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最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)123号 判決 1994年11月25日

東京都港区芝五丁目八番一号

上告人

芝税務署長 盛岡崇

右指定代理人

増井和男

小貫芳信

脇博人

有賀文宣

村川広視

伊東顕

佐藤謙一

岡野英夫

羽柴宗一

東京都港区西新橋三丁目八番三号

被上告人

株式会社ジャコス

右代表者代表取締役

栗山民毅

右訴訟代理人弁護士

槙枝一臣

高橋一嘉

篠宮晃

小林誠

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行コ)第八二号法人税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が平成五年三月二四日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人加藤和夫、同寳金敏明、同脇博人、同池本征男、同加藤正一、同足立哲、同寺島進一、同蓑田徳昭、同野末英男の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、被上告人に本件重加算税の賦課要件である「隠ぺい」又は「仮装」に当たる行為があったということはできないとした原審の判断は是認し得ないではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 中島敏次郎 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

(平成五年(行ツ)第一二三号 上告人 芝税務署長)

上告代理人加藤和夫、同寳金敏明、同脇博人、同池本征男、同加藤正一、同足立哲、同寺島進一、同蓑田徳昭、同野末英男の上告理由

原判決は、上告人が昭和六三年四月二八日付けで被上告人に対して行った法人税更正処分(異議決定により減額された後のもの。以下「本件更正処分」という。)並びに過少申告加算税(異義決定により減額された後のもの。以下「本件過少申告加算税」という。)及び重加算税の各賦課決定のうち、重加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)を違法であるとして取り消したが、原判決には、以下に述べるとおり、国税通則法(以下「通則法」という。)六八条一項(昭和六二年法律九六号による改正前のもの。以下同じ。)の解釈適用を誤った違法があり、かつ、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決には、通則法六八条一項所定の「納税者」及び「隠ぺい」・「仮装」の各意義についての解釈を誤り、その適用を誤った違法があり、かつ、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

本件は、<1>昭和六二年三月二日新日本証券株式会社(以下「新日本証券」という。)本店で売却された日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)株式八三株(以下「本件株式」という。)の売却益が被上告人に帰属するか、それともそれが被上告人の代表者である栗山民毅(以下「栗山」という。)に帰属するか、<2>右売却益が被上告人に帰属するとされた場合に、被上告人につき重加算税賦課の要件が具備されているか否かをめぐって争われてきたところ、原判決は、右<1>については、右売却益が被上告人に帰属するとの正当な判断を下したものの、右<2>については、以下に詳述するとおり、通則法六八条一項の解釈適用を誤り、本件賦課決定を取り消すに至ったものである。

一 原判決の論理構成

1 原判決は、本件につき重加算税賦課の要件の有無を判断するに当たり、「隠ぺい」又は「仮装」に該当する客観的外形的事実行為の存在を次のとおり適法に認定している。すなわち、被上告人の総務部長として経理部門も掌理していた宮永鐡郎(以下「宮永」という。)は、新日本証券の代行による被上告人の本件株式の売付けを本件株式を取得してもいない栗山の個人名義の口座で行ったように移し替えた上、右売付け日である昭和六二年三月二日以降の同月二九日に本件株式の取得に必要な相当額を被上告人の栗山個人に対する貸付金として経理し、同月七日に右売却価額相当額を被上告人の栗山個人に対する貸付金を減少させる戻りの経理として処理した事実(以下「本件経理操作等」という。)を認定している(原判決一二丁表九行目から同裏六行目まで、一三丁表八行目から同裏九行目まで)。

なお、本件更正処分当時、法人による株式売却益は課税の対象となったのに対し、個人による株式売却益は原則として課税の対象とならなかったのであるから(法人税法二二条二項と昭和六二年法九六号による改正前の所得税法九条一項一一号との比較参照)、本件経理操作等は、課税逃れの仮装行為として、課税庁の判断を誤らしめるおそれが大きく、租税徴収権能の悪質な侵害行為と評すべきものである。

