大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(行ツ)132号 判決 1978年11月24日

上告人 東京都地方労働委員会

右代表者会長 浅沼武

右訴訟代理人弁護士 山本耕幹

右指定代理人 田中庸夫

阿部裕行

参加人 建設関連産業労働組合

右代表者執行委員長 北信郎

右訴訟代理人弁護士 井上庸一

被上告人 株式会社寿建築研究所

右代表者代表取締役 泉川博

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山本耕幹、同田中庸夫、同阿部裕行の上告理由第一点について

原判決が本件救済命令を違法であるとしたのは、被上告人の団体交渉拒否が労働組合法(以下「法」という。)七条二号所定の不当労働行為に該当しないにもかかわらずこれを該当するとして救済を命じたことのゆえであり、本件救済命令における是正措置の内容が適切を欠くことのゆえでないことは、その判文に徴し明らかである。ところで、法二七条に基づく救済の申立があった場合において労働委員会はその裁量により使用者の行為が法七条に違反するかどうかを判断して救済命令を発することができると解すべきものではなく、裁判所は、救済命令の右の点に関する労働委員会の判断を審査してそれが誤りであると認めるときは、当該救済命令を違法なものとして取り消すことができるものというべきである。これと同旨の見解のもとに前述の理由により本件救済命令を違法であるとした原審の判断は、正当である。所論引用の判例は、使用者に法七条違反の行為があると認められる場合にいかなる内容の是正措置を命ずるかについて労働委員会の広汎な裁量権を認め、是正措置の内容の適否について裁判所の審査に限界があることを判示したものにすぎないから、本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

上告代理人山本耕幹、同田中庸夫、同阿部裕行の上告理由第二点及び参加人代理人井上庸一の上告理由第一、第二について

原判決が被上告人は誠意をもって団体交渉に応ずべき義務を尽くし昭和四八年一月一七日の団体交渉においてもはや交渉の余地がなくなったために団体交渉を拒否するにいたったものであると判断した趣旨であることは、その判文に徴し明らかであり、また、その後団体交渉を再開すべき事情の変更は認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

参加人代理井上庸一の上告理由第一、第三について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、原判決を正解せず独自の見解に基づいて原判決を非難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 栗本一夫)

上告代理人山本耕幹、同田中庸夫、同阿部裕行の上告理由

第一点 原判決は、団体交渉を拒否している被上告人会社に対し、団体交渉拒否を禁じた上告人委員会の命令を違法として取消しているが、右判決は、御庁の判例に違反し、労働委員会の裁量権の範囲とその司法審査の限界に関する労働組合法(以下「法」という。)第七条第二号、第二七条第四項及び行政事件訴訟法第三〇条の解釈を誤り、ひいては労働基本権を保障した憲法第二八条の解釈、適用を誤った違法がある。

一、本件救済命令は、労働委員会の広い裁量権に基づくものである。

上告人委員会が、本件救済命令をなすについて、広い裁量権を有することは御庁の判例(昭和四五年(行ツ)第六〇、六一号、同五二年二月二三日大法廷判決、最高裁判所判例集三一巻一号九六頁)において認められているところである。即ち同判決によれば「法二七条に定める労働委員会の救済命令制度は、労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、これらの権利を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止した法七条の規定の実効性を担保するために設けられたものであるところ、法が、右禁止規定の実効性を担保するために、使用者の右規定違反行為に対して労働委員会という行政機関による救済命令の方法を採用したのは、使用者による組合活動侵害行為によって生じた状態を右命令によって直接是正することにより、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るとともに、使用者の多様な不当労働行為に対してあらかじめその是正措置の内容を具体的に特定しておくことが困難かつ不適当であるため、労使関係について専門的知識経験を有する労働委員会に対し、その裁量により、個々の事案に応じた適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限をゆだねる趣旨に出たものと解される。このような労働委員会の裁量権はおのずから広きにわたることとなる……」ことが認められている。

