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東京地方裁判所 平成元年(タ)539号 判決 1990年10月29日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

大野明子

被告

乙川二郎

右法定代理人親権者母

乙川春子

右訴訟代理人弁護士

青木康

主文

一  原告と被告との間に親子関係が存在しないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

原告と被告の母乙川春子(以下「被告母」という。)は、昭和五八年二月一二日婚姻届を了し、その後、被告母は、昭和五八年一一月一〇日、被告を出産し、原告は、同月二一日、原告を長男として出生届出をした。

ところが、原告と被告母は、昭和六三年九月三〇日、協議離婚することとなった。

2  (親子関係不存在)

しかし、被告は、その容姿が原告に全く似ておらず、また、その頭髪や肌の色等から一見して欧米人との混血児であり、原告の子でないことは明らかである。

3  (結論)

よつて、原告は、原告と被告との間に親子関係の存在しないことの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

被告は、原告と被告母の婚姻成立の日から二〇〇日後に生まれた子であるから、民法七七二条の嫡出推定を受け、原告の子と推定される。ところが、本件訴えは、実質上、民法七七五条の嫡出否認の訴えであるから、子である被告の出生を知った時から一年以内に提起されなければならないところ、原告が被告の出生を知った時(昭和五八年一一月一〇日の被告出生日)から一年を経過して提起されたのであるから、不適法というべきである。

仮に、民法七七二条の嫡出推定が排除される場合があるとしても、懐胎期間中妻が夫の子を懐胎することができないことが外見上明白な場合に限るべきであるところ、本件の場合、懐胎期間中、原告と被告母は、婚姻生活を営んで性交渉も継続し、その間、原告の長期不在等の事実もないから、嫡出推定が排除される場合に該当しない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

嫡出否認制度の根底に横たわる理念は、父子関係の速やかな確定によって第三者の干渉を排し家庭の平和を保護することである。してみれば、本件の場合、原告と被告母の離婚によって家庭生活は既に崩壊し、また、被告はその氏を被告母の氏に変更して被告母の下で養育され、原告からの教育費の送金も被告母によって返送されるなど、原被告間の父子の交流もなく、さらに、被告が外見上容易に異人種間の混血児であると識別しうるのであるから、民法七七二条の嫡出推定は及ばないというべきである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一認定事実

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  (当事者)

請求原因1の事実。

2  (結婚に至る経緯)

原告と被告母は、昭和五七年六月、婚約し、その後、昭和五八年二月一二日、結婚式を挙げ、同日婚姻届出を了した後、同月一三日、ヨーロッパ方面への新婚旅行に出発し、同月二六日帰国した。

その間、原告と被告母は、婚約中に二回性交渉を持ったが、挙式後は避妊措置を講じていたところ、新婚旅行中の二月二二日から二四日までの間は避妊措置を講じることなく性交渉を持った。なお、被告母は、パリ滞在中、半日程フランス留学中の恩師に会うという理由で単独行動をとったことがあった。

ところが、被告母は、帰国後、気分がすぐれないと訴え、昭和五八年二月二九日に産婦人科の診察を受けた結果、妊娠していることが判明した。

3  (離婚に至る経緯)

その後、原告と被告母は、さしたる問題もなく、結婚生活を続けていたところ、昭和六三年一月一日、被告母は、突然、原告に対し、離婚の申入れをした。被告母が挙げた離婚理由は、①被告母の音楽活動と家庭生活の両立が困難であること、②原告の容姿が醜いので生活を共にすることはできないこと、であった。

原告は、被告母の真意を理解できなかったが、被告母に結婚継続意思がほとんどなかったことなどから、離婚に応じることにし、昭和六三年九月三〇日、被告母と協議離婚した。その際、被告の親権者を被告母と定めた。

4  (親子関係についての原告の疑問)

原告の親戚は、以前から、被告が欧米人との混血ではないかと疑っていたが、原告の離婚の経緯を知るに及び、その疑念が増大し、原告に対し、その疑念を伝えた。そのため、離婚話の過程で被告との親子関係につき疑念を持つに至っていた原告は、ますますその念が深くなってしまった。

そこで、原告は、被告母に対し、平成元年四月一六日、右疑念を伝えたが、被告母が「あなたや甲野一家がこのような疑いを持ち、行動に出ようとしていることについて私は事前に知っていた。」などと言って冷静な態度をとったことなどから、親子関係不存在確認調停を申し立てることとなった。

5  (離婚後の親子の交流)

離婚後、被告の親権者を被告母と定めて、被告母が被告を養育しているが、被告母は、平成元年八月八日、被告の氏を被告母の氏に変更し、また、同月ころ、原告から送られた被告の扶養料を返送し、以後、原告に対し、右扶養料の請求をしていない。他方、原告は、被告と平成元年四月以降全く会っていない。

6  (親子鑑定)

被告母が鑑定に応じなかったが、血液型に加えて頭部及び手の形態を対象にして鑑定したところ、「原告と被告との間に生物学的な親子関係が存在しないと推定する」との結果が得られた(なお、鑑定書の要約では、被告の父は、ヨーロッパ白人又はこれとごく近縁な人種に属する男性であると推定している。)。

二親子関係の有無について

以上の事実によれば、被告が原告の子でないことは明らかというべきである。

三本件訴えの適法性について

被告は、前記のとおり、被告に民法七七二条の推定が及ぶことを前提に、本件訴えが同法七七七条の出訴期間内に提起されたものでないから不適法である旨主張する。

そこで判断するに、嫡出推定(民法七七二条)及び否認(民法七七四条以下)の制度は、親子関係を早期に確定して家庭の平和を維持することを目的としているものと解されるところ、本件においては、前記認定のとおり、既に原告と被告の母は離婚し、また、原告と被告との親子の交流もないというのであるから、右制度によって守るべき家庭の平和は存在しないというべきである。してみれば、本件のように父子関係の存在しないことが明らかである(鑑定上、被告は、混血であると推定されている。)場合には、民法七七二条の推定は及ばないというべきである。

結局のところ、本件訴えは、適法ということとなる。

四結語

以上によれば、原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官西口元)

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