大判例

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札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)1391号 判決 1980年11月28日

原告

小橋貞夫

右訴訟代理人

広谷陸男

外六名

被告

北海道

右代表者知事

堂垣内尚弘

右訴訟代理人

斎藤祐三

右指定代理人

池田壽

外五名

主文

被告は原告に対し金二〇万円とこれに対する昭和五二年七月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因第一項の事実<編注・原告が自動車修理業者であり、訴外大内秀夫が東警察署の警察官であること>は当事者間に争いがなく、昭和五二年五月一三日に、札幌市東区北一九条東八丁目の原告経営の自動車修理工場前路上において、大内が原告に対し免許証の提示を求めたこと、逮捕する旨告げたこと、手錠を取出し右手に持つたこと、原告が右手尺骨断裂を伴う挫裂創の傷害を負つたことも、当事者間に争いがない。

二原告が本件傷害を負うに至る経過

<証拠>によると、次のことが認められる。

大内は、当日午後二時二〇分ころ、巡回連絡、交通指導等のためバイクに乗り本件現場付近に来たところ、普通乗用自動車札五五に二〇九一が駐車禁止区域に、別紙図面①のとおり駐車してあるのを発見した。そこで警音器を吹鳴して運転者を呼んだところ、運転者である原告がやつてきたので、大内は免許証を見せるよう言つたところ、原告はこれには答えず、別紙図面②(以下単に①②③のように表示する)まで右乗用車を移動した。大内は更に移動位置へ近づき原告に対し免許証の提示を求め住所氏名を聞いたが、原告は駐車違反くらいなら誰でもやつていると言つて応ぜず、更に求められると、急ぐのでお願いしますという趣旨のことを言つて①の方向へ小走りに行つたので、大内はあとを追いかけ③の地点で追いつきそこで再び免許証を見せろ、見せないの争いが続いた。そのうち双方声も大きくなり、原告が大内に対し「税金泥棒」とか「それほど言うなら警察手帳を見せろ」というようなことを言つたので、大内は、これ以上説得しても応ずることはないと判断し、「応じないならば駐車違反で逮捕するぞ」と告げ、携帯していた手錠をとり出し、相手の出方によつては手錠をかけようと右手に持つた。

しかし手錠をかけるに至らず原告が逃げ出したので、追跡した。原告は中央モータースの前に車道に向けて駐車してある貨物自動車(タンクローリー。札四四ね九六四五。別紙図面参照)の周囲を、車体に右手をかけ支えるような形で右回りに一周した後貨物自動車の左バックミラーを握つて反動をつけるように回ろうとしたが、つまづいたように前のめりになり、貨物自動車の前面にとりつけられている危険物積載表示板付近で大きくよろめいた。

しかし、すぐ体勢をたてなおし、図面点線矢印のとおりスプリンター(札五五み九二五五)とカローラ(札五す六五五四)の間を走つて中央モータース工場内に逃げこんだので、大内は追跡をあきらめ、右工場の前を通つて②へ戻り違反車両のナンバーを書きとめた。一方原告は、工場内(中央モータース工場は原告の経営する修理工場であつた)にいた長船欣哉及び原告の息子の小橋守から、手首から出血していることを指摘されて負傷に気がつき、二人にウエスで巻いてもらい止血の手当をした。原告はこのあと救急車でさねふじ外科整形外科医院に行き治療をうけた。

以上の事実を認めることができる。

三右認定の事実によると、原告は③地点から中央モータース工場に逃げ込むまでの間に受傷したものと推測されるところ、原告は大内の手錠により受傷したと主張し、原告本人尋問(第一回)中には「③で大内は免許証を見せないなら逮捕するぞといつて右手の指をつかんでねじるようにし、手錠を振り上げて手首にかけようとした。一瞬かなり強い刺激を感じた。」旨の供述があり、<証拠>にも大内が手錠を振り上げたという供述及びその旨の記載がある。

