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最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)1719号 判決 1995年7月14日

上告人

具基万

右訴訟代理人弁護士

中村詩朗

右訴訟復代理人弁護士

奥田保

被上告人

横内瑠美子

主文

原判決を破棄する。

本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人中村詩朗の上告理由について

一  本件訴訟は、上告人が被上告人に対し、有限会社丸富地所(以下「丸富地所」という。)が振り出し、被上告人及び横内輝久が裏書した金額四五〇万円の約束手形(以下「本件手形」という。)の手形権利者として、右手形金及び手形法所定の利息の支払を求めるものであるところ、原審は、(1) 本件手形は、有限会社東武ファイナンス(以下「東武ファイナンス」という。)が平成三年一〇月二日に丸富地所に対し弁済期を同四年一〇月一日として貸し付けた元本六〇〇〇万円に対する同年七月二日から同年一〇月一日までの利息の支払のために振り出されたものであること、(2) しかし、丸富地所は東武ファイナンスに対し、右利息が発生する前の同年二月一二日に右貸金元本の全額を弁済したため、右期間の利息は発生しなかったこと、(3) 上告人は、本件手形を取得した当時、それが未発生の利息の支払のために振り出されたものであることを知っていたことを認定した上、被上告人が主張した手形法一七条ただし書のいわゆる悪意の抗弁を認め、上告人の請求を棄却すべきものと判断した。

二  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

手形所持人が、手形を取得する際に、当該手形が貸金債権の未発生の利息の支払のために振り出されたものであることを知っていても、貸金債権の約定利息は時の経過により発生するのが通常であるから、貸金債権の元本が弁済期前に弁済され利息が発生しないであろうことを知っていたなど特段の事情がない限り、手形法一七条ただし書にいう「債務者ヲ害スルコトヲ知リテ手形ヲ取得シタルトキ」には当たらないものというべきである。

そうすると、上告人が本件手形を取得するに当たり、それが未発生の利息債権の支払のために振り出されたものであることを知っていたことのみから、前記悪意の抗弁を認めた原審の判断には、手形法一七条ただし書の解釈適用を誤った違法があるものというべきであり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、前記特段の事情の有無等について更に審理を尽くさせる必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一)

上告代理人中村詩朗の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

一 手形法第一七条但書に定めるいわゆる悪意の抗弁については、所持人が手形取得時に悪意であったことがその要件とされている。

1 この点に関しては「約束手形を白地裏書によって取得した者が、右取得に際して、その手形は裏書人から請負代金の前渡金として受け取ったものであることを知っていたけれども、後に手形振出の原因たる請負契約が合意解除されることがあるであろうことを予想していたと認められるような事情がなければ、本条(手形法第一七条)但書にいわゆる債務者を害することを知って手形を取得した者に該当しない。(最高昭和三〇年一一月一八日第二小法廷)」との代表的判例のほか多数同旨の判例が存在している。

2 従って、手形取得時に振出人・受取人(裏書人)間の手形振出原因関係を了知していた手形取得者であっても、その後に右原因関係が消滅することを予想していなかったときは、いわゆる悪意の手形所持人ではないとすること、確立した判例である。

二 上告人の本件約束手形取得と手形法第一七条但書の適用

1 本件約束手形は、平成三年一〇月二日付の訴外有限会社東武ファイナンス(以下「訴外会社」と略称)の被上告人会社に対する、期限一年、金六〇〇〇万円の貸金の、平成四年七月二日から同年一〇月一日まで三ヶ月分の利息の支払のために振り出されたものであり、この事実は、上告人もその振出時点から了知していたものである(甲第二〇号証)。

2 しかし、右貸金債務は、契約締結時の背信行為の責任をとった被上告人会社において平成四年二月五日に弁済された結果、本件約束手形の原因関係は消滅し、訴外会社につき、本件約束手形を被上告人会社に返還すべき債務が発生した。

3 上告人においては、平成三年一一月二八日、訴外会社から本件手形を取得した際において(甲第一号証)、被上告人会社の前主である訴外小島弥太郎に対する事実関係の確認も経て、担保不動産が担保提供者である被上告人会社の所有に属するものと信じていたものであって、その「確認」が、被上告人会社代表者の欺罔行為によるものであることを察知するに由なかったものであり、本件約束手形取得時において、その元本債権が期日前に弁済されることになり、その結果、利息支払のために振り出された本件約束手形の原因関係が消滅することを予想することなど、全くありえなかったものである。

