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札幌地方裁判所 昭和27年(ヨ)145号 決定 1952年10月25日

申請人 宮武豊 外一名

被申請人 株式会社 岩倉組

主文

被申請人は申請人等を昭和二十七年九月一日当時の労働条件を基準として、その従業員として処遇しなければならない。

被申請人は昭和二十七年九月一日以降同年九月三十日に至るまでの賃金として申請人宮武に対しては別紙目録第一の、申請人下山に対しては同第二の各給与を支払え。

申請人等のその余の申請はこれを却下する。

(無保証)

理由

第一、申請の趣旨

申請人等は被申請人が昭和二十七年九月一日申請人両名に対してなした解雇の意思表示は本案判決の確定に至るまでその効力を停止する。被申請人は昭和二十七年九月一日以降右判決確定に至るまで申請人宮武に対しては別紙目録第一の、申請人下山に対しては同第二の各給与を支払え、との決定を求め、

被申請人は本件仮処分申請を却下する。との決定を求めた。

第二、当事者間に争なき事実

被申請会社は肩書住所に本社を置き、苫小牧市外九ケ所に事務所を設け、製材、台板床板の生産及び販売等の事業を営む株式会社であるが、この内、苫小牧事業所には製材、台板、戸板、家具及びこれに附帯する鉄工、車輪等の職場があり職員約七十名、工員約二百四十名の従業員を擁する。

申請人宮武は昭和二十二年三月頃から、同下山は昭和二十五年六月頃からいずれも被申請会社右事業所に工員として雇傭されていたものであるが、昭和二十七年三月以降申請人宮武は前記事業所の台板工場を除く各工場の工員の過半数九十数名を以て組織する岩倉組苫小牧労働組合(以下組合と略称する)の執行委員長(組合長)、申請人下山は同組合の執行委員(書記長)の地位にあつた。

組合は昭和二十七年八月六日より被申請会社に対し賃金値上の交渉を始めたところ、組合員の大量脱退があり、遂に同月十一日、当初九十数名を数えた組合員が申請人両名を含む僅か三名に減少するに至つた。そこで組合は同月十九日、苫小牧地区労働組合会議(以下組合会議と略称する)に被申請会社に対する一切の交渉権限を委任したところ、右組合会議は同月二十日北海道地方労働委員会に対し、被申請会社を相手方として、組合に対する支配介入禁止等の不当労働行為救済申立をなした。

その後、被申請会社は同年九月一日、申請人宮武については被申請会社就業規則第三十二条第三号、第四号、第十四号、申請人下山については同規則同条第四号、第五号、第十四号を適用し、申請人両名をそれぞれ懲戒解雇する旨の意思表示をなした。

第三、申請人等の主張

一、申請人宮武には就業規則の前記各条項に該当する事由は全く存在しない。従つて、申請人宮武に対する本件懲戒解雇はその原因を欠き無効である。尤も、右申請人が昭和二十七年六月中旬、申請人と同一職場に勤務する女工員油谷キミ子に対し卑猥なる行為をなし、その結果、同女に対しいさゝかの負傷を与えたことはあるが、右行為は若い男女間の単なる揶揄又は悪戯に止まるものであつて、なんらの右規則第三十二条第三号「他人に対し暴行、脅迫を加え、又はその公務を妨害したるとき」に該当するものではない。仮りに、右行為が前記第三号に該当するとしても就業規則第三十二条本文によれば同条各号に該当する事由があつても必ずしも解雇を必要とせず、情状によつては出勤停止又は減給に処することができるのであるにもかゝはらず、被申請会社は右事実を探知後、被害者についてのみ一方的に事情を聴取し、申請人宮武についてはなんら事実の真偽を確めることなく、弁解の機会すら与えず、極めて短時日の間に労働者にとつては極刑に等しい解雇処分に付した。かゝる被申請会社の行為は懲戒権の濫用であつて本件解雇は無効といわねばならない。