2 しかるに、原判決は、右1の認定に引き続いて栗山の主観等を問題にし、結果的に重加算税賦課の要件を欠くとの誤った結論を導き出している。

すなわち、原判決は、<1>栗山は、被上告人の代表者でもあり、被上告人の株式の六〇パーセントを所有していて、被上告人の代表者としての地位と個人としての立場とを混同して、被上告人を私物化しているとの事情に加え、<2>栗山が昭和六二年二月四日の段階でNTT株式を被上告人と栗山個人とで大量に買い付けるつもりで、その資金の融資を銀行に相談しようとしていたこと、<3>栗山は、被上告人ら名義で購入した五八九株のうち一〇〇株は自己に帰属するものとして、同年三月二日にそのうちの本件株式を売却したと思い込んでおり、被上告人の総務部長として経理部門も掌理していた宮永は、栗山の右のような思い込みを知っていたことに照らすと、本件経理操作等は、宮永が栗山からその認識に係る個人分の本件株式を売却するように言われて、それに合わせるためだけの趣旨で行ったと見ることもできるから、栗山に、被上告人に帰属するものをことさら栗山個人に帰属するものとして本件株式の売買取引をしたように仮装する意図ないし認識があったとするには無理があり、結局、本件経理操作等をもって、法人税の課税を免れるための仮装、隠ぺいの行為があったと推認することは難しい旨判示している(原判決一二丁裏七行目から一四丁表七行目まで)。

二 原判決の法令解釈適用の誤り

原判決は、前記一2のとおり被上告人代表者栗山の「思い込み」等を論拠に重加算税の賦課要件を欠くとしたが、原判決が、<1>通則法六八条一項にいう「隠ぺい」・「仮装」の行為の客観的事実の面について、経理部門の掌理者によるそれを認定しながら、右行為の認識という主観的事実の面を認定するに当たっては、その対象者を納税義務者本人(被上告人の代表者である栗山本人)に限定していること、<2>「隠ぺい」・「仮装」の行為は課税を免れるためにされたものであることを要するとし、重加算税の賦課要件として、「課税を免れる」という納税者の意図ないし認識が必要であるとしていることは、いずれも通則法六八条一項についての解釈適用を誤ったものといわなければならない。

1 通則法六八条一項の「隠ぺい」・「仮装」の行為者とその主観的要件

(一) 通則法六八条一項に規定する重加算税は、過少申告加算税が課されるべき場合において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等(同法一九条一項)の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を「隠ぺいし、又は仮装し」、「その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき」納税申告書を提出したときに、過少申告加算税に代えてそれより高率の税を課される一種の行政制裁であるが、その趣旨、目的は、納付すべき税額の計算の基礎となる事実について隠ぺい又は仮装という不正手段があったときには、特別の行政制裁を課すことにより、適正な申告をした納税者との権衡を図ることにある。すなわち、通則法六八条一項の重加算税は、同法六五条所定の過少申告加算税を課すべき納税義務違反が本税の課税要件事実を隠ぺいし、又は仮装する方法によって行われた場合に、行政機関の行政手続により違反者に課せられるもので、これによってかかる方法による納税義務違反の発生を防止し、もって徴税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の措置であって、違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目してこれに対する制裁として科せられる刑罰とは趣旨、性質を異にするものと解するのが相当である(同旨判例として、最高裁昭和四五年九月一一日第二小法廷判決・刑集二四巻一〇号一三三三ベージ参照)。

そして、右重加算税制度の趣旨、目的からすれば、重加算税賦課の契機としては、不正手段による租税の徴収権能の侵害という客観的事実、すなわち隠ぺい又は仮装の行為とその結果としての過少申告の事実こそが重要であって、刑罰を科する場合と異なり、納税者本人(納税者が法人である場合にはその代表者本人をいう。以下同じ。)の反社会性等の主観的側面は大きな意義を持ち得ないのであるから、隠ぺい又は仮装の行為が、納税者本人ではなく、その申告納税義務の履行補助者ともいうべき立場にある従業員や家族等(以下「従業員等」という。)によって行われた場合においては、従業員等がこれを認識しているときは、納税者本人が当該行為を知っているかどうかにかかわりなく、隠ぺい又は仮装の主観的要件は充足されるというべきである。

