大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和53年(あ)643号 決定 1979年11月19日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人吉永精志、同羽成守、同三宅雄一郎の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決がどのような判例に違反するか具体的に指摘しないから不適法な主張であり、その余は単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。

なお、刑法二三七条にいう「強盗ノ目的」には、同法二三八条に規定する準強盗を目的とする場合を含むと解すべきであつて、これと同旨の原判断は正当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(木下忠良 大塚喜一郎 栗本一夫 塚本重頼 鹽野宜慶)

弁護人吉永精志、同羽成守、三宅雄一郎の上告趣意

第一、上告趣意の要旨

一、原判決は、最高裁判所の判例がない事項につき法律の解釈を誤まつた違法があるので、刑事訴訟法第四〇五条三号、同第四一〇条一項本文により破棄されるべきである。

二、原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の違反ならびに重大な事実誤認があり、これを維持することは著しく正義に反するから刑事訴訟法第四一一条二号または三号により破棄されるべきである。

第二、上告理由(その一)

(一) 被告人の「窃盗の意思」につき、原判決は、「いつたん帰宅を決意したことにより減衰あるいは消滅したものと認められるが、終電車のため池袋駅で降ろされて帰宅を断念せざるを得ず、……不確定的なものに過ぎないとすることはできない」旨判示している。しかしながら、右判示は証拠の判断を誤り、もしくは何らの証拠によらずに誤つた事実を認定したものであり、右認定は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認であつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものであるから刑事訴訟法第四一一条三号により原判決は破棄せらるべきである。

(二) 原判決は、次のような理由で、被告人の「窃盗の意思」が「具体性のない莫然とした不確定的なものに過ぎないとすることはできない」という。

すなわち

(1) 被告人が下宿先を出る際の意思は、ある程度強固なものがあつた。

(2) その意思は、一旦帰宅を決意したことにより減衰あるいは消滅したものと認められる。

(3) 池袋駅で降ろされたとき、帰宅を断念せざるを得なかつた。

(4) ビル街に出た時点では「窃盗の意思」を再燃したものとみるに十分。

(5) ビルを物色しながら徘徊していた事実を明認できる

というのである。

(三) (1)につき、当弁護人らは、第一審以来、被告人の「窃盗の意思」なるものは、もし機会があれば窃盗でもしようという莫然たるもので、その意思を現実化する具体性に全く欠けていたものであることを被告人の行動に照応して縷々述べてきた。原判決も、これらの主張を無視することができず、被告人の窃盗の意思を「ある程度強固なもの」という程度でしか認定することができなかつたのである。すなわち、盗みをしようという意思はあるものの、その目的地も方法も、時期も定まらず、下宿を出た被告人に、「強固な」窃盗の意思の存在を認めることは不可能であつたのである。

ちなみに、窃盗をしようという時期が不明ということは、結局、いつ実行するかわからないということであり、あえていえば実行するかしないかさえ判然としていないということであつて、当弁護人らは、これらのことをとらえて、被告人の窃盗の意思などというものは莫然とした不確定なものである旨主張し続けて来たのである。

原判決は、一旦、上述のような「ある程度強固な意思」を認めながら、(2)でその意思が「減衰あるいは消滅」したと認定している。これについては、その前提である「意思」の強弱についての問題は残るが、当弁護人らにおいても主張し続けているところであつて、原則として是認できるものである。

(四) しかしながら、原判決は、(3)ないし(5)において、一挙に論理を飛躍させ、何らの証拠に基づかずに事実を推断するという誤りを犯した。

まず(3)につき、被告が「帰宅を断念した」とあるが、被告人は、始発電車がくるまでの二〜三時間の休息の場所を求めていただけであつて帰宅を断念した」わけではないことは被告人が第一審以来終始供述しているところである。この事実は重要である。すなわち、原判決は、「帰宅を断念した」という構成をとることによつて、以後の被告人の行動から、始発電車がくるまでの休息場所を求めていた、という理由を排除し、被告人の一挙一動をすべて「窃盗」の意思にもとづく「物色しながら徘徊」という行為に結びつき、そのように断定しても「十分」であり、「明認」できるとまで言い切つているからである(第四丁裏、第一〇丁)。

(五) しかし、ビル街に出た時点の周囲の状況は、控訴趣意書に詳述(一〇頁以下)したところであり、少くとも、被告人が「ビル街に出た時点では右窃盗の意思が再燃したものとみるに十分」であると認定するに足る証拠は何ら発見できない。

さらに、「ビルを物色しながら徘徊していた事実を明認できる」としている(5)の判示についてみれば、却つて、被告人を逮捕した巡査片山耕一の原審における「被告人は喫茶店を探しているようにみえた」旨の証言により、否定されるべきものであると解される。