二、申請人下山には就業規則の前記各条項に該当する事由は全く存在しない。従つて、申請人下山に対する本件解雇もまたその原因を欠き無効である。尤も、右申請人が被申請会社に雇入れられるとき鹿児島県鹿屋中学三年終了を同県川内中学卒業と学歴を詐つたことはあるが、右行為はなんら、就業規則第三十二条第五号「重要なる経歴を詐つた」ことに該当するものではない。蓋し、「重要なる経歴を詐つた」とは詐称者が登用せられる職種、地位、給与その他の労働条件との関連において、その詐称した経歴が雇傭者として重要なる採用基準の適用を誤まらしめるに至つた場合と解すべきところ、申請人下山の雇入れ以後の職種はインチ積及び野帳付であつて、前者はインチ材を積み上げる単純なる労務に過ぎず、後者もまたソロバンの優れたることを要するのほか、学歴の如何を問はざる職種であつて、従来、小学校卒業程度の者が登用せられていることであり、しかも被申請会社においては等しく工員である以上学歴の如何によつて、賃金その他の諸給与になんらの差等を設けておらないところよりすれば、申請人下山の前記行為はなんら「重要なる経歴を詐つた」ことにはならないと思料するからである。

仮りに、右行為が前記第五号に該当するとしても、被申請会社は申請人下山に学歴及び職歴についての年月日の記載を欠き、経験年数等知る由もない極めて不完全な履歴書を提出せしめて同人を採用しておりながら、一方前記事実を探知するや、右申請人に一片の事情聴取、弁解の機会等を与えることなく、極めて短時日の間に突如として、懲戒解雇をなした。かゝる被申請人の行為は信義則に違反する懲戒権の濫用であつて、本件解雇は無効といはなければならない。

三、仮りに、右主張がいずれも理由ないとしても、本件解雇の真の動機は申請人等が組合役員であること、正当な組合活動をなしたこと、又は組合の潰滅を企図したことに存するから、本件解雇は無効である。即ち、組合は昭和二十七年七月二十六日組合大会を開催して、賃金値上の要求を決議し、爾後被申請会社に対し、団体交渉を行つたが、被申請会社は誠意ある態度に出でざるのみならず、組合員に対し、組合に留まる限り不利益な取扱をなすべきことを示唆して組合脱退を強要し、以て不当なる組合切崩工作を行つたため、組合は前記の如く組合員僅か三名を数えるのみとなつたが、申請人等は最後まで組合に踏み止まりその崩壊を阻止しつつ組合を代表して被申請会社と交渉を続けてきた、従つて、申請人等は活溌なる組合活動者として被申請会社より敵視されていたこと言を俟たないところであつて、本件解雇はまさに、右の如き申請人等を排除し、且つ組合を潰滅せんがための不当労働行為であること明白であるから法律上無効といはなければならない。

四、また、被申請会社は組合員たる従業員を解雇する場合には被申請会社と組合間の現行労働協約第四条により、組合と協議しなければならないことになつている。然るに、被申請会社は本件解雇をなすに際し、組合と協議することなく、一方的にこれを行つたから右解雇は無効といはなければならない。

五、申請人等は本件解雇を承認したことはない。尤も解雇通知書の受領証に署名押印したことや解雇当日までの賃金を受領したことはあるが、前者は被申請人に強要されて署名押印したものであり、後者は被申請人が勝手に申請人等居宅え郵送したため申請人等がやむを得ずその封も切らずに保管しているに過ぎないものであつて決して本件解雇を承認した訳ではない。

六、よつて、申請人等は被申請人を被告として解雇無効確認等の訴を提起すべく準備中であるが、申請人宮武は母、妻、子供二人、申請人下山は父母、妻の各家族を擁し、従来、申請人等の給料によつて、それぞれ生活を維持してきたので、現下の状態において、本案判決の確定を待つていては生活に破綻を来たすこと必定であるから、本件解雇の効力停止並びに本件解雇当日たる昭和二十七年九月一日以降本案判決確定に至るまで別紙目録記載の給与即ち、申請人等が本件解雇当時被申請人より受けていた給与の支払を命ずる仮処分を求むるため本件申立に及んだ。

