大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成2年(あ)16号 判決 1991年7月19日

本籍

佐賀県唐津市大石町二四五五番地

住居

福岡市南区寺塚二丁目二六番一号

会社役員

久保田康三

昭和一二年八月四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成元年一一月一三日福岡高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人大槻龍馬、同北島博志の上告趣意第一点は、憲法三一条、三〇条、八四条違反をいうが、昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号イの規定は、継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示した上で、その課税の対象となる所得の範囲を具体的に定めることを政令に委任したものであって、このような法律の定めが右憲法の各条項に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決・民集九巻三号三三六頁、昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁、昭和二七年(あ)第四五三三号同三三年七月九日大法廷判決・刑集一二巻一一号二四〇七頁)の趣旨に徴して明らかであるから、所論は理由がなく(最高裁昭和五五年(あ)第一四九一号同五九年三月一六日第三小法廷判決・裁判集刑事二三六号一七九頁参照)、同第二点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第三点は、違憲をいう点を含め、その実質は量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)

平成二年(あ)第一六号

○ 上告趣意書

所得税法違反

被告人 久保田康三

右の者に対する頭書被告事件につき、平成元年一一年一三日福岡高等裁判所が言い渡した判決に対し上告を申立てた理由は左記のとおりである。

平成二年二月二八日

弁護人 大槻龍馬

同 北島博志

最高裁判所第二小法廷 御中

目次

第一点 原判決は、憲法三一条・三〇条・八四条に違反する。

一、原判決の要旨

二、有価証券の譲渡所得に対する課税と本件取引の内容

三、憲法三一条と罪刑法定主義

四、憲法三〇条・八四条と租税法律主義

五、改正前の所得税法九条一項における委任の違憲

六、税制改革に伴う違憲の是正

七 最高裁判決(昭和五五年(あ)第一四九一号)について

八 むすび

第二点 原判決には未決済取引における確定債務に関し、判決に影響を及ぼすべき法令違反ないしは重大な事実誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する

一、原判決の要旨

二、所得税法三五条二項・三七条一項・改正前の所得税法施行令一一九条の解釈の誤りと事実誤認

三、審理不盡と事実誤認

四、金額の補正

第三点 原判決は、憲法三九条・一四条・三六条に違反する。

一、原判決の要旨

二、憲法三九条違反について

三、憲法一四条違反について

四、憲法三六条違反について

1.残虐な刑罰

2.憲法三九条・一四条に違反していること

3.有価証券取引の実情

4.「逋脱率一〇〇パーセントを超える悪質」の意味

5.苛酷な経済負担

6.現行税法を適用すると逋脱額は三分の一以下となる

7、被告人に対する刑罰と国費の使途

8、むすび

第一点 原判決は、憲法三一条・三〇条・八四条に違反する。

一、原判決の要旨

原判決は弁護人の

「第一審判決が適用した昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法九条一項一一号イは、一項本文において非課税を原則としているのに拘わらず、課税所得の範囲の確定を政令に委任しており、その所得の逋脱行為は所得税法二三八条によって処罰されることになるもので、右のように犯罪の成立要件ならびに課税要件を法律に明定せず、これを政令に委任したのは右委任に基づく昭和六三年政令第三六二号による改正前の所得税法施行令二六条とともに憲法三一条(罪刑法定主義)三〇条・八四条(租税法律主義)に違反する。」

旨の控訴趣意に対し、

「前記改正前の所得税法九条一項一一号イは、有価証券の譲渡による所得のうち非課税とされない所得として「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」と規定し、それを受けて、前記改正前の所得税法施行令二六条は、一項において「法第九条第一項十一号イ(非課税所得)に規定する政令で定める所得は、有価証券の売買を行なう者の最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする。」と規定し、二項において「前項の場合において、同項に規定する者のその年中における株式又は出資の売買が次の各号に掲げる要件に該当するときは、その他の同項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、その者の有価証券の売買による所得は、同項の規定に該当する所得とする。一 その売買の回数が五十回以上であること。二 その売買をした株数又は口数の合計が二十万回以上であること。」と規定しているのであって、右所得税法の規定は、継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示した上で、その課税の対象となる所得の範囲をさらに明確にすることを政令に委任したものであるから、このような法律の定めが所論のように憲法三一条に違反するとは考えられない。

また、前記改正前の所得税法施行令二六条は、その規定内容からして、前記改正前の所得税法九条一項一一号イにいう「継続して有価証券を売買することによる所得」の範囲を、有価証券の売買を行う者の株式等の売買の回数及び株式数等の形式的基準により明確にしているに過ぎないことが明らかであるから、これが所論のように法律による委任の範囲を逸脱しているとは認められない。」

