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札幌高等裁判所 昭和45年(う)23号 判決 1970年7月14日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、札幌高等検察庁検察官検事鎌田好夫提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し、つぎのように判断する。

論旨は、原判決には、法令の解釈適用に誤りがあり、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。すなわち、原判決は、「被告人大木は、昭和四四年四月一二日午後一〇時三〇分頃、天塩郡遠別町字本町三丁目国本こと李珖洙経営の万福食堂内において、飲食中の首藤友一当時(三六年)がからんで来たことに立腹し、矢庭に同人の顔面を一回殴打し、さらにその場にうつ伏せに転倒した同人の胸部、腹部を数回蹴り上げて暴行を加え、被告人李は同日午後一一時二〇分頃、同店内において、通路に仰向けに横たわつていた右首藤の態度に立腹し、その足を掴んで土間を引き店外に引きずり出し、さらに起き上つて店内に入つて来た同人の胸元を掴んで店外に押し出したうえ、同店前路上において、同人の右側腹部を蹴りつけて暴行を加え、因つて同人を同月一五日午後七時二二分同町遠別町立国保病院において、肝臓裂挫傷、十二指腸裂傷のため死亡するに至らしめたものであるが、被告人両名のいずれの暴行により右傷害致死の結果を生ぜしめたものか知ることができないものである」との公訴事実に対し、事実関係は公訴事実のとおり認めながら、刑法二〇七条の同時犯の規定の適用のあるのは、数人による暴行が同一場所で同時に行なわれたか、あるいは少くとも時間的、場所的に近接してなされた場合に限られるとし、しかも右の時間的、場所的に近接性の判断にあたつては、各暴行の時間的、場所的間隔をたんに数量的にのみ把えて決することはできず、結局、各暴行の動機、罪質、態様、暴行者相互間の関係等から、少くとも一連の行為と認められる場合でなければならないとしたうえで、本件につき同条の適用を否定して暴行罪の限度で被告人らの罪責を認めた。しかし、刑法二〇七条において各暴行の時間的、場所的近接性を要求する趣旨は、当該各暴力行為と傷害ないし死の結果とを社会的事象としてとらえ、それが社会通念上「同一の機会」に行なわれた「一連の行為」と認められるような情況下で行なわれることを要求するということであつて、右の判断の要素として、各暴行の動機、原因等を挙げた原判決は、明らかに同条の解釈を誤つたものであり、また右の見解に従えば、原判示事実関係のもとにおいて、同条の適用を認めうることが明らかであるから、結局、本件につき同条の適用を否定した原判決には、明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の解釈ないし適用の誤りがある、というのである。

よつて審按するに、原判決も詳細に説示するとおり、刑法二〇七条は、もともと数人によるけんか闘争などのように、外形的にはいわゆる共犯現象に類似しながら、実質的には共犯でなく、あるいは共犯の立証が困難な場合に、行為者を知ることができず又はその軽重を知ることができないというだけの理由で、生じた結果についての責任を行為者に負わせ得ないとすることの不合理等に着目し、刑事政策上の要請から刑法の個人責任の原則に譲歩を求め、一定の要件のもとに、共犯者でない者を共犯者と同一に扱うことにしたものである。したがって、右立法の趣旨からすれば、同条の適用を認め得るのは、原則として、(イ)数人による暴行が、同一場所で同時に行なわれたか、または、これと同一視し得るほど時間的、場所的に接着して行なわれた場合のように、行為の外形それ自体が、いわゆる共犯現象に強く類似する場合に限られ、かりに、(ロ)右各暴行間の時間的、場所的間隔がさらに広く、行為の外形面だけでは、いわゆる共犯現象とさして強度の類似性を有しない場合につき同条の適用を認め得るとしても、それは、右時間的、場所的間隔の程度、各犯行の態様、さらに暴行者相互間の関係等諸般の事情を総合し、右各暴行が社会通念上同一の機会に行なわれた一連の行為と認められ、共犯者でない各行為者に対し生じた結果についての責任を負わせても著しい不合理を生じない特段の事情の認められる場合であることを要すると解するのが相当である。この点に関する原判決の説示は、細部においてやや表現を異にする部分もあるが、その趣旨は、結局これと同一であると認められ、おおむね首肯するに足りる。(なお、この点に関する検察官所論は、各暴行が社会通念上同一の機会に行なわれた」連の行為と認め得るかどうかの判断は、前記のとおり、「当該各暴行と傷害ないし致死の結果を、社会的事象としてとらえて」判断すべきであるとするのであるが、その趣旨は必ずしも明らかでない。ただ、所論の趣旨を合理的に忖度するに、右は、前記(ロ)のような場合についても、数個の暴行と死傷の結果の発生との間の時間的間隔が比較的短いこと、各暴行が、いずれも当該結果を惹起する蓋然性が高いものであること、他の者の行為の介入の余地がないこと等の事実が認められる限り、前記諸点を一切考慮することなく、ただちに同条の適用を認めるべきであるとするもののようであるが、右のような見解は、同条の解釈を不当に拡大するものであつてにわかに賛同し難い。)

ところで、原判決の適法に確定した事実によれば、被告人大木の被害者首藤に対する原判示第一の暴行と、被告人李の同被害者に対する原判示第二の暴行は、いずれも原判示万福食堂の内部または同食堂前の路上で行なわれたものであつて、場所的にはきわめて近接した地点で行なわれているが、右第二の暴力は、第一の暴行が終了し、被告人大木が右食堂を立去つた後、ふたたび同店内に立ち戻りカウンター付近に酩酊して寝込んだ同被害者に対し、まつたく別個の原因に端を発して被告人李によつて行なわれるに至つたものであつて、被告人大木の暴行終了後約四〇分の時間的経過があり、しかも、被告人両名は右食堂の客と主人という以外、何ら特別の関係がなく、互いに他方の暴行を現認してもいないというのであるから、右は、前記(イ)の場合(すなわち各暴行の時間的近接性がとくに強く、行為の外形それ自体が、いわゆる共犯現象に強く類似する場合)にあたらないことは明らかであるといわねばならず、他方、右暴行の時間的間隔の程度、各犯行の態様、暴行者相互の関係等いずれの面よりしても、共犯者でない両名に対し、生じた結果についての責任を負わせても著しい不合理を生じない特段の事由が存するとは認められないのであるから、前記(ロ)の場合にもあたらない。そうすると、被害者首藤が被告人李の暴行を受けた約三時間後に医師の診察を受け、内臓損傷の疑いがあつたので開腹手術を受けたが、すでに内臓破裂に基づく胆汁の腹腔内への流入のため生命に危険のある状態であつて、結局、原判示第二の暴行の約七〇時間後に死亡したこと、被告人両名の暴行がいずれも右のような内臓損傷を生ぜしめる蓋然性が高く、右両名以外に被害者に右傷害を生ずるような暴行を加えた者があつたとは認められないこと等、所論指摘の諸点を考慮にいれても、本件につき刑法二〇七条の適用を否定した原判決はまことに正当であつて、原判決に同条の解釈、適用の誤があるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件各控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。(中西孝 小川正澄 木谷明)

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