大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和25年(あ)262号 決定 1952年7月18日

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人有吉実の上告趣意は、末尾添付の別紙書面記載の通りである。

第一点について。

論旨は、すべて、原判決の刑事訴訟手続に関する法令違反を主張するに過ぎないから、刑訴法第四〇五条所定の上告理由に当らない。

なお、本件起訴状及び訴因追加請求書の各謄本が被告人に送達されていないことは、所論の通りである。しかし、記録によれば、被告人が起訴されたのは、昭和二四年四月一六日で、訴因追加請求書が提出されたのは同月二一日である。そして、被告人は、起訴された日に、早速、弁護士本郷雅広を、自ら、弁護人に選任しており、起訴状の謄本は同月一六日、訴因追加請求書の謄本は同月二一日、即ち、いずれも、即日、それぞれ右弁護人に送達されている。しかも、福岡地方裁判所行橋支部裁判所書記官吉永馨の同庁判事松山安馬宛報告書(記録四二五丁)によれば、同書記官が被告人に起訴状の謄本を送達せず、殊更ら、これを弁護人に送達したのは、右送達を心待ちしていた同弁護人の請求に基ずくもので、書記官としては、弁護人にこれを送達すれば、必らずやそれは被告人に手交せられるものと考え、便宜、弁護人にこれを送達したものであることが窺われる。そして、第一審は第一回公判を同年五月二〇日に開いている。即ち、同公判は公訴提起の日から二箇月以内に開かれていると共に、起訴状謄本が弁護人に送達されてから同公判までには一箇月以上、訴因追加請求書が弁護人に送達されてからでも同公判までには一箇月近くの余裕があったことになる。したがって、弁護人としては、被告人との連絡、その他、公判における被告人の防御権伸張の為めに、いわゆる弁論の準備をする十分の期間があったものといわなければならない。まして、第一審公判では被告人側より何等の異議も申し出でずして終了しており、且つその間に、被告人の防御権の行使に遺憾な点があったとの節も認められない。かかる特別の事情が認められる以上、たとい、被告人に起訴状及び訴因追加請求書の各謄本が被告人に送達されておらず、したがって、刑訴法第二七一条第一項第三一二条第三項刑訴規則第二〇九条第三項の遵守に欠くる点があったとしても、右瑕疵は、本件については、未だ刑訴法第四一一条を適用すべき事由とするに足らないものというべきである。

次ぎに、本件起訴状公訴事実の冒頭に、「被告人は賭博前科二犯を有し、行橋町並に其の近郊に於て誰れ知らぬ者もない不良の輩で、酒癖が悪く、被告人の姿を見ると、これを避けて通ると云ふ所謂町の不良青年仲間の親分格として横暴の限りを尽して居るものであるが」と記載せられていることは所論の通りである。そして、起訴状に公訴事実を記載するに際し、犯罪事実とは何等直接の関係がないのに、唯だ被告人の悪性を中傷強調する目的で、被告人の性格、経歴及び素行等に関する事実を記載することは、刑訴法第二五六条末項の規定の趣旨に鑑み、もとより、許されないところである。しかし、本件公訴事実は、被告人が一般人を恐れさせるに足るような自己の性格、経歴及び素行等に関する事実を告知し、若しくは相手方が予ねて、そのような事実を知って恐れをなしているのに乗じて金品、その他財産上の利益を受けるという方法によって度々の恐喝を働いたというにあって、被告人の性格、経歴及び素行等に関する事実は、本件では、犯罪事実と何等直接の関係のない事項ではなく、むしろ、その恐喝手段そのものゝ内容をなしている事柄であるといわなければならない。されば、これと同趣旨に出でた原判決は正当で、論旨は理由がない。

更らに、裁判官の証人林イノ外九名に対する証人尋問が、被告人及び弁護人の立会なくして行われたことは所論の通りである。しかし、右の各証人尋問は、刑訴法第二二七条の規定に基ずく検察官の請求によるものであり、この請求を受けた裁判官が右各証人尋問に被告人及び弁護人を立会わしめなかったのは、同裁判官において、右立会が捜査に支障を生ずる虞れがありと認めたことによるものというべきである。そして、本件犯罪の態様、被害者の地位、その他諸般の情況から判断すると、同裁判官が右のように認めたのも、理由のあることだと考えられる。即ち、右裁判官の前記の措置は、刑訴法第二二八条第二項刑訴規則第一六二条に基ずく適法なもので、これを目して反対尋問の機会を奪った不当な処置だということはできない(昭和二五年(あ)第七九七号、同二七年六月一八日大法廷判決参照)。しかも、第一審第一回公判調書によると、被告人は同公判で右の証人尋問調書を証拠とすることに同意していることが認められ、その証拠調べは適法になされているから、同審判決がこれを証拠にしたのは、もとより、適法で(前掲大法廷判例参照)、論旨は採用することができない。

第二点について。

論旨は、要するに、理由不備乃至事実誤認の主張に過ぎないから、適法な上告理由に当らない。なお、第一審判決は、被告人の同公判廷における自白、司法巡査作成の素行調書及び裁判官の林イノ外九名に対する各証人尋問調書によって、その事実摘示の各犯罪事実を認定しており、同犯罪事実は右の適法な各証拠によって、優にこれを認めることができるから、同判決には何等所論のような違法はない。

その他、記録を精査しても、本件につき刑訴法第四一一条を適用すべき事由ありとは認められない。

よって、刑訴法第四一四条第三八六条第三号第一八一条第一項に則り、裁判官全員一致の意見を以って、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例