大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和50年(行ツ)106号 判決 1976年6月30日

上告人 石川県選挙管理委員会

右代表者委員長 三由信二

右指定代理人 盛一銀二郎 <ほか三名>

右参加人 辻本正也 <ほか一〇七名>

右一〇八名訴訟代理人 弁護士 堀家嘉郎

木梨興松

合田昌英

被上告人 諏訪俊雄

右訴訟代理人弁護士 来間隆平

南谷信子

主文

原判決を破棄する。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告参加人代理人堀家嘉郎、同木梨興松、同合田昌英の上告理由、上告参加人辻本正也、同窪信一郎、同高柳貞次、同高柳正信の上告理由、上告代理人盛一銀二郎、同越島良三、同松原政雄、同前川健弥の上告理由について

論旨は、原審が所論の投票一四票を候補者辻本正也の有効得票と認めることができないとしたのは、その効力の判断を誤つたものと主張する。

思うに、候補者制度をとる現行の公職選挙法(以下、「法」という。)のもとにおいては、選挙人は候補者に投票する意思をもって投票を記載したと推定すべきであり、また法六七条後段及び法六八条の二の規定の趣旨に徴すれば、選挙人は真摯に選挙権を行使しようとする意思、すなわち適法有効な投票をしようとする意思で投票を記載したと推定すべきである。したがって、多数の選挙人の中には故意にあるいは無知から候補者以外の者の氏名等を記載する者もないとはいえないという理由で、選挙人が真摯でない態度で投票したのではないかと推測して、その投票の効力を否定したりするようなことは許されるべきではない。もっとも、この投票を有効とする推定にも合理的な限界があり、例えば、投票の記載によっては必ずしも投票意思を明確にしがたいものを、その記載と特定の候補者の氏名との間に若干の類似性があるからといって、これを手がかりとしてたやすく右候補の有効得票と解することは許されないというべきである。

以上のような見地に立って論旨の各投票の効力についてみると、次のとおりである。

一  原判決別表(2)の投票について

右投票の記載のうち第一字及び第二字は「辻本」と記載したものと認められ、第三字及び第四字は「正也」を草書で記載したものと判読できないことはない。そうすると、右投票は候補者辻本正也の氏名を記載したものとして同候補の有効得票と認めるべきであり、これを「辻本バカ」と記載されているものとして無効とした原判決には、法六七条、法六八条五号の解釈適用を誤つた違法があるというべきである。論旨は理由がある。

二  原判決別表(3)の投票について

選挙人は候補者に投票する意思をもって投票を記載したと推定すべきものであるから、投票に記載された氏名と同じ氏名をもつ者が同一選挙区内に実在する場合でも、投票の記載がその実在人を指向するものと認められるためには、その者が地方的に著名であるなどその記載が特に当該実在人を表示したと推認すべき特段の事情があることを要すると解すべきである(最高裁昭和三〇年(オ)第九八五号同三一年二月三日第二小法廷判決・民集一〇巻二号一九頁、同昭和三一年(オ)第一〇三七号同三二年三月五日第三小法廷判決・民集一一巻三号四二九頁、同昭和三三年(オ)第六三号同三三年四月八日第三小法廷判決・民集一二巻五号七〇一頁、同昭和三九年(行ツ)第六九号同四〇年二月九日第三小法廷判決・民集一九巻一号一三六頁各参照)。

そうすると、「辻本行正」と記載された右(3)の投票につき、辻本行正なる者が同一選挙区内に実在し、選挙運動用ポスター掲示責任者であった辻本善作の実弟である事実を認定するのみで、他に特段の事情のあることを認定することなく、右投票の記載は実在人たる同人を指向するものと認めることができるとした原判決には、法六七条、法六八条二号の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。

そして、「辻本行正」という投票の記載に徴し、右投票は、候補者辻本正也の氏名のうち三字までを共通にし同候補者を指向したものとして、これを同候補の有効得票と認めるのが相当である。論旨は理由がある。

三  原判決別表(5)の投票について

右投票の記載は、結局、稚拙な平仮名文字で「すつじもり」と記載したものと認められる。そして、この記載と候補者辻本正也の氏と比較すると、「つじも」の三字が共通であり、このことに右記載がきわめて稚拙な文字でなされていることをあわせ考えると、右投票の記載は全体として候補者辻本正也を指向しているものと解するのが相当である。

してみれば、右投票には「すづも(モ)り」あるいは「すじも(モ)り」と記載され、候補者辻本正也へ投票する意思が表明されているものとは認めがたいとした原判決には、法六七条、法六八条七号の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、論旨は理由がある。

四  原判決別表(8)・(9)・(10)の投票について

右投票は、「づじもり」、「つじもり」(ただし第二字は「づ」を訂正して「じ」としたもの)、「つづもり」(第二字の濁点は一つ)と記載されたものであり、これらの記載と候補者辻本正也の氏の「つじもと」と比較すると、第四字を除き四字中三字までがほぼ一致しており、このことに右記載がいずれも平仮名でなされ、学力、筆力の低い選挙人による投票であることが窺われることをあわせ考えると、右各投票の記載は、いずれも候補者辻本正也に投票する意思を表示しているものと認めるのが相当である。原審は、同一選挙区内に辻森姓の者が二一、二名実在し、その中には町収入役の辻森哲男、小学校長の辻森喜久雄がいる事実を確定したうえ、「多数の選挙人の中には現実の立候補者に対する批判の意図、もしくは不まじめな意図あるいは無知からそれにの者の一人を記載する可能性のあることを否定できない」として、右各役票はその記載自体から候補者辻本正也に対して投票する意思が表明されているものとはいいがたいとしているが、右のような候補者に対する批判の意図等を考慮して、候補者以外の実在人に投票しようとしたものと推定してその投票の効力を否定すべきものでないことは、前示判示のとおりである。原判決には法六七条、法六八条七号の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならない。論旨は理由がある。

五  原判決別表(1)・(11)ないし(17)の投票について

右各投票を無効とした原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。

なお、上告参加人辻本正也外三名がその上告理由第九点において主張する「辻本善作」と記載された投票は、原審において審判の対象となっていないのであるから、当審判においてその効力を判断するに由ない。

以上当裁判所の判断によれば、原判決が無効とした投票のうち六票(原判決別表(2)・(3)・(5)・(8)・(9)・(10)の各投票)は候補者辻本正也の有効得票に算入すべきものであるから、同候補の有効得票は三四〇一票となって被上告人の有効得票三三九九票を二票上廻ることになり、被上告人の当選はこれを無効とすべきである。してみれば、上告人委員会が本件裁決において被上告人の当選を無効としたのは、結局正当であって右裁決を取り消した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄を免れない。そして叙上によれば、右裁決の取消しを求める被上告人の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本林 譲 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例