大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(オ)508号 判決 1959年8月07日

上告人 山本ウメ子

被上告人 河村嘉一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人丸茂忍の上告理由第一点について。

原審の引用する第一審判決によれば、本件協議離婚届書は判示の如き経緯によつて作成されたこと、右届出書の作成後被上告人は右届出を上告人に委託し、上告人においてこれを保管していたところ、その後右届出書が光市長に提出された昭和二七年三月一一日の前日たる同月一〇日被上告人は光市役所の係員西村繁雄に対して上告人から離婚届が出されるかもしれないが、被上告人としては承諾したものではないから受理しないでほしい旨申し出でたことおよび右事実によると被上告人は右届出のあつた前日協議離婚の意思をひるがえしていたことが認められるというのであつて、右認定は当裁判所でも肯認できるところである。そうであるとすれば上告人から届出がなされた当時には被上告人に離婚の意思がなかつたものであるところ、協議離婚の届出は協議離婚意思の表示とみるべきであるから、本件の如くその届出の当時離婚の意思を有せざることが明確になつた以上、右届出による協議離婚は無効であるといわなければならない。そして、かならずしも所論の如く右翻意が相手方に表示されること、または、届出委託を解除する等の事実がなかつたからといつて、右協議離婚届出が無効でないとはいいえない。従つて、論旨は採用できない。

同第二点について。

原判決挙示の関係証拠中、証人西村繁雄の「離婚届出の前、昭和二七年三月一〇日と思う(届書を受付ける前であることは確実である)が被上告人から戸籍吏員たる同証人に対し上告人との離婚届が出されるかも知れないが被上告人としては承諾したものではないのだから受理しないでほしいとの申入れがあつた」旨の証言(記録四四丁裏)によれば、被上告人が協議離婚を翻意した事実を充分に推認することができるから原審に所論の違法はない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官藤田八郎の補足意見があるほか、全裁判官一致の意見によるものである。

藤田裁判官の補足意見

原判決は「協議離婚は市町村長に対してこれを届出でて始めてその効力を生ずる身分上の要式行為であるから市町村長に対して届出がなされた当時に夫婦ともに協議離婚をしようとする意思を保有することが必要であつて、たとえ、協議離婚の合意が成立して当事者双方署名捺印した届書を作成してもこれを市町村長に提出した当時離婚の意思を有しなくなつた場合はその届書の提出を依頼(委任)された者にその委任を解除したかどうか、又その依頼を受けた者が当事者の意思の変更を知ると否とを問はずこの届出は、本人の意思に基かないものであるから無効と解するのを相当とする」と判示している。若しも原判決の判意が、離婚届出書作成当時、すなわち届出書に当事者双方が署名捺印をした当時、当事者に離婚の意思がありその合意が成立したとしても、本件のようにその市長村長に対する届出を他人に托した場合、この届出書がその他人によつて市町村長に提出された当時において、当事者が離婚の意思を有しなくなつた場合は、それだけで、その届出は本人の意思にもとづかないものとして離婚は無効であるとする趣意であるならば甚だ疑問であるとしなければならない。

離婚の合意は届出書作成のときに正当に成立したのである。この合意を届出書という形式によつて市町村長に届け出ることによつて離婚は当然に効力を発生するのである。そして、その届出行為を他人に依頼してその届出書をその他人に托した後において、本人が内心、変心してその他人が届出行為を実行する瞬間において、たまたま本人が離婚の意思をなくしていたとしても、それだけの事実で、その届出が当然無効となるものではない。離婚意思の喪失によつて届出による離婚の効力の発生を阻止するためには、届出の受理される以前に、届出による表示行為の効力の発生を妨げるに足りるなんらかの行為がなされなければならないものと解する。

ところが本件においては原判決の認定するところによれば、被上告人(原告)は右届出提出の前日頃市役所に来て係員に対して上告人(被告)から離婚届が出されるかも知れないが被上告人としては承諾したものでないから受理しないでくれと申し入れをしたというのであつて、この申し入れによつて、右届出撤回の意思は当該吏員に対し明瞭に通達されたと解することができるのであるから、これによつて、本件離婚の届出は遂にその効力を発生するに至らなかつたものと解すべきであると思料する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

