大判例

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札幌高等裁判所 昭和43年(ネ)104号 判決 1970年4月15日

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年三月二九日から支払ずみまで年五分六厘の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文第一、二、三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」むねの判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、つぎに付加するほか原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決一枚目裏一一行目に「長谷川栄一(第一、二、三回)とあるのは、長谷川栄一(第一、二回)の誤記であるから訂正する。)であるから、これを引用する。

控訴代理人は、つぎのとおりのべた。

一  控訴人と訴外株式会社京王(以下京王という。)との間の、控訴人所有の原判決末尾添付第一目録記載の土地(以下本件土地という。)と、京王所有の同第二目録記載の山林(以下本件山林という。)の交換契約は、控訴人が京王社長名越良一らの甘言により、本件山林がせいぜい五、〇〇〇万円程度の価値しなかいのに、一億九、〇〇〇万円程度の価値があり、かつ防衛庁に約三億円で売却できる可能性があると誤信して締結したもので、動機に錯誤があり、無効である。そして、控訴人は、右交換契約を締結するとともに、京王との間の金銭の支払および貸借関係を清算するため、被控訴組合(代替者高橋岩太郎)と本訴請求にかかる定期貯金契約を合意解約し、かつ、被控訴組合を代表する右高橋に対して払戻金を京王に支払うよう委任したが、その際、控訴人は高橋に対し右のような動機にもとづいて交換に応じたことを話したうえ右のような目的で解約および委任をするとのべ、高橋もそれまで京王と控訴人間の取引に関係してきたことから右の経緯を知悉してこれを承諾した。したがつて、右解約および委任もまた、動機の錯誤によつて無効である。

二  京王は、控訴人に対し、本件山林の価値について前記一のように詐言を弄し、控訴人にその価値を誤信させて右交換契約を締結させた。控訴人の右定期貯金契約合意解約および委任の各意思表示は、右交換契約にともなう清算のためになされたもので、第三者である京王の詐欺にもとづくものであるが、被控訴組合の代表者である高橋は前述のとおり委任にいたるまでの経緯を知つていたのであるから、控訴人は昭和四三年九月三〇日(当審第二回口頭弁論期日)に右解約および委任の取消の意思表示をした。

被控訴代理人は、控訴人の右一、二の主張事実を否認した。

控訴代理人は、新らたに立証として甲第七、第八号証を提出し、当審証人八巻清茂、同新村久弥の各証言および当審における控訴人本人尋問の結果を援用し被控訴代理人は、当審証人長谷川栄一、同高橋岩太郎の各証言を援用し、甲第七、第八号証の成立を認めた。

理由

控訴人の請求原因および被控訴人の、委任にもとづく支払済の抗弁についての当裁判所の判断は、原判決理由らん第一および同第二のうち原判決八枚目裏九行目までと同一であるからここにこれを引用する(ただし、原判決二枚目表七行目から八行目にかけて「同長谷川栄一(第一、二、三回)」とあるのは「同長谷川栄一(第一、二回)」の、同六枚目表一〇行目に「同月一二、三日」とあるのは「昭和四〇年三月一二、三日」の、それぞれ誤記であるから各その旨訂正する。)。当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたい。

そこでつぎに控訴人の再抗弁について判断する。

一  虚偽表示の主張について。

控訴人は、本件交換契約は税金対策上控訴人と京王が通謀して締結したようにみせかけたにすぎず、控訴人が本件山林の所有権を取得する意思などなかつたむね主張し、原審および当審における控訴人本人尋問の結果中にはこれにそう部分があるが、たやすく措信しがたい。もつとも、成立に争いのない甲第八号証によると、本件山林の価額は昭和四五年一月一三日当時においても四八三万六、一六五円であることが認められ、原判決認定のごとく三、〇〇〇万円の交換差金が京王から控訴人に授受された事実を考慮しても、同じく原判決認定のごとく、二回にわたりいずれも代金を二億一、〇〇〇万円として本件土地の売買契約が締結されたことと対比すると、本件土地と本件山林の交換当時の各価額は、はなはだしく均衡を欠いていたというべきであるが、これも原判決認定のとおり、京王社長名越良一らの説得により、京王会長小林かずおのあつせんで防衛庁(防衛施設庁の誤解であろう。)に三億円ぐらいで買い上げられる期待等があつたため、結局は交換契約の締結を承諾したものであつて、単なる税金対策のために交換契約を仮装したものとはいえない。控訴人の右主張は理由がない。

