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最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)157号 判決 1997年4月25日

東京都中央区銀座一丁目九番八号

上告人

キーパー株式会社

右代表者代表取締役

山崎昭

右訴訟代理人弁理士

小池恒明

浅村皓

森徹

岩井秀生

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第一四三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年五月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小池恒明、同浅村皓、同森徹、同岩井秀生の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成七年(行ツ)第一五七号 上告人 キーパー株式会社)

上告代理人小池恒明、同浅村皓、同森徹、同岩井秀生の上告理由

第一.原判決は、引用例発明の解釈において当事者の一致した評価を考慮しなかった誤りがあり、その結果、判断を遺脱し、ないしは理由齟齬、審理不尽の違法がある。

即ち、金属製バックアップリングにおいて(c)の技術課題が存在することについては、被上告人も原審でこれを認め原判決もそれを認定している(第四五頁第五-第七行目)にも拘わらず、原判決は右(c)の技術課題の存在をその理由中では否定し(第四六頁第八-第四七頁第一行目)、よって左の三点において誤りを犯したものである。

(1) 本願考案の構成において、バックアップリングの材質が合成樹脂製のものに特定されている(A-一の構成)点について、第四八頁第一五乃至第四九頁第八行目においてその判断を誤り(取消事由一)、

(2) また、本願考案が「バックアップリングの内周面が、…該軸にほぼ平行に延びるように」構成されている点について、第六四頁第一〇乃至第六五頁第一七行目においてその判断を誤り(取消事由三)、

(3) さらに、本願考案の「補強環4の径方向内方部41とリップネック部6の内周面との間の空隙内に、その空隙の内面に対して接着されず、かつ上記シール本体7にこれを変形させる力が加えられていないときに該空隙の内面に緊密に係合するように装着された合成樹脂製のバックアップリング2とを有し、」の構成と、右(1)、(2)の構成との組み合わせにより、(e)の技術課題を克服することを可能とした本願考案の独自の作用効果について、その取消事由五において特に検討することなく(第七一頁)、これらの点において原判決はその結論に対し影響を及ぼすべき違法がある。

一.審理不尽-右(1)の誤りについて-

1.原判決は、本願考案において合成樹脂製のバックアップリングを採用したのは(a)及び(b)の課題解決のためと認められると断定し(第四六頁第八-第四七頁第一行目)、当事者の一致した評価である(c)の技術課題(第四五頁第五-第七行目)をその理由中では否定した(第四七頁第二-第四九頁第八行目)。

2.その(c)の技術課題とは左の認定の通りである(第四四頁第一五-第二〇行目)。

「(c)バックアップリングの内周面が回転軸に接触したときに、その軸を損傷させてしまい、したがって、バックアップリングの内周面が回転軸に接触することによって、リップネック部の所定値以上の引っ張り応力が作用することがないという作用効果が得られないという欠点」

3.原判決が右(c)の技術課題を否定した理由は、原判決がその第四七頁第二乃至第四八頁第四行目で引用するところの甲第四号証(以下、「本願明細書」という。)の記載にある。

しかし、原判決の右理由は、その引用した本願明細書中の第四七頁第一一乃至第一六行目の「例えばバックアップリングの内周面が第二図の左側から右側に向けて徐々に径を増加させていくように傾斜して延びているような場合には、バックアップリングのは右端に近づくにつれてバックアップリングの内周面と回転軸との間の間隙が大きくなるために、上記のように内周面が回転軸に接触することによる利点は得られない。」という記載の技術的意味を理解しないでなされたものである。

4.引用された第四七頁第一一乃至第一六行目における本願明細書の右記載は、それに続く「また、このような形状のバックアップリングが金属製でなく、合成樹脂製である場合には、」(第四七頁第一六-第一八行目)の記載から明らかな通り、金属製バックアップリングについての問題点を指摘した記載である。

