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最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)39号 判決 1997年9月12日

大阪市中央区南本町四丁目二番五号 太陽生命ビル内

上告人

ジャパン・マーカンタイル株式会社

右代表者代表取締役

浜田隆志

右訴訟代理人弁護士

岡田春夫 小池眞一

スイス連邦セント・ガレン カペレンシュトラーセ一番

被上告人

コシラン アー・ゲー

右代表者

エルンスト・ウェグマンルネ・ブルニイ

右訴訟代理人弁理士

松尾和子 加藤建二 大島厚

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行ケ)第一二九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年一〇月一七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡田春夫、同小池眞一の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

(平成九年(行ツ)第三九号 上告人 ジャパン・マーカンタイル株式会社)

上告代理人岡田春夫、同小池眞一の上告理由

A.上告理由の概要

東京高等裁判所が平成五年(行ケ)第一二九号審決取消請求事件につき、平成八年一0月一七日に言渡した判決(以下「原判決」という)は、法令の解釈・適用を誤り、かつ、経験則違反並びに適切な釈明権を行使せず審理不尽のまま判決した違法があり、右の違法がなければ判決の結果が異なっていたことが明らかである以上、取消を免れない。

すなわち、原判決は、特許庁が平成一年審判第六九七号事件(以下「本件不使用審判」という)につき平成五年三月一七日に下した審決(以下「本件審決」という)の判断を違法として取消したものである。

その理由は、本件審決の理由となった後述する上告人と株式会社ウールン商会(以下「ウールン商会」という)、株式会社エスター・ニュートン(以下「エスター」という)、株式会社ハマ・インターナショナル(以下「ハマ」という)、キャピタル商会(以下「キャピタル」という)の四者との取引における上告人の本件登録商標の使用事実を全て否定したことにある。

しかしながら、右原審の審理の対象となった上告人の四者との取引における商標の使用の内、原判決が上告人とウールン商会との取引における上告人の本件登録商標の使用事実(自己使用)を否定したことに関しては、以下に詳述するように、原判決は、商標法第五〇条及び第二条第三項第二号の解釈・適用を誤り、原審において明らかにされた証拠及び事実のみを基礎としても経験則上不合理極りない判断を下しており、かつ、審理を尽くさないまま結審した違法があり、右の違法がなければ原判決の結論が全く異なっていたことが明らかである以上、上告人は本上告において原判決が取り消されるべきと確信するものである。

また、商標法第五〇条において問題となる「使用」の有無が、単に商標権者の自己使用のみならず、ライセンシーによる他人使用をも検討すべき対象であるにも拘らず、原審が、顕れた証拠からだけでも明らかである「前記上告人とウールン商会との取引が、上告人による本件登録商標の我国における被上告人乃至ウールン商会に対する使用許諾と法律上評価できる」にもかかわらず、このような本件登録商標の他人使用の事実に全く意を払わず、適切に釈明権を行使せずに審理不尽のまま判決した違法もあり、この観点からも原判決は取消されるべきである。

なお、上告人は、原判決が上告人とエスター、ハマ、キャピタルの三者との取引における上告人の商標の使用を否定したことについて、証拠の評価につき誤った判断をしており、真実と異なる事実認定に基づくものであるため、その結論に甚大なる不服を抱くものであるが、事実認定自体を単に不服として上告するのは不適切であるとの観点から、敢えて本上告においてその理由としない。

B.上告人が本上告において問題とする、上告人のウールン商会との取引における本件登録商標の自己使用事実について

第一、自己使用に関する上告理由の概要

一、本件審決の対象となった使用事実

本件は、昭和六三年一二月二七日、上告人が所有する旧商品分類第一六類「織物、編物、フェルト、その他の布地」を指定商品とする登録番号第一六五七七七三号、「Cosilan」との欧文字横一連の標章をやや図案化してなる本件登録商標に対し、被上告人が商標法第五〇条に基づき特許庁に登録商標の取消を求めて不使用審判を請求し、平成元年二月二七日右審判請求が登録されたことが手続開始の端緒である。

被上告人の右請求を受け、本件不使用審判において、昭和六一年二月二七日から平成元年二月二七日までの三年間の上告人の本件登録商標の使用事実の有無が争われ、特許庁は以下のとおり上告人の使用を認めて、被上告人の審判請求を「成り立たない」として退けた。

すなわち、原判決の判決書第一一頁「理由」1において当事者間に争いがないとされ、同判決書第三頁「請求の原因」第2の2の(2)において特許庁の審決の理由としてまとめられているように、本件不使用審判は、上告人と前述したウールン商会、エスター、ハマ、キャピタルの四者との取引における上告人の本件登録商標の使用の有無が審理の対象となり、これら全ての使用事実の存在が認められ、体件審決の理由とされたのである。

もっとも、本件登録商標の使用の具体的態様に関しては、本件審決が「これらの証拠を総合して勘案すれば、本件商標が審判請求登録前三年以内に、日本国内において、使用されていた事実を認めることができる。」(甲第一号証第七頁五行目以下参照、なお、証拠番号は原審の証拠番号に従う)との判断しか示していないことから、特に上告人とウールン商会との取引における使用態様に関し、特許庁が如何なる具体的判断をしたのか必ずしも明らかでないが、少なくとも本上告において上告人が原判決の法律上最大の問題と認識している、上告人とウールン商会との取引における本件登録商標の使用を特許庁が正しく認定したと評価しうるものである。

二、原判決における上告人とウールン商会との取引における上告人の本件登録商標の使用に関する問題

前項の本件審決における判断に対し、原判決は、「昭和六一年三月五日から平成元年二月二三日までの間に、被告(上告人)が原告(被上告人)から購入した商品をウールン商会に販売したが、その際、原告の商標が本件商標と殆ど同じであるので、そのまま原告の商標を使用して上記販売したものである」(原判決の判決書第一一頁「理由」2(1)参照)との上告人の主張につき、被上告人の商標が本件登録商標と殆ど同一であることをもって、上告人がウールン商会に被上告人の商標の付された商品を譲渡乃至引き渡したことが上告人の本件登録商標の使用と評価しうるかという点が原審の審理の対象であることを明らかにしている。

しかしながら、原判決が右争点に関し「被告(上告人)は、原告(被上告人)とウールン商会との取引において本件商標を使用すべき立場にはなく、その必要もなかったのであって、本件商標が原告の商標と殆ど同じであるからといって、原告の商標の使用が本件商標の使用に当たらないことは明らかである。」(原判決の判決書第一三頁一〇行目乃至一四行目参照)と判断したことは、以下詳細に説明するように、商標法第五〇条及び第二条第三項第二号の解釈・適用を誤り、かつ、原審に顕れた証拠及び事実のみを基礎としてもその経験則違反は明らかであり、さらに釈明権を行使して慎重に審理を尽くさなかった審理不尽の違法があったと主張するものである。