4 又、高利の、いわゆる市中金融においては、期限の利益は債権者、債務者の双方にあり、本件の場合も、被上告人会社において最終期限までの利息支払のための約束手形を振り出すなど、当事者双方とも、期日前の弁済は、これ又全く予定していなかったものである。

5 なお、元本債務の支払のために被上告人会社が振り出した手形については、甲第一一号証、証人吉原高義尋問調書第一〇四項によれば「何か問題があったときには期日を補充して取立に出す」ことができるように「期日白地」であった、とあるが、これは「問題が生じる」ことを予想していたからではなく、予想もしていなかった「問題が生じた」とき――振出人ないし裏書人の逃亡など――敏速に対応するための措置であり、本件約束手形の原因関係の消滅について、あらかじめこれを予想しうるような事情はなく、事実予想してもいなかったものである。又弁済期に債務者が先利息を支払って期限の延期を求めることもあり、その場合の便宜のためにも市中金融においては元本債務支払のための手形の期日を白地とする例は多い。

三 本件約束手形の上告人への裏書の原因関係

1 前記訴外会社の被上告人会社に対する貸付は、同額を、右貸付と同一条件で上告人から訴外会社が借り受けて実行し、訴外会社は、被上告人会社から五%の手数料をうるという融資形態であった。

2 訴外会社が被上告人に対する貸金及び利息の担保として裏書交付を受けた約束手形四通のうち、元本債権相当分の約束手形一通のみが訴外会社の上告人に対する借入金元本債務の支払のため、即日更に上告人に裏書譲渡されたが、利息担保の三通の約束手形(その内の一通が本件約束手形)は上告人の諒解のもとに、訴外会社が自己資金に当てるためこれを所持したものであって、上告人の訴外会社に対する貸金の利息分については、根抵当権のみであり、本件約束手形外二通の手形は利息分の担保には供されなかった。

3 ところが訴外会社が関与した、別件の訴外中村富士枝に対する金員貸付に際し、根抵当権を設定すべき担保不動産の範囲につき訴外会社に手落ちがあったことが、平成三年一一月一五日頃に判明したことから、訴外会社は訴外中村富士枝の上告人に対する債務の内入弁済として、本件約束手形を含む三通の約束手形を上告人に対して、裏書譲渡したものである。

4 以上のとおり訴外会社から上告人に対する約束手形裏書譲渡の原因関係は、本件利息支払のためではないので――その原因関係が利息支払のためなれば、元本支払によりその原因関係も消滅し、上告人は訴外会社に対し、本件約束手形の返還義務を負うこととなり、被上告人に抗弁しえなくなるであろうが――被上告人会社の元本弁済によっても、訴外会社と上告人間においては本件約束手形返還義務は発生しない。(以上吉原高義の証言、甲第一一号証第五四ないし一〇二項)。

三 訴外会社と上告人の関係

1 流通性を基本とする手形制度の本質から、本件の場合、以上述べたとおり被上告人は訴外会社に対し、本件約束手形返還請求権を有するものの、訴外会社は上告人に対し、本件約束手形の返還請求権を有していないので、訴外会社は、これを買戻すなどして被上告人会社に返還すべき義務があるところ、その履行がなされていないため、被上告人会社は訴外会社に対し、債務不履行に基づく損害賠償請求権は有するが、上告人に対し、手形法上の抗弁権を有するものではない。

2 訴外会社は金融会社であり、上告人は訴外会社のいわゆる金主(出資者ではない)の一名であって、全くの別人格である。又このことは、訴外会社と被上告人会社間の貸付につき手数料名目で融資額の五%を訴外会社が取得していることからも明らかである。従って両者を同一視して被上告人の訴外会社に対する抗弁権を上告人にまで拡張すべき理由は全くない。

以上のとおり、原審が本件につき手形法第一七条但書を適用したのは法律の解釈・適用を誤ったものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるので、原判決は破棄を免れない。

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