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札幌高等裁判所 平成9年(う)57号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

押収してある包丁一丁(平成九年押第八号の3)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官吉久治之提出にかかる検察官遠藤浩一作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人新田正弘作成の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、本件各犯行の動機は自己中心的で酌量の余地が全くないこと、本件各犯行のうち特に原判示第二の殺人の犯行は、被害者を長時間にわたり自動車のトランク内に閉じ込めたあげく車内にガソリンを撒いて火を付け焼き殺すという極悪非道・残虐無比なもので、犯情は極めて悪質であり、その結果も重大であること、被害者は若い独身女性であり、何ら落ち度もないのに生命を奪われた無念さは察するに余りあるが、その遺族に対してはほとんど慰藉の措置が講じられておらず、遺族の悲嘆は深刻でいずれも厳罰を望んでいること、本件が社会に与えた影響も極めて大であること、被告人には真摯な反省が見受けられないこと、原判決が酌量すべき理由として挙げている部分は、とりたてて被告人に有利とも思えない事情を過大に評価したり、その評価自体を誤っていることなどの諸点に徴すると、被告人を無期懲役に処すべきであるのに、懲役一八年に処した原判決の量刑は著しく軽きに失して不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討する。

一  本件は、原判示のとおり、平成八年一月に勤務先会社での使い込みが発覚して失職し、同年五月には妻との協議離婚を余儀なくされた上、飲食遊興等のためサラ金等から重ねた多額の借金や河東郡音更町内に新築した自宅のローンの返済等に窮した被告人が、自宅を捨て北海道内の別の土地に移り住むことを考えついたものの、所持金が乏しかったため旅費欲しさから五〇〇円硬貨を貯金している女友達のB子(スナックホステスで昭和四六年七月生・当時二五歳の独身女性)のことを思い起こし、同年八月五日から六日にかけての深夜、帰宅途中の同女を待ち伏せし、同女運転の自動車(三菱ギャランのセダン)で人気のない場所に誘い込んだ後、所掲の包丁を突き付けたり、同女を同車のトランク内に閉じ込めたりするなどしてその反抗を抑圧し、かつ、反抗抑圧状態を継続し、同女の自宅アパートの鍵等のほか同車自体、五〇〇円硬貨在中の貯金箱、現金、カメラ等(被害総額は、現金一七万二五〇〇円及び物品時価合計約二三万一二五〇円相当)を強取し(原判示第一)、更に、右強盗の犯行の発覚を恐れ、その後も同女を右自動車のトランク内に長時間にわたって閉じ込めるなどして拘束したあげく、同月八日から九日にかけての深夜、同女を閉じ込めたままの同車内にガソリンを撒いた上、ライターで火を付けて車両ごと炎上させ、同女を一酸化炭素中毒により死亡させて殺害した(原判示第二)、という事案である。

二  まず、本件強盗の動機・経緯、態様及び結果をみるに、これらの点に関する犯情が芳しくないことは、所論が指摘するとおりである。

すなわち、関係証拠によれば、被告人が強盗に及んだ動機・経緯については、自宅新築によるローンを抱えながら、パチンコやスナックでの飲酒等の遊興に耽り、親からの資金援助に頼る一方でサラ金や知人から多額の借金を重ね、会社の金を使い込んで失職し、妻にも見放されて離婚を余儀なくされたのに、生活態度を改めるどころか、かえって飲酒・遊興を重ねるなど放縦な生活を送り、その果てに自宅ローンや電気料金の滞納による自宅の差押えや送電停止の事態を予測し、自宅を捨てて他所へ移り住もうと考え、所持金も乏しかったことから、旅費の捻出のため強盗を企図し(原判決は、「犯行に至る経緯」中で「金を脅し取ることも考えた」と認定判示したが、そのために刃体の長さ約一七センチメートルの包丁を持ち出していることをみても、未必的とはいえ強盗の犯意のあったことが認められ、原判決の認定判示は相当ではない)、自宅から包丁と犯跡隠蔽のための軍手等を持ち出して帯広駅に赴き、そこでアパートに単身居住しミシンを買うため五〇〇円玉を貯金している被害者から金品を強取することを思い付いたという事実が認められ、他面、記録上、右経済的窮状が旅費捻出のため強盗を敢行しなければならないほど切迫していた事情や、旅費捻出のために他の方法を考えたり格別努力したとの事情は窺えない。右事情のもとに被告人が強盗を決意し、何ら落ち度のないひとり暮らしの被害者がこつこつと貯めていた貯金に目を付けたこと自体、短絡的で自己中心的な性格を物語るもので酌量の余地がない上、旅費にも事欠くような経済的窮状に陥るに至ったのも、被告人の健全な金銭感覚の著しい欠如と計画性を欠いた放縦な性格・行動傾向の当然の帰結というべきで、厳しく非難されこそすれ、同情に値しない。