として前記控訴趣意を排斥した。

しかしながら、原判決の違憲の主張に対する右の判断は、いずれも国民の憲法上の権利を軽視することに発した誤ったものである。以下その理由を述べる。

二、有価証券の譲渡所得に対する課税と本件取引の内容

有価証券の譲渡による所得については、所得税法九条一項の規定により同項一一号イないしニに掲げる所得以外は所得税に課さないとされているが、原判決が支持した第一審判決は、本件有価証券の譲渡による所得は、右のイに掲げる「継続して有価証券を売買することによる所得として政令に定めるもの」に該当する、との検察官の主張を肯認したものであり、さらに右にいう政令の定めとは所得税法施行令二六条二項においてその年における売買の回数が五十回以上で、かつ売買をした株数又は口数の合計が二十万以上であることを課税の要件とするものであって、右課税の要件が充たされた行為についてのみ所得税法二三八条が適用されるというのである。

被告人の昭和五九年一月一日から同六一年一二月三一日までの間における有価証券の取引の内容及び同取引による売買損益は次のとおりである。

1.昭和五九年分 一六、九四四、〇〇〇株 (二六六回)

売買益 八二六、八七三、四七二円

2.昭和六〇年分 八、六八四、八一一株 (二〇一回)

売買損 △八三、五四八、三一二円

3.昭和六一年分 一六、八三二、六二一株 (三〇七回)

売買益 五〇二、四一一、一一六円

従って本件における有価証券の取引内容が前記要件を充足することについては争いがない。

三、憲法三一条と罪刑法定主義

ところで、明治憲法は「日本臣民ハ法律二依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ」と規定していた(二三条)。いわゆる罪刑法定主義の規定である。

日本国憲法三一条は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又その他の刑罰を科せられない」と規定し、明治憲法二三条と同じように刑罰を定めるには法律によるべきだという意味の罪刑法定主義を定めたものかどうかは、やや明確を欠くが、その英米法的起源からみて、積極に解されるし(宮沢俊義・法律学全集・憲法Ⅱ・三九九頁)、さらに、当然の前提として内容たる犯罪及び刑罰について法律によるべきことを要請するものと解しなければならず、ここに「法律」とは国会で法律の形式で制定された狭義の法律を意味するのであり、犯罪を法律で規定しなければならないということは、犯罪の成立要件を法律で明確に規定しなければならないことを意味し、ことに犯罪の特別構成要件は、できるだけ明確に規定されること要するとされている(團藤重光・注釈刑法(1)六頁以下)。

四、憲法三〇条・八四条と租税法律主義

つぎに日本国憲法三〇条は「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う」と定め、日本国憲法八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と定め、いわゆる租税法律主義を明示している。

即ちあらたに租税を起し、又は既定の租税の税率を変更するには形式上の意義における法律によらなければならないとするものであって、この原則の源は遠くマグナカルタに遡り刑法における罪刑法定主義の原則と共に双生児出誕を見たとされるものである。

この原則は「国家は法律の定める限度を超えて租税を賦課徴収することができない」ということと、「国民は法律に定める限度を超えて国家の恣意的な課税をうけることがない」という二つのことを意味しており、租税の賦課徴収をもって法律事項とすることにより行政の賦課徴収の恣意的発動を封じ、国民の財産権への恣意的侵害を阻止しようとすることが強調されているのである。

そしてこの場合の「法律」も国会で法律の形式で制定された狭義の法律を意味するものである。

憲法八四条にいう「法律に定める条件による」の意味は必ずしも明確ではないが、租税に関し、課税物件・課税標準・税率・納税義務者等の全部にわたって、つねに法律で定めなければならないというのではなく、ことの性質上、例外的には多かれ少なかれ他の法形式への委任が許されるから、そういう形式へある範囲で委任された場合を予測して、特に「法律に定める条件による」としたかもしれない。

しかし、ここに「法律に定める条件による」とあることを根拠として、無制限な委任ができると解すべきでない。「国会中心主義をとる憲法の精神に照らしていえば、国会の立法権を侵すような広範な一般的委任は許されないと解すべきである。委任命令で規定しうべき事項は、法律の補充的規定、法律の具体的特例規定及び法律の解釈的規定に止まるべきもので、法律そのものを形式的に変更し廃止する規定のごときを設けることはできない。」とされている(田中二郎著新版行政法上巻全訂第二版一六一頁)。

五、改正前の所得税法九条一項における委任の違憲

而して、昭和六三年法律第百九号「所得税法等の一部を改正する法律」施行以前の所得税法九条一項は、「次に掲げる所得については、所得税を課さない。」と非課税の原則を示したうえ、第一号ないし第二二号までいわゆる非課税所得を制限列挙しており、第一一号において「有価証券の譲渡による所得のうち、次に掲げる所得以外のもの」としてイないしニを列挙しているが、そのうちイは「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」と規定している。

右の規定の文言によっても改正前の所得税法は有価証券の譲渡益については非課税を原則としていたものと理解され、さらに右改正について、大蔵省が「株式等の譲渡益については、非課税を原則とする制度を改め、原則課税とすることとした。」と説明を加えていることによっても明らかである(昭和六三年一二月三〇日付官報、号外特二〇号、五頁下段)。