第二、商標法第五〇条及び第二条第三項第二号の解釈・適用の誤り

一、原判決が、ウールン商会との取引における上告人の本件登録商標の使用を否定した本質

原判決が、上告人がウールン商会に本件登録商標と殆ど同一の標章の付された商品を納入等する取引をしていたと認定しながら、商標法第五〇条の「使用」事実でないと判断した理由は、判決理由の文言を検討すると、以下のような理由に基づくものと考えられる。

すなわち、原判決は、上告人とウールン商会との間の取引を、本上告理由書B.第三段において詳述する、被上告人、上告人、及びウールン商会の三者間で締結された昭和六〇年三月一四日付契約書(甲第六〇号証)(以下右契約を「本件三者間契約」という)に基づくものとして捉え、三者間の取引の基本的な枠組を、被上告人が特約店であるウールン商会に被上告人の製品を販売するとの関係に、上告人が被上告人の代理業務とウールン商会の輸入業務を独占的に行う立場の者として両者の取引に単に関与したにすぎないとの理解にたち(原判決の判決書第一二頁末行乃至第一三頁三行目)、上告人がウールン商会に本件登録商標と殆ど同一の商標が付された被上告人の製品を納入等したからといって、上告人に被上告人から独立した件登録商標を使用すべき立場もその必要もなかった以上、被上告人の商標を使用したことになっても本件登録商標を使用したことにはならないと判断しているものである。

結局のところ、原判決が右のように商標の上告人による外形的使用自体は認めながら、これを上告人による本件登録商標の使用と認めなかったのは、まず第一に、上告人と被上告人との間の特殊な関係に(しかもその形式的な外形にのみ)目をうばわれ、その結果被上告人からの不使用審判において「商標の使用」を条文から全く離れた独自の限定的解釈を行ったからであり、第二に、上告人がウールン商会との取引において本件商標を使用すべき立場もその必要もなかったと判断したからである。

しかしながら、前記の「上告人の本件商標を使用すべき立場と必要性」については、後記B.の第三段に詳述するように、被上告人、上告人、及びヴールン商会の三者間の取引において、上告人が商標権者として本件商標を使用すべき立場と必要性を有していたことは明らかであり、原審に顕れた証拠及び事実のみを基礎としても、原判決の当該判断には、経験則違反の違法があるものである。

そして、前記の「条文を離れた商標法の独自の限定的解釈」については、以下に詳述するように、仮に三者の関係の基本的枠組に関する原判決の理解を前提としても、原判決が上告人に本件登録商標の使用を認めなかったことは、商標法第五〇条及び第二条第三項第二号の解釈を誤り、商標法上の統一的な「使用」概念を歪め、属地主義を原則とする商標法の本質を無視して、外国における商標権と我国の商標権との調和のため商標法上用意された商標法第五三条の二等に表れた立法趣旨にも反するものであり、原料決の商標法第五〇条の「使用」の解釈及び同法の適用が誤っていることは明らかである。

二、原判決の商標法第五〇条の「使用」の解釈の問題点

1、原判決の判断が商標法第二条第三項第二号の文理解釈に違背していること

既にB.の第一の二項において詳述したように、原判決は、被上告人の商標を本件登録商標と殆ど同一なものであることを前提に、本件不使用審判において問題となっている三年間に上告人が右商標の付された被上告人製造の商品をウールン商会に納入等していたと認定している。

これに対して商標法第二条第三項第二号の規定に従えば、「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引き渡しのために展示し又は輪入する行為」は商標の「使用」であるとされ、原判決の右認定事実を右条項の文理に当てはめる限り、上告人が本件登録商標を使用していたことは明らかである。

すなわち、原判決が認定したとおり、被上告人の商標が本件登録商標と殆ど同一である以上(B.第三、三の2項に後述するように用いられた具体的商標は「Cosilan」と表示された商品タッグ及び耳プリントである)、上告人がウールン商会に当該商標が付された商品を納入等していたことは、まさしく文理上右商標法の規定から「商標の使用」になる。

したがって、原判決が上告人の本件登録商標の使用を否定したのは、原審が「商標の使用」概念に関して条文を離れて独自の判断を示したからに他ならず、その判断は商標法第五〇条及び第二条第三項第二号の解釈・適用を誤るものとしか評価できない。

2.商標法の統一的な「使用」概念との不一致

周知のとおり、商標法上の「商標の使用」は、商標法第二条第三項の「行為類型」に基づく定義に従い、商品に商標を付す行為のみならず、前述した商標の付された商品を譲渡乃至引き渡す行為及び商標の付された商品を輸入する行為等明確に特定されており、商標法上の種々の効果をその使用に求めている。

例えば、商標権者の商標の使用が更新登録の要件とされ(商標法第一九条)、その不使用が本件のような不使用取消審判の理由となり(同法第五〇条)、第三者の違法な商標の使用に対しては、商標権者乃至専用使用権者がその差止(同法第三六条)及び損害賠償(同法第三八条)を請求することができ、また刑事罰の対象ともなると定められている(同法第七八条)。

右のように商標法に定められた各種の「商標の使用」の法的効果は、前述した同法第二条第三項にその行為類型に従い定められた統一的な定義規定に従って、統一的にその解釈・適用が図られており、商標法の効果に応じ「使用」の意味を大きく異ならせるべきものではない。

このような商標法の統一的な使用概念に関する理解を前提にすると、原判決が上告人の商標の使用を否定した判断が著しく商標法の使用概念から離れたものであることは明らかである。

すなわち、原判決の判断に従う限り、被上告人のような外国の製造業者が商品に商標を付し、上告人のような輸入業者乃至販売業者がその商品を輸入乃至購入して、第三者に譲渡乃至引き渡す行為(商標法第二条第三項第二号に該当する行為)をしても、製造業者の商標の使用となっても当該輸入業者乃至販売業者の商標の使用とならないと解することになるのであるから、結局前述したような商標法上の法的効果を発生させる「商標の使用」は当該輸入業者乃至販売業者には認められないことになる。

そうだとすると、国内販売業者が外国の製造業者の商標を出願し、その商標権者となっている場合を想定すれば、製造業者から商品を購入してこれを譲渡乃至引き渡した場合、製造業者の商標の使用とはなっても自己の商標を使用してないと解するのであるから、論理的に考えれば、販売業者は商標登録の更新を受けることもできないことになる(商標法一九条)。

