大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成4年(行ツ)128号 判決 1997年3月28日

上告人

朝銀東京信用組合

右代表者代表理事

鄭京生

右訴訟代理人弁護士

上田誠吉

佐藤義弥

古波倉正偉

松山正

安藤寿朗

亀井時子

柴田憲一

床井茂

小池義夫

横田俊雄

藤谷正志

前川雄司

被上告人

東京国税局収税官吏

門松栄治

右指定代理人

川上建夫

外二名

被上告人

右代表者法務大臣

松浦功

右両名指定代理人

海老原明

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人上田誠吉、同佐藤義弥、同古波倉正偉、同松山正、同安藤寿朗、同亀井時子、同柴田憲一、同床井茂、同小池義夫、同横田俊雄、同藤谷正志、同前川雄司の上告理由第一、第二の一の(二)、二の(二)、三の(九)、第六、第八ないし第一〇について

一  所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右事実関係を含め、上告人の本店及び上野支店に対する強制調査に至る経緯、強制調査の実施状況等に関し、原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  東京国税局国税査察官は、上告人の取引先である方元俊、金年珍、李五達、松本祐商事株式会社及び三和企業有限会社の所得税法又は法人税法違反犯則事件について調査を進めていたところ、上告人の本店において、方元俊に帰属することが疑われる一三〇口にも上る仮名預金が把握されるなど、右各犯則嫌疑者が、その所得を隠ぺいするために、上告人の本店又は上野支店に相当の仮名預金を預け入れている疑いが濃厚となり、その一部については、各犯則嫌疑者に帰属することが疑われる預金口座が具体的預金名義をもって特定されるに至った。

2  しかし、右各犯則嫌疑者は仮名預金の存在ないし帰属を争っていた上、犯則嫌疑者本人に対する任意調査及び強制調査によっては、これらの点を解明するには至らなかったので、右各犯則嫌疑者の取引金融機関である上告人に対する調査が必要となった。右調査を担当する東京国税局国税査察官は、再々にわたり上告人に任意調査への協力を求めたが、これに対応した上告人の各担当者は、右各犯則嫌疑者の実名による預金に係る預金元帳、貸付金元帳、伝票等の提示にはおおむね応じたものの、右各犯則嫌疑者に帰属することが疑われる他人名義の預金に係る預金元帳、貸付金元帳、伝票等については、調査対象となる預金名義が具体的に特定されている場合ですらその提示を拒否するなど非協力的な姿勢に終始し、任意調査の実施のために右各店に臨場した査察官に対しては、在日朝鮮人商工会の役員らが、右調査は政治的弾圧であるなどとして抗議を繰り返し、調査を妨害するようなこともあった。このため、同国税局査察部長は、右各犯則嫌疑者の所得税法又は法人税法違反犯則事件について、裁判官の許可を受けて、上告人に対する捜索、差押えを行うのもやむを得ないとの判断に達した。

3  東京簡易裁判所裁判官は、昭和四二年一二月一二日、東京国税局国税査察官の請求に対し、上告人の本店又は上野支店を捜索場所とし、右各犯則嫌疑者の犯則事件の「事実を証明するに足ると認められる営業並に経理に関する帳簿書類、往復文書、メモ、預貯金通帳、〓証書、有価証券及び印鑑等」の物件を差押対象物件とする捜索差押許可状を合計七通発付した。

4(一)  東京国税局統括国税査察官木場初以下七八人の査察官らは、昭和四二年一二月一三日午後二時五〇分ころ、上告人の本店に臨場し、同三時一〇分ころ、警察官の立会いの下で捜索、差押えを開始した。捜索、差押えを担当する査察官らは、本店二階営業部事務室内において、差押物件の選別作業を開始したが、七、八分を経過したとき、上告人の総務部長ら四、五人の者が立入禁止の措置を無視して右事務室内に入り、口々に捜索の中止を求めるなど強硬な抗議を始め、さらに、上告人の職員を含む二、三十人の者が右事務室出入口の扉を壊して事務室内に乱入し、選別作業中の査察官に対し、押す、突き飛ばす、組み付くなどの暴行を加え、床に並べられた帳簿書類を踏み付け、手で払いのけ、天井に向けてばらまき、差押物件を搬出するために用意されたダンボール箱を取り上げ、引き裂くなどした。このため、捜索、差押えの実施が事実上不可能な状態となり、同三時二〇分ころから、連絡担当の査察官の要請を受けた警察官六〇人が順次右事務室等の警備に就いた。しかし、その後も混乱状態は収まらず、木場統括国税査察官の判断により、東京国税局に帰ってから差押目録を作成することとし、同三時五五分、差押物件を入れたダンボール箱約四〇個をトラックに積み込み、本店における捜索、差押えが終了した。なお、右強制調査に従事した査察官の中には、手足に擦過傷を負い、衣服を破られ、たばこの火をつけられるなどの被害を受けた者があった。

(二)  東京国税局統括国税査察官小林一誠以下六七人の査察官らは、昭和四二年一二月一三百午後二時五〇分ころ、朝鮮商工会館内一、二階にある上告人の上野支店に臨場し、捜索、差押えを担当する査察官らが同支店事務室内において捜索、差押えの執行に着手しようとしたところ、非常ベルが断続的に二、三回鳴り、同会館関係者を含む十数人が一階正面出入口から一団となって右事務室内に乱入し、大声で怒鳴りながら、査察官に対し、体当たりやひじ打ちをし、肩を押す、足蹴りするなどの暴行を加え、さらに、一階通用口を内側から開扉したため、右通用口からも部外者十数人が右事務室内に乱入し、激しい抗議を始めた。このため、連絡担当の査察官が、同二時五七分ころ、待機中の警察官に立会いと援助を要請し、査察官らは、三人の立会警察官と五人の警備担当の警察官の派遣を受けて捜索、差押えを開始したが、その後も、上告人の職員や部外者による査察官に対する暴行や実力による妨害が続き、同三時一二分ころ、要請を受けて警備の警察官が約四〇人増員された。これにより、若干右事務室内の混乱が収まったので、選別担当の査察官において、差押物件の選別作業を開始したが、その間にも、店外の正面出入口周囲に四、五十人の部外者が集まり、これらの者が店内に乱入するおそれを生じたため、事務室内において警備に当たっていた警察官の多くが店外の警備のため店内から引き揚げると、再び、店内においては、部外者による妨害が始まり、同三時五〇分ころには、職員や部外者が選別担当の査察官を取り囲んで激しく抗議をし、集められた差押物件を奪い取るような雰囲気となったため、小林統括国税査察官は、捜索、選別及び差押目録の作成を中止して、直ちに差押物件をダンボール箱に詰めて、二階の集積場所に集めるように指示し、さらに、同四時四〇分には捜索、差押えの打切りを決断し、ダンボール箱の搬出を指示した。しかし、ダンボール箱の搬出に対しても上告人の職員や部外者による激しい妨害が続き、所轄の上野警察署長からの要請を受けた機動隊二個中隊約九〇人が出動して店外の警備に当たる中、午後六時、ダンボール箱をトラックに積み込み、同支店における捜索、差押えが終了した。なお、右強制調査に従事した査察官の中には傷害を受けた者や衣服を破られた者があった。

5  小林・木場両統括国税査察官は、右捜索、差押えに立ち会った警察官の同行を得て上告人の本店及び上野支店から第一審判決別紙第一目録(一)及び(二)記載の差押物件(以下「本件差押物件」という。)を東京国税局に持ち帰ると、直ちに右警察官の立会いを受けて差押目録の作成に取り掛かり、翌一二月一四日の朝、上告人に差押目録の謄本を交付した。そして、上告人側の事情に配慮して、差し支えのない限り速やかに本件差押物件を上告人に還付することとし、同日中に三〇〇余点を還付したのを始め、昭和四三年五月二二日までには本件差押物件を全部還付した。

二 右事実関係によれば、前記各犯則嫌疑者がその所得を隠ぺいするために上告人の本店及び上野支店においてしていた疑いのある仮名預金の存在と帰属を確定するためには、右各店において保管されていた入出金伝票や預金申込書等の綴りや預金元帳等の簿冊を精査し、これらに記載された文字の筆跡や押捺された印影、入出金の経緯等から仮名預金の帰属を確定するための手掛りを得るなどする必要があったところ、上告人は、東京国税局国税査察官の行った任意調査に対して、各犯則嫌疑者に帰属することが疑われる他人名義の預金に係る預金元帳、貸付金元帳、伝票等については、調査対象となる預金名義が具体的に特定されていた場合ですら提出を拒否し、任意調査の実施のために右各店に臨場した査察官に対しては、在日朝鮮人商工会の役員らが、抗議を繰り返し、調査を妨害することもあったというのである。査察官が右のような状況の下で右各店における強制調査に臨まざるを得なかったことからすると、右各犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を解明する手掛りとなり得る文書等を選別するためには、これを含む可能性のある伝票綴り、簿冊等を精査することが不可欠であり、これには、相当の時間を要することが明らかである。ところが、右各店における強制調査に際しては、捜索、差押えの開始後ほとんど時をおくことなく上告人の職員や右各店に乱入した部外者によって、調査に当たる査察官に対して暴行が加えられるなどの激しい妨害行為が繰り返され、負傷をした査察官まであったというのであり、右のような異常な状況の下では、伝票綴り、簿冊等の精査を尽くして各犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を解明する手掛りとなり得る文書等を十分に選別することは到底不可能であったといわざるを得ない。そして、査察官らは、東京国税局に持ち帰った本件差押物件について、直ちに選別作業を行い、差し支えのない限り速やかに本件差押物件を上告人に還付することとし、現に差押えの翌日には三〇〇余点を上告人に還付するなど、上告人側の事情に配慮を示していることをも考慮するならば、本件差押物件の中には、原審が右各犯則嫌疑者の犯則事件との関連性を肯定することが困難であると判断した数点の物件の外にも、相当の時間をかけて平穏な状況の下で犯則事実との関連性ないし差押えの必要性を吟味して差押物件の選別を行うことができたならば、右の関連性ないし必要性がないという判断をすることが可能な物件が含まれていたことを拒否することができないとしても、本件差押物件の差押えに違法があったということはできない。右違法のあることを前提とする違憲の主張は、その前提を欠くものというべきである。以上と結論を同じくする原審の判断は是認することができ、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って、若しくは原審の認定しない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人上田誠吉、同佐藤義弥、同古波倉正偉、同松山正、同安藤寿朗、同亀井時子、周柴田憲一、同床井茂、同小池義夫、同横田俊雄、同藤谷正志、同前川雄司の上告理由

《目次》

第一 本件差押は憲法三五条の令状主義に違反する

一 憲法三五条の令状主義とその崩壊の危機

(一) はじめに

(二) 憲法三五条の保障

(三) 「収税官吏」への偏り

(四) 蓋然的可能性

(五) 関連性の稀薄化

(六) 「困難」と「不可能」

二 原判決の「関連性」に関する判断は、憲法三五条の令状主義に違反する

(一) 「証明するに足りる」物件

(二) 積極性

(三) 明白性、客観性

(四) 不可能か

(五) 消去法のための資料蒐集は許されない

1 仮名預金の発見

2 抽出法

3 消去法

4 令状主義は消去法を許さない

5 北島孝康証言

6 「一定範囲の資料」といえるか

三 本件差押は無差別、包括的な帳簿書類の差押であって、憲法三五条の令状主義に違反する

(一) 国税当局の企図

(二) 「預貯金等の調査証」

(三) 全帳簿の開示要求

四 刑事訴訟ではどうなっているか

(一) 刑事裁判例

1 国学院映研事件

2 同特別抗告事件

3 マーベル事件

4 静岡高教組事件

5 前進社事件

6 東京国税労組事件

7 神戸地裁決定

8 東京高裁判決

9 共産党台東地区委事件

10 共産党江戸川地区委事件

11 共産党八王子地区委事件

(二) 刑事上の先例がしめすもの

五 「租税主義」と基本的人権の境界線

六 救い難き令状主義蹂躪の典型について

七 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる判断遺脱、理由不備の違法がある

第二ないし第五<省略>

第六 強制調査の必要性がなく行われた本件強制調査手続には憲法三五条違反及び判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反、理由不備、理由齟齬の違法がある

一 強制調査の必要性はなかった

二 国犯法二条の強制調査の必要性がないのになされた令状請求と発付令状は違法

(一) 「犯則事件ヲ調査スル為メ必要アルトキ」の要件を充たすことが必要

(二) 上告人は参考人にすぎず、第三者に対する強制調査は違法

(三) 秘密保持義務を負う公的金融機関への配慮及び普遍的調査の禁止

(四) 調査に協力してきたこと

1 調査方法の推移と協力状況

2 税務調査に対する一般金融機関の応待の状況

3 一般探索的調査の到達点としての違法な強制調査

三 強制調査が許されるときでも対象物件は限定される

(一) 帳簿書類の差押えは業務遂行を阻害する

(二) 金融機関の帳簿書類は保全の必要性がない

(三) 拒否されたとされる帳簿書類は索引簿等数点に限られている

(四) 強制調査の方法には手順と節度が必要

四 犯則嫌疑者三和企業について

五 犯則嫌疑者方元俊について

六 犯則嫌疑者金年珍について

七 犯則嫌疑者松本裕商事について

八 犯則嫌疑者李五達について

第七<省略>

第八 本件差押物の全般的状況―全帳簿の関連性の肯認は経験則、採証法則に違反する

第九 各差押物ごとの分析(総論)

一 はじめに

二 査察官らには選別に必要な用意は与えられていなかった

三 関連性に関する被上告人の主張・立証の検討

第一〇 各差押物ごとの分析(各論)

上告理由補充書として提出予定

左記の諸理由により、原判決は破棄されるべきである。

第一 本件差押は憲法三五条の令状主義に違反する

一 憲法三五条の令状主義とその崩壊の危機

(一) はじめに

「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行う」(憲法三五条)。

原判決の本件差押に関する判断は、この憲法の保障する令状主義に違反し、これを崩壊にみちびくものである。

本件差押当時、上告人信用組合は社団法人全国信用組合中央会並びに社団法人東京都信用組合協会の理事をつとめ、組合員数約一万三千名、その預金高は約一三〇億円に及び、その資金量において全国五九二の信用組合の中で一二ないし一三位、東京都内七九信用組合の中で三位の地位を保持していた。

東京国税局は、五名の犯則嫌疑者に対する容疑の事実にもとづいて、昭和四二年十二月十三日、上告人組合の本店並びに上野支店に対する臨検、捜索、差押をおこない、ぼう大な書類を差押えて持ち去った。その数は百万枚に近い。例を伝票にとれば、本店関係だけで独立した簿冊一五五七綴、枚数にして四一万四六四五枚、ダンボール箱にして約二四箱にのぼった。昭和三八年十月分から昭和四二年十二月までの四年三ヶ月にわたる全伝票を差押えたのである。原判決もいうとおり、「伝票は、金融機関の原始記録として、すべての取引についてその取引の行われた都度作成される基本的な書類である」。四年余にわたって、「基本的な書類」(一審判決一三一丁裏)のすべてを差押えるということは、その金融機関のすべてを丸ごと接収してしまうほどのことではなかろうか。現に被上告人らは「業務の過程で作成される一切の帳簿書類を調査の対象とするのでなければ、調査の目的を達することができないのであり、そのような調査も当然許されるのである」と主張していた(一審判決一〇八丁裏)。そして、現に「一切の帳簿書類」の差押を強行したのである。そのことを事後に司法が容認することに、令状主義崩壊の危機を感得しないではおられない。

(二) 憲法三五条の保障

英米の法諺で「各人の住居はその城郭である」という。住居の尊厳とそのプライバシーをまもることは、自由な社会の基礎をなすものであろう。公権力が勝手に住居に侵入して、そこに住む人々の所持品をもち去ることが許されるならば、個人の自由はその基礎を失う。憲法が「住居」、「所持品」と並んで「書類」を例示したことは、本件の場合にとくに重要な意味をもっている。それは財産権の対象としての「書類」だけを含意しているのではない。それらの「書類」に記載された情報、知見に対する所持者の支配権とそれらを他人、とくに公権力に知られることのないプライバシーの権利をも含んでいる。これらの情報、知見のなかには個人の人格の尊厳にかかわるものも含まれており、これらは一度侵害されてしまえば再び取り返しのつかない性格のものである。一旦差押えておいて、後に返還すればよい、といったような弛緩した議論では到底救済されない法益がそこにある。つまり憲法三五条の保障する人権は、他の人権の保障を享受するために必要な最少限の「城郭」を確保することを目的としている。この人権なくしては、思想、信条の自由、信教の自由、表現の自由、通信の秘密、学問の自由、プライバシー権、財産権、営業の自由などの人権はなりたちえない。

(三) 「収税官吏」への偏り

一、二審判決は憲法三五条にふれることなく、ただひたすら犯則調査の必要性の観点からのみ差押の当否を論じている。これらの判決には、差押を受ける側の人権の問題からことの当否を審査するという観点が全く欠落している。犯則調査の必要性という公権力の側の一方だけを天秤にかけて、人権というもう一方のおもりを投げ捨てている。これほど完璧な令状主義崩壊の構図はない。

原審判決が一審判決とやや異なる点は、「収税官吏の専門的経験と知識」に全幅の信頼と敬意を捧げたことにある。たとえば、消去法による預金の帰属の調査のために「必要な資料は収税官吏の専門的経験と知識によって犯則嫌疑者に帰属する仮名預金発見のために必要と思料されるものに限定される」(原判決3―12裏)といってみたり、「収税官吏が同種の件の調査等によって蓄積して有する専門的知識、経験等に基づく合理的判断」(原判決3―10裏)といってみたりするのがそれである。本件差押にあたった合計一四五名の収税官吏がそれぞれにいかほどの「専門的知識、経験」を有していたかについてはなんの証明もない。証明の有無をこえて、頭から収税官吏が「専門的知識と経験」を有しており、それらにもとづく「合理的判断」が可能であり、現にそのような判断をおこなったとすることも偏跛の非難を免れないが、しかし本件で問われていることは明らかに収税官吏の「専門的知識と経験」の有無ではない。昭和四二年十二月十三日に東京国税局の一四五名の査察官がおこなった百万枚に達しようとする帳簿書類の差押が、個々の書類についてそれぞれ関連性を有していたかどうかの客観的判断が問われているのであって、その判断をおこなうのに、予め収税官吏の「専門的知識と経験」を措定して、それらによる「合理的判断」を期待しているのは、そのよってたつ視点が収税官吏の側に偏っていることを自認したに等しい。収税官吏に「専門的知識と経験」があるならば、司法警察員にも犯罪捜査についての「専門的知識と経験」があり、検察官にもまた公訴官としての「専門的知識と経験」があるだろう。これらの「専門的知識と経験」による「合理的判断」の当否を審査するのが司法の任務であって、その司法がはじめから「合理的判断」を措定してかかっているのでは、司法は不要なのである。

(四) 蓋然的可能性

原判決の判断の特徴は、まず第一に、「本件令状に差押対象物件の記載として「犯則事実を証明するに足る………物件」とあるのは、「犯則事実を証明するに足りることが一見して明白な物件に限る趣旨ではなく、犯則事実を直接、間接に証明するに足りる可能性があると判断される物件を含む趣旨と解するのが相当である。右可能性の判断は単なる漠然とした見込によってするのではなく、ある程度の蓋然性があると認められることを要するものである」(原判決、3―9裏)とした点にある。つまり「証明するに足る物件」という令状明示の要件を「直接、間接に証明するに足りる可能性」にまで拡大し、その「可能性」の判断は「ある程度の蓋然性」による、としたのである。これでなにほどかの限定を加えた、というつもりなのか。「ある程度の蓋然性」をもってみとめられる「可能性」などというふやけた要件で、関連性の無限大の拡大をはかったものというべきではないか。蓋然的可能性などという言葉には、いかなる意味でも差押を受ける側の人権保障に意を用いた限定的要素は皆無である、と断定してよいだろう。

ある預金者とその預金先の金融機関との間に生ずる取引関係については、その金融機関のすべての帳簿書類が「ある程度の蓋然的可能性」をもってその関連性を予測することが「可能」である。すなわち、原判決の関連性に関する判断は、金融機関の全帳簿書類の差押を「可能」とするものである。

(五) 関連性の稀薄化

原判決のいう蓋然的可能性がいかなる程度に関連性を稀薄化させているか、という事例として、ここにその二、三をとりあげておく。

一審判決は、差押物件を(一)①ないしと、(二)ないしに二分類し、(一)については証拠を掲記して、被上告人の主張として「事実」に掲げた「主張六9(三)の対応番号記載の理由により、本件犯則嫌疑者の犯則事実との関連性を有する可能性」がみとめられるとし、(二)については証拠を掲記し、各個別に理由を掲示して「関連性を有する可能性」を認定した。

ところが原判決は一審判決の前記(一)、(二)の分類を排し、全差押物件を通じて一様に被上告人主張の「理由」が認定されるとして、前記(二)について一審判決の認定した各個別の理由の説示をすべて「削除」してしまった。実は控訴審において上告人が提出した準備書面は、総計約一、七〇〇頁に達し、そのうち約一、三〇〇頁は各差押物件の個々についてその関連性の有無を解明したもので、被上告人もまたこれに応じて詳細な反論を展開したのであった。つまり個々の差押物件の個性に則してその関連性を争った争点こそが、控訴審における最大の争点であり、原判決は「事実」摘示においてそれらを補充した。しかし原審裁判所は控訴審におけるこれらの論争に対する判断を加えず、前記(二)の物件ごとの認定を、「削除」し、一括して一審における被告の主張の通りの関連性を認める、という手法に逃避した。そこで二審判決にいたって、関連性の認定は一層軟化し、抽象化してしまった。

全物件を通じて、一、二審判決の手法は、個々の差押物件が、現実にその記載によって犯則事実との関連性がみとめられたかどうか、という実証をこころみることなく、もっぱらその差押えにかかる文書の性質上、仮名預金を発見する可能性があるかどうか、という見解にたってその「関連性を有する可能性」を肯認したのである。そこでたとえば往々にして「預金者名がメモしてあることがある」という仮空の可能性によって、「関連性を有する可能性」をみとめる結果となった。さらに、文書の性質上は、一般に関連性を有する記載があることは想定できない文書、たとえば「読報出席簿」(二五一丁表)については、「読報出席簿は、原告内部で行われる読書会の出席簿であるが、余白に仮名預金等の書込みがなされていることがある」などという、ほとんど荒唐無稽ともいうべきこじつけによって、「関連性を有する可能性」をみとめたのである。これらの結果として、たとえば「原告は、本件差押物の中には、原告が東京国税局に写しを提出したものの原本や控えが含まれていると主張するが、原本や控えであっても、写しとの照合や書込みの点検のため差押の必要がなかったとはいえない」(三八九丁表)などといういささか牽強附会な判示が散見することとなった。

現に関連性のある記載があるかどうか、という実証をぬきにして、単純な可能性のレベルで論ずるならば、銀行の帳簿書類のすべてについて、仮名預金発見の手がかりを得る可能性を否定することは困難であろう。それは帳簿書類と呼ぶにはふさわしくないメモの類いにまで及ぶであろう。現に一、二審判決は雑書類について次のようにその「関連性を有する可能性」をみとめていたのである(三七五丁表、二四九丁表)。「雑書類は、特に表題を付けにくい書類、例えば、照会文書、メモ等雑多な書類を一つづりとし、又は一つの袋に収めたもので、正規の帳簿等には記載しないような断片的な記事の中に仮名預金を発見するための有力な手掛かりを得ることができる」。「ノート、活動日誌、メモ、メモ帳、卓上日誌、手帳等」(二四八丁表)についても同様で、これらには「純然たる個人的事項が記載されることもあるが」、しかし、「預金の帰属に関する事項等」(二四八丁裏)が記載されていることもある、というのである。

ここまで広げてしまえば、もはや金融機関をまるごと接収することを許容するに等しい、といわなくてはなるまい。

(六) 「困難」と「不可能」

原判決の関連性に関する判断の第二の特徴は、差押時における関連性の判断の「困難」性を強調し、遂にはその「不可能」にまで言及したことである。原判決はいう。

「調査の段階である差押えの際において、証拠となり得るか否かを厳格に判断して取捨選択することは、特定の証拠の存在と内容が令状請求の際に明らかになっているようなときでない限り困難というべきである」。「差押えの現場において、差押対象物件の一々についてその内容を検討し、証拠資料としての価値を判断することは不可能というべきであるから、犯則事実を証明するに足りる物件であるか否かの判断は、対象物件が文書であるときは、その具体的記載内容はもとより、本来備えている内容、標題、形式等により、収税官吏が同種事件の調査等によって蓄積して有する専門的知識、経験等に基づく合理的判断によって、犯則事実と差押対象物件との関連性の有無を判断することによってなされるほかないものというべきであり」。

原判決はひたすら「困難」と「不可能」を強調して国税当局のおこなった非違を救済しようとするが、それが「困難」であり、「不可能」であることの原因が奈辺にあるか、については一顧だにしようとしない。事前の調査を十分につくしていれば、これらの「困難」や「不可能」は克服しえたのではないか。

税務当局は罰則による間接強制を背景にもつ実体税法上の調査権を行使して、嫌疑者たちの所得調査に力をつくすべきであった。上告人に対しても、実体税法上の質問検査権を行使し、これに応じないときは罰則が発動されて、刑事事件としての捜査や強制処分を受けるべきことを明示して、調査への協力を求めるべきであった。この要求が明確に行われたならば、上告人の対応にもおのずから別のものがあったはずである。その結果、帳簿書類の検査を通じて、嫌疑者たちの所得調査はかなりの程度にまで進んだであろう。その結果、課税処分がおこなわれ、それがさらに犯則を構成すると考えるならば、その次に国犯法による調査に移行すべきであった。その段階に至れば、上告人の保有する帳簿書類のなかで、犯則事件の証憑となるべきものもおのずから特定され、それらを対象として必要に応じて差押えなどの強制処分に出ればよかったのである。このような順序を踏むならば、本件のような乱暴な令状主義違反をおかすこともなく、また事後に令状主義を軟化させて税務当局の非違を正当化する必要も生じなかったのである。

つまり強制調査を行うほどに熟していない段階で強制処分を発動させたことがまちがっていたのである。そのためにこそ、「困難」や「不可能」の事態が発生したのである。令状主義を危殆におとしいれる出発点はここにあった。

さらにひるがえって考えれば、「困難」や「不可能」であるから令状主義を破ることもやむをえない、という道理はない。「差押えの現場において、差押対象物件の一々についてその内容を検討し、証拠資料としての価値を判断することが不可能」であったり、「証拠となり得るか否かを厳格に判断して取捨選択することは………困難というべき」事態であるならば、差押をしてはならないのである。「困難」だから、令状主義の要件を緩和させてもよい、という理はないだろう。

上告人が当審に期待することは、この最初のボタンのかけちがいを正して、令状主義をその崩壊の危機から救い出すような判断を下されんことにつきる。

二 原判決の「関連性」に関する判断は、憲法三五条一項の令状主義に違反する

(一) 「証明するに足りる」物件

本件令状には、差押えを許可する物件として、犯則事実を「証明するに足ると認められる営業並びに経理に関する帳簿書類、往復文書、メモ、預貯金通帳、同証書、有価証券及び印鑑等の物件」という記載がある。

この令状記載の解釈として、原判決のいうところを箇条書き風に再録すれば、次のとおりである。

1 「犯則事実を証明するに足りることが一見して明白な物件に限る趣旨ではな」い。

2 「犯則事実を直接、間接に証明するに足りる可能性があると判断される物件を含む」

3 「右可能性は単なる漠然とした見込みによってするのではなく、ある程度の蓋然性があると認められることを要する」。

しかし、「証明するに足る」ということと、「証明するに足りる可能性」ということとは別のことである。別のことを同じ表現のなかにすべり込ませることはまちがっている。

原判決は「証明するに足る」ということを「証明するに足りる可能性」にまで拡大することによって、令状主義の保障を破った。

憲法三五条は「押収する物を明示する令状」であることを要求している。明示とは二義を許さない明白な表示という意味である。原判決は「可能性」というあいまいな領域をもちこむことによって、「明示」の保障をないがしろにしたのである。原判決は、このことを多少は意識したのか、「可能性」は「漠然とした見込」によってではなく、「ある程度の蓋然性」があることを「要する」とした。しかし、これは全く限定的意味をもたないことは先に一言したとおりである。「ある程度」とはどの程度なのか、ただ言葉をもてあそんでいるに過ぎない。「ある程度の蓋然性」をもって「可能性」がみとめられる場合として、の「読報出席簿」は、上告人組合の職員が内部でおこなった読書会の出席簿であるが、原判決はこの「余白に仮名預金の書込みがされていることがある」という「蓋然的可能性」を認定した。ここまで拡大するならば、すべての物件について「蓋然的可能性」をみとめることができるだろう。

(二) 積極性

「証明するに足る」とは、まず証明課題にとって積極的なものでなくてはならない。原判決は「直接、間接に証明するに足りる可能性」という表現によって、なにほどかこの積極性の要件を水割りしているふしがある。しかし、たとえば「関連性がないという意味で、消極的関連性がある」などということは許されないし、また積極、消極いずれにもあたらない場合が除かれることは当然である。このことをはっきりさせる必要があるのは次の事情による。

一審の証人北島康孝には、次のような証言がある(昭和五一・一一・一二)。

「50 いろいろ調査してみた結果、本人に、たとえば消去法でいうならば、数万口の口座のなかから数口の口座を残すための消去作業をやるとして、消去させられた数万口の口座というものは、嫌疑者とは関係ないということが判明したという意味で、事件と関連性があるんだと、こういう御見解ですね。

(………………)

51 つまり消極的な意味で関連性があるとこういう御見解なんでしょう。前回以来の説明は。

そうです。はい。」

関連性は、ここでは積極・消極の双方に解されている。嫌疑者と結びつく数口の預金口座などに関連する資料は積極的な関連性あるものとして、嫌疑者の預金口座とは結びつかない数万口の口座に関連する資料は、消極的な関連性あるものとして、それぞれ把握されている。

関連性がない、という意味で、消極的に関連性がある、という考え方は、もはや修辞術としても拙劣なもので、これは関連性という法律上の概念を無意義のものとするに等しい。

嫌疑事実と差押物件との関連性、あるいは、嫌疑事実との関連において差押が法律上許容される、という意味での関連性とは、積極的な関連性のみを指すのであって、ここでいう消極的な関連性を含まない。つまり法律的に意味のある関連性とは、あるか、ないかが問題となるのであって、関連性のあるものは関連性が肯定され、関連性のないものはそれが否定される。関連性がないという意味で消極的に関連性がある、という論理が存立することを許さない。