有価証券の譲渡による所得は、原則として非課税であるから、これについては原則として所得税の逋脱はあり得ない。即ち可罰の対象となるものではない。そして例外的に課税の対象となったときはじめて所得税の逋脱があり得ることになり可罰の対象となるわけである。

一般に罰則を伴う立法においては、法律は、可罰対象となる犯罪構成要件を規定し、その例外(いわゆる除外事由)を政令の定めるところに委ねるのが通例であり、また所得課税に関する税法関係の立法においても課税標準(所得)を構成する益金となるべきものの上限と、損金となるべきものの下限を法律をもって定め、その枠内における運用を政令に委ねるのが通例であって、このことは立法機関が国民の権利尊重の枠を決め、行政機関においてその枠内における適切な緩和運用によって一方では国民の権利を尊重し、他方では行政の妙味を発揮するところに委任の本質が存在する。

従って前記のように原則として非課税・不可罰の対象であるものについて「継続して有価証券を売買する所得として政令で定める」ものという委任の方式は抽象的・一般的であってその内容は著しく明確性を欠き、国民の権利にとって極めて重要な可罰と不可罰、課税と非課税の境界の線引きを政令に委ねるものであり、その実質は課税と科罰に関する裁量を行政機関の恣意に委ねるものであって、このような委任の方式は立法機関の怠慢により国民の権利尊重をないがしろにするもので明らかに罪刑法定主義並びに租税法律主義に反し、憲法三一条・三〇条・八四条に違反するものといわなければならない

(別添資料一、北野弘久教授の鑑定意見書第一項参照)。

六、税制改革に伴う違憲の是正

前述のとおり、昭和六三年法律第一〇九号所得税法等の一部を改正する法律により、旧所得税法第九条一項中第十一号が削られて、株式等の譲渡益については、非課税を原則とする制度を改め、原則課税とすることになった。

そして、政令第三六二号所得税法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令により、旧所得税法施行令第二六条も同時に削られ廃止された。

右の改正に伴って前記法律第一〇九号において、租税特別措置法第三十七条の十を改めて「株式等に係る譲渡所得等の課税の特例」を規定し、さらに第三七条の十一「上場株式等に係る譲渡所得の源泉分離選択課税」の規定を新設し、法律をもって株式等の譲渡所得に関する課税条件を具体的に明確化したので、従前のような政令に対する曖昧な委任は姿を消した。

これによって有価証券の譲渡所得に関する所得税法上の二つの違憲問題が同時に解決されたものといえよう。

七、最高裁判決(昭和五五年(あ)第一四九一号)について、

昭和五九年三月一六日最高裁大法廷判決(昭和五五年(あ)第一四九一号最高裁判所裁判集刑事第二三六号一七九頁)は、所得税法九条一項一一号イ、所得税法施行令二六条一、二項の規定は、「継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示したうえで、その課税の対象となる所得の範囲をさらに明確にすることを政令に委任したものであって、このような定めが憲法上許されることは、当裁判所大法廷の判例(昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日判決・民集九巻三号三三六頁、昭和二七年(あ)第四五三三号同三三年七月九日判決・刑集一二巻一一号二四〇七頁)の趣旨に徴し明らかであると判示している。

而して、昭和二八年(オ)第六一六号事件は、地方税第三四三条および第三五九条は憲法第一一条・第一二条・第一四条・第二九条・第三〇条・第六五条に違反しないとするものであり、昭和二七年(あ)第四五三三号事件は、(一)酒税法第五四条により帳簿記載事項の詳細を定める権限を行政機関に賦与しても、憲法第七三条第六号に反しない、(二)酒税法施行規則第一六一条第九号の規定は、酒税法第五四条の委任の趣旨に反しないとするものである。

1.地方税第三四三條

固定資産税は、固定資産の所有者(質権又は百年より永い存続期間の定のある地上権の目的である土地については、その質権者又は地上権者とする。以下固定資産税について同様とする)に課する。

前項の所有者とは、土地又は家屋については、土地台帳若しくは土地補充課税台帳又は家屋補充課税台帳に所有者として登録されている者をいう。この場合において、所有者として登録されている個人が賦課期日前に死亡しているとき、若しくは所有者として登録されている法人が同日前に消滅しているとき、又は所有者として登録されている第三百四十八條第一項の者が同日前に所有者でなくなっているときは、同日において当該土地又は家屋を現に所有している者をいうものとする。

第一項の所有者とは、償却資産については、償却資産課税台帳に所有者として登録されている者をいう。

市町村は、固定資産の所有者の所在が震災、風水害、火災その他の事由によって不明である場合においては、その使用者を所有者とみなして、これを固定資産課税台帳に登録し、その者に固定資産税を課することができる。