本件救済命令は、上告人委員会が、裁量権の範囲内において、右の目的、趣旨に照らし慎重に考慮した結果であって、裁判上十分に尊重せらるべきである。

二、本件救済命令は、上告人委員会の裁量権の範囲内である。

労働委員会は、労使関係について有する専門的知識経験により、広い裁量権に基づいて、不当労働行為を構成する事実を認定、評価し、救済命令の要否とその内容の決定を行なうものである。

本件救済命令は、適正な手続きと証拠に基づき、自由な心証に従い、命令書記載のとおり、事実を認定したうえ、被上告人会社が主張する団体交渉拒否の理由を正当でないと判断し、団体交渉拒否を禁止する必要を認め、本件命令主文のような内容の救済命令を発したのであって、後記四に述べるとおり全く適切かつ合理的な裁量権の行使というべきであり、いささかも裁量権の限界を超えていないし、濫用にわたっていないのであるから、前記判例に徴しても裁判所によって右命令を違法として取消される理由はない。

三、本件救済命令に対する司法審査には限界がある。

行政訴訟制度は、裁判を通じて行政の法適合性を保障することを、その目的の一とするものであるから、行政訴訟における裁判所の審査の範囲もおのずから行政が法的拘束を受けている部分に限られ、かような拘束を受けていない裁量事項については、裁判所の審査権は及ばないというべきである。従って、広く裁量権を与えられた上告人委員会の救済命令の適法性が、訴訟において争われる場合においては、右裁量権を与えられた趣旨、目的に鑑み、裁判所は、「労働委員会の右裁量権を尊重し、その行使が右趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではない」ことは前記判例の認めるところである。

従って、本件において、裁判所が審査する対象、内容は、本件救済命令が上告人委員会の裁量権をこえ、又はその濫用があったか否かに限られるべきであって、裁量についての当否については立入るべきではない(昭和二九年七月三〇日第三小法廷判決、最高裁判所判例集第八巻第七号一四六三頁)。ところが、原判決は、右限界を逸脱して、上告人委員会のなした事実認定と判断を下級審的なそれのように考え、その当否について独自な判断を平行的に重ねただけであって上告人委員会の判断の裁量権の範囲の逸脱又は濫用の有無については何らの判断を示していない。右は明らかに権限ゆ越か、審理不尽、又は理由不備というべきである。

四、本件救済命令の内容についての裁量権の行使は適切、妥当である。

本件救済命令は、命令書記載の認定事実と判断に基づくものであって、その間に何ら裁量権の範囲を超え又はその行使が不合理であって濫用にわたると認められるかしはない。

(一) 団体交渉の再開を命ずることは無意味ではない。

労使間の団体交渉が、決裂状態に陥ったとしても、その後使用者である被上告人会社が、命令書記載事実のように参加人組合の再会申入れに応ずる態度を示したこと、また交渉議題であった同一人の解雇問題についてその後二次解雇の問題を生じていること、決裂後度重なる参加人組合の交渉再開申入れに対し、被上告人会社は拒絶しつづけて一年半の時日を経過していること等を綜合勘案して、上告人委員会が行政機関の任務と立場において、団体交渉の余地を生じ、又は余地あるものと認め、被上告人会社に対し「団体交渉を再開することは無意味であることを理由として拒否してはならない」と命令したのは、労働委員会に与えられている広い裁量権の行使として適切妥当な措置というべきである。けだし、労使関係は日々変遷流動するものであって、ある時に譲歩の余地がないとして決裂状態となっても、その後の客観的又は主観的な情勢の変化により、あるいは時日の経過により、話合いの気運を生じ、時には一転して一挙に、または漸進的に解決に至る例はしばしばであり、労働委員会はこのような気運を把握し又は醸成、促進して、労使関係を自主的かつ平和裡に解決するよう助成することは、法が労働委員会に課した重要な任務であって、上告人委員会が慎重に裁量して本件救済命令を発した所以である。