そうでなければ、「証明するに足る」という限定は全く無意義になるからである。

(三) 明白性、客観性

「証明するに足る」かも知れないが、しかし「証明するに足りない」かも知れない、という「可能性」のレベルでの関連性は排除されなくてはならない。関連性は明白なものであることが必要である。

憲法三五条の「明示」がそのことを要求している。「明示」された令状によって、関連性が明白なものだけが差押を許される。とりあえず差押えてゆっくり時間をかけて検討すれば、なにか関連性が発見されるかも知れない、などという弛緩した判断は許されない。

関連性の判断は、「漠然とした見込」であってはならず、「ある程度の蓋然性」をもってみとめられる程度でも不足である。それは一定の合理的根拠を有する客観的判断でなくてはならない。もし、捜索が十分な理由と根拠をもって用意されたものであるならば、それは捜索によって探しあてるべき物件はかなりの程度にしぼられているはずである。あらかじめ、資料による検討にもとついて、探しあてるべき物件の姿は、捜索者の頭のなかに描かれていなくてはならない。一般探索的捜索が禁止されている憲法三五条のもとにおいては、捜索はかなりの程度に具体的な目標をもって、差押えるべき物件像はとらえられている必要がある。このような正当な捜索の場合には、たとえ「判断が捜索、差押という緊急の状況のもとで行われる」ものであっても、その判断は即座に、かつは正確になされ得るのである。差押えるべき物件であるかどうかの判断は、容易である。ところが、捜索自体が一般探索的であり、差押もまた包括的であることをさして意に介せず、漫然と物ほしげに探しまわるような捜索、差押の場合には、その漫然さの程度に応じて、即時の判断はむづかしくなり、従ってまた関連性自体の枠をひろげなくてはならなくなり、ここから憲法三五条の保障はきりくづされていくのである。

(四) 不可能か

原判決はいう。「……複雑、大規模な調査においては、差押の現場において、差押対象物件の一々についてその内容を検討し、証拠物件としての価値を判断することは不可能というべきで」あると。「複雑、大規模」であればあるほど、人権侵害の危険もまた「複雑、大規模」になるのであって、そのことがいささかも令状主義の破壊や逸脱を合理化する理由にはなりえない。「収税官吏が同種事件の調査等によって蓄積して有する専門的知識、経験に基づく合理的判断」によってしてもなお「不可能」なことは、やってはならないのである。憲法の通りにやることは「不可能」だから、憲法違反をやっても構わない、というのは暴論であって、憲法違反のことはやってはならないのである。差押は、きちんと対象物件の「証拠資料としての価値」を「一々について」検討したうえでやってもらわなくてはならない。そうでなくては、差押は強盗と同じである。

(五) 消去法のための資料蒐集は許されない

1 仮名預金の発見

原判決の引用する一審判決は、次のようにその判示を展開する。まず「本件犯則嫌疑者と原告との調査対象年分(又は事業年度)の取引を証明する帳簿書類の物件は、すべて犯則事実との関連性を有するものといえる」(二八〇丁表、裏)。上告人もまたこの判示に同意する。しかし、これらの文書であるかどうかの判別は、差押時に、差押場所において行われなくてはならない。

ついで原判決の引用する一審判決はいう。「右仮名預金に関する帳簿書類等の物件も、もとより右の関連性を有する。また、仮名預金は、それ自体に係る通帳、元帳等の帳簿書類によっては帰属の明らかにならない預金であるから、本件犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を発見し、その帰属を確定させるに必要な帳簿書類等の物件も、同じく関連性が肯定される」(二八〇丁裏)。

この判示もまた一般論として上告人の同意するところである。しかし、そのことには重要な条件がある。すなわち差押時点で、差押場所において「発見」された仮名預金に直接に関係する帳簿書類と、差押時点で、差押場所において「発見」された、その仮名預金の帰属を確定させるに必要な帳簿書類に限定される、という条件である。これらの条件が、差押処分の本質的性質に根ざす条件であることはすでにのべたとおりである。

2 抽出法

問題はその次にある。原判決の引用する一審判決は次のように説示する。

「仮名預金の発見は、一般に、次のような方法によって可能であることが認められる。すなわち、金融機関において、仮名預金を預金者ごとに名寄せし、索引簿又は名寄帳として管理していたり、仮名預金に係る預金元帳、預金申込書、印鑑簿等に真実の預金者名をメモしていたり、貸付稟議書、得意先係の日誌等に仮名預金の名義をメモしている場合があるので、それらの帳簿書類の記載内容を調査すること、犯則嫌疑者に帰属することが既に把握されている預金の入出金の流れを伝票等でたどって不審な預金を抽出し、あるいは右把握済みの預金との類似性の認めちれる預金を抽出し」(二八〇丁裏〜二八一丁表)。

これらは、いわば、被上告人のいう抽出法にかかわる判示である。これらに関する帳簿書類については、右判示にいう「記載内容を調査すること」、「抽出」などの作業は、同時に差押時点で、差押場所における関連性の有無にかかわる判断そのものであるから、差押時点で差押場所における判断としてこれらの「調査」や「抽出」がおこなわれる限りにおいて、関連性をみとめることができるであろう。索引簿や名寄帳については、おそらく差押時点で、差押場所における判断として、これらの「調査」は可能であるかもしれない。

既知の仮名預金について、元帳や申込書や印鑑簿の記載を「抽出」することも可能であるかもしれない。仮名預金の帰属を確定するに足るメモなどを「発見」することによって、あらたに未知の仮名預金を発見することも可能である場合があるかも知れない。しかし、「伝票等でたどって不審な預金を抽出し」たり、「類似性の認められる預金を抽出し」たりすることは、恐らく不可能であろう。

このように差押時点で、差押場所における判断としてそれが可能である限度において、これらの抽出法による作業は許容され、それが不可能であるにもかかわらず、後日の精査による「抽出」の可能性にもとついて差押えをすることは許されない。そのことが可能であるかどうかは、査察官が事前にどれだけ調査をつくしているかに左右される。嫌疑事実が、真に、令状発布を許容する程度に熟しているかどうかにかかっている。

3 消去法

原判決の訂正し、引用した一審判決はさらに次のように判示する。

「更には、金融機関に存する多数の預金口座のうち収税官吏の長年蓄積された専門的経験と知識によって犯則嫌疑者に帰属する仮名預金に関係があると思料される一定範囲のものについて犯則嫌疑者以外の者に帰属することの明らかな預金を除外することにより帰属不明の預金を抽出し、筆跡、印影その他収税官吏がそれまでの調査により収集した諸資料と照合検討することなどの方法により、犯則嫌疑者に帰属する仮名預金の発見が可能であり、これがいわゆる消去法といわれるものであることが認められる。したがって、右の方法を用いる過程において必要な帳簿書類等は、犯則事実との関連性を有するというべきである。」(二八一丁表〜二八一丁裏)。

4 令状主義は消去法を許さない

これがすなわち被上告人のいう消去法に関するものであるが、消去法による仮名預金「発見」のための資料として、帳簿書類を差押えることは許されない。

消去法のための資料蒐集は、ほんらい令状主義と両立しえない。令状主義は、令状発布の段階における被疑事実なり、嫌疑事実を中核にすえて、この一定の事実を積極的に証明する資料を関連性のなかにとり入れ、それ以外の資料をきびしく排除することを要求するのであるから、すべての資料が与えられなければ方法として成立しえない消去法は、これと両立し得ないのである。

原判決が仮名預金発見の方法の認定について依拠した一審証人北島康孝は、消去法について、次のとおり説明していた。

消去法とは「具体的な手掛りがない場合で、しかも、その金融機関の何万口座のうち、必ずあると思われる場合には、まず嫌疑者の預金と関係のない他人の預金であるということが、確実と認められるものを消してまいりまして残ったものの中から更に、他の資料を駆使して嫌疑者の預金を捜し出すというのが、いわゆる消去法であります。」(昭五一、一、二三証言)

つまり消去法とは、数万あるいは数十万の口座のなかから、関連のないものを消していって、残った数個又は数十個の口座を嫌疑口座としてとらえ、ここから嫌疑者に帰属する口座を発見していく方法である。消去さるべき無関係の口座のなかにも、実は実名・仮名のものが無数に含まれている。

それらのすべてについて、実在の帰属者をつきとめることなくしては、完全に消去ることはできない。このようにして数万、数十万の口座の真実の帰属者をたしかめていって、どうしても嫌疑者以外のものには帰属しないという口座を発見していくのである。この過程は消去と抽出の複合過程であろう。これこそ、まさしく事実上の、全口座の無差別・普遍調査にほかならぬことをまず銘記する必要があるだろう。

資料のうえからこれをみるならば、消去法とは、無関係口座のすべての消去という作業が可能であることを前提にするから、この可能性が現実のものとなるためには、すべての資料が所与のものとして掌中にあることが不可欠の前提である。資料が欠けているならば、欠けている部分について、消去不能の部分が残るからである。

つまり、消去法とは銀行のすべての帳簿・書類が国税当局の手中にあることを前提にしてはじめて可能となる手法であって、この手法のために差押が必要であるとする国税当局者の論理は、全面的、かつ無差別の差押を必要とする論理であり、しかもこの無差別・包括的な差押を関連性の概念のなかにとりこんでこれを合法化する論理である。

仮名預金発見の必要の大義の下に、すべての法律的制約をとりはらってしまう、というやり方である。

5 北島孝康証言

このやり方を解明してみせてくれたのは、実は他ならぬ北島証人の証言そのものであった。

一審昭五一・一一・一二の期日における北島証言を引用すれば次のとおりである。

「たとえば、数万口の預金口座の中から一つあるいは数個の嫌疑者に帰属する預金を発見するためには、数万口に及ぶ関係のない口座を消していくという方法をとることもある?

そうです。

その数万口に及ぶ預金口座、これ、すべて実名であるとは限りませんね。

そうです。

数万口に及ぶ消去せらるべき預金口座の中には、多数の架空名義や他人名義の預金が混在しているでしょうね。

そうです。

そうすると、嫌疑者に帰属しない数万口の預金口座が、その名義いかんにかかわらず、真実だれに帰属するものであるかということを全部調べていかないと消去することができませんね。

そうです。

そうしますと、数万口の中から一口あるいは数口の口座を抽出するために、取出すために、数万口すべての口座がその名義のいかんにかかわらずだれに帰属するかを全部調べなければならないということになりますね。

そうです。

何回目かのあなたの証言のなかに、預金のすべての元帳について、丹念に目を通さないと嫌疑者の名義が発見できないというのが現状でございますという趣旨の言葉どおりですけど、そういうことをおっしゃっていますね。

はい、申上げたはずです。

その店舗に保管されているすべての預金の元帳、これがあなた方が携行したところの令状に記載されている犯則嫌疑事実を証明するに足ると認められる帳簿、書類に含まれると、こういう御見解ですね。

そうです。

それも犯則嫌疑事実に上げられている当該年度のものに限りませんね。

それは限りません。立証のために、間接直接に必要なものは差押対象になるとかように考えております。」

そして、この消去の対象となるすべての預金口座に関する帳簿類は、同時に差押の対象物にほかならない。北島証人自身がこのことをみとめた。

「それからもう一点、消去法の調査対象としては全部だと。

はい。

差押の対象としては、まあ、立証に必要な物件だ、という趣旨の証言ですね。

はい。

その消去法の調査の対象と、差押の対象は一致しないわけですか。そうすると。

いや、そんなことはございませんね。」

つまり、両者は一致する、というのである。

未発見の口座を、数万、数十万の口座のなかから発見するために差押をおこなうということになれば、当該年度はもとより、それに前後するすべての帳簿書類が無差別かつ全面的に差押の対象物として関連性のなかにとりこまれる、ということをこれほどみごとに立証してくれたのは、ほかならぬ北島証人その人であったのである。

本件捜索、差押えは、一般探索的捜索、包括的差押えであったこと、全く疑う余地がない。

消去法による資料の蒐集のために、差押処分をみとめることは、すべての資料の差押えをみとめることになるという点で令状主義に違反する。差押時点で、差押場所において、消去法による判断が事実上不可能であることは見易い道理であって、これは差押処分の本質にかかわるのである。

6 「一定範囲の資料」といえるか。

原判決はいう。「いわゆる消去法による調査のためには、犯則嫌疑者の預金と関連のないすべての預金口座を消去するための資料として金融機関の有するすべての帳簿書類が必要となるのであり、その差押えを認めることはすべての資料の無差別・包括的な差押えを認めることになるという点で令状主義に反するものであり許されないと主張する。しかし、特定の犯則嫌疑者に関する仮名預金を探索する目的で、その必要の限度で差押えをするものである以上無差別的包括的差押というべきでないばかりでなく、証人北島孝康の証言によれば、いわゆる消去法による調査のために金融機関の有するすべての帳簿書類が必要となるということはなく、そのために必要な資料は収税官吏の専門的経験と知識によって犯則嫌疑者に帰属する仮名預金発見のために必要と思料されるものに限定されることが認められる。したがって、いわゆる消去法による資料の収集のために差押えを認めることが当然にすべての資料一の無差別・包括的な差押えを認めることになるということはできず、いわゆる消去法のため特定の犯則事実との関連性を有する右一定範囲の資料の差押えを認めることが令状主義に違反するものということはできない。」(3―13)

上告人は消去法という仮名預金発見の方法が、方法的にみて、一定期間の全帳簿書類を手許において調査しなければ成立ちえない方法であり、そのための資料の差押が許されることになると全帳簿書類の差押をみとめることになり、そのことを北島証人が見事に確認していることを強調しているのであって、原判決のこの部分は上告人の主張をよく排斥しえていない。「特定の犯則嫌疑者に関する仮名預金を探索する目的で、その必要の限度で差押えをするものである以上無差別的包括的差押というべきでない」かどうかは関係がないのである。たとえ特定の嫌疑者の仮名預金の探索のためであれ、消去法という方法で探索する限りは、「その必要の限度」は一定の年間のすべての帳簿書類に及ばざるをえないことを指摘しているのであって、「無差別的包括的差押」と呼稱するかどうかは二の次、三の次の問題であるに過ぎない。

原判決は北島証言によって、「必要な資料」は「必要と思料されるものに限定される」などといっているが、北島証人はそんなことは云っていない。

この点にかかわるのは、同証人の一審昭五一、一一、一二の期日の証言の最後の部分であるが、念のためその部分のすべてを引用しておこう。

「被告代理人(斉藤)

147 まず、先程の証言の中で、金融機関にある預金の元帳、伝票ですか、そういうものがすべて差押の対象になるというような趣旨のことをおっしゃったんですがね、それは、銀行に存在する預金元帳の類は無条件に差押の対象になるという趣旨でおっしゃったのか、それとも、その中で、何かやっぱり一定のものが差押の対象になるという趣旨でおっしゃったのか、あとのほうで少し説明されたようですけれども、そこらへんをもう一回、明確にしてほしいんですが。

まあ、すべてが対象になると申上げましたのは、松本祐商事とか、三和企業、李五達、方元俊、というような四名の犯則嫌疑者の名前の記載されておる預金口座ばかりじゃなくて、銀行には架空名義預金、無記名預金が存在するからして、その架空名義預金、無記名預金の中には、嫌疑者のものが含まれておるということは、当然考えられる。そういう意味で仮名、無記名とおぼしき預貯金の証拠書類については、差押の対象となるということを申上げたのであります。そしてまた、消去法という立場からしまして、何万口座の預貯金がすべて対象になる、というふうに申上げたわけであります。

148 消去法の調査対象というのは。

預金が対象になると。しかし、差押をするのは、犯則嫌疑事実の立証に関係があるというもののみについて、限定して差押えるというのは当然のことであります。

149 その、あとのほうの、消去法による調査の対象になる数万口の預金口座というのは、消す対象ですか。

消す対象です。

150 そのうちから、消去法によって消していく、という対象になる預金の口座と、そういう趣旨ですか。

そういうことです。」

これだけの証言から原判決のような認定がどうして可能なのか、原判決は明らかに偏跛だといわざるをえない。北島証人は消去法による仮名預金調査のためにすべての預金元帳や伝票が調査の対象となり、また差押の対象になることを何度も確認した証言をしたのちに、その余りに極端な証言に一驚した被上告人代理人との間に前記の問答が展開されたのである。そして調査対象と差押対象とを一応は分別する証言をしなおしたが、同時に「消去法という立場からしまして、何万口座の預貯金がすべて対象になる」と断言しており、消去される「数万口」の預金口座に関する帳簿が調査できないときは、差押の対象となることを否定していないのである。先に引用した「消去法の調査の対象と、差押の対象は一致しないわけですか。そうすると」と問われて、「いや、そんなことはありません」と答えて、調査対象と差押対象の「一致」をみとめた証言は、このあとに続く証言であった。

それが原判決の手にかかると、「必要な資料は収税官吏の専門的経験と知識によって犯則嫌疑者に帰属する仮名預金発見のために必要と思料されるものに限定されることが認められる」ということになるのだから、原判決の態度には驚嘆すべきものがある。

もち論、嫌疑年度から一〇年も遡る帳簿は調査の対象になることはあるまい。遡ってもせいぜい数年という程度であろう。その限りでは「一定範囲の資料」というのもあたらないわけではない。しかし、全預貯金口座にわたってその帰属者を確認するという作業をおこなうためには、すべての預金の元帳を必要とすることは明白であって、それを「一定範囲」などといってみてもなにほどの限定を加えたことにもなるまい。

三 本件差押は無差別、包括的な帳簿書類の差押であって、憲法三五条の令状主義に違反する

(一) 国税当局の企図

原判決の引用する一審判決は、その「理由」第三、「本件犯則嫌疑者に対する調査の経緯」において、五名の犯則嫌疑者ごとに任意調査の経緯を認定し、多少の表現の相違はあるが、いずれも嫌疑者側の非協力のために、「このため、同人の所得金額を把握するには、取引先である原告ら金融機関に対する調査を実施することが不可欠となった」と認定した。またその「理由」第四、「原告に対する任意調査の経緯」において、五名の犯則嫌疑者の各人ごとに、それぞれ仮名預金の存在が「把握」されたか、あるいはその「疑い」があったにも拘らず、上告人の非協力のために、それら預金の存在と帰属を確認するに至らなかった経過を認定した。

これらの犯則嫌疑者及び上告人に対する任意調査において、国税当局はいかなる資料をいかなる形で入手することを求めていたか、ということは、それが実現できなかったために、踏み切らざるをえなかったという強制査察の目的とその結果の全容を知るうえで、重要である。

本件差押は任意調査で果さなかった資料の入手を強制的に実現したものであったからである。

(二) 「預貯金等の調査証」

国税局の調査担当者が金融機関に対して預貯金などの調査におもむく際には、「金融機関の預貯金等の調査証」を携行提示して、犯則嫌疑者と調査対象の範囲を明示することになっている。この調査証は一見すると、調査対象となる預貯金者の氏名を特定することによって、その調査の範囲を限定しているかにみえるのだが、しさいにその内容を検討してみると、それは殆ど全く無限定のものであって、調査担当者がその場にのぞんで、思うままに無限定の調査をおこなうことを可能にしている。

調査証にはまず預貯金者の住所、氏名が記載されていて次の本文に続いている。

「国税犯則取締法による調査のため、右の者(預貯金者の名義は異なっているが、右の者と同一であると認められる者を含む)及び別紙各号に該当するものの預貯金及びこれに関連する銀行取引を調査する必要あることを証する」(たとえば甲二六号証ノ五)。

この場合「右の者(預貯金者の名義は異なっているが、右の者と同一であると認められる者を含む)」という記載は、まず、「右の者」によって冒頭に表示された預貯金者を指称し、ついで、括弧がきの部分では、冒頭に表示された者に帰属する預貯金で、いまだ調査担当者の側に知られていない仮名又は無記名の預貯金が包括的に把えられている。

さらに、「別紙各号」は「一、預貯金者名、二、次の印鑑を使用しているもの」に分かれる。そして「一、預貯金者名」のなかにはそれまでの調査によってすでに判明している「右の者」に帰属する仮名預貯金の名義人(あるいは「右の者」に帰属する疑いのある仮名預貯金の名義人)が表示され、「二、次の印鑑を使用しているもの」によって、すでにそれまでの調査によって判明している「右の者」の使用する仮名預貯金の印影(あるいはその疑いのある印影)が表示される。さらに、本文中の「及びこれに関連する銀行取引」によって、これらの預貯金口座のなかの個々の入出金はもちろん、これらの預貯金の名義人による貸付、為替取引などの一切の銀行取引に関するものが一括して表示されている。

つまり、右によれば、既にわかっている名義に加えて、いまだわかっていない名義のすべての取引を調査することの必要性が「調査証」の証明の対象となっている。

(三) 全帳簿の開示要求

ところで、これらの調査証の記載が、一見して被調査対象を特定しているようにみえて、実際は殆ど無際限に近いことは一審における宮崎直来証人に対する次の問答(昭五・七・二)によっても明らかであろう。

「問 端的にお伺いしますけれども、一枚目に表示されている特定の預金者の中で、その預金者に実質的に帰属すべき金が他の預金者名義で入っていると。

答 はい。

問 したがってその他の預金者名義は一枚目の預金者の別名預金であると見られる場合に、その名前のわかっているのは二枚目に書くけれども名前のわかっていないものは、この一枚目の括弧の中で包括するというやり方ではないんですか。

答 さようでございます。」

「問 具体的には銀行に行ってどういう帳簿を出せというふうに要求することになるんですか。名前がわからないんだから。

答 それは預金元帳とか、それから伝票綴りとか、それから先ほど申しましたように他店券記入帳とか。あるいは印鑑簿とか、あるいは名寄帳とか、そういうものを一応見せていただくことになります。

問 そうするとそれらの銀行の帳簿や書類をみることによって調査の当初にはわかっていない名前を新たに発見するということになりますね。

答 その場合もあります。

問 その場合以外にはあり得ないでしょう。この一枚目の括弧の中にとじられている名前のわからない人を調査する必要があるというふうな調査証なんだから。

答 はい。」

「問 そうすると名前のわかっていない預金を発見するためには、ある時期のすべての伝票を見ないとわかりませんね。

答 そうです。

問 そうするとあなた方はある期間の、すべての伝票、すべての帳簿を見せてくれということを要求するわけですね。

答 そうです。

問 そうすると、この調査証というのは、さながらある特定の帳簿や伝票などを特定してそれを見せてくれというふうに表現されているかの如くであるけれども、実際はある時期のすべての帳簿・伝票などを見せてくれという、その調査の必要性をみとめた書類になるわけですね。

答 そうです。

問 そうして現にそのような要求をなさったんですね。

答 そうです。」

かくて、国税当局が任意調査の段階でもとめていた上告人に対する要求は、明らかになったとおもわれる。

被上告人は「再三再四原告に対し関係帳簿書類等の呈示を求めたが、原告は種々の口実をもうけてこの申入れに応じようとしなかった」と主張するが、ここでいわれている「関係帳簿書類」とは、「ある時期のすべての帳簿・伝票など」を指していたのである。

ある時期のすべての帳簿・書類などを、すべて自分の手にとって精査する、ということがこの際の国税当局の要求であった。未発見の口座を「発見」するにはそれ以外に方法がなかったことは明らかであった。

同旨のことは、本件強制調査の責任者であった小林一誠総括国税査察官の一審証言によっても、確認されている、といってよい。

彼らにとっては、金融機関が査察官の求めに応じて、特定の者の預金元帳写しを提出したことなどは、調査に対する協力とはいえないのである。

「その一部の限りにおいても、あなた方は、それを協力の事例とは数えないわけですね。

ええ、別にそれが協力だというようには、私は、判断しておりません。

つまり、店舗で現実に、預金元帳を手にとってみせるという機会を提供されない限りは、それは協力とはいえないと、こういう考えですね。

そうです。」(昭、四五・一一・一〇、一五回)。

「……そうすると、臨検してから新たに発見されることのある名義の預金、これは、どういう方法で発見するんですか。

どういう方法と申しますと。

つまり、ある店舗に、おおよそ数万という口座があるでしょう。

ございますね。

その口座の中で、臨店してから分かるということのためにね、どういう方法をとるんですか。

要するに金融機関の備付けのいろいろの帳簿書類ですね。こういったものを克明に調査をして、検討をした上で、そのある特定の預金というものが、嫌疑者に帰属するものであることを調査して、そうして、その過程を調べていくわけです。

そのために、あれですか、名寄帳とか伝票とかがみたいわけですね。

もちろん、そういうことです」(前同)。

「索引簿についてはいかがですか。

索引簿は、これは、そのもの全部を、検査の対象にする必要があるということでございます。

そうすると、索引簿をみせてくれということは、索引簿という簿冊全体をみせてくれということですね。

そうです。

その、たとえば、索引簿がどういうふうに、私、ついているのか詳しく知らないけど、たとえば電話帳みたいであれば、ア、イ、ウのアの部分だけを見せてくれということでは、問題が足りないわけですね。

そうです。括弧書の問題がございますので。

そうすると、それも手にとってみないと困るんですか。

そうです」(前同)。

ここにいう括弧の問題というのが、預貯金等の調査証にでてくる「預貯金者の名義は異なっているが、右の者と同一であると認められる者を含む」という括弧書のことを指している。

「そうすると、括弧書の中でね。右と同一であるものを含むという。右と同一であるというものは、その調査証をもっていく段階では、まだ預金名義の名義が、お宅には分かっていないものを、指しているわけですね。

そういうことでございます。

そうすると、同一であると認められるもの、つまり、その段階では、お宅に名義の名前がわかっていない預貯金は、店舗におもむいて調査証を示してから、お宅が店舗の書類をみることによって、探し出されたものですね。

そういうことですね。あるいは、そうではなくて、外からの情報によって知りえたものも含まれます」(前同)。

これらの引用によって明白になったように、査察官は、店舗にでかけて「いろいろの帳簿書類」を「手にとって」みて、「克明に調査」して、かくれた未知の預金を発見しなければならないのである。そのためには、すべての帳簿書類が与えられなくてはならない。

換言すれば、一般探索的に、かくれた預金を探し出す。この作業に金融機関が協力しない限り、それは非協力であって、強制調査にふみ出す理由となる、というのである。この場合強制処分の必要は、すべての帳簿書類の入手であって、それ以外ではない。

国税当局は、この全面的な書類・帳簿の提出要求が拒否されたので、この要求を強制的に実現するために、本件強制調査にふみきったのである。このことは、被上告人ら自身によってほとんど自白されているに等しい。そこで、本件強制調査目的は、書類・帳簿などの無差別、包括的な差押にあったのであって、現におこなわれた差押もまたそのようなものになるほかはなかったのである。

本件差押は、無差別、包括的な帳簿書類の差押であった。

ここで先に引用した北島孝康証人の次の証言を再度引用しておこう。

「その店舗に保管されているすべての預金の元帳、これがあなた方の携行したところの令状に記載されている犯則嫌疑事実を証明するに足ると認められる帳簿、書類に含まれると、こういう御見解ですね。

そうです」(一審、昭五一、一一、一二)

四 刑事訴訟ではどうなっているか。

(一) 刑事裁判判例

一審判決は「当該物件に関連性を有する可能性が認められれば、その差押えが許されるものと解すべきである」とも(刑事訴訟法九条一項が証拠物と「思料するものを差し押えることができる」と規定しているのも、同趣旨と解される)と註記した(二七九丁裏)。原判決は、なぜかこの部分を削除して訂正した文章を挿入した。その理由は不明であるが、原審で上告人が詳説した刑事裁判例にもとづく批判に留意したためであるかも知れない。

しかし、刑事裁判のうえで「関連性」がどのように考えられているかは、本件差押の違憲性を判断するうえで、重要な指針となるにちがいない。

刑事々件において、「関連性」ははるかに厳正に運用されており、「関連性を有する可能性」や「蓋然的可能性」によって差押えをおこなうことを厳しく排除しているのが実情である。ここでは、便宜、関連性についての判断のほかに、差押えの必要性について判断したものもとりあげることにしたい。

1 国学院映研事件

差押処分準抗告申立事件、国学院大学映画研究会事件(判例時報五三八号)、昭和四三年(むのイ)一、四八八号、東地刑一三部決定。同年(むのイ)一、四八九号(同部決定、一部認容、一部棄却。

これらの決定は、ビラ、新聞、録音テープ、映画フィルムなどの差押処分を取消したのであるが、まず、関連性について、一、四八八号事件決定は一一点のビラ、フィルムなどについて「いずれも本件被疑事実との関連性を認めることは困難であり」、一四点の録音テープについて、「本件許可状に差押を許可する物件としての記載のない物件であり」、三点のフィルムについては「本件被疑事実とは関連性がないものと考えられ」、一点のフィルムについては「失敗作であって何を撮影したものかは不明であり、従って本件被疑事室との関連性は認められず」という理由で差押処分を取消した。一、四八九号事件では、一〇点の差押処分を取消したが、とくに、二点の生フィルムについて、「その内容が外からは全くわからないため、本件被疑事実との関連性について何らかの疏明のない限り差押えることは許されないものと考えられるが、本件記載並びに当裁判所の事実調べの結果によっても、未だ右関連性について疏明があったものとは認められない」として、差押処分を取消した。外からはわからないが、のちに現像してその映像をたしかめれば関連性があるかもしれない、などという「関連性を有する可能性」や「蓋然的可能性」を否定したものとして、有益である。

両件とも、被疑者に対する被疑事実となっている騒擾事件の現場を撮影した一六ミリ、三五ミリ映画フィルムについて、「被疑事実とネガフィルムの関連性を認めることができる」としながらも、次の理由によって差押処分を取消した。

「……押収される第三者のもつ利益との比較衡量が必要といわなければならない。そして本件についてみるに、右フィルムの中には被疑者の具体的な犯行の状況が撮影されているものはなく、他の共同者の行為を内容とするもので、その罪責に対する影響、被疑者の役割りの軽重の判定、その他被疑者の罪を立証すると思われる作用は極めて低いと思われ、本件被疑者の被疑事実との関係で考える限り、第三者が適法に製作して所持しているフィルムを押収する必要性はさほど強いものとは言えず右フィルムを押収されることのその所持者たる映画研究会等に与える不利益とを比較衡量してみた場合には、右フィルムの強制的な差押までは許されないものと解するのが相当である」。

