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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(あ)485号 決定 1977年2月04日

本籍

韓国慶尚北道義城郡安溪面龍基洞八五〇番地の一

住居

石川県小松市土居原町一七五番地

会社員

金学秀

大正七年五月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年二月二六日名古屋高等裁判所金沢支部が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人杉本良三の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 岡原昌男 裁判官 吉田豊 裁判官 本林譲 裁判官 栗本一夫)

○昭和五一年(あ)第四八五号

被告人 金学秀

弁護人杉本良三の上告趣意(昭和五一年四月二八日付)

原判決には、以下に述べるとおり、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反すると認められる「法令違反」、「事実誤認」、「量刑不当」がある。

一、原判決は、その理由において「記録を調査検討して案ずるに、原判示第一の事実に対応する原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示第一の事実は、所論の原判示片町土地が被告人の所有であつたこと及び被告人の昭和三九年度分の所得金額が五、〇〇五万七、〇六二円であつた点をも含めて、すべてこれを肯認することができ……」と判示し、且つ「……右(片町)土地が被告人の所有であつたことは、原判決が、その「補足説明」の「二、片町土地譲渡所得の帰属について」と題する部において、詳細に説示するとおりであつて、記録を調査検討してみても右の説示に誤りがあるとはとうてい認められない。」と説示している。

果してそうであろうか?

弁護人の昭和五〇年一〇月二五日付証拠調請求書に基く証拠調の請求(証人新崎武外、同坂本仁こと尹仁述、同園山久雄、同茨木七三子の各尋問及び被告人質問の請求)を悉く認めず、しかもたやすく第一審判決を支持した原判決には、とうてい承服することができない。

二、弁護人は、昭和五〇年一〇月二五日付「控訴趣意書」の「第一の一ないし九」において、第一審判決が「土地譲渡収入が被告人に帰属した」ことを認定する証拠として挙示する各証拠について、一々これらの証拠が何を示すものであるかを述べ、それらの証拠の一つ一ついずれもが片町土地についてこれを福井銀行へ売却する当時被告人の所有に属したことを示す意味をもつものではないことを述べた。

しかるに原判決は、右一つ一つがいずれも片町土地の所有権が被告人にあることを示すものでない各証拠でも、これを寄せ集めれば、忽然としてそこに「片町土地は被告人の所有である」との事実が浮び上るというのである。「原判決挙示の各証拠を総合すれば……すべてこれを背認することができ」るとは、そのような意味にほかならないであろう。

無をいくら集めても有にはならない。論理的当然の帰結である。

弁護人が控訴趣意書において、「理由のくいちがいがある」と主張した所以であるが、原判決も第一審判決と同じ誤りを重ねているものである。

それにも拘らず、「有」になるのだというならば、何故にそうなるのか、人をして納得せしめるに足るだけの合理的説明がなされねばなるまい。原判決は、そのような説明について一切ほおかむりをしている。

三、次に、原判決は、第一審判決の「補足説明」の「二、片町土地の譲渡所得の帰属について」と題する部における説示を全面的に支持しているが、これもたやすく支持し得るものではない。

(1) 前記第一審説示は、

第三二回公判調書中の被告人の供述部分、第一四回公判調書中の証人茨木清の供述部分、第一三回公判調書中の証人園田武平の供述部分及び坂本仁こと尹仁述(以下坂本仁という、)の受命裁判官に対する尋問調書中には弁護人の主張に沿う供述があるのであるが

と弁護人主帳に沿う資料の存在することを認めたが、「その信用性については、検察官が論告要旨の中で詳細に指摘するように、多くの疑問点が存し」と検察官の主張に全面的に稽首し、結局

これらの各供述を採用することはできなかつた。

というのである。

そしてその採用しなかつた理由の最たるものとして

被告人の大蔵事務官に対する各質問顛末書、検察官に対する各供述調書及び第三二回、第三三回、第三六回公判調書中の各供述部分(以下一括して被告人の供述という。)を仔細に検討すると、被告人の供述はそれ自体あいまいで(傍点弁護人)矛盾撞着が多く帰一するところを知らない。

