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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(あ)2002号 決定 1975年2月10日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人藤田一伯の上告趣意のうち憲法三一条、三八条違反をいう点は、本件の場合において道路交通法七二条一項所定の救護、報告義務は消滅したものであるとし、これを前提とする主張である。

しかしながら、警察官が、車両等の交通による人の死傷又は物の損壊事故が発生した直後に現場に来合わせて事故の発生を知り、事故を起した車両の運転者に対しとりあえず警察用自動車内に待機するよう指示したうえ、負傷者の救護及び交通の危険防止の措置を開始した場合であつても、右措置の迅速万全を期するためには、右運転者による救護、報告の必要性が直ちに失われるものではないから、右運転者においては、道路交通法七二条一項前、後段所定の義務を免れるものではない。この点の原判断は、結論において相当であり、所論は、その前提を欠くものである。

上告趣意のうちその余の点は、単なる法令違反の主張である。

所論は、すべて、適法な上告理由にあたらない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(小川信雄 大塚喜一郎 吉田豊)

弁護人梅田満の上告趣意

原判決は道路交通法(以下単に法という)七二条一項所定の義務が消滅しているのに義務があることを前提として、義務とは無関係な被告人の現場離脱行為をもつて義務違反成立と解し、以つて被告人に対し法七二条一項、及び一一七条、一一九条一項一〇号を適用したことは憲法三一条(罪刑法定主義)、同三八条(黙秘権の保障)に違反するものであり、同時にこのことは判決に重大な影響を及ぼす法令の違反である。

一、原審までの裁判過程で明らかになつた本件事故発生後の事実経過は次のとおりである。

① 本件事故発生直後に、現場所轄の小岩警察署の警察官三名が現場にパトカーで到着、事故状況を現認し、

② 事故によつて受傷した被告人は前記三名の内の一名によつて車両から救出され、

③ そのまま、法七二条一項前段に定める救護義務を何ら尽す余裕もないまま、即座にパトカー内に保護され、待機を命ぜられ、

④ 前記被告人に対する措置と並行して、残り二名の警察官が直ちに救護等に着手し、即ち一名は相手車両内の負傷者を救出にあたり、③の措置を了えた警察官の協力を得て後部座席内の比較的軽傷の三名の負傷者は車両内から救出したが、前部座席の乗員については、ドアーが壊れていて車外に救出できず、レスキユー車を待つこととし、他の一名はパトカー内において、被告人の面前で小岩警察署への事故発生報告、負傷者救助のための救急車やレスキユー車の出動要請の無線連絡をなし、

⑤ 警察官らが右事故処理を実施中に被告人はパトカーから降りて歩いて現場から立ち去つた。

二、以上の事実経過は原判決も全て認めており、これら諸事実から、原判決は本件においては『警察官は現場に到着後後段の報告義務について被告人より以上に正確に認識していたものであると認められ、被告人から右報告を受けたとしてもその判断資料に加えるところはなかつたであろうと推測される』状況であると判断しているのである。

この原判示は、即ち、本件状況が既に被告人の意思ないしは判断を超え、それらが介在する余地のないほどに、警察官らの指揮監督下に現場が委ねられたという状況に移行していたこと、そしてそれは救護義務の担つている危険除去(負傷者救護を含む)のための緊急処置は講ぜられ、かつ報告義務の担つている警察官に対してより適切な措置を講ぜしめるための判断材料の提供という使命は果たされ、その意味において、被告人に同義務の履行を要請している社会的客観的必要性は失われた状況であつたことを是認しているにほかならない。

即ち法が事故を起こした運転者に課している両義務の社会的基礎ないし必要性(負傷者の救護と道路における危険の防止)は崩壊したことになる。<以下省略>

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