本件において、業務の日常の過程でそれらが店内にあることを必須とする帳簿書類をもち去られることについての上告人側の不利益が、些少なりとも衡量の対象とされた形跡はない。

租税負担の公正をはかるという大義もまたそれが強制処分を伴うものである以上は、それらの処分を受ける側のものの負担と犠牲との比較衡量を回避することはできないのである。この面からみても、蓋然的に関連性の可能性が予測されるにすぎない諸物件を差押えることの違法性は、強度のものといわなくてはならない。差押えを受ける側の不利益との比較衡量によって、差押えの違法性を判定することは、いうまでもなく、差押えにかかる物件の、被疑事実の証憑としてもつ意義や価値、つまり関連性の程度や濃淡と深くかかわるから、その限りでは、まさに関連性の問題にほかならないのである。

2 同特別抗告事件

特別抗告棄却決定、最高裁昭和四三(し)一〇〇号、昭四四、三、一八第三小法廷決定、棄却(判例時報五四八号)

前記の東京地裁昭四四年むのイ一、四八八号事件の決定の一部については、検察官と司法警察員から特別抗告が申立てられたが、最高裁第三小法廷は、昭和四四年三月一八日付決定でこれを棄却し、その中で次のようにのべた。

「……検察官等のした差押に関する処分に対して、同法四三〇条の規定により不服の申立を受けた裁判所は、差押の必要性の有無についても審査することができるものと解するのが相当である。そして差押は『証拠物または没収すべき物と思料するもの』について行われることは、刑訴法二二二条一項により準用される同法九九条一項に規定するところであり、差押物が証拠物または没収すべき物と思料されるものである場合においては、差押の必要性が認められることが多いであろう。しかし、差押物が、右のようなものである場合であっても、犯罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠匿毀損されるおそれの有無、差押によって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに差押の必要がないと認められるときにまで、差押を是認しなければならない理由はない。したがって、原裁判所が差押の必要性について審査できることを前提として差押処分の当否を判断したことは何ら違法でない」。

この判断においては、「差押によって受ける被差押者の不利益の程度」を考慮することの必要を論じ、さらに「差押物の証拠としての価値、重要性」がそれとして取上げられていることに注目しておきたい。

3 マーベル事件

検察官からの証拠資料取調請求に対する異議申立事件、東京地裁昭四〇(わ)五九九号、昭四〇・一・一三刑一五部決定(判例時報四四一号)

この決定は検察官の証拠調請求に対する弁護人の異議について裁定したもので、一部棄却、一部認容のうち、一部認容部分の理由のなかに、本件において参考にすべきものがある。

「……捜索差押許可状中の差押物件の表示は、捜索差押を受ける者において、執行の際、右の表示その他令状の全記載(罪名、捜索すべき場所、刑訴規則第九四条の事由)と照合して何が差押を許された物件であり、何が然らざる物件であるかの判断を下すことができる程度のものでなければならず若し捜索差押許可状の記載が捜索差押をうけるものをして右の判断を下すことをえしめるに足りないものであるときには、その令状は憲法の要請する差押物件の明示を欠いた違法な令状であり、これに基いて捜索差押をすることは許されないといわなければならない。よってマーベル株式会社に対する捜索差押許可状の記載について考えると差押物件の表示は「本件犯罪に関連あるメモ、帳簿書類、往復文書、預金通帳、印鑑等」であるが、「メモ、帳簿、書類、往復文書、預金通帳、印鑑等」というのはどこにでも多数存在し、ありふれたものであり、それ自体犯罪と無関係のものであるから、右の表示が差押物件を明示したものといいうるかどうかは、捜索差押をうけるマーベル株式会社にとって、「本件犯罪に関連ある」との文言の内容が具体的に明らかであるかどうかによるものといわなければならない。ところが右捜索差押許可状中、「本件犯罪に関連ある」との文言の内容を明らかにするものとしては「罪名」として「恐喝」、「被疑者」として「須田公策」との記載があるのみであって、これではマーベル株式会社において何が「本件犯罪に関連」あるか否かの判断を下すに由ないものといわなければならない。マーベル株式会社は被疑者須田公策が代表取締役をしている会社であるが、法人格上は彼此別個であり、本件執行に右須田は立会っておらず、立会った同会社社員葉山茂、同木下茂、同松島千秋、同山下昇、同安田成局において、執行当時「須田公策に対する恐喝被疑事件」というのが如何なる事件であるか、これを知っていたと認めるべき資料はないのである。然らば、マーベル株式会社に対する本件捜索差押許可状は、差押えるべき物件の明示を欠いた違法な令状であったといわなければならない。

(二)のみならずマーベル株式会社に対する捜索差押の執行の状況をみると証人上田政夫の証言、検察事務官上田政夫作成名義の差押調書などによれば

(イ)前記捜索差押許可状によって差押えた物件は品名にして三四七点、数量にして一、四〇〇余個(数量は押収目録の数量欄記載の数字による、海外通信文綴二九冊とあれば二九箇、在庫報告等在中袋一袋とあれば一箇とする。)に及ぶ多量なものであり……(中略)

以上(1)ないし(3)に認定した事実を綜合すれば、右のように社長室内の文書類の殆んど全部、経理関係の現に業務に使用中の帳簿、書類の殆んど全部というような差押の仕方であったことや、数量にして、一、四〇〇余個という多量のものであったことなどに照すと、執行者において押収物件と被疑事件との関連性の有無につき、慎重な態度をもって個別的具体的に調査してきたものとは到底認めえないものであり、むしろ関連性の有無について充分な調査をせず、無差別的恣意的に差押を行ってきたものと認めざるをえないのであり……(中略)

なお一般に捜索差押の対象中には、例えば法禁物たる犯罪組成物件や犯罪供用物件などのように、それ自体、危険ないし有害な物件もないではないが、大抵の場合は、被差押者の手裡において大なり小なりの効用を発揮しつつあるものであるから、これに対する差押は合理的な最少限度に止められるのが当然であり、誤って関連性のないものを関連性ありとして差押えることのないように配慮すべきであり、とくに捜索差押が被疑者以外の第三者の所持品とくに会社、法人など多数人との間に複雑な取引関係、利害関係を有する組織体の帳簿、書類などを差押える場合には、一層慎重でなければならないところ、本件マーベル株式会社は、被疑者須田公策がその代表取締役であるにしても、これと全然別個の法人格をもつものであるのに拘らず、右捜索差押において、右に述べたような配慮は些かも払われなかったと窺われるのである。

(三)以上、(一)、(二)に指摘したところを綜合すると、マーベル株式会社に対する本件捜索差押状には差押えるべき物件の表示として、一応前示のような記載があるが右の表示は、憲法第三五条の要請する差押物件の明示というに達しない違法な令状であり、かつ右令状に基く執行も令状の指示する範囲を著しく逸脱した恣意的無差別的な捜索差押であって、重大な違法のある執行であったと断ぜざるをえない。」

右決定の理由は、令状における差押物件の表示が適法であるかどうかの判定の基準を、差押を受ける者の側において、「何が差押を許された物件であり、何が然らざる物件であるかの判断を下すことができる程度のもの」であるかどうか、にもとめた点で注目される。

この観点でみる限り、本件令状のそれがいかなる評価をうけるべきであったかは、ほとんど明らかではないかと思われる。ついで、この決定理由は「現に業務に使用中の帳簿、書類の殆んど全部というような差押の仕方」を、その差押物件の多量であったこととともに非難して、「無差別的恣意的」な差押であったことを断定した。

本件の場合との酷似には驚くべきものがある。また「第三者の所持品、とくに会社、法人など多数人との間に複雑な取引関係、利害関係を有する組織体の帳簿、書類などを差押える場合」に特段の慎重さを要求していることも、本件の場合に緊切であるとおもわれる。

4 静岡高教祖事件

捜索差押処分、押収処分に対する準抗告事件、静岡地裁昭四二(む)四五号、四六号、四七号、昭四二・三・二七決定。一部取消、一部棄却(「判例時報」四八〇号)

この決定は、静岡県高等学校教職員組合事務所に対する不退去被疑事件を理由とする捜索差押処分などに関する準抗告について、その一部を容認したのであるが、その理由中には、次の記載がある。

「このように、令状に「事件に関係ある……」と記載されている場合に、或る物が、被疑事件に関係ある証拠物であるか否かを判断するのは、その令状によって押収を許された捜査官の権限の範囲内に属することではあるが、その判断にも自ら限界がある。そうでなければ令状主義は画餅に帰してしまう(ここに刑訴四三〇条の存在理由も存する)。とくに本件のように極めて、抽象的かつ概括的でしかも不退去という被疑事件から必ずしも容易に推理しがたい物の場合には、その執行に当る捜査官は前記令状主義の趣旨を理解し、被疑事実との具体的関連にとくに意を用い、いやしくも、差押権限を逸脱し、その乱用に陥いることのないよう充分注意を払うことが要求される。現場においてその関連性の判断が困難だからといって一応押収するということは許されない。」

「現場においてその関連性の判断が困難だからといって一応押収するということは許されない」という指摘は、明瞭に「関連性を有する可能性」や「蓋然的可能性」を否定するものであって、原判決に対する適切な批判となりえている。

この決定は同時に、「このように押収する物の明示を要求しているのは、捜査機関から押収に関する自由裁量の余地を奪い、特定の被疑事件について捜索者に与えることのできる差押の権限の範囲を明確にし、もし捜索者が令状によって許された範囲外の物を押収した場合には、相手方は直ちに異議を述べ、或いは刑訴法四三〇条によって、裁判所へ救済を求めることができるようにして、財産権の保障及びプライヴァシーの保護を全うせんとするところにある」として、「相手方」の立会いによる看視と抗議を適正な差押の保障としていることも見おとしてはならない。

5 前進社事件

捜索差押処分に対する準抗告申立事件、東京地裁昭四四(むのイ)八一六号、昭四四・六・六刑八部決定、一部取消、一部棄却(「判例時報」五七〇号)

「前進社」事務所を破壊活動防止法違反を理由として捜索差押した処分に関するもので、一部認容の理由として次の判断がみられる。

「つぎに、差し押さえられた物件を個別的に検討すると、別紙目録記載の物件のうちノート類は、主として東大事件などで勾留されている学生に対するいわゆる救援対策関係の資料にすぎず、本件被疑事実との直接の関連性は少ないうえ、他方差し押さえられる側にとっては、勾留されている者に対する面会や差し入れ、弁護人との打ち合わせなどに具体的な支障が生ずるなど、差し押さえによる不利益はかなり大きいと思われる物であるから、右の物件を差し押さえたことは相当でない。(もちろん、かようなノートでも、外観では判明しないような関連性がひそんでいることも想像されるが、それを差し押さえるには、その関連性を疎明する資料に基づいて、令状自体に、「差し押さえるべきもの」として特に明記されていなければならない。)また、「公判廷における被告人傍聴人等のための六法」と題する法規集のようなものやバッグも、その物自体の性質上、本件との関連性は認めがたい。

五 差し押さえられた物件のうちその他のものについては、いずれも本件被疑事実との関連性は肯定されるが、特に申し立て人が関連性がないことを強調しているものについてだけ説明を加える。」

ここでも関連性の程度と、差押をうける側の不利益との衡量がおこなわれている。また「外観では判明しないような関連性がひそんでいることも想像される」としながら、そのような可能性で差押えをおこなうことを禁じている。「ある程度の蓋然的可能性の判断」で差押えしてはならない。

6 東京国税労組事件

差押許可裁判に対する準抗告申立事件、東京地裁昭三三・六・一二刑一三部決定、取消

東京国税労働組合に対する公職選挙法違反を理由とする差押えを、差押物件の特定を欠くものとして取消した。令状の記載は、「本件犯罪に関係ある文書簿冊その他の関係文書(領布先メモ、領布指示文書、同印刷関係書類)及び犯罪に関係あると認められる郵送関係物件(封筒印鑑等)」というにあった。

7 神戸地裁決定

捜索差押処分に対する準抗告申立事件、神戸地裁昭四四(む)五八五号、昭四四・五・二一決定、一部取消、一部棄却(「判例時報」五六〇号)

罪名は公務執行妨害、所得税法違反、差押えるべき物として「(三)公務執行妨害に使用した竹ぼうきバケツ等」という表示があり、この表示の範囲には録音テープははいらない、とした。

8 東京高裁判決

公職選挙法違反被告事件、東京高裁昭四三(う)一、一一四号、昭四七・一〇・一三刑一二部判決(「判例時報」七〇三号)

「しかしながら、本件捜索差押許可状は、押収すべき物については「本件犯行に関係する文書、図画、メモ類等一切」と表示するのみであって、「本件に関係を有する」という限定的文言があるとはいっても、被疑事実を記載したものが添付されているわけではないから、右の文言も必ずしも限定的効果のあるものとはいえず、具体的な物件を特定することあるいはその一部を例示することまたはより詳細な説明的限定的文言を付すること等をしていない点において、余りにも概括的であり、これに加えて、前記のとおり、捜索すべき場所としては複数の場所を記載するにかかわらず、押収すべき物を右各場所毎に特定して記載するということもないのであるから、結局、本件捜索差押許可状には、憲法三五条及び刑事訴訟法二一九条一項の要求する押収する物の明示または差押えるべき物の記載がないといわざるを得ないのであって、すでにこの点において右法条に反する違法があることは明瞭であるといわなければならない。

そうとすれば、本件捜索差押許可状における右のかしはもとより重大であるから、これに基づいてなされた差押の効力、ひいてはこの差押によって得られた証拠物の証拠能力は、これを否定すべきものといわなければならない。」

9 共産党台東地区委事件

差押処分準抗告申立事件、昭五八・六・一、東地刑一三部決定、一部認容、一部棄却(申立人、日本共産党台東地区委員会委員長磯長吉輔)

国家公務員法違反被疑事件を理由として、昭五八年五月一八日に、日本共産党台東地区委員会事務所に対しておこなわれた差押処分に対する準抗告事件である。この決定には次の記載がある。

「1別紙目録番号1の物件は……等合計三九九葉と「経歴名簿」と記載された表紙様の紙片一葉を簡単に綴じ紐で綴り合わせたものであり、形態上一冊をなすものではあるが、その編綴の状態及び編綴された各書面の記載内容等に徴すると、それぞれ独立の文書として各書面毎に本件被疑事実との関連性を判断するのが相当であるというべきである。しかし、右書類綴中、別紙目録番号1の各書面は、いずれも本件被疑事実との関係が認められない者の履歴等を記載した書面であって、その関連性を認めることができない。

2別紙目録番号2の物件は……書面二二葉と……書面三葉を紙製ファイルに綴じたものであり、目録番号3の物件は……書面七葉のほか……書面四四葉を紙製ファイルに綴じたものであって、これらは、いずれも、各葉それぞれ独立の文書としての体裁を有するものの、全体として本件被疑事実との関連性を考察すべき一冊の文書であると認められる。

同目録番号2の物件中には本件被疑者大塚宣彦及び同谷川清二の名前の記載された……一葉が含まれており、同目録番号3の物件中には本件被疑者加藤晴正に関する……一葉が含まれているので、その限りにおいていずれも全体として本件被疑事実との一応の関連性を認めることができる。しかしながら、右各物件には、本件との関係が認め難い者に関する書面多数、殊に、これらの者について、その個人生活に深くかかわる事項が詳細かつ広範に記載されている「経歴書」あるいは「経歴報告書」が綴られており、本件被疑事実の態様、右各ファイルの証拠としての価値、重要性、本件差押によって受ける被差押者の不利益等を総合して考察すれば、右各物件については明らかに差押の必要性がないと認めるほかはない。」

この決定は、「形態上一冊をなす」書類についても、その書面の性格を検討したうえで、その各葉について個別に関連性を検討することの必要性をみとめ、また「全体として本件被疑事実との関連性を考察すべき一冊の文書」について、その中には被疑者本人にかかわるものが含まれており、「その限りにおいていずれも全体として本件被疑事実との一応の関連性を認めることができる」書類についても、多数の第三者に関するものが同時に含まれているときには、全体として差押の必要がない、としている点に注目すべきである。

本件においては、綴、袋、冊、枚、葉、括、個、束、ファイル、通などの、およそ不揃いの単位表示によって、ぼう大な帳簿、書類の差押をおこなったが、これらのそれぞれについて、前記決定にみられるような配慮をつくした形跡は、まったくみられない。

10 共産党江戸川地区委事件

差押処分準抗告申立事件、江戸川簡裁昭和五八年(雑る)九号、昭五八・一二・二七日決定、全部認容(申立人日本共産党江戸川地区委員会委員長小柴秀雄)

被疑者不詳の公職選挙法違反被疑事件を理由とし、昭和五八年一二月一七日、日本共産党江戸川地区委員会事務所に対しておこなった差押処分に対する準抗告申立事件である。申立にかかる物件について「被疑事件を裏付ける証拠物であることを推認するに足りる関連性が認められず、従ってこれを差押える必要性も認めるに足りる資料がない」として全部認容した。

11 共産党八王子地区委事件

差押処分準抗告申立事件、東京地裁八王子支部昭和五八年(む)三七号、昭五八・一一・二五決定。一部認容、一部棄却(申立人日本共産党八王子地区委員会)

軽犯罪法違反事件を理由とし、昭和五八年一一月二三日、日本共産党八王子地区委員会事務所に対しておこなった差押処分に対する準抗告申立事件である。取消をみとめた理由として、「……各物件が本件ポスターの違法貼付の計画性、組織性を裏付ける証拠物であることを疑わせる状況は認められず、また……の各物件も被疑者山田友康が現行犯逮捕時に運転免許証により住所氏名を確認されていた本件においては、その身分の特定に関する証拠物としての差押の必要性は認められない」と記載されている。

(二) 刑事上の先例がしめすもの

以上、目にふれるままに、刑事訴訟における差押処分の許容範囲に関する先例を検討したが、いずれも関連性についてはかなり厳格な態度を堅持していることが理解される。少なくとも、関連性の範囲には、将来精査の機会を得れば、あるいは関連性を発見できるかも知れない、などという、「蓋然的可能性」は含まれず、そのような蓋然的な可能性を関連性のなかにとりこむことは厳しく排斥されている。そして、その関連性の判断は、差押時点において、差押場所においておこなわれることが必要であって、差押によって自己の手中におさめたのちの精査によって判断されるようなものであってはならない。

差押えは対象物件について、それを保有するものの占有を奪って、差押者がその占有を自分のもとに強制的に移転させることであって、その移転が許されるかどうかは、対象物件が令状の明示する物件であるかどうか、つまり関連性の有無によって決せられるのであるから、その判断は論理的には移転に先んじておこなわれることが必須である。すなわち、関連性を有するという判断は、差押えに先んじて、おそくとも差押えと同時に行われていなければならない。そのように解さなければ、差押えは、のちに関連性の有無を判断するためにとりあえず占有奪取をおこなう強権発動と同義のものとなるであろう。「可能性」を許容するかどうかは、実は差押処分の本質的性格にかかわるのである。差押が強盗とならないための憲法上の保障は、関連性を有するという判断が差押に先んじて、おそくとも同時におこなわれる点にある。

さらに、関連性をみとめたうえで、その関連性の程度、濃淡をも考慮しつつ、対象物件について被差押者が有する利害関係との衡量において差押の必要性、相当性を否定した例の多いことに気がつくであろう。被差押者が被疑者以外の第三者であり、それが組織的な取引の資料として対象物件を保有している場合に、いっそう被差押者側の利害を重視していることなどは、本件の場合にとくに適切な先例とみなくてはならない。とくに対象が不特定多数人のプライバシーにかかわる場合に、この判断はとりわけ重要であることはいうまでもない。本件差押は何万人もの預金者のプライバシーにかかわっていたのである。そして、上告人自身が金融機関として、これら多数人のプライバシーの保護に責任を負うていたのである。

すでに原審でも強調したように、そして原判決の引用する一審判決もまた被告(被上告人)主張として事実摘示したように、国税当局は「業務の過程で作成される一切の帳簿書類を調査の対象とするのでなければ調査の目的を達することができない」(一〇八丁裏)ことを主張しており、本件差押はそのことを目的としておこなわれたのであった。原判決が引用する一審判決にみられるように、被告(被上告人)は、「単にその時点において当該差押物を一見しただけでは意味が必ずしも十分把握できないという理由で差押ができないとするのでは、国犯法の意図する犯則事件の調査は不可能となる」、「差押えするに当っては、一見して明らかに犯則事実と関連がないと認められるものはともかく、収税官吏において関連性があると認められたものについては、差押えができる」(一二八丁裏〜一二九丁)、「結び付きの可能性があると認められる程度のものであれば、その判断に誤りはない」(一二九丁裏)と主張していたのであって、これらの主張によれば、たかだか差押えの許されないものは「一見して明らかに犯則事実と関連がないと認められるもの」にすぎず、一見して対象物件の意味が把握できなくても「関連する可能性がある」物件はすべて差押えすることができる、という見解であった。原判決の判示もこれと同旨のもので、さしたる径庭はなかったのである。これらの見解は「一般令状」の許容の一歩手前にまで行きついている。

ところで「国犯法の意図する犯則調査」は他の刑事々件の調査と特に区別して考えるべき事情が存するであろうか。

たしかに逋脱犯の犯則調査は、けん疑者の当該年度の損益計算や財産増減の全容にかかわるから、一般にそれが困難であるということはいえても、それと他の刑法犯や特別法犯の事件と区別して、その強制権限の行使の要件を緩和して解すべきいかなる根拠も存在しない。法律的にみて、その根拠がないこと、多言を要すまい。また、事実のうえで、その調査が困難であるからといって、それがロッキード事件の捜査と較べて格段に困難である、などといえる筋合いのものではなかろう。それらはすべて相対的なもので、比較すべき手がかりを欠いている。さらに、調査権のうえでも、すでにのべたとおり、犯則調査の前段階として、課税処分のための調査権が用意されている。国犯法上の犯則調査といえども、特別に遇すべき根拠は、いかなる意味においても存在しないのである。

五 「租税主義」と基本的人権の境界線

原判決は、収税官吏の「専門的知識、経験に基づく合理的な判断」を強調してやまない。判断主体である収税官吏の裁量的判断に委ねるほかない、という趣旨であろう。

上告人が関連性について積極性・明白性・客観性を強調してやまないのは、この種の主観説のもつ危険性に注目しているからにほかならない。

「国犯法上の調査権限は、租税主義の実現という極めて高度の公共的利益の要請に基づくものであるから収税官吏は、前叙の合理的な裁量の範囲において必要と認める調査をおこなうことができる」(原判決の引用する一審判決、一〇三丁裏)として、広範囲な証拠収集とその精査の必要性のみを過度に強調するのであれば、ほんらい令状制度などはこの目的にそわないものといわなければならないであろう。もっと自由にして合目的的な調査の方法が許されてよいことになるであろう。しかしそれでは調査をうける国民やこれとかかわりのある第三者の利益や人権はかえりみられないことになる。そこで厳格な令状制度が憲法上の要請のもとにとりいれられたのである。

差押許容物件の範囲には、関連性という枠がはめられ、その関連性は積極的で明白で、そして客観的証拠をもつことが要求されるのである。収税官吏の判断はそのような内容をもつことが法律上要求され、ただ収税官吏がそのように考えた、ということをもっては明らかに不足するのである。

一審で被告、被上告人はいう。「原告主張の積極性・明白性・客観性の要件を充足するのが具体的にどのような物件であると原告が考えているのか必ずしも明らかでないが、原告の主張を総合して考えれば、原告は、その時点までの犯則調査において明らかになった嫌疑者に帰属する実名、仮名預金口座の元帳、当該預金の入出金に係る伝票のみがこれに該当すると考えているもののようである」(昭五七・一・二六準備書面、二〇三〜二〇四頁)。

上告人のいう三要件を充足する物件が、被告、被上告人の右説明にかかる物件を含むことは、そのとおりといってよいであろう。しかし、上告人の考えは、右説明にかかる物件に限定しているわけではない。収税官吏が現場にのぞんで捜索し、帳簿書類の現物にあたって点検し、その場であらたに嫌疑者に帰属する預金口座を発見したときは、これに関連する帳簿書類は、差押許容物件と考えてよいだろう。これが被上告人のいうところの「選別作業」の成果であるはずである。上告人の主張は、いまだ関連性が発見されないが、差押えて物件をもち去り、のちに時間をかけてゆっくり精査すれば、関連性を発見することができるかもしれない、という程度の稀薄な可能性にもとづいて、物件を差押えることは、関連性のない大量の物件の安易な差押を許す結果となって、令状主義に明らかに抵触する、というにあるのである。

その意味で被告、被上告人が「単にその時点において当該差押物件を一見しただけでは意味が必ずしも十分把握できない(すなわち、積極的関連性の有無が明らかでない)という理由で差押えができないとするのは、国犯法の意図する犯則事件の調査は不可能となるのである」(前記準備書面一九六頁)というのは、明らかにあやまっている。一見しただけで積極的関連性の有無が明らかでないものは差押えができないのである。「意味が十分把握できない」ものは差押えてはならないのである。

つまり、未発見口座発見のために帳簿書類を手にとってみることが許されるのは、差押の現場における選別作業においてのみであって、発見の可能性がある、という理由で物件を差押えることは関連性の枠をふみ出すことになるのである。

これが差押をめぐる「租税主義」と基本的人権との境界線である。

このように解することは決して査察官に難きを強いるものではない。

六 救い難き令状主義蹂躪の典型について

(一) 原判決は、本件差押物中、上告人提出の第一目録の①ないしの差押物件について嫌疑事件との関連性を肯定した上で、「本件差押物の大半につき右可能性が肯認できることを考慮すると、本件強制調査においては関連性に関する蓋然的判断がなされており、無差別、包括的な差押えがなされたものではないことが認められる」と断定、判示した(以下の原判決はその理由一の41末尾部分および同42において加除訂正がなされた一審判決三〇九枚目表六行目以下同三一一枚目表末尾までの判示部分を引用する)。

ついで、原判決は、

「本差押物件のうち、その他、すなわち

①機械化資料((一)142)

②銀行慣例印影表((一)228)

③見本帳((一)229)

④新高産業株式会社・朴永岩・鄭栄采関係書類((一)628、640、680)

⑤収納取扱店事務取扱の手引((二)37)

⑥信用組合概況一覧表((二)77)

⑦総代理事住所録((二)173)

⑧鍵((二)258)

については、関連性を有するとの可能性を肯認することが困難である。

また、

①本支店勘定元帳((一)567)

②手形貸付金記入帳((一)569)

③仮受金記入帳((一)570)

④物品出納帳((一)571)

⑤有価証券担保品台帳((一)572)

⑥預金利子諸税記入帳((一)573)

⑦不動産担保品台帳((一)574)

については、未使用であった疑いがある。」と判示した。

(二) 更に、原判決は、その理由として要旨次の如く判示しているのである。

即ち、妨害行為のため関連性の有無の判断に十分な時間がかけられず、上野支店では選別班による第二次選別を途中で打切っているから、右判断が通常の場合に比し正確さ、厳密さの程度において劣るものであったことが容易に推認でき、劣ったとしても違法ではない。又、「関連性の有無の判断は、その場の状況に応じ可能な限度においてなせば足り」るとし、右の如き関連性のない物件が含まれるに至ったのは、右の如き状況のもとで「査察官が関連性の判断を誤った」か「選別済みのものと誤認した」か「差押物の中にたまたま混入した」もの、であって右差押えにつき査察官に過失はなかったし、右程度の物件が差押物件の中に含まれていたからといって強制調査がそれにより全体として違法となるものではない、と。

(三) 「可能性を肯認することが困難」な物件の差押について

1 前記の通り原判決は、①機械化資料ないし⑧鍵の八点につき「関連性を有するとの可能性を肯認することが困難である」と判示した。

これらの物件が、一見して嫌疑事件と関連性が存しないことは明らかであるから、原判決の認定は当然と言えよう。にも拘らず、その部分の差押えの違法性すら認めようとはしないのである。しかも、原判決は、「関連性を有するとの可能性を肯認できない」と明確に認定すべきところをわざわざ「肯認することが困難である」と誠におよび腰の不透明な表現をしている。ここにも、原判決が被上告人の主張を全面的に鵜呑みにし必死になって国税局側を救済しようと努めている姿勢の一端が窺われる。

ともあれ、原判決が関連性の可能性を否定した差押物件は、差押許可状で差押えを許容された物件の範囲外であるから、かかる物件に対する差押えが違法であることはいうまでもない。

2 ところで、原判決が関連性を否定した物件のうちには、「新高産業(株)関係書類」一袋((一)628)、「西原貞雄こと朴永岩関係書類」一袋((一)640)、「鄭栄采氏書類」一袋((一)680)が含まれている。

原判決は、右、各差押物件が特定顧客の氏名が明記されていることから、当該名義人に帰属する物件であることが明らかだ、として関連性を否定したものであって、そのこと自体は当然の判断と言ってよい。

然らば、右各物件と同様に特定顧客名の明記されている独立した物件も又、当該名義人に帰属するものとして関連性を否定されて然るべきである。

例えば、「貸付回議書」一四〇綴((一)619)、「回議書綴」二六綴((一)638)、「貸付関係書類」一一八袋((一)630)、「担保関係書類及その袋」五〇〇袋「(一)612)等々は、前記の関連性を否定された差押物と同様に、顧客別に別個独立のファイルや袋がつくられ、表紙に顧客氏名を明記し、当該顧客に関する貸付回議書が綴じられたり、基本約定書等の債券書類が同封されているものであって、原判決の論理的帰結として、これら各物件も、又、同様に関連性を否定されるべき物件と言わなければならない。なんら区別すべき理由はないからである。バラで一袋差押えたときは関連性が否定され、五〇〇人分を一括して差押えると関連性が肯認される、といった非常識なことは到底認め得ないところである。従って、判示の論理の帰結として前記大量の差押物件の関連性も否定されるべきであった。ここには判決に影響を及ぼすべき重大な理由不備ないし理由齟齬が存在する。

原判決が、新高産業(株)とか、朴永岩とか、鄭栄采とか、特定名義人の氏名が明記されている分離独立した物件について、本件犯則嫌疑者との関連性を否定したことは極めて常識的判断であろう。何万人もの顧客との大量取引に関するぼう大な帳簿書類については、特に反証がない限り特定顧客名義に関する帳簿書類は当該顧客に帰属する、と考えるのが常識的判断である。原判決が、この常識的判断を①ないしに到るぼう大な差押物件について及ぼしたなら、差押物件の大半が(その極少部分を除き)本件犯則嫌疑事実との関連性を否定されるべきものであったことが明らかになっていたはずである。