ところが、第一、二審裁判所は、交渉決裂を固定的に考え、再開については事情変更を必要とし、右事情変更の立証責任は参加人組合側にあるとし、第一審判決は、参加人組合において右立証責任を尽していないとし、原判決も同じ立場に立ちながら、日時の経過は、事情の変更に当り、団体交渉が有意義であることを一応認めながら、参加人組合側に団体交渉外に暴力行為があったことを認定し、ひいては、団体交渉中に暴力がふるわれるおそれがあるという被上告人会社の危惧を当然とし、「かような事態の下においては通常日時の経過と共に生じる情勢の変化もしくは妥結の期待は到底のぞみ得ないばかりでなく、交渉を通じて相互の理解を深める契機さえも見出しえないのであって、団体交渉再開の意味を発見しえない」として被上告人会社の団体交渉拒否を正当としているのである。

右は、あたかも本件訴訟が参加人組合と被上告人会社との間の民事訴訟であるかのごとき見解に立つものであって、本件が被上告人会社と上告人委員会との行政訴訟であって、審理の対象は裁量権の権限ゆ越、濫用に限られていることを忘れたものというべきである。

上告人委員会は、情勢の変化、日時の経過等により団体交渉の再開を無意味でないと考え、これを促進するため、被上告人会社のこれに対する拒否の理由を認めず、前述のような本件救済命令を発したものであって、何ら裁量権の濫用にわたるものではない。

(二) 参加人組合が、団体交渉の席上において、暴力をふるうおそれがあるとは認められない。

団体交渉は、平穏、円満に行なわるべきことは当然であってその席上暴力をふるうようなことは許されないし、そのような事態を生じた場合は、その相手方が団体交渉を拒否することは一向に差支えないことは、本件救済命令書において判断しているとおりである。

また、団体交渉の席上暴力がふるわれることが、事前に明らかである場合に、なお団体交渉を命ずることは、不合理のそしりを免れないが、他方被上告人会社のように暴力をふるわれるおそれがあるという主観的危惧だけで、参加人組合の団体交渉権の行使を妨げる理由とすることができないことも明らかである。要はその「おそれ」の客観性と現実性の確度によって拒絶理由の正当性を評価、判断しなければならないと考えるが、右評価、判断は、労働委員会の広い裁量権に基づき、専門的な知識経験による判断に任されているものというべきである。

この点について、上告人委員会は、団体交渉の申入れ又は再開交渉をめぐって、暴力を伴った事実を認定しているが、従来参加人組合が団体交渉の席上で暴力をふるった事例は認められないので、団体交渉の場所、時間等についての紛争も互いに譲歩のうえ団体交渉を再開すれば、「団体交渉の席上で暴力がふるわれるであろうと認めるべき疎明はない」とし、「本来団体交渉は労使間の懸案を早急に円満裡に解決するための制度であり、本件において、会社が現段階に至ってもなお、組合が暴力を振うおそれがあるから団体交渉に応じないと固執していることは正当とは判断できない」としているのであるから、右認定、判断は裁判所においても十分尊重せられるべきである。

原判決は、被上告人会社の暴行に対する危惧を当然とし、かような事態で団体交渉を命ずることは上告人委員会に「裁量権があることを考慮してもなお是認しえない」としているのは、上告人委員会の裁量権を軽視するものであり、司法審査の限界を超えて、上告人委員会の裁量の当否に立入ったものであって違法である。

五、以上要するに、原判決は、本件救済命令が上告人委員会の広い裁量権に基づくものであることについて十分な理解、尊重を欠き、また司法審査の限界、対象である裁量権の範囲逸脱又は濫用の有無について焦点を合わすことなく、その限界を超え、単に上告人委員会の事実認定、判断を続審的に批判して前記命令を取消したものであって、違法というべきである。

右は頭書記載の各法条、判例に違反すること明白であるから原判決は破棄せられるべきである。

第二点 <省略>

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