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最高裁判所第二小法廷 平成5年(オ)1958号 判決 1996年5月31日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉沢功の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

一  原審の適法に確定したところによれば、平成二年四月一五日、千葉県八日市場市内の県道上を鈴木衛(以下「衛」という。)が自動二輪車を運転して走行中、上告人が普通貨物自動車を運転して沿道のガソリンスタンド敷地内から右自動二輪車の走行車線上に進入したため、同車が右普通貨物自動車との衝突を回避しようとして急制動し、転倒する事故(以下「本件交通事故」という。)が発生し、衛は、これにより左膝開放骨折、右第五中手骨骨折の傷害を負って、平成三年九月一九日まで入通院して治療を受けた結果、左膝痛、右小指関節部痛、右第五中手骨変形等の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)を残して症状が固定したが、同年一二月一一日、本件とは別の交通事故(以下「別件交通事故」という。)により死亡した、というのである。

衛の相続人である被上告人らは、本件において、衛の本件後遺障害による損害として、衛が平成三年三月に高等学校を卒業して同年四月に就職した場合のその後の一〇年間についての労働能力の一部喪失を理由とする逸失利益を主張している。

二  交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害のために労働能力の一部を喪失した場合における財産上の損害の額を算定するに当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではないと解するのが相当である(最高裁平成五年(オ)第五二七号同八年四月二五日第一小法廷判決・民集五〇巻五号登載予定参照)。

右のように解すべきことは、被害者の死亡が病気、事故、自殺、天災等のいかなる事由に基づくものか、死亡につき不法行為等に基づく責任を負担すべき第三者が存在するかどうか、交通事故と死亡との間に相当因果関係ないし条件関係が存在するかどうかといった事情によって異なるものではない。本件のように被害者が第二の交通事故によって死亡した場合、それが第三者の不法行為によるものであっても、右第三者の負担すべき賠償額は最初の交通事故に基づく後遺障害により低下した被害者の労働能力を前提として算定すべきものであるから、前記のように解することによって初めて、被害者ないしその遺族が、前後二つの交通事故により被害者の被った全損害についての賠償を受けることが可能となるのである。

三  また、交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害のために労働能力の一部を喪失した後に死亡した場合、労働能力の一部喪失による財産上の損害の額の算定に当たっては、交通事故と被害者の死亡との間に相当因果関係があって死亡による損害の賠償をも請求できる場合に限り、死亡後の生活費を控除することができると解するのが相当である。けだし、交通事故と死亡との間の相当因果関係が認められない場合には、被害者が死亡により生活費の支出を必要としなくなったことは、損害の原因と同一原因により生じたものということができず、両者は損益相殺の法理又はその類推適用により控除すべき損失と利得との関係にないからである。

四  これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、衛は、本件後遺障害により労働能力の一部を喪失し、これによる損害を被っていたところ、別件交通事故による衛の死亡については、前記の特段の事情があるとは認められず、また、本件交通事故との間の相当因果関係も認められない。したがって、右労働能力喪失による財産上の損害額の算定に当たっては、別件交通事故による衛の死亡の事実を就労可能期間の算定上考慮すべきではなく、また、衛の死亡後の生活費を控除することもできない。

原判決は、結論においてこれと同旨をいうものであって、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田 博)

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