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札幌高等裁判所 昭和54年(行ス)2号 決定 1979年10月09日

抗告人

天野雅智

右代理人

高野国雄

入江五郎

相手方

札幌市長

板垣武四

右代理人

山根喬

外四名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所は、本件当事者が原審及び当審において提出した疎明資料をすべて検討したうえ、抗告人の本件執行停止の申立ては失当として排斥を免れないものと判断する。その理由は次のとおり付加するほか原決定理由欄記載の理由説示と同一であるから、これを引用する。

本件疎明資料によれば、抗告人は本件処分後相手方から給与を得ておらず、その生計は妻の収入に依存してはいるものであるが、手当を含む右妻の給与額は抗告人が本件免職処分を受けた当時の手当を含む給与額と対比するときは減少していることがうかがわれるけれども、それは著しい差異であるとまでいうことはできないし、更に、抗告人は、現在二四歳で健康な男子であり、札幌市の事務職員に採用された能力の持主でもあるところ、昭和五三年五月二〇日逮捕されたが昭和五四年三月三一日保釈され、その後は二〇日ないし一か月に一回開かれる東京地方裁判所の刑事公判に出廷する生活を送つていることがうかがわれるのであつて、右事実によれば、仮に抗告人の主張するように刑事被告人ということで定職に就くことに困難が伴うとしても、就労することによつて収入を得るための途が全く閉ざされているものとは推認し難く、従つて抗告人は右刑事公判に出廷する以外の日数については自ら収入を得るために努力をする余地は十分残されているものというべく(例えば公共職業安定所への求職の申込みなど)、本件申立においてはそのような収入を得るため可能の限りの手段を講じたがなお抗告人が収入を得るに至らない旨の疎明がなされる必要があるというべきところ、その疎明は未だなされていない。

そうすると、本件全疎明資料によつても本件免職処分の執行を停止して給与を支給しなければ抗告人がその生活を維持できないほど経済附的に差し迫つた状態にあるものとは未だ認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

三以上のとおりであつて、本件免職処分によつて抗告人に回復困難な損害が生じ、かつ、それを避けるため緊急の必要があることについて抗告人の疎明が十分とはいえず本件申立は理由がなく、これと同旨の原決定は正当であるから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(安達昌彦 渋川満 大藤敏)

〔抗告の趣旨〕

一 原決定を取消す。

二 相手方が昭和五三年六月二九日付で抗告人に対してした懲戒免職処分の効力は、本案判決の確定に至るまで停止する。

三 申立費用は、第一、二審とも相手方の負担とする。

との裁判を求める。

〔抗告の理由〕

一 原決定は、執行停止の要件である「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある」かどうかの判断を誤つた。

1 原決定は、原決定書理由三、1、(一)〜(四)の事実を認定し、これらの事実を総合すると、抗告人の生計の資が本件処分前に比較して著しく減少したともいえず、未だ回復困難な損害を避けるため緊急の必要があると認めるに足りないと判示する。

2 原決定の右(一)〜(四)の事実認定自体に誤りはない。しかし、回復困難な損害の存否を、単純に処分前と後の生計の資(本人および妻の収入)の金額を比較して決することは正しくない。抗告人のように、他に収入、資産は何もなく、賃金のみをもつて生活している労働者にとつて賃金を断たれることはそれ自体、後日の金銭賠償を不相当とする生活侵害である。このことは、解雇処分を争う労働仮処分事件の裁判例で一般に承認されている。解雇、免職は労働者の生活の型、生活設計の変更を余儀なくさせる。妻が就職したり、またそのために事実上出産を控えざるをえない等も、そのあらわれである。

本件の場合、抗告人の妻は、抗告人の賃金が断たれたため、やむなく働きに出たものである。

3 原決定は、本件処分当時の抗告人の月額手取り給与八六、〇〇〇円と現在の抗告人の妻のそれ六九、〇〇〇円を単純に比較するが、ボーナス等の特別給与を考慮に入れなければならない。抗告人のような地方公務員は、期末手当、勤勉手当等年間に六五割近い手当を受け、生活費に充てているのが事情である。

4 抗告人の妻の賃金は、月額手取り六九、〇〇〇円で、抗告人を扶養家族とする家族手当を申請しても約三、〇〇〇円増えるに過ぎず、この金額はとうてい抗告人と妻の最低生活を維持するに足りない。

ちなみに、札幌市における現行の生活保護基準によれば、抗告人ら夫婦のような二〇才から四〇才までの男女二人の世帯の生活保護費(生活扶助、住宅扶助)は、月額八七、三六〇円(一一月から三月までの冬期は一〇一、七八〇円)である。(甲第一〇号証、なお厚生大臣告示「生活保護法による保護の基準」参照、その内訳は、甲一〇号証第一類男二六、九二〇円+女二二、八〇〇円+第二類一九、六四〇円+住宅扶助二九、六〇〇円以下である実家賃一八、〇〇〇円、これに冬期間は一四、四二〇円が加算される)

5 原決定も認定するように、抗告人は東京地裁で月一回開かれる刑事公判に出廷するため、その交通費だけでも毎月二五、〇〇〇円(国鉄札幌、東京往復)程度の特別出費を要する。

6 抗告人は、本件懲戒免職処分を受けたことおよび刑事事件の被告人である関係で、再就職することが著しく困難である。

7 右のような事情であるから、本件処分により、抗告人は現に回復の困難な損害を被つている。

二 抗告人の回復困難な損害が現に発生し、継続中であるから、執行停止の要件の「緊急の必要がある」ことは明らかである。

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