と説示する。しかし、被告人の供述について〔それ自体あいまいで〕というような、それこそあいまいな認定の仕方を、いやしくも裁判所の判決の判示に許されてよいものであろうか。被告人の供述のどの部分がどのようにあいまいであるのかを説示しなければ、何人も納得できまい。「それ自体あいまいで」という雲をつかむような抽象論で一蹴されたのでは、これによつて刑罰が具体化される被告人はたまつたものでない。

そして更に

被告人の供述の矛盾点は枚挙にいとまがないのであるが、

とこれも枚挙にいとまがないという具体的内容は何も示さず、

一例として

と以下の被告人の各供述の内容を掲げる。あたかも以下掲げる供述における矛盾点は、被告人の全供述矛盾点の九牛の一毛にすぎないような感を与える説示の仕方であるが、本件において、当事者の主張が鋭く対立している片町土地関係における重要な矛盾点といえば、そんなに多くあるわけではない。

(2) ところで、右第一審判決が掲げる。

(イ) 大蔵事務官に対する昭和四一年九月九月付質問顛末書中の引用部分

(ロ) 同昭和四一年一〇月二〇日付質問顛末書中の引用部分

(ハ) 第三二回公判調書中の供述部分(大要)

(ニ) 第三六回公判調書中の供述部分(大要)

以上の被告人の供述が、片町土地譲渡所得に関する弁護人の主張及びこれに沿う被告人に有利な資料をすべてはねつけるに足りる程度に矛盾が甚だしいというのであろうか。次にこの点を検討する。

(3) 片町土地取得費用二、〇〇〇万円について

まず、ここにいう「取得費用」は単なる購入代金ではない。(購入代金は、三〇〇万円か三五〇万円のいずれかであるがはともかく、要するにその程度のものであつたことは記録上明かである。)地上建物を収去し占有者を立退かせて更地とするために要した費用一切を含む。

右資金の出所について、前掲(イ)、(ハ)は自己資金であると述べ、(ロ)のみが崔及び茨木からの借入れ(金額は三、〇〇〇万円)であるという。これだけをみるといかにも矛盾撞着の感を与えるが、数ある「質問顛末書」の中で(イ)は最も原初的なものであり、作為的な供述とは思われず信用性のあるものである。(ロ)に至つて、右資金は崔、茨木からの借入れであると供述するが、むしろ、この方が作為的弁解的な供述とみるべきである。

(もつとも、崔、茨木から三、〇〇〇万円の借入をしたという事実の存在すること――それは取得費用の資金ではなく、ビル建設資金としてではあるが――をうかがわせる供述としての価値はあるというべきであろう。)

さればこそ(ハ)において、(ロ)の供述を訂正し、もとの(イ)の立場にかえつたわけで、まちがいを正して真実を述べるように訂正することは決して矛盾ではない。

(4) 崔、茨木から三、〇〇〇万円借入について

前掲(イ)は、「ビル建設費の一部資金として茨木を通じて昭和三四年九月頃、崔から二、〇〇〇万円借入れた」旨述べ、(ロ)は「買取資金は崔、茨木から総額三、〇〇〇万円借入れた、松住町の被告人宅で二回にわけて昭和三二年、三三年頃茨木、崔から受取つた」旨述べ、(ハ)は「ビル建設資金として三、〇〇〇万円を崔は茨木を通じて被告人に貸してくれる話となつた。金は二回にわけて受取り、第一回は昭和三四年八月か九月に松任町の旧宅で二、〇〇〇万円、一月位後に一、〇〇〇万円を茨木から現金で受取つた」旨を述べている。

(イ)と(ハ)は、借入の目的及び借入の時期において、ほぼ合致し、金額の点で前者は二、〇〇〇万円といい、後者は三、〇〇〇万円というが(イ)の供述は二回にわけて受取つた金のうち第一回目の二、〇〇〇万円だけを意識して述べたものとみることができよう。始めて、大蔵事務官から質問された時の供述であるから、そのようなこともあり得るわけで、決して不自然ではあるまい。