農地法第九条の規定によって国が買収した農地(農地法施行令(昭和二十七年法律第二百三十号)第五条第一項の規定によって農地法第九条の規定により国が買収したものとみなされる農地を含む。)又は旧相続税法(昭和二十二年法律第八十七号)第五十二条、相続税法(昭和二十五年法律第七十三号)第四十一条、所得税法の一部を改正する法律(昭和二十六年法律第六十三号)による改正前の所得税法第五十七条の四、戦時補償特別措置法(昭和二十一年法律第三十八号)第二十三条若しくは財産税法(昭和二十一年法律第五十二号)第五十六条の規定によって国が収納した農地については、買収し、又は収納した日から国が当該農地を他人に売り渡し、その所有権が売渡の相手方に移転する日までの間はその使用者をもって、その日後当該売渡の相手方が土地台帳に所有者として登録されるまでの間はその売渡の相手方をもって、それぞれ第一項の所有者とみなす。

土地区画整理法による土地区画整理事業又は土地改良法による土地改良事業の施行に係る土地については、法令又は規約等の定めるところによって仮換地、一時利用地その他の仮に使用し、又は収益することができる土地(以下本項及び第三百八十一条第八項において「仮換地等」と称する。)の指定があった場合において、当該仮換地等について使用し、又は収益することができることとなった日から換地処分の公告がある日又は換地計画の認可の公告がある日までの間は、当該仮換地等に対応する従前の土地について土地台帳又は土地補充課税台帳に所有者として登録されている者をもって当該仮換地等に係る第一項の所有者とみなし、換地処分の公告があった日又は換地計画の認可の公告があつた日から換地を取得した者が土地台帳に該当換地に係る所有者として登録される日までの間は、当該換地を取得した者をもって当該換地に係る第一項の所有者とみなすことができる。

2.地方税第三五九條

固定資産税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の一月一日とする。

3.酒税法第五四条

酒税・酒母・醪若は麹の製造業者又は酒類若は麹の販売業者は命令の定むる所により製造又は販売に関する事実を帳簿に記載すべし

4.酒税法施行規則第一六一条第九号

「酒類、酒母、醪 又は麹の製造者は左の事項を帳簿に記載すべし、九、前各号の外製造、又は販売に関し税務署長の指定する事項

ところで、地方税法第三四三条は固定資産税の納税義務者たる所有者について、第一項ないし第六項に亘って詳細な規定を設け、第六項において法令又は規約等の定めるところによって「仮換地等」の指定があった場合における所有者について規定するものであり、同法第三五九条は固定資産税の賦課期日に具体的に定めたものであって、課税の対象となる所得の範囲をさらに明確にすることを政令に委任したものではない。

また、酒税法第五四条は帳簿記載事項の詳細を定める権限を行政機関に賦与し、酒税法施行規則第一六一条第九号は右委任を受けた枠内において規定を設けた勅令(政令)に過ぎず、これ亦課税の対象となる所得の範囲をさらに明確にすることを政令に委任したものではない。

従って右の二つの判例は法律が政令に委任するという立法形式の点においてはとも角として、委任の内容、趣旨を全く異にするものである。

そればかりではなく、所得税法九条一項一一号イが、前記判示のように「継続して有価証券を売買することによる所得が課税の対象となることを法律自体において明示した」とするのは、一項本文が「次に掲げる所得については所得税を課さない。」と定め、十一号本文が「有価証券の譲渡による所得のうち次に掲げる所得以外のもの」と定めていることを無視して前記イの継続した・・・以下の文章の表現だけをとらえたものであって、その表現の実体を把握しない形式論に過ぎない。文章の表現からすれば有価証券の売買をすることによる所得は、観念上継続した売買による所得の範疇に属するものと、継続しない売買による所得の範疇に属するものとに分けることができる。ところで非課税を原則とする条件下で売買行為を継続と認めるか非継続と認めるかは実際に極めて流動的であって、右のような形式的表現をもって「法律自体において明示した」ものとは到底言い得ない。

右のような委任の実体は本来非課税であり、不可罰となるべきことが原則とされている有価証券の売買による所得について、その中から課税であり可罰となるべきものの線引き行為を行政機関に委ねるものであることは前述のとおりであって、法律自体において明示したうえで、その課税の対象となる所得の範囲をさらに明確にすることを政令に委任したという論理は、法律自体において明示したという誤った事実を前提しするものである。

八、むすび

右のような極めて流動的な委任によって課税の対象となる所得の範囲を明確にしようとすればするほど行政機関の恣意が一層強く作用することになるわけである。

改正前の所得税法施行令二六条の五〇回以上、二〇万株以上の規制が、実質上可罰と不可罰、課税と非課税の線引きとなっているのに、原判決は、『「継続して有価証券を売買することによる所得」の範囲を、有価証券の売買を行う者の株式等の売買の回数及び株式数等の形式的基準により明確にしているに過ぎない』としてあえて右規制が独自の裁量によっていることを否定しているが、その判断は明らかに憲法三一条・三〇条・八四条に違反するものである。

従って前記昭和五五年(あ)第一四九一号の判断も当然改められなければならない。

第二点 原判決には、未決済取引における確定債務に関し、判決に影響を及ぼすべき法令違反ないしは重大な事実誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決の要旨

