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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和43年(わ)60号 判決 1968年10月07日

主文

1  被告人を罰金一万円に処する。

2  右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(認定事実)

被告人は、昭和四三年四月一三日午後一一時ごろ、飲酒のうえ芦別市北三条東一丁目一一番地の自宅に帰宅したところ、妻千枝(当時四四才)が茶の間において、テレビのスイッチを入れたままにし、かつ、石油ストーブを全開に近い状態で燃焼させながら仮眠しているのを認め、叱責したが、口答えをされたのでこれに腹を立て、口論のすえ、同女に対しその毛髪をつかんで引つ張り、顔面を数回平手打ちするなどの暴行を加えたものである。

(証拠)<省略>

(傷害致死と認定しなかつた理由)

本件公訴事実は、前示認定の暴行の事実に引き続き、「(被告人は、妻千枝が長男敏一とともに戸外に逃れ出て近くに住む同女の実姉柴田しづ方へ赴こうとしたのを目撃し、直ちに戸外に出て同女らの背後から『こら待て今ごろ何処へ行くんだ』と大声を上げながら同女らを追いかけた結果、被告人に捕えられてさらに暴行を加えられることを恐れ、走る速度を早めた同女を前記被告人方付近でつまづかせ、路上にうつ伏せに転倒させ、その場にあつた石に顔面を激突させて、左前額部挫滅創の傷害を与え、よつて同女を翌一四日午前七時三〇分ころ、同市北二条西一丁目野口外科病院において、右傷害にもとづく硬脳膜下出血により死亡するに至らしめたものである。」というのである。

前掲各証拠によれば、被告人が妻に前示の暴行を加えたところ、長男敏一(一一才)が泣いて被告人にすがりつき、その行為をやめるよう懇願したため、被告人は居間に戻り、続いて妻も同室に入つたところ、玄関に施錠していなかつたことについて、被告人が同女を叱責したので、同女が「鍵をかけにいく」といつて玄関先に至るや、敏一を呼び寄せ、そのまま寝巻姿の同人を連れて戸外に走り出たこと、この姿を居間の窓から見た被告人が大声で「この野郎、どこへ行く、逃げるのか、待て」とどなつて、あとを追つたところ、これをきいた被告人の妻が足を速め、被告人の前方で路上で転倒したこと、司法警察員作成の実況見分調書および受命裁判官の検証調書によれば、被告人の妻が転倒したのは、被告人方から約一〇〇メートル、被告人が同女を追つていた地点から約六〇メートル前方の道路上で、その地点には地中に金槌が埋つており、その金槌の頭の鉄塊とそれを柄に取りつけた釘が道路上に飛び出していて、釘の高さは約一センチメートルあつたこと、この鉄塊等のあるところから約2.1メートル先の地点に、二個の石が互いに近接して、高さ約二センチメートル、長さ約六センチメートル、幅約四センチメートルおよび高さ約二センチメートル、長さ約三センチメートル、幅約二センチメートル大に道路上に頭を突き出していて、そこに人血が付着していたことをそれぞれ認めることである。そして<証拠>によれば、被告人の妻はすぐ近くの実姉柴田しづ方に赴いたが、額を切つて血だらけの様子であつたので、すぐに歩いて近くの野口外科病院に行き、治療を受けているうち、やがて意識不明の昏睡状態に陥り、翌四月一四日午前七時四〇分ごろ死亡したこと、医師錫谷徹作成の鑑定書によれば、被告人の妻には左側硬脳膜下出血と左側クモ膜下出血があつてこれが死因であり、この両者は同一外力により同時に生起したもので、頭部に働いた強激な外力によつて惹起されたものであり、この出血は、被告人の妻に存した左前額部挫裂創ないし後頭部皮下出血を惹起した外力によつて生じたものであることがそれぞれ認められる。