(ロ)が借入の時期を昭和三二年、三三年と述べているのは、借入の目的を買取資金としたため、その時期を繰り上げて述べたもので、この供述のまちがいであることは、さきに(3)において指摘したのと同様である。なお、(ハ)の供述の前に、昭和四二年四月一三日付質問顛末書があり、その中で被告人は、(ハ)と同旨の供述をしている。

(5) 片町土地の茨木への名義変更、(所有権移転登記)について前掲(イ)は「(茨木を通じて崔から二、〇〇〇万円借りていた)結果的にはその借入金のかたに片町の土地を崔に売つたことになる」旨述べ、(ロ)は「片町の土地建物は主として崔が金を出してくれたもので、登記上は被告人名になつていたが実質上の所有者は崔である。借入金を返済しないかぎり何時でも登記名を崔に変える約束ができていた。」旨述べ、(ハ)は「茨木は、金の都合がつかなければ片町の土地を三、〇〇〇万円のかたによこせと請求してきた。被告人は、請求されてやけくそになるし、ビルは建たんし、横はどいてくれないし(隣地買収の失敗を指す)、頭から嫌気してそんなら三、〇〇〇万円のかたにひきとつてくれと、茨木に所有権移転登記した」旨述べている。

(イ)、(ロ)、(ハ)とせ「借入金の弁済の代りに片町土地の名義変更をした」との基本事実は一致している。

(イ)と(ロ)は名義変更の相手が崔である如く述べ、(ハ)は茨木であるという。

登記上の事実は、昭和三五年一月二〇日売買を原因として同年一月二一日茨木へ所有権移転登記を経由している。

思うに、右借入の実質は、崔が金主であり、「茨木を通じて崔から」借り入れたものであろう。

しかし形の上では「崔から茨木へ、茨木から被告人へ」という形式をふんだことになる。被告人としては、要するに「崔、茨木から」借り入れたということであつて、現実に金さえ手に入れば、貸主の名義はどちらでもよいわけである。従つて実質面に比重を置いて述べれば「崔から借りた」との表現になり、形式面に比重を置けば、「茨木から借りた」との表現になるわけである。してみれば、被告人の右各供述は、本質的にはそれなりに一貫しているのであつて、必ずしも矛盾しているわけではない。

(6) 第一審判決は、更に「被告人の供述態度は矛盾点をつかれて言い逃れをする傾向が顕著である」と説示する。しかし、このように裁判官の主観的判断を前面に押し出して、きめつけてしまえば、被告人はこれに対してどのような防禦を構ずることができようか。第一審判決をなした裁判官は、事件に対し「有罪」の予断をもつて臨んでいるのではないかを疑わせるものである。

(7) 右に引続き「その供述内容も所有権移転登記手続に関する牧野久代の大蔵事務官に対する質問顛末書、崔泰鎮の消息に関する斉藤てるの大蔵事務官に対する質問顛末書などの客観的証拠と明白にそごし、到底信用することはできない。」と説示する。

しかし、牧野久代の質問顛末書及び斉藤てるの質問顛末書は、いずれも本来伝聞証拠であつて、それほど証拠価値のあるものではない。牧野顛末書中、片町土地が被告人の所有であるが如き旨の供述部分は、全くの憶測というのほかなく、むしろ大蔵事務官に誘導されての供述ではないかを疑わせる。また斉藤顛末書も、斉藤自身、崔泰鎮の何者たるかを認識しておらず、証人金炳泰の第一審公判供述(同人は被告人の長男ではあつても、客観性を失わず 現実に崔泰鎮と交渉をもつていた)に比べれば、右斉藤の供述内容こそ、あやしいものである。

(8) 次に、第一四回公判調書中の証人茨木清の供述部分は同人の大蔵事務官に対する昭和四一年三月二五日付及び同年九月九日付各質問顛末書並びに検察官に対する供述調書に照らしてにわかに措信しがたい」というのであるが、崔泰鎮及び茨木清からビル建設の資金として金三、〇〇〇万円を借入れたこと、右借入金のかたに片町土地を譲渡したことについては、当初から、被告人が供述するところであり、客観的に所有権移転登記の存在することを併せ考えれば、右茨木供述のうち少なくとも右事実に関する限りは措信せざるを得ないものであろう。