また、被告人は、友人関係にある年若い女性被害者を、深夜、待ち伏せて人気のない場所に誘い込んだ上、面前に予め用意した包丁を突き付けるなどしてその反抗を抑圧し、自動車のエンジンキーや被害者宅の鍵を奪った後も、被害者を自動車のトランク内に閉じ込めてその反抗抑圧状態を一時間三〇分以上にわたり継続し、その間に自動車内や被害者宅からの金品強奪を遂げたもので、強盗の態様は計画的かつ積極的で悪質というほかはなく、その結果も、財産的被害額は決して少なくない上、被害者に与えた肉体的・精神的苦痛は甚大で軽視できない。

三  ところで、本件においては、強盗の犯情が芳しくないこともさることながら、量刑上とりわけ重要視しなければならない点は、強盗の犯行に及んだ後、被害者を長時間にわたって自動車のトランク内に閉じ込めたあげく殺害したこと及び右殺害に至るまでの動機・経緯や殺害の態様、結果である。

殺害の動機・経緯、態様及び結果につき、関係証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、被告人は、

1  右強盗の犯行により一応首尾よく金品を強取した後、自動車のトランク内に閉じ込めたままの被害者の処置に困り、いったん同車を当時の被告人宅のガレージ内に放置して帯広駅方面に向かい、郵便局で貯金箱の硬貨を換金し一三万円を超える逃走資金を得たものの、行きつけのスナック甲野のホステスから貸金返済の催促を受けて八万五〇〇〇円を返済したことがきっかけで、強盗の発覚を恐れて帯広から逃走することをいったん断念した。同日夜には、被害者の安否が気になって自宅ガレージに立ち戻ったが、ガレージ内から物音が聞こえたため怖くなってその場から逃げ出し、帯広市内のスナック等で飲食した上、札内川河川敷に駐車したレンタカーの車内で一夜を明かした。

2  翌七日には、パチスロをした後、再度被害者の安否が気になり自宅に赴いたが、被害者の生死を確認する勇気が出ず、ガレージ内の様子を見ることなく引き返した。その後、強盗の犯行で奪ったカメラを一万円で入質し、レンタカーを返却して帯広市内のホテルに投宿した。

3  翌八日には、パチスロをした後、またもや被害者の安否が気になり、午後三時ころ、自宅に赴いてガレージ内に入ったところ、被害者がトランク内から上半身を後部座席側に出したまま身動きがとれないでいるのを発見した。このまま被害者を殺害すれば逮捕されずに逃走できると考え、スパナや電気コードを手にとったものの、被害者の面前で直接殺害することへの躊躇からこれを断念した。車両ごと谷底に突き落としたり海に沈めたり火を付けるなどの殺害方法も想起したものの決断がつかずにいるうち、被害者から「Aさん、水ちょうだい」と哀願されたことから、被害者の足を引っ張るなどしてトランク内に戻し、同車を運転してコンビニエンスストアーでペットボトル入りの水を買い求め、午後四時ころ、音更川河川敷に駐車して被害者をトランク内から助手席に移動させて水を飲ませた。その後、同車をしばらく走行させた後、札内川河川敷に駐車して被害者と会話を交わすうち、被害者を解放して逃走することも考えたりしたが、逃走資金が不足していたことから、再度被害者宅に入ってCDを持ち出して換金することを思い立った。同日夜、被害者を再度トランク内に閉じ込めた上、被害者宅に赴いてCD五八枚を持ち出し、帯広市内のリサイクルショップに持ち込んだが、三〇枚分を三八〇〇円で換金できたにとどまった。

