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札幌地方裁判所 平成2年(わ)517号 判決 1991年7月22日

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人は、法定の除外事由がないのに、平成二年五月一九日から同月二四日までの間、札幌市内又はその周辺地域において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン若干量を自己の身体に摂取し、もって覚せい剤を使用した。

第二  被告人は、同年六月一四日札幌地方裁判所に公訴提起された自己に対する覚せい剤取締法違反被告事件につき、自己の意思により覚せい剤を使用したものでないように画策して処罰を不当に免れようと企て、同年八月一四日から同月末ころまでの間、札幌<番地略>所在の札幌拘置支所内において、Fに対し、同人が被告人の飲んでいた缶ビールの中に覚せい剤を入れた旨虚偽の事実を証言するように依頼し、同月末ころ右Fにその旨を決意させ、よって、同人をして、同年一〇月一六日、同月三〇日及び同年一一月五日、同市中央区大通西一一丁目三番地所在の札幌地方裁判所における右被告事件の各公判期日において、証人として宣誓のうえ、弁護人、検察官及び裁判官から尋問を受けた際、真実は右Fにおいて被告人が飲んでいた缶ビールの中に覚せい剤を入れた事実も認識もないにもかかわらず、「本年五月中旬ころ、甲の宿泊先のホテルのロビーで二人で缶ビールを飲みながら話をした際、自分の背広のポケットの中から覚せい剤の結晶一粒がみつかった。まずいなと思って、甲が飲み終わったと思った缶ビールの中に捨てたところ、缶の中にはまだビールが残っていたらしく、甲はそのビールを飲んでしまった。甲の尿から覚せい剤の反応が出たのは、このためであると思う」旨自己の記憶に反する虚偽の陳述をさせ、もって偽証を教唆した。

(証拠の標目)<省略>

(補足説明)

弁護人は、覚せい剤取締法違反の公訴事実に関し、任意同行から尿の提出、緊急逮捕に至る一連の本件捜査手続は、被告人が覚せい剤による重度の中毒症状のため錯乱し、正常な判断能力を欠いた状態を利用して行われたもので、右諸手続とりわけ採尿手続については適正手続を欠き令状主義を逸脱する重大な違法があるから、公訴は棄却さるべきであり、そうでないとしても、尿についての鑑定書は違法収集証拠として排除すべきで、本件覚せい剤の自己使用については被告人の自白以外にこれを証明するに足る証拠が存しないから、被告人は無罪である旨主張している。

一  判示第一の事実に関する前掲各証拠、第二回公判調書中の証人Aの供述部分及び第七回公判調書中の証人Eの供述部分を総合すると、被告人の本件逮捕に至る経緯は、以下のとおりであると認められる。

(1)  平成二年五月二四日午後四時四八分ころ、札幌方面南警察署南九条警察官派出所に対し、「中央区<番地略>○○薬局前に裸になった男がいるので至急来てください」との電話通報があり、これを受けて、同日午後四時五〇分ころ、池田道夫巡査部長、古城譲巡査及び伊達裕一巡査の三名が小型警ら車で右○○薬局前に赴いたところ、被告人が同薬局西側歩道上においてピンク色のトランクスを着用し、上半身裸のまま両手を前に組んだ状態で立っており、その足元には白色スウェットウエア上下、白色靴下一足、ピンク色トランクス一枚及び白色靴一足が置かれていたこと

(2)  そこで、右池田巡査部長らが被告人に職務質問を実施したところ、当初被告人は、「お祈りをしている」などと答えて経文のような言葉を口走るのみで、住所・氏名・生年月日などについての質問にも応ぜず、服を着るように説得しても「三分間待ってください。お祈りさせてください」などと返答するのみであったこと、その後被告人は、「子どもが来るので待っていてくれ」などと何回となく言い、しかもその間、さかんに唇をなめまわすなどしたため、覚せい剤使用の疑いを抱いた同巡査部長が露出している被告人の両腕を見たところ、両腕に古い注射の跡のような青か黒っぽい痕跡を認め、更に左腕の関節付近に内出血したような一見新しい赤い斑点を認めたこと、同巡査部長らは、被告人について覚せい剤使用の嫌疑が濃厚であるとして、前科前歴を照会すべく、再度被告人に氏名などを問い質したところ、今度は「住所は赤平市<番地略>、名前は甲です。生年月日は昭和二一年四月三〇日です」と明確に答え、これに基づき前科前歴の照会をした結果、被告人に覚せい剤取締法違反の前科六件など前科が二一件あることが判明したこと

(3)  そのため、右池田巡査部長は、被告人に対し覚せい剤使用の有無を尋ね、被告人が素直に使用を認めたことから、同日午後五時二五分ころ、被告人に対し尿検査を実施すべく南警察署への任意同行を求めたところ、被告人が最初これを拒否し、「お祈りを始める。三分間待ってください」と口走り、更に「子供が今来ますから待ってください」などと叫んだりしたため、南九条警察官派出所への同行を求めたこと、これに対し被告人は、警察車両への乗車は拒否したものの、徒歩での同行には応じたため、同巡査部長らが被告人を伴い歩いて右派出所に赴き、その後被告人の承諾を得たことから、同巡査部長らは被告人とともに警察車両で南警察署に向かったこと、なお、被告人は、その間、自分の名前を大声で怒鳴ったり、「息子はどうした」とか「息子に会わせろ」などと大声で言ったりしていたが、右派出所内や南警察署へ向かう車両内で同巡査部長から再度覚せい剤の使用について尋ねられた際にも、その都度これを認めていたこと

