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札幌地方裁判所 昭和43年(わ)150号 判決 1969年6月05日

主文

被告人両名は、いずれも無罪。

理由

一、本件公訴事実は、「被告人両名は共謀のうえ、被告人松川が小樽信用金庫札幌支店等に、三回に亘り、預金をするに際し、昭和四一年八月一五日頃から同四二年八月四日頃迄の間、札幌市北四条西二丁目同金庫支店などにおいて、当該各預金に関し、道央水産食品株式会社総務部長兼株式会社道央ビルデイング常務取締役武田庄司から、右各預金に対する正規の利息の他に特別の利益を得る目的で、小林正雄を介して右武田と通じ、同金庫支店を相手方として当該各預金にかかる債権を担保として提供することなく、同金庫に同人の指定する右道央水産食品株式会社等に対して資金の融通をなすべき旨を約し、武田から右小林を介して右各預金の裏利息を受領して各預金をし、もつて当該各預金に関し不当な契約をした」というにある。

二、(一) 被告人両名の当公判廷における各供述、検察官に対する各供述調書、証人佐藤公明、同武田庄司の当公判廷における各供述、当裁判所の証人小林正雄に対する尋問調書によると、被告人松川は、当時知合いの小林正雄に頼まれ、同被告人又はその姉妹の名義で、公訴事実別表記載のとおり、小樽信用金庫札幌支店(若しくはその前身である小樽信用金庫札幌地区推進委員会)に定期預金等をし、その都度正規の利息の他に、月二パーセント或は一〇日に一パーセントの割合による裏利息を受領したこと、被告人大井は、被告人松川の経営する不動産管理会社の事務員であるが、小林の話を被告人松川に取り次ぎ、その指示に基き、小林との間で現金の授受や小樽信金への送金手続をしたこと、右各預金は、専ら小林の手を介して行われ、被告人らは直接小樽信金に預金手続に赴いたこともなく、預金に関し小林以外の関係者と面会したこともないこと及び右預金は同金庫札幌支店長佐藤公明により、いわゆる「春日方式」により処理され、道央水産食品株式会社或いは株式会社道央ビルデイングに融資され、その裏利息は同社の武田庄司から小林を介して、被告人大井に支払われたことなどの事実が認められる。

(二) ところで、被告人らは、右の各預金をするに際し、裏利息を支払う者が誰か、融資を受ける者が誰であるかを知つていたであろうか。小林正雄の検察官に対する供述調書(昭43・1・11)には被告人大井に対し「協力預金」の仕組みについて説明した旨の供述に続いて「只お礼を出すのは道央水産だとは説明しませんでした」との供述記載があり(証人小林の尋問調書も同旨)、被告人大井の検察官に対する供述調書には、小林から預金について説明を受けた後、「借り主のことはお宅にいえないが私を信じてくれ」といわれた旨、又被告人松川の検察官に対する供述調書には、預金と裏利息、融資の関係を述べた後「小樽信用金庫の場合も、相手の方は知りませんがそういう預金だと思つた」旨、同司法警察員に対する供述調書には、預金は小林が関係者と相談して決めたことで融資を受ける人が裏利息を出していると思つたが「それが誰れであるか小林から聞いていない」旨の各供述記載があり右の供述は、被告人らの当公判廷における供述とも一致し、他に被告人らが小林から武田庄司の名や、道央水産等の社名を聞いたことを認めるに足りる証拠がない。とすると、被告人らは、裏利息の支払者が道央水産総務部長兼道央ビル常務取締役武田庄司であり、融資を受けるのが右会社であることを知つていたとは認め難い。

(三) 預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条一項は、「特定の第三者と通じ」と規定し、預金者が金融機関との間に当該預金を担保として提供することなく、その指定する特定の第三者に融資すべき旨の不当契約を結ぶに当り、「特定の第三者」(通常は被融資者と同一人であるが、そうでないとしても、被融資者との間に特別の関係がある第三者)との間に意思の連絡あることを要件としている。従つて本件においては、預金者である被告人松川及び同被告人の指示により行動した被告人大井は、小林を介して、武田庄司との間に意思の疎通がなければならないとされるところ、前記のとおり被告人らは小林から武田庄司の名を聞いたこともなく、道央水産等の社名も聞いていないのであるから、被告人らと武田との間に意思の疎通があつたものとは認められず、道央水産等に融資するように指示したことも認められない。被告人らからみれば受融資者は特定していなかつたものである。

三、以上のとおり、結局本件公訴事実は、いずれも犯罪の証明がないことに帰するから刑事訴訟法三三六条により、被告人両名に対し、いずれも無罪の言渡をする。

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