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札幌地方裁判所 昭和30年(ワ)435号 判決 1959年8月24日

原告 長谷川稔

被告 長谷川直利

主文

被告は、原告に対し、別紙第一目録および第二目録記載の土地につき、札幌法務局昭和二七年一月二三日受付第六二四号同月二一日贈与を原因とする所有権移転登記のまつ消登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として、

一  別紙第一目録および第二目録記載の各土地は、もと訴外亡小竹文次郎が所有していた。

二  (一) ところが、別紙第一目録記載の土地については昭和二一年一二月二六日、同第二目録記載の土地については昭和二二年三月五日、当時原告と養子関係にあつた訴外亡長谷川嘉一郎が、養子の原告に買い与えるため、代金は嘉一郎が支払い、所有権は小竹から原告に移転し、代金授受と同時に移転登記することとし、小竹との間にいわゆる第三者のためにする売買契約(要約者嘉一郎・諾約者小竹・受益者原告)を締結した。原告は、そのころ小竹に対し受益の意思表示をし、一方、嘉一郎は、右代金の支払いを了した。ここに、原告は右各土地の所有権を取得し、別紙第一目録記載の土地ついては昭和二一年一二月二七日、同第二目録記載の土地については昭和二二年三月五日、それぞれ所有権移転登記を受けたものである。

(二) かりに、そうでなく、嘉一郎が小竹から右各土地を買い受けたとしても、同人は、右(一)記載のころにそれぞれ右各土地を原告に贈与し、中間省略のうえ右(一)記載のように小竹から原告に所有権移転登記がされたのである。

(三) かりにそうでないとしても、原告は、右(一)記載のころ小竹からそれぞれ右各土地を買い受け、右(一)記載のように所有権移転登記を受けたのである。

三  しかるに、右各土地につき、原告から嘉一郎への主文第一項記載の所有権移転登記がされている。

四  しかし、原告は、右各土地を嘉一郎に贈与したこともなくもちろん、所有権移転登記に関与したこともない。

五  そこで、原告は、所有権にもとづき、嘉一郎の相続人たる被告に対し、主文第一項記載の所有権移転登記のまつ消を求める。

と陳述し、被告主張の二の事実を認め、同三から五までの事実を争い、立証として、甲第一号証の一および二、第二号証の一および二、第三号証の一および二、第四号証の一から四まで、第五号証、第六号証、第七号証の一から六までならびに第八号証の一および二を提出し、第四号証の二は偽造に係るもの、第八号証の二は訴外有原市太郎の作成に係るものであると述べ、証人長谷川由太郎、長谷川キミ、五味川カツ子、清水茂、中山信一郎、長谷川ハツヱ、長谷川照子、後藤喜三郎、山本鶴子、開田利男および有原市太郎の証言ならびに原告本人の第一回および第二回の尋問の結果を援用し、乙第四号証から第七号証まではそれぞれ官署作成部分のみ成立を認めその他の部分は不知その他の同号証は成立を認め第三号証を利益に援用すると述べた。

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁および抗弁として、

一  原告主張の一の事実、同二のうち、嘉一郎と原告が養親子であつた事実、原告への所有権移転登記がされている事実および(二)の嘉一郎による土地買受けの事実、同三および四の事実ならびに同五のうち被告が嘉一郎の相続人である事実は、認める。その他の原告主張の事実は、否認する。

二  原告は嘉一郎の兄訴外長谷川由太郎の実子であるが、嘉一郎は、子がなかつたところから、原告の生後一年くらいの昭和三年五月一七日、原告と養子縁組をし、その後原告を養育し、小・中学校を経て明治大学商科に入学させたものである。

三  嘉一郎は、前から別紙第一目録および第二目録記載の各土地の一部を訴外小竹文次郎から賃借し営業用建物の敷地として使用していたが、終戦後、隣家の訴外清水茂も右各土地の一部につき賃借権を主張し、同人との間に紛争が生じた。小竹も仲に立つて解決に努力したが、解決の見込みがなく、昭和二一年一二月二六日ころ、嘉一郎は、小竹から、別紙第一目録および第二目録記載の各土地を買い取り、所有権を取得した。

