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最高裁判所第二小法廷 平成3年(あ)1152号 決定 1993年12月06日

本籍

東京都渋谷区代々木四丁目一四番地

住居

同 大田区池上三丁目二一番九号

ドゥエルセレクト一八

四〇一号室

霊園業

二宮啓

昭和二三年八月二一日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、平成三年九月二五日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護士濱口臣邦の上告趣意のうち、憲法三七条一項違反をいう点は、本件の審理が著しく遅延したとは認められないから、所論は前提を欠き、その余は量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)

○ 上告趣意書

被告人 二宮啓

右の者に対する御庁平成三年(あ)第一一五二号相続税法違反被告事件について、上告の趣意は左記のとおりである。

平成四年二月五日

弁護人 濱口臣邦

最高裁判所第二小法廷 御中

第一 本件訴訟の審理には、憲法第三七条第一項の迅速な裁判の保障条項に違反する遅延がある。

一 本件の起訴は昭和六〇年一二月二四日から昭和六一年四月四日までの間に行なわれたものであるが、最後の起訴から数えても、すでに六年の年月を経過している。その長さもさることながら、本件の審理経過を見ると、控訴審においては昭和六三年七月一一日に控訴趣意書が提出されてから第一回公判期日(平成三年六月二六日)までの約三年間まったく審理が行なわれないまま放置されたのであり、しかもこの点について被告人側の責に帰せられるべき何らの事情も存しないのである。

二 憲法第三七条第一項は、「すべて刑事事件においては、被告人は公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」として迅速な裁判を受ける権利を基本的人権の一つとして保障している。

そして右の条項については、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上及び司法上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判を受ける被告人の権利が侵害されたと認められる異常な事態が生じた場合にはこれに対処すべき具体的規定がなくても、もはや被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手続がとられるべきことも認めている趣旨の規定であると解するのが、最高裁判所の判例である(昭和四五年(あ)第一七〇〇号同四七年一二月二〇日最高裁大法廷判決)。

三 そこで本件控訴の審理遅延、就中控訴審における約三年間という時日の空費が憲法の右の迅速な裁判の保障条項に違反するか否かについて以下に検討する。

(一) この点については、すでに最高裁判所の判例も述べているごとく、遅延の期間のみによって一律に判断されるべきではなく、遅延の原因と理由などを勘案してその遅延がやむを得ないものと認められるかどうか、これにより右の保障条項が守ろうとしている諸利益がどの程度実際に害されているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければならないものであるが、弁護人において見る限り、その遅延がやむを得ないものとして認められる事情は存しないものと思われる。

(二) 控訴審は、一般的に控訴趣意書の提出の後、記録の精査、第一審判決の瑕疵の有無についての検討、審理計画の樹立等をまってはじめて公判期日の指定が可能であり、これに要する期間は当然審理に必要な期間として考慮しなければならないが、本件の場合は、事実関係については全く争いのない事案であり、ただ情状関係についての評価如何の問題が存しただけの事件であることに照らすと、控訴趣意書提出後せいぜい何ケ月かで第一回公判期日の指定が無理なく可能であったと見る外なく、実際に空転した約三年という期間は通常の状態における審理に必要な期間として是認することは到底できないものと云わなければならない。

(三) 裁判所においては事件の輻湊という事情があるいはあったのかも知れない。しかし、本件の場合控訴審における審理は実際にもそうであったように情状についての簡単な書証の取り調べと被告人質問で終わる事案であり、判決言渡しの期日も含めてせいぜい二~三回の公判期日(時間にして全体でも数時間程度)で終了するものであり、もし裁判所において被告人の迅速な裁判を受ける権利に対する真摯な認識や審理の中断や空転によって被告の蒙ることあるべき不安定や不利益に対する配慮があれば、他の事件の審理の間に本件のため一~二回の公判期日を確保する等して対応することが十分に可能であったし、又そうすべきであったと考えられるのである。

(四) 審理の長期化は事案によってはまことにやむをえない場合もあるであろうが、本件の場合は控訴趣意書提出後約三年にもわたって公判期日の指定もなかったという事案であり、そのために実際上被告人の受けることとなった不利益は甚大である。

被告人は第一審において実刑判決の言い渡しを受けているのであり、その重みを背にしての三年間であったということ、又他方本件は被告人については執行猶予の判決をまったく望み得ないという事案ではなかっただけに被告人としてはかえって精神的に苦しい状況におかれたままの三年間であったということである。この点を社会生活面についてみても、被告人という不安定な立場からくる社会生活面での制約は大きく{いつ実刑判決が確定して収監されるかわからないのであるから本格的に事業や仕事に取り組むことは大きな危険がともなう(本件の場合も被告人の実刑判決が確定して収監ということになれば結局被告人が現在取り組んでいる高尾山の霊園事業が事実上一頓挫を来たすこととなる可能性は大きい)、だからといって三年もの間人生の休業ということが許されるわけもないのである}、社会的な信用面でも又大きなハンデキャップを背負って生きることを余儀なくされるのである。

被告人という不安定な位置に長くとどまることを余儀なくされることによって、当人の蒙る有形無形の不利益は想像以上に大きいのである。

(五) 結論として、本件の場合約三年間という長い時日の空費による審理の遅延は著しく不当なものとして、憲法の定める迅速な裁判の保障条項に違反するものといわなければならない。

四 右の結論が是認された場合に、訴訟上の具体的な措置として何を求めるべきか、弁護人としても正直なところ悩みのあるところであるが、第一次的には公訴の提起が後発的に無効になったものとして刑事訴訟法第三三八条第四号によって控訴棄却の判決を求めることとし、仮にこれが認められない場合には、第二次的に少なくとも右の点を量刑上の大きな斟酌事由として取り上げることを求める。

第二 原判決は刑の量定が甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 原判決は一審判決を破棄し、刑期を二か月短縮した。このことは情状関係についての一層の理解を得られたものとして弁護人としても評価するところであるが、刑の執行を猶予しなかった点においてその刑の量定はなお不当である。

本件の情状関係についてはすでに一審における弁論要旨(弁論再開後のものを含む)、控訴趣意書、控訴審における弁論要旨等において詳細に述べさせていただいたとおりですが、これらの情状事実に加えて前記第一に述べたところをも大きな斟酌事由として取り上げていただき総合的に御判断下されば、本件は執行猶予の判決をお願いすることも許される事案であると考えます。

二 被告人は、控訴審判決にも述べられているように現在高尾山薬王院が奉讃事業の一環として計画中の霊園事業に取り組み、その実現に鋭意努力しているが、もし実刑が確定して収監ということになると、物理的にこの事業から遮断されることとなるのみならず、その事業の性格に照らし、対外的信用を一挙に失いこの事業が実際問題として立ち行かなくなる可能性は大きいと云わなければならない。かくては被告人がこの事業にかけた大きな夢と苦労と営々と築き上げた地歩と信用は一挙に失われ、又この事業に投じた少なからぬ資金をも無に帰せしめることとなるのみならず、被告人と労苦を共にした多くの人達の現在及び将来の生活に大きな犠牲をもたらすこととなり、且つ寺自体や地元をも含む地域社会の発展にも資する極めて有意義なこの事業のもつ公益的ないし文化的目的も遂げられないままに終わる恐れが大である。本件のすべての情状事実に照らし、右のような種々の大きな犠牲を強いてまでどうしても被告人に実刑を科さなければならない必要があるのか否か今一度の見直しをお願いします。

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