(9) 「さらに同様被告人の弁解に符合する証人西田治の受命裁判官に対する尋問調書中の「昭和四〇年四月被告人に対し金二、四〇〇万円を返済した」旨の供述は同人の大蔵事務官に対する質問顛末書並びに証人坂本仁の受命裁判官に対する尋問調書及び同人の大蔵事務官に対する質問顛末書に照らして軽々に信用しがた」いというのであるが、右西田の供述が真実に近いこと(真実は二、五〇〇万円の返済)については、つとに弁護人が第一審弁論要旨において指摘したところである(弁論要旨三、(三)(1)(イ)(ロ))。第一審判決は、右弁護人の指摘に対し、合理的根拠を示さずこれを一蹴したので、原審において弁護人は坂本仁の再尋問を請求したのであつた。しかるに原審は、右尋問を採用せず、たやすく第一審判決を維持したもので、審理不尽の違法あるものである。

(10) そして「そうだとするとこれに符合する第一三回公判調書中の証人園山武平の供述部分の信用性もまた揺らいでくる」というのである。

園山武平に対する茨木清の二、五〇〇万円貸付についての経緯並びにその信用性については、前同様つとに弁護人が主張しているところである(弁論要旨三、(五)(1)(2)(3)(4))。第一審判決は、右のような不合理な理由でこれを認めなかつたので、原審において弁護人は、園山武平(既に死亡)の息子園山久雄の尋問を請求したのであつた。しかるにこれを採用せず、第一審判決を維持した原判決は、前同様審理不尽の違法をおかすものである。

(11) かくして第一審判決は「被告人の弁解は虚構のものであると考えざるを得ない」というのであるが被告人の弁解に符合する茨木清等の各供述が前述のとおり信用すべきものであるならば当然この結論は変つて来ざるを得ないこととなる。

(12) そしてさらに、片町土地の所有が被告人の所有に属することの独断認定を維持することに腐心し、「(譲渡収入(1)が被告人に帰属した事実について)の部分に掲記した各証拠によれば」次のような事々が認められるとして認定事実をいくつか挙示するのであるが、仮りにこれらの事実が認められたとしても、尚片町土地の所有が茨木清のものでなく(即ち茨木清の所有権を否定し)被告人のものであると断定することは困難であるといわざるを得ない。

(イ) 「昭和三五年一月二一日の茨木清への所有権移転登記手続は被告人のみ(傍点弁護人)の依頼によりなされ」茨木清は登記権利者であり、被告人は登記義務者である。所有権移転登記手続が登記権利者、義務者の双方申請によりなさるべきことはいうまでもなく、義務者のみの依頼によつてなされるものではない。牧野司法書士のところへ登記手続を依頼するために被告人が単独で行つたという意味ならば、必要書類さえ整えて持参すれば誰が行こうが手続の依頼はできるのであるから何らあやしむに足らない。

(ロ) 「売買契約書の作成も代金の授受もなく」

三、〇〇〇万円の借金のかた(代物弁済の趣旨である)に片町土地の所有権を移転したものであることは従来縷述したとおりである。代物弁済であるから「代金の授受」がないのがあたりまえである。

売買契約書の作成は、契約の成立に本質的なものではない。しかも、この所有権移転は、売買ではないから売買の契約書を作成する筈があるまい。

(ハ) 「登記費用も被告人において負担した」

登記費用を被告人が負担したら、物件は被告人の所有に属することになるというのであろうか。

(ニ) 「福井銀行との間の売買契約書売主欄及び代金の領収書名義人にはいずれも被告人と茨木清が連名で表示されてはいるが、被告人の署名はもとより茨木清の署名をも被告人において行つた」

福井銀行との売買契約締結を予定した最初の日(その日は土曜日)には、茨木清も福井銀行小松支店へ行つているのである。銀行から印鑑証明の提出を求められたためその日は契約書に署名捺印せず、三日後の月曜日に印鑑証明を提出して契約書に署名捺印することになるが、その日は茨木は銀行へ行かず松尾に茨木の印鑑証明と印鑑を持参させたのである(茨木清、被告人、鈴木正信、杉下市右エ門各尋問調書)。

