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最高裁判所第二小法廷 平成25年(行ヒ)37号 判決 2014年12月05日

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄し、同部分につき被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉田和宏、同田口勝之、同伊藤慧の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について

1  本件は、被上告人が、滋賀県情報公開条例(平成12年滋賀県条例第113号。以下「本件条例」という。)に基づき、同条例所定の実施機関である滋賀県知事に対し、「同和対策地域総合センター要覧」(平成8年3月に作成されたもの。以下「本件要覧」という。)等の公開を請求したところ、滋賀県知事から、平成21年5月8日付けで、本件要覧等の一部が本件条例6条1号及び6号柱書き所定の非公開情報に当たるとして、当該部分を非公開としその余を公開する旨の公文書一部公開決定(以下「本件決定」という。)を受けたため、上告人を相手に、本件決定のうち上記の部分を非公開とした部分の取消し及び上記の部分を公開する決定の義務付けを求める事案である。

2  原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1)  本件条例6条は、「実施機関は、公開請求があったときは、公開請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報(以下「非公開情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、公開請求者に対し、当該公文書を公開しなければならない。」と定めた上、非公開情報として、同条1号本文において、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)または特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの」を掲げるとともに、同条6号柱書きにおいて、「県の機関または国、独立行政法人等、他の地方公共団体もしくは地方独立行政法人が行う事務または事業に関する情報であって、公にすることにより、…当該事務または事業の性質上、当該事務または事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」を掲げている。

(2)  上告人は、昭和46年に「同和対策長期計画」を、同57年に「同和対策総合推進計画」を、同62年に「同和対策新総合推進計画」を、平成5年に「同和対策新総合推進計画<改訂計画>」をそれぞれ策定し、これらの計画に基づき同和対策に関する諸施策を推進してきた。

(3)  上告人は、昭和51年5月、「同和対策地域総合センター運営要綱」を策定し、同要綱に基づく事業の実施を各市町に求め、同和対策地域総合センター(以下「地域センター」という。)における日々の活動の参考にすること等を目的として、昭和52年度から平成7年度までの間、3年ごとに「同和対策地域総合センター要覧」を作成していた。本件要覧は、上記要覧のうち平成8年3月に作成された最終のものである。なお、本件要覧は、管理番号を付した上で部外秘として関係部署に配付され、不要になった場合には廃棄すべき旨の指示が付されていた。

(4)  本件要覧は、大別して「同和対策地域総合センターの概要」部分(以下「概要部」という。)と「資料」部分(以下「資料部」という。)に分かれており、表紙、はしがき、概要部の目次(以下「本件目次」という。)及び資料部の目次の後に、概要部(全340頁)と資料部(全53頁)がつづられている。

本件要覧の概要部には、その冒頭に「同和対策地域総合センター一覧表」(以下「本件一覧表」という。)があり、これに続けて、各地域センターの概要の説明が、各地域センター別に記載されている。資料部には、同和対策地域総合センター運営要綱等の各種資料のほか、隣保館一覧表、教育集会所一覧表、児童館一覧表及び老人憩の家一覧表(以下、併せて「関連施設一覧表」という。)が掲載されている。

(5)  本件要覧のうち本件決定において非公開とされたのは、本件目次、本件一覧表、各地域センターの概要の説明及び関連施設一覧表の各一部であり、その概要は以下のとおりである。

ア  本件目次は、本件一覧表及び各地域センターの概要の説明に係る該当頁が記載されているものであり、本件決定においては、本件目次に記載されている各地域センターの名称が全て非公開とされた。

イ  本件一覧表は、平成7年4月1日現在の各地域センターに関する情報が、市町名、センター名、電話、郵便番号及び所在地の各欄に区分けして記載されている一覧表であり、本件決定においては、本件一覧表のセンター名欄、電話欄の一部、郵便番号欄の一部及び所在地欄の記載が非公開とされた。

ウ  本件要覧における各地域センターの概要の説明は、個別の地域センターごとに、「1.センターの概要」、「2.事業の概要(平成7年度)」、「3.地区の状況」、「4.地区内団体の活動状況」及び「5.センターおよび関連施設」の各項目別に、これらの項目に関する具体的な情報が記載されているものである。