(四) 未使用帳簿の差押えについて

1 原判決が前記①本支店勘定元帳ないし⑦不動産担保品台帳につき援用した証人梁武男証言(第二回、同証人は、本件差押物件の現物を確認した上で、それらが未使用であったと証言している)及び原判決掲記の甲号証各証拠によれば、右各差押物件が未だ使用されておらず従って又何らの記載もない白紙の未使用帳簿であったことは明らかである。(なお、③仮受金記入帳には記帳がなされているが、記載開始が昭和四三年四月一九日であるから、本件強制調査が行われた昭和四二年一二月当時は未使用状態のままで差押えられ、還付された後に記帳が開始されたものであることが明らかである。⑥預金利子諸税記入帳も、記帳開始が昭和四五年四月一日であるから、同様に差押当時は未使用状態であったことは疑いの余地がない)。しかもこれに対して、本件差押物件が使用されたものであったという具体的反証は勿論全く存しない。

被上告人の主張を丸々鵜呑みにしてきた原判決も、さすがに未使用帳簿についてまで犯則嫌疑事実との関連性の可能性を肯認することはできなかった。

2 そして、これ程明らかなこれら証拠関係からすれば、右差押物件が未使用であることを正面から認定して然るべきであった。それにもかかわらず、原判決は「未使用であった疑いがある」と無理な言い方をして明白な事実の認定を回避した。ここにもまた、国税局を必死にかばおうとする原判決の、救い難い姿勢があらわれている。

未使用物件である以上、犯則嫌疑事実との関連性の有無を論議する余地は全くないから、これら差押物件が、差押許可状が差押えを許容した物件の範囲外の物件であったことは明らかであり、その差押えの違法性も又明らかである。然るに、これら差押物件が、いずれも三和企業、李五達、方元俊の三嫌疑者に一様に関連性があるとして麗々しく差押えられているところに、本件強制調査の実態が如実に示されていると言えよう。

(五) 全体としての強制調査は適法であるとした原判決は誤りであり、令状主義の原則を乱暴に踏みにじるものである。

1 原判決は、さらに「右程度の物件が差押物の中に含まれていたからといって、本件強制調査がそれにより全体として違法となるものではないと解される」と判示している。

右判示の前提として、①〜の如く「本件差押物の大半につき」関連性が肯認できる以上は、未使用等の差押物(合計一〇冊、六綴、四袋)の如き「右程度の物件」に関連性が存しなかったとしても、差押全体が違法となるものではない、とするものであろう。

然し、上告人が各差押物件について克明に主張してきたところから明らかなとおり、本件差押物件の大半が犯則嫌疑事件と関連性がないことを優に認め得るのであって、前記未使用帳簿等が、たまたま、まぎれこんだというようなものではなく、①ないしまでのぼう大、無関係な差押物と共に一括して無選別、包括差押えがなされたものと解すべきである。

2 原判決は、又、本件差押物件中に関連性はおろか関連性の可能性すら見出すことができなかったものが相当量含まれていることを認めたにもかかわらず、「関連性の有無の判断は、その場の状況に応じ可能な限度においてなせば足り」るとし、「右判断が通常の場合に比し正確さ、厳密さの程度において劣ったとしても、違法ということはできない」としてそのような関連性のない違法な差押えさへ許容してしまう。

しかし、原判決の言う「その場の状況に応じ可能な限度」においてなす関連性の有無の判断とは、何を意味するのであろうか、全く明らかにしていない。これは強制調査のさいの混乱等があれば、関連性の全く認められない物件を差押えても許されるという危険な論理である。決定的といってよい程、関連性の明白に認められない物件の差押すら、このようにして適法化されるに至っては、令状主義の原則も何もあったものではない。原判決のいう「関連性の判断を誤った」「選別済みのものと誤認した」「他の差押物の中にたまたま混入した」ことがなにゆえ“過失”に当らないのであろうか。明らかな過失ではないか。「その場の状況」によっては、何を差押えても許され如何なる違法行為も過失も適法となるというのであろうか。原判決の論理の行き着く所は、まさにそうである。

3 さらに、右にように原判決が、国税側が未使用帳簿等を差押えてしまったのは、査察官が関連性の判断を誤ったか、選別済みのものと誤認したか、あるいは他の差押物の中にたまたま混入したもの、だと判示しているのは、これらとともに「査察官が全く選別をしなかった」場合をも含めて考えるべきである。

国税側が関連性の判断をし選別をした、という誤った前提に、原判決が立脚したために、査察官が選別をしなかったから、未使用帳簿までも大量に差押えてしまった、という極く常識的な推論を排除する結果となってしまったものである。国税側が関連性の判断も選別もせず無差別的包括的に差押えたという事実に立脚すれば、未使用帳簿までが差押えられたことは当然の現象として首肯し得るところとなる。

未使用帳簿はまとめて保管されており、ちょっと開いてみれば未使用であることはすぐわかるし、新品であるから外観からもそれと察せられるし、そもそも銀行帳簿であるから使用が開始されたものには、背表紙などに年度等が付されるので、年度表示のない新品の帳簿が十数冊保管されていれば、直ちに未使用帳簿とわかるのである。かかる未使用帳簿を大量に差押え、しかも、これ等全てが三和、李五達、方元俊の三嫌疑者に一様に関連があるとして差押目録を作成するといった、誠に滑稽至極な処理がなされていることは、上告人組合に何十箱ものダンボール箱を持込み、手当り次第に店内の帳簿書類を投げ込んでいった「選別」なるものの実態をあますところなく示しているものである。

(六) 以上述べた通り原判決は、著しい非常識と経験則違背のうえに立脚して、きわめて危険な判断と論理を示すに至った。令状主義の原則を完全に無意味に帰せしめるものという外ない。

このような乱暴な令状主義原則の蹂躙を是正し、憲法の原則・精神を真に生命あるものとすることこそ、最高裁判所に課せられた尊厳な任務であり使命であると信ずる。

七 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる判断遺脱、理由不備の違法がある

上告人及び被上告人は、各差押物件につき①伝票からキャッシュボックスまで及び「その他」機械化資料・未使用帳簿に至るまで、本件各犯則嫌疑事件との関連性の有無につき詳細、具体的な主張をなし、かつ上告人はこれにつき多大なる書証による立証をなした。

然るに原判決は、両当事者の右主張の要点を事実摘示欄に掲記したものの、その内容に対する判断、認定をなしていない。

仮に一点の帳簿が差押えられ、その差押えの当否が問われ嫌疑事実との関連性が争われた場合には、当該帳簿の内容が仔細に吟味、検討された上で、関連性の有無が判断、判示されるはずである。この理は、差押物が複数の場合でも同様であって、複数の各差押物ごとにその表紙、形状、記載内容等を逐一吟味、検討して、各差押物ごとに関連性の有無が判断、認定されて然るべきである(東京地裁昭和五〇年五月二九日判決 判例時報八〇五号八四頁は一八点の差押物につき、浦和地裁昭和五六年九月一六日判決 判例時報一〇二七号一〇〇頁は二七点の差押物につき、個別に関連性の有無を認定、判示している)。

本件の如く大量に物件が差押えられた場合には、無関係なものが差押えられている蓋然性は著しく増大するものであるから、差押物件が少数の場合に較べ更に厳密に各差押物の個々の内容について個別的吟味、検討が必要となることは明らかである。

とりわけ、本件においては五名の異なる嫌疑者、異なる嫌疑事実、年度につき発せられた七通の令状により合計三八七四点もの膨大な帳簿、書類が差押えられているのであるから、その個々の差押物につき各差押令状との関係において嫌疑事件との具体的、個別的な関連性の有無が検討され、かつその結果、如何なる理由に基づき当該物件の関連性の有無が認定されたのかが個別に判示されて然るべきであった。

驚くべきことに、原判決は一審判決が差押物件の一部につき関連性が存しない理由を判示していた部分までも全面削除し、結局、個々の差押物につき当事者の主張、立証を踏まえて個別的に関連の有無を認定、判示することをなさず、徒らに「関連性の可能性」論を総論的にふりかざす方法により関連性を肯定するに至ったのである。

これは当事者の主張に対する重大な判断遺脱であって、判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備の違法ありと言わざるを得ない。

第二〜第五<省略>

第六 強制調査の必要がなく行われた本件強制調査手続には、憲法三五条及び判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反が存するほか理由不備、理由齟齬の違法が存する

一 強制調査の必要性はなかった

(一) 嫌疑事件の存在と所得調査、仮名預金調査の必要性について

原判決の論旨について

1 原判決は、第三、「本件犯則嫌疑者に対する調査の経緯」と題して、各嫌疑者ごとに、申告額を上回る実際所得額の金額を表示した嫌疑事実をのべる。

例えば、方元俊に付ては、「実際の所得金額が申告額を合計約一億五〇〇〇万円上廻っているにも拘らず」と嫌疑事実をまづ認定している。

ついで、それぞれについて嫌疑者の所得金額を把握するため取引先である上告人―金融機関に対する調査を実施することが不可欠となった旨判示する。例えば金年珍の例をとってみれば、「同人の所得金額を把握するためには、同人の取引先である原告―金融機関に対する調査を実施することが不可欠になった」と判示している。

2 原判決は更に、第四「原告組合に対する任意調査の経緯」と題して、各嫌疑者ごとに任意調査が円滑にいかなかったことをのべ、第五「本件強制調査の準備」として、東京国税局査察部長が各嫌疑者について、それぞれの嫌疑事件について、「各臨検、捜索、差押許可状を得て、強制調査を実施するのも止むを得ないとの判断に達し、」その準備の命令をなし、準備をすすめ、許可状を請求し許可状の交付を得た経緯をのべ、更に第六「本件強制調査の実施」と題して、強制調査実施の経過をのべている。

3 原判決は、更に第七として、上告人らの違法の主張を排斥する理由をのべている。

(1) 右判決は、二、「犯則構成要件事実の脱漏の主張について」と題して、嫌疑者方元俊、李五達については、許可状請求書に両名の実際所得金額が記載されているが、それは「一年分の全体の所得金額に関する収税官吏の一応の心証額を表したものにすぎず」、「一年分の全体の実際所得金額を固めるための強制調査に関する許可状の発布を求めていることが明らかである」としている。

方元俊、李五達以外の嫌疑者については許可状の請求書にも、実際所得金額の記載はなく、許可状にもその記載がないことを原判決も右とならんで認めている。

(2) 原判決は更に四、「強制調査の必要性の不存在の主張について」と題して、本件の強制調査については、未だその条件がなかった旨の上告人の主張に対し、「ほ脱所得を確定させるため、犯則嫌疑者の金融機関との取引に関する帳簿書類の調査が極めて有益であり、犯則嫌疑者自身に対する調査のみで、犯則事実の確定が困難な場合には、その取引金融機関に対する調査の必要性が発生する」旨判示し、仮名預金等の取引の発見の必要性など、るるのべたうえで、「任意調査によっては目的を達することができなかった以上は、原告に対し強制調査を実施する必要性が存したというべきである」として、各嫌疑者ごとに、具体的にのべている。

(二) 所得税法、法人税法上の調査と国犯法上の調査について

1 既に、昭和五九年三月五日付、上告人準備書面の、一二頁以下に触れているように、税法上の調査権は実体税法上の調査権と滞納処分目的の国税徴収法上の調査権と、国犯法に基く刑事処分のための調査権の三つに分類される。

「これらは、調査権行使の目的が相違しているところから当然にその権限の内容、行使の手続を異にするが、また犯則事件にかかる調査権は、実質的に刑事手続に近い性格をもっている点で他の調査と区別される。即ち、各税法及び国税徴収法上の調査権をもって犯則調査は許されないし、逆に租税債務の確定或いは滞納処分の目的で、国犯法上の調査権を用いることはできない」(広瀬正、判例からみた税法上の諸問題六一五頁)

とされている。この点に付ては、反対意見はないものと考えられる。

2 昭和四二年当時の所得税法二三四条は、

質問検査権の対象者として「(納税義務者など)に金銭若しくは、物品の給付をする義務があったと認められる者、若しくは、当該義務があると認められる者、又は(納税義務者など)から、金銭若しくは、物品の給付を受ける権利があったと認められる者、若しくは、当該権利があると認められる者」と定めている。法人税法の質問検査権の規定も同趣旨である。

この、取引者の中に、取引金融機関が入ることについては、理論上も実務上も、争いがないと考えられる。

また、質問検査権の内容については、右法条は、「質問」と「その者の事業に関する帳簿書類、その他の物件の検査」をあげている。

従って、本件に於て国税側が、上告人組合に臨んで、任意に閲覧を求め、上告人組合関係者より拒否されたとする調査は、すべて所得税法、法人税法上の、この質問検査権の範囲内にある。この点は、さらに具体的には各嫌疑者ごとの任意調査の経過の検討のうえで明らかにされるであろう。

(三) 本件における法律上の問題点

1 嫌疑事件の未成熟

前記一の(一)にのべたように、原判決は、各嫌疑者ごとに申告額を上廻る実際所得金額を表示した、嫌疑事件の存在を認めている。一見すると、各嫌疑者ごとに、実際所得金額まで含めた嫌疑事件が整っているかに見えた。また、税法上の嫌疑事件というからには、実際所得金額の認定がない状態、つまり、いくらほ脱したかわからないという状態では、嫌疑事件と呼ぶ段階に到達していないと考えてよいのではなかろうか。例えば、財産犯の例をとってみても、いくら横領したかわからない状態で、被疑事実として構成して法律上の手続きをとることが認められないことと同様である。

原判決によれば、一見嫌疑事件として成立しているように見えるのであるが、前記にのべたとうり、嫌疑者李五達、方元俊について許可状請求書に記載された実際所得金額について「一年分の所得金額に関する収税官吏の一応の心証額を表したものにすぎず」として、客観性のない収税官吏の見込みにすぎないことを判示している。右両者以外の許可状請求書に、実際所得金額の記載のないものについては、一応の心証額もなかったことになり、許可状においてはすべての嫌疑者について、実際所得金額の記載がないのである。

結局、手続きの実際においては、申告額を上廻る実際所得金額が嫌疑事実の内容として主張されることなく、実際所得金額がブランクのままで、それでも手続は大手をふって進行していくのである。

我々は、このような状態は、各嫌疑者にとって嫌疑事件としては未成熟の状態であると考える。したがって、この嫌疑事件を基礎として許可状の請求、発布をすべき段階ではないと考える。

2 本件の調査は所得調査であること

(1) 前記一、(一)にのべたように、判決は、嫌疑者の所得金額を把握するため、取引先である上告人ら金融機関に対する調査をしなければならないと判示する。嫌疑者の所得金額の把握というのは、租税債務の確定のための実際所得金額の認定作用である。

(2) 原判決は更に前述したように、許可状の趣旨として「一年分の全体の実際所得金額を固めるための強制調査に関する許可状」とのべている。

許可状が、年間の実際所得金額を固めるためのものであることは明かである。実際所得金額の調査は所得調査に他ならない。

(3) 原判決は、さらに、前述したようにほ脱所得を確定させるための金融機関に対する調査の内容をるるのべている。ほ脱所得の確定というのは、所得を調査して実際所得を確定するところからはじまるのである。これは結局、所得調査と同趣旨である。

(4) 結局、前記のように、嫌疑事件としては、実際所得金額の把握が未成熟であるため、まず、実際所得金額を把握しなければならない。そこから、所得調査の必要、そのための任意調査へと進行し、強制調査もそのような趣旨においてなされたものと認められるのである。

(四) 質問検査権と本件強制調査の違法性

本件の調査、ことに任意調査による帳簿、書類の提出要請は、所得税法、法人税法に規定する質問検査権の行使により間接強制により強制し得る調査である。

このことは、既にのべたところである。

而して、本件調査が所得調査である以上、本件調査はこの質問検査権の行使による調査を相当とする調査である。反面からいえば、国犯法の許可状による強制調査をなすべき段階には至っていないということである。

国税側としては、各嫌疑者について過少申告の疑いを抱いた。しかし、各嫌疑者の実際所得額の把握はできていない。そこで、上告人組合の嫌疑者に帰属する取引に関する諸資料の検討が必要となる。上告人組合は、一定の資料の提出をしたが、国税側では希望がすべて充足されたとは考えず、任意の調査の一定部分が拒否されたと考え、嫌疑者の実際所得の把握は十分になされていないと考えた。そこまでは一応認めるとしよう。しかし、各嫌疑者の所得の把握のため国税側は、ただちに国犯法上の強制調査に進むのである。ここで、国税側は、調査の方法についてボタンをかけちがったのである。所得の調査について、とるべき質問検査権の行使をとびこえて国犯法上の強制調査を採った場合は、なるほど、国税側は便利であろう。上告人組合の一切の帳簿、書類を捜索、差押により、強制的に国税側に占有を以降し、これを調べることにより、所得の把握もできるし、刑事事件の証拠資料にも利用できることになる。一石二鳥ということである。しかし、この便宜な手段は、法の許さないところである。所得の調査は、質問検査権の行使により、証拠資料の押収は国犯法上の強制調査によるべきこと、既にのべたとおり、税法上の原則だからである。

本件の強制調査は、実際所得額の確定という任務まで背負いこまされている。これは、実際所得額の未確定を前提としている。したがって、実際所得額の把握のためと称し、或いは、仮名預金発見のためと称し、さらに関連性の可能性ある物件として、上告人組合の殆んどの書類などを差押え、令状主義を事実上崩壊にみちびく強制調査を敢行するのである。これはひとえに、国犯法の強制調査の対象にすべきでない、質問検査権の間接強制により調査すべき、実際所得の調査、把握を、国犯法の調査で代行しようとした所から生じた矛盾なのである。質問検査権の適性なる行使があれば、各嫌疑者ごとに、仮名預金まで含めて、同一人に帰属すると認められる必要な資料の検査がなされ、資料の確定ができるのである。而して、右資料の提出を上告人組合が拒否した場合には、右資料の差押えのための国犯法上の強制調査がなされることになり、そこには令状主義の破壊も生じ得ないのである。

(五) より制限的でない他の択び得る手段について

我々は、所得の調査は、法人税法、所得税法上の質問検査権によるべきものと考えるのであるが、仮りに百歩ゆづって所得の調査につき、国犯法上の強制調査と競合して、税務当局に選択権があるとしても、一方が刑事手続であり、他方が行政上の調査手続であること、調査対象者が、嫌疑事件の当事者でなく、信用を何よりも重んずる金融機関であることを考えれば、比例原則よりみても、また、より制限的でない他の択び得る手段の原則からみても、一挙に、国犯法上の強制調査の手段をとることは、憲法三五条に違反する違法な強制調査というべきである。

二 国犯法二条に定める強制調査の必要性がないのになされた令状請求と発付令状は違法である

(一) 「犯則事件ヲ調査スル為メ必要アルトキ」の要件を充すことが必要

国犯法二条一項は、臨検、捜索、差押という強制調査をなすについて「犯則事件ヲ調査スル為メ必要アルトキ」は「其ノ理由ヲ明示シテ」(三項)裁判官の許可を得てなすべきものとしている。

強制調査は、住居不可侵の権利を侵害するものであるから、憲法三五条一項をうけて裁判官の令状に基づいてなすべきものとすると同時に、強制調査をするためには単に犯則事実が明らかであるだけでは足りず、どうしても強制調査をしなければならない必要性を要求したものであり、かゝる強制調査の必要性がないにも拘らずなされた令状の請求と令状の発布はその一事をもって違法とならざるを得ないのである。

そして、同条の「犯則事件ヲ調査スル為メ必要アルトキ」という要件は、まず第一に収税官吏が許可状を請求する時の要件であり、同時に裁判官が許可の裁判をなす際の要件でもある。そして又得られた許可状に基づき収税官吏が執行現場で強制調査に着手する際の要件でもある。これ等一連の過程の全段階を通して強制調査の必要性は慎重且つ厳格に吟味されるべき事柄なのである。

(二) 上告人組合は単なる参考人にすぎず、第三者に対する強制調査は違法である

1 上告人組合は、五名の犯則嫌疑者の取引先き金融機関であり、犯則容疑とは無縁な第三者たる参考人にすぎなかった。

ところで、被上告人は国犯法二条一項は「犯則嫌疑者以外の第三者に対する強制調査を禁じていないから、必要があるときは犯則嫌疑者以外の第三者に対する強制調査も当然できるものと解すべきである」と主張し、原判決も「国犯法二条二項は……被調査者の範囲について何ら制限を付していないから、犯則嫌疑者のみならず、第三者に対しても強制調査をなし得るものと解すべきである」と判示した。

しかし強制調査権を裏づける条文は厳格に解釈されるべきであり、第三者に対する強制調査権が明示されていない以上、第三者に対する強制調査は許容されていないと解釈すべきであり、しかも、同法一条一項が任意調査権につき「調査スル為必要トアルトキハ犯則嫌疑者ハ参考人ニ対シ質問シ……」と明記しているのと対比すると、参考人に対する強制調査権を同法案により根拠づけることには重大な疑義が存するのである。

2 仮りに第三者に対する強制調査が可能だとしても、同法一条は任意調査につき、同法二条一項は臨検、捜索、差押という強制調査につき、それぞれ「犯則事件ヲ調査スル為メ必要アルトキ」にこれをなしうるものとしているが、この「犯則事件ヲ調査スル為メ必要アルトキ」という要件は、任意調査の全過程において、又、強制調査においては収税官吏が許可状を請求する時、裁判官が許可の裁判をなす時、そして又、得られた許可状に基づき収税官吏が執行現場で強制調査に着手する際、の要件でもある。特に、強制調査においては、これ等一連の過程の全段階を通して調査の必要性の要件は慎重且つ厳格に吟味されるべき事柄である。

とりわけ犯則嫌疑者ではない、隅々犯則嫌疑者と取引関係をもったということにより調査の客体とされるに至った参考人たる第三者に対する強制調査においては、この必要性の要件は一層厳格に要求されるべきことである。

「それゆえ、まず犯則嫌疑者に対して任意調査の方法および強制調査の方法を行い、つぎにそれによってもなお解明されるべき疑いが存在する場合において、しかもその限度内においてのみ参考人に対して調査をなしうるものと解される。そしてその調査を行う場合、参考人に対してまず任意調査の方法が行われるべきである、と解される。その参考人に関する過去の経験的諸事情(たとえば参考人の税務調査に対する協力度、参考人自身の納税成績等)から任意調査の方法によって目的を達しうると認められる場合に、いきなり強制調査を行うことは違法である。国犯法二条の調査の必要性の要件は、とりわけて参考人に対しては厳格にとらえられねばならないといえよう。一般に強制調査は任意調査の場合以上に事実上被調査者に対して営業妨害、名誉毀損等のダメージをもたらす。特に被調査者が参考人である場合には、彼は他人の税金問題のために不測のダメージを受けることもありうる。それだけに、参考人に対して強制調査を行うにあたっては参考人の法的地位の特性に十分に考慮がなされねばならないといえよう。」(甲六四号証の一、二項3)との指摘は極めて適切であろう。

(三) 上告人が秘密保持義務を負う公的金融機関であることへの配慮の必要及び普遍的調査の禁止

1 金融機関としての上告人の信用と秘密義務

上告人は中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合で東京都内に住所と営業所を有する公共的金融機関である。金融機関は信用を基礎として成り立っていることはいうまでもないが、かかる信用は顧客の秘密を保持することにより支えられているものである。その機関が顧客の秘密保持を軽視するならば、信用は失墜し、顧客は沈黙を守る金融機関に走るであろう。金融機関の信用の基礎は、すなわち顧客の秘密厳守にあるのである。

もし、金融機関に秘密義務が存しないならば、預金取引は激減し、ひいては金融制度の存在すら危うくなるであろう。

2 上告人の秘密義務は、法的義務である。

イ、我国のおいては、金融業には、法律上、弁護士、医師、宗教家、公証人ら信任を基礎とする職業(刑法一三四条、弁護士法二三条、公証人法四条、司法書士法一〇条、公認会計士法二七条、税理士法三八条)と同様な規定はない。しかし、金融機関には、右にのべた他の信任職業にもまして、秘密義務が強く要請されるのは、金融業の公共的性格と私法的性格とに基づくものである。すなわち、第一に、金融取引の本質が、受信業務と与信業務とをあわせ行うことにあり、顧客からの信頼なくしては、この職業が成り立たないこと。

第二に、金融機関が、特に預金者という、一般企業の債権者とは本質的に異なった債権者をもっていること。今日一般大衆が安心して預金できるようにするためには、銀行がその知り得た預金者の秘密を保持すべきことが、信用秩序の維持のため、きわめて大事なことである。

第三に、秘密義務は金融取引に欠くことのできない私法上の権利義務関係にあること。

ロ、今までのべてきた金融機関の秘密義務は、顧客との取引により知り得たその内容であるから、金融機関が顧客との取引によって知り得た顧客の秘密を保持すべき義務であるといわている。

諸外国についてこの秘密義務についての取扱いを見るならば、(イ)アメリカ、西ドイツ、スイス、イギリス、フランスでは、法律の明文でもって規定されているか、又は法文により秘密を含むと解釈(又は類推解釈)できるか、慣習法によってみとめられており、(ロ)更に、イギりス、西ドイツ、スイスでは、判例で秘密の存在を明らかにしている。

我国においては、明文はないが、間接的には、民事訴訟法の職業秘密に関する証言拒否権の規定(民訴二八五条一項三号)が銀行にも及ぶと解されていること(西原寛一、金融法七六頁、兼子一、条解民事訴訟法上七五八頁。菊井・村松、民事訴訟法Ⅱ三〇八頁)により、その存在を認めることができるのである。

ハ、以上のべた通り、金融機関の秘密義務は、単なる道徳的義務ではなくして、法的義務である。その根拠は、金融機関と顧客との間の契約関係が、医師と患者または弁護士と依頼人との間のそれに類する信任関係に基づくものであり、債権法の要請する信義則の適用に求められる。しかもそれは業界において多年商慣習として行われてきたものであり、事実たる商慣習又は商慣習法として成立しているものである(東京地裁昭三一・一〇・九判決も銀行秘密についての商慣習を認めている)。

ニ、取引によって知り得た顧客の秘密を保持すべき義務の範囲は、取引の慣習によって定まる。預金契約、貸付契約、手形割引、為替取引等本来の取引によって知り得たものばかりでなく、取引に附随して知り得たものであっても、経済上の私的事情である限り、義務の範囲となる。

3 普遍的調査の禁止

普遍的な調査が許されないことについては、昭和二六年一〇月一六日付蔵銀第五三六四号各財務局長宛通達によると「最近における貯蓄増強の重要性にかんがみ、今般国税庁長官から国税局長に対し別紙の如き通達が発せられ、爾今預貯金に対する税務調査は真に已を得ない必要最小の範囲に限定されることとなった……」とされ、同月同日付直所一―一一七国税庁長官より各国税局長宛「金融機関の預貯金等の調査について」と題する通達によると「預貯金の増強がいよいよ重要であることにかんがみ、普遍的に個人別の預貯金等の調査を行うようなことは、これを避ける」ことが明記されている。

同様の趣旨は、昭和四〇年一〇月二五日に行われた国税庁と各金融機関中央団体の代表幹部との話し合いの席で国税庁が申し入れた事項書(昭和四〇年一一月八日国税広報No.五〇一号)においても「預貯金等の秘密の確保は、信用業務を行う金融機関にとって顧客との間の信頼関係を保持する上からも、また貯蓄増強という政策目的を達成するうえからも、重大な責任であることは、もとより承知しております。……税務当局としましては今後とも預貯金等の秘密性を尊重して、普遍的に個人別の預貯金等の調査を行うようなことを避ける」ことが明記されているのである。

金融機関は、顧客の秘密を守る義務を有すると同時に他からこれを侵されない法的利益を有しており、これを尊重し一般預金者調査を行わないことは大蔵行政上の原則とされているのである。

上告人も金融機関として業界における高い信用を有し、対外的にも対内的にも、その金融業務内容上、高度の秘密を有し、一般調査から保護されるべき立場にあることは明らかである。

本件被上告人の行為は明らかに一般調査を強行したものに外ならず、このことは前述の如く全く無関係な帳簿書類を大量に差押えたばかりか、それらをゼロックスで複写し帳簿書類の内容を当局の支配下に完全に掌握してしまったことからも疑問の余地はない。

被上告人は、偶々上告人組合の取引先の一部に犯則事件があったのを奇貨として、犯則嫌疑事件の調査に籍口して一挙に上告人組合に対する一斉調査を強行したものであって、自らの通達、自らの行政原則を自らの手で破壊した違法な行為であることは明白である。このような横暴極まるやり方は史上前例がない。

(四) 上告人は、従来、調査に充分協力してきており、本件強制調査の必要性はなかった

1 被上告人の調査方法の推移と上告人組合の協力状況

(1) 上告人は、従来、国税局乃至所轄税務署の所得調査(乃至は国犯法上の調査)にはできる限りの協力を惜しまず、之れ等調査には充分協力してきている(証人朴昌南、同梁武男の証言、甲二五号証、二六号証)。

従来、国税局等の調査要求件数はそれほど多くはなく、調査内容も、一名の調査官が臨店して極く限られた特定調査対象者の主として預金元帳、貸付金元帳の単純な閲覧、確認、特に裏付伝票の閲覧、確認をするというのが一般的な調査の傾向であり、上告人も調査には全面的に協力してきたのである。時には、特定調査対象者の関連者として多数の氏名が預貯金等の調査班に掲記され、且つ相当長期間の相当多数の帳簿、書類に及ぶ調査要求がなされても、調査に応対した上告人組合の各責任者の判断に於て調査官の要求通り全面的に協力をしてきた、というのが偽らざる実情であった(後述する方元俊に対する調査協力はその典型例である)。

(2) ところが、昭和四二年頃から国税局等の調査要求は質、量ともに異常に過大なものとなってきたのである。

イ、まず調査要求件数についてみれば、上告人組合の本、支店あわせて八店舗に対する年間調査要求件数は、昭和四一年に於ては五〜六件であったのが昭和四二年には約倍以上に増えている(上野支店に対しては特に著しく、当時の同支店副支店長梁武男証人の把握した限りでは、昭和四一年に一件であったものが昭和四二年には一挙に八件に増加している)。