しかし、一方<証拠>中には、「③の地点で大内がそれでは逮捕するぞといつて手錠を出すと、原告はうしろに両手を組んで、かけるならかけろと肩と胸を突き出した。原告と大内は互に左半身が向かい合うようないわゆる半身の構えの形で対峙し、大内は原告のうしろに組んだ手の左上膊部をつかんだところ、原告は大内の手を振り払つて逃げ出したのであつて、大内の手錠は原告の体に全く触れていない」という趣旨の供述があり、手錠の打突の点については全く相反するので、右原告の供述を直ちに採用することはできない。

また、前述のとおり、原告がよろめいたあたりには貨物自動車の危険物積載表示板があるので、これに右手首が当つた可能性もあるところ、<証拠>によると、右表示板は、大きさは縦横ともに約四〇センチメートル、厚さ約0.8ミリメートル、上端の左右両角は直径一センチメートルの半円形に丸くなつており、角部裏面は先端(円形角先端)方に向け順次削り落されていて、半円形角先端は研磨され鉄板が0.35ないし0.62ミリメートル位にまで薄くなり鋭利な刃物様となつていることが認められるうえ、本件の場合、手錠以外に成傷器たりうるものとして証拠上認められるものは右表示板のみであるので、右表示板により受傷したことも考えられるのである。

そこで、更に他の証拠により受傷原因を検討する。

四1 <証拠>によると、

原告の傷病名は右尺骨神経断裂、傷の部位及び外見的所見は、右前腕長軸に対しほぼ直角方向、手首正中部より尺側にかけて、長さ約三センチ、深さ三ないし四ミリのほぼ線状の挫裂創であり、内部的所見は、表面の長さからすれば尺側手根屈筋(腱である。)の切れる幅だけであるにも拘らず、尺側手根屈筋腱は断裂しておらず、その橈側下層に位置し表面より約一センチ近く内部を並走している尺骨神経、尺骨動脈・静脈の完全断裂があることが認められる。

2 このような態様の創傷が生じていることについて前掲各証拠によれば、

(イ)  表面の創傷の状態からするとある細い幅のある鋭利な刃物による可能性が最も高い。

(ロ)  手錠を通常の操作に従つて扱つた場合には、手錠の回転部被回転部いずれが手に当たつても本件のような創口にはならず説明しがたい。

(ハ)  手錠の回転部被回転部を手に逆手に持ち結束部のある部分(但し鎖部分を除く)が当つた場合、その部分によつてはこのような創ができる可能性はある。

(ニ)  表示板でも手錠でも挫裂創は生ずるが、表面の創口の状態からみる限りは、手錠よりは表示板によるほうが可能性は高い。

(ホ)  内部所見から考えると、鋭利な刃物による場合は通常腱も切れるので、本件のように腱の橈側下層にある神経・動静脈が切れしかも腱が切れていない場合は、刃物が腱を親指側に押しつけてその下の神経等を切るというきわめて特殊な場合を想定しない限り、考えにくい。

(ヘ)  鈍体であつても、強い瞬発力をもつて打たれたような場合、挫裂創を生じ、かつ上層組織たる腱が切れずにその下の神経や動脈が断裂することはある。

これらの事実が認められる。

3 これらを総合して考えると、手錠で強打した場合に、結束部の辺縁(九〇度の角の部分)が当たり、皮膚の表面に挫裂創を生じ、かつ腱が切れずにその下層に走る尺骨神経や動脈静脈が切れる場合があること、表示板に手を強打した場合にも同様なことが考えられなくはないが、表示板は手錠の結束部辺縁よりも鋭利であるので、内部状態の説明がやや困難となることが認められる。