「1.センターの概要」には、利用対象地域名、利用対象世帯数、利用対象人口、センターの沿革、重点事項、活動の特徴及び運営協議会等の状況の各欄があり、「2.事業の概要(平成7年度)」には、事業区分、事業名称、事業内容及び対象者の各欄があり、「3.地区の状況」には、地区の概要(その位置を含む。)、地区名、地区世帯数、地区人口、男女別人口、65歳以上老人人口、世帯類型(高齢者世帯、母子世帯、父子世帯、その他世帯、生活保護世帯、障害者のいる世帯等)、公共施設の状況、住宅の状況(持家住宅数、改良住宅数、公営住宅数、その他の住宅数)、地区内産業、就業の状況及び教育の状況の各欄があり、「4.地区内団体の活動状況」には、団体名及び活動内容の各欄があり、「5.センターおよび関連施設」には、名称、所在地、電話、開館時間、規模構造、休館日、事業開始年月日、職員の設置状況、館内図、全影写真及び最寄図の各欄があり、これらの欄に対応する具体的な情報がそれぞれ記載されている。

本件決定においては、①同和地区名(同和地区名を冠する施設名、団体名及び冊子名を含む。)、同和地区の位置に関する情報、同和地区内の地域名を冠する団体名、同和地区を利用対象地域とする施設名(同施設名を冠する団体名を含む。)、②地域センター及びその関連施設の名称(これらの名称を冠する委員会名及び役職名を含む。)、住所、郵便番号、電話番号、ファックス番号、全影写真及び最寄図、③地域センターの利用対象地域名(同地域名を冠する団体名を含む。)、同地域の位置に関する情報が非公開とされた。

エ 関連施設一覧表は、同和対策事業に関する隣保館、教育集会所、児童館及び老人憩の家に関する情報が、市町名、施設名、主管センター名(隣保館一覧表を除く。)、住所、電話(児童館一覧表及び老人憩の家一覧表を除く。)及び郵便番号の各欄に区分けして記載されている各一覧表である。

本件決定においては、関連施設一覧表の施設名欄、住所欄、電話欄の一部、郵便番号欄の一部及び主管センター名欄の記載が非公開とされた。

(6)  各市町は、地域センターの名称を付した独立した施設並びにその関連施設である隣保館、教育集会所、児童館及び老人憩の家について、地方自治法244条の2第1項に基づき、その設置及び管理に関する事項を定める条例(以下「設置管理条例」という。)を制定している。

これらの設置管理条例には、施設の名称及び住所や施設の運営等に係る規定が設けられており、その一部には、施設設置の目的が同和問題の解決や同和対策事業の遂行であることが定められている。

(7)  上告人は、前記(2)の各計画の策定後、平成9年に「今後の同和行政に関する基本方針」を、同10年7月に「人権教育のための国連10年滋賀県行動計画」をそれぞれ策定するとともに、同13年には県民と共に人権が尊重される社会作りを推進するための基本となる「滋賀県人権尊重の社会づくり条例」を制定し、同15年に同条例に基づき「滋賀県人権施策基本方針」を定め、同16年に同和問題に関する施策等について「人権意識高揚のための教育・啓発基本計画」を策定するなどしている。

そして、上告人は、上記の方針や計画等に基づく事業として、県民に対する人権啓発事業(県民の人権意識を高め、同和地区の所在等の調査などの差別行為を根絶することを目的とする啓発事業)、県内の企業に対する就職差別撤廃啓発事業(就職差別をなくして就職の機会均等の保障を図ることを目的とする指導や研修等の啓発事業)及び県内の宅地建物取引業者に対する人権啓発事業(宅地建物の取引の場における人権問題の解消を目的とするパンフレットの配布、研修や指導等の啓発事業)を行っている。

3  原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、本件決定において非公開とされた本件要覧の一部のうち、本件目次及び本件一覧表に係る非公開部分(以下「本件非公開部分」という。)については、本件条例6条6号所定の非公開情報にも同条1号所定の非公開情報にも該当しないものとした。