第四、被申請人の主張

一、申請人宮武に対する懲戒解雇該当事由は次のとおりである。

1、就業規則第三十二条第三号に該当する事由

昭和二十七年六月中旬、女工員油谷キミ子に対し、卑猥なる行為をなし、その結果同女に傷害を与え、同年八月二十三日頃、同女の背後より同女の胸部、股間に触れる行為をなした。

2、同条第四号に該当する事由

作業中、女工員に対し、卑猥なる言動をし、又無断で職場を離れること多く職場の秩序を乱すので上司において再三警告を発するもこれに従はなかつた。

3、同条第十四号に該当する事由

(イ) 同条第三号に準ずるもの

昭和二十七年八月二十八日、女工員出町美恵子に対し、猥褻行為を迫つたが、これを果たさず、その他、女工員に対して常に風紀を乱す行為が多かつた。

(ロ) 同条第十三号に準ずるもの

組合会議書記中の破壊思想保持者と常に連絡を密にし、このため企業運営上支障があつた。

二、申請人下山に対する懲戒解雇該当事由は次のとおりである。

1、就業規則第三十二条第四号該当事由

昭和二十七年七月二十五日頃より就業時間中職場を離れ、又は休憩時間を無視し、上司の指示に従はなかつた。

2、同条第五号該当事由

被申請会社に雇入れられるとき、鹿児島県鹿屋中学三年終了を同県川内中学卒業と学歴を詐称した。

3、同条第十四号該当事由

組合会議書記中の破壊思想保持者と常に連絡を密にし、自らも企業運営上支障ある言動をなしたので同条第十三号に準じた。

三、本件解雇は被申請会社の不当労働行為ではない。即ち、被申請会社は昭和二十七年八月六日の団体交渉開始以来、組合に対し、現在の業界の実状、特に被申請会社の経営状態を説明し、現下の状況においては賃金値上は困難であるが、会社の経理状態が好転した暁においては可及的速かに賃上に応ずべき旨を言明し、誠意ある態度を以て交渉をなして来たのであるが、組合は当初より賃金賃上の交渉に多くを期待することなく、第三者の指導により専ら被申請会社の社会的信用の失墜を目的として行動してきた。従つて、自主性を失つた組合の右状態を心良しと思はない組合員は続々と脱退し、遂に組合は申請人等を含む三名に減少したものであつて被申請会社は組合の支配介入を企図し、組合切崩を行つたことはなく、勿論申請人等が組合活動をしたが故に解雇したものではない。

四、労働協約第四条は労働関係を規定する諸規定(就業規則、給与規程等)を設定し、又は改廃する場合には組合と協議する旨定めたるものであつて組合員を解雇する場合、組合と協議する旨定めたるものではない。従つて被申請会社が本件解雇をなすにつき組合と協議しなかつたことはなんら違法不当ではない。

五、右主張がいずれも理由ないとしても、申請人両名は昭和二十七年九月一日懲戒解雇通知書の受理証に異議なく署名押印し、且つ当日迄の賃金を受領して本件解雇を承認したものであるから、ここに申請人等と被申請会社との雇傭関係は終了し、従つて申請人等には本件仮処分を求むる利益なきものである。

六、申請人宮武は中流以上の家屋を所有し、且つ同居の母は衣料の行商をなして相当の収入あり、又申請人下山も土地、家屋を所有し、養父並びに妻は稼動して相当の収入を上げている状態であるから申請人両名はいずれも生活の不安なく従つて本件仮処分を求むる必要性なきものである。