その上、商標権者が登録商標を使用していない以上、登録商標の存続に利害関係を有する第三者は、本件不使用審判と同様、商標法第五〇条に基づき何時でもその商標登録の取消を求めうることになり、その結論が極めて不合理であることは明らかであろう。

結局、原判決の解釈のような不自然な使用概念を前提とする限り、右のような不都合な結論を避けるためには、外国の製造業者からの登録商標の不使用取消請求の場合と全く無関係な第三者からの請求の場合とで商標の使用概念を全く変える他ないであろうが、このように考えることこそ、取消請求の主体に応じて「使用概念」を相対的に取り扱うことになり、ますますその法解釈が不自然なものとなるものである。

そもそも、右のような不合理な結論に至るのも、原判決が商標法第二条第三項において一定の行為類型を基準として統一的に定められた商標法上の使用概念を、独自の観点から違法に限定解釈したからに他ならないのである。

したがって、原判決が、上告人の商標の使用を被上告人の商標の使用と捉えて上告人の本件登録商標の使用と認めなかったことは、商標法第二条第三項第二号の文理から著しく違背しており、商標法が規定する商標の使用概念に独自の観点から新たな要素を不当に持ち込むもので、商標法に定められた「商標の使用」概念の解釈の限界を越えた、違法な判断であったと評価しうるものである。

3.原判決の解釈が属地主義を原則とする商標法の本質に反すること

また、原判決のように、上告人の商標の使用を被上告人の商標の使用であって、上告人の本件登録商標の使用でないと考えるのであれば、結局、商標使用の効果が外国法人である被上告人にのみ帰属して、上告人に何ら帰属しないことを肯定することになり、属地主義を原則とする商標法の原則にも反する。

すなわち、我国の商標法は属地主義を原則としており、商標権に基づく損害賠償請求や差止請求の対象となる行為が国内に限られるのは当然として、商標の使用に関しても、商標の付された商品を輸入する行為から商標の使用としている(前述した商標法第二条第三項第二号)ことをはじめとして、前述した商標登録の更新、不使用審判等においても、問題となるべき商標の使用の有無は国内における商標の使用に関して判断されるのである。

このような商標法の原則である属地主義を考えると、原判決のように、国内業者である上告人に商標使用の効果が帰属しないことを認めるような商標法第五〇条の「使用」の解釈は属地主義の原則に反するとしか評価しえない。

すなわち、本件のように、外国の製造業者と国内業者との取引において、国内業者が商標出願して権利者となっている事例は多々あり(その中で原判決が上告人の立場として認定した代理業務を行う者も含まれる)、かつ外国の製造業者の事情でその譲渡乃至引き渡し先(その中で原判決が認定したウールン商会のような特約店も含まれる)が指定されることも多々あり、右の事実は貴庁におかれても、顕著な事実であろう。

このような場合、外国の製造業者が製造段階で製品に登録商標と同一の商標を付し、国内業者がその商品を輸入して、指定された譲渡乃至引き渡し先に譲渡乃至引き渡しても、原判決の商標の使用概念の限定解釈に従う限り、商標権者たる国内業者は、単に外国の製造業者の商標を使用しているだけでその登録商標を使用していないと評価されることになる。

したがって、商標権者が登録商標を使用していない以上、当該国内業者による登録商標の更新は認められないことになり、また、登録商標の存続に利害関係を有する第三者は、商標法第五〇条に基づき、何時でもその商標登録の取消を求めうることになり、その結論が極めて不合理であることは明らかである。

このように、国内業者の商標使用が単に外国の製造業者の商標を使用しているだけで登録商標の使用に当たらないとして、その使用の効果が外国の製造業者に帰属し商標権者に及ばないと考えるのであれば、単に商標権者が商標登録を取消されるのみならず、商標権を国内業者に委ねて、我国における商品の流通を管理している多くの外国の製造業者は、いつ何時自己の商品に付された商標の日本における登録が取消されるかもしれない危険を背負うことになり、我国の輸入業界の秩序が崩壊することは明らかであろう。

右のような結論を肯定せざるをえない原判決に示された法解釈は不自然極まりなく、法令違反は明らかである。

4.原判決の使用概念に従えば、商標法上規定された外国の商標権者と国内商標権者との調整における商標法上の立法趣旨に反すること

前項において検討した原判決の示した「使用」概念の解釈の不合理性は、外国の製造業者と無関係な第三者から商標登録の不使用取消請求された場合に特に強く当てはまるものであるが、仮に不使用取消請求するのが本件事案のように外国の製造業者であったとしても、商標法第五〇条の「使用」概念を原判決のように解釈することの不合理性は、以下に述べるように何ら異なるものでない。

何故なら、本上告理由書B第二、二、2項で既に述べたように、外国の製造業者と無関係な第三者との関係で登録商標の使用が認められなければ不合理である以上、外国の製造業者との関係でも登録商標の使用を認めなければ、「使用」概念を取消請求する主体に応じて相対的に取り扱うことになって、その法解釈が不自然なものとならざるをえない上、以下に述べるように、外国の製造業者が不使用取消請求した場合に国内業者の登録商標の使用を認めないとの考えは、我国の商標法の規定とも整合しないからである。

すなわち、我国の商標法においても、被上告人のような外国の商標権者に関して、パリ条約の締結に基づき、パリ条約の同盟国において商標に関する権利を有する者と特別な関係を有する者が、権利者の承諾を得ずに我国で商標出願した場合(なお、本件では、本上告理由書B.第三、三、1項で原審で顕れた証拠から説明するように、被上告人は上告人の商標出願の事実を認めていた)、権利者から登録異議の申立を条件として、その登録を拒絶し(平成六年一二月一四日法律第一一六号による商標法改正に伴う附則第二条、旧商標法第一五条第四号)、仮に国内で商標登録されても登録後五年以内であれば権利者は登録の取消を請求することができる(商標法第五三条の二、及び三)とし、外国の商標権者の保護を一定の範囲で図っている。

しかしながら、右規定は、たとえパリ条約の同盟国の商標権者であっても、その者と同規定が特定する特別な関係を有する者が我国で無断で商標出願したことに対して、適切に異議を申し立てるか、定められた要件に従って一定の期間内に商標登録の取消を求めることをしない限り、その権利を否定できないことを意味し、前述した商標法の属地主義の修正にとどまるものであり、国内の商標権者の権利を無制限に否定するものではない。