本件非公開部分に係る情報は、各地域センターの名称や所在地等を特定する情報であり、特定の地域が同和地区であることを特定し得る情報であるが、少なくともその多くは各市町の設置管理条例によりその名称及び所在地等が明らかにされている上、地域センターの名称や所在地等の情報は住民に周知されるべきものであるから、本件非公開部分が公開されても、上告人や各市町の同和対策事業ないし人権啓発事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとはいえない。

4  しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

本件非公開部分は、本件要覧の一部である本件目次及び本件一覧表のうち各地域センターの名称や住所等に係る情報が記載された部分であるところ、本件要覧は、本件目次及び本件一覧表において、上告人の区域内に設置されている各地域センターの名称や所在地等を網羅的かつ一覧的に掲記するとともに、各地域センターの概要の説明において、各地域センターが設置されている各地区の概要(その位置を含む。)、地区名、母子世帯・父子世帯数、生活保護世帯数、障害者のいる世帯数、就業の状況、教育の状況など、当該各地区の位置及び名称や居住者等の具体的な状況に係る情報を詳細に記載したものである。そして、本件要覧は、その表紙に上告人が作成主体として明記されるとともに「同和対策地域総合センター要覧」との名称が記載されており、同要覧のはしがきや添付資料等の記載内容にも照らし、「同和対策」に関する資料として上告人が作成したことが明らかなものである。このような本件要覧の内容、構成や性質等に照らすと、本件要覧は、その作成の当時、普通地方公共団体である上告人が、各地域センターが設置されている各地区と同和地区との間に一定の位置的な関連性があるとの認識の下に、各地域センターの名称や所在地等とともに上記各地区の位置及び名称や居住者等の具体的な状況の詳細を網羅的かつ一覧的に掲記した資料であり、かつ、そのことが容易に看取される資料であるということができる。

そうすると、本件非公開部分については、これが公開されると、本件目次や本件一覧表に網羅的かつ一覧的に掲記されている各地域センターの名称や所在地等が上告人において把握している同和地区の名称や所在地等として一般に認識されるおそれがある上、これらの情報が各地域センターの概要の説明に係る記載内容のうち既に開示されているものと照合されることにより、各地域センターが設置されている各地区の居住者等の具体的な状況の詳細に係る情報が同和地区の居住者等に関する情報として一般に認識されるおそれもあるといわなければならず、これらの情報があいまって、当該各地区の居住者や出身者等に対する差別意識を増幅して種々の社会的な場面や事柄における差別行為を助長するおそれがあり、ひいては、前記2(7)のとおり人権意識の向上や差別行為の根絶等を目的として種々の取組を行っている上告人の同和対策事業ないし人権啓発事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるものというべきである。

各地域センターの名称や所在地等は、原審において指摘されているように各地域センターの設置管理条例の規定にも掲記されているが、これらの条例の規定中の各地域センターの名称や所在地等に係る情報それ自体は、当該各地域センターが設置されている地区が同和地区であることを直ちに意味するものではなく、また、本件要覧のように各地域センターの名称や所在地等のみならずこれらが設置されている地区の位置及び名称や居住者等の具体的な状況の詳細にわたる情報を網羅的かつ一覧的に掲記したものではないから、各地域センターの名称や所在地等についてこれらの条例に規定が設けられていることやその周辺住民等に一定の範囲で知られていることをもって直ちに、本件非公開部分の公開により上告人の同和対策事業ないし人権啓発事業の遂行に支障を及ぼすおそれのあることが否定されるものとはいえない。

以上によれば、本件非公開部分に係る情報は、本件条例6条6号柱書きの定める非公開情報に当たるものというべきである。

5  以上と異なる見解の下に、本件決定のうち本件非公開部分を非公開とした部分の取消請求及び本件非公開部分を公開する決定の義務付け請求をいずれも認容すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。上告人の論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、本件決定のうち本件非公開部分を非公開とした部分の取消請求を棄却して本件非公開部分を公開する決定の義務付けの訴えを却下した第1審判決は正当であるから、原判決中上告人敗訴部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 鬼丸かおる 山本庸幸)

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