5.したがって、右記載は金属製バックアップリングにおける右(c)の技術課題に対応する作用効果に関するものである。

右記載中の「上記のように内周面が回転軸に接触することによる利点は得られない。」(第四七頁第一五、一六行目)のは、金属製バックアップリングにおいては「バックアップリングの内周面が回転軸に接触する」と「その軸を損傷させてしま」(第四四頁第一五-第一七行目)うことによる((c)の欠点)。従って、金属製バックアップリングにおいては、該内周面と該軸とを「接触」させることができないので、その両部材間に「間隙」(第四七頁第一五行目)が生じ、「したがって、バックアップリングの内周面が回転軸に接触することによって、リップネック部の(「に」の誤り。-上告人-)所定値以上の引っ張り応力が作用することがないという作用効果が得られないという欠点」(第四四頁第一七-第二〇行目)、つまり(c)の技術課題が存在するのである。

6.右記載中の「接触することによる利点」とは、その前段の甲第四号証第一〇頁の記載から明らかな通り、

(ⅰ)「バックアップリング2の内周面が回転軸10にほぼ平行に延びていれば、上記のような力が作用しても、内周面が回転軸10に接触することによって、リップネック部6の所定量以上の変形が阻止される。従って、リップネック部6に所定値以上の引っ張り応力が作用することがない。」(同頁第六-第一二行目)こと、

(ⅱ)及び、「また、内周面が回転軸10に接触することによって、第2図においてバクアップリング2が下方へ移動してリップネック部6と補強環4の径方向内方部41との間の間隙から抜け出すことが阻止される」(同頁第一二-第一六行目)ことを意味している。

金属製バックアップリングは、その内周面が「ほぼ平行に延びてい」ても「接触」させることができないので右(ⅰ)の利点が得られず、また同様に右(ⅱ)の利点も得られない。

なお、明細書の右記載は、金属製バックアップリングの内周面形状が「傾斜して延びているような場合」(第四七頁第一二、一三行目)について述べられているが、これは該内周面形状が「平行に延びて」(同頁第六行目)いる構成の場合に比較して、より「間隙が大きくなるために、」(同頁第一五行目)「接触することによる利点は得られない」ことの問題性がより大きいことによる。

7. 以上の通り、本願明細書は、金属製バックアップリングにおいて、それが変形するか否かについて一切言及することなく、「接触することによる利点は得られない。」ことの問題性を指摘している。

然るに、原判決はその第四八頁第一五乃至第四九頁第八行目において、「前記のとおり、金属製のバックアップリングは高圧による変形がほとんどないと認められる」ことを理由に、「原告主張の(c)の欠点を克服することに格別の意義があるとは認められない。」との誤った判断を下した。

なぜなら、『前記のとおり』としているが、その「前記」には、右に詳述した通り、金属製バックアップリングにおいて「高圧による変形」があるか否かについては一切言及されていないからである。

原判決のこの判断がそこに引用された第四七頁第一六乃至第四八頁第三行目の明細書の記載の反対解釈から導かれたものであることはその第四八頁第四乃至第一五行目の認定から明白である。

金属製バックアップリングにおける問題点は該内周面と該軸との間に『間隙』が存在することにあり、このことを本願明細書は第四七頁第一一乃至第一六行目で認定されている通りの指摘をしているのであるから、原判決はこの点において審理を尽くさず、よって当事者の一致した評価である(c)の技術課題を否定した違法がある。

8. 以上の原判決の誤りは、本願明細書を国語的に分析することにより一層明白となる。

原判決が引用している甲第四号証第一〇頁第三行乃至第一一頁第一一行目までの記載は、第一〇頁第一七行目に「即ち、例えば…」と段落が置かれている通り、二段落から成る。

その前段(第一〇頁第三行-第一六行目)は、本願考案の合成樹脂製バックアップリングにおける該内周面形状が「ほぼ平行に延びるように構成した場合の作用効果についての記載である。

その後段(第一〇頁第一七行-第一一頁第一一行目)は、金属及び合成樹脂製バックアップリングにおける該内周面形状が「傾斜」している場合には右前段のような本願考案の作用効果が得られないという記載である。