従つて、売買契約書に被告人が茨木清の署名を代署したのであつて、これをもつて茨木の所有権を否定する根拠とすることはできない。

代金の領収書における茨木清の署名代署についても同様である。

(ホ) 「売買代金中……残金五七八〇万円も被告人に帰属したものと認められること、すなわち、金五、七八〇万円のうち金三、〇〇〇万円は福井銀行金沢支店に金一、〇〇〇万円三口の無記名定期預金として預け入れられたが、その預け入れ印は被告人の実印と認められるうえ、その後右預金を担保にして被告人宛に貸付がなされていること」

三、〇〇〇万円無記名定期預金について銀行側から、交渉を受けたのは被告人である。被告人は茨木にその話をして茨木の承諾を得た。預入れの際の届印は、被告人の印でも茨木の印でも一向に差支えはないのである。但し被告人としては、自分の印を特に届出たとの明確な記憶をもつていない。

右届出印鑑が被告人のものであつても、右預金が被告人のものであるとは必ずしも断定することはできないのである。

右預金担保に被告人に貸付がなされたということも被告人と茨木との間に、茨木から被告人が右三、〇〇〇万円を借り受ける旨の約定がなされているのであるから、これをもつて右預金債権が被告人に帰属する理由とはならない。

(ヘ) 「金二、七八〇万円は同様福井銀行金沢支店に松尾清雄(被告人経営のパチンコ店の従業員)名義の普通預金として預け入れられたが、その後被告人の依頼により払い戻し手続がとられたうえ、一旦は北国銀行小松支店の通知預金とし、さらに金山太郎名義の普通預金とされたが右金山太郎名義の普通預金も被告人に帰属していたと認められること」

金山太郎名義の普通預金が、被告人に帰属したものと如何なる理由で断定できるのであろうか。金山太郎が茨木清の別名であることは、茨木清の尋問調書により明らかである。また、被告人の店の売上金が右口座に預入れられたことは一度もないのである(控訴趣意書五、(1))。

(ト) 「片町土地が茨木清名義に変更された後も片町土地と河原町土地の固定資産税は同じ日に納付されているばかりでなく、被告人の小切手で納付されたことすらあること」

固定資産税が同日に納付されている、というが、茨木(所有権移転登記した昭和三五年一月二一日から昭和三八年二月一九日までの間は、どのような納付のされかたをしたか不明なのである(古谷直二作成昭和四二年七月三日付査察事積報告書)

被告人の小切手で納付されたことがあると云つても、便宜上の問題であり、決定的な理由となるものではない(弁論要旨四、(5))。

以上要するに第一審判決の「補足説明」なるものも、同判決の結論を首肯させるに足るものではなく、弁護人の新崎武外の証人尋問、被告人質問の各請求を斥けて、一回の証拠調を行わず第一審判決を支持した原判決は、事実の誤認、審理不尽の違法をおかすものである。

四、弁護人は控訴趣意書第二において、昭和三九年分の所得税確定申告書の原本が提出されず、写本のみが提出されたにすぎないことを云為した。

それは、被告人が第三六回公判で供述するとおり、所轄税務署の担当官が申告書の内容を記載して、それに被告人の押印を求めたものであることを明らかにせんがためであつた。複写器の発達している現今において、コピーをとらず、わざわざ手書きの写を提出したことは、異常ともいうべく、これは記入者の筆跡を隠蔽せんとする検察側の意図を示すものにほかならないと思料されるからである。もし税務官吏が自ら記入したものに被告人の押印を求めておきながら、後日この確定申告書によつて被告人の所得税法違反を訴追するならば、それこそ被告人をわなにかけるものであり、いわゆるクリーンハンドの原則に反するものである。

五、弁護人は、弁論要旨第四において、被告人の情状について縷述した。

被告人に懲役刑を科することは、永年日本に居住して日本経済にも貢献し、日本に帰化せんとしている被告人の希望をふみにじるものである。

また、懲役刑と罰金刑を併科するならば、既に一億円以上の滞納税額を完納している被告人にとつて、罰金八〇〇万円は、あまりに高額に過ぎるものである。

六、以上の理由により、原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反すると思料する。

以上

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