当時、原告は、上京在学中で土地買受けの資産も全然なかつた。このように、嘉一郎は、自己の必要上やむをえず右各土地を買い取つたのであるが、税負担の軽減をはかるため、原告名義に所有権移転登記を受けたのにすぎない。したがつて、いわゆる第三者のためにする契約として、原告に右各土地を所有させる理由もなかつた。

四  かりに、原告主張のように右各土地が原告の所有に帰したとしても、これは、原告が嘉一郎の養子として終生共同生活をし養親子関係を継続し、死後は相続人となる関係を前提として、買い与えたものであつて、その関係のなくなつたときは当然嘉一郎に復帰すべき旨の明示または黙示の合意が嘉一郎と原告の間にあつた。でなければ、離縁によつて、嘉一郎は、営業用建物の敷地を失い営業ができなくなるからである。婚姻または養子縁組の際の持参金が離婚または離縁に際しては当然贈与者に復帰すべき理を明らかにした判例(大審大正八年四月七日民二判、民録二五輯五五八頁)もある。このような持参金に限らず、婚姻または縁組中にこれを原因としてされた贈与は、その解消によつて贈与者に復帰する意思を含んでされるのが通例である。原告は、大学卒業後家業に従事しているうち女遊び等をし家財を浪費するようになり、昭和二六年四月訴外小林キミ子と結婚したが、同年八月一九日妻を放置し嘉一郎の現金五〇〇、〇〇〇円余を盗取し情婦と家出して所在不明となつてしまい、新聞広告や警察への捜索願等あらゆる手をつくしたが発見することができなかつた。嘉一郎は、キミ子に陳謝し現金二五〇、〇〇〇円の慰謝料を支払つて実家に帰つてもらう一方、札幌地方裁判所に離縁の訴訟を提起し、その判決を得たしだいである。したがつて、前記各土地の所有権も、嘉一郎に復帰すべきである。嘉一郎は、所有権の実質に適合するよう、原告主張三の所有権移転登記をしたのである。

五  のみならず、養父たる嘉一郎への不信行為によつて裁判上離縁となつたにもかかわらず、所有権の回復を求めている原告の請求は、著しく信義に反する。

と陳述し、立証として、乙第一号証から第一二号証までを提出し、証人小竹温子、檜山忍、中山信一郎、油谷文清および銀田義美の証言ならびに証人安斉幸作および笹尾ユキの第一回および第二回の証言を援用し、甲第四号証の二の成立は真正、第八号証の一および二は不知、その他の同号証の成立は認めると述べた。

理由

別紙第一目録および第二目録記載の土地がもと訴外亡小竹文次郎の所有であつたところ、第一目録記載の土地については昭和二一年一二月二七日、第二目録記載の土地については昭和二二年三月五日、それぞれ同人から原告への所有権移転登記がされた事実、原告は、被告の被相続人たる訴外亡長谷川嘉一郎のおいで、同人に子がなかつたところから生後一年くらいの昭和三年五月一七日同人の養子となり、その後同人に養育され小・中学校を経て明治大学商科に学んだが、右養親子関係は後に離縁となつた事実、および、右各土地につき原告から嘉一郎へ主文第一項記載の所有権移転登記がされている事実は、当事者間に争いがない。

