大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(オ)112号 判決 1977年6月28日

上告人

日本航空株式会社

右代表者

朝田静夫

右訴訟代理人

松本正雄

外七名

被上告人

株式開始岩沢商店

右代表者

岩沢正三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松本正雄、同畠山保雄、同日上弘三、同明石守正、同田島孝、同原田栄司、同石橋博、同堀内俊一の上告理由について

国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(昭和二八年条約第一七号。同四二年条約第一一号による改正前のもの)二二条二項、二四条一項は、国際航空運送契約に基づく託送手荷物及び貨物の運送に関し当該航空運送中に生じた事故又は延着による損害について、運送人の責任を貨物一キログラムにつき二五〇フランの額に限定したものであるところ、他方、遅延損害金は、金銭債務につき履行遅滞にある債務者に対しその遅滞を要件として本来の債務に加えて課される遅延賠償の一種であるから、右限定責任の範囲で損害賠償義務を負う運送人が履行遅滞に陥つた場合の遅延損害金については、前記規定による限定を受けないものと解するのが相当である。したがつて、かかる運送人は、同条約二二条二項に定める限度で損害賠償義務を負うほか、その履行ずみに至るまでこれに付加して所定の遅延損害金を支払うべき義務があるものというべく、右と同旨の見解にたち、運送人たる上告人に対し本件貨物であるダイヤモンド0.3キログラム紛失の責任として、原審口頭弁論終結時におけるフランの日本円に対する換算率に従い一八四八円の損害賠償及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済にいたるまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を命じた原審の判断は相当であつて、原判決に条約解釈適用の誤りないしは理由不備等所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊 本林譲)

上告代理人松本正雄、同畠山保雄、同日上弘三、同明石守正、同田島孝、同原田栄司、同石橋博、同堀内俊一の上告理由

第一 原判決には、民事訴訟法三九五条一項六号に定める理由不備の違法がある。

一 原判決が示した解釈

1 原判決は、その判示にかかる理由中、第一項(三)(原判決四枚目裏)において、上告人・被上告人間の本件貨物運送について、いわゆるワルソー条約(昭和二八年条約第一七号「国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約」(以下「ワルソー条約」という。)の適用があることを認め、運送人たる上告人の責任は、同条約二二条二項により金一、八四八円の限度にとどまることとなると判示する。

2 ところが、原判決はその理由中、第二項(原判決五枚目・表六行目から一〇行目まで)において、上告人は被上告人に対して本件損害賠償義務として金一、八四八円のほか本件訴状送達の翌日以降支払済までの年六分の割合による遅延損害金の支払義務があると判示する。

二 原判決の理由不備

1 前項により明らかな如く、原判決は、一方で上告人の賠償責任限度が金一、八四八円であることを認めつつ、他方で何らの理由を付せずして上告人に金一、八四八円を超える金員の支払義務を認めていることとなる。

2 本件訴訟は、賠償義務者の「責任制限」という問題を含んでいる点で、通常の損害賠償請求事件と異なるのであり、ワルソー条約で制限さるべき「責任」の範囲について何らの判断を示すことなく、上告人に責任制限額以上の支払を命じている原判決は、理由不備の違法を犯しているといわねばならない。

第二 原判決は、ワルソー条約二二条二項および二四条一項の解釈適用を誤まり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

一 原判決がワルソー条約二二条二項の解釈として、同項で制限されるのは損害賠償請求債権本体そのものであるとし、遅延損害金などの附従的なものは同項の枠外にあるという前提で、前掲の如き判示をなしたとするならば、同条約二四条一項の存在を看過し、ひいては二二条二項の解釈適用を誤まり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背を犯しているといわざるをえない。

二 かつて、ワルソー条約の解釈として右の如き解釈を採つたと思われる判決が存在しなかつたわけではない。

それは、上告人ノース・ウエスト・エアラインズ、被上告人株式会社鈴木真珠店間の最高裁判所昭和四七年(ネオ)第一〇九号損害賠償請求上告事件における第一審判決(東京地方裁判所昭和四五年六月二五日判決)であり、同判決は被告の限度額援用の抗弁を認めたうえで遅延損害金については法例七条二項によりニユーヨーク州法を適用して(ワルソー条約には遅延損害金についての定めがないことを前提とするもののようである。)限度額のみならず、これに対する遅延損害金の支払いを命じている。

三 本問題は、ワルソー条約二二条二項において運送人に認められる「責任制限」によつて、いかなる債務の責任が制限され、いかなる責任が制限されないかという解釈に帰することとなるが、結局これはワルソー条約の他の条項及び責任制限条項が同条約において占める地位などを総合的に考察しなければならない。