又、調査要求の内容も、特定調査対象者に対する調査要求というよりも、十数名から時には二〇数名の氏名を当該調査対象者に実質的に帰属する関連者として預貯金等調査証に掲記し、これら羅列された預貯金者全てについて調査要求をしてくるのが一般的傾向となり、上告人側からみると、特定調査対象者に対する調査に籍口して多数の一般第三者に対する調査を企てて来た、としか考えようがない異常な要求が激増してきたのである。

しかも、要求する帳簿・書類も、預金元帳、貸付金元帳の閲覧・確認といったことよりも、むしろ伝票の一覧要求や取引者名簿や名寄帳の一覧要求、手形の裏書の調査、過去七年間にわたる帳簿・書類の要求等、眼にあまる異常に過大な要求が当然の如く横行し出したのである。

又、調査の仕方も、複数特に三人一組で突然に臨店し、前記の如き過大な要求に直ちに応じないと、調査要求は絶対なものであるから之に応じないことは即調査拒否である、として威圧的且つ執拗な態度で要求し続けるのである。

ロ、通常、かかる調査に協力することは多大の犠牲を強いられるのである。

当時上告人の金融業務が全体として増加していた上に、人手不足で、猫の手もかりたいほど日常業務は繁忙であった。

調査となると一日で終ることはなく一週間位、時には方元俊の場合の如く二〇日間近くも続くことがあり、その間責任者である支店長乃至副支店長は立会、説明の衝に当らざるを得ず、又、調査に協力する職員も古い帳簿・書類を金庫や積重ねた茶箱からいちいち取出したり元に納めたり、又、元帳に対応する伝票を見つけるため頁を繰り、更に発見した小切手の番号、金額、振出日、裏書人がどこの銀行から振込んだか等を転記する、しかもそれを何年間もの分について多数「関連者」について行うということは業務に重大な支障を及ぼすほどの大変な作業量であって、上告人職員は早出や残業をして処理に当たらざるを得ないのである。かかる調査要求が七件も同時になされた例もあるが、これは将に不可能を強いるものであった。しかもこれ等の調査が被上告人の要求する期間内にできあがらないと「なぜすぐやらないのだ」という態度に出てくるのである。

かかる調査協力の要求が、前記の通り質、量ともに異常に激増すると最早上告人としては物理的にも対応し難い状況になってくる。

上告人としては、特定調査対象者については従来通り全面的な協力を惜しまないとしても、恣意的に列挙されたとしか考えられない多数「関連者」名義については、特定調査対象者との具体的なかかわりあいを明らかにすることを求めても当然であろう。

しかるに、調査官の対応の仕方は「関連がある」と一方的に主張するのみで、具体的なかかわりあいについては真摯に説明をして協力を求めるという態度では全くなかったのである。

(3) かかる調査の方法とその推移、上告人組合の応待状況は次の証言が克明に明らかにしている。

イ、本店営業部朴昌南証人の昭和四四年六月一八日付証言

答 およそ、日韓―韓日条約が批准される前というのは、税務調査というのが、あまり数としてはなかったわけです。ところが条約が批准されて以降、四一年度頃から非常に件数がふえてきまして、又、その内容も、その前とあとでは非常に緻密に又執拗になってきたことが言えます。

問 数においては、日韓条約の前では、どれくらい平均あるんですか。

答 私の記憶では、およそ全店舗合わせても年間五、六件か、或いはそれよりも若干あるかないかと思います。

問 全店舗というのは、本店支店全部合わせて、という意味ですか。

答 そうです。

問 支店と本店合わせて、大体何店ぐらいありますか。

答 八店舗です、その当時は。

問 日韓条約以後、本店においては、大体どの程度の件数がありますか。

答 凡そ、五月に本店ができましたので、四一年五月からその年度いっぱいは、大体五件程度ではなかったかと思います。その翌年四二年度にはいりまして、非常に急激にふえまして、約一二、三件にわたっていると思います。

問 その内容につきましてはどのように変ってきつつありますか、税務調査の内容。

答 条約の締結される以前は、基本的な預貯金の元帳、貸付金の元帳、その他参考になる元帳、又その元帳で入出金の明確でないものはその伝票などを提出して、基本的に終りました。しかるに、条約が締結されて以後、税務署員の調査の態度、又その姿勢に、非常に執拗に、必要以外のものについてまで、いろいろと問い合せをしてみたり、或いは帳簿等の入出金のための伝票の確認、これが非常にきつくなってきました。その例としては、伝票綴りに手形が繰り込んでありますが、手形の裏書までも一々調べておたり、或いはその関連があるからほかの元帳見せろ、と言ってみたり、或いは預貯金者の一覧者の名簿を見せろと言ってみたり、異常なまでに執拗に調査を繰り返す、こういうふうに変ってきておりました。

問 そのほかに、何か特徴的なことがありますか。

答 韓日条約が締結されたあとは、税務署員がひんぱんに出入りをして、その関係先以外のいわゆる一覧性の調査がふえ、そういう調査を要求してきているのが特徴的ではないかと思います。

問 一覧性というのは、どういうことを意味するんですか。

答 つまり、組合にある取引しておる方の名簿を見せろ、或いはそういった書類の名寄帳を見せろとか、或いは当座預金ならそれの書抜表を見せろとか、本人以外の方の内容までも調査する、こういうふうに変ってきております。

問 政治的に差別しているというようなことは、感じたことがありますか。

答 私としては、他の銀行或いは日本のこういう調査について、情報がありませんのでよく判りませんので、非常に執拗であるということは、他の金融機関との会議とかそういう集会のときに聞いてみますと、そんなにうるさいんですか、そんなに厳いんですか、と言われるのをみると、同和信用に対しては特別に疑いの眼で見ているような、何か特別に調査をしているような、そういう差別感を私は感じます。

問 そういう税務調査に対して、同和信用組合としても一応の基本方針持って臨んでいると思いますが、大体どういうような方針でそれに応じているわけですか。

答 私としては、従来の経験からみまして、預貯金者書を呈示されまして、それに書かれている名義が現に取引がある、というのが私共で、はっきりと認識できるものは、すぐさまこれこれの元帳見せましょうか、或いはどれを見せましょうか、と相談して相談の上、手順を決めて見せております。それ以外に、その預貯金者書というのが、非常にあいまいになっておりまして、その文章が私のあれでは、(その関連ある預貯金者)とかっこしてありまして、どこまで調査を広げるのか判らない、つまり関連のあるものは一切調べるというふうな、預貯金者の照会書の様式がそうでありますので、本人に関連する預貯金一切を、私の記憶のある限りにおいて提出している次第であります。但し、関連があるかないかということは偶々税務署の方と意見がくい違うことがあるわけです。そういうときは、お互いに相談をして協議の上、見せるか見せないか、そういう問題が決まるわけですね。

問 その調査書というのは、金融機関の預貯金等の調査書形式的な、一種の様式ですね。その調査に来る場合に持ってくるわけですね。

答 持って参ります。

問 その様式の中に、預貯金者と、それと関連者というんですか、それが、いくつも名前が記載して、それを全部見せろ、と要求するわけですか。

答 全部見せろ、と言います。

問 大体、その関連者という名義は、いくつぐらいそれに記載されているわけですか。

答 調査書によって違うわけですが、多いケースを申し上げますと、大体、二〇個ぐらいを羅列して、どうしてこういうふうに名前が出るのかなと思う、不思議なくらい、沢山書いて持ってきます。

問 それについては、そういう本人と関連があるという疎明資料は、呈示されるわけですか。

答 一切ありません。

問 そうすると、同和信用組合としては、どういう関連があるのか、ということは一切判らないわけですね。

答 判りません。

問 今伺ったところをまとめてみると、基本的には全て協力するように対処している、とういことですか。

答 そういうことです。

問 第三者名義という関連者、そういうものについては検討する余地がある、そういうふうに伺っていいですか。

答 その点が私共としては、はっきりしないわけですが、はっきりと関連がないというものは検討しておる、関連のあるものについては、お見せするということ、こういうことでございます。

問 関連性があるということが、口頭なりで、はっきりすれば、それについては、そのまま応ずるということですか。

答 そうです。

問 先程伺ったところによると、最近では税務調査が厳しくなってきているということですけれども、そういう事態に対しては、こちらの対処の仕方というのは変ってきていますか。

答 我々の組合の業務が、非常にふえておるので、おまけに人が足りず、職員もそういう点から事務的に未熟な点がありますので、税務署の要求に応じきれないくらい多くなってきておるわけです。先程も申したように、一月に営業部だけで、一回以上あるということは、大体、調査が一日で完了しませんので、長い場合には一週間くらいかかりますから、そういった見地からみますと、できるだけ協力をするという観点でございますけれども、業務が忙しいという点を、税務署員のほうで理解してくれない。何故すぐ出せないんだ。そういうふうにして、半分威圧的に文句を言ってくる。こういうふうな場面が偶々あるわけです。我々としては、一応、業務が支障ない限り、全面的に協力しなければならない、こういうふうに我々対処してきております。

問 その場合に、対象者の名前をあげて、それについて、どういう帳簿を見せろと、具体的に要求があるわけですか。

答 そうです。例えば、当座預金の元帳を見せろとか、或いは普通預金の元帳を見せろだとか、大体、要求者の預金の元帳を要求します。

問 本人については、全て見せているわけですか。

答 勿論です。

ロ、上野支店副店長梁武男証人の昭和四四年六月一八日付証言

答 それまでは、税務職員が店舗に調査に来まして、それまでの調査方法というのは、ほとんどが、いわゆる、調査対象者の元帳の写しをとって帰るのが普通でした。それまでの方法とは違いまして、いわゆる、単純な確認といいますか、その程度で終っておりました。

問 税務職員は何人ぐらいでくるわけですか。

答 くわしくは記憶しておりません。その当時は、ほとんど一人だったと思います。

問 そのときに、いわゆる調査の対象となる人ですが、それは、犯則の嫌疑を受けている人だけですか。

答 そういうふうに特定しておりました。

問 その人だけの預金元帳なり、あるいは貸付元帳なりを見せたと。

答 はい。

問 それ以外の人については、要求はあったんですか。

答 なかったと思います。

問 それに対して、あなた方は、どういう協力をしておったのですか、要求されたものは見せておったのですか。

答 見せております。

問 そうしますと、四一年には、一件ということですか。

答 そういうことです。

問 四二年が八件ということですね。

答 もちろん、このほかにもあったと記憶しておりますが、記憶もうすれましたし、記憶にも残っておりませんので、私がわかる範囲で出したのは、この程度ということです。

問 いちいちこの事例にあたってお聞きしたいのですが、昭和四一年一〇月金年珍さん、これは東京国税局から協力を求められたということですね。

答 そうです。

問 どういう要求があったわけですか。

答 金年珍に対する所得税調査の預貯金等に関する調査書、これが提示されまして、その中に金年珍を初めとしまして関連先として提示をされました。それに関する預貯金に関する調査ですね。

問 それは、上野支店に参りまして、元帳なり、関連帳簿を見せてくれということですか。

答 そういうことです。

問 写しまでは要求されなかったんですか。

答 そうです。

問 要求通り提出というのは、元帳を見せたということですか。

答 はい、見せまして、査察官がそれを写しまして、もちかえったということです。

問 こういう場合に、どういう元帳を見せるわけですか。要求され、かつ見せるわけですか。

答 貸付金元帳、それから預金元帳ということです。

問 それだけですか。

答 それにしたがって伝票の提示を求められます。

問 それは、いつごろからの伝票ということですか。

答 通常この人の場合も、約三年間にさかのぼってやります。

問 三年間にわたる伝票ないし帳簿を見せてくれというわけですか。

答 そういうことです。

問 それは、全部見せたわけですか。

答 一応、要求されたものについて私のほうで出すわけです。

問 こういう税務調査があった場合に立会う人は、どなたですか。

答 仕事の性質からみまして、通常の業務でしたら担当の係きまっておりますのでやりますが、この場合には、担当係だけではわかんないという点から支店を統括する責任者が支店長であります。そういう意味から支店長もしくは副支店長が総合的な面より正確に回答出来るという観点から支店長もしくは副支店長の立会いになってます。

問 あなたの上野支店では、税務調査のために特別の係はおいてないわけですね。

答 ございません。

問 副支店長なり、あるいは、支店長にしても日常業務がありますね。

答 はい。

問 それを日常業務のほうを一応おいてこちらに協力するという事になるわけですか。

答 そういうことしか出来ないわけです。

問 伝票の話が出たんですが、伝票というのは、一日に何枚ぐらい出来るものですか。

答 伝票といいますのは、私達の組合では、二冊作ります。二冊作りまして合せまして、総枚数は少ないときでも一日二〇〇枚、三〇〇枚、多いとき月末、もしくは、ゼロのつく日、通常商工人達の決裁が多い日がありますが、その日が五〇〇枚のときもあります。

問 一日に三〇〇枚なり、あるいは、五〇〇枚の伝票出ますね。一日で一つのつづりを作るわけですか。

答 便宜上二つに分けて製本します。

問 一カ月二五日として、仮に三〇〇枚として、七、五〇〇枚ですか。

答 はい。

問 大体その程度の伝票出るわけですね。

答 はい。

問 年間にするとどれぐらい出ますか。

答 一日平均、仮に三〇〇枚とみまして一年を三〇〇日とみまして、約一〇万枚近くになるのではないんですか

問 一〇万ですね。

答 はい。

問 三年間ということになると、三〇万枚ということになりますね。

答 そういうことになりますね。

問 伝票を見る場合に三〇万枚を、いちいち見るという形になるわけですか。

答 はい。

問 時間は相当かかるわけですね。

答 かかります。

問 金年珍さんの件に関してですが、四一年の一二月に査察官が見えたときは、その日で終ったのですか。

答 終りました。

問 その後、金年珍さんの件に関しまして国税当局から何か言ってきたことがありますか。

答 あります。

問 どういうことを、いつごろですか。

答 こちらにも書いてありますが。

問 次頁の「金年珍に対する査察」というところを、あなたが言われた分ですね。

答 はい。

問 その次に国税当局からの調査依頼があったわけですね。

答 はい。

問 「預金元帳写、および入出金の明細等調査書の提出依頼について」、これは、六月に入りまして上野支店に参りました書面ですね。

答 そうですね。

問 どういう内容なんですか。

答 その次にも書いてありますが、内容を「金年珍の査察……ご回答くださるようにお願いします。」と。

問 調査期間はいつからいつまでということですか。

答 六月二四日までに提出するようにと。

問 取引の内容の期間ですが、それは金年珍さんのいつから、いつまでということの期間ですね。

答 こちらにも示されてありますように、三年間です。

問 いつから、いつまでの三年間ですか。

答 三八年の一月一日から四〇年の一二月三一日までです。

問 内容はどういうことですか。

答 ……。

問 何を調べてくれということですか。

答 金年珍ほか三名の預金、貸付等の元帳、取引のその内容を調査してほしいということです。

問 調査して何か書面?

答 書面にして回答してくれということで、回答の書式もこちらに出ております。

問 これを見ますと、金年珍という人の名前でございますね、ほかにも名前ございますね。

答 はい。

問 これは、どういうわけですか。

答 国税局のほうで関連先として出されたものですね。

問 あなたのほうとしては、関連があるかどうかということはわかっておりましたか。

答 ほとんどわかんないです。

問 その件について説明を求めたことがございますか。

答 ございます。

問 どういう回答が得られましたか。

答 結局、私どものほうでは、その質問して、それについて回答を受けた内容というのは、ただ関連するんだと、これはそれだけです。

問 具体的な証拠も、こういうわけなんだから関連するんだということの説明はなかったわけですね。

答 ないです。

問 あなたのほうとしては、この件について、どういう処理をしましたか。

答 私どものほうは、一応、提示された通りに提出しました。

問 六月二四日までに提出いたしました。

答 とうてい不可能です。

問 どういうわけですか。

答 といいますのは、この調査の依頼書の通りに作成するということは、「預金元帳を必要とするもの」とあります。その次に「当座」とございますね。金宮年珍三八年一月一日から三八年二月二六日とこの元帳を私どもは、普通、大体一年内の元帳、もしくは伝票等は金庫に並べて保管してあります。それ以前のものについては、すべて種類別に製本しまして金庫の中に全部整理をしてしまいます。整理をするのも、ただばらばらに整理をするのではなくて、おちゃばこありますが、それに入れて整理をして金庫の奥に積み重ねるようにします。また、当時の上野支店は金庫はせまいものですから、古いものについては、ほかの店舗に移すということもございます。それで、当座の元帳を金庫から捜し出しまして、この三年間にわたるコピーをとるということ、非常に捜すのにも時間はかかりますし、また、特に当座預金の内容と申しますと、入金の明細ということで、現金であるのか、もしくは約束手形か、小切手かということを種別に記入していくわけです。特に、その確認をしているのは、すべて伝票でもって確認しなければいかんわけです。約三年間にわたって取引がなされて、その取引のすべての内容を短期間内にもう一度元帳を作り直すと、こういう作業をやるようになるわけです。特に、その中でも伝票を見ながら、伝票も三年間、ぼうだいなものになりますが、これを一度に出してやるわけにはいかないわけです。特に、私どもは時間によって仕事が制限されておりますから、朝、営業を開始しまして、営業を終えるまでは、お客の接待等のもろもろの取引の内容について、お互に相談したり調査したり、こういった一連の私の仕事の範囲がございます。それをするためには、このようなぼうだいな書類を金庫から出しまして、日常の事務の最中にやるということは、不可能です。そういったこともございますので、これを作るとすれば、結局は、営業時間終えて残業、もしくは、早出してこれを作ると、それしか時間はないわけです。私どもの仕事というのは、限りはごさいませんし、特に時間的な制限も、先程申上げましたような、時間的な制限、特に最近にいたっては仕事の量も非常にぼうだいになってきております。それに合わせて、人が非常に少ないわけです。そういう点からも、非常に時間はかかると、先程私が申上げましたように、税務調査の立会い、もしくは、書類の作成は、一応範囲がございますので、私が、もしくは支店長に主に仕事がいくわけです。そうしますと、特に店舗を統括する、または、補佐する立場におきまして、そういった面からみても、営業時間内に作成するということは、時間的にも非常に無理なわけです。そういった意味で、先程申上げたような方法しかないと。また、入金の明細、出金明細を調べるためには、伝票一枚、一枚を全部あたっていかなければいけないわけです。

問 十万枚の伝票、一枚、一枚あたるわけですか。

答 はい、取引になった伝票を調べるとすれば、伝票は科目ごとに整理してありますから、その科目の範囲でこの該当者を捜すわけです。捜した上で伝票に記載されているものを転写するわけです。そういった仕事があるわけです。また、それによって手形、もしくは、小切手は、小切手の入金、こういったものについては、その伝票だけではわからないものがあるわけです。それについては持出手形記入帳というものがあります。それでもってほそくしていかなければなりません。出金については、金年珍さんの場合をいうと、決済された手形、小切手の明細はあるわけです。伝票の内容としてつづってありますが、それを見まして、一枚一枚捜して、その小切手の番号、金額、振出日、裏書人、どこの銀行から振込んだかという、そこまでを全部記入するようになるわけです。それだけ見ても相当の時間がかかるわけです。

問 それについて六月二四日まで金年珍さんについては、出来ないんだということは、国税当局に了解得ましたか。

答 北畠さんから何度も電話ありましたし、私のほうからも電話しましたし、仕事はぼうだいだから、私本来の仕事がありますので、時間的に間に合わないということは、再三述べました。

問 最終的に提出が終ったのは、いつですか。

答 九月です。

問 四二年の九月ですか。

答 はい。

問 提出したものは、三枚目に書いてある通りですか。

答 この通りです。

問 この書類提出した写しは、上野支店のほうに保存してありましたか。

答 ええ。

問 保存した控えは、本件査察を受けたときに、どうなりましたか。

答 ほかのものと同様に押収されました。

問 控えというのは、すでに提出してあるものですから必要ないものですね。

答 はい。

2 税務調査に対する一般金融機関の応待の状況

(1) 金融機関の秘密を守る義務が法的義務であること、預金者の一覧調査が大蔵行政上も禁じられていることについては既に詳述した通りである。

上告人は、金融機関として顧客の秘密を守る義務ある以上、唯単に、調査官が特定調査対象者の預金に実質的に帰属するとして数十名の預金者名を列挙したからと云って、当然之に応ずべき立場にないことは明らかであろう。一般的に云えば、特定名義人の預金は当該名義人に帰属すると推定されるから、それが他の第三者に実質的に帰属すると主張する側に於て、その根拠を明らかにする必要があると考えられるからである。

甲第六三号証の一「手形研究」経済法令研究会刊、「特集税務調査のあり方」所収の論文に於ても、「ただその場合、銀行としては、その取引きや預金が形式的にはYのものでも、実際上はXのものだということが判らないこともありますから、それについて、当局より証明を求めるべきです。この場合にも、銀行はYに対して、秘密保持義務を負っている関係上、Yから責任を追求されたときに備える必要があるので、必ず、そのYの預金や取引きはXのものであるという証明を求めなければ、極めて危険であり、Yの名義の預金や取引きは、一応Yのものと推定されるのが当然ですから、これについても、質問し検査する以上は、当局において、Y名義のものは、実際上はXのものだということを証明する責任があり、その証明ができない以上、銀行はその質問に対する解答や検査を拒むことができ、それを拒んでも、法律上の責任を負わないものというべきです。」と指摘されている。

(2) 金融業界に於ける次の慣行も参考になろう(「銀行業務の諸問題」銀行実務講座第一四巻安原米四郎著、三四二頁)。

「銀行では次のような場合は、調査を拒否できるという見解をとっている。……(中略)……

C 個人別に取引銀行に対して調査をする場合でも、同時に被調査者以外の者の預金等を調査する場合。たとえば(ⅰ)索引名簿の一覧調査。(ⅱ)印鑑簿の一覧調査。(ⅲ)元帳綴の一覧調査。(ⅳ)伝票綴の一覧調査。(ⅴ)手形の記入帳。(ⅵ)手形裏書人の関係諸帳簿。なお、貸付の場合の稟議書は取引上当然顧客のために備えおくべきものではなく、単なる銀行の内部メモであり、且つ多分に秘密性を有する性質上、この調査を断わっているのが慣行となっている」と。

又、甲第三六号証の三「金融法務事情」(社団法人金融財政事情研究会刊)も、「実務上の注意―銀行窓口において最も問題が多く発生するのは任意的質問、検査の場合である。……次に任意調査の場合の注意事項を列挙する」として、

「  調査対象は特定少人数にかぎる。特定人の調査であっても五〇人百人というような多人数を網ら的に記載している場合は調査を拒否してよい。

調査対象者以外の預金等を調査する結果となるようなもの、たとえば、索引簿、印鑑簿、元帳綴、伝票綴等の一般的調査は謝絶してよい。

正式の帳簿、書類以外のもの、たとえば銀行内部の稟議書、無記名架空名義預金者のメモ帳等の調査は謝絶してよい。

営業時間外、あるいは特別の事情で多忙を極めているような時には調査を謝絶してよい。

なお、調査対象となる書類伝票等の範囲については、徴税当局の解釈は極めて広く解し、上記の見解とは異なるが、銀行は独自の判断によって処理してよい。」としている(「実務雑記―税務調査と銀行の協力」)。

(3) 更に、前出の甲第六三号証の一「手形研究」所収「座談会 税務調査の実際と今後の課題」に於ける出席各銀行員の次の如き発言も実務の実情を示していると云えよう。

「C 二六年のいわゆる国税庁の基本通達を見ますと、普遍的な調査はやってはいけないということになっているのですね。これは法文からいっても当然なんですが、全銀協の通達を見ますと、個人別の調査であっても、常識的に判断し、その被調査者があまりにも多数である場合は、これはお断わりしている、それから、個人別の調査であっても、その者が調査をされる銀行と取引があるかないかわからない場合には、普遍的調査になるのではないか、といっています。

A 調査に来るときには、対象となる滞納者の名前だけをいうのですか、それとも預金口座名まではっきりいって調べるのですか。

E 名前だけですね。それと印鑑を押して、この印鑑の預金を全部出してくれというようなやり方がほとんどですね。

B だいぶ前の経験ですが、会社の事務所にある限りの判を全部集めて、それを押し、それを各銀行に持っていって、この判を押してある預金は全部調べて出せということで、非常な押問答とになりましたが、結局のところ、とても調査はできないといってことわった覚えがあります。

A それは何十個と押してくるのですか。

B 何十個ではないのですが、とにかく一四、五個押してありましたね。従業員や雇い主の区別なく……。

C その場合は、どういうことになるのですか。

B あまりにも常識を逸したような調査はどうかということで問題があると思いますね。

C 判こを一つ二つ持ってきて、どこどこ銀行にこういう名義のこういう判こを使った預金が間違いなくある、と確信を持って調査にくる場合は別ですけれども、さっきBさんがおっしゃるように、事務所にある印鑑を全部かき集めて、取引があるかないか知らないけれども、とにかく調べてみよう、だから元帳持ってこいといわれても、銀行としても困るんですね。

B 普遍的調査になるかならないかということは、最後の具体的な問題になってくると、水掛論になってくるのです。特定の人間を調べるために、この範囲まで調べる必要があるのだから普遍的調査ではないのだ、ということを税務署側ではいうのですが、銀行側では本人だけのものを調査すべきであって、あとは普遍的調査だということになり、解釈論の差になって勝負がつかないですね。

A 調査に来た人からそういわれると、銀行から特にこれは違うのだということをいわない限り、常に向うの認定に従わざるを得ないのだ、ということが結論ですね。

C 普通には、ある滞納者が特定の銀行と取引があると認められる相当の理由をあげなければいけないわけですね。質問検査権の法文からいっても。しかし、相当の理由というのが問題で、その判断をする権限は銀行側にはないのだというのが税務当局の考え方ですね。その判断は税務署側がするのであって、税務署側で相当の理由があると思えば調査できる、銀行側がその理由を説明しろとか、つべこべいうことはないじゃないかということですね。

C その点につきまして、例の基本通達の中で、金融機関について調査を行なわなければ、そのものについて適正な課税または滞納処分等ができがたいと認められる場合にかぎる、というふうにはっきりいっているのです。

D ほんとうに本人の方を調べてもどうしても出てこない場合、やむを得ず銀行関係を調べるというなら筋が通っているのですが、銀行で調べたものを元にして、本人の方をつつくというように現在の情勢はあべこべになっているのですね。銀行だって税務調査に協力するということはやぶさかではないのですけれども、調査の仕方が銀行の方から先に調べるというのはあべこべですよ。

C 次に、調査対象となる帳簿書類という問題に移りたいと思いますが、これが非常に問題のあるところでありまして、国税庁の見解では、とにかく銀行のその当該滞納者に関する帳簿書類はすべて含まれる、という解釈をしているようです。しかし、例の全銀協の通達を見ますと、たとえば索引簿、印鑑簿、元帳、元帳綴、伝票綴等の一覧調査、稟議書等は調査をお断わりしております、というようなことが書いてあるのですね。調査に来られて伝票綴の調査はお断わりします、稟議書の調査はお断わりします、といっても通らないのが実情じゃないですか。

D ただ来る署員によって、稟議書を見せなくても納得してもらった例がいくつかありますね。稟議書は銀行内部のメモみたいなものだから、税務署の方に見せる必要はありませんといったら、そんなばかなことはないと押し問答した人もいましたが、中には見ないで帰る人もおりましたね。

D それから困るのは、手形日とか月末の忙しいときにきまして、店頭が混んでいるにもかかわらず応接間に入って、あの伝票持ってこい、何月何日の元帳を持ってこいという要請があるわけです。それを持っていくときには、該当のものを探すのに手間と時間がかかる。しかも店頭がてんやわんやで混んでいるものだからつい時間がかかったりすると、何か隠しているのじゃないかということをいわれるんですよ。手形日などの忙しいときにやってくるのはかなわないですよ。これは税務当局に対する要望になりますが、どうしても調べる必要があるときは、そういう日はできるだけはずしてもらいたいと思いますね。

B 確かに期末、月末、二五日など、商業上の特定の支払日がくるようなときにこられますと、非常に銀行の業務上困ります……。

C それでは最後に、税務当局に対する要望と今後の課題ということなんですが、何か要望なりご意見がありましたら伺いたいのですが。

E これは極端だと思うのですけれども、うちのある支店で、いつでしたか一カ月連続で調査をやられたことがあるのです。入れかわり立ちかわりやられ、そのために二人専属で銀行業務を全然やらないで調査事務の手伝いをしたのです。そのときにみんなから不満が出まして、銀行業務を遂行するために雇った人間が実は税務署の下請をやっているということで。銀行は公共機関であるから、調査に協力することにはやぶさかではないが、銀行の業務を阻害するような調査はやめて、合理的にやっていただきたいということなんです。常識の問題ですけれども。

D 結局、調査のやり方、さきほども話が出ましたけれども、第一の点としては、税務調査に当たり、まず本人のほうを調べていただいて、その上でやむを得ない必要最小限の場合だけ金融機関の調査をやっていただきたい、というのが基本的な問題じゃないかと思うのです。本人のほうを調べないで先に銀行のほうにやってきて、それから本人のほうを調べるということが多いので、それでは税務調査権を認めた本来の趣旨に反するわけですから、必要最小限の段階において税務調査をやってほしいということが一番目です。

それから第二の点として、あまり長期にわたるものはかんべんしてほしい。実際問題として、通常の税務調査の場合ですと、そんなに長期にわたるということはないと思うのですが、私の銀行のある支店でも一週間から二週間ぐらいにわたって税務調査をやられた例もあるわけですけれども、そういう場合には、銀行の仕事というのは全然手につかないのです。行員一人か二人がそれに専属になってしまう。次から次へと、あの帳簿この帳簿持ってこい、という形で要求される。応接間が帳簿やら伝票でてんやわんやになってしまう、帰ってしまってから、その整理に二日も三日もかかるということでたいへんな問題なんです。それから四年も五年も前の古い帳簿を要求されることが多いのです。

特に、自分の店が狭くなって帳簿や伝票が他の支店に疎開している場合、いちいち取りにいったり持ってきたりたいへんなんですね。ですから、できれば伝票あたりは必要最小限のものにしてほしいですね。」と。不当な調査による金融機関の苦痛、業務阻害の状況が活写されていると言えよう。