4  このため、逃走資金を得ることができず、被害者の処置も決めかね、札内川河川敷に赴いて再度被害者をトランク内から助手席に移して会話を交わすうち、被害者をトランクに閉じ込めたまま置き去りにして逃走することを考えた。同日午後一一時ころ、被害者をトランク内に戻した後、同車を運転してしばらく走行したが、その間、被害者を解放して逃走してもすぐに逮捕されると懸念し、被害者を解放することや殺害すること、あるいは自殺することなどを思い巡らした。殺害、自殺いずれにしてもガソリンが必要だと考え、ガソリンスタンドでガソリン二リットルを購入した後、原判示第二記載の場所に停車したが、そこで車内にガソリンを撒いて火を付け被害者を焼き殺して逃走することを決意するに至った。被害者をトランク内に閉じ込めたまま、同車内にペットボトル入りのガソリンを助手席や後部座席等のほか、車外から点火しやすくするために少し開いた運転席窓ガラス付近にも撒くなどした上、所携のライターの火を運転席側ドアミラー付近に近付け、車内で気化したガソリンに引火させて同車に火を放った。

5  そこで、直ちにその場から離れたが、その際、炎上する車両の方向から爆発音とともに、「熱いよ。助けて」との声を耳にしながら、そのまま帯広駅方面に逃走した。

なお、右車両の火災は間もなく消火作業によって鎮火したが、自動車は車内がほぼ全焼し、トランク内からほぼ全身にわたって表面が炭化した被害者の遺体が発見された。

6  右犯行後、帯広駅で缶ビールを飲み、スナック甲野の前記ホステスに頼んで同女宅に泊めてもらい、翌九日には、同駅付近のホテルにチェックインした後、スナック甲野に赴いたところを警察官に任意同行を求められ逮捕されるに至った。

右事実に現れた殺人の動機・経緯と態様をみるに、被告人は、原判示第一の強盗を敢行したものの、その後の被害者の処置に困り、殺害や解放等の方策をあれこれ思い巡らしながら、結局、強盗を遂げた八月六日午前三時三〇分ころから同女を殺害した同月八日午後一一時五八分ころまでの、ほぼ丸三日間近くもの長時間にわたり、わずか数時間は助手席に移動させたものの、被害者を自動車のトランク内に閉じ込め、その間、一度だけ水を飲ませたのみで食事を全く与えなかったばかりか、排泄にも配慮せず、いわば生殺しの状態に置いた末、ついには被害者の置かれた苦境に思いをいたすことなく、ただただ被害者を解放すれば自己が警察に逮捕されるとの自己中心的な考えから短絡的に被害者を殺害しようと確定的殺意を抱き、被害者をトランク内に閉じ込めたまま、車内にガソリンを撒いて火を放ち炎上させるという極めて残虐・非道な方法をもって殺害した(なお、被害者の死因は一酸化炭素中毒であるが、その犯行態様と被害者の遺体の状況からは、まさに「焼き殺した」との表現が妥当する)のであって、被害者殺害の動機・経緯と態様は悪質この上ないものというほかはない。

原判決は、量刑の理由の項で、この点に関し、「当初から被害者の殺害を計画していたわけではなく、殺害を決意する過程で被害者の解放を含めていろいろと逡巡していたこと」との事情を掲げており、その記載からこれを被告人に有利な事情として考慮していることが窺われる。しかし、殺人の犯行が計画的なものでなかったこと自体は確かにそのとおりであるものの、右犯行は被告人が計画的に敢行した強盗に端を発するものであり、前記のような殺害に至るまでの動機・経緯に照らすと、被告人の優柔不断の行動が、かえって被害者を恐怖や不安にさいなまれつつ飢えや乾きに苦しみながら徐々に衰弱させるといった生殺しの状態に置き、長時間にわたって甚だしい肉体的・精神的苦痛をもたらしたことは想像に難くない。このことは、トランク内に閉じ込められた被害者が書き残し、奇跡的に焼かれずに発見されたメモに書き認められた「死んだ後、仏壇には冷たい水とか温かいお茶をそなえてくれればそれでいい。今いちばんほしいものです」との記載からも、容易に窺い知ることができる。それ故、右の殺人に計画性がなく被害者の処置等について逡巡していたことをもって、これを特段に被告人に有利な事情として考慮することはとうていできないものというべきである。