第五、当裁判所の判断

一、本件懲戒解雇は就業規則の適用による解雇である。およそ就業規則は使用者の一方的にこれを制定し得るものであるけれども、ひとたび客観的に定立せられたる後は一の具体的法的規範として使用者並びに従業員双方を拘束する客観的実在性を有する。従つて、就業規則を適用し懲戒解雇をなす場合には懲戒事由の存否の認定、懲戒解雇に処すべき情状の判定等につき、使用者は客観的に妥当な就業規則の適用をなすべき義務を負担し、その自由裁量に委せられるものではない。かかるが故に、使用者が就業規則の適用を誤つた場合には当該懲戒解雇は無効であるといわなければならない。そこで本件解雇につき、懲戒解雇該当事由の存否並びに情状の判定の当否について判断する。

1、申請人両名の就業規則第三十二条第四号、第十四号に該当する事由の存否について、

この点に関する被申請人の疏明は十分でないから申請人両名には右就業規則の各条項に該当する事由は一応存在しないものといわなければならない。

2、申請人宮武の就業規則第三十二条第三号に該当する事由の存否について、

昭和二十七年六月中旬、申請人宮武が自己と同一職場に勤務する女工員油谷キミ子に対し卑猥なる行為をなし、その結果同女に対し、負傷を与えた事は前記の如く当事者間に争がない。なお、右申請人が同年八月二十三日頃、右同女の背後より同女の胸部、股間に触れる行為をなしたとの事実については、被申請人の疏明十分でないから右事実は一応存在しないものといわなければならない。

そこで、前記当事者間に争なき事実が就業規則第三十二条第三号に該当する行為であるか否やについて考えてみると、申請人宮武の右行為はその態容よりみて申請人等主張の如く、単なる若い男女間の揶揄又は悪戯に止まるものとは考えられないから右規則第三十二条第三号「他人に対し暴行を加えたるとき」に該当するものと解すべきである。

3、申請人下山の就業規則第三十二条第五号に該当する事由の存否について、

申請人下山が被申請会社に雇い入れられるとき、鹿児島県鹿屋中学三年終了を同県川内中学卒業と学歴を詐称したことは前記の如く当事者間に争がない。そこで右行為が就業規則の前記第五号「重要な経歴を詐り、その他不正な方法を用いて雇い入れられたとき」に該当するか否かについて判断する。一般に、近代的企業において、労働者が経歴を詐称して入社することは当該企業の経営秩序をみだし、企業の完全な運行を阻害する行為であつて、懲戒事由に該当するものといわなければならない。蓋し、使用者が、労働者を雇い入れるに当つては労働者の学識、経験、技能、性格、健康等について全人格的価値判断をなし、賃金、職種、地位その他の労働条件を画一的に決定し、以て当該企業の中のその労働力を組織ずけねばならないのであるが、かゝる判断乃至組織ずけを行うに当つては、労働者の経歴が極めて重要な働きをなすこと、言を俟たざるところであつて、経歴の真偽は一に労働者の信義にまたざるを得ず、かかる信義の裏切られんか、労働力の当該企業における位置ずけ乃至組織ずけは大いなる過誤を伴い、経営秩序の維持、企業の完全なる運行は得て望むべからざるに至るからである。従つて、経歴詐称が使用者をして現実、具体的に労働者の労働条件の決定、又は重要なる採用基準の適用乃至労働力の位置ずけを誤まらしめたか否かは必ずしも重要ではない、使用者はかかる因果関係乃至具体的危険の発生を論ずることなく、唯、経歴を詐称して雇い入れられたとの一事を以て、懲戒の事由となすことができるものというべきである。これを本件について考えると学歴は人の経歴の中でも、重要な部分をなすものであり、就中最終の学歴は労働者の学識、経験技能等を判断するについての最大の要素である。従つて、申請人下山が前叙の如く、最終の学歴を詐つたことはまさに、前記就業規則第三十二条第五号「重要な経歴を詐つて雇い入れられたとき」に該当するものと判断せざるを得ない。