ワルソー条約の各条項を通覧しても、遅延損害金については明示的に何ら触れるところがない。これが前掲鈴木真珠店ケースの第一審判決の根拠となつたであろうことは推測に難くない。しかしワルソー条約二二条二項の解釈としては、運送人の責任はそれが損害賠償請求権である限りその根拠・種類の如何を問わず、総額において同項の定める金額に制限されるとの解釈すべきである。理由は以下に述べる。

四1 まず、本件貨物の紛失事故に関する上告人たる運送人と被上告人たる荷送人との関係を、ワルソー条約の条文に即して考察すれば次の如くになる。

イ 本件運送は、ワルソー条約の締約国である日本国の領域内にある東京を出発地とし、同条約の締約国であるアメリカ合衆国内の領域にあるニユーヨークを到達地とする「国際運送」(条約一条二項)で、かつ、航空機により有償で行われた貨物運送であるから、同条約の適用をうけることは明らかである(条約一条一項)。

ロ 運送人たる上告人は、荷送人たる被上告人から、本件貨物の運送を引き受けるにあたつて、ワルソー条約第八条(a)から(q)までの記載事項の記入ある航空運送状(乙第一号証)を荷送人に代つて作成し(条約六条五項)、これに署名した(条約六条三、四項)ので、その責任を排除し、又は制限するワルソー条約の規定を援用する権利を有するものでもある(条約九条の反対解釈)。

ハ また、原審の確定した事実によれば、本件貨物は無事ニユーヨーク国際空港に到着し、同空港内の上告人の使用人たるアメリカンエアーラインズ社の輸入上屋内貴重品保管室に保管中に紛失したものと推認される(原判決四枚目、裏五行目から八行目)ので、本件貨物の紛失事故は運送人たる上告人による「航空運送中」に生じたものであり(条約一八条二項)、上告人がその責任を負うべきものである(同条一項)。

ニ また、原審の確定した事実によれば、運送人たる上告人は自己又はその使用人が当該の損害を防止するため必要なすべての措置を執つたこと又はその措置を執ることができなかつたことを証明できなかつたので、条約二〇条一項の免責の主張は許されないものである。

ホ 本件貨物の滅失について運送人たる上告人の責任は、貨物一キログラムあたり二五〇フランの額を限度とすべきである(条約二二条二項本文)。なお、同項但し書にいう価額の申告と割増運貨の支払いはなかつた。

ヘ さらに、この責任に関する訴は、名義のいかんを問わずこの条約で定める条件及び制限の下にのみ提起することができる(条約二四条一項)ものである。

ト 原審の確定した事実によつては、本件貨物の紛失事故が運送人たる上告又はその使用人の故意又は本件訴の係属する日本国の法律によれば故意に担当する過失によつて生じたという証明がないので、運送人たる上告人は、運送人の責任を排除し又は制限する条約の規定を援用する権利を有することとなる(条約二五条の反対解釈)。

チ 本件責任に関する訴は、条約二八条一項に従い原告たる被上告人の選択により締約国たる日本国の領域内で運送人たる上告人の本店が所在し、かつ運送契約を締結した営業所が所在する東京を管轄する東京地方裁判所に提起され、かつ、条約二九条一項に従い紛失事故発生の日から二年内であること明らかな昭和四四年一一月一八日提起され、いずれもワルソー条約上適法な訴訟の提起であつた。

2 右に通覧したごとく、このワルソー条約は国際航空運送に関する限り運送契約の締結からその履行・不履行から生ずる責任及び契約の終了までの契約当事者間の法律関係のすべてをいわば自足的に規定しているものであることが判明する。この意味で同条約は文字どおり国際航空運送についてのある規則の国際的取扱いの統一を目指しているわけである。

特に、本件については前記へで指摘した二四条一項の解釈が問題となるが、同条同項にいう「責任に関する訴は、名義のいかんを問わず」という文言は日本法のもとにおいては「その請求原因が不法行為に基づこうと債務不履行に基づこうとまたこれ以外のいかなる法的原因に基づこうと」と解釈される。

ちなみに、右文言については本条約の唯一の正文たるフランス文によれば、「Toute action en responsabilit,quel-que titre que ce soit」であり、「Toute action」は「すべての訴訟」とまた「titre」は、名義・名目・権利などと訳されるので直訳すれば「責任に関するすべての訴訟は、その名義・名目がいかなるものであれ」となる。

他方、我国において遅延損害金は、債務額と遅延期間に応じ一定の利率で払われるので遅延利息とも呼ばれるが、その本質は金銭債務の履行遅滞についての「損害賠償」であること法文の文言上明らかであり(民法四一九条一項)(なお、大審院明治三四年一一月三〇日判決、民事判決録第七輯第一〇巻第一四二頁参照)、債権者からの損害の証明を要せずかつ債務者からの不可効力の抗弁が許されないことから、通常の判決の場合民法四一九条という法文上の根拠が示されない例が多いようである。