二  錯誤の主張について。

京王は、昭和三九年七月一〇日に控訴人から本件土地を買い受け、売買代金および費用として現金一億九、〇〇〇万円および京王振出の額面金三、〇〇〇万円の約束手形一通を交付して、いつたんは代金の支払を終え宅地造成を開始したが、資金に不足を生じ、同年八月末ごろ被控訴組合長高橋を通じ控訴人に融資を頼んだところ、控訴人はこれを容れて、被控訴組合に預け入れてあつた七、〇〇〇万円の定期貯金を担保に被控訴組合から融資をうけ、同月三一日ごろに五、〇〇〇万円を、ついで同年一〇月二九日ごろ一、〇〇〇万円を京王に貸し渡した。さらに、前記の売買契約に際し、控訴人の納付すべき譲渡所得税額が六、〇〇〇万円をこえる場合は三、〇〇〇万円を控訴人が負担し、その余を京王が負担することが約され、控訴人の負担すべき三、〇〇〇万円の引当てとして京王から前記の約束手形が交付されていたが、昭和四〇年三月一五日の所得税確定申告期限を前にして控訴人が納付すべき所得税額は六、〇〇〇万円以上であることが明らかとなり、京王は、右の手形の決済のための金員をふくめ、右納税額相当額の金員を準備しなければならなかつた。ところが、京王は右のとおり宅地造成資金にも不足し、右納税金の調達が容易でなかつた。一方、控訴人も本件土地に代る他の土地を取得したい希望があつたため、京王では社長名越良一の指示のもとに部下の長谷川栄一が右売買契約を合意解除し、あらためて本件土地と京王所有の本件山林を交換するよう控訴人に申し入れ、名越、長谷川らが、本件山林は、冷泉ではあるが硫黄泉が湧出しているところがあるとか、将来京王会長小林かずおのあつせんで防衛庁に三億円ぐらいで買い上げられる可能性があると説得した結果、当初不安を感じていた控訴人も、所得税額が少なくてすむことにも魅力を感じてこれに応じた。以上の事実は右に引用した原判決の認定したところである。ところで、成立に争いのない甲第三、第四、第八号証、原審(第一、二回)ならびに当審証人長谷川栄一、原審ならびに当審証人高橋岩太郎、原審証人名越良一、同渡辺豊治の各証言の一部および原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果の一部に弁論の全趣旨を総合すると、さらにつぎの事実が認められる。

