高さ約一メートル)のところまでは危険防止用の桟が設けられていたこと、訴外和子は、本件事故の前日の同年一一月二四日午後九時三〇分頃に帰宅し、同日午後一一時頃に入浴を済ませ、コップ二杯程のビールを飲んで、前記居室の窓際に置かれたベッドで就寝していたこと、訴外乙野は、右の当時、訴外和子と同室していたものであって、他に同室者はいなかったこと、訴外和子は、翌二五日早朝、右の窓の直下からはやや離れた地点の路上に転倒しているのを通行人によって発見され、意識不明のまま東邦大学医学部付属大森病院に収容されたが、腹、背部打撲傷、左肋骨・骨盤骨折、腰椎圧迫骨折、内蔵破裂等の傷害を受けていて、昭和六三年一月一一日に右傷害に起因する化膿性腹膜炎によって死亡したことの各事実を認めることができる。

三そして、右の事実関係によれば、訴外和子が右居室の窓から墜落するに至った原因の一般的な可能性としては、訴外乙野の加害行為によるものであること、訴外和子の故意の自招行為によるものであること及び不慮の事故であることの三つが想定されるけれども、<書証番号略>並びに証人平林晧及び同小林豊の各証言によれば、訴外和子は、その意識が回復した後に行なわれた司法警察員による取調べ等において、「どうして墜落したのか、記憶がない。」、「眠っていて、気が付いたのは手術後のことであった。」などと供述するばかりであり、また、訴外乙野も、検察官による取調べ等において、「就寝中の出来事であって、どうして墜落したのか分らない。」と供述し、これに関わっていることを強く否認したままであることが認められるのであって、訴外和子が墜落するに至った原因を特定するに足りる直接証拠は一切ない。

そして、<書証番号略>によれば、訴外乙野は、本件事故の発生まで、訴外和子に対しても、偽名を用いるなどして自らの素性を明らかにしていなかったこと、訴外乙野は、本件事故前、本件生命保険契約の受取人を自分に変更するべく、担当の保険外交員と交渉するなどしたが、正式に入籍していないからとしてこれを断られたことがあり、また、本件事故後においても、訴外和子が前記傷病を原因として早晩死亡するに至ることを想定し、訴外和子との婚姻の届出をして本件生命保険契約の受取人を自分に変更し、死亡保険金を領得しようと企てて、訴外和子に婚姻の届出をすることを提案し、これを拒絶されるや、昭和六二年一二月八日頃、恣に訴外和子の印鑑を冒用してその作成名義の婚姻届を偽造し、東京都大田区役所に婚姻の届出をした(訴外乙野は、これによって有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載の罪で検挙され、有罪の判決を受けた。因に、訴外乙野は、右被疑事件の捜査の過程において、訴外和子を殺害したことの嫌疑を受けたが、訴追されるには至らなかった。)ことの各事実を認めることができ、これらの事実によれば、訴外乙野が死亡保険金を領得する目的で訴外和子を殺害するべく窓から転落させたことの可能性を否定することはできないけれども、他方、訴外乙野が何故に未だ本件生命保険契約の受取人が原告のままの右の段階において右のような犯行を敢行したのかの合理的な疑いが残るのであって、なんらの直接証拠のない本件において、右のような事情のみをもって右事実を肯認するに足りる十分な証明があったものということはできない。

また、訴外和子がなんらかの目的で右の窓から身を乗り出していたところ過って転落したものであるとすることも、本件事故の発生時刻、訴外和子が墜落した前記窓及び居室の構造、訴外和子自身が墜落の経過について一切の認識がないと供述していることなどに照すと、極めて想定し難い状況といわなければならないのであって、本件全証拠によっても、本件事故が右のような態様の不慮の事故であったものと認めることもできない。

もっとも、他方<書証番号略>及び証人平林晧の証言によれば、訴外和子には心臓疾患又はその虚弱の既往症、精神疾患の受診歴等があった可能性があることが窺われないではなく、また、当時の訴外和子と同乙野との関係は必ずしも安定したものではなかったことが認められるけれども、いずれにしても、訴外和子がそれらを苦にして自殺を想念する程に切迫したものであったとみるべき証拠もないのであって、本件事故が訴外和子の故意の自招行為によるものであった可能性が高いことを示す証拠がある訳ではないけれども、その可能性を否定し去って、本件事故が先にみた二例のいずれかであるとまで断定することはできない。