五次に当時の現場の状況を検討する。

1  <証拠>によると、

当日の午後五時一〇分から五時三〇分までの間、及び翌五月一四日午前九時四〇分から九時五〇分までの間に東警察署により道路交通法違反被疑事件の証拠保全として本件現場付近の実況見分が行われたが、そこにおいて、貨物自動車(札四四ね九六四五)の後部路面上、右貨物自動車とスプリンター(札五五み九二五五)との間の路面上、右スプリンターとカローラ(札五す六五五四)との間の路面上に、小豆大から大豆大の血液ようの飛沫痕が十数滴、前記貨物自動車の右バックミラーの付け根部分に小豆大の血液ようのもの二、三滴、前記スプリンターの右前フェンダーの位置と前記カローラの右側トランクの部分にそれぞれ十数滴の血液ようの乾燥したものが付着しているのが認められた。五月一三日に採取した鑑定資料についての犯罪科学研究所の鑑定結果によれば、前記貨物自動車の後部路面上の血痕ようのもの、同右前部の血痕ようのもの、乗用車右後方部の血痕ようのものはいずれも人血痕と認められ、その血液型はO型の反応を示した。一方原告の唾液からの血液型はO型又は非分泌型の反応を示した。

これらの事実が認められる。

そうすると、前記貨物自動車の右バックミラー付け根部分及び同車の右側方(スプリンターとの間)及び後方路面上には原告の血液が付着しあるいは滴下していたことになる。

2  そこで、この血液がいつ付着し、また落下したかを考えるに、証人大内の証言によれば、原告はウエスで巻いたあと貨物自動車の先刻回つたあたりを何かさがすようなそぶりで回つていた事実が認められるけれども、応急的処置にしろウエスで巻いてあれば、血が滲んでくることはあつても落下するほどにはすぐにはならないと考えられるし、証人大内も、原告がウエスで止血したあと赤く滲んでいたがぽたぽた滴るほどではなかつた旨述べており、止血後のものとは認めがたい。そして<証拠>によれば、原告は、貨物自動車の周囲を逃げる時、バックミラーの付け根あたりの高さの所に手を当てながら回つていたこと、原告は貨物自動車の右バックミラー部分及び後部は、一周後に前面で大きくよろめいた時点以後には通つていないことが認められるので、前記血液は、前面でよろめく以前の、貨物自動車の周囲を一周したそのときに付着あるいは滴下したものと推認せざるを得ない。

六前記四、五で認められた事実のほか更に証人大内の証言によると大内はとり出した手錠を二つ重ねにし回転部と被回転部を右手の手のひらの中に入れ結束部を外側に突き出るようにして持つていたことが認められ、これらに前記二記載の事実及び弁論の全趣旨を合わせ、総合的に考察すると、③地点における状況は次のように推認される。

大内は原告に対し免許証の提示を求めたところ応じないので、携帯していた手錠を取り出し逮捕する旨告げて、手錠をかけるべく、背後に組んでいた原告の右手をつかんで前方に引き出させ、親指を除く他の指をつかんでねじるように持ち上げ、手錠を振りおろしたが、原告がそれを振払おうとしたため結束部辺縁が当たり、本件創傷が生じたものと推認することができる。

七そこで、右認定した事実について、被告の責任を考えるに、一般に、警察官が周囲の状況に照らし合理的に判断して駐車違反と認めた者に対し、住所氏名を明らかにするよう求めても、右違反者がこれに応ぜず、氏名等を明らかにしないまま逃走しようとする場合に、これを駐車違反の現行犯として逮捕しようとするのは適法な行為である。

前記二において認定のとおり、当日午後二時二〇分頃大内が現場付近に来たとき普通乗用車(札五五に二〇九一)は駐車禁止区域に駐車してあり、その運転者たる原告は、大内の再々の要求にも拘らず住所氏名を明らかにすることを拒み大内の前から立去ろうとしたことが認められる。そして証人大内の証言によれば、その時点では大内は原告の住所氏名を知らなかつたことが認められる(車のナンバーはわかつたとしても必ずしも運転者が車の持主とは限らない)から、氏名確認の手段として免許証の提示を求めたと解されるところ、原告がこれに応じないで立去ろうとしたため大内は逮捕行為に出たものであり、そうすると、大内の原告を逮捕しようとした前記行為は刑事訴訟法規に基づく適法な行為であるということができる。