(六) なお、前記(4)の、「再燃した」窃盗の意思なるものは字句通り解すれば、(1)の「ある程度強固なもの」が「再燃した」というべきであるが原判決は、突如として、「これらの意思は相当強固なものがあり、かつ確定していたもの」と認め(第一〇丁)、ここに至つて、(1)で「ある程度強固なもの」と認定していた被告人の意思を「相当強固」「確定していた」と飛躍させてしまつたのである。そして、このように事実を認定した理由の一つとして、原判決は、「(窃盗の)実行に着手したのちもし他人に見付かつたならば逮捕を免れるため所携の兇器等で脅して逃げる旨を一貫して供述している」ことをあげている。しかし、被告人が、「脅して逃げる」旨を一貫して供述してきた趣旨は、捜査官から被告人所携の兇器等を何の目的で使用するつもりであつたのかを問われた際に、使用目的の説明として、「どこかにどうぼうに入り、若し住んでいる人に見つかつたらその者達を脅す」と答えた(昭和五一年一一月二日付検面、同年一〇月二五日および同年一一月四日付員面調書等)だけであつて、右供述は、盗みに入ることを前提とし、かつ確定したものとして答えたものではない。

(七) 原判決は、その被告人の真意を徒らに曲解し、前記供述の文脈を無視して、あたかも盗みに入ることはすでに確定していたかのように解したものであり証拠の判断を誤り、被告人に不利に事実を誤認したものであつて、右誤認は判決に重大な影響を及ぼすべきものであり、著しく正義に反するものであるから刑事訴訟法第四一一条三号により原判決は破棄せらるべきである。

第三、上告理由(その二)

仮に被告人に「万が一人に見つかつた場合に脅して逃げる意思が存したとしても、右の如きいわゆる事後強盗の意思しか存しない場合には、刑法二三七条の強盗予備は成立しないものであり、原判決が要旨「事後強盗の意思しか存しない場合にその行為者の窃盗並びに暴行・脅迫についての意思の強度並びに確定の程度によつてその成否を決すべきものと解するのが相当である」として事後強盗の意思でも強盗予備罪が成立する場合のあることを認めているのは明らかに刑法二三七条の法令解釈を誤まつている(尚、過去、大審院、高等裁判所、最高裁判所において事後強盗の意思で強盗予備罪が成立するかについて判示された例は存しない。)。以下その理由を述べる。

(一) そもそも予備罪は一般原則の例外として特に処罰されるものであり、又、予備行為というものが宿命的に非類型的、無限定なものであるからその予備罪成立の範囲はできるだけ厳格に画さなければならないこと刑法の原則から当然である。

(二) 単純強盗と事後強盗とは全く類型が異る。確かに原判決もいうとおり、事後強盗も財物の占有侵害並びに暴行・強迫の要素を含んでいるが、単純強盗が財物奪取の手段としての暴行・脅迫であるのに対し、事後強盗が逮捕を免れる等自己防衛の為の手段としての暴行脅迫であり、その暴行脅迫使用の目的性の違いは、右二つが質的、類型的に全く異なることを示すものである。

すなわち、事後強盗は強盗を以て論ずとされても、あくまで強盗ではなく結果的(実害的)に財物占有侵害もしくはその未遂と暴行・脅迫が結合されるから法定刑を同じく処罰されるにすぎないと解すべきである。従つて、未だ実害の出ない準備段階においては大きな差異があり強盗予備罪の成否に差異を設けてしかるべきである。

(三) 条文上の配列において強盗予備は刑法二三六条の直後に規定され、事後強盗はその後に規定されているが、原判決は単に条文の配列のみでは事後強盗の意図が強盗予備罪にいう「強盗の目的」に含まれないとするのは相当でないと判示する。しかし、条文の配列というものはむやみになされているものでなく、他の予備罪において予備罪規定より後に規定された犯罪を目的とする予備をも処罰するものは全く見当らないこと、法律解釈上において前に規定された条文を後に規定されたものに適用するには明確な準用規定若しくは是非とも類推、準用さるべき理由が存しなければならないのが一般であり、特に人権侵害の危険のある刑法においては被告人に不利益に類推解釈することは避けなければならないことを考えると、条文の配列という形式的理由により事後強盗の意図しかない場合には強盗予備が成立しないとするのは十分に理由がある。

(四) 事後強盗は一種の身分犯であるから、未だその身分を取得していない者の行為に事後強盗の予備の構成要件充足ということはあり得ない。この点に関し、原判決は「およそ予備というものは犯罪の実行に着手する以前に特定の犯罪の準備行為をするものであるから、窃盗の実行行為に着手していないことを論拠に本罪の成否を云々するのはあたらない」とする。