四以上によれば、訴外和子がその居室の窓から墜落するに至った原因や経過は、結局、これを特定するに足りる証拠がなく、本件事故は、訴外和子の故意によるものであるか不慮のものであるかも不分明であって、前掲「疾病、傷害及び死因統計分類提要」の分類項目にいわゆる「不慮か故意かの決定されない高所からの墜落」に該当し、本件生命保険契約の保険事故としての不慮の事故には当たらないものといわざるを得ない。

したがって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官村上敬一)

別紙対象となる不慮の事故

対象となる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故(ただし、疾病または体質的な要因を有する者が軽微な外因により発症しまたはその症状が増悪したときには、その軽微な外因は急激かつ偶発的な外来の事故とみなしません。)で、かつ、昭和53年12月15日行政管理庁告示第73号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については、「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和54年版」によるものとします。

分類項目

基本分類表番号

1・

鉄道事故

E八〇〇~八〇七

2・

自動車交通事故

E八一〇~八一九

3・

自動車非交通事故

E八二〇~八二五

4・

その他の道路交通機関事故

E八二六~八二九

5・

水上交通機関事故

E八三〇~八三八

6・

航空機および宇宙交通機関事故

E八四〇~八四五

7・

他に分類されない交通機関事故

E八四六~八四八

8・

医薬品および生物学的製剤による不慮の中毒

ただし、外用薬または薬物接触によるアレルギー、皮膚炎などは含まれません。また、疾病の診断、治療を目的としたものは除外します。

E八五〇~八五八

9・

その他の固体、液体、ガスおよび蒸気による不慮の中毒

ただし、洗剤、油脂およびグリース、溶剤その他の化学物質による接触皮膚炎ならびにサルモネラ性食中毒、 細菌性食中毒(ブドー球菌性、ボツリヌス菌性、その他および詳細不明の細菌性食中毒)およびアレルギー性・食餌性・中毒性の胃腸炎、大腸炎は含まれません。

E八六〇~八六九

10・

外科的および内科的診療上の患者事故

ただし、疾病の診断・治療を目的としたものは除外します。

E八七〇~八七六

11・

患者の異常反応あるいは後発合併症を生じた外科的および内科的処置で処置時事故の記載のないもの

ただし、疾病の診断・治療を目的としたものは除外します。

E八七八~八七九

12・

不慮の墜落

E八八〇~八八八

13・

火災および火焔による不慮の事故

E八九〇~八九九

14・

自然および環境要因による不慮の事故

ただし、「過度の高温(E九〇〇)中の気象条件によるもの」、「高圧、低圧および気圧の変化(E九〇二)」、 「旅行および身体動揺(E九〇三)」および「飢餓、渇、不良環境曝露および放置(E九〇四)中の飢餓、渇」は除外します。

E九〇〇~九〇九

15・

溺水、窒息および異物による不慮の事故

ただし、疾病による呼吸障害、嚥下障害、精神神経障害の状態にある者の「食物の吸入または嚥下による 気道閉塞または窒息(E九一一)」、「その他の物体の吸入または嚥下による気道の閉塞または窒息(E九一二)」は除外します。

E九一〇~九一五

16・

その他の不慮の事故

ただし、「努力過度および激しい運動(E九二七)中の過度の肉体行使、レクリエーション、その他の活動における過度の運動」および 「その他および詳細不明の環境的原因および不慮の事故(E九二八)中の無動環境への長期滞在、騒音暴露、振動」は除外します。

E九一六~九二八

17・

医薬品および生物学的製剤の治療上使用による有害作用ただし、外用薬または薬物接触によるアレルギー、皮膚炎などは含まれません。また、疾病の診断・治療を目的としたものは除外します。

E九三〇~九四九

18・

他殺および他人の加害による損傷

E九六〇~九六九

19・

法的介入

ただし、「処刑(E九七八)」は除外します。

E九七〇~九七八

20・

戦争行為による損傷

E九九〇~九九九

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