さらに、右納税者が法人である場合の申告納税義務についてみると、本件被上告人(コンピュータ及びその周辺機器の製造・販売・賃貸等を目的とし、正社員だけで一〇〇余名を擁する株式会社<原判決八丁裏三行目から六行目まで>)のように、複雑化する業務を組織化し、会計経理業務を処理するため、経理を掌理する総務部長を置くような法人にあっては、日常の会計業務を監督し、その経理を掌理する会計責任者等の補助者が法人税等の課税標準等の計算に主体的に関与するなどして、右義務が履行されているのが通常であるところ、通則法六八条一項の適用に当たり、当該法人に係る隠ぺい・仮装の行為の主観的要件として、右のような補助者のみならず代表者本人の認識をも要するとの解釈を採るとすれば、かかる補助者による意図的な隠ぺい・仮装の行為に基づき過少申告という義務違反が発生しているにもかかわらず、当該法人は代表者本人の不知ないし不関与を理由として重加算税の賦課を免れ得ることになるが、このような不当な結果を容認する解釈が、隠ぺい・仮装という不正な方法による納税義務の違反者に対して行政制裁を課すことにより納税義務違反の発生を防止し、もって徴収の実を挙げ、適正な申告者との権衡を図ろうとする重加算制度の趣旨を没却することになることは明らかである。

したがって、通則法六八条一項にいう「納税者」の隠ぺい・仮装の行為の主観的要件については、右納税者が法人の場合において、少なくとも、経理を掌理する総務部長その他経理担当者が隠ぺい又は仮装に当たる行為を行ったときは、代表者本人が「隠ぺい」・「仮装」の事実を認識していたか否かにかかわりなく、右行為についての当該経理担当者の認識を基礎として重加算税の賦課要件の存否が決定されなければならないものというべきである。

(二) 学説上も、隠ぺい・仮装行為が納税者本人ではなく、その従業員等納税者と一定の関係にある者によって行われた場合にも、納税者本人がその事実を認識しているか否かを問わず、当該従業員等の認識を納税者本人のそれと同視して重加算税の賦課要件を満たすと解するのが通説的見解である(清永敬次・新版税法二六一ページ、松沢智・租税法講座第二巻三三八ページ、木村弘之亮・租税過料法七七ページ以下参照。ただし、吉良実教授は、納税者の使用人が隠ぺい・仮装の行為をした場合には、納税者本人がそれを知っていたときに限って、納税者本人に対して重加算税を課すことができるものとされるようである<「重加算税の課税要件と脱税犯の成立要件」税理二四巻一号七三ページ>。)もっとも、右行為の行為者の範囲については、通説の間でも種々の見解があり、当該行為者の地位及びその状況に応じて判断すべきものとし、納税者本人の利害関係同一集団に属する者の隠ぺい・仮装による過少申告の場合は納税者本人が重加算税を負うべきものとするもの(武田昌輔「使用人等による不正行為と租税逋脱に関する若干の考察」税理三〇巻五号五ページ)や、納税者本人の申告行為に重要な関係を有する部門(経理部門等)に所属し、相当な権限を有する地位(課長等)に就いている者の隠ぺい・仮装行為は、特段の事情がない限り納税者本人(法人の代表者)の行為と同視すべきものとするもの(品川芳宣「重加算税」税務事例二〇巻九号四九ページ)等がある。本件における宮永は、被上告人の総務部長として経理部門も掌理しており、被上告人とは利害関係を同一にする地位にあると解されるのであるから、右のいずれの見解によってもその行為を納税者本人と同視すべき行為者の範囲に含まれることは疑いない。

(三) さらに、この点に関し法人を納税者とする場合の通則法六八条一項の適用についての下級審裁判例を検討してみると、その大勢もまた、右通説に従い、法人の代表者本人ではなく従業員等の行為者の認識を主観的要件として判断しているものといえる。すなわち、法人の代表者以外の者の隠ぺい・仮装の行為について法人に重加算税を課した処分を適法とした裁判例として、従業員が帳簿に虚偽記入をした事案に関する熊本地方裁判所昭和四四年三月一七日判決(行裁例集二〇巻二・三号二二三ページ)、取締役及び監査役が所得を故意に本社に報告しなかった事案に関する静岡地方裁判所昭和四四年一一月二八日判決(税務訴訟資料五七号六〇七ページ)、支店長が簿外資産取引を隠ぺいして本社に報告しなかった事案に関する札幌地方裁判所昭和五六年二月二五日判決(訟務月報二七巻五号一〇一二ページ)、取締役の不動産の仮装売買の事案に関する東京高等裁判所昭和五七年九月二八日判決(税務訴訟資料一二七号一〇六八ページ)、専務取締役が架空名義を使って利得した工事収入金の着服事案に関する長野地方裁判所昭和五八年一二月二二日判決(税務訴訟資料一三四号五八一ページ)、常務取締役で代表取締役の実弟でもある者の隠ぺい・仮装行為の事案に関する名古屋地方裁判所平成四年一二月二四日判決(公刊物未登載)などがある。