したがって、右のような商標法の規定と対比した場合、原判決の商標法第五〇条の「使用」概念に従えば、結局、外国の製造業者は自己の商品を取り扱っている国内業者の商標登録を何時でも不使用取消請求できることになり、国内の商標権者の権利とパリ条約の同盟国の商標権者の権利との調整を図った商標法第五三条の二及び三の規定の趣旨を没却させることになりかねない。

ましてや、本件において、被上告人が上告人に対して登録商標の不使用を理由に取消を請求しうると考えることは、以下に述べるように、商標法が規定しているパリ条約の同盟国の権利者に対する一定の配慮すら越えた保護を被上告人に与えることになり、商標法の立法趣旨に反することは一層明らかである。

すなわち、本件事案において、後記Bの第三の二項に詳述するように、上告人が被上告人の本国における当初からの商標形成に多大な主体的貢献をしてきており、そのため、後記Bの第三の三項で述べるように、上告人による本件商標登録出願を被上告人が認めてきたものである(その結果、上告人が本件登録商標を昭和五六年一二月一七日に出願した(乙第一三号証)のに対して、被上告人がこれと殆ど同一の商標を含む「COSILANAG」との商標(なお、原判決が指摘する本件登録商標と殆ど同一の商標は「Cosilan」と表示された商品タッグ及び耳プリントであり、右スイス国の登録商標とは異なる)を自国であるスイス及び一定の国に対して国際商標出願したのは実にその約二年八ヶ月後の昭和五九年八月一七日で、登録を受けたのが同年一二月一二日である(乙第七三号証))。

したがって、このように本件において、商標法第五三条の二等の他の商標法の規定を越えるような保護を、商標法上の使用概念を限定解釈して、商標法第五〇条の不使用取消審判制度を通じて被上告人に与えることになる原判決の法解釈は、明らかに商標法の立法趣旨に反するものである。

5.商標法第五〇条及び第二条第三項第二号の解釈・適用の誤りに関する結論

従って、原判決が上告人の商標の使用を本件登録商標の使用でなく、被上告人の商標の使用に過ぎないとしたことは、商標法第二条第三項第二号の解釈を誤り、商標法の統一的な「使用」概念を歪め、属地主義を採用する商標法の本質を忘れ、商標法上用意された外国で登録を受けている商標権者の保護のための制度とも調和しない、商標法の立法趣旨に反する違法な法解釈であることは明らかである。

ましてや、Bの第三段に詳論するように、本件において上告人は本件登録商標の登録商標権者として、積極的に被上告人とウールン商会との取引に介入し且つこれを監督すべき、本件登録商標を使用する立場と必要性を有していたのであるから、上告人がウールン商会に商品を譲渡乃至引き渡ししていたことが本件登録商標の使用とならないとした原審の判断の違法性は、一層明らかであろう。

右のような違法な法の解釈・適用がなければ、原判決の結果が本件審決の結論を維持するものとなったことは明らかであるから、原判決は取消を免れない。

第三、原判決の経験則違反

一、原判決が、上告人とウールン商会との取引において、本件登録商標を使用すべき立場も必要性もなかったと判断したことの経験則違反の概要

本上告理由書B.第二、一項において詳述したように、原判決は、被上告人、上告人、ウールン商会の三者の基本的枠組を、本件三者間契約に基づき、被上告人とその特約店であるウールン商会との取引に、上告人が各々の代理業務及び輸入業務を行う者として単に関与したにすぎないと捉え、上告人に本件登録商標を使用すべき立場も必要性もなかったと判断している。

しかし、原判決が上告人に本件登録商標を使用すべき立場も必要性もなかったと判断したことは、以下詳述するように、原審に顕れた証拠及び事実のみを前提としても明らかである三者の関係が形成されてきた経緯の特殊性並びに状況を見誤り、かつ、本件三者間契約が締結された昭和六〇年三月一四日以降において、上告人が、被上告人及びウールン商会との間で、商標権者として本件登録商標を使用すべき立場と必要性が認められていた事実を見逃しており、原判決の判断の経験則違反は明らかである。

二、本件三者間契約が締結されるまでの被上告人、上告人、ウールン商会の三者間の関係

1.被上告人と上告人との取引が開始された当初の状況

被上告人は、昭和五二年一二月五日及び同月二一日に、アクリス(「Akris」)社の代表であったマックス・クリームラー(以下「クリームラー」という)とマリオ・エフ・ブロイヒバル(以下「マリオ」という)とが、新たに設立する被上告人会社に関して雇用契約を締結し(甲第一九号証の一及び二、甲第五八号証)、昭和五三年万四日会社の設立登記したことにより成立した(甲第五七号証の四)。

右設立登記に明らかなように、マリオは、昭和五三年一月四日の設立当初から昭和六三年七月一一日まで、被上告人の役員であった(甲第五七号証の四の経営者の就任及び退任登記欄参照)。

そして、上告人の前代表者の濱田正春氏は、被上告人会社設立の以前からマリオと親交があり(乙第一七号証及び第一八号証)、設立したばかりの被上告人のアドバイザーとなって、その商品の普及に努めたのである。

すなわち、原審に顕れた証拠上、当初被上告人は、昭和五三年三月二九日まで関連会社であるアクリス社と同一場所にあり(甲第二五号証)、被上告人が取り扱うことを予定していたスタークブランドには適切なサンプル製造機械もなければ(甲第二五号証4項「Stocktots of Stark」以下参照)、商品のサンプル自体上告人と後述する上告人の顧客であるサン・フレールの指示に従って製造しており(甲第二六号証)、上告人との取引があるまで被上告人の名前を表示した輸出の必要書類であるインボイスすらなかった(甲第三五号証)。

このため、当初上告人は、被上告人の関連会社であり、当時クリームラーが所有していたアクリス社の製品を、本件商標を付して上告人に販売して貰う方法を模索し(甲第二一号証「m/s akris m/s stark m/s cosilan」、甲第二七号証「according to discussion with Mr. Kriemler, we have arranged for Sann Frere that he can sell under the trade mark cosilan」、甲第二八号証「we asked you to use the COSILAN or any other your available marks」)、アクリス社が製造した被服(甲第二七号証「dress」、甲第二九号証「blouse samples」、甲第三〇号証「apparels」)を、本件商標を付して輸入し上告人の日本の顧客に販売すべく努力を重ね、昭和五三年七月一七日にようやくサン・フレールとの間で本件商標を付した被服を取引することに成功したのである(甲第三一号証)。

また、被上告人は上告人と取引を開始するまで、本件商標を示す具体的な標章すら準備しておらず、上告人の指示に応じて被服に付ける織りラベルを作成し(甲第二七号証)、日本に輸出するため必要な原産地国を示す洗濯表示ラベルを上告人が被上告人に送付して(甲第三七号証)、ようやく本件商標の下でアクリス社の被服を日本に輸出できるようにしたのである。

