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札幌地方裁判所 平成3年(む)219号 決定 1991年5月10日

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

一  本件準抗告申立の趣旨及び理由は、弁護人ら作成の準抗告の申立書に記載されたとおりであるからこれを引用するが、その要旨は「①被疑者は、ニュージーランド国籍を有する外国人であり、捜査当局及び裁判所が外国人に対して逮捕、勾留という強制捜査をするに際しては、国際人権規約の趣旨等により、外国語使用原則に基づいて被疑者の取調等をなすべきであるにもかかわらず、本件においてはそのような原則は全く守られておらず、従って、被疑者は国際人権規約及び憲法三一条に違反する違法、不当な逮捕、勾留によって身柄を拘束されているものであるから、速やかに釈放されるべきである。また、外国人が被疑者である場合の勾留質問手続等については、最高裁事務総局の通達や書式例集などからしても、勾留裁判官は自らの身分を明らかにした上、勾留質問の意義を説明し、併せて勾留の要件及び効果の説明をすることが予定されており、また勾留状謄本の交付についても英文による書類受領書が交付され、その意味を理解して署名することが予定されている。しかるに、本件の勾留担当裁判官は、右のような説明を全くしておらず、また被疑者は、本件勾留手続において英文の書類を何ら渡されていないのであるから、本件勾留手続には外国語使用原則を履践していない重大な違法があり、本件勾留は憲法三一条に違反するものとして無効であり、従って、本件勾留取消請求却下決定も取り消されるべきである。②被疑者には罪証を隠滅するおそれはなく、また逃亡のおそれもないから、勾留の要件自体が欠如している。」というにある。

二  以下、所論に鑑み、本件の逮捕、勾留手続の適法性について検討する。

1  一件記録によれば、本件の被疑事実の要旨は、「被疑者は、平成三年四月二六日午前四時三〇分ころ、札幌市中央区<住所略>ハートピア七七出入口玄関前において、金兵勝也所有にかかる現金一万七四九四円位及び国民健康保険証等六点在中の財布一個(時価合計二万五五〇〇円相当)を窃取した。」というものであるところ、被疑者が本件罪を犯したと疑うに足りる相当な理由が認められる。

2  そこで、前記①の主張について検討するに、一件記録及び当裁判所の事実調べの結果によれば次の各事実が認められる。

ア  被疑者は、平成三年四月二六日午前五時三五分ころ、札幌市中央区<住所略>付近路上を走っていたところを札幌方面中央警察署の警察官に発見され、その後まもなく同署薄野警察官派出所に任意同行を求められて同派出所に赴き、同日午後零時一五分ころ、同警察署において、本件被疑事実に基づいて、通常逮捕されるに至った。捜査当局は、被疑者が外国人であったところから、右逮捕当時から英語の通訳人を介して被疑事実の読み聞けや弁護人選任権を告知するなどしながら被疑者の取調べを続けていたが、被疑者は、早急に弁護士を呼ぶべきことを要求するとともに、捜査官の取調べに対しては、弁護士の立会なしでの応答を拒否し、あるいは被疑事実については当時の記憶が全くないので分からないなどという供述を続けていた。そして、被疑者は、同月二七日浅野元広・村岡啓一両弁護士を本件の弁護人として選任した。

イ その後、検察官は、同月二七日札幌簡易裁判所に被疑者の勾留請求をなし、同月二八日同裁判所で勾留質問が実施されたが、その際、勾留担当裁判官は、同裁判官が選任した英語の通訳人を介して当該手続を進めるとともに、被疑者に対し、勾留質問に先立って黙秘権を告知し、被疑事実を告げ、また被疑者からの質問に対しては、右勾留質問は裁判官が裁判所において実施していることを説明したうえで被疑者の弁解を聴き、立会書記官が勾留質問調書の内容を読み聞けし、被疑者に右調書に署名、指印させ、勾留質問の手続を終了した。

3 そして、当裁判所の事実調べの結果によれば、同裁判官は、本件勾留質問に際しては、右イで認定した手続以上に勾留質問の意義や勾留の要件、効果などについて特に具体的な説明をしていなかったことが認められるところ、右のような説明をすることは被疑者保護のためにより望ましい措置であることは当然であるけれども、刑事訴訟法六一条、二〇七条によれば、「被疑者の勾留は、被疑者に対し被疑事件を告げこれに関する陳述を聴いた後でなければこれをすることができない。」と定めているにとどまり、前記イで認定した手続が履践されている本件にあっては、所論のような説明をしていなかったからといって、そのことから直ちに本件勾留質問手続が違法になるものと解することはできない。さらに、本件勾留手続において、英文の書類受領書が被疑者に交付されなかった旨主張する点については、そもそも本件においては被疑者に交付すべき勾留関係書類はなかったのであるから、弁護人らの主張は採用することができない。

4  以上によれば、本件の逮捕、勾留手続には弁護人らの主張するような違法な点があったとは認め難いから、弁護人らの前記主張は理由がない。

三  次に、弁護人らの前記②の主張について検討するに、一件記録によって認められる本件の罪質・態様、被疑者の弁解内容及び生活状況等に照らすと、被疑者には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものというべきであり、また逃亡すると疑うに足りる相当な理由があり、勾留の必要性も認められるから、弁護人らの右主張も採用できない。

四  よって、本件勾留取消請求を却下した原裁判は相当であり、所論に鑑み、記録を検討しても他に原裁判が違法であると認むべき事情は存在せず、本件準抗告の申立は理由がないから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官中野久利 裁判官吉村正 裁判官伊東顕)

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