上告代理人丸茂忍の上告理由

第一点原判決は法令の解釈を誤り適用したる違法あり破棄を免れないものと信ずる。

(1) 原判決の認定によれば

「……原告は一旦被告との協議離婚に同意して右離婚届書を作成した……」ことを認定したる上

「……その後これが届出られる前日協議離婚の意思をひるがへし……係員にこれを受理しないように申出でたことは、十分に認められる」「たとえ協議離婚の合意が成立して当事者双方署名捺印した届書を作成してもこれを市町村長に提出した当時離婚の意思を有しなくなつた場合にはその届書の提出を依頼(委任)された者にその委任を解除したかどうか、又その依頼を受けた者が当事者の意思の変更を知ると否なとを問はずこの届出は本人の意思に基かないものであるから無効と解するを相当とする……」

としている。

(2) 協議離婚は身分行為であるからその合意を取消或は変更するに当つて一般法律行為の取消或は変更と異る法則に従うべき点あることは深く争はないものであり届出のときに於て一方が離婚の意思をひるがへしていた場合に於てその届出が無効であることについては敢て争はない。

(3) 然し乍ら協議離婚は相手方ある行為である。さればその協議離婚の意思をひるがへしたことは届出前に相手方に表示さるべきものである。届出を依頼したる場合に於ては少くともその依頼を受けたものに意思をひるがへしたことを表示すべきものである。

然らざれば届出の依頼を受けたものは意思をひるがへしたことを知る由もなく届出を為すのは当然であるしその届出が受理せられ戸籍に記入せられるのにそれが無効だとすれば徒らに法秩序の混乱を招き相手方ある行為に於て当事者の一方の、而も相手方に知らされる意思によつて法律効果の左右せられることは公平の理念に反する。

(4) 原判決に引用せる大審院昭和十六年十一月二十九日判決は「離婚を欲せざる特段の事由存するに至りたるときは……」と限定しているのである。「特段の事由存する」ときは委任を解除したるか或は当事者の意思の変更を知り得る顕示がある。然るに本件に於ては当事者の一方或は受託者に何等の表示なく、而も「離婚を欲せざる特段の事由」存するに至りたるものでない。

(5) 若し夫れ本件の如きを意思をひるがへしたものとして無効を認むるならば裁判上の離婚原因ある場合を協議離婚の合意をして協議離婚の届書作成し届出を相手方に委任して裁判上の離婚原因の証拠(例へば重大なる侮辱を表示する文書)を円満解決として合意破棄し立証困難ならしめ、而も後日離婚の意思はひるがへしたものだとして不当に夫婦と云う名で相手方をしばることも出来るであろう。

(6) 原判決は前記引用の大審院判例については「離婚を欲せざる特段の事由存するに至りたるとき」の制限的なことを無視してその解釈を誤り適用したるものである。

第二点原判決は証拠に拠らずして事実を認定したる違法あり破棄を免れないと信ずる。

(1) 事実認定は裁判官の心証によることは言を俟たないところであるがそれは社会通念に照らし証拠に拠るべきものである。

(2) 原判決は

「……原告は一旦被告との協議離婚に同意して右離婚届書を作成した……」が

「……その後これが届出られる前日協議離婚の意思をひるがえし……」

と認定している。

然れども原告(被上告人)が離婚意思をひるがえした証拠は寸毫もない。

(3) 原判決引用の証拠中

(イ) 原告本人河村嘉市の供述中にも「協議離婚の合意をしたことはない……」或は「……協議離婚届書は偽造のものである……」旨の供述はあるけれども(何れも虚偽であつて信用出来ないことは原判決認定の通りである)離婚の合意をひるがえした供述はない。

(ロ) 証人西村繁雄の供述中にも

「……原告は右三月十日頃光市役所に出頭して被告から離婚届が出されるかも知れないが原告として承諾したものでないから受理しないでくれ」と申出があつた(原判決の認定による)としても「離婚の意思をひるがへした」と認めるべき趣旨の供述はない。

(ハ) 他にも離婚の意思をひるがへしたことを認定するに足る証拠はなく反つて

(a)被告(上告人)の供述、証人西村滝吉の供述によつて明らかなように共有土地の分割を差止めている点

(b)被告(上告人)の供述によつて明らかなように

「被告の身体が欲しいのではない……」の言

等を綜合すれば土地分割を有利にする為に光市役所に離婚届の受理をことわるように申出でたものと解すべである。

以上

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