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札幌地方裁判所 昭和40年(行ウ)5号 判決 1966年11月14日

札幌市北五条西一七丁目

原告 山本梅吉

右訴訟代理人弁護士 板井一治

札幌市大通り西七丁目

被告 札幌国税局長 原秀三

右指定代理人 岩佐善巳

<ほか二名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一、原告訴訟代理人は、「被告が昭和四〇年六月一五日原告の審査請求につきなした決定中、総所得金額および年税額を減じた部分を除き、その余はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告の長男である訴外山本梅雄は、昭和二五年ごろより昭和二八年九月ごろまで、北海物産商会という名の民法上の組合の代表者として、同組合の事業である薪炭および軌道杭木の販売に従事していたが、昭和二七年度所得税につき、所得金額を一八二、〇〇〇円とする確定申告書を小樽税務署長に提出した。

(二)  ところが、札幌税務署長は昭和三〇年四月二〇日前記事業は実質上原告の事業であるとして、原告に対し、原告の昭和二七年度所得税につき所得金額八、七〇〇、二〇七円、所得税額四、四八四、二〇〇円、重加算税額二、二三八、〇〇〇円とする更正処分をなし、右通知は同月二七日原告に送達された。

(三)  原告はこれを不服として昭和三〇年五月二一日被告に対し審査請求をし、被告は昭和四〇年五月三一日原処分を一部取消し、所得金額一、二一二、八五〇円、所得税額四一二、七一〇円、重加算税額二〇二、五〇〇円とする審査決定をし、同決定は同年六月一六日ごろ原告に送達された。

(四)  しかしながら、札幌税務署長のなした前記更正処分には次の違法がある。従って被告は右更生処分を全部取消す旨の決定をすべきであるのに、これをしなかった前記審査決定は違法である。

(1) 本件課税の対象となった事業所得は民法上の組合である北海物産商会の所得であり、仮にそうでないとしても訴外山本梅雄の所得であって、原告の所得ではなく、右更正処分は所得の帰属者の認定を誤ったものである。

(2) 仮に原告が実質的事業主体であるとしても、いわゆる実質課税の原則を定めた所得税法(昭和二二年法第二七号)第三条の二が施行されたのは昭和二八年八月七日であり、昭和二七年度の所得税に同条を適用することはできない。原処分は憲法第三〇条、第八四条に違反した違法がある。

(3) 仮に法の明文を俟たず実質所得者に課税することが条理として是認されるとしても、条理は実質課税の明文の施行とともに消滅するから、前記所得税法第三条の二の規定の施行後において、右条理により原告に対し課税した前記更正処分は違法である。

(4) 仮に原告に納税義務があるとしても、確定申告をしたのは訴外山本梅雄であり、原告は何らの申告をしていない。従って札幌税務署長は所得税法(昭和二二年法第二七号)第四四条第四項の規定により決定処分をなすべきであり、訴外山本梅雄の申告を原告の申告とみなして更正処分をしたのは違法である。

(五)  仮に前記更正処分が適法であったとしても、処分の時から既に五年を経過しているから、原告に対する所得税徴収権は会計法第三〇条の規定により時効によって消滅した。従って被告のなした本件審査決定は違法である。

二、被告の答弁及び主張

(一)  原告の請求原因(一)の事実中、訴外山本梅雄名義の昭和二七年度所得税確定申告書が小樽税務署長に提出されたことは認めるが、その余は事実に反する。同(二)、(三)の各事実は認める。同(四)の(1)乃至(4)、(五)の各主張はいずれも争う。

(二)  原告は、被告のなした裁決の取消しを求めているが、裁決の取消しの訴は処分の違法を理由として取消しを求めることができない(行政事件訴訟法第一〇条第二項)にもかかわらず、処分の違法を理由として訴求しているから、本訴請求は理由がない。

(三)  本件審査決定の根拠

(1) 原告は北海物産商会という商号(登記はない)を用いて、薪炭及び軌道杭木の販売を業としていたが、昭和二七年分所得税確定申告書を原告の長男山本梅雄の名義で昭和二八年一月三一日小樽税務署長に対し、事業所得一八二、〇〇〇円として提出した。ところが原告は所得税過少申告の故をもって所得税法違反のけん疑を受け、昭和二九年一月二八日札幌国税局査察官による強制調査が実施され、その結果犯則事実が明らかとなったので、昭和三〇年四月九日札幌地方検察庁に告発され、所得税法(昭和二二年法第二七号)第六九条違反として起訴された。

(2) 原告の本件審査請求は、右刑事事件と関連を有するため、被告においてその決定を留保し、刑事事件の第一、二審判決をまっていたところ、昭和三九年一二月一〇日第二審判決が云渡され(有罪)、該判決によれば、第一審同様昭和二七年度分の原告の所得は少くとも一、二一二、八五〇円と認定されたので、被告はこれを参酌して昭和四〇年五月三一日審査決定をなし、所得金額一、二一二、八五〇円、所得税額四一二、七一〇円、重加算税額二〇二、五〇〇円として同年六月一五日付で原告に通知したものである。

(3) 従って被告の審査決定に違法はなく原告の請求は失当である。

三、被告の主張に対する原告の答弁

(一)  被告の主張(三)の(1)の事実中、原告が所得税法第六九条違反として起訴されたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同三の(2)の事実は認める。

第三、証拠≪省略≫

理由

第一、訴外山本梅雄名義の昭和二七年度所得税確定申告書が小樽税務署長に対し提出されたこと、札幌税務署長が昭和三〇年四月二〇日原告に対し主張のごとき更正処分を行ったこと、原告がこれを不服として昭和三〇年五月二一日被告に対し審査請求をしたこと、被告が昭和四〇年五月三一日右更正処分を一部取消し、所得金額一、二一二、八五〇円、所得税額四一二、七一〇円、重加算税額二〇二、五〇〇円とする審査決定をなし、右決定が同年六月一六日ごろ原告に送達されたことは当事者間に争いがない。

第二、原告は本訴において裁決たる審査決定の取消しを求め、その理由として原告の請求原因(四)の(1)ないし(4)及び(五)の各主張をするが、右のうち(四)の(1)ないし(4)の各主張は、いずれも原処分たる更正処分の違法を理由として裁決の取消しを求めるものに外ならない。しかして、行政事件訴訟法第一〇条第二項の規定によれば、処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることはできないところ、所得税法(昭和二二年法第二七号)には原処分に対する出訴を許さず裁決に対してのみ出訴を許す旨の規定(裁決主義)は存しないから、そのいずれの訴えをも許す趣旨であると解すべきであり、また本件訴えの提起が昭和四〇年九月二日であること記録上明らかであって、右は行政事件訴訟法の施行後であるから、同法附則第三条、第五条の規定により、前記法第一〇条第二項が適用されることとなる。従って原告の前記(四)の(1)ないし(4)の各主張はいずれも本件審査決定の取消理由とはなしえないといわなければならない。

第三、原告の請求原因(五)の主張は、所得税徴収権の時効による消滅を理由として、本件審査決定の取消しを求めるものであるが、本件審査決定は、前記第一のとおり、原告に対する所得税課税権の存否及び範囲についてなされたものであって徴収権に関するものでないから、徴収権の消滅を理由に本件審査決定の取消しを求めることはできないものというべきである。

第四、そうすると、原告は結局本件審査決定に固有の違法については何ら主張しないものというべく、このような場合被告が本件審査決定に固有の違法がないことにつき実体及び手続のすべてに亘って主張立証をなす必要は認められない。よって原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原康志 裁判官 松原直幹 裁判官 黒木俊郎)

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