4、懲戒解雇に値する情状の存否について、

そもそも懲戒処分は企業における生産過程の中にその有する労働力を位置ずけ、組織ずけられた労働者の行為が企業の経営秩序を乱し、その完全なる運行を阻害することにより企業の生産性を減少した場合に経営権の主体たる使用者より加えられる反価値判断である。従つてかかる反価値判断は通常、労働者に対し、段階ずけられた一定限度の不利益を課して強制的にその不当なる行状を改め、経営秩序に従い、企業の完全なる運行を促進してその生産性に寄与せんことを要求する。これが所謂譴責、出勤停止、減給等と称せられる懲戒処分である。然しながらある場合には前記の如き段階ずけられた一定限度の不利益を課してもなお労働者に改俊の見込なきため、当該企業において生産秩序を形成する労働力の担手たる適格なしと認定し、労働者を一方的に企業より放逐せんとする。これが懲戒解雇と称せられる懲戒処分である。従つて、懲戒解雇の場合には当該労働者を減給又は出勤停止等の処分に付してこれに反省の機会を与えることが全く無意味であつて、当該労働者を企業内に存置することが企業の経営秩序を乱し、その生産性を阻害すること明白な情状あることを要する。若し、かかる情状なき場合には使用者は懲戒解雇以下の軽い処分に付すべき拘束を受け懲戒解雇に付するを得ないものといわなければならない。本件就業規則第三十二条本文但書が「情状によつては出勤停止又は減給にすることがある」と規定しているのはまさに右の理を宣言したものというべきである。

そこで申請人両名の情状について考察する。先ず申請人宮武については疏明により、被申請会社従業員の風紀は以前より余り良好なものではなく、若い工員の間にやゝともすれば卑猥なる言動が窮われたこと、被申請人はこれに対し大した関心を示さず従来放置して顧みなかつたこと、申請人宮武も右の如き零囲気に馴れ、さしたる考えもなく前記の如き卑猥なる行為をなしたこと、その現場は四面ガラス張りの明るい部屋で、外部より内部の見透しが十分きき、しかも白昼であつたことからみても申請人宮武には姦淫しようという意思は毛頭なかつたこと、被害者の負傷は被害者が申請人宮武の卑猥な行為をさけようとした際肘を窓ガラスに接触したゝめ生じたものであること、被害者は申請人の行為を宥怒してその後はなんら介意するとこなく引続き申請人と同一職場に勤務し、本件解雇当時は既に平静を帰していたこと、申請人宮武は昭和二十二年三月頃より被申請会社に床板工として雇傭され、爾来五年間勤続し成績も良好で、被申請人の信頼も厚く、一時は組長等の地位にも就き、最近においては工員より職員又は職長等に抜擢せられんとしていたこと等の事実を一応認めることができ、又申請人下山についても、疏明により、申請人下山が被申請会社に雇い入れられた当時の職種はインチ積といつてインチ材を積み上げる単純なる労務に過ぎず、なんらの学識、経験、技能等を要するものではなかつたこと、従来右職場には小学校卒業程度の者が大部分を占めていたこと、被申請会社には職員と工員との区別はあるが、工員にあつては学歴の如何によつて賃金そ他の諸給与になんらの差別を設けておらないこと、工員にあつては従業学歴詐称を理由にして解雇せられた事例は全く存在しないこと、申請人下山は昭和二十五年六月被申請会社に雇傭され、爾来二年間勤続し、成積も良好で、最初はインチ積のような単純労務に服していたけれども漸次その才能を被申請人に認められ、昭和二十六年九月頃には野帳付といつてインチ材の平均石数を検査するやゝ重要な職場に登用せられ、その後は本件解雇一ケ月前まで女工の監督をしていた等の事実を一応認めることができる。

従つて、かゝる情状の下においては、申請人両名を減給又は出勤停止等の処分に付してこれに反省の機会を与えることが全く無意味なことであるとは毫も考えられず況んや、申請人等を被申請会社に引続き存置せしめることが被申請会社の経営秩序をみだし、企業の生産性を阻害するに至ること明白なるものとは全く考え及ぶことができない。即ち、申請人等には懲戒解雇に値する程不都合な情状は存在しなかつたものというべきである。

