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最高裁判所第二小法廷 平成3年(あ)443号 決定 1991年7月05日

本籍

群馬県高崎市江木町三九番地の三

住居

埼玉県大宮市南中丸五七番地の一

会社役員

林義昭

昭和二二年一〇月二九日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成三年三月二〇日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人石川博光ほか三名の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

○ 上告趣意書

被告人 林義昭

右の者に対する平成三年(あ)第四四三号法人税法違反被告事件について、上告の趣意は次のとおりである。

平成三年六月一九日

右被告人弁護人弁護士 丸物彰

同 原島康廣

同 石川博光

同 外山太士

最高裁判所第二小法廷 御中

原判決は、刑の量定が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 原判決の量刑は、従前の裁判例の基準からして、著しく重きに失すること

1 検討の方法

原判決は、量刑の事情のうち、被告人に不利なものとして、<1>逋脱額が多いこと、<2>動機に格別考慮すべきものが認められないこと、<3>犯行の手段・方法は甚だ大胆かつ巧妙悪質であること、<4>被告人は累犯前科など前科を有することを挙げている。また、被告人に有利なものとして、逋脱率が三六・一パーセントに過ぎないことを指摘しているが、<5>この種事案としては比較的逋脱率が低い、という評価となっている。

ところで、税逋脱事犯の量刑を考えるに当たっては、逋脱額と逋脱率が最大のファクターであり、これらによっておおよその相場が決定されることは実務上の常識となっており、争いがないと思われる(控訴趣意書において引用した「司法研修書編・税法違反事件の処理に関する実務上の諸問題」参照)。そして、本件において、逋脱額が三億一七三一万六八〇〇円であり、逋脱率が三六・一パーセントであるという事実は明らかであるから、(ア)逋脱額及び逋脱率の点では、本件は従前の裁判例の基準に照し実刑相当かどうか、(イ)それ以外の情状面において、本件は従前の裁判例と比較してどうか、という順序で検討するのが思考経済に資するものと考えられる。

2 逋脱額・逋脱率と従前の裁判例

控訴趣意書において述べたとおりであるが、昭和六三年末までに判決のあった税法違反判事事件において、逋脱額三億一六三一万六八〇〇円以下でかつ逋脱率三六・一パーセント以下であったのに、実刑が課せられた事案は一件しかない(控訴趣意書添付の判例資料(以下単に判例資料という)参照)。その事件は、同種逋脱犯前科の執行猶予期間中の犯行であり、法律上も執行猶予とすることが極めて困難な事例であった(判例資料判例一九)。したがって、原判決は、実質的には我が国の逋脱事件史上最低の逋脱率で実刑を課したことになる。

控訴趣意書で指摘するまでもなく、逋脱額二億円から五億円の事件での実刑基準が逋脱率約八〇パーセントとなっていること、本件の逋脱率はこれを大きく下回っていること(その意味で、本件の逋脱率がこの種事案として「比較的」低いとした原判決は、その表現の上からも間違いである)は、明らかである。とすると、本件を実刑とするには、逋脱額・逋脱率からする量刑相場を大きくマイナス方向に傾けるそれ以外の事情が加わらなければならなくなるはずである。

そこで次に、そのような事情の有無について検討することとする。

3 その他の情状面での従前の裁判例との比較検討

この点について原判決は、動機、犯行の手段・態様、前科を挙げているから、順に検討する。

(一) 動機

この点について原判決は、動機は「事業資金の獲得や交際費等に充てる金員を捻出するためのものである」と認定した上で、それを「格別考慮すべきものが認められない」と評価している。しかし、事業資金や交際費は、会社の営業・運営のための金員であって、同種事犯においてしばしば悪情状として指摘されるところの、私的奢侈のために費消した金員ではない。そして私的奢侈のために費消していない場合には、実刑となることが極めて少ないことも、判例資料を引用して控訴趣意書で指摘した通りである。したがって、原判決自身がなした動機認定を前提としても、それを格別考慮すべきでないと評価することは、従前の裁判例からするとかなりずれた判断であると言わざるを得ない。

まして、一件記録によれば、「事業資金の獲得」という場合の事業資金とは、会社の新規事業拡張・設備投資のための資金ではなく、不動産取引に託けて何かと金銭的支援を求める関係者らへの支払に充てるための資金であることが認められるところ、このように第三者を支援してやるための金員は、私的な欲求という側面からは正反対の性格を持つものであることにも注意されたい。

(二) 犯行の手段・態様

この点について原判決は、「大胆、かつ、巧妙悪質」である旨評価しているが、判例資料によれば、執行猶予となった一五例のうち、一〇例について、何らかの点で犯行が大胆、巧妙、悪質であるとの指摘がなされており、このような比較からすれば、特別被告人の場合のみに不利な事情とすることはできない。

また、本件の犯行態様は、すでによく知られており同種事犯においてしばしば見られるものであるから(「B勘屋」などという言葉が新聞等で報道されたのもその表れであろう)、その意味でもマイナス面で特段の重きを置くことのできるものではない。

(三) 前科

この点についての基礎事実は原判決の指摘のとおりであるが、そもそも、被告人の前科は、我が国刑事裁判史上最定の逋脱率で実刑を課するのに足りる理由になっているとは思われない。この点については、控訴趣意書に述べたとおりであるが、前科というものは、あくまでも被告人の人生の中に位置付けて考慮していかなければならないことを強調しておきたい。

そして、これまで行った3(一)(二)の検討からは、逋脱額・逋脱率からする量刑相場を大きく被告人にマイナスに傾ける事情を見出せなかった。もし原判決が前科のみに寄り掛かって被告人を実刑に処したなら、その点を真正面から説示すべきであったと思われる。

二 被告人を実刑に処することは、社会的に問題が大きいこと

逋脱犯処罰の保護法益として、国庫に及ぼす金銭の損失の防止ということが挙げられている。しかし、現在、不動産業界全体が金融政策のために極めて厳しい状況にある中で、被告人の経営する株式会社瑞穂も例外でなく、債権者から破産申告がなされ(浦和地方裁判所平成三年(フ)第六五号)、現在審尋手続中である。

そもそも、税法違反事件について実刑が課されるようになったのは、つい数年前のことであったが、このように裁判所が決断したことの基底には、税法違反事件の被告人にとって未払税額や罰金を支払うことは比較的容易であり、また被告人が施設内収容されても、経営する会社の倒産によりその後の年度の税金や罰金の納付が不可能になるという事態は考えられないという、当時の経済・社会情勢があったと推測するのは困難でない。

だとすれば、被告人の施設内容によって会社の倒産が必至となった状況においては、右のような考え方の前提条件が崩れていると言えるのであって、刑事政策的観点からも考え直す必要がある。また、罰金や加算税などを課しても、会社の倒産により焦げつくという状況が続くようでは、刑罰の適正な執行及びこれに対する国民の信頼保持という点からも問題がある。

この点は、最高裁判所の政策的判断である。充分な調査・研究の上、適正な判断をお願いする。

三 以上述べたように、原判決の刑の量定は、個別的正義・社会的正義の両面から問題がある。厳正な審査の上、原判決を破棄されるようお願いする。

以上

<省略>

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