上告人組合の調査に対する応待が一般金融機関以上に拒否的であったということは全くないのである。

3 一般探索的調査の到達点としての違法な強制調査

国税当局が一般探索的な調査を日常的になしていること、及び一般探索的調査の到達点として無差別・全面的な帳簿・書類の差押を上告人に対しなしたことについては、別稿に於て詳述した。

昭和四一年迄を境として質量ともに異常にエスカレートした調査要求が、決して単なる偶然ではなく、かかる一般探索的預金調査の目的のもとになされたものであることは明らかであろう。上告人がかかる調査要求に易易諾々として応じなかったことをもって調査拒否と云うことはできない。

右に述べたところと各嫌疑者ごとにその調査の実情を詳述する後記のところを併せ考えるなら、本件に於ては上告人組合に対する強制調査はその理由も必要もなかったことは明白であり、本件各令状の発付請求及び発付された令状は違法たるを免れない。

(1) 原判決は「東京国税局は、原告に対し、本件犯則嫌疑者の氏名を明示し、その者の仮名を含む預金等の取引と資金の動きを把握する目的であることを明らかにして、それに必要な帳簿書類の提示を求めたものであって、本件犯則嫌疑者と取引名義人の関係を右以上に具体的に説明ないし疎明しなかったとしても、右調査をもって普遍的調査ということはできない」と判示したが、これは重大な事実誤認である。

嫌疑者を特定していれば全ての調査が普遍的調査ではなくなる、というものではない。特定した如くみせかけて実は特定していない―未発見口座発見のための調査が普遍的調査・一般探索的調査となることについては、別稿で詳述する通りである。

(2) 原判決は、名寄帳、印鑑簿、索引簿等の一覧性の帳簿書類の提示を求めることは普遍的調査に該当するとの上告人の主張についても、「本件犯則嫌疑者に帰属する仮名預金を抽出するためである以上、一般探索的調査とはいえない」として之れを退けた。

上告人は、一般に金融機関が税務調査に応待するときの態度として、特定人の調査であっても多人数を網ら的に記載しているときは調査を拒否できること、又、調査対象者以外の預金等を調査する結果となるような索引簿、印鑑簿、元帳綴、伝票綴等の一覧性調査であるとき、又、正式の帳簿、書類以外の例えば銀行の内部の稟議書、メモ等の調査については之れを拒否できるものとし、そのような応待が金融業界に於ける慣習となっていることを詳細に主張、立証したが、「守秘義務と税務調査の接点」(社団法人金融財政事情研究会刊「旬刊金融法務事情」No.八九〇号四〇頁)を左記に引用する。

「守秘義務と税務調査の接点

国税当局の係官が臨店し、銀行が取引先の預金等について調査(いわゆる「反面調査」)をされる事例はよくあるケースである。この場合、調査対象が特定の者の預金のみにとどまらず、定期預金全部とか印鑑簿全部とか、広範囲にわたって帳簿類の提出を要求されることも少なくない。そのような場合、その要求の適否をめぐってしばしばトラブルが発生し、支店役席者はきわめて苦境に立たされるのである。

法律上の明文の規定こそないが、銀行が取引先に対し守秘義務を負っていることは、通説が認めるところである。一方、国税当局の係官は納税者本人以外の関係人に対しても質問したり検査したりする権限を有することは、各種税法の規定によって明らかである。そして、通説によれば銀行が法令に基づく正当な税務調査に対して秘密を開示した場合は、守秘義務違反とはならないとされている(中村哲太郎・新銀行実務講座第一五巻二五七頁)。問題は正当な税務調査とはどういうものを指すのかであるが、この点の判断基準として、国税庁昭26.10.16直所一―一一六国税庁長官通達があり、同通達は「普遍的に個人別の預貯金等の調査を行うようなことは、これを避ける……」とうたっている。しかし、このくだりを銀行側と国税当局側がそれぞれ異なった立場から理解しているところに問題の根源がある。

すなわち、たとえば索引簿、印鑑簿、元帳綴、伝票綴等の一覧調査のように、被調査者以外の者の預貯金等も同時に調査されるような場合は普遍的な調査に該当し、銀行はこれを拒むことができるとするのが銀行界の解釈である(全銀協昭30.7.21通業第一五四号)。これに対し、「この通達は銀行調査対象者の選定についての制限であって、調査方法に対する制限ではない」(松本儀四郎・銀行窓口の税務相談二三八頁)とか、「通達発遣当時の経済その他諸般の事情を勘案して財政政策上の必要性にかんがみとられた措置であり、反面調査実施上の法律的要件としての解釈を通達したものでない」(柴田勲「新判例評釈」判例タイムズ二七五号九九頁)とか理由づけは一様ではないが、「調査対象とされた者の名義の預金・貸付取引のみしか調査することができないというものではなく、その名義のいかんを問わず、その調査対象とされた者と推定される場合はもちろん、その取引が他人名義・架空名義などで行われていないかどうか確認する必要がある場合にも、当局は質問調査権を行使できる」(柴田勲「銀行調査と質問検査権」判例タイムズ六八六号四頁)というのが国税当局者の一致した見解である。

さて、銀行が守秘義務に違反した場合、当該取引先から取引契約解除という制裁を受けるばかりでなく、場合によっては損害賠償の責に任じなければならないこともありえよう。そればかりでなく、近年は、税務行政の民主的改革を標榜した全国的組織である某会の役員や会員が大挙して店頭に押しかけ、会員にからむ税務調査に不当に応じたとして、銀行を大声で誹謗するケースもあるやに聞いている。

まさに銀行受難の時代である。支店行員にとっては、税務調査をめぐるあのグルーミーな心労から脱却したいというのが積年の願いなのである。

しかるに、銀行界も国税当局も基本的な点での見解のくい違いを三〇年近くもの間そのまま放置し、具体的なルール作りの努力をいっこうにみせようとしないのはいったいどうしてなのであろうか?支店ではいま、苦悩しているのである。」

上告人組合も、税務調査に対し、右に引用されている右全銀協昭和三〇年七月二一日通業第一五四号に従い、他の金融機関と同様の応待をなしてきたものであって、それをこえるものではなかった。

本件問題はただ上告人組合固有の問題というよりは、大手都市銀行を含む全金融機関と税務調査権との関係にかかわる重大問題なのである。全金融機関と税務調査権の関係が、現行法体系の中でどうとらえられ解釈適用されるのか、という普遍的問題にかかわっているのであって、本件における司法権の判断は直ちに金融行政に重大な影響を及ぼすものである。

しかも、一般金融機関に歩調をそろえて税務調査に応待してきた上告人組合に対し、本件の如き乱暴な大量・包括的差押えをもって臨んだ、といった如き事件は、当時未だ例をみなかったものである。かかる、銀行の接収とも言い得る強制調査を、参考人に過ぎぬ金融機関に対し敢えて強行した行為を、適法と追認した原判決の影響は計り知れぬものがあり速やかに是正されるべきである。

三 仮に強制調査が許容されたとしても対象物件は限定される

(一) 帳簿書類の差押えは業務遂行を阻害する

金融機関の帳簿書類は、業務の一連の流れの中で作成され、相互に緊密な不可分一体の関係をもって業務の遂行に供されているから、かかる帳簿書類が押収されることは、即、業務遂行の障害となり、本件の如き大量差押えは業務の遂行を全面的に不可能にするものである。

犯則嫌疑者が、自らの犯則事件に関し自らの営業上の帳簿書類を押収され、これにより不都合が生じたとしても多くの場合甘受すべきことであろう。共犯者等についても同様のことが云えるであろう。

しかし、たまたま嫌疑者の預金を受け入れていたとかの取引関係に立つに過ぎず犯則事件について何等責任を負うべき立場にない金融機関が、他人の犯則事件により業務遂行に重大な障害を生じたり、業務遂行不可能の事態となったりすることを甘受すべき理由は本来存しない。しかも、強制調査により金融機関が蒙る業務遂行上の障害、対外的信用の失墜之れに伴う損害等は、他に類をみない高度なものと云えよう。

(二) 金融機関の帳簿書類は保全の必要がない

金融機関は、大蔵省や都道府県知事の厳しい指導、監督下におかれており、業務過程で作成される帳簿書類の様式、記載方法、保管等についても厳格な規制下におかれており、金融機関の帳簿書類が隠匿、毀損、抹殺等されることはあり得ないところである。一般の嫌疑者や共犯者が所持する物品、帳簿等とは、この点において全く異っており、金融機関の店内に於て安全、確実に保管されている帳簿書類に対し、「証拠保全」は本来的に必要がないのである。

従って、嫌疑者宅を急襲して帳簿書類を押収、保全する、といったやり方は金融機関に対しては基本的になじまないやり方であり、それは金融機関に対し無用の苦痛を与えるだけである。

(三) 被上告人が任意調査を拒否されたと主張する帳簿書類は索引簿等数点に限られている

「調査の拒否」と云えるかどうかについては、前述の通り、銀行協会傘下の全金融機関と税務当局とで根本的に見解の違いがあるのであるが、その点は暫くおくとして、仮りに被上告人が索引簿の提示を要求して之れを拒否されたとするなら、強制調査の必要が生じたのは右索引簿についてであって、既に任意に提供された帳簿や、未だ提示要求を求めていない帳簿書類についてまで強制調査の必要性が生ずる理由はない。

方元俊関係について言えば、原判決は「預金申込書、営業日誌、手控帳又は名寄帳、印鑑簿を調査する必要があったが、原告は、これらの帳簿書類の提示を拒否した」と判示し、又、金年珍関係につき「次長の梁海東から、預金元帳、貸付金元帳、伝票等の提示は受けたが、索引簿、名寄帳、貸付稟議書については、内部規定に基づく法定外文書であるとの理由により、また、反対伝票については、普遍的調査であるとの理由により、いずれも提示を拒否された。」と判示し、李五達関係につき「同人及びその家族名義の各元帳、伝票綴、他店券記入帳等の提示を受けたが、同日の李五達に対する強制調査により同人に帰属するものと認められた大倉大助及び内田一名義の二口の仮名普通預金元帳については、応待に当たった副支店長梁海東から、査察官の携行した調査証には右名義人の記載がないことを理由として提示を拒否された。」と判示し、又、松本裕関係につき「松本裕商事が受領した手形金が右預金口座に入金されている事実が確認された。しかし、従前から提示を要求している索引簿、印鑑簿、名寄帳、反対伝票については、提示を拒否された。」と判示している。

被上告人自身も「本件犯則嫌疑者らに対する調査結果を踏まえ、右の目的の範囲内で必要と認めた帳簿書類の提示を求めたにすぎず、決して無差別・全面的な帳簿書類の提示を要求したものではなかった」と主張しているのである。

従って、右に判示された特定の帳簿書類についてのみ強制調査の必要性が生じたものというべきである。

被上告人側が右の特定の帳簿書類をどうしても調査する必要があると考えるなら、右の経緯と「拒否」された帳簿書類を特定して令状の請求をなすべきであった。

しかし被上告人は右の如き令状請求の方法をとらず、包括的差押えを可能ならしめる如き記載の令状の発付を受けて、右の如く極めて限られた帳簿書類の「調査拒否」に籍口して本件大量差押えを敢行したものであり、その責任は重大といわなければならない。

(四) 強制調査の方法には手順と節度が必要である

仮りに右の如く、特定帳簿書類について令状を入手した場合に於ても右令状を店頭に持参して責任者に提示し、特定された帳簿書類の提出を求めるならば、必ずや上告人組合より之れが提示を受けられたであろう。強制令状を提示された之れを拒否する金融機関はあり得ない。もし拒否されたならそのときはじめて、右令状に基づく捜索をなし、当該帳簿を発見し押収すれば足りるのである。

右の手順で極めて容易に税務当局は目的を果たすことができるのであって、本件の如く、令状が発付されたことを秘匿し、大量の査察官と警察官を導入し、上告人組合を「急襲」し、有無をいわせぬやり方で、大量の帳簿書類を押収し去ったところに、混乱を生じた最大の原因があったのである。

被上告人の本件強制調査の手順は誤っており、その方法は極めて暴力的であった。上告人組合が、被上告人のかかる無法ともいうべきやり方を目して、上告人信用組合つぶしを狙ったもの、と考えたことには充分の理由があるのである。

最高裁決定(昭和四四年三月一八日第三小法廷―当審における控訴人昭和五九年三月五日付準備書面三〇頁引用)が「差押物が隠匿毀損されるおそれの有無、差押によって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに差押の必要がないと認められるときにまで、差押を是認しなければならない理由はない」と判示したのは、本件に最も適切な判示と言わなければならない。

四 犯則嫌疑者三和企業について

(一) 原判決は強制調査の必要性につき一審判決の判断を維持して「任意調査によって調査の目的、すなわち犯則事件を告発するための証憑の発見・集取という目的を達することができる場合には、強制調査はその必要性を欠き許されないと解される」と判示し(理由第七の四1)、この前提に立ちながら原判決は本件強制調査は任意調査によっては目的を達することができなかったから強制調査の必要があったと認定した。

そして各犯則嫌疑者別の検討にあたり、三和企業については「東京国税局は原告の協力を得られなかったもので、強制調査の必要があったことは明らかである」とした。その理由は「第四の五および第五の四記載のとおり、原告が口実を設けて調査協力を遷延させ、特に、三和企業の実名以外の取引に関する帳簿書類の提示については将来とも応じない態度を示していた」からだというのである(同8。一審判決二六〇枚目裏二行目以下)。

(二) しかし、右判示には以下のとおり理由不備および理由齟齬の違法がある。

原判決は右判示に引用する第四の五において昭和四二年一二月五日、査察官が上野支店に臨場して三和企業および関連会社に関する帳簿書類の提示を要請したところ、同支店副支店長は「調査は三和企業に限定してもらいたい。同会社以外の第三者の名義に係る預金元帳は第三者の了解を得なければならない。同会社以外の名義に係る伝票は一切見せられないとして提示を拒否し」(一審判決二〇九枚目裏九行目)、「同会社以外の名義の預金が同会社の仮名預金であることを否定してその調査を拒んだ」と認定している(原判決3―1裏一行目)。

この認定によれば、査察官の提示要求に対する上告人の対応には、三和企業以外の名義の帳簿や伝票は当該名義者である第三者の了解を得ることができれば見せるという趣旨を含んでいる。然るに原判決は上告人の右対応を「実名以外の取引に関する帳簿書類の提示については将来とも応じない態度」と評価したのであるが、右認定における上告人の対応をこのように評価するのは甚だしい飛躍であり、非常識である。従って原判決の認定事実とこれに対する評価判断は矛盾しており、原判決の右判断には理由不備または食い違いがある。

(三) 次に、原判決は上告人の調査非協力が明らかだというが、非協力かどうかを判定するためには前記上告人の提示拒否理由の当否が問われねばならない。

すなわち三和企業以外の名義の預金元帳や伝票について当該第三者の了解を得た上で提示することが正しいのか誤っているのかが吟味されねばならない。正しければ調査非協力と評価し得ないからである。然るに原判決は右当否についての検討を回避し、いきなり非協力だと断定したのであって、これでは何故に非協力なのか判明しないから理由に不備がある。

しかも、原判決は一覧性帳簿書類の提示拒否理由に言及するにあたり「任意調査に応じるか否かは被調査者の判断によって決することができ、顧客との信頼関係を重んじて任意調査に応じないことも首肯し得べきである」(原判決3―5表六行目)と述べているのであるから、上告人の態度を調査非協力だと断ずるのは矛盾であり、原判決の理由不備ないし理由の食い違いは明らかである。

(四) また、原判決は第四の五において、前記上野支店の調査の翌六日に査察官が電話で前日に要請した帳簿書類の提示に応ずるよう申し入れたところ、副支店長は前日と同様の回答をしたのみで態度を変えようとしなかったと認定した上で、「このような状況のため査察官は同じく三和企業の取引先である本店に対する任意調査は不可能であると判断して、調査は同月一三日まで行わなかった」と認定するにとどまり(一審判決二一〇枚目裏一行目以下)、果たして任意調査が不可能になったといえるのかどうか、不可能だという査察官の判断が正しいのかどうかについて判断を欠いている。

前記のとおり原判決は総論では、「任意調査が可能な限り強制調査は許されない」というのであるから、任意調査が不可能かどうかは本件強制調査の適法違法を左右する重大問題であって、これにつき判断を欠落したのは理由不備というほかない。もし原判決が査察官の判断をそのまま正しいとする趣旨であるならば、前記の「被調査者が顧客との信頼関係を重んじて任意調査に応じないことも首肯し得る」という判断と矛盾し、理由に食い違いがある。

(五) さらに、原判決は右のとおり上野支店の調査は昭和四二年一二月五日に一度あっただけで、本店に対する任意調査は本件強制調査当日までなかったことを認定している。

そうだとすれば任意調査は未だその緒についたばかりであって協力非協力を云々できる段階ではない。然るに原判決は右状況をもって上告人が「口実を設けて調査協力を遷延させた」とか、上告人の「協力を全く得られなかった」というのであるが、たった一度の要請や全くやらない調査について「遷延させた」とか、「非協力だ」というのは常識を逸脱したものであって、明らかに理由に不備がある。

五 犯則嫌疑者方元俊について

(一) 本件強制調査は便乗的強制調査であった

1 方元俊に対する犯則嫌疑事件の推移

昭和四一年五月一二日 方元俊に対する強制調査

(上告人本店に対する任意調査

ひきつづき、六月六日〜二四日、一一月)

昭和四二年一二月一三日(本件強制調査)

同月二一日頃 更生決定通知

昭和四三年二月一日 告発

二月二七日 起訴

本件強制調査の前に、すでに方元俊に対する損益計算書は完成し、更正決定の準備は完了していた。その年度の告発は、この更正決定と内容を同じくしていた。すなわち、すべて調査は終っていたのである。

2 「更正及び告発を比較的早く行ったのは、方元俊に定期預金解約の動きがあり、租税債権確保のためであった」との判示は、こじつけという外ない。

本件強制調査が、その必要性を欠く便乗的強制調査であったことは、右の経過が雄弁に明らかにしている。

方元俊に「預金解約の動き」があったとすれば、昭和四一年五月一二日、万元俊に対する強制調査の直後であろう。

このことは、原判決の次の認定によってもあきらかである。

「方元俊関係の任意調査では、原告からかなりの程度の協力が得られ、東京国税局は、同人に帰属すると認められる一三〇口の仮名預金を把握できた」。

要するに、本件強制調査では、他の犯則嫌疑事件に便乗して実施されたものであり、本件犯則嫌疑事実解明のための資料は」すでに入手されていたのであった。

それ故、本件強制調査からわずか一週間後に更正決定がなされているのである。

(二) 本件強制調査の必要性は存しない

1 原判決は、前記竹下証言を鵜呑みにして、預金申込書、営業日誌、手控帳又は名寄帳、印鑑簿の提示を上告人組合が拒否したので強制調査があった旨認定している。

ところで、同証人の証言によっても(249〜257項)、任意調査で出してもらっていない書類は、仮決済書類綴、決算書類綴、統計資料、手控帳の四点であると明言している。

すなわち、右四点以外の差押物(乙一五号証のうち、三一点)は、任意調査で全て入手していたのである。

加えて、右乙一五号証には、預金申込書、営業日誌、印鑑簿の記載はなく、わずかに「手控帳」が記されているにすぎない。

2 原判決は、仮決算書類綴、決算書類綴、統計資料、手控帳以外の、任意調査で国税局が入手していた資料(乙一五号証のうち、三一点)―しかも、国税局の判断でそのコピーも入手していた―について、再び差押える必要があったのかなかったのか、という方元俊嫌疑事件についての本件強制調査の必要性の核心には何らふれられていない(竹下証言の265〜270を採用する趣旨とは理解し難いが)。

3 原判決は、「乙第一五号証、証人竹下文男の証言によれば、東京国税局が、本件強制調査により新たに入手した資料」四点には「いずれも方元俊に係る犯則事件の証憑といえるもの」が記載されており、「右資料の発見集取は、本件強制調査の必要性の存在を肯定する一材料といえる」旨判示している。

然しながら、右認定は、「必要性」を肯定する判断を誤ったものというべきである。

原判決も認定しているとおり「方元俊に帰属すると認められる一三〇口の仮名預金の存在」はすでに任意調査で把握されていたのであり、竹下証言及び原判決の認定した右四点の「証憑」が、新たに事実の発見であるとはとうてい認め難い(同証言は、右四点に、いくつかの方元俊の仮名預金の記載が存したというにすぎない)。

これらのうち、「仮決算書類綴」「決算書類綴」「統計資料」は、預貯金元帳に基づく二次的、三次的資料であり、任意調査の時点で、預貯金元帳については、国税局は既に十二分に調査済である。

「手控帳」に一七名義の仮名、無記名七口が記載されていたというが、竹下証人は本件強制調査で、「仮名預金については、残念ながら資料は得られませんでした」(同人調書41項)と証言しており、任意調査で把握した資料でこと足りることを認めている。

(三) 本件強制調査は、必要性を欠く便乗的なものであった

上告人は、本件調査がその必要性を欠く便乗的なものであったことを再度強調したい。

1 本件強制調査の前にすでに嫌疑者に対する損益計算書は完成し、更正決定通知の準備は完了していた。その年度の告発は、この更正決定と内容を同じくしていた。すなわち、すべて調査は終っていたのである。

2 本件強制調査の主要な目的は、未発見の「仮名預金の発見」にあった(このような強制調査は許されない)。

3 本件強制調査に至る経過からみれば、前年の一一月までの任意調査において、十二分の成果を得ていた(一三〇口の仮名預金の発見)のにかかわらず、その後一年を経過して突如強制調査に至った。

4 右1〜3の当然の帰結として、

本件強制調査の結果は「残念ながら必要な資料を得られませんでした」(前記竹下証言)ということにならざるをえないのである。

六 犯則嫌疑者金年珍について

(一) 犯則嫌疑者金宮年珍こと金年珍に対する所得税法違反事件につき、昭和四三年一二月一二日発布された臨検捜索差押許可状には、差押物件の表示としてつぎのように記載されている(甲第三〇号証の三)。

「本件所得税法犯則嫌疑事件の事実を証明するに足ると認められる営業並びに経理に関する帳簿書類、往復文書、メモ、預貯金通帳、同証書、有価証券及び印鑑等の物件」

右表示の内「所得」以外の部分はゴム印で押捺されており、本件反則事実としては左記のように記載されている。

「嫌疑者は、実際には申告額を上回る所得を挙げていると見込まれるにもかかわらず昭和三九年分申告所得金三五〇万円、昭和四〇年所得金四五〇万円と過小な申告を行い、所得税を免れている疑いがある。」

申告総収入額や、実際所得額についてはなんらの記載も無い。

(二) 右差押許可状に基づき、金年珍関係として上告人組合上野支店で差押えられた物件は、原判決添付第一目録(二)差押目録写(上野支店分)のうち、金年珍分として表示されている差押番号1から18までの物件である。

差押物件中国税局が複写物を作成し、いまだに保管している物件は、このうち差押番号1、5、6、17、18に関する物である(原判決添付第二目録(二)、及び(三))。

(三) 上告人組合は、昭和四一年一〇月一二日から四二年一〇月六日までの間、国税局に協力し、依頼のあった当座預金元帳、定期預金元帳、仮受金元帳、貸付金元帳写し等の書類を国税局に任意に提出している(甲第二六号証、証人梁武男の証言、証人川井保明の証言)。

国税局が前記差押許可状に基づき、金年珍分として差し押さえた前記の物件は、①上告人組合がすでに任意調査の際複写物を提出したりして国税局に内容が判明しているもの(前記差押番号1、4、5)、②すでに提出ずみのものから容易に判明し、それ自体としては差押の必要性のないもの(同差押番号6、17、5)、③写しの写しのように証拠としての価値はまったく無く無意味な物(同7、14、15)の三種に分類できる。

たとえば差押番号1の貸付稟議書は、昭和四一年一〇月一二日、上告人組合上野支店において川井査察官に対して見せている。このことは川井査察官自身が、第一審第一三回公判における証人尋問の際に、田代代理人の質問に対して閲覧の機会を得たことを認めている。一体なぜ差し押さえる必要があるのか。

原判決が引用する第一審判決はこれに対し、差押物の中には、任意調査の際に提出されておらず、複写物の提出もされていない物が含まれているから、「本件強制調査が全く無意義なものに終わったともいえない」と判示している(第一審判決二五七丁表)。

(四) しかし、たとえば前記第一目録(二)上野支店金年珍のうち差押番号7、14、15に記載されている「普通預金元帳写、定期預金元帳写、普通預金元帳写」とは、甲第二六号証の二記載のとおり、昭和四二年七月一八日から昭和四二年九月一日までの間に、上告人組合が東京国税局の提出依頼に基づき国税局に提出した前記元帳の「写の写」を、国税局に提出した物の控えとして上告人組合で保管していたものである(甲第二六号証の二末尾 昭和四四年六月一八日付証人梁武男の証言)。

証人北畠は「写の写」まで差し押さえる必要として、つぎのように証言している(昭和五三年二月九日付同人の証言調書二六九項)。

「写そのものであっても、その後に何らかのメモとか何かされている例があるのを、過去にも経験しておりますので、そういうものがあるかどうかという形で、一応確認する必要がある場合があります。」

しかも

「金年珍さんの関係で押収物件で、そのメモがあって、それでそのメモによって、どうこうされたというのは、どの帳簿にどういうメモがございましたか。

本件の場合はそれは具体的にはなかったと思います。発見できなかったです。」(同調書第四六三項)

写の写であってもメモ等がされている例があるという必要性は、国税局に於いて、現実にはメモの記入が無くても、一般的にその可能性があるというおそれにまで拡大されており、さらにはその可能性は、容易につぎのような場合にまで拡大して解釈される。

「それは現物を見てみなければ何とも言えませんけれども、一見してそのようなものがなくても、鉛筆書きをして消すというのが通常の状態でございますから、持ち帰っていろんな手法を講じてそのようなものがあったかないかを、調べる必要があるということでございます。」(北島証言の昭和五一年一一月一二日付証言調書第一三七項)。

「そうすると、あなたの今のお話によれば、たとえばその物にメモ書きとか、電話番号とか、そういうものが一見して書いてないように見えても、消したかもしれない。

そうです。」(同第一三八項)

もっとも

「科学的な手法を駆使するというのは、消し跡があるのは何が書いてあるかよくわからんという場合には科学的手法を用いますけれども、一目瞭然消し跡がないと明らかに判明できるものを、科学的手法というような無駄なことをする必要がないんじゃありませんか。」(同一六六項)

(五) 一体、国税局の調査依頼に基づき、国税局に提出した元帳の「写の写」を差押えることが、前記差押許可状にもとづき国税局に許容されているのだろうか。

この「写の写」の差押は、以下に述べるとおり、憲法第三五条に定める令状主義の枠外にあると言わなければならない。

1 前記臨検捜索差押許可状には、差押物件の表示として「本件所得税法反則嫌疑事件の事実を証明するに足ると認められる営業並びに経理に関する帳簿書類、往復文書、メモ等の物件」と記載されている。

東京国税局に提出した元帳「写の写」は、この差押許可状記載の表示のなかのどれに含まれますか。

この「写の写」は、上告人組合の「営業並びに経理に関する帳簿書類」と解することはできないから、「本件所得税法反則嫌疑事件の事実を証明するに足ると認められる営業並びに経理に関する帳簿書類」なる定義の中に、右「写の写」を含ませることは極めて困難である。

又、「往復文書」とは、通常、上告人組合と第三者との間の往復文書で、かつ本件所得税反則嫌疑事件の事実を証明するに足ると認められる物件を指すと解されるから、国税局に提出した元帳の「写の写」をこの往復文書の中に含ませることはやはり困難である。

それでは「本件所得税法反則嫌疑事件の事実を証明するに足ると認められる……メモ等の物件」の中に、この「写の写」を含ませて解することは可能だろうか。

「写の写」そのものの中に、メモが現実に記入されていたり、消した跡があれば差押は可能であろう。

しかし、一目瞭然、鉛筆の消し跡さえ無い「写の写」を差し押さえる事が、前記差押許可状によって許容されていると解する事は、常識的には不可能であろう。

その不可能を可能にしたのが原判決の採用した論理である。

2 原判決は、本件令状に差押対象物件の記載として「反則事実を証明するに足る……物件」とあるのは、反則事実を直接、間接に証明するに足りる可能性があると判断される物件を含む。右可能性の判断はある程度の蓋然性があれば足りる。しかも、その判断は収税官吏の合理的判断によってなされるほかない、と判旨し(原判決三―九〜一〇)、前記「写の写」はつぎのようにそれぞれの元帳と同じ証拠として分類し、右の可能性があるから差押が許されるとしている。

たとえば、第一目録(二)金年珍分、差押番号7普通預金元帳写、同14定期預金元帳写、15普通貯金元帳写は、⑳預金元帳に分類されており、「写の写」は元帳とまったく同様に扱われている。

原判決が引用する一審判決は、本件差押物の中には、関連性を有するとの可能性が無い物、未使用の元帳等があったたことを認めているのであるから(一審判決三〇九丁裏から三一〇丁裏)、「写の写」は関連性があると判断していることは明らかである。

前記の蓋然性とは、この場合、「写の写」にメモの記入が無くても、たとえ消した跡がなくても、あったかもしれないという蓋然性にまで拡大されて解釈されている。

「反則事実を証明するに足る……物件」との記載が、いつのまにか、メモの記入が無くても、たとえ消した跡がなくても、「写の写」の差押まで可能にしているということに注意する必要がある。

その為に動員された論理が「消去法」である。

「消去法による調査のために必要な資料は、収税官吏の専門的経験と知識によって反則嫌疑者に帰属する仮名預金発見のために必要と思料されるものに限定される」と原判決は述べている(原判決三―一二丁裏)が、「収税官吏の専門的経験と知識」とはこの場合、「写そのものであっても、その後に何らかのメモとか何かされている例があるのを、過去にも経験しておりますので」差押える必要がある、という意味を持つ。

3 しかしながら、このような論理は、憲法第三五条の定める令状主義の枠外にあると言わざるを得ず、到底許されない。

憲法第三五条は、明確に、国犯法による差押に際しても、押収物を明示する令状の存在を要求している。

刑事訴訟における差押についての数多くの判例は、つぎのような原則をうちたてている。

(1) 捜索差押許可状中の差押物件の表示は、捜索差押を受ける者において執行の際、右の表示その他令状の前記記載と照合して何が差押を許された物件であり、何がしからざる物件であるかの判断を下すことができる程度のものでなければならない(東京地裁昭四〇・一・一三刑一五部決定 判例時報四四一号)。