しかし、事後強盗においては、前述のとおり財物窃盗に、結果として、暴行・脅迫が結合されるからこそ、すなわち、暴行・脅迫した際に、当該人が窃盗犯人であることを要求されるという意味での身分犯であるからこそ、強盗と同様に処罰されるのであり、結果犯的なものであり、結果が生じて、初めて犯罪の成否が問題となる犯罪であるので、かかる意味において、予備では構成要件充足ということはありえない。

(五) 刑法二三七条の「強盗の目的」は確定していなければならないとされるが、事後強盗の意図しか存しない場合には本来的に不確定である。原判決は事後強盗の意図しか存しない場合がその段階的発展、条件にかかることから観念的には当然に不確定であることを認めながら、この犯罪の成否は具体的にその意図の強度、程度により決定しなければならず、一律に不確定とはいえないとする。しかし、その理由は明らかではない。その「強盗の目的」の確定性とは当然に暴行脅迫をなす意思の決意の固さということであろうが、事後強盗の意図については、その段階的発展ということ、その発展が人に発見されるという条件にかかつていることで辻強盗、押し込み強盗に比し、観念的にばかりではなく、(まさに原判決の問題とする)具体的にも、常に暴行脅迫への実行意思が弱いものである。更に右のことを詳述すると事後強盗の意図しか存しない場合には、あくまで第一次的には窃盗の意思しか存しないのであり、人のいないところ、人が看守しないところ、若しくはその可能性のないところを選ぶものであり、人に見つかること、及び暴行強迫の意図というのは窃盗の意図がいかに強くとも二決的三次的なものであり、又、仮に人に見つかつた場合にも、逮捕を免れるためなどの意図であるから単純強盗の意図が積極的(意欲的)攻撃的であるのに比し、消極的(非意欲的)、防禦的なものに過ぎず、かかる二つの意味において、その暴行脅迫の意図が単純強盗において確定性があるとして「強盗の目的」と評価される場合と同程度に確定的として評価を受ける場合があると想定することは出来ない。

(六) 最後に事後強盗の意図しか存しない場合にはその主観的な悪性という面で単純強盗の意図の場合と大きな差異、質的差異を認めるべきである。

原判決は、事後強盗の発生が件数的にある程度の割合を占めることが経験的に明らかであることなどを理由として早期にその企図を発見して意図する犯罪の発生を防止する必要性の高いこと通常の強盗の場合と異ならないとして事後強盗の意図しか存しない場合にも強盗予備の成立する可能性を認めている。しかし事後強盗の発生率が、ある程度とはいかなる程度か(注目すべき程度)明かでなく又経験的に相当程度といつているが何を根拠としているのか全くわからない。弁護人らが調査した結果犯罪白書、警察白書犯罪統計年表等にも事後強盗および強盗予備の発生件数を示したものは見当らず、それはとりもなおさずさほどの件数的には注目すべきものでないことを示すものであり、原判決は何の根拠もなく、「経験的に」と述べているにすぎないことは明らかである。

又、事後強盗の発生割合、危険性が原判決の述べるごとくであつたとしても通常の強盗と同様に事前に発生を防止するため強盗予備を成立させてもよいことには直接結びつかない。すなわち、事後強盗は単純強盗と処罰を同じくされるからといつて罪質まで同じわけではなく明らかに事後強盗の方が軽いものであり、本罪においても差異を認めねばならず、ましてや予備の段階においては尚更である。事後強盗の意図しか存しない場合には前述のとおり本来的に不確定であり消極的(非意欲的)防禦的であることから、その当該人の悪性は全く異なりそこに大きな差異、質的差異を認めるべきである。そして、右差異は強盗予備罪を否定する程の差異であると考えられるものである。右のことは前述(一)の予備罪成立は厳格に画さなければならないことからも首肯されるものである。

(七) ところで、事後強盗の目的をもつてする強盗予備罪の成否について最高裁判所において判断された事案はなく、かつ、大審院および高等裁判所における先例も発見しえなかつた。仮にこれらにおける先例が、予備罪の成立を否定するものであれば刑事訴訟法第四〇五条三号に該当することは明らかであるが、仮に先例がない場合でも同条同号に該当するものというべく、原判決はこれに該当するから破棄を免れない。

(八) また、この点につき原判決は法令の適用を誤まつていることは明らかであるから、刑事訴訟法第四一一条一号に該当することは疑いない。

(九) よつて、原判決は破棄されるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例