また、この遅延損害金は、本来の債権の拡張たる性質を有し本来の債権と同一性を有すると説かれている(たとえば、我妻・民法講議・新訂債権総論一〇一頁)ところから、時効期間や債権譲渡その他について、本来の債権と運命をともにするとされている。

従つて、本来の債権のみを責任制限に服せしめ、遅延損害金をその外枠に放逐することはこの意味でも論理的矛盾を犯すこととなると思料する。

ともかく、ワルソー条約には二四条一項が存在し、同条同項の解釈としては原告たる被上告人の請求が債務不履行を原因としようと不法行為を原因としようと、はたまた民法四一九条を根拠としようとそれが損害賠償請求である限り(より正確にいえば、それが運送人の責任として追求さるべきものであるならばなんであれ)、すべてワルソー条約で定める条件と制限下におかれると解されるのであり、その結果、二二条二項の責任制限額は、すべて損害額を含んだ制限額であると解すべきである。

このことは、原告の蒙むつた実損害額が貨物一キロあたり二五〇フランに満たない場合を考えてみれば判然とする。

たとえば、一キロあたり四、〇〇〇円の鋼材一トンを運賃百万円かけて運送し、これが滅失した場合には、荷送人が蒙むるべき実損害額は五百万円であり、運送人の責任限度額は六一六万円(二五〇フランは現在六、一六〇円であるから、一、〇〇〇kgはその千倍となる。)であるから、荷送人は五百万円と六一六万円の差額一一六万円に達するまでの遅延損害金(年六分なら約四年分)を請求することができるわけである。他方、貨物の価額が一キロあたり二五〇フランを超えれば遅延損害金は勿論のこと貨物本体の価額すら満足に賠償をうけえないこととなるのもまたやむをえないことである。(このためにこそ、価額の申告と割増運賃の支払いという制度がある。同条約二二条二項但し書)

第三 本件上告を提起するに至つた事情

1 本件上告事件は、直接には金一、八四八円に対する昭和四四年一一月三〇日以降支払済まで年六分の割合による金員の支払が問題とされ、単純に経済的見地よりみれば実益のない小額の事件である。にも拘らず、あえて本上告をするについては次のような事情が存する。

国際民間航空条約に加盟している世界一二九ケ国中、ワルソー条約は一〇〇ケ国、ヘーグ議定書は七八ケ国がそれぞれ加盟し、いずれも国際航空私法におけるいわゆる「世界法」ともいうべき地位にある。

従つて、これらの条文の解釈・運用はできうる限り国際的に統一してなされることが望ましく、また統一された解釈・運用こそ国際民間航空を円滑ならしむる基盤たりうるわけである。

遅延損害金が責任限度額の外枠か内枠かという問題は、その内枠であるというが国際的に統一された解釈の方向であると思料する。

ちなみに、上告人会社を含む各国航空会社の実務上の取扱いにおいては、損害が生じたときはすみやかに書面により限度額内の賠償提示を行なつているのであり(現に本訴訟においても訴提起前に上告人から賠償額の呈示を行なつている。甲第三号証)、また、示談において遅延損害金を付した実例は上告代理人の知る限りでは存在しない。

2 近時、損害賠償責任を規定する国際統一私法の分野において、種々の条約が成立しているが、これらの条約の多くは、責任制限制度を採用している。

たとえば、

イ 一九二四年八月二五日にブラツセルで署名された船荷証券に関するある規則の統一のための国際条約(昭和三二年条約第二一号)第四条五項およびこれを施行するための

国際海上物品運送法(昭和三二年法律第一七二号)第一三条

ロ 海上航行船舶の所有者の責任の制限に関する国際条約(昭和五〇年暮・国会承認済)第一条および三条およびこれを施行するための

船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(昭和五〇年法律第九四号)第七条

ハ 油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約(昭和五〇年暮・国会承認済)第五条と

油による汚染損害の補償のための国際基金の設定に関する国際条約(昭和五〇年暮・国会承認済)およびこれら二条約の施行のための

油濁損害賠償保障法(昭和五〇年法律第九五号)第六条

ニ 外国航空機が地上第三者に与えた損害に関する条約(いわゆるローマ条約)(一九五八年二月四日発効、日本は未加入)第八条(これについては、小町谷操三「航空機事故と賠償責任」参照)

ホ 一九五五年ヘーグで作成された議定書により改正された一九二九年ワルソーで署名された国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約を改正する議定書いわゆるグアテマラ議定書)(未発効、日本は未加入)

第二二条(これについては、「空法」第一六号参照)

これらの場合、制限さるべき賠償者の「責任」の範囲に、賠償請求権に対する遅延損害金が含まれるか否かは常に問題とされるわけであり、本件に関する判断は、日本国の裁判所がこの点に関しいかなる判断を示すかのリーデイングケースとなるべき性質を有するのである。

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