京王は、前記のとおり昭和四〇年三月一五日の確定申告期限を前に控訴人のため準備すべき納税金の調達に困難を生じていたし、さらに、控訴人から宅地造成資金として借り受けていた六、〇〇〇万円についても返済の見込みがたたなかつた。ところで京王の右借受金のうちの第一回目の分五、〇〇〇万円については被控訴組合代表者高橋が個人の資格で保証していた。また、被控訴組合は、京王に対し、本件山林を担保として三、〇〇〇万円を融資していたが、その回収にも不安があつた。従来、労農土地開発会社と京王に対する本件土地の二度にわたる売買について控訴人から全面的に委任をうけて事務を処理し、かつ、京王との売買契約成立後宅地造成資金の借入れをあつせんするなど本件土地に関する売買その他種々の事務に携わつてきた高橋は、控訴人から交換契約の話を聞いて、これが実現し、さきに成立した売買契約が解除され、控訴人が京王から交付をうけて被控訴組合に貯金してある売買代金を京王に返還することになれば、この金員で、高橋が個人保証した京王の控訴人に対する借受金債務五、〇〇〇万円および回収にいちじるしい不安のある被控訴組合の京王に対する三、〇〇〇万円の融資が決済され、高橋の保証人としての責任および被控訴組合の債権回収の不安を一挙に解消できると考え、この話が実現することを期待した。そこで高橋は、従来は控訴人の利益にそうようにとの意図から、本件土地に関する種々の事務に、深入りしすぎるほどに関与してきたのに、この話にかぎつては、控訴人の利益をあまり考慮せず、その実現を期待し、被控訴組合がさきに本件山林を担保として京王に融資したさいの調査で、本件山林の状況および価値をある程度知つており、また、本件山林には右の担保(抵当権)のほか他の債権者に対しても抵当権が設定されたままになつていることを知りながら、控訴人にはこれらのことを告げずに、控訴人に対して、単に抽象的に京王の申込みに応ずるつもりかどうか念を押すにとどめた。控訴人は、京王側から、小林会長が当時の防衛庁次官と懇意であり、この関係を利用して本件山林が自衛隊の演習地として三億円程度で買い上げられる予定があるむねの相当具体的な説得をうけ、かつ、高橋の右のような態度から被控訴組合も交換に賛成しているように感じたうえ、前記の納税期限もせまつていたため、慎重な考慮および調査を欠いたまま、売買契約を解除し、交換契約を締結した。これにより、京王は、控訴人に交付した売買代金一億八、〇〇〇万円の返還をうけることになつたが、このうち九、〇〇〇万円については控訴人に対する前記の借受金債務二口合計六、〇〇〇万円と右交換にともない控訴人に追い金として交付すべき三、〇〇〇万円の債務とをもつて相殺し、残金九、〇〇〇万円については、控訴人と被控訴組合が本件定期貯金契約を合意解約し、控訴人の委任により被控訴組合がその払戻金九、〇〇〇万円を京王に支払うことにより、これを決済した。これにより、高橋の前記保証債務は消滅し、また被控訴組合は京王に支払うべき右九、〇〇〇万円のうちから京王に対する前記融資を回収し、その期待どおりの結果を得た。京王もまた控訴人の納税のための準備資金が不要になつたのみならず、右支払をうけた金員を利用できる利益をうけた。ところが控訴人は、京王側の説得を信じて右交換に応じたにもかかわらず、京王側の話は実現しなかつた。また、本件土地と本件山林の固定資産税評価額にはそう差がないが、当時における本件山林の実際の価値は昭和四五年一月一三日における鑑定価額である四八三万六、一六五円をこえるものではないのに対し、本件土地は当時二度にわたり二億一、〇〇〇万円で売買されたのであつて、前記三、〇〇〇万円の交換差額を考慮しても、両者はとうてい釣り合わないものであつた。以上のとおり認められ、前記各証人の証言および控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。以上の諸事実を総合すると、控訴人は、京王との売買契約の解除および交換契約の締結ならびにそれにともなう清算のための被控訴組合との本件定期貯金契約の解約および被控訴組合に対する右払戻金の京王への支払委任を、本件山林の価値を誤つて、すなわち動機の錯誤にもとづいてなしたものであり、かつ、この動機は被控訴組合の代表者である高橋に表示されていたといえる。また、右の事実により、控訴人が本件山林の真の価値を知つていればとうてい交換およびそれにともなう契約をしなかつたと推認されるから、結局、控訴人の右各意思表示は要素の錯誤により無効である。したがつて、控訴人の被控訴組合に対する委任にもとづいておこなわれた京王に対する右の支払は、その委任が無効であることにより非債弁済となるにすぎず、控訴人に対し有効な給付行為としての効力を主張できないものである。これにより、控訴人の被控訴組合に対する本件定期貯金債権は消滅しなかつたことになる。もつとも、なお付言すると、控訴人は同債権のほか、京王が、控訴人との売買契約の解約にともない被控訴組合から右支払をうけたことにより、京王に対し不当利得返還請求権を取得することにならないかが問題となる。しかし、本件定期貯金債権が消滅しなかつたかぎりにおいては控訴人に損失はなく、控訴人は京王に対し不当利得返還請求権を有しないものと解せられ、本件を控訴人と京王との間の不当利得の問題として処理すべきものとはいえない。

結局、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の被控訴組合に対する本件定期貯金債権は、京王に対する右支払によつては消滅しなかつたものであり、その定期貯金の満期が昭和四〇年三月二八日であること、および約定利率が年五分六厘であることは当事者間に争いがない。したがつて、控訴人が被控訴組合に対し、本件二口の定期貯金のうち各金五〇〇万円づつ合計一、〇〇〇万円およびこれに対する満期の翌日である昭和四〇年三月二九日から支払ずみまで右約定利率の年五分六厘の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は全部理由があり、これを排斥した原判決は結局失当であるからこれを取り消し、右請求を認容し、訴訟費用について民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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