そして、本件登録商標の使用との関連で問題となる織物の取引が開始されたのも、昭和五四年二月一八日に上告人の要請に従って被上告人から織物の価額表が送付されてきたのが最初であり(甲第五七号証の六)、上告人が昭和三六年頃から取引関係のあったウールン商会(平成七年四月一八日の上告人代表者の本人尋問調書の回答七三番)との取引をまとめたことにより、ようやく昭和五四年一二月二七日に最初の織物が日本に入荷されたのである(甲第五七号証)。

このように上告人が日本においてその取扱先を獲得していったのに対して、被上告人の母国であるスイスにおける状況に関しては、原審に顕れた証拠からは必ずしも明らかではないが、被上告人はアクリス社を含むクリームラー・グループに優先的に商品を納入することが昭和五二年一二月二一日付クリームラーとマリオとの間の雇用契約の付款において確認されており(甲第一九号証の二)、被上告人がアクリス社の下請的立場にあったことは明らかであり、被上告人がアクリス社から独立して、スイスにおいて製造業者としての一定の評価を得るのはかなり後のことであったであろうと合理的に推測されうる。

以上から明らかなように、被上告人は上告人と取引を開始するまで、会社としての実体も製造すべき商品もなく、上告人が被上告人の関連会社であるアクリス社の製品に本件商標を使用してようやく日本においてその最初の取引先を確保したのであり、被上告人の本国における実体形成に大きく上告人が関わってきたものである。

右のような被上告人設立当初の経緯があったからこそ、上告人に本件登録商標の出願が認められ、かつ、後述する本件三者間契約締結後も商標権者として被上告人とウールン商会との取引に独占的な形で関与することになったものである。

2.上告人に、本件登録商標を自己の取り扱う商品であることを示すものとして、使用すべき必要性があったこと

被上告人は、原審において上告人の取引がウールン商会との取引のみであり、上告人が上告人の他の取引先に対して、上告人の取扱にかかる商品を示す商標として本件登録商標を使用する必要が当初よりなかったかのようなミスリーディングな主張・立証活動を繰り返している(その最たるものは、本上告理由書B.の第三の四項で説明する本件の関連事件である大阪地方裁判所平成四年(ヨ)第一七三二号商標使用禁止等仮処分命令申立事件によって、上告人との関係が悪化したウールン商会の岩井泰治証人の証言、及び甲第六九号証の一の直原宏積の陳述書による立証活動である。なお、ウールン商会が右の関連事件により上告人と敵対していたことは、原審においても平成七年一二月二六日の岩井証人の証人尋問調書第一五頁以下において顕出されている)。

しかしながら、本件三者間契約が締結されるまでは少なくとも、前項で述べたサン・フレールとの被服取引の存在から明らかなように、上告人の取り扱う本件登録商標が付された商品の主たる取引先はウールン商会に限定されていなかったのが真実である。

すなわち、昭和五二年三月二二日付のマリオから上告人の前代表者に宛てた手紙によれば(甲第二三号証)、上告人は被上告人の商品を販売する相手方として、上告人の顧客であるサン・フレール、サンキ商事、コロネット商会の三社を紹介していることが記載されており、ウールン商会との取引が開始された昭和五四年以降も、上告人が織物に関してウールン商会とイシモトと取引し、絹布に関してはササクラとマルゼンに対して取引を行っていたことが証拠上明らかとされている(甲第四〇号証、甲第四一号証)。

そもそも、ウールン商会自体、前項で述べたように、元々昭和三六年頃から上告人と取引があった顧客として、被上告人に紹介されたのであり、上告人がこれらの顧客に対して自己の取扱に係る商品であることを示す商標として本件登録商標を使用すべき立場と必要性があったことは証拠上明らかである。

3.上告人が、本件登録商標権者として、取引先が発注した商品に類似する商品を排除して、市場を監督してきたこと

上告人の努力たより、次第にウールン商会との取引量を拡大するようになった以降も、我国の取引先に対して本件登録商標の付された商品に類似する商品を排除してきたのは、被上告人ではなく上告人であった。

すなわち、本件製品が日本において一定の評価を受けるようになるに従い、このコピー商品が出回るようになり、かつ前述したように被上告人が織物をアクリス社に納めていた関係から、被上告人の織物を原料としたアクリス社製の被服が日本に輸入されるようになったことから(ヨーロッパの業者やインターナショナル・アパレル・エル・ティー・ディ等を通じて、アクリス社製の商品が輸入されるようになった模様である(甲第二八号証、第三〇号証参照))、上告人の取引先から上告人に苦情がよせられるようになり、上告人はその対処に負われている。

すなわち、昭和五七年九月一四日付上告人前代表者のウールン商会宛の念書(甲第六七号証)、及び上告人代表者の平成七年六月一三日の本人尋問(同日付本人調書第四九頁第一一行目乃至一八行目)に明らかなように、ウールン商会が上告人に発注していた「ELBA」と「SIENA」という織物に関して、同一の織物を使用したアクリス社製の被服が日本に出回ったため、上告人がウールン商会に対してその発注した織物に関してはウールン商会のみが取り扱えるよう保証している。

また、次項で後述する、上告人が被上告人にその商標に「R」の文字を付加して本件登録商標と殆ど同一の商標に変更させたのも、上告人の登録商標の存在を示すことにより、これらのコピー商品を、本件登録商標により排除するために行われたものである。

このように、我国において本件登録商標を付した商品の信用を確保するため努力してきたのは上告人であり、上告人が本件登録商標権者として市場を監督してきたことは、証拠上明らかである。

4.上告人が自己の取り扱う被上告人の製造にかかる製品の内容に対して指示を与えていたこと

また、上告人は、単に被上告人の商品をそのまま輸入するだけでなく、本件登録商標が付される商品の内容に関しても、被上告人に具体的に指示を与えている。

原審に顕れた証拠だけでも、前述したサン・フレールとの最初の取引における被服のサンプルをどうすべきかに関して指示を与えていたことが分かっている(甲第二六号証)が、この他にも昭和五八年一月二四日付の上告人前代表者からマリオに宛てた手紙において(甲第五〇号証)、被上告人の「Black Elba」という織物を使用して、アクリス社に喪服を製造させ、これを本件登録商標を付けて上告人に輸出するように申し入れている。

この喪服企画はアクリス社の都合により結局実現しなかったが、上告人はこの他にも本件登録商標を付した商品の内容に関して、被上告人に様々な指示を与えており、本件登録商標権者として、商品の内容に関しても具体的な指示を与えてきたことは、証拠上明らかである。