原判決は弁護人の

「被告人の昭和五九年分及び昭和六一年分の有価証券の取引の中には、信用取引による株式の売付けと買い付けの未決済のものが含まれており、この未決済取引にかかる委託手数料等の債務については、右年末において確定しているのであるから、右各年分の必要経費とすべきであるにもかかわらず、第一審判決が右必要経費による所得の減額を認めなかったのは、所得税法三七条一項の解釈を誤り、ひいては事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。」

との控訴趣意に対し、

「所論のいう未決済取引は、株式の売付けについては買戻し叉は現物による決済が、株式の買付けについては売却による決済が行われることによって、初めてその所得が実現するのであるから、その取引の決済の日の属する年分の収入となると解すべきである。そして所得税法三七条一項は、その年分の有価証券の譲渡による雑所得の金額の計算上必要経費に算入することのできる金額は、その所得の総収入に係る売上原価その他当該雑収入金額を得るために直接要した費用の額等であるとして、費用収益対応の原則を定めているのであるから、所論の未決済取引についての必要経費は、その取引が決済された日の属する年分の必要経費として計上されるべきものであり、このことは昭和五二年政令三一九号による改正前の所得税法施行令一一九条が「居住者が証券取引法第四九条第一項(信用取引における保証金の預託)の規定による信用取引又は発行日取引による株式の売付けと買付けとにより当該取引の決済を行った場合には、当該売付けに係る株式の取得に要した経費としてその者のその年分の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額は、第百五条から前条までの規定にかかわらず、これらの取引において当該買付けに係る株式を取得するために要した金額とする。」と規定して、決済された取引のみで費用収益を対応させているところからも明らかである。」

として前記控訴趣意を排斥した。

二、所得税法三五条二項・三七条一項・改正前の所得税法施行令一一九条の解釈の誤りと事実誤認・・・

原判決の右のような判断は、継続的に行われる株式の信用取引の実態に関する理解を欠き、所得税法三五条二項・三七条一項、改正前の所得税法施行令一一九条の解釈と誤り、ひいては重大な事実の誤認を犯したものである。

以下その理由を詳述する。

まず所得税法三五条二項は、「雑所得の金額は、その年中の雑所得に係る総収入金額から、必要経費を控除した金額とする。」と定め、所得の確定につき一月一日から一二月三一日までの期間計算の原則を規定している。

次いで同法三七条一項は「雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該収入金額を得るために直接要した費用の額及びその販売費一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において確定しないものを除く。)の額とする。」と規定している。

原判決は、右所得税法三七条一項のうち、「その販売費一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額」「償却費以外の費用でその年において確定しないものを除く」という点を「等」と簡略して判断の対象から除外しているのである。

本件有価証券の譲渡による所得を、継続して有価証券を売買することによる所得と認める根拠となっている廃止前の所得税法施行令二六条一項では、「有価証券の売買を行なう者の最近における有価証券の売買の回数・数量又は金額、その他売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする。」と規定しているので、信用取引のための証拠金を金融機関より融資を受けた場合の支払利息、施設を借用している場合の賃料、従業員やパートタイムによる使用人に対する人件費、市況の研究や情報収集のための図書費・謝礼金・交通費・売買取引の発注のための電話料等その年において確定している種々の経費があり、これらが雑所得における必要経費として取扱われることは当然のことである。

控訴趣意で主張した委託手数料・管理料・名義書替料・有価証券取引税・支払利息は、当該取引の発注のための電話料・交通費などと同じく雑所得を生ずべき業務について生じた費用のうちその年において確定しているものを摘出したものであるから、前記所得税法三七条一項にいわゆるその年の必要経費に該当することは明らかである。

原判決が引用する改正前の所得税法施行令一一九条の規定は、その年において確定していない費用に関するものであって、確定している費用に関して所得税法三七条一項の前記規定を排除するものではなく、原判決がいうように、売付けと買付けのすべての取引について、決済された取引のみで費用収益を対応させているものではない。

結局原判決は、継続的に行なわれる信用取引の実態に関する理解を欠き、所得税法三五条二項・三七条一項改正前の所得税法施行令一一九条の解釈を誤り、ひいては重大な事実誤認に陥ったものである。

三、審理不盡と事実誤認

さらに原判決は、次に述べるように審理不盡により、事実誤認の誤りを重ねた。

弁護人は本件控訴趣意において本件における確定債務と確定債権の差額は

イ.昭和五八年一二月三一日 一六、二三〇、四七五円

ロ.同 五九年一二月三一日 四三、八七八、二三〇円

ハ.同 六〇年一二月三一日 二、九九九、八七九円

ニ.同 六一年一二月三一日 五、二六二、〇〇六円

であるから、第一審判決は本来ロの金額が判示第一の年度(昭和五九年一月一日から同年一二月三一日まで)の必要経費であるのに、イの金額が同年度の必要経費であるとなし、本来ニの金額が判示第二の年度(昭和六一年一月一日から同年一二月三一日まで)の必要経費であるのにハの金額が同年度の必要経費であると認定しているので、原判示第一の総所得金額はロとイとの差額二七、六四七、七五五円を、第二の事実の総所得金額はニとハとの差額二、二六二、一二七円をそれぞれ減額して認定されるべきであると主張した。

