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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(あ)971号 決定 1968年10月07日

本店所在地

名古屋市中村区鷹羽町一丁目二三番地

医療用及び家庭用薬品類、化粧品等販売業

マツオカ薬品株式会社

右代表者代表取締役

松岡政勝こと劉鎬

本籍

韓国慶尚南道咸安郡法守面大松里一一三九

住居

名古屋市昭和区山里町一一〇番地

会社役員

松岡政勝こと 劉鎬

昭和五年八月一二日生

右の者に対する法人税法違反各被告事件について、昭和四三年四月一一日名古屋高等栽判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当栽判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人石原金三の上告趣意は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、栽判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(栽判長 栽判官 草鹿浅之介 栽判官 城戸芳彦 栽判官 石田和外 栽判官 色川幸太郎)

昭和四三年(あ)第九七一号

上告趣意書

法人税法違反 被告人 マツオカ薬品株式会社

被告人 松岡政勝こと

劉鎬

右被告人等に対する頭書被告事件について、弁護人は左の通り上告の理由を提出します。

昭和四十三年六月十八日

右弁護人 石原金三

最高裁判所第二小法廷 御中

第一審裁判所は被告人マツオカ薬品株式会社(以下被告会社と略称する)の、昭和三七年七月一日から同三八年六月三〇日に至る事業年度の法人所得が、金一、八七五万七、五三〇円にして、法人税額七〇二万七、八五〇円のうち金六、七七万二、一七〇円也を逋脱したものと認定した上、被告会社に対し罰金三〇〇万円右行為者として被告人劉鎬(以下被告人松岡と略称する)に対し、懲役一年(三年間の刑執行猶予)及び罰金一〇〇万円に各処する言渡しをなし、これに対し量刑不当を理由に被告人等の申立てた控訴に対し、原審裁判所は一顧だに与えず、第一審判決を支持し右控訴を棄却したのである。

しかしながら、右刑の量定は被告人等にとつて甚しく重く不当であり、これを破棄せざれば著しく正義に反するものといわざるを得ない。

すなわち、

一、被告会社の沿革並に事業の概要をみると、被告会社は取締役会長松岡喜三郎が昭和三三年二月、名古屋市中村区椿町で開業した個人経営の医薬品販売松岡薬店を母体に、昭和三五年七月二一日設立されたもので、廉価現金販売で次第にその名を知られ、当初右松岡薬店たる名古屋駅西店のみであつたのを栄町店・岐阜店・高架店・ほていやフード店・黄金店と逐次拡張を重ねてきたものである。

ところで、被告人松岡は昭和三九年八月二一日、被告会社代表取締役に就任したものであるが、それまでも会社の業務の統括をしてきた関係にあり、敢えてその責任を回避しようとするものでなく、昭和三六年前記栄町店開設に当り、外国人であるとの理由で、同業者間の圧迫が加えられたため、営業免許を得ることが困難であつたので、この圧迫を避ける目的をもつて薬剤師資格を有する安井明峰をして便宜代表取締役に就任せしめ、もつて辛うじてこれが開店を実現した経緯にあり、被告会社がその後盛業をみるに至る過程においては、被告人松岡が外国人なるが故に幾多の困難があつたのである。

二、而して被告人松岡は、その経緯に見られるように実父喜三郎が開始した営業のため、同人の立場及び尊属絶体の風俗にも束縛されて、実父の支配下にあつた駅西店を、完全な統括下におくことが不可能であつたと同時に、会社組織並に会計・経理の方法についての不完全性も影響し、且つひたすら営業の拡大にのみ熱中した余り、損益の正確な算出及び納税を軽視したものとの結果を招来したことが認められるわけである。

三、しかしながら、被告人松岡としても、結局被告会社の売上増大並にその規模の拡大に伴う納税額の漸増は、これを免脱するを得ない道理であつて、いずれの時にか所得の全部について課税を受くべき時期が到来することは必至のことたつたのである。若し然らずして、これを免脱せしめることありとすれば、それはかの有名な森脇将光の脱税事犯が永年放置されて、国民の非難を受けたように、徴税当局の怠慢が指摘さるべきである。

被告人松岡が本件を犯したことは、申告納税制度の下においてたしかに非難を受くべきものとしても、ひたすらに同人をのみ責め難い事情について考慮せられるべきであるし、その所得に対しすでに多額の課税を完納し、又罰料金も納付済であることによつて義務を果して反省改悛していることは十分斟酌されなければならない。

四、特に本件訴追を受けた事業年度についてはすでに昭和三八年一一月、名古屋西税務署の特別調査を受け、おおむねその実体を究明せられ、多額の更生決定を受けて本税加算税を納付していたのに、本件は更に調査により前更生決定に洩れた所得があつたとして告発せられるに至つたもので、訴訟法にいわゆる一事不再理の適用がないとしても、斯様な措置は条理上不合理であつて、敢えてその措置がとられたのは代表者たる被告人松岡が外国人であるという理由によつてその情を憎まれたことがなかつたとはいえない。

五、しかも本件では第一審栽判所において被告会社栄町店に関する建物賃借権利金の償却を国税当局の不当な判断から救済し、所得額において金一八〇万円相当の減額を認定せざるを得なかつたにかかわらず、検察官求刑通りの重い科刑をしたのである。検察官の求刑が逋脱額を最も重要な基準として決定せられることは、蓋し当然であるが、前記の如く検察官の主張を斥けてその数額に多額の変更を生じた以上、裁判所の量刑としてもこれを看過すべきでないのに漫然他に特段の悪質事情がないにかかわらず、前記関係を無視し、右求刑通りの量刑をしてはばからないのは、まことに裁判の権威を疑わしめその威信を失墜するに至るものといつて過言でない。

茲においても、被告人松岡が外国人であるとの理由が災いしなかつたと断言できるであろうか。

むしろ被告人松岡は、日本人のなし得なかつた薄利多売を目的とする廉売制を確立し、多数の国民に対して安価に薬剤その他を供給し、もつて一つの流通革命を果した功績顕著なものがあることに留意せられたい。

六、およそ日本国憲法はその前文において、「われわれは次の真理を自明なものと考える。すなわち、すべての人間は平等に造くられている。」ことを宣言し、同第一四条は法の下において個人は平等であり、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的経済的又は社会的関係において差別されないと規定し、保障している。

本件量刑問題は、刑事訴訟法第四一一条の問題であるが、以上詳述した諸点に鑑みひいて憲法第一四条法の下の平等の規定に違反する疑いが濃く、慎重なる御審理を仰ぐ所以である。

因て須らく原判決を破棄し、更に適正にして寛大なる御裁判を求めるため本上告に及んだ次第であります。 以上

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