以上を総合すれば、被告人の妻が被告人方から出て走行中、前記の釘につまづいて転倒し、その際、前方にあつた石に前額部を強く打ちつけ、その結果生じた硬脳膜下出血により死亡したものと考えられる(なお、前記後頭部皮下出血を惹起した外力は、転倒の際の外力とは別個のものと認める余地がないわけではないが、被害者が右転倒の機会以外にこの傷害を生ずるような外力を受けたことを認めるに足りる証拠が全くない諸状況を合わせ考えれば被害者は、転倒による打撃によつて硬脳膜下出血を起して死亡したと考えるのが最も妥当であるので、以下この前提に立つて論を進めることとする。)ところ、検察官は、前示認定の被告人の暴行々為および被告人が妻を追いかけた行為が同女の転倒の原因であつて、同女の死とこれら被告人の行為との間に因果関係があるので、被告人に対して、同女の死に対する刑責を問うべきであるというのである。

ところで、被告人が妻を追いかけたのは、前示認定の暴行々為が一たんおさまつたあとのことであるから、右暴行々為の継続したものではなく、新たな事態に応じてとつた別個の行動であることに注目しなければならない。被告人が深夜、寝巻姿の子供を連れ自らも長靴ばきで他家を訪れようとする妻のあとを追うことは夫として当然の行動とも考えられないわけではなく、被告人において立腹のあまり同女を叱責殴打してやろうという気持が全くなかつたとはいい切れないとしても、妻の六〇メートル後方を大声を出しながら追跡していたにすぎないという諸事情を合わせ考察すれば、追跡行為をもつて、被告人のその妻の身体に対する不法な有形力の行使と断定するにはなお証明不十分といわなければならない。

そうすれば、被告人に妻の死についての刑事責任を負わせるためには、前示認定の暴行々為と妻の死との間に因果関係が存在しなければならないわけである。本件では、被告人の暴行がなかつたならば被告人の妻が戸外へ出ることも、ひいては釘につまづいて転倒し、重傷を負つて死に至るということもなかつたであろうという、いわゆる条件関係が存在することは明らかである。しかしながら、刑事責任を負担すべき因果関係の存在を肯認するためには、単に条件関係が存在するにとどまらず、被告人の行為の時点に、その行為から結果の発生することがわれわれの経験上当然予測されることが必要であると解するのが相当である(最高裁判所昭和四二年一〇月一四日決定参照)。ところで、暴行を受けた被告人の妻が家を出ることは、従来被告人の妻が被告人との喧嘩のおり、立腹のあまり、前記柴田方に赴いたことがあるとの事実(証人柴田しづに対する受命裁判官の尋問調書)に照らし、ある程度予測されたということはできるのであるが、しかし、このように、暴行を受け終つた後に立腹のあまり家を出る場合には、現に暴行を受けている者がその危難を避けるためにその場を逃げ出す場合とは違つて、比較的選択の余地のあるゆとりをもつた行動ができる筈であつて、家の外に出ることが通常予測されるといつても、ただちに傷害ないし死の危険まで予測されるということはできない。(最高裁判所昭和二五年一一月九日決定は、現に暴行を受けている者がその場を逃げ出した場合であつて、本件とは事案を異にすることに注意しなければならない。)。そして、道路に釘が飛び出た金槌が埋つておりその前方に石があつたという事情も、そうしばしばあるとは思われないし、広い道路上のその個所を通つて転倒することも、また偶然というほかない。被告人の妻がこのような事態に遭遇することまで、暴行時に通常人の経験上当然に予測しえたと考えることは困難である。

してみれば、本件の被告人の行為とその妻の死との間には刑事責任を問うに足りる因果関係が存するということはできないから結局被告人に対し、暴行の刑責を問うにとどめたわけである。

(法令の適用)

被告人の行為は刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項に当る(罰金刑選択)。刑法一八条(主文2)。訴訟費用は被害者の死亡の原因についての証拠調の必要から生じたものであるから、被告人にこれを負担させない。(浜秀和 深谷真也 永山忠彦)

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