そして原審において右主張を立証するために、税理士村瀬正則作成の「各年末における信用取引決済残高明細書合計表」(弁第一号)及び検察官の手許にある各証券会社担当者の証明書、合計三一通(弁第二号ないし第一六号)の取調を請求したところ、いずれも検察官から不同意の意見が述べられたので、弁第一号と同旨の立証趣旨で証人村瀬正則の取調べを求めたが、原審はこれを却下したもので、原判決はこの点について審理を盡くさず、必要経費の実態を明らかにしないまま、所得税法三五条二項の雑所得に関する期間計算の原則を無視し、同法三七条一項の「その販売費・・・以下」の部分をも無視して急ぎ判断の結論を打出したもので、これによってさらに重大な事実誤認に陥ったものである。

四、金額の補正

弁護人は原審において、検察官に対し予め弁第一号ないし第二〇号を記載した証拠等関係カード及び弁第一号の写を交付しておいたところ、検察官より弁第一号中の括弧書部分が、その年の費用に該当するのか、翌年の費用に該当するのか不明であるとの指摘を受けたので、作成者村瀬正則税理士の証言によって修正しようとした次第である。

弁護人はその後関係証券会社に照会し、その回答によって村瀬税理士が推測によって記載した部分を明確にすることができた。

その結果による各年末における確定債務は次のとおりで控訴趣意書記載額よりも括弧内記載のように若干減額となる。

イ.昭和五八年一二月三一日 一六、二一五、二七五円(△ 一五二〇〇円)

ロ.同 五九年一二月三一日 四三、八六八、七三〇円(△ 九五〇〇円)

ハ.同 六〇年一二月三一日 二、九九三、五七九円(△ 六三〇〇円)

ニ.同 六一年一二月三一日 五、二五七、九五六円(△ 四〇五〇円)

従って第一審判示第一の事実の総所得金額はロとイとの差額二七、六五三、四五五円を、第二の事実の総所得金額はニとハとの差額二、二六四、三七七円を減額して認定されるべきことになる。

(次の別添資料参照)

二、税理士村瀬正則作成 各年末における信用取引未決済残高証明表

三、小川証券(株)北野勝也作成回答書

四、太平洋証券(株)営業事務部山中作成回答書

五、ワールド証券(株)大阪支店(旧東一証券)安井作成回答書

六、コスモ証券(株)福岡支店長松尾学作成回答書

原審が、これらの立証を許さなかったのは明らかに審理不盡により重大な事実誤認を重ねたものでこれを破棄しなければ著しく正義に反する。

第三点 原判決は、憲法三九条・一四条・三六条に違反する。

一、原判決の要旨

原判決は、被告人を懲役一年一〇月(実刑)及び罰金一億六、〇〇〇万円に処した量刑は不当に重いとの弁護人の控訴趣意に対し、

「記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討するに、本件は被告人が株式取引による雑所得あるいは歯科の自由診療収入による事業所得等に関する所得税を昭和五九年分と昭和六一年分の二年度にわたって逋脱した事実であるところ、右二年分の秘匿所得は合計約一三億二九〇〇万円、逋脱税額は合計約九億一七〇〇万円と巨額であり、その動機にも情状酌量の余地がないことのほか、本件脱税の手段、態様の悪質性や反社会性などについては、原判決が量刑の理由で説示するとおりであることに鑑みるときは、被告人の形責には軽からざるものがあるといわなければならない。そうすると、本件の株式取引については、証券会社の側でも仮名あるいは借名口座による取引を受け入れるなどして被告人の脱税を助長していること、被告人は、本件を深く反省、悔悟し、その逋脱した所得税の本税、付帯税等合計約一四億六〇〇〇万円を完納していること、被告人の長男が神経性食欲不振症等の病気に罹患しており、その治療のためには被告人を初めとする家族の理解と協力を必要としていることなど、所論指摘の諸事情を被告人のために参酌してみてもなお、本件は、懲役刑について刑の執行猶予を付するのが相当な事案ということはできず、被告人を懲役一年一〇月及び罰金一億六〇〇〇万円に処した原判決の刑の量定は、刑期及び金額のいずれの点においても、やむをえないところであって、これらを不当とする事由を発見することができない。」

として右主張を排斥した。

しかしながら原判決が支持した第一審判決の量刑は、以下述べるように憲法三九条・一四条・三六条に違反し、著しく重い違法なものである。

二、憲法三九条違反について

被告人は本件査察調査による事実確定に従って重加算税合計二億七、四〇一万一、〇〇〇円を賦課されこれを完納した。そしてさらに右事実について本件において懲役一年一〇月及び罰金一億六、〇〇〇万円の判決を言い渡された。