なお、被告人は、捜査段階から、被害者の処置等に思いを巡らす中で自分自身が自殺することも考えた旨供述し、当審公判廷においても同旨を述べるが、前記の被害者を殺害するに至る経緯の中で、自殺の意図があったことを窺わせるような具体的行動は、ガソリンを購入したことだけで、これとて被害者を殺害するにせよ自殺するにせよガソリンが必要だったというもので、真摯な自殺意図から出たものとは認められない(この点に関して、所論は、被告人が逡巡したのは、主として被害者殺害の時期・場所・方法等についてであって、被害者を殺害するか否かについての逡巡ではなかった旨主張するが、証拠上必ずしもそのように断定することはできない)。

また、殺害の結果をみるに、被害者は、二五歳の前途ある若さでその貴重な生命を断たれたのであるが、被告人とは、スナックのホステスと客との関係が友人関係に発展した仲に過ぎず、このような被害に遭わねばならない落ち度やいわれなど全くない上、強盗の被害に遭って以降、特にトランク内から助手席に移動していた際にも、衰弱していたこともあってか、車外に逃走したり付近の通行人に救助を求めることもなく、被告人との会話でも、被告人を非難・叱責することもなく、終始無抵抗で従順な態度を示していたのである。それにもかかわらず、ついには前記のような残忍な方法で焼き殺され悲惨な姿で発見されるに至ったもので、その無念さは、前記メモと同様に発見された手帳に「このままここで死んでしまうのかな。こんなぶざまな死に方したくないよ。私をこんなふうにしたのはAという人だ。このまま死んだらぜったいうらむ」などとの悲壮感に満ちた記載を残していることからも明らかであり、被害者の遺族らにおいても、異口同音に被告人の厳罰を切望しているのも当然である。これに対して、被告人の側からは、遺族に謝罪の手紙を一通出した以外には、何らの慰謝の措置も講じられていない。

その他、本件殺人の犯行が、その凶悪で残虐な方法故に、社会に極めて大きな影響を与えたことは多言を要しないところである。

四  なお、被告人は、当審公判廷において、八月九日夜にスナック甲野に赴いたのは、店には既に警察官が張り込んでいることを承知の上でのことであった旨供述する(原審弁2号証の被告人作成にかかる原審弁護人宛の手紙も同旨)が、当審で取り調べた証拠(司法警察員作成の捜査報告書、同通常逮捕手続書及び被告人の警察での弁解録取書。甲31号証ないし33号証)によれば、同店を訪れた後帯広警察署に任意同行されたが、同署内での放火・殺人容疑による逮捕にあたり被害者殺害の事実を否認したことが認められるのであって、スナック甲野に赴いた事情が被告人のいうとおりであるとしても、これを量刑上特に被告人に有利な事情として過大に評価することはできない。

五  以上検討・判断した情状に関する諸点を総合勘案すると、本件の事案の内容、罪質、動機・経緯、犯行態様及び犯行の結果等の諸々の犯情からして、被告人の本件刑事責任は極めて重大である。

したがって、被告人には、一般情状として、平成二年に事務所荒らしによる窃盗のかどで起訴猶予となった前歴が一件あるのみで前科がないこと、それなりに反省の態度を示していること、被告人の親族においては、被告人を完全に見放したわけではなく、その更生を願っていることなどといった量刑上有利に考慮すべき事情も認められるけれども、右の事情を十分に考慮に入れてもなお、原判示第二の殺人罪について所定刑中無期懲役刑を選択することなく、有期懲役刑を選択し、原判示第一の強盗罪との併合処理をした上で被告人を懲役一八年に処した原判決の量刑は、著しく軽きに失し不当というべきである。

論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

六  そこで、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、更に次のとおり判決する。

原判決が証拠により認定した各犯罪事実はいずれも原判決の挙示する各法条にそれぞれ該当する(原判示第一の数回にわたり金品を強取した点は包括一罪)ところ、原判示第二の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項により他の刑を科さないこととして被告人を無期懲役に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、押収してある包丁一丁(平成九年押第八号の3)は、判示第一の強盗の犯行の用に供した物で犯人たる被告人の所有するものであるから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれを没収し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 油田弘佑 裁判官 渡辺 壮 裁判官 嶋原文雄)

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