三、本件三者間契約締結前における本件登録商標の商標権者としての上告人の立場の承認

1.被上告人及びウールン商会が本件三者間契約締結前から上告人が本件登録商標の商標権者であることを認識し、且つ了解していたこと

本件三者間契約締結前、被上告人、上告人及びウールン商会の三者の関係を考えるに重要な事実として、上告人が本件登録商標の商標権者であることを、被上告人及びウールン商会が認めていたことを指摘しなくてはならない。

すなわち、原審において被上告人は、上告人が本件登録商標を出願して商標権者となっていた事実を被上告人が知ったのは、マリオが被上告人会社を退社した昭和六三年以降であると主張し、この主張に沿うクリームラーの陳述書も提出されている(甲第五八号証)。

そして、被上告人は、上告人が被上告人に何ら報告することなく勝手に本件登録商標の出願をしていたことを初めて知ったため、昭和六三年七月八日、スイスにおいて、後述する被上告人会社を退社したマリオが当時設立を予定していた「MBF」なる競合会社(平成七年一二月二六日の岩井証人の証人尋問調書第六頁以下参照)に対する被上告人、上告人、及びウールン商会の対応を話し合うと共に(乙第五〇号証の一、第五二号証、及び第五三号証参照)、上告人と本件登録商標の商標権の帰属に関して話合い、上告人の前代表者が死亡するか被上告人と上告人との関係が終了した場合に、本件登録商標の登録を被上告人に移転するよう上告人に要求した(乙第六六号証)と主張している。

しかしながら、そもそもクリームラーは被上告人の出資者に過ぎず役員でなかったのであるから、仮に、クリームラーが主観的に上告人の本件登録商標の出願の事実を知らなかったとしても、被上告人が知らなかったことを意味するものでないことは、法律上当然の常識といえよう。

真実は、被上告人は上告人の本件登録商標の出願の事実をそれ以前から知っており、容認してきたのであり、原審に提出された証拠からも右の事実が明らかとなっている。

すなわち、B.第三、二の1項で前述した被上告人の設立当時から昭和六三年に退社するまでの間被上告人会社の役員を勤めていたマリオが、昭和五八年四月六日付で上告人前代表者に宛てた手紙の記載中(乙第七五号証)、上告人の要請により商標に登録を意味する「R」の文字を付加することを承認する旨の記載がある。

この登録の意味であるが、平成七年四月一八日の上告人代表者の本人尋問において明らかなように(同日付本人調書の回答番号五三)、上告人が出願していた旧商品分類第一六類に関する本件登録商標の出願公告決定が上告人の下に送付されてきたため(本件登録商標の出願公告決定がなされたのは昭和五七年一二月二〇日であり、その決定が上告人に発送されたのは昭和五八年一月二八日である。)、本件登録商標が登録されるであろうと予想されたことから、次期シーズンの商品に付すべき商標を変更するよう上告人が求めたのである。

遅くともこの手紙の前後において、上告人前代表者からマリオ宛てに右のような指示をする理由を明示した通知(例えば、乙第七五号証の手紙の冒頭に記載された524/83とのレター番号を有する手紙)や口頭での説明があったものと推測されるが、重要なのは、右乙第七五号証の手紙だけからでも、通知のなされた時期や商標変更の内容を考えれば、その「R」の意味が上告人の日本における商標出願を意味するとしか考えられず、原審において、被上告人の役員であるマリオが上告人の本件登録商標の出願を知っていたと十分に判断できることである。

すなわち、この当時被上告人は前述した自国のスイスを含む外国に対して、自ら商標出願すら行っておらず(前述したように、被上告人が出願したのは昭和五九年八月一七日である)、当該商品に関して昭和五八年四月六日の段階で登録の有無が問題となるのは、上告人が出願していた本件登録商標しかなかったのである。

したがって、この段階で上告人前代表者とマリオが商標登録の有無を議論していたという事実は、時期的に考えて上告人の本件登録商標の出願しかありえないことは明らかであり、また論理的に考えても、マリオが右意味を理解しないまま商標の変更に応じたことはありえないことも明らかであり、その結果マリオが当時上告人の商標出願の事実を知っていたことは証拠上明白である。

そして、被上告人の役員が上告人の本件登録商標の出願の事実を知っていた以上、被上告人が上告人の本件登録商標の商標権者であることを昭和六三年の段階まで知らなかったことはありえない。

また、上告人と密接な関係を維持していたウールン商会も、当然上告人が本件登録商標の商標権者であることを知っており、だからこそ度々本件登録商標の使用に関し、ウールン商会は上告人にその使用の許可を求めてきたのである(後述する昭和六一年一月一八日付上告人前代表者及びウールン商会元代表者間の念書である乙第六二号証参照)。

このような理解に立って初めて、後述する本件三者間契約締結後も、上告人が登録商標権者として被上告人と上告人との取引に関与し、その取引を監督する立場を維持することを被上告人とウールン商会が望んだ理由が理解できるのである。

2.上告人が本件登録商標権者として、商品に付する具体的標章に対し指示を与える地位にあることを、被上告人も認めていたこと

前述したように、上告人は被上告人が被服に付していた具体的な標章の作成に直接係わっていたものであるが(甲第二九号証、「For your such high qualities and latest fashionable apparels in expensive prices, it cannot be suitable at all with cheapish printed labels; it must be attached with some gorgeous woven labels or rather without any sew-in labels this time.」とラベルを印刷の安っぼいものでなく、豪華な織りラベルにするよう指示している、甲第三四号証等)、本件登録商標の指定商品である織物に付する標章に関しても、昭和五四年の織物取引の開始直後の昭和五四年八月六日頃から既に織物用の織りラベルや商品タッグにつき上告人が具体的指示を与え(甲第三八号証、第三九号証、第四一号証等)、昭和五七年七月二二日以降は織物の耳の部分に耳プリントとして商標を印字するよう指示する(甲第四八号証、第四九号証)等、我国での当該商品の流通の際に織物に付すべき商標として用意する代表的な三つの具体的標章の作成に、企画段階から加わっていたことが証拠上明らかに認められる。

そして、前述したように、本件登録商標の出願公告決定後、上告人の指示に基づき、商標に登録を意味する「R」の文字が付加され、「Cosilan」と表示された(平成七年一一月二日の岩井証人の証人尋問調書二八頁二〇行目及び二一行目において、上告人を通じて提供された被上告人の(織物の)原反に、乙第六号証の一に示された標章から上告人の名前の「横文字」がなく、「コシランしかマークが付いて」いない商品タッグが付いていたと証言している)本件登録商標と殆ど同一の商標が確定したのである。