八1 ところで、逮捕は実力による身体の自由の拘束であり、多かれ少なかれ強制力を伴うものであるが、その実力の行使は必要最少限度のものでなければならない(犯罪捜査規範一二六条一二七条等参照)。警察官が被疑者を逮捕するに際しては、必要に応じて戒具を使用することができるけれども、手錠等の戒具は被使用者の身体に直接物理的拘束を加える器具であつて被使用者の身体を傷つけるおそれが多分にあるから、これを使用するにあたつては、緊急制止の必要があつてやむを得ない場合でない限り、被使用者の身体を傷つけあるいは不測の事態を招来することのないよう厳に注意すべき義務がある。

2 前記認定事実によると、原告の傷の内部状態は、尺側手根屈筋腱は切断されておらず、その下層にある神経及び動脈等が完全断裂しているのであり、このことからすると、原告の振払おうとした力も多少影響したとしても、かなり強い力が加えられたものと推定される。しかも前述のとおり手錠の通常の用い方をした場合にはかような創口はできないことを考えると、大内は結束部を突出すように握り通常の用法ではない扱い方でもつて強く振りおろしたものと推認される。

しかし、その時まで原告は、背後に両手を組み旋錠を拒んではいたものの大内に対し、積極的に立ち向かいあるいは反撃行為に出て乱闘になるなどの状況にはなかつたのであるから、たとえ原告が反抗的言辞を弄したにしてもかかる原告に対し手錠を前記の仕方で強く振りおろすごときは手錠の使用方法において適切さを欠いたものというべく、従つて大内は前記義務を怠つた過失があり、手錠の使用の態様において相当性をこえ違法に原告に損傷を与えたものといわざるを得ない。

3 大内は警察官であり、被告北海道の公権力の行使にあたる公務員と認められるところ、前記大内の逮捕行為は警察官としての職務執行行為であるから、結局、公務員たる大内がその職務を行うにつき過失により違法に原告に損害を与えたものとして被告は原告に対しその損害を賠償する義務がある。

九<証拠>によると、原告は本件傷害を受け、治療のため昭和五二年五月一三日より同年六月三〇日までさねふじ外科整形外科医院へ通院(実日数一四日)したこと、同年五月一六日に札幌医科大学附属病院でも受診し、同年七月六日から七月三〇日まで同病院に入院して右尺骨神経縫合手術をうけたこと、同五二年一一月二日の判定では右尺骨神経不全麻痺の障害が存し、同五四年一〇月二九日現在小指と薬指のしびれがあること(治療費については国民健康保険を利用)本件傷害のため自動車修理の仕事が以前ほどできなくなり、収入が減少したこと等の事実が認められ、本件受傷により精神的損害を蒙つたことが認められる。

一〇しかしひるがえつて本件受傷の経緯をみると、すでに認定した事実に従えば、本件は原告が駐車違反したことにつき免許証の提示を求められあるいは氏名を尋ねられたにも拘らず理由なく拒み続けたことに起因するものであるということができる。

原告はその供述の中で、陸運局に出す書類を当日受付の午後二時までに出すため急いでいたと述べているけれども、<証拠>によれば当日午後三時まで陸運局の事務は行われていたことが認められるし、また急いでいたとしても免許証を示すなり住所氏名を述べることはさほど時間を要することがらではないから一応氏名を明らかにしたうえで、急ぐ事情を述べ後刻処理するよう頼むなどの措置を適宜講ずることもできたはずである。

しかるにそれを徒らに提示を拒み反発的態度をとり続けたため、大内の逮捕行為を招来したものであつて、全体的にみると、大内の手錠の使用方法には前記のとおり問題はあるにしても、原告のかかる行為がなければ本件受傷のような事故は起らなかつたといえるし、またその時原告に要求される行為もただ自己の住所氏名を明らかにするという行為自体としては容易になし得ることであつたことなどを考えると、本件により生じた損害の大半は原告の過失として原告自ら負うべきものと解するのが相当である。

以上のことに加え本件諸般の事情を考慮すると、原告が被告に損害として請求し得べき金額は金二〇万円をもつて相当とする。

一一以上のとおりであるから、原告の請求は金二〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年七月二四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(島田充子)

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