原告は、まず、いわゆる第三者のためにする契約の効果として右各土地の所有権を取得したと主張し、被告は、これを否認し、右各土地は被告が自己のために買い受けてその所有権を取得したものであつて、移転登記が原告にされているのは税負担の軽減をはかるためのものにすぎないと主張している。そこで、考えてみるのに、証人長谷川由太郎、五味川カツ子、清水茂、長谷川キミ、長谷川ハツヱ、後藤喜三郎、開田利男、山本鶴子、中山信一郎、油谷文清、小竹温子および安西幸作(第一回)の証言(証人小竹および安西(第一回)の証言中後記信用しない部分を除く。)ならびに原告本人尋問の結果(第一回)を総合すると、つぎの事実を認定することができる。「嘉一郎は、以前、前記各土地の一部を借りていたが戦後その上に倉庫を建てようとしたところ、隣家の訴外清水茂も借地権を主張して同人との間に紛争が生じた。そこで、嘉一郎は土地を買つて地主になれば紛争も自然に解決すると思つた。ところで、買うとすれば、当時明治大学卒業間近かであつた養子の原告の励みにもなるし、原告の実家に対しても義理がたつから、原告のものにしておこう、登記も原告の名義にしようと考えていた。そこで、昭和二一年一二月二六日ころ、嘉一郎は、小竹との間に、別紙第一目録および第二目録記載の土地につき、代金は嘉一郎が小竹に支払い所有権は小竹から原告に移転し、代金授受と同時に移転登記をすることとし、いわゆる第三者のためにする売買契約(要約者嘉一郎・諾約者小竹・受益者原告)を締結した。あたかも、原告は、休暇帰省中であつたから、右売買契約締結の際同席し、小竹に対し、受益の意思表示をした。右売買代金は第一目録記載の土地についてはそのころ、第二目録記載の土地については翌年三月五日ころ、嘉一郎が小竹に対し支払をすませ、右代金支払と同時に、原告が、右各土地の所有権をそれぞれ取得した。」証人小竹温子、安斉幸作(第一回)および檜山忍の証言中右認定に反する部分は、すぐには信用することができず、ほかには、右認定をくつがえすのに十分な証拠はない。

そこで、進んで、被告の抗弁につき、判断する。被告は、まず、右各土地の所有権を嘉一郎が原告に帰属させたのは、嘉一郎と原告の養親子関係を前提とし、その関係のなくなつたときは右所有権が嘉一郎に復帰するための明示または黙示の合意が両者間にあつたから、養子縁組の解消とともに、所有権は嘉一郎に復帰したと主張する。しかしながら、このような合意の成立を認定するのに十分な証拠がないから、被告の右主張は理由がない。

つぎに、被告は、養父たる嘉一郎への不信行為によつて裁判上離縁となつたのにかかわらず所有権の回復を求めている原告の請求は、著しく信義に反すると主張する。原告の請求は、所有権にもとづくまつ消登記請求であるが、原告が前記各土地の所有権を取得したのは、すでに説示したように、要約者嘉一郎諾約者小竹・受益者原告のいわゆる第三者のためにする売買契約によるものである。前記認定事実によれば、嘉一郎は、養子たる原告に土地を贈与するために右第三者のためにする契約を締結したと認められ、しかも、原告が小竹から移転登記を受けたことによつて、嘉一郎と原告の関係では、贈与の履行が終つたものとみなければならない。したがつて、被告の右主張の当否は、贈与の履行が終つた後に贈与者に不信行為をした受贈者は受贈者としての保護を奪われるかどうかの問題に係るわけである。この点に関する民法第五五〇条ただし書は、履行を受けた受贈者からはいかなる場合においても受贈者としての保護を奪うことができない趣旨の規定であると解すべきでない。さりとて、単に不信行為があつたというだけで当然に受贈者は贈与の効果を失うと解することはむずかしい。この問題については、いわゆる受遺欠格(民法第九六五条・第八九一条)に準ずる事由が存する場合に限り、贈与者(殺害されたときは、その相続人)が贈与を取り消すことができると解するのが相当である。しかしながら、このような事由の存在や取消権の行使についてなんら主張・立証のない本件では、原告の本訴請求が著しく信義に反するとの被告の右主張は、理由がない。

以上のしだいで、所有権にもとづき、被告に対し、その被相続人たる嘉一郎のため前記各土地についてされた移転登記のまつ消を求める原告の請求は、他の争点について判断するまでもなく、理由があるから認容し、なお、民事訴訟法第八九条を適用し主文のように、判決する。

(裁判官 賀集唱)

第一目録

札幌市南一三条西九丁目七一六番地の一

一、宅地 一三五坪二合二勺

同所七一七番地の四

一、宅地 九九坪

第二目録

札幌市一三条西九丁目七一七番地の六

一 宅地 二五二坪四合二勺

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