(4)  被告人を乗せた警察車両は同日午後五時五〇分ころ南警察署に到着し、同署において、柳原正章巡査部長が被告人に対し事情聴取を開始したところ、被告人は急に立ち上がり、大声で「人類のためにお祈りしている」「蛇がはっている」などと口走り、約一〇数分間錯乱状態にあったが、その後落ち着きを取り戻し、同巡査部長の質問に対し、「甲、四四歳、三日くらい前に刑務所を出てきたばかりだ」などと答えた(なお、そのころ、石塚肇巡査は、比較的落ち着いていた被告人に対し、「シャブをどこに打ったのか」と尋ね、その問いに応じて被告人が指で示した左腕の関節内側を写真撮影した。)こと、その後、被告人は、約一五分間隔で、異常な言動を示す錯乱状態と落ち着いた平静な状態を繰り返していたが、同巡査部長及び阿部泰生巡査らが被告人の状態が落ち着くのを見計らって、被告人に対し尿を提出するように説得し、この説得に応じた被告人は、同日午後七時四〇分ころ便所に行き放尿を試みたが放尿できず、同巡査部長らに対し「もう少し休んでからなら出ると思う」と申し出たこと、そこで同巡査部長らは、被告人をその申し出により休憩させていたが、被告人が「どうも出ない。水かお茶をくれないか。お茶でも飲めば出ると思う」と言ったため、ガラスコップで水を与え、被告人がこれを飲み干したこと

(5)  被告人は、再び錯乱状態を呈したりしていたが、平静な状態になっていた同日午後八時二〇分ころ及び同日午後九時ころにも自ら申し出て便所で放尿を試みたがいずれも放尿に至らなかったため、その都度休憩し、その間もその後も約一五分間隔で右のような錯乱状態と平静な状態を繰り返していたが、平静な状態にあった同日午後九時四〇分ころ、「今回は出るかも知れない。出してみる」などと言って再度便所に行き、同日午後九時五〇分ころ、自ら手に持った採尿用紙コップに放尿し、これを右阿部巡査らに提出したこと

(6)  その後被告人は、尿の任意提出書、所有権放棄書、尿を提出することについての同意書にそれぞれ署名、指印したほか、右任意提出書提出物件欄の品名欄に「尿」、数量欄に「80㏄位」、提出者処分意見欄に「いりません」、右所有権放棄書目録欄の品名欄に「尿」、数量欄に「80㏄位」、右同意書の住所欄に「赤平市<番地略>」などと、若干乱れた文字ながらそれぞれ自ら記載しているが、被告人はこれらの書類を作成する際にはいずれも平静な状態にあったこと

(7)  なお、南警察署における取調べ開始後右尿の提出に至るまでの間、被告人は赤平市に両親がおり、S子という姉妹が両親の面倒をみていることやその実家の電話番号を述べたが、これらはいずれも真実であることが確認されていること

(8)  右尿の任意提出後も、被告人は、錯乱状態と落ち着いた状態を繰り返していたが、翌二五日午前一時二六分に被告人の尿に覚せい剤の含有が認められたとの電話回答があったことから、同日午前一時三〇分覚せい剤使用の容疑で緊急逮捕されたこと

(9)  被告人は、右○○薬局前で職務質問を受けてから緊急逮捕されるまでの間、右池田巡査部長ら警察官から強制力を加えられたことはなく、また一度も医師の診察を求めたり、帰宅しようとする行動にも出ていないうえ、一貫して覚せい剤の使用について自認していたこと

以上の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

二  以上認定した事実によれば、被告人は、○○薬局前路上で警察官らの職務質問を受けてから緊急逮捕されるまでの間、明らかに異常と思われる行動をとったり、言葉を発したりしており、当時被告人は、覚せい剤の影響下にあったことは明らかである。しかしながら、右の当時における被告人の症状は、錯乱状態が間断なく続いていたというものではなく、約一五分間隔で錯乱状態と落ち着いた平静な状態が繰り返されていたもので、落ち着いた状態のときには、警察官の質問に対し、覚せい剤使用の事実を自認しているばかりでなく、住所・氏名・生年月日のほか、実家の電話番号まで正確に答えるなど、かなりの判断力を有していたことが窺われる。

そこで、まず、○○薬局前路上から南九条警察官派出所、更に同派出所から南警察署への警察官らによる被告人の任意同行についてみると、警察官らは、終始被告人の同意を得たうえで行動しており、この間、不法な有形力を行使したり、あるいは錯乱状態に乗じるなどして無理矢理連行する行動は一切とっていないことが認められ(現に、被告人は、当公判廷において、警察官らと一緒に○○薬局前から右派出所へ赴いたことについて記憶があり、これを拒否したり抵抗したりしたことはなかった旨供述している。)、右任意同行に関する警察官らの行為に違法な点は認められない。