(2) 差押物が証拠物または没収すべき物である場合であっても、犯罪の態様、軽重、差押物の証拠として価値、重要性、差押物の隠匿毀損されるおそれの有無、差押によって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし、明らかに差押の必要がないと認められるときにまで差押を是認しなければならない理由は無い(最高裁昭和四四・三・一八決定、判例時報第五四八号)。

4 刑事事件についての右のような判例理論を本件にあてはめて考えれば、「写の写」にメモの記入が無くても、たとえ消した跡がなくても、前記差押許可状によって差押が許されるとする原判決の論理は、憲法第三五条の枠外にあるといわざるを得ず、憲法に違反している。

七 犯則嫌疑者松本裕商事について

原判決は、右犯則嫌疑者について本件強制調査の必要性につき、第一審判決の判断、即ち、上告人(原告)に索引簿、印鑑簿、名寄帳、反対伝票の提示を拒否され、上野支店に松本裕商事の仮名預金が存する疑いがあったにもかかわらず、任意調査ではその解明ができなかったものであり、本件強制調査の必要性があったことは明らかであるとの説示をそのまま是認した。しかし、第一審判決が列挙する右各帳簿類等は、いずれも一覧性がある帳簿類であって、前二項において述べたように、金融機関の顧客(本件犯則嫌疑と無関係な)に対する守秘義務、普遍的調査禁止の原則との関係上、たとえ国税局による仮名預金調査のためであったとしても、その提示を拒否しうるものであり、右帳簿類の提示拒否を理由とする強制調査の必要性を認めることは誤りというべきである。因みに、上告人は、上野支店における東京国税局の右犯則嫌疑者についての任意調査に際しては、必要な限度でこれに応じ、必要な預金元帳もみせ、かつ、判明せる預金元帳の写も求めに応じて提出交付し、さらには、東京国税局が右犯則嫌疑者の仮名預金であるという李三竜名義の普通預金元帳についても任意調査に応じ、右預金元帳の写も提出交付していたものであって、右犯則嫌疑者については本件強制調査ないし本件差押の必要性など全くなかったものである。よって、原判決には本件強制調査の必要性の存否につき判断を誤った違法がある。

八 犯則嫌疑者李五達について

(一) 嫌疑事件として未成熟

一、二審判決は、李五達関係の嫌疑事件に付て、昭和三九年、四〇年、四一年の所得について、所得の一部を弟たちに分散して、所得を秘匿し、実際の所得金額が申告額を合計九五五〇万円上廻ったものと税務当局が認定していた旨判示する。

しかし、許可条の請求書に於ては、三九年分に付ては、実際所得金額三八九六万六千円(申告額との差三三三九万八千円)、昭和四〇年分に付ては四二〇七万六千円(申告額との差三三八六万一千円)として請求し、昭和四一年分に付ては許可状の請求をしていない。つまり、実際所得金額が、当初の判断と許可状請求の段階と著しく相違し、しかも許可状請求の段階では、四二年四月段階における李五達の自宅等に対する強制調査による資料で、四一年の李五達の実際所得額の把握はできていたこと、右実際所得は李五達の経営する新宿千山閣の所得のみで、他の事業所得はそれぞれ、弟たちの経営に属することがわかっていたことが、荒井啓亘の証言で明かになっている。

荒井啓亘は四一年の所得については経営の分離が確認されていたが、三九年、四〇年については未だその確認がされていないので、各事業がすべて李五達の経営に帰属する疑いがあったというのである。結局、争点は三九年・四〇年の各事業に付いての経営の分離の有無と云うことなのである。

1 実際所得額の未確定

李五達の許可状請求書には、前記の通り三九年、四〇年の実際所得金額が掲記されているが、発布された許可状に於ては実際所得金額の記載が欠落し、これについて原判決は、請求書における実際所得金額は「一年分の全体の所得金額に関する収税官吏の一応の心証額を表したものにすぎず」許可状にその記載が欠落していても差支えないと判示(三二一丁の裏)している。結局、実際所得金額については収税官吏の一応の心証程度しかなかったと一、二審判決は認めているのである。

四一年分については実際所得金額の把握はできていた。だから四一年分については許可状の請求をしない。三九年分、四〇年分については実際所得金額の把握ができない。だから許可状の請求をして、国犯法上の強制調査をするというのである。実際所得金額の把握のためならば、既にのべた通り、現行法体系として所得税法上の質問検査権が法的手段として用意されているのである。この質問検査権により、実際所得金額が一応にせよ捕捉され、嫌疑事実が確定され、それに対応する証拠の存在も予定され、しかも証拠が集まらないという状態で、はじめて国犯法上の強制調査権は発動さるべきものである。本件では三九年、四〇年について、実際所得額の把握の段階に到達していないのみか、本件強制調査は、実際所得額の把握のための調査に他ならないのであるから、本来、所得税法の調査権の行使によるべきものであって、国犯法上の強制調査の段階には到達していない。

2 本件強制調査の不必要性

本件の調査は李五達兄弟の各事業の経営が、李五達に帰属するか、各兄弟に分離しているか、が調査の主題であったことは、荒井啓亘の証言により明かである。経営の帰属に関する調査はそれなりの調査の方法がある。四一年には、経営の分離がなされていることが確認されているのであるから、その経営の分離を確認することができた徴表事実が、三九年、四〇年にも存在したかどうか、或いは、関係者に対する所得税法上の質問検査など採るべき手段は数多いのである。金融機関に対する強制調査により、経営の分離の有無を調べるのは、やるべき調査をやらないで、いたづらに金融機関の帳簿類のひきあげを策したものとの非難を免れない。

一、二審判決は「結果的に告発・更正に至らなかったからといって、本件強制調査が必要性を欠いたものということはできない」というけれども、国犯法上の強制調査が何ら効果を生じなかったということは、特段の事情がない限り、嫌疑事実が認められなかったことを示すものであり、嫌疑事実が認められないということは、嫌疑をかけたのが間違いだったということになるのである。いわば、見込調査が空ぶりにおわったことを示すものである。このことは、嫌疑事実が未成熟であり、嫌疑事実を確定するうえに必要な実際所得額の把握について、所得税法上の調査による実際所得額の確定、或いは、経営の帰属の確定という法の予定した調査手段を採らずに、ただちに、国犯法上の強制調査という最終的、最強力の手段をとったためなのではないだろうか。国犯法上の強制調査と云う、金融機関にとっては取りつけさわぎまでおこしかねない強権的手段を採りながら、疑があったのだから結果的に空ぶりであったとしても、差支えないとする原判決の論理は、疑に対する相応の調査方法の採用(所得税法上の調査)をとびこえて一挙にドラスチックな方法を採った、とする批判にこたえることにならない。

(二) 任意調査の経過

1 所得調査であること

李五達について「同人の所得金額を明らかにするためには、その取引先である原告ら金融機関に対する調査を実施することが不可欠となった」と判示し、上告人らに対する調査が、所得金額を明らかにするためのものであることを明示している。

これは、素直な見解と云うべきであろう。

2 任意調査の経過

一、二審判決は李五達関係の任意調査の経過についてのべる。この経過に関する事実誤認は、要件事実そのものではなく、経過に関する事実誤認で事情に属するものであるが、全体の評価にも関係するので若干指摘しておく。

(1) 昭和四二年七月一七日、本店調査について

この調査について一、二審判決は、「副部長は最初本店と李五達との取引を否定した」、その後一転して「取引を肯定した上、同人に対する元帳は全部上野支店に移管した」旨答え、調査に応じなかったというのである(二七八丁の裏)。

これは、名久井証人の証言によるものである。

この証言と真向から対立するのが、甲第二五号証の5の記載と朴昌南証人の証言である。朴証言によれば、元帳写しの提出を求められて承諾し、写しをつくったが、その後何も連絡がなく、作成した写は強制調査の際に押収されたというのである。名久井証人は、元帳写の作成を依頼したこともないし、書類は全部移管したというのであるから、元帳の作成を依頼する筈もないというのである。一、二審判決は全面的に名久井証言を採り、甲第二五号証の一・五及び朴証言は「採用できず」(二八一丁の裏)としている。このように税務当局の証人はすべて信用でき、信用組合側の証人の証言はこれに反する限り採用できないというのでは、まじめに事実の判断をする立場ではないといえよう。しかし、差押目録(一)の李五達分六八七当座預金元帳写木村勇三一綴、同じく(一)の李五達分六八八当座預金元帳写李五達二綴、の記載からみれば、本店に於て李五達(木村勇三は同氏の日本名である)の当座預金元帳の写が作成され、それが押収されたことは明白な事実である。これを以ってすれば、元帳の作成を頼まなかったとする名久井証人の証言が事実に反し、朴証人の証言が事実に合致していることは明白であろう。一、二審判決の経過事実の認定は、採証法則に違反し明らかにあやまっている。一、二審判決が、採証法則違反のあやまりをおかしたことは明らかである。

(2) 昭和四二年一〇月二〇日、上野支店調査について

一〇月二〇日上野支店に臨店したが、いろいろおどし文句をいわれて調査の協力をうけられなかったというのが一、二審の判定の認定である(二八〇丁の裏)。この日時は組合側の記録では九月中旬となっている(甲第二六号証の三の一)が、日時の喰いちがいは特に問題にする必要がない。所で、右書証によれば「被疑者李五達にしぼり調査の回答をすることに両名の査察官は合意した」旨の記載があり、梁武男証人の証言も同趣旨である。右書証によればその合意に基いて、一一月初旬に元帳写及び入出勤明細等の写をおくったこと、ならびに荒井啓亘名義の受領証で(甲二六号証の三の三)、右提出した書類の詳細な目録が明にされている。この経過よりみれば、李五達の実名の預金について関係帳簿の写等を作成して荒井啓亘に交付したことは明らかといわねばならない。しかるに一、二審判決は、李五達の実名に限って回答する旨約した旨の右書証の記載や、梁証人の証言をやはり「採用できない」とする。査察官が、実名預金に限定することに同意した、とする点が採用できないとする理由なのであろうか。しかし、荒井啓亘証人の証言でも、反対尋問に於て、李五達の弟たちからの苦情に接して、査察官の対応は

「とりあえず今日は調査だけはさせてくれ、事情があればあとで聞くから来てくれという……

そうではありません。

国税局に来て事情を聞かせて欲しいと。御納得なさったら、また調査に応じてくれということですか。

はい。」

との問答がある。以上を総合すれば、弟たちからの抗議にあって、査察官は弟たち名義の預金の調査については、当日はそれ以上立入らず、これを後日にのこして、当日は李五達の実名預金の調査にしぼることになり、その元帳のコピー等の提出の申し合せに至ったものであることが容易に認められる所であり、これが、採証法則に合致した事実認定である。いたずらに、上告人の調査不協力のみを誇大に認定する一、二審判決の判示は、採証法則に違背し、経過事実を誤認するものである。

(三) 国犯法上の強制調査の実施、関連性について

1 関連性に関する被上告人の主張

一、二審判決も認める通り、国税当局は、所得税法上の質問調査権の行使による調査の方法を採らず、ただちに、国犯法上の強制調査をする方針をとり、嫌疑者李五達については、三九年、四〇年分の所得税法違反容疑で国犯法上の強制調査許可状請求を行い、これを得た。

右許可状による本件の差押えについて、李五達関係として差押えられた物件の量の大量性、その中で、コピーの作成、保管された物件の量の僅少さ、更にその中で、国税側が嫌疑事件との関連性を主張するのは、本店関係では三三点にすぎず、上野支店関係では三和企業関係で押収した物件について、李五達との関連性を主張している始末(乙一七号証)であり、被上告人が関連性の主張をしている物件は極めて僅少にすぎないのである。

右乙一七号証によれば、右被上告人の関連性の主張は、弟の木村吉夫、李淳東、李規東、李淳碩、木村淳三郎、李淳徳、本人の李五達、その日本名の木村勇三、その他の名義の取引であることが関連性の主張としてなされているのである。李五達は勿論李淳東、李規東等の弟たちも、(日本名の場合もあるが)それぞれ事業をしており、その事業遂行上、金融機関として上告人組合を利用していたものである。従って、組合の取引上、右の名前の取引が出てくるのは当然で、右本人或いは兄弟の名前の取引があるから、それが嫌疑事実を立証するに足るものとは到底いえないのである。もし、国税側が、まともに関連性を主張するとすれば、三九年、四〇年の兄弟の事業の帰属の判断にどの様にかかわったかを明確にして主張すべきである。本人或いは弟たち名義の取引であるということは何ら嫌疑事実を立証するに足るものとすることはできない。

このように、関連性の主張が取引の名義に基づくおざなりなものであったから、この差押は、李五達の三九年、四〇年の所得の調査としても、何らの役割を果さず、いわんや、三九年、四〇年の逋脱犯の立証については勿論何らの意味をもち得ず、かえって、違法な差押えというべき四一年の所得に関する差押物件のみが、四一年の逋脱事件に関する証拠として利用されたにすぎなかったのである。法の立前からいえば、実際所得が把握されたから許可状請求の必要がないとして、強制調査の範囲から外された、四一年の逋脱事件こそ、国犯法上の調査になじむもので、三九年、四〇年の所得調査は国犯法上の強制調査になじまなかったものである。事実の推移が、まさにこの法の立前が正しいことを明白に物語っている。

2 所得金額の確定のための資料はすべて関連性があるか

一、二審判決は「真実の所得金額を確定させる必要がある」ので、「……嫌疑者と原告との……取引を証明する帳簿書類等の物件はすべて犯則事実との関連性を有するものといえる」と判示している(三五五丁表)。しかし、所得金額の調査は本来、所得税法上の質問検査権の行使により調べて、嫌疑事実を相当かためて、その嫌疑事実を立証する証拠を差押えるのが、国犯法上の強制調査である。このことはくりかえしのべている。真実の所得金額に対する調査、把握(完全なものでないとしても)をぬきにして、国犯法上の強制調査により、所得の調査と証拠の集しゅうを併せて行なうのは、本来、所得税法の調査と国犯法上の強制調査という性質のちがった調査をドラスチックな国犯法上の調査により一挙に片づけようとするもので、本来的に違法なのである。それのみならず、具体的には嫌疑者李五達に関しては全くの空ぶりにおわり、第三者の金融機関である上告人について、信用上の尽大な被害だけが残ったのである。これこそ、国税側の国犯法の強制調査ですべてを処理するとする違法な調査が現実の社会に投げかけた矛盾、実害であり、結果的には令状主義の破壊となって現われるのである。このような違法は、厳しく是正されるべきである。李五達、被疑者に対する令状主義の破壊、比例原則無視、より制限的でない他の択び得る手段の無視は、憲法三五条の解釈をあやまったとして取消されなければならない。

第七 <省略>

第八 本件差押の全般的状況―全ての帳簿が差押えられたが、これら差押物に嫌疑事件との関連性を肯認することは経験則、採証法則に違反する違法がある

一 令状七通による差押処分

犯則嫌疑者方元俊、李五達に対する各所得税法違反嫌疑事件並びに三和企業有限会社に対する法人税法違反嫌疑事件について東京簡易裁判所裁判官が昭和四二年一二月一二日付で発付した「臨検捜索差押許可状」各一通(計三通)に基づき収税官吏木場初が同月一三日上告人信用組合(旧商号同和信用組合)本店に於て差押えた物件は訴状添附「差押目録(一)」記載の通りであり、又、犯則嫌疑者金年珍、李五達に対する所得税法違反嫌疑事件並びに松本裕商事株式会社及び三和企業有限会社に対する法人税法違反嫌疑事件について同裁判官が同月一二日付で発付した「臨検捜索差押許可状」各一通(計四通)に基づき収税官吏小林一誠が同月一三日上告人上野支店に於て差押えた物件は訴状添附「差押目録(二)」記載の通りであった。

二 差押物件の膨大な量

本件許可令状七通に基づいて差押えられた「差押目録」(一)、(二)の差押物件全体を概観すると極めて膨大な量に達し、上告人の本店及び上野支店のほとんど全ての帳簿書類が差押えられたといっても決して過言ではない。

1 差押目録の差押番号による差押点数七九七点

即ち、単純に、差押目録記載の差押番号による点数計算を行っても、本店で四二五点、上野支店で三七二点、合計七九七点(差押番号には欠番があるため欠番を差引いた実数)に達する。

2 差押数量による差押点数三八七四点

更に、差押番号上は一点と数えられていてもその一点に包含されている実際の差押物件の点数(差押目録の「数量または個数」欄記載の点数)はほとんど複数であり、中には差押目録(一)の差押番号六一二番の如く五〇〇袋を一点として記録したものもあるので(同様の例として、差押目録(一)の六一九番は「貸付回議書一四〇綴」を、六三〇番は「貸付関係書類一一八袋」を、差押目録(二)の一は「伝票綴(三八年一二月分)五二綴」を、各一点として記載している)、実際の差押物件の数量を計算すると、実に本店で三二三五点、上野支店で六三九点合計三八七四点もの膨大な帳簿書類が差押えられていることが判明する。

3 差押数量の「単位」の分析

しかも、各差押目録の「数量または個数」欄記載の数量も、何枚とか何通といった単純な単位で記載されているのではなく、綴、袋、括、個、葉、束等々といったぐあいに、差押の衝に当った査察官の気まぐれとでも云いようがない表現単位が随意に使われているのであって、右差押数量三八七四点というのもその内容は単純にとらえられないのであり、その数量を更に表現単位ごとに再分類すると左記の如く驚くべき差押物の全貌が明らかとなる。

(1) 本店

二二四九綴、六八二袋、二五〇冊、八束、七個、三括、二ファイル、二一枚、一三葉

(2) 上野支店

三六六綴、九七袋、六七冊、一一個、七括、一七通、五四枚、二〇葉

(3) 本、支店関係

二六一五綴、七七九袋、三一七冊、一八個、一〇括、八束、二ファイル、一七通、七五枚、三三葉

「二六一五綴」とか「七七九袋」とかが、その内に更に如何に膨大な帳簿書類を包蔵しているかは想像を絶するものがある。

本件差押物のうち本店で押収された差押物で現存する帳簿書類は約六割であるが、その内伝票(差押目録(一)の一ないし五一番)のみを積み上げて写真撮影したものが甲第六五号証の一ないし四であり、伝票以外の帳簿書類で現存するものを撮影したものが甲第六六号証の一ないし四であり、右両者を同時に撮影したものが甲第六七号証である。

右写真を一見しただけで如何に膨大なる―上告人信用組合の帳簿書類の大半が―根こそぎ押収されたかが明らかであろう。現存せざる残り四割の帳簿書類をこれに加え、更に上野支店で押収した三六六綴、九七袋、一一個、七括、一七通、五四枚、二〇葉をつけ加えたときの量は想像に余りある。

4 本店押収分のみで推定八〇万枚

上告人組合職員梁武男(昭和五五年九月五日付証言参照)が約半年かけて作業を行った結果、本店関係差押物件のうち、現に組合が保存しておりかつそれが差押物件であることが確認されたものは本店関係差押物件の約六割であること、そのうち一部欠損しているものがその約一割程度であること、その現存する差押物ごとに逐いち枚数計算を行うと四九万三四枚に達すること、が明らかとなった。甲第六一号証「差押物件個別数量一覧表」は、右枚数計算の結果を各差押物ごとに記載し、各差押物を数量的に分析したものである。

そこで、約一割の一部欠損を度外視し、さらに全量の総枚数の六割が残存していたと仮定すると、全量の総枚数は本店関係について八一万六七二三枚となる。本店関係で実数計算のできたものだけでも実に四九万枚にも達し、推計では八〇万枚を超える押収がなされたのである。

これは本店関係のみの数値であるが、もって上野支店関係も推定するに難くない。

甲第六九号証(第一分冊ないし第七分冊)の写真は、本店関係差押物件のうち残存するものについて、各差押番号ごとに近接撮影をなし帳簿の体裁、記帳様式、簿冊の数量を明らかならしめたものであり、之れを逐いち検討することによって如何に膨大なる帳簿書類が手当り次第に押収されたかが明らかとなる。とりわけ次の差押物に注意を喚起したい。

第一分冊―写真番号4(当座勘定約定書綴五綴)、6(当座預金元帳一二綴)、9(同上五綴)、14(普通預金元帳綴三二綴)、23(預金利子諸税記入帳六冊)、34(金剛積立貯金元帳二〇綴)、35(定期積金元帳二四綴)

第二分冊 48(定期貯金証書綴五綴)、50(積立日掛月掛集金状況表八綴)、51(据置貯金元帳六綴)、52(定積申込書一一綴)、56(定期貯金証書七綴)

第三分冊―67(定期貯金申込書九綴)、72(日掛定期積金通帳三〇冊)、73(同上三三冊)、74(同上二八冊)、75(同上一二冊)、76(同上二一冊)、77(同上三〇冊)、78(同上五四冊)、79(同上三一冊)、80(同上一〇三冊)、81(同上一一五冊)、82(同上六一冊)、83(同上一一七冊)、84(据置貯金通帳五二冊)、85(同上二一冊)

第四分冊―94(月末預金残高集計表)、103(交換持出手形記入帳一〇綴)、104(東京交換手形記入帳五綴)、105(代金取立手形記入帳九冊)、107(現金収支在高表六綴)、108(本支店勘定元帳五冊)、109(仮決算書類綴四綴)、110(決算書類綴三綴)、111(決算書類綴一綴)

第五分冊―114(本部通達綴一綴)、118(損益勘定内訳表一綴)、119(日計表綴五綴)、120(紛失届け一綴)、122(総勘定元帳四綴)、124(仮受月末統計一綴)、125(本支店交換勘定月末状況表一綴)、127(本支店勘定元帳二冊)、129(諸経費記入帳四冊)、130(仮払金記入帳八冊)、132(本支店移管回議用紙一綴)、133(総務関係文書綴一綴)、134(東京都公金原簿綴一綴)

第六分冊―142(本支店勘定元帳一冊)、145(物品出納帳一冊)、148(不動産担保品台帳三冊)、150(貸付日報二六冊)、153(統計資料一綴)、155(決算書類一綴)、159(担保関係書類五〇〇袋)、161(貸付回議書一四〇綴)、165(貸付関係書類一一八袋)、166(稟議書綴一綴)

第七分冊―167(割引手形元帳九綴)、168(手形貸付金元帳一二綴)、170(回議書綴二六綴)、174(貸付金期日帳一七冊)、178(割引手形記入帳一五冊)、182(月報関係綴一綴)、188(鄭栄采氏書類一袋)

三 差押物件の種類、内容、目録作成にみられる特徴(引用する差押物件の写真を是非参照されたい)

1 一見して差押の正当性を疑わしめる物件の差押

(1) 差押物件目録(一)本店

No.133 キャッシュ・ボックス

No.134 右内蔵の日付印用木箱(印なし)

No.142 機械化資料等―組合事務所処理の合理化を指向した機械化についての処理等

No.228 銀行関係印影表―各金融機関が使用している社名印及び公印の印影表(事故防止、確認等の必要性から配付される)

No.229 見本帳―各金融機関が使用している小切手の「見本」(事故防止、確認等の必要性から配付される)

No.512 本部通達綴(甲第六九号証第五分冊写真番号114)

No.521 諸経費領収書綴―本店において業務遂行上支出される経費の領収書綴)

No.538 総務関係文書綴(甲第六九号証第五分冊写真番ss号133)―本部通達等の各店舗に対する指示、連絡事項文書等の綴

Mo.539 東京都公金原符綴(甲第六九号証第五分冊写真番号134)

No.542 取立手数料領収書綴

No.549 他行交換手形添表―本店より交換提示のため持出された小切手、手形に添付されている表であり該当金融機関名及び金額のみ表示されている

No.629 交換加盟一覧表―東京手形交換所に加盟している金融機関の一覧表

李五達No.687 当座預金元帳写 木村勇三―東京国税局に提出する元帳写の控

李五達No.638 当座勘定元帳写 李五達―東京国税局に提出する元帳写の控

(2) 差押物件目録(二) 上野支店

No.9 約束手形(金額未記入)一四枚及び五百円札壱枚

No.37 収納取扱店事務取扱の手引―公金等の収納事務取扱いの説明書

No.77 信用組合概況一覧表

No.172 国民貯蓄組合関係資料綴

No.182 経過年度保管書類内訳表―諸帳簿、書類等の保存年限を一覧表にした規程

No.194 読報出席簿―組合職員の母国語の収得のためもたれた読書会の出席簿

No.198 親展封書―障害係慎高伸宛の個人的封書

No.236 都特別融資 〓〓〓 要項綴―東京都の中小企業向けの制度融資略称 〓〓〓の取扱要領

No.258 鍵s101 c504 弐個

No.313 当座入金支払伝票明細等―東京国税局に提出した当座預金の入出金の伝票明細の控

No.314 同右―東京国税局に提出した当座預金の入出金の伝票明細の控

金年珍No.7普通貯金元帳写等―東京国税局に提出した普通預金元帳写の控

金年珍No.14定期貯金元帳写等

2 未使用帳簿書類(内容が無記載空白のもの)の差押―差押物件目録(一) 本店

No.567 本支店勘定元帳一冊(甲第六九号証六分冊写真番号142)

No.569 手形貸付金記入帳一冊(甲第六九号証第六分冊写真番号143)

No.570 借受金記入帳一冊(甲第六九号証第六分冊写真番号144)

No.571 物品出納一冊(甲第六九号証第五分冊写真番号145)

NO.572 有価証券担保品台帳一冊(甲第六九号証第六分冊写真番号146)

No.573 預金利子諸税記入帳二冊(甲第六九号証第六分冊写真番号147)

No.574 不動産担保品台帳三冊(甲第六九号証第六分冊写真番号148)

3 統計資料等の大量差押

(1) 差押物件目録(一) 本店

No.67 貯金積金残高集計表

No.86 当座勘定残高表

No.87 同右

No.139 貸付残高集計表一枚

No.173 積金かきぬき帳(甲第六九号証第二分冊写真番号49)

No.174 積金日掛月掛集金状況表(甲第六九号証第二分冊写真番号50)

No.175 定期預金記録表

No.176 新規等預金記録表

No.206 月末預金残高集計表(甲第六九号証第三分冊写真番号69)

No.230 据置貯金残高表(甲第六九号証第三分冊写真番号87)

No.235 定期積金日計表

No.241 定期性個人別契約及び解約報告書(甲第六九号証第四分冊写真番号93)

No.242 月末残高集計表(甲第六九号証第四分冊写真番号94)

No.253 積金集金状況表

No.254 積金集金状況表(甲第六九号証第四分冊写真番号98)

No.507 仮決算書類綴(甲第六九号証第四分冊写真番号109)

No.508 決算書類綴(新宿支店)(甲第六九号証第四分冊写真番号110)

No.509 決算書類綴(営業部)(甲第六九号証第四分冊写真番号111)

No.510 書抜き綴(甲第六九号証第四分冊写真番号112)

No.527 仮受月末統計(甲第六九号証第五分冊写真番号124)

No.528 本支店交換勘定月末状況表(甲第六九号証第五分冊写真番号125)

No.565 営業副部長隣机中期日経過及び相殺性貸出金明細表

No.603 貸付日報(甲第六九号証第六分冊写真番号150)

No.605 期日経過貸出金回収日報(甲第六九号証第六分冊写真番号152)

No.606 統計資料(甲第六九号証第六分冊写真番号153)

No.608 貸出金残高集計表等綴(甲第六九号証第六分冊写真番号155)

No.609 相殺性貸出金明細表等(甲第六九号証第六分冊写真番号156)

No.622 貸出金残高集計表(甲)(甲第六九号証第六分冊写真番号162)

No.623 貸出金残高集計表(乙)

No.637 月報

No.671 貸出金残高集計表(甲)(甲第六九号証第七分冊写真番号180)

No.672 分類貸出金明細書(甲第六九号証第七分冊写真番号181)

No.673 月報関係綴(甲第六九号証第七分冊写真番号182)

No.674 期日経過及び相殺性貸出金明細表(甲第六九号証第七分冊写真番号183)

(2) 差押物件目録(二) 上野支店

No.6 手形貸付日報綴

No.7 預金係日報綴帳

No.14 個人別契約高及び解約高報告書綴

No.15 月報綴

No.18 残高集計表

No.25 昭和36年度決算第一段階資料綴

No.26 総統計表綴

No.27 むつみ残高報告書

No.29 月報綴

No.31 据置貯金書抜き綴帳

No.32 個人別契約高報告書 定期預金

No.33 預金係書抜き綴帳

No.34 別段預金書抜き綴帳

No.35 月末残高集計表 据置貯金通知預金

No.42 積金関係書抜き綴帳

No.43 昭和三九年度仮決算統計書類綴

No.100 大口債権調一葉

No.158 個人別契約及解約高報告書据置預金

No.163 預金日報綴

No.164 預金日報綴

No.171 本店営業部決算報告書綴

No.181 定期預金書抜き綴帳

No.183 預金日報書

No.186 月掛積金契約高、残高並に掛込状況表綴

No.187 渉外活動成果報告書綴

No.226 期日経過及び相殺性貸出金明細表等

No.254 貯金積金残高集計表86枚

No.267 仮決算報告書綴

No.268 四一年度決算報告書綴

No.304 預金残高集計票

李五達No.19定期積金残高集計表

李五達No.20預金日報綴帳

松本裕商事No.2預金日報

松本裕商事No.7月掛積金契約高残高並びに掛込状況表

松本裕商事No.10同右

4 不当な差押目録作成の方法(多量物件を一括して差押番号上一点にまとめあげるやり方)