日本国憲法三九条は、「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。」と規定している。

すなわち刑法の不遡及・一時不再理の規定である。

ところで、重加算税の課税要件(国税通則法六八条)所得税逋脱犯の犯罪構成要件(所得税法二三八条)とは理論的に重なり合うものであるから、同一の行為について刑罰を科するとともに併せて懲罰に相当する重加算法を課すことは右憲法三九条に違反するとの見解は、必ずしも排斥されるべきものではない。

この点については、既に最高裁判決(昭和三二年四月三〇日、民集一二巻六号九三八頁)は、重加算税は刑事上の責任を問うものではないから二重処罰にあたらないとしている。

しかしながら重加算税制度が設けられた起源である昭和二四年シャウプ勧告は、刑事制裁と民事制裁とを別個のものと考えず、その悪性度に従っていずれかの制裁が科せられるべきものとしているので、憲法三九条はその趣旨にそって運用されるべきであり、その点において原判決は憲法三九条に違反するものといわなければならない。

(別添資料一、北野弘久教授の鑑定所見書第二項参照)

三、憲法一四条違反について、

日本国憲法一四条一項は、「すべて国民は、法の下に平等であって人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定している。

右の規定中の差別の内容については、あらゆる法律上の差別は、国民の政治生活に関するものか、経済生活に関するものでないかぎり、すべてその社会生活に関するものであるから、法律上の差別は、つねに「政治的、経済的又は社会的関係」における差別であると見るべきであり、「差別されない」とは、差別を内容とする行為(法律ないし処分)を無効とする意である。(宮沢俊義・憲法Ⅱ二六五頁)

さらに差別によって不利益を享受する者が一部の少数者であって、利益を享受するものが多数者である場合でも、またその逆の場合であっても要するに差別は許されないものと解すべきである。

ところで、税法違反事件の処理・処罰については、政治家や大企業所属の身分を有する者は他に比べて著しく寛大な取扱いがなされていることについては幾多の新聞が報ずるところである。

例えば、衆議院法務委員長であった相沢英之議員の株売却益二億円の申告漏れについては、申告漏れの大半は、同代議士が株の売買を親族や友人名義で行った形にして所得税法で定める株式売却益の非課税枠で納めていたというものであり、国税当局の調べで有力銘柄や一部、仕手筋といわれる株式の大量売買がわかったと新聞は報じている。(昭和六三・二・五付読売・・・別添資料七)同代議士は元大蔵省事務次官として在官当時は査察事件処理にも関与した人であるが、右事件の脱税の手段、態様の悪質性や反社会性については本件と何ら異なるところがないのに、過少申告加算税が課せられただけで、起訴は勿論告発も行われていない。本件の処分と比べると、同じ日本国民でありながら月とすっぽんの差異が存する。

また、中曾根康弘代議士の自民党総裁選出馬資金作りの協力を依頼されたという殖産住宅会長東郷民安被告に対する所得税法違反被告事件は、現在よりも遙かに貨幣価値が高かった昭和四七年に、一四五回、約二、二〇〇万株を売買して三九億円余の巨額の所得がありながら、約七、二〇〇万円を申告し、二九億円余を逋脱した事案であって、これに対し懲役二年六月、執行猶予三年、罰金四億円(求刑懲役三年、罰金八億円)の判決が確定しているのである。(昭和五九・三・一六付読売・・・別添資料八)

さらに大企業関係では、「伊藤忠、22億円申告漏れ、54年から3年間8億円を追徴・・・重加算税適用」(昭和五八・二・一二付日経・・・別添資料九)、「75億円の申告漏れ、清水建設2年分、32億円追徴、申告漏れのうち一億円は重加算税対象」(昭和五八・八・二三付日経・・・別添資料一〇)、「佐川急便グループ、六〇億円申告漏れ、一部重加算税追徴」(昭和六一・六・一九付読売・・・別添資料一一)、「三菱信託65億円申告漏れ、重加算税を含めて追徴32億円、外為取引で架空差損」(昭和六二・二・二七付朝日・・・別添資料一二)、「キャノン所得隠し、パナマの現地法人利用・重加算税を含めて11億円追徴」(昭和六三・六・二一付読売・・・別添資料一三)、「大和証券に追徴一〇〇億、ダミー会社を利用して大口顧客の有価証券売買損を補てん、更正処分の対象となる所得額は百十億円程度、重加算税などを含めた追徴税額は約百億円」(平成元、一二・二四付日経・・・別添資料一四)など超大型の申告漏れの事件がいずれも告発されないで税の追徴だけで終わっている。

「外為取引で架空差損」「パナマの現地法人利用」「ダミー会社を利用」などの手口は、それぞれの創意による極めて悪質な脱税手段であり、通常これらが重加算税賦課の対象であるとともに告発対象となるものであること、さらにいわゆる概括的犯意説に従って申告漏れのすべてが告発対象となるものであることは明らかであるのに告発されていない。

また、リクルートの江副浩正会長や稲村幸代代議士の多額の有価証券売買益についても、追徴課税だけで処理されるのではないかと推測される。(平成二・二・二一付日経・・・別添資料一五)