このように、被上告人は上告人の指示に従い、上告人が日本において販売乃至譲渡する商品に付すべき商標を作成していたのであり、被上告人が上告人の日本における商標権者としての地位に鑑み、その指示に従っていたことは証拠上も明らかである。

四、本件三者間契約締結後も上告人が本件登録商標の商標権者としての立場を有すると三者の間で認識且つ了解されていたこと

1.被上告人とウールン商会との取引を監督する上告人の立場

前述したように、昭和六〇年三月一四日、被上告人、上告人、及びウールン商会の三者間において、本件三者間契約が締結された。

すなわち、スイスにおいて、被上告人の役員であるマリオ、上告人の前代表者、ウールン商会のハギオ氏が一同に会し、被上告人の製造する商品を日本でどのように販売するかが協議された。

そして、前項において詳述したように、被上告人及びウールン商会双方共、上告人が本件登録商標権者であることを知っており、被上告人及びウールン商会は両者の取引関係に、上告人が商標権者の立場で積極的に関与して貰うことを期待し、登録商標権者として、我が国における商品の流通を監督すべき上告人の立場が改めて確認されたのである。

だからこそ、本件三者間契約においても、上告人は、単に代理業務及び輸入業務を行う者ではなく、より主体的な立場で被上告人とウールン商会との間の取引を監督(甲第六〇号証、「CONTROL THE BUSINESS AT ALL TIME」)することが明記されたのであり、本件三社間契約締結後マリオが退社してその関係を再構築する必要に迫られた昭和六三年六月二二日の時点でも、ウールン商会は被上告人との取引に上告人が関与して、日本市場を監督することを望んだのである(乙第五〇号証、「strictly control the special complicated market of Japan」)。

このように理解して初めて、上告人がわざわざ被上告人とウールン商会との間の取引に関与する意味が分かるのであり、原判決が上告人が代理業務と輸入業務を行っていたにすぎないと認定したことが三者の関係をいかに皮相的にしか見ていないかは自明であろう。

2.本件三者間契約締結後も、ウールン商会が上告人を本件登録商標の商標権者の立場を有する者との認識及び了解の下、取引を続けてきたこと

ウールン商会は本件三者間契約を締結したことにより、直接被上告人との間で契約関係にたち、単に被上告人の製帰を取り扱うだけであれば、これまで上告人に許可を求めてきた広告宣伝に関しても(甲第四二号証、第五一号証、第五四号証、及び第五五号証)、被上告人に直接許可を求めうる立場となったのである。

しかしながら、ウールン商会は上告人が本件登録商標の商標権者であることを前提に、上告人に被上告人とウールン商会との取引への関与を求めていたことから、本件三者間契約締結後も被上告人の製品を上告人の本件登録商標の下で広告宣伝する場合、上告人に対して、その商標の使用の許可を求めているものである(乙第六二号証、平成七年一二月二六日付岩井証人の証人尋問調書二〇頁)。

このことは、本件三者間契約締結後も、ウールン商会は、上告人が本件登録商標権者であるとの認識並びに了解にあったことを意味する。

また、本件三者間契約締結後も、ウールン商会は、上告人の取り扱いに係る被上告人以の者が製造した製品を購入し、これを本件登録商標の名の下で販売している。

すなわち、平成七年一二月二六日の岩井証人の証言(同日付の証人尋問調書六頁乃至七頁)に明記されているように、上告人は、昭和六三年被上告人会社を退社したマリオが設立したMBFという被上告人の競合会社から織物を仕入れ、これをウールン商会に譲渡し、ウールン商会はこれに本件登録商標と殆ど同一の商標を付して販売していた。

このMBF社から仕入れた製品に本件登録商標が付されるようになった経緯や、時期等の事実は、原審が適切に釈明権を行使しなかったため、原審の記録上は右の事実しか明らかにされていないが、少なくとも、ウールン商会は上告人の取り扱う被上告人以外の製造業者の製品に本件登録商標と殆ど同一の商標を付して販売していたのであり、ウールン商会が上告人の本件登録商標権者としての地位を認識且つ了解していたことは明らかである。

なお、本件登録商標の付されたMBF社の製品に関しては、本上告理由書B.第三、二、2項において前述したように、本件の関連事件である大阪地方裁判所平成四年(ヨ)第一七三二号商標使用禁止等仮処分命令申立事件において、上告人とウールン商会との間で紛争がおきており、記録上、昭和六三年秋冬物(本件において商標の使用の有無が問題とさるべき期間内)から上告人がMBF社から仕入れた商品をウールン商会に販売する取引が開始され、このように登録商標権者である上告人を通すことによって、ウールン商会がこれに本件登録商標を付すことに上告人が許可を与えていたことが判明しており、このことからも本件三者間契約締結後も、ウールン商会が上告人を本件登録商標の商標権者として認識、了解の下、取引を継続してきことが裏付けられるものである。

五、原判決の経験則違反のまとめ

以上より明らかなように、原判決が被上告人、上告人、及びウールン商会の三者の基本的枠組を、被上告人と特約店であるウールン商会との取引関係に上告人が代理業務及び輸入業務を行う者として単に関与してきたにすぎず、上告人とウールン商会との取引において、上告人には本件登録商標を使用すべき立場も必要性もなかったと判断したことは、原審において明らかにされた証拠及び事実のみを基礎としても、本件三者間契約の表面的な形式のみに目を奪われ、三者の関係が形成されてきた前記経緯を全く無視し、かつ、本件三者間契約に関しても皮相な事実のみにとらわれて上告人の商標権者としての地位と必要性を看過した誤りがあり、採証法則を誤り、かつ不合理な経験則に従った違法がある。

すなわち、本件三者間契約締結前において、上告人に我国の国内取引において本件登録商標権者としての立場と必要性が認められ、被上告人及びウールン商会は上告人の本件登録商標権者としての役割に期待していたことは、証拠上も明らかである。

このため、本件三者間契約が締結された後も、上告人が本件登録商標の商標権者として被上告人とウールン商会との独占的売買契約に商標権者としてこれに関与していくことが望まれ、特にウールン商会においては、上告人が取り扱う被上告人以外の製品に上告人の承諾を得て本件登録商標を付していることからも明らかなように、上告人の商標権者としての立場を重視してきたものである。

このような、証拠から明らかな事実を前提とすると、原判決に経験則違反の違法があることは明らかであり、右経験則違反がなければ、上告人に本件登録商標権者としての立場と必要性があったことが認められ、その結果上告人による本件登録商標の使用が認定されていたであろうから、原判決の結論が異なっていたことは明らかであり、原判決は取り消されるべきである。