二、解雇の承認の有無について

申請人等が、昭和二十七年九月一日、本件懲戒解雇通知書の受領証にそれぞれ署名押印し、且つ当日迄の賃金を一応受領したことは前記の如く当事間に争がない。そこで、かゝる事実が本件解雇の承認を意味するか否かについて考察する。申請人等の疏明によれば、申請人等が本件解雇通知書の受領証に署名押印したのは被申請人より強要されて行つたことであり、また、解雇当日までの賃金を一応受領したのは、申請人等が請求もなさないのに被申請人が一方的に昭和二十七年九月四日頃郵送してきたゝめ、やむを得ず封も切らずに保管している状況であることを一応認めることができるから申請人等は本件懲戒解雇を承認しなかつたものといわなければならない。

三、およそ懲戒解雇における懲戒解雇該当事由の存在と、懲戒解雇に処すべき情状の存在とは車の両輪の如きものであつて、何れの一を欠くも懲戒解雇は成立しないものといわなければならない。本件就業規則第三十二条本文が「左の各号の一に該当するときは懲戒解雇する。但し、情状によつては出勤停止又は減給に処することがある。」と規定しているのはまさに、右の理を宣言したものというべきである。而して、本件において申請人等に形式的には懲戒解雇に該当する事由が存在するけれども、懲戒解雇に値する程、悪性の情状は存在しないこと前認定のとおりであるから、被申請人が申請人等に対し、減給又は出勤停止等の処分を全然考慮に入れることなく、一挙に、本件懲戒解雇に処したことは前記就業規則第三十二条の正当な適用を誤つたもので無効というべきである。

従つて、申請人等はいずれも被申請会社の従業員としての地位を回復し、本件解雇当時の労働条件に従つて、待遇せられなければならない。これを賃金についていえば、被申請人は、その責に帰すべき事由により申請人等の就労を不可能にしたのであるから申請人等に対し、本件解雇当時の一般賃金基準に従い、右同日に遡及して賃金を支払うべき義務がある。そこで、疏明によれば、本件解雇当日たる昭和二十七年九月一日当時の申請人等の諸給与は別紙目録記載のとおりであることが一応認められるから被申請人は申請人等に対し、右同日よりそれぞれ別紙目録記載の諸給与を支払うべき義務を負うものといわなければならない。

四、仮処分の必要性について

疏明によれば、申請人宮武は母、妻、子供二人、同下山は父母、及び妻の各家族を擁し、従来殆んど申請人等の給料によつて生活を維持してきたこと、並びに申請人等は本件解雇以後なんらの定職を有していないこと等を一応認めることができる。従つて、申請人等が現下の社会状勢のもとにおいて、解雇が一応無効であるにも拘らず本案判決確定に至るまで解雇者として取扱はれることは著しい経済上の不利益であるのみならず、従業員としての待遇を停止されることによつて蒙むる労働意慾の減退その他の精神上の苦痛は甚大なるものがあるといわなければならない。尤も、疏明によれば申請人宮武は自己名義の住宅一戸を所有し、同居の母は衣類の行商等をなして、毎月数千円の生活費を右申請人に提供していること、並びに、申請人下山は父名義の住宅に居住し、妻は日傭を行つていること等の事実をも認めることができるけれども、かゝる事実は申請人等が差し当り住居に事欠かず、又飢餓をしのぎ得るとの一事を推測せしめるに止まり、貯金その他みるべき資産の疏明なき本件においては申請人等が本件解雇により生活困難を来たさないということはできない。

然しながら、申請人等の本件申請中賃金の支払に関する部分は、その中既に履行期の到来した昭和二十七年九月分の賃金については申請人等がその支払を受けていないため差し迫つた必要性あるものと推察し得るけれども、その余の将来における賃金請求権については被申請会社の任意の履行にまつのが相当であると認められるから、この部分に関する仮処分の必要性は存在しないものと考える。

五、よつて、本件仮処分申請は爾余の点について判断をなすまでもなく右認定の限度において一応その要件を具備しているものと認められるから主文のとおり決定した次第である。

(裁判官 猪股薫 中村義正 古川純一)

(別紙目録省略)

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