そして、右前段、後段は共に「また、」という接続詞によってさらにそれぞれ二分される。

まず、前段は第一〇頁第一二行目の「また、」によって二分され、その前半(第一〇頁第三-第一二行目)にはリップネック部に「引っ張り応力が作用することがない。」という作用効果について述べられ、その後半(第一〇頁第一二-第一六行目)には「抜け出すことが防止される。」という作用効果について述べられている。

後段は、「即ち、例えば」として右前段の記載を受けて、右二つの作用効果が得られない場合について例示的に述べている。後段も、第一一頁第三行目の「また、」によってさらに二分され、その前半(第一〇頁第一七-第一一頁第三行目)には、右に詳述した金属製バックアップリングについて述べられ、その後半(第一一頁第三-第一一行目)には、原判決において反対解釈する根拠となった合成樹脂製バックアップリングについて述べられている。

ところが、原判決は、右前段と右後段の後半部分にのみに、基づいて右の判断をなしており、同じ明細書の記載でありながら(c)の欠点について最も関係の深い右後段における前半部分(第一〇頁第一七-第一一頁第三行目)の記載については全く顧慮していないことは明白である。

二. 理由齟齬-右(2)の誤りについて-

原判決は、本願考案の「バックアップリングの内周面が、…該軸にほぼ平行に延びるように」構成されている点について、第六四頁第一〇乃至第六五頁第一七行目においてその判断を誤ったもの(取消事由三)である。

即ち、引用例一のような内周面形状が「傾斜」している金属製バックアップリングについて、本願明細書は両部材間の「間隙」による問題点を明記しており(甲第四号証第一〇頁第一七-第一一頁第三行目)、原判決も当該記載部分を引用している(第四七頁第一一-第一六行目)。そして、上告人は原審において右記載に基づいて(c)の欠点を主張しており、被上告人もまたその(c)の欠点を自認していることは原判決も認定している通りである。

このように、原判決は、一方において、金属製バックアップリングにおける「間隙」の問題点について本願明細書の右当該記載を認定し、しかも当事者間に争いのない(c)の欠点をそれ々認定していながら、他方において、右「間隙」による問題点を全く否定した(第六四頁第一〇-第一五行目、及び第六五頁第五-第一〇行目)ことは、明白かつ重大な理由齟齬の違法がある。

なお、本願明細書の右当該記載は金属製バックアップリングの内周面が「傾斜」状である場合について述べているのに対し、右(c)の欠点はその内周面形状を問わない金属製バックアップリング一般について述べられている点において差異が認められるが、その内周面形状が「平行」である場合はともかく、少なくともそれが「傾斜」状である場合においては右(c)の欠点と右当該明細書の記載とは対応関係に有り、従って、原判決にはやはり右違法があると言わざるを得ない。

三. 判断遺脱-右(3)の誤りについて-

本願考案の「該空隙の内面に緊密に係合するように装着」されたバックアップリングの構成は、引用例一のものにも一応存在するか如きの構成であることから、両者に一致する構成として消却されたものであるところ、引用例一における金属製バックアップリングにおいては該構成に基づく(e)の技術課題を克服する作用効果が得られず、また従来技術における合成樹脂製バックアップリングにおいては右構成自体が存在せず、従って該作用効果を実現した従来技術は一切存在しないのであるから、右(e)の技術課題自体が金属、合成樹脂を通して従来技術において知られていない新規な問題点とみなされるべきであり、従ってこの問題の解決を求めて金属製における引用例一の本構成に相当するものと合成樹脂製における右(1)(2)の誤りで指摘した各構成とを組み合わせることは理論的にあり得ず、よってこの不可能を前提とする原判決にはその結論に影響を及ぼすべき理論の誤りがある。

1. 本願考案と引用例一とに一部一致する構成があっても、引用例一における該構成全体に基づいて当該作用効果が得られていないときは、その点に関する判断が当然になされなければならない。