次に、尿の提出行為についてみるに、被告人が南警察署に到着してから排尿するまで約四時間に及んでおり、この間、警察官数名が、右警察署内において、被告人に対し、事情を聴取したり尿を提出するよう説得にあたったことが認められる。しかしながら、この間、被告人が帰してくれるよう要求したことや、警察官らが有形力を行使して排尿を強要しようとしたりしたことはなかったうえ、被告人は、警察官からの尿提出の求めに対しこれを拒否する態度をとったことはなく、却って、これに積極的に応じる態度を示し、落ち着いた状態のときに、数回排尿のため便所へ行ったものの尿が出ない状態が続き、ようやく午後九時五〇分になって排尿するに至ったことが認められる。しかも、被告人は、右尿の提出直後、任意提出書、所有権放棄書、同意書の各書類に、若干乱れた字ながらも署名やその他の事項を自ら記載するなどしていることも明らかである。以上に加え、被告人自身、当公判廷において、尿を提出した時点の意識は大体はっきりしていた旨供述していることなどを合わせ考慮すれば、本件における被告人の尿の提出行為は、被告人がその意思に基づき任意になしたものというべく、本件採尿手続についても違法があるとは認められない。

その他関係証拠を精査しても、判示第一の事実に関する一連の捜査手続に違法があったとは認められず、したがって、これを前提とする弁護人の主張はいずれも理由がない。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和五九年七月一九日札幌地方裁判所で覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年二月に処せられ、昭和六〇年八月一八日右刑の執行を受け終わり、(2)その後犯した覚せい剤取締法違反の罪により同年一二月三日札幌地方裁判所で懲役一年六月に処せられ、昭和六二年五月一三日右刑の執行を受け終わり、(3)その後犯した覚せい剤取締法違反の罪により昭和六三年六月八日札幌地方裁判所で懲役二年に処せられ、平成二年五月一八日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は、被告人の司法警察員に対する平成二年一二月一九日付供述調書、検察事務官作成の同日付前科調書、札幌地方裁判所昭和六〇年一二月三日宣告の調書判決謄本及び札幌地方裁判所昭和六三年六月八日宣告の判決書謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に、判示第二の所為は刑法六一条一項、一六九条にそれぞれ該当するところ、判示各罪は前記の各前科との関係で四犯である(なお、偽証教唆罪については、教唆行為の時点を基準として累犯の要件を判断すべきものと解する。)から、いずれも同法五九条、五六条一項、五七条によりそれぞれ累犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、被告人が覚せい剤を自己使用し、その後、同事実に関する覚せい剤取締法違反被告事件につき、その処罰を免れようと企て、札幌拘置支所内において、同房となったFに対し、判示のとおり偽証を教唆したという事案である。まず、本件覚せい剤の自己使用の点についてみるに、被告人は昭和五四年以来覚せい剤取締法違反の罪により五回(うち三回は本件と累犯前科の関係にある。)懲役刑に処せられていずれも服役しているにもかかわらず、前刑出所後わずか一週間足らずのうちにまたしても判示第一の犯行に及び、しかも、覚せい剤使用の影響により、異常な言動を示す錯乱状態となり、一般市民からの通報により右犯行が発覚したものであるが、被告人は、前刑の覚せい剤使用後も錯乱状態となり、商店に押し入ったところから前刑の裁判を受けるに至ったというのであって、前刑の裁判を何ら戒めとせず、いともたやすく右犯行に及んだもので、被告人の覚せい剤に対する親和性はかなり強固なものがあると認められ、再犯のおそれも大きいといわざるを得ない。また、本件偽証教唆の点については、被告人が他の者に働きかけて裁判を誤らせ、自ら犯した罪を免れようと目論んだものであって、刑事司法の根幹を揺るがす犯罪としてまことに悪質というほかはなく、しかも、その教唆行為の態様は、偽証をすることで自らの刑事責任が増大しないかと心配する右Fに対し、三〇〇万円の報酬を約束して説得にあたり、また同人が転房となった後にも他の同房者の名前を利用して右Fとの接触を図り、更に他の同房者に対しても口止めをして罪証隠滅を図るなど執拗かつ周到である。以上のような諸事情に鑑みれば、犯情は大変悪く、被告人の刑事責任は相当に重いといわなければならない。

したがって、被告人が自己の覚せい剤使用に関する刑責を免れるのに汲々として種々な弁解や陳弁を弄していた態度を改め、現在では本件各犯行を認めて反省の情を示していること、今後は覚せい剤使用の悪習を絶つことを誓い、札幌を離れて覚せい剤仲間と縁を切る決意を披瀝していることなど、被告人のため有利に斟酌すべき事情を十分考慮に入れても、主文掲記の刑はやむを得ないというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤學 裁判官河合健司 裁判官栗原正史)

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