政治家ないし政治家との関連者でもない、又大企業に属しない、いわゆる一般庶民に対する処罰は、いわば切捨御免であって、その社会的地位から明らかに差別を受けているのである。被告人は、政治関係者のように、有力銘柄や仕手戦に関する特殊情報を入手して本件の株売買を行った者でもない。被告人が本件の量刑に対してどうしても納得できないところである。

このことは単なる処罰を受けた庶民だけのひがみではなくて巷間において広く叫ばれているところであって、国民の総意に従ってこの弱い者いじめは是正されなければならない。

このような不公平は、公平な司法機関によって是正され庶民に対して公平感と国政に対する信頼感が与えられる必要を痛感する。

被告人の量刑は憲法一四条に違反すると主張する所以である。

四、憲法三六条違反について、

1.残虐な刑罰

日本国憲法三六条は、「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」と規定している。

右にいわゆる「残虐な刑罰」については、犯行といちじるしく均衡を失した重さの刑罰を法律で定めることや、またそれを裁判で科することも残虐な刑罰として禁止されることがあり得るとされている。

(前記宮沢俊義・憲法Ⅱ四〇一頁)

従って犯行といちじるしく均衡を失した重さの刑罰を定めたものではない法律による科刑であっても、その量刑の内容が犯行といちじるしく均衡を失した重さの刑罰であるときは、やはり残虐な刑罰に該当することになる。

右のような観点から、被告人に対する懲役一年一〇月の実刑及び罰金一億六、〇〇〇万円に処した原判決の刑は残虐な刑罰に該当し、憲法三六条に違反する。以下その理由を述べる。

2.憲法三九条・一四条に違反していること

これらの点については前に記述したとおりである。

3.有価証券取引の実情

原判決は前記のとおり「昭和五九年分と昭和六一年分の秘匿所得は合計約一三億二、九〇〇万円、逋脱税額合計約九億一、七〇〇万円と巨額であり、その動機にも情状酌量の余地がないことのほか、本件脱税の手段、態様の悪質性や反社会性などについては、原判決が量刑の理由で説示するとおりであることに鑑みるときは、被告人の形責には軽からざるものがある。」と判示し、第一審判決は『歯科診療や株式取引から得た昭和五九年分と昭和六一年分の各所得の申告に当たり、合計一三億二九〇〇万円余りの所得を秘匿し、合計九億一七〇〇円余りの所得税を免れたものであって、秘匿所得額及び逋脱額とも最近における個人の所得税法違反事件の中では最も多額なものの一つであり、逋脱率も一〇〇パーセントを超えるなど、その犯情は極めて悪質にして、被告人の刑事責任はまことに重大である。その犯行の動機は、歯科診療による所得については、他の大多数の歯科医師が自由診療報酬の除外という方法で脱税をしていることから、自分だけが収入を正直に申告するのは馬鹿らしいことであるとか、株式取引による所得については、妻や子供に少しでも多くの資産を残すため収入を秘匿しようといった私利私欲に基づくものであり、逋脱にかかる利益の殆どは、株式の信用取引の保証金に充当したほか、不動産の取得費や生活費等に充てていたものであって、何ら酌むべきところはない。その手口も、前者では、歯科医院開業の昭和四三年ころから同医院休業の昭和五九年九月ころまでの間、領収書の交付を要求しない自由診療患者からの収入分を除外して申告し、後者では、法定の課税要件である「年間五〇回以上かつ二〇万株以上の取引をした場合」、「年間一銘柄につき二〇万株以上の売却をした場合」に該当するのを回避するため、証券会社一一社に三五口の本人名、家族名及び借名名義による取引口座を設けて株式取引を行ったものであり、いずれも所得を秘匿して犯行の発覚を免れ、常習的に犯行を繰り返すのに有効かつ巧妙な手段方法であって、極めて悪質といわなければならない。かかる諸点に鑑みると、本件脱税行為は、単に申告納税制度をないがしろにした上、國庫に対し巨額の損害を与えるのみならず、国民の租税負担の均衡利益を著しく侵害する反社会的、反道徳的犯行であって、厳しく非難されるべきであり、その処罰に当たって、徒に寛刑をもって臨めば、反って法軽視の風潮を生み、誠実な納税申告者に対し、納税負担の不公平感を助長させ、納税意欲を失わせる虞れのある重大事犯であるところ、一方、被告人は、本件で検挙された後、進んで修正申告をし、所得税本税、重加算税、延滞金、これに付随する住民税等の総額約一四億六〇〇〇万円を既に納付ずみであること、被告人には前科前歴がなく、本件につき反省顕著なものがあり、税務当局の調査に対しては勿論、検察官の取調にも協力し、真相をありのままに告白していること、すでに歯科医院を廃業して、今後その分野での所得申告の不正問題は起こらないこと、本件の強制調査等によって受けた家族の心労と精神的打撃など被告人にとって酌むべき諸事情は認められるが、本件の重大性に照らすと、一般予防ないし租税法秩序維持の見地からも、被告人を執行猶予に付するのは相当でなく、実刑処断はやむを得ないところである。』