本願考案において(e)の技術課題「(e)リップネック部の内周面へのバックアップリングのフィット性が良くなく、耐圧性に乏しいという欠点」が指摘されていることは、被上告人も自認するところである(第四五頁第五-第九行目)。

そして、本願考案の「補強環の径方向内方部とリップネック部の内周面との間の空隙の内面に緊密に係合するように装着」されたバックアップリングの構成が右(e)の技術課題に直接関係したものであることは、原判決も認めるところである(第五四頁第八-第一五行目)。

ところが、引用例一のバックアップリングにおいては右(c)の欠点を有するものであるから、引用例一明細書及び図面を総合して本願考案と同様の右構成が開示されているようにみえても、該構成全体に基づく右(e)の技術課題を克服した作用効果は得られていない。

然るに、原判決は、右一、二項で述べた様に、引用例一発明において右(c)の欠点が有ること自体を否定したために、その取消事由五においてこの点についての判断を全く遺脱している。

2. そして、すべての従来技術において、右(e)の技術課題を克服した作用効果が実現されていないときは、特段の事由のない限り、右(e)の技術課題を克服する構成自体が新規なものである。

合成樹脂製のバックアップリングにおいては、引用例一のような金属製のバックアップリングと異なり、右(c)の技術課題は存在しない。しかし、これらのものはいずれも本願考案と同様の右「緊密に係合する」構成を有しておらず、従って、右(e)の技術課題を克服した作用効果は実現されていない。(なお、原判決は、甲第七号証について、右「傾斜部」の構成が「開示されていると認められる。」(第四八頁第九-第五〇頁第五行目)としているが、これには明白な誤りがある。その第二図に示されているように、その「他端部」は垂直であり、「傾斜して延び」ている構成を有していないからである。)

3. このように、右(e)の技術課題が今まで全く意識されたことのない新規なものであるときは、本願考案の各構成が数個の従来技術中のそれぞれにその一部として開示されているようにみえても、該課題の解決を求めてそれぞれの各構成を組み合わせるための技術的示唆は何処にも存在せず、従って、これら各構成の組合せ自体に技術的困難性がある。

第二. 理由不備の違法について

1. 原判決は、「バックアップリングの内周面が回転軸に接触させる構成を採用しなくても、バックアップリングによってリップネック部の変形を阻止できる構成にすることができるものと認められる。」とし、その唯一の理由として「金属製のバックアップリングは高圧による変形がほとんどないと認められる」(第四八頁第二〇-第四九頁第五行目)ことを挙げているが、これは、いわば、問いに対して問いで答えたに過ぎず、この重要な問題について実質的な理由が何も示されていない。

「金属製のバックアップリングは高圧による変形がほとんどない」、だから「バックアップリングによってリップネック部の変形を阻止できる構成にすることができる」との原判決の判断では、その中間に存在する金属製バックアップリングにおける「間隙」の問題点を全く飛びこえて結論を導いたことになる。

さらに、「変形を阻止できる構成にすることができる」とはいかなる意味か不明である。原判決は金属製であればそもそも「変形」しないと述べているのであるから、その「変形を阻止できる構成」についてバックアップリングの材質を金属製にしたこと以外にどのような構成が考えられるのか、全くその理由が示されていない。

2. 原判決は、(e)の「リップネック部の内周面へのバックアップリングのフィット性が良くなく、耐圧性に乏しいという欠点」(第四五頁第三-第五行目)について、「バックアップリングの材質が合成樹脂製であることによって奏する格別の効果とはいえない。」(第五四頁第一五-一七行目)と判断している。

しかしながら、右(e)の技術課題は、原判決も認定している通り「(e)の欠点が合成樹脂製のバックアップリングに限定されないことは、当事者間に争いがない。」(第四五頁第七-第九行目)のであるから、この(e)の欠点はバックアップリングの「材質」に直接的に係わる技術課題ではない。

然るに、原判決は、この(e)の技術課題について「バックアップリングの材質」による効果としてのみ判断しているに過ぎず、その余の各構成との組合せについて全くその理由が示されていない。

以上

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