(1) 差押物件目録(一) 本店

No.1伝票三八年一〇月分 九綴

No.2〃 〃  一一月分 二六綴

No.3〃 〃  一二月分 二八綴

No.4伝票三九年 一月分 二四綴

No.5〃 〃   二月分 二九綴

No.6〃 〃   三月分 二六綴

No.7〃 〃   四月分 二六綴

No.8〃 〃   五月分 二六綴

No.9〃 〃   六月分 二七綴

No.10〃 〃   七月分 二八綴

No.11〃 〃   八月分 二六綴

No.12〃 〃   九月分 二六綴

No.13〃 〃  一〇月分 二八綴

No.14〃 〃  一一月分 二四綴

No.15〃 〃  一二月分 二四綴

No.16伝票四〇年 一月分 二二綴

No.17〃 〃   二月分 二四綴

No.18〃 〃   三月分 二八綴

No.19〃 〃   四月分 二六綴

No.20〃 〃   五月分 二五綴

No.21〃 〃   六月分 二七綴

No.22〃 〃   七月分 二七綴

No.23〃 〃   八月分 二七綴

No.24〃 〃   九月分 二六綴

No.25〃 〃  一〇月分 二六綴

No.26〃 〃  一一月分 二六綴

No.27〃 〃  一二月分 二八綴

No.28伝票四一年 一月分 二四綴

No.29〃 〃   二月分 二五綴

No.30〃 〃   三月分 二七綴

No.31〃 〃   四月分 二六綴

No.32〃 〃   五月分 四三綴

No.33〃 〃   六月分 二九綴

No.34〃 〃   七月分 四七綴

No.35〃 〃   八月分 三〇綴

No.36〃 〃   九月分 二七綴

No.37〃 〃  一〇月分 三八綴

No.38〃 〃  一一月分 四一綴

No.39〃 〃  一二月分 三八綴

No.40伝票四二年 一月分 三〇綴

No.41〃 〃   二月分 二八綴

No.42〃 〃   三月分 三三綴

No.43〃 〃   四月分 二八綴

No.44〃 〃   五月分 三七綴

No.45〃 〃   六月分 四五綴

No.46〃 〃   七月分 五二綴

No.47〃 〃   八月分 五四綴

No.48〃 〃   九月分 四九綴

No.49〃 〃  一〇月分 五〇綴

No.50〃 〃  一一月分 四八綴

No.51〃 〃  一二月分 一九綴

(以上―No.1乃至No.51―甲第六五号証の一乃至四)

No.56 当座勘定約定書綴 五綴(甲第六九号証第一分冊写真番号4)

No.59 当座預金元帳綴(繰越分)一二綴(甲第六九号証第一分冊写真番号6)

No.100 普通預金元帳 三二綴(甲第六九号証第一分冊写真番号14)

No.101 普通預金元帳(一六六三葉)一〇袋

No.151 金剛積立貯金元帳 二〇綴(甲第六九号証第一分冊写真番号34)

No.152 定期貯金元帳 二四綴(甲第六九号証第一分冊写真番号35)

No.162 定期貯金元帳綴 三綴(甲第六九号証第二分冊写真番号41)

No.172 定期貯金証書綴 五綴(甲第六九号証第二分冊写真番号48)

No.174 積金日掛月掛集金状況表 八綴(甲第六九号証第二分冊写真番号50)

No.179 定積申込書 一一綴(甲第六九号証第二分冊写真番号52)

No.184 定期貯金証書綴 七綴(甲第六九号証第二分冊写真番号56)

No.203 定期貯金申込書 九綴(甲第六九号証第三分冊写真番号67)

No.255 住所録 一七冊(甲第六九号証第四分冊写真番号99)

No.263 住所録 一〇冊(甲第六九号証第四分冊写真番号102)

No.501 交換持出手形記入帳 一〇綴(甲第六九号証第四分冊写真番号103)

No.502 東京交換手形記入帳 五綴(甲第六九号証第四分冊写真番号104)

No.503 代金取立手形記入帳 九冊(甲第六九号証第四分冊写真番号105)

No.505 現金収支在高表 六綴(甲第六九号証第四分冊写真番号107)

No.507 仮決算書類綴 四綴(甲第六九号証第四分冊写真番号109)

No.520 日計表綴 五綴(甲第六九号証第五分冊写真番号119)

No.525 総勘定元帳 四綴(甲第六九号証第五分冊写真番号122)

No.533 仮払金記入帳 八冊(甲第六九号証第五分冊写真番号130)

No.547 交換持出手形不渡記入帳 六綴(甲第六九号証第五分冊写真番号139)

No.548 交換受入手形不渡記入帳 六綴(甲第六九号証第五分冊写真番号140)

No.603 貸付日報 二六冊(甲第六九号証第六分冊写真番号150)

No.612 担保関係書類及その袋 五〇〇袋(甲第六九号証第六分冊写真番号159)

No.619 貸付回議書 一四〇綴(甲第六九号証第六分冊写真番号161)

No.630 貸付関係書類 一一八袋(甲第六九号証第六分冊写真番号165)

No.633 割引手形元帳 九綴(甲第六九号証第七分冊写真番号167)

No.634 手形貸付金元帳 一二綴(甲第六九号証第七分冊写真番号168)

No.635 証書貸付金元帳 五綴(甲第六九号証第七分冊写真番号169)

No.638 回議書綴 二六綴(甲第六九号証第七分冊写真番号170)

No.664 貸付金期日帳 一七冊(甲第六九号証第七分冊写真番号174)

No.668 割引手形記入帳 一五冊(甲第六九号証第七分冊写真番号178)

No.669 手形貸付金記入帳 八冊(甲第六九号証第七分冊写真番号179)

(2) 差押物件目録(二) 上野支店

No.1 伝票綴(三八年一二月分)五二綴

No.2  〃 (三八年一〇月分)五四綴

No.3  〃 (三八年一一月分)五〇綴

No.82 普通預金元帳 一〇〇枚 一袋

No.83   〃    一〇〇枚 一袋

No.84   〃    〃 〃

No.85   〃    〃 〃

No.86   〃    〃 〃

No.87   〃    〃 〃

No.88   〃    〃 〃

No.89   〃    〃 〃

No.90   〃    〃 〃

No.91   〃    〃 〃

No.92   〃    〃 〃

No.93 普通預金元帳五一枚 一袋

No.203 手形貸付金元帳(二六一葉)一括

No.204 手形貸付金元帳(一四二葉)一括

No.205 不動産担保品台帳 一綴

No.206 手形貸付金元帳(八二葉)一括

No.304 預金残高集計表 三七綴

No.313 当座入金支払伝票明細等九二葉 一袋

No.314  同 右 六二葉 一袋

No.339 当座勘定元帳三四八葉 一括

No.340 当座勘定元帳等綴四〇綴 一括

No.341 踏査勘定元帳三六葉 一括

第九 各差押物ごとの分析(総論)

一 はじめに

本件差押においては、差押時、差押現場における関連性の有無に関する選別がおこなわれず、令状主義が要求する関連性に関する判断がなされないままに、無差別、包括的差押がおこなわれたことは、上告人が一貫して主張してきたところであって、原判決がこれを容認しなかったことはまことに遺憾きわまりない。もとより、関連性の有無にかかわる判断がおこなわれ、その結果として選別作業がおこなわれたかどうかを決するには、一方で現場でおこなわれた差押の事実経過を詳細に検討することが必要であるが、他方で、関連性自体をどのようにとらえるか、ということとも深くつながっている。

以下差押物の個々にわたって、その関連性の有無を判定し、原判決の誤りを明らかにするが、その前に、なお全差押物について共通するいくつかの問題点を解明しておく必要がある。

第一は、本件差押においては、差押にあたった査察官の側に個々の物件の関連性の有無を判別する用意がなかった、という事実である。主として本件差押にあたった査察官に対して、事前に関連性判断に必要な知識が与えられておらず、彼らには、選別の用意がなかったのである。

また、その判断に必要な知識を備えていたはずの専従査察官の配置は甚だ不適切であり、また実際の捜索差押にあたった査察官の数は決して多いものではなかった。

第二には、個々の差押物件について、関連性についての現実の証明がおこなわれたのは、極く少数の一部物件に限られ、残余の圧倒的大部分については、ただ観念的に関連性をもつ可能性が一般的に語られたにすぎない、ということの再度の強調である。

これらの諸点を明らかにしたうえで、次いで上告人らの原判決批判は、個々の差押物件の関連性に対する批判に順次及んでいくこととなる。

二 査察官らには、選別に必要な用意は与えられていなかった

(一) 小林、木場両統括官の事前説明

原判決が採用する一審判決は、まづ「本件強制調査の際に差押物が右の関連性を有することについての蓋然的判断がなされたか否かを検討するに」、という問題を提起し、「したがって、本件強制調査においては、差押物が関連性を有することについての蓋然的判断がなされているものと一応いうことができる」とし、さらに「現実に差押えられた本件差押物が関連性を有する可能性の認められるものか否かについて、なお検討することとする」として検討をすすめ、その結論として、

「以上のように、本件強制調査においては、差押物が関連性を有する可能性のあるものか否かについて選別作業が行われ、本件差押物の大半につき右可能性が肯認できることを考慮すると、本件強制調査においては関連性に関する蓋然的判断がなされており、無差別、包括的な差押えがなされたものではないことが認められる」

という。この一連の認定の冒頭に、原判決は「小林・木場両統括官は、本件強制調査の実施が決定されると、直ちに右調査に従事する査察官全員を召集し、本件犯則嫌疑者、犯則事実、ほ脱の態様、手口、任意調査の経過、原告との取引状況、差押えるべき物件の内容について約一時間にわたって詳細に説明したこと」をあげている。つまり、差押にあたった査察官たちは、事前に「詳細」な説明をうけて、嫌疑者たちの業態から、「原告との取引状況」にいたる一切の事情を知悉していた、といわんばかりである。両統括官の事前説明はあわせて一時間、しかもその中には「警備の方法」、「立会いを拒否された場合の処置」、「妨害を受けた場合の処置」、「錠のかってある金庫などの処置」(昭和四七年八月一七日木場初証言、五七〜六二)なども含まれていたから、嫌疑事実や業態などに関する説明に費された時間は、その半分にも達していたかどうかは疑わしい。たとえば木場初証言(昭和四七年一一月三〇日九〇項)によると、木場自身の事前説明は「三〇分ぐらいとおもいます」とのべており、本店関係三名の嫌疑者の個別の事情につき、くわしい説明をする余裕はない。木場(昭和四七年八月一七日証言、六二、六四項)は、「差押の留意事項」として、次のように説明した、というのである。

「その内容としましては、やはりその住所が似ているんじゃないかと、あるいは前におった住所を使用しているんじゃないかと、あるいは、字画をもじったものを使用しているんじゃないか、あるいはじぜんの名義を使用しているじゃないかと、あるいは有名人、そういうものの姓名の一部を利用しているんじゃないかと、あるいは三文判同じ印鑑を使っているんじゃないか、あるいは設定解約の手口が同一であるんじゃないか、あるいは筆蹟が同じであるんじゃないかと、あるいは取引内容から、パチンコ屋とか、あるいは飲食店、喫茶店、あるいは金貸業、そういったものの特色から判断をして、どうだというような点も、いろいろ総合的に点検をして、そうして蓋然性のあるもの、先に申上げましたように犯則事実に結付きの出るものを、差押するようにしなさいというふうに付け加えたと思っております。」

「そういうような事実を全部総合して犯則事実と結び付き、蓋然性があるかどうかということを留意して差押するように指示したと、こういうわけですか。

はい、そうであります。」

前記のとおり嫌疑者は本店につき三名、上野視点について四名、そのそれぞれについて、このようなくわしい説明をおこなったかどうかも甚だ疑わしいが、それにもまして、差押現場で住所、筆跡、印鑑の同一性にまで及ぶ詮議のうえで選別がおこなわれ、本件差押がおこなわれたと信ずるものは、本件記録に通ずるもののうちに一人もあるまい。たとえば吉沢利治証人が昭和四八年四月四日の証言で、本店の差押現場で「何百冊」もある帳簿をすべて一枚づつ繰られていたのを確認した、などと証言したのは、あきらかに偽証である、と考える。

ところで、嫌疑者と上告人との取引内容といえば、まずは嫌疑者が本名、別人名、仮名などで上告人組合に有しているとみられる各種の預金口座名が説明されたのであろう。被上告人が主張するその名義数は、実は本件記録にあらわれた諸資料によると、五人の嫌疑者で合計はおよそ一七一名義(本店会計一四九名義、上野視点関係四七名義)にも達するのであって、これらの名義をよみあげて、メモさせるとして、もそれだけで一時間の事前説明の時間は優にこえてしまうのである。

(二) 査察官らに選別の用意はなかった

これら多数にのぼる名義は、査察官に対する事前説明で明らかにされた、というのである。

木場初証言(昭和四七年一一月三〇日)によれば、「今まで、わかった預金は、これこれ、こういう名義の預金であると、だから、その他にも、まだ類似の、こちらの方で一応、証拠立証上、必要なものの、そういうわからんものが相当あるというふうに預金一覧表に基づいて、私は説明したと思っておりますが」(二五五丁)というのである。

事前説明をうけた査察官たちは、これらをメモした、という。平山栄一証人(昭和五〇年九月五日、一五七)、加室芳人証人(昭和五〇年一一月七日、二八三)、柳沢昭証人(昭和五〇年四月一八日、一九〇)ら、各査察官は、口を揃えて、事前説明で仮空名義などの多数の名義の説明をうけて、これをメモして現場に持参した、と証言している。

上告人は、統括官からこれらの名義の説明があり、査察官らがこれをかきとった、ということ自体、実は疑わしい、とおもっている。そのような作業がたかだか三〇分位の短時間でやれるはずがないからである。

かりに、そのような口頭による説明とそのメモがおこなわれたとしても、即座にこれらの多数の名義が記憶されるはずがない。なんどもきいた名前であれば、記憶されることもあろうけれども、多数の査察官にとっては、統括官の事前説明によって、はじめて嫌疑事実のあらましをきかされたのである。村井勲証人の次の証言を参照する必要がある。

「91 あなたは、従来、同和信用組合に対する方元俊、李五達、三和企業の調査に従事したことがありますか。

いや、ございません。

92 まったくないんですか。

まったくございません。

93 そうすると嫌疑事件の内容などもその場で木場統括官に説明されたことしか知らないということですね。

はい、そういうわけです。」(昭和四八年七月一一日)

とうてい記憶することはできないので、メモした、というのであろう。しかし、現場に臨んで、これらのメモを活用して選別をおこなった、という証拠はまったく見当らない。伝票、帳簿を繰りながら、いちいちメモにあたって該当する人名の有無をたしかめる作業は、ぼう大な時間を必要とするのであって、それらの選別作業が現場で行われた形跡はない。

(三) 無差別の差押がおこなわれた

そこで、あらかじめ多数の仮名、実名などの預金口座を説明し、査察官らがこれをメモして携行していたとしても、それらを活用するいとまは、なかったのである。はじめから、メモにもとづいて、嫌疑者に帰属するか、帰属する疑いのある預金口座にかかわる帳簿、書類を選び出す、という作業は放棄されていた。

実際におこなわれた作業はどんなものであったか、一毛をおさえるために、九牛をまとめて連れ去る、という作業であった。

嫌疑者には、本店や上野支店と取引がある。したがって、本店や支店には、嫌疑者との取引にかかわる記帳や必ずや存在するにちがいない。

そこで、伝票、帳簿類をまとめて差押えれば、そのなかに目指す一片は必ずや存在するにちがいない。実際におこなわれた差押はこのようなものであった。たしかに、特定人との銀行取引があれば、その銀行には、必ずその取引の記帳がある。しかし、必ずその取引の記帳があるからといって、捜索のうえでそれを探し出して選別することをせず、まとめてもち去ったあとで、それを抽出するということが許される道理はない。それは、被差押者の側の、ときには決定的な打撃にもなりかねない負担や迷惑を無視するものといわなければならない。

(四) 査察官の配置

嫌疑事件の調査に専従していた査察官たちは、たしかにその物件を詳細に通暁していたはずである。彼らには、おそらく、現場に臨んで、関連性の有無を判断する知識と能力がそなわっていたものと推定される。

主として、小林一誠統括官の昭和四五年一一月一〇日付証言、二二ノ一七二以下によりながら、これに関係証言を加えて検討してみると、五人の嫌疑者の調査にかかわってきた査察官は次の通りであった。

方元俊関係 谷口、吉田、竹下、松崎、竹内、猪又

金年珍関係 白石、藤ケ谷、北畠

李五達関係 白石、名久井、新井、荒井、ほか二名

松本裕商事関係 木場、村井、北島、ほか三名

三和企業関係 江原、古川、横田、成田、鈴木、福本

右の各査察官は、本件強制調査に際して、どのような部署を分担したか。彼らには、果して選別・差押の任務が与えられていたのか。

本店関係の嫌疑者は、方元俊、李五達、三和企業の三名である。

本店の強制調査に参加した七八名の査察官のうち、執行責任者木場、同補助吉沢、杉山、他に警備担当二五、六名を除くと、実際に捜索、差押にあたった査察官は約五〇名と推定される。前記専従者のうち、三和企業担当の成田三男はなぜか警備担当にあたっている。

成田三男証人は、E扉に配置されて、もっぱら扉を押える実力部隊として働いている(昭和五〇年五月二日証言)。また、村井が従前本店関係嫌疑者の調査にあたったことのないことは既にのべたとおりであった。

松本裕商事関係にくわしい村井勲査察官は、上野支店に派遣されて、選別にあたったのであるならば、順当な配置というべきであったが、なぜか松本裕商事とは関係のない本店に派遣され、本店預金係捜索のチーフとして働いている(昭和四八年七月一一日証言)。

同じく松本裕商事関係に精通しているはずの北島孝康査察官の場合も同様で、なぜか本店に派遣されて預金係の捜索にあたっている。

上野支店の場合は、総員六七名が動員されているが、同じく執行責任者小林、同補助白石、他に警備担当者一九名を除くと、実際に捜索、選別にあたった者は多くみても四五名程度であった。

三 関連性に関する被上告人の主張・立証の検討

(一) 被上告人の主張―「蓋然性」の抽象的主張―

(イ)、被上告人は、昭和四八年九月二六日付準備書面で、上告人の求釈明に応じて、差押物件のうちで、複写物を作成して現に保管しているものを別紙一及び別紙二に整理して開示した。

(ロ)、昭和四八年一一月一九日付準備書面において、前記書面の記載を一部補正するとともに、上告人の求釈明に応じて、複写したものは、原差押物件のどの部分にあたるのかを開示した。

(ハ)、昭和四九年二月二八日付準備書面において、「差押物件と犯則けん疑事実との関連性を差押目録に記載した物件の名称等から説明する」として、八つの分類表と、これに若干の説明を加えた。

(ニ)、昭和四九年六月一八日付準備書面において、「犯則けん疑者と原告との取引が具体的に記載されている文書」、すなわち、嫌疑者の実名、又は仮名などの記載のある文書を特定して開示した。

法律論は別にして差押物件の関連性に関する被上告人の主張は右につきるのであるが、これらを通じて次の特徴がある。

まず、上告人が求釈明として「本件各差押物件ごとに嫌疑事実の証明に直接結びつくものはどれか、又直接結びつかないが結びつく蓋然性のある物件はどれか、を明らかにされたい」(昭和四八年一〇月三一日付求釈明書)と要求したことについては、これに直接回答する形式においてついに明らかにしなかったことである。上告人のこの釈明は、被上告人が終始、関連性についてのその程度には二種があり、「犯則けん疑事実の証明に直接結びつきのある物」と、「犯則けん疑事実の証明に直接結びつきは認められなくても結びつく蓋然性のある物」に分類して主張してきたことに対応して、その分類の明示を要求したのであったが、被上告人はなぜかこれに答えなかったのである。

しかし、被上告人の主張を全体として把握すれば、嫌疑者の実名、仮名などの記載があるものとして開示した前記(ニ)記載の物件が「犯則けん疑事実の証明に直接結びつきのある物」に該当し、その圧倒的大部分はまた前記(イ)及び(ロ)記載の複写した物件の目録とも合致し、その他のすべての物件は「犯則けん疑事実の証明に直接の結びつきは認められなくても結びつく蓋然性のある物」に該当する、という趣旨に帰着するものと解して誤りはあるまい。ところで、前記(イ)及び(ロ)記載の物件は複写物のあるもので、前記(ニ)記載の物件は、これに「差押目録記載の物件の名称などから判明するもの」(別紙二)を付加したものにすぎないが、この付加された物件は物件の名称自体に嫌疑者の実名記載があったものの、あえて複写の要のなかったものと推認されるので、さらに厳密に「犯則けん疑事実の証明に直接に結びつきのある物」の範囲を画するとすれば、それは前記(イ)、(ロ)特に(ロ)記載のそれに限定されることとなる。

そこで(ロ)記載の物件、すなわち複写した物件以外はすべて関連性の蓋然性があるもの、ということになる。

ところで、甲六一号証「差押物件差別数量一覧表」によれば、差押物件総枚数は四九〇、〇三四枚に達し、うち、前記(ロ)記載物件は、枚数にして、九六八枚にすぎず、その比率は0.19%にすぎぬ。0.19%を探しもとめて、一〇〇%の物件を差押えることは許されない、のである。

関連性の蓋然性については、前記(ハ)の書面において若干の説明を加えているが、それらは、「キャッシュボックス」以下(分類表八)についてはさすがに「関連性が必ずしも明らかでない」ことを自白しているほかは、すべて「……証明することが可能であり、直接証明できなくとも結びつく蓋然性が認められたものである」という文章で結ばれている。すなわち、一般に「可能性」と「蓋然性」を抽象的に主張するのみで、少しも個々の物件に即した具体的主張はみられない点に最大の特色がある。それらの「可能性」や「蓋然性」が現に「現実性」に転化した、という主張もない。

(二) 被上告人の立証の概要

前記のような特徴をもつ主張をもとにして、被上告人は、まず乙一五号証(竹下文男、方元俊関係)、乙一六号証(横田光信、三和企業関係)、乙一七号証(荒井啓亘、李五達関係)、乙一八号証(北畠文男、金年珍関係)、乙一九号証(横田光信、三和企業関係その二)を提出し、あわせて、右竹下文雄ほか三名の証言を求め、竹下(昭和五二年二月二五日、五月一三日)、横田(昭和五二年五月一三日、七月八日、昭和五三年五月一一日)、荒井(昭和五二年九月二日、一一月四日)、北畠(昭和五二年一一月四日、昭和五三年二月九日、五月一一日)各証人の証言がおこなわれた。

ほかに、北島孝康証人が、松本裕商事関係について証言した(昭和五一年九月三日)。

これらの証人は、主として前記乙号証に記載された差押物の関連性について証言したのであるが、これらの乙号証は、差押目録中から各嫌疑者にかかわる物件を抽出したものであって、実際は前記(一)、(ロ)記載の複写物の範囲をこえるものではない。北島証人の松本裕商事に関する証言も同様である。

これらの全立証をもってしても、言及された物件は総量の0.19%の枠をこえていない。その範囲内にとどまっている。残りの99.81%の物件については、どのような立証がおこなわれたのか。

そこに登場するのが、北島孝康作成の乙一二号証ないし一四号証の「差押物件分類表」と、これについて説明をした北島証言(昭和五一年一月二三日、三月一九日、五月一四日、七月九日、九月三日、一一月一二日)である。

(三) 北島孝康証言の特徴

その特徴を一言でいえば、北島証言は、その銀行調査の経験にてらして、一般的に、銀行帳簿の記載内容を説明しつつ、それらが犯則調査にどのように役にたつ可能性があるか、ということについての長大な講釈であった、といえよう。もちろん特定の帳簿が本件の五人の犯則嫌疑について、どのように役にたったか、という具体的な証言ではない。そして、その役に立つ可能性は、抽出法にとっての有効性のほかに、とくに消去法にとっても有効だ、という意味で、消極的な関連性を強調した点に特徴があった、といえよう。関連性がない、ということを確認できた、という意味で関連性があった、というレトリックの提唱者として、北島証人の名は記憶されてよいであろう。

その全容を整理していることは煩に耐えないので、北島証言の特徴をしめす若干の特徴的な例を示しておきたい。

北島証人は当座取引開設の際の約定書について、次のように証言している(昭和五一年一月二三日、一三七)。

「当座預金に仮空名義を用いるという事例は、そう多くはございませんが、金融業などの場合におきましては、従業員の名前であるとか、その他、他人の名義を用いたりする場合が多いわけでございまして、その場合にあらかじめわかっておる場合には、保証人から一札、私の取引に相違ない、ということを徴求している場合もありますし、それから担当者がいろいろ聴取りをいたしましたときに、実際はこういう人間であるが、便宜上、こういう名前を使うんだ、というふうなメモを、調査書に記録されている場合がありますので、これらを調べることによって、架空名義取引、あるいは他人名義の取引を発見する手がかりとなることがあるわけです。」

これは、差押目録謄本(一)56の当座勘定約定書五綴について証言しているのではない。それらのなかに証言されているような仮空名義の記入があった、とういうのでもない。

一般にそのようなことがありうる、というのである。しかし上告人組合においては、当座勘定を約定することは、当座貸越の場合はもちろんであるが、そうでない場合においても、与信行為である、という理解のもとに、本人名義以外に仮空名義の当座勘定を開設することは絶対にない。具体的にふみこむと、北島証言はずい分見当ちがいのことになるのである。

北島証人は乙一四号証間  読報出席簿について、次のように証言している(昭和五一年七月九日、九七)。

「まあ、字句は読報そのものの意味が明確でございませんので、的確なご答弁はいたしかねるんでございますけれども、これは読書会へ出席した名簿ということでございますが、だと思いますが差押えられておるという状況からみますと、これはやはり、名簿の余白その他へ、架空名義や無記名の関係のものが記載してあったんではないかと思います。」

これなどは知ったかぶりに加えて、差押えられたという結果から、架空名義や無記名などの記入があったということを逆に推認するという無責任にして乱暴を証言を試みているのであって、この証言の性格の一端をしめしている。この名簿は、上告人組合内部において、常勤者たちが朝鮮語学習文献の読書会をおこなっており、その出席者を記入したものであって、取引とも組合業務ともなんの関係もない。現に北島証人のいうような記入は一切なかったのである。

北島証人は乙一二号証、三〇一の「都特別融資 〓〓〓 要項綴一綴」について、次のようにいう(昭和五一年五月一四日)。

「私、この内容について、つまびらかに述べることができないのを、はなはだ遺憾に思うんですけれども、私の考えでは、おそらく、当時、都が中小企業の人達に対して、特別有利な融資をすることを決めまして、その融資の対象になる手続、上限等を記載したのではないか、と思います。」。「……実際にこの申請手続きをしたのは、だれであるか、と。名義は他人になっておるが、実際に申請手続きをしたのはだれか、というようなことを調べることによって、もし他人名義の事業所が嫌疑者の中にありますならば、それを判断する材料たりうると、思います」。

「つまびらかに述べることができない」のであれば証言をことわればよいものを、無理して知ったかぶりをして見当ちがいの証言を重ねている。この物件の現物には「昭和三六年度」という表題の記入があって、このことからしても嫌疑事実と無縁であることが一見して明白であるが、この書類は主に東京信用保証協会、東京都経済局金融貿易課、全国信用協同組合連合会などからの通達類にあわせて、上告人組合の取扱方針などの文書が一括されているもので、北島証人のいうが如き文書ではない。加えて昭和三五年五月、六月の融資申込書の氏名の一覧表が綴じられているが、これをしても北島証人は関連性の蓋然性がある、というのであろうか。

北島証人は、乙一四号証からの「雑書類」について、次のようにいう(昭和五一年七月九日、一三五)。

「雑書類と申しますのは、やはり今までのいろんな書類が出てまいりますが、いずれも該当しないところの書類でありまして、多くは正規のものではないはずであります。……これらの中には架空名義預金などが書かれていることが非常に多いわけであります。正規の帳簿よりも、メモ、日記、雑書類のほうが、仮装、架空名義預金発見のためには役に立つということを前に申上げましたが、そういう意味で雑書類の中を些細に点検することによって架空名義、無記名の痕跡を見出すことが、この雑書類であります。」

ずい分と気ままな証言をしている。たとえばこれら「雑書類」のなかの一つ、乙一四号証は、「学習資料第一号、一九六六年六月一六日、教養部」、「学習資料第二号、一九六六年六月二二日、教養部」などと題する文書が綴じられており、前者には、上告人組合本店落成記念式における在日朝鮮人総連合会韓徳鉄議長のあいさつ要旨、後者には「兇豊を知らない協同組合」(朝鮮民主主義人民共和国の農村事情を叙述した文献)とそれを読むうえでの字句解説書である。これらは文書の性質上、取引や業務に関する記入のないものと解するのが常識である。北島証人は知ってか、知らずか、勝手な証言をしているが、知らずに証言しているとすれば、知らないほど恐ろしいものはない、といわねばならない。

北島証人は自ら、「私の証言は、すべて一般的な立場に立って、架空名義や無記名を探すのには、銀行のいかなる帳簿書類伝票が必要であるか、という立場で、私の体験、知識に基いて、五回にわたって証言申上げました……」(昭和五一年一一月一二日、一〇)と総括してくれたが、「一般的」な証言がいかに関連性の蓋然性を説くに不適切であったかを、自ら語ってくれたものと考える。

(四) 他に乙四号証ノ一ないし二二がある。これは「金融機関備付け諸帳簿、書類の見本」と題して、野見山雅雄査察官が作成したもので、あくまでも「見本」であるにすぎないが、それにしても、上告人組合で用いている帳簿、書類とはちがうものがあまりにも多い。被上告人は、差押物件のなかから、上告人組合の使用していた帳簿、書類を提出すべきであったろう。「見本」といえば、甲二八号証ノ一ないし四四は、いずれも当時上告人組合において常用していた帳簿、書類の用紙であって、この方がよほど適切だといわなければならない。

乙四号証の六、印鑑簿、同七、ギフトチェック、自己宛小切手申込書、同一〇、仕向送金記入帳、同一一、被仕向送金記入帳、同一三、仕向当座口振込記入帳、同一四、被仕向当座口振込記入帳、同一七、稟議書付表、同二〇、(貸付)戻し利息計算書、同二一、新規解約帳などは、本件当時、上告人組合にはまったく存在していなかった。加えて、乙四ノ五、乙四ノ一七、などの帳簿に仮名預金のメモ記入をおもわせる文字をかいているのは、いたずらにすぎるであろう。

第一〇 各差押物ごとの分析(各論)

僅か五〇日という短い上告理由書提出期間内に文書化して提出することは不可能のため、追って上告理由補充書として提出するが、上告人が原審における左記準備書面において主張したところを、こゝに上告理由として援用、主張するものである。

昭和五九年六月一三日付準備書面一四四頁以下

差押物①ないし⑤につき

昭和四九年九月一九日付準備書面

差押物⑥ないし⑳につき

昭和六〇年二月二〇日付準備書面(控訴理由四)

差押物ないしにつき

昭和六〇年七月三日付準備書面(同五)

差押物ないしにつき

昭和六〇年一二月一八日付準備書面(同六)

差押物ないしにつき

昭和六一年五月二八日付準備書面(同七)

差押物ないし及びその他につき

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例