第四、原判決が審理不尽のまま結審して判決した違法があること

本上告理由書において既に詳述したように、上告人が本件登録商標と殆ど同一の商標が付された被上告人の製品をウールン商会に納入等していたことに関して、原判決が上告人に本件登録商標を使用すべき立場も必要性も認めず、上告人の商標の使用は単なる被上告人の商標の使用であって、本件登録商標の使用にあたらないと判断したことは、商標法第五〇条の解釈・適用を誤り、しかも経験則違反の判断を基礎とする結論であって、その違法は明らかである。

また、原判決が本件登録商標の使用に関する判断の基礎とした、上告人の本件登録商標を使用すべき立場と必要に関して、Bの第三段に詳述したように、これだけ原判決の判断と対立する証拠が原審において顕れているのであるから、当然にその趣旨を釈明して慎重に審理を進めるべきであった。

原審において、右の釈明義務が適切に行使されていれば、上告人も十分これに応えた訴訟活動をなしえたであろうから(例えば、前述した本件の関連事件の記録を証拠として提出することも可能であったし、本件不使用審判において乙第一五号証として提出されていた昭和五八年八月三日付の上告人前代表者からマリオに宛てた手紙で、上告人名義で本件登録商標が出願され、順調に登される見込みを伝えた内容の書証を提出することも可能であった)、前述した上告人の本件登録商標を使用すべき立場と必要性をより詳細に裏付けることも可能であった。

従って、原審は右のような訴訟活動を十分なしうるよう釈明権の行使を含む適切な訴訟指揮を行う義務があったのであり、このような義務を果していれば、原判決が上告人の本件登録商標の使用を否定することはありえず、原判決の結論が変わっていたことは明らかであるから、この点からも原判決は取り消されるべきである。

C.他人使用の事実に関する釈明義務違反及び審理不尽の違法について

第一、原審において審理された使用事実

本上告理由書B.第一の一項において前述したように、原判決は、本件審決の理由となった上告人とウールン商会、エスター、ハマ、キャビタルの四者との取引における、上告人の本件登録商標の使用事実を審理の対象としている。

そして、当該取引において、上告人自身が本件登録商標を自己使用していたと法律上評価できるか否かが、事実上原審の審理の対象となっている。

しかし、本件においては、B.第三の二項及び三項に詳述した原審に顕われている「本件三者間契約が締結されるまでの経緯及び状況」を鑑みれば、原審が認定した「被上告人、上告人及びウールン商会の三者間取引」が、本件商標権者たる上告人による被上告人あるいはウールン商会に対する本件商標権使用のライセンスと法律上評価しうることは明らかである。

すなわち、以下に説明するように、原審で、上告人は、ウールン商会乃至被上告人に対して、本件登録商標の登録商標権者として、その使用を許諾してきた事実が明らかとなっており、本上告理由書B.章において詳述した上告人の本件商標の自己使用のみならず、ライセンスによる本件登録商標の他人使用の事実に関しても、原審が釈明権を行使して、十分な審理を尽くさせるべき義務があったことは明らかであり、原判決に釈明義務違反及び審理不尽の違法があったものである。

第二、本件において原審で明らかとなっている他人使用の事実並びに原審の釈明義務違反及び審理不尽の違法

周知のとおり、商標法第五〇条において問題となる商標の使用の有無は、商標権者自らが商標を使用する自己使用の事実のみならず、商標権者から使用することを許諾された者が商標を使用する場合の他人使用も含まれる。

そして、本件において原審で明らかとなっている、本上告理由書B.第三、二項及び三項において詳述した「被上告人、上告人及びウールン商会の三者の関係が形成された経緯、本件三者間契約の締結までに上告人が我国で果たしてきた本件登録商標の登録商標権者としての重要な役割、本件三者間契約の締結までに上告人が被上告人及びウールン商会から本件登録商標の登録商標権者として被上告人とウールン商会との間の取引を監督する地位を認められてきた事実」等を考慮すれば、上告人を被上告人とウール商会の取引に介入させる本件三者間契約に基づく取引は、上告人からウールン商会乃至被上告人に対し、本件登録商標を我国で使用することに関して、ライセンスが付与されたと評価することが法的に十分に可能であり、右の他人使用の事実に関して、原審が全く意を払わなかったことは、少なくとも釈明義務違反と評価せざるをえないものである。

特に、本上告理由書B.第三、三項において説明したように、被上告人及びウールン商会は本件三者間契約の締結前に上告人が本件登録商標の商標権者であった事実を既に知って且つ了解していたものであり、B.第三、四項に詳述したように、本件三者間契約において、本件登録商標権の侵害となることを回避するためにも、また第三者の商標権侵害を排除するためにも、上告人を被上告人とウールン商会との取引に介入させることが取引を継続する上で是非とも必要であったものであり、かつ、上告人に商標権者として右取引を監督して市場を管理することを期待してもいたのであり、正に本件三者間契約に基づく取引は、上告人が本件登録商標の我国における使用を自己がその取引に介入する形でウールン商会乃至被上告人にライセンスしていた関係と法的に評価しうるものである。

なお、更に付言すれば、原審に顕れた証拠から必ずしも明確でないものの、本上告理由書B.第三、四、2項において前述した「上告人の許諾の下、MBF社の製品(被上告人の製品ではない)にウールン商会が本件登録商標と殆ど同一の標章が表された織りネームを付し、これらの商標を付した商品を販売していたこと」からも、上告人によるウールン商会に対する本件商標の右のライセンス賦与の関係が一層明確に裏付けられるものである。

そして、原審が原審において顕れた前記他人使用の事実について上告人に釈明権の行使を含む適切な訴訟指揮を行っていれば、上告人は右MBF社製品に関する証拠も適切に提出できたものであり、この点からも原審に釈明義務違反があることは明らかである。

結局、原判決は、上告人の本件登録商標の自己使用の事実のみに気をとられ、原審で明らかとなっていた「本件三者間契約に基づく取引を上告人によるウールン商会ないし被上告人に対する本件商標のライセンスと評価できること」に何ら意を払わず、適切に釈明権を行使することを怠り、審理を尽くさせなかった違法があるものである。

そして、これらの違法がなければ、原判決の結論が変わっていたことも明らかであるから、原判決は取り消されるべきである。

D.結論

以上のように、原判決には法令の解釈・適用の誤り、経験則違反、釈明義務違反、審理不尽の違法があり、それぞれの違法がなければ原判決の結論が異なっていたことは明らかであるから、取り消されるべきである。

以上

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