(四) 以上のとおり、通則法六八条一項の課税要件である「隠ぺい」又は「仮装」の行為が納税者の従業員等によって行われた場合には、従業員等がこれを認識していれば、納税者本人の知・不知にかかわりなく、隠ぺい又は仮装の主観的要件は充足されると解するのが相当であるから、本件については、被上告人の総務部長として経理部門も掌理していた宮永による隠ぺい・仮装の認識の有無につき検討を加える必要があるものといわなければならない(なお、後記2のとおり宮永には、隠ぺい又は仮装行為に関する認識の面でも右課税要件に欠けるところはない。)。しかるに、原判決は、この点につき検討することなく、前記のとおり、隠ぺい・仮装行為の客観的事実については、経理掌理者のそれを認定していながら、右行為の主観面である認識を認定するに当たっては、その対象者を被上告人の代表者本人に限定した上、同代表者本人の内心的な「思い込み」等(前記一2参照)の事実を認定し、これに基づき、被上告人において意図的な仮装・隠ぺいの行為があったとすることはできないと判断したものであって、右判断には通則法六八条一項の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。

2 「課税を免れる」との目的ないし認識の要否

(一) 原判決は、前記のとおり、通則法六八条一項に規定する「隠ぺい」・「仮装」の行為は、「課税を免れる」目的で行われた場合に限定され、これが重加算税の賦課要件であるかのように判示しているが、かかる目的を課税要件の一つと解することはできない。すなわち、前記1(一)のとおり、通則法六八条一項に規定する重加算税は、過少申告加算税を課すべき納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に、違反者に対して課される行政上の制裁であって、故意に納税義務違反を犯したことに対する刑罰的制裁ではないから、同条項による重加算税を課し得るためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装し、その隠ぺい・仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではない(最高裁昭和六二年五月八日第二小法廷判決・訟務月報三四巻一号一四九ページ)。したがって、納税者(又はその従業員等)が課税要件事実を隠ぺいし又は仮装することを認識していれば十分であり、その結果過少申告の事実が発生すれば足り、課税を免れようという目的ないし認識を有することまで要しないものというべきである。

そして、経理操作や二重契約書の作成等、客観的・外形的にみて、隠ぺい・仮装であると判断される行為については、行為の性質上、納税者(又はその従業員等)が隠ぺいし又は仮装することを認識していたものと事実上推定されるべきである。

(二) そこで、これを被上告人の総務部長として経理部門も掌理していた宮永の認識の点に着目してみると、本件においては、原判決認定のとおり、「栗山は、被上告人名義で購入した五八九株のうち一〇〇株は自己に帰属するものであり、」昭和六二年「三月二日にそのうちの本件株式を売却したと思い込んでいたこと、被上告人の総務部長として経理部門も掌理していた宮永は、栗山の右のような思い込みを知っていた」(原判決一三丁表五行目から九行目まで)というのである。この事実に照らすと、宮永は、本件株式が栗山個人に帰属しないこと、換言すれば、宮永自身による本件経理操作等が真実と齟齬するものであることを知りながら、かかる行為を行ったことになるといわざるを得ない。

そうすると、本件では、被上告人の総務部長として経理部門も掌理していた宮永において、本件株式の売却を栗山名義で行ったように口座の移替え及び経理操作を行っている点で隠ぺい又は仮装の行為があり、その認識のも欠けるところはないものというべきである。

3 まとめ

以上のとおり、被上告人の総務部長として経理部門も掌理していた宮永の本件経理操作等は、当該行為の客観的事実の面のみならず、その認識という主観的事実の面においても通則法六八条一項に規定する「隠ぺい」又は「仮装」の行為の要件を満たすものというべきであり、右行為の結果として、被上告人において本件株式の売却益を除外するという過少申告の事実が生じているのであるから、被上告人代表者本人において右行為を知っていたか否かにかかわりなく、重加算税の賦課要件を充足しており、したがって、本件賦課決定は適法である。

しかるに、本件賦課決定を違法として取り消した原判決には、通則法六八条一項の解釈適用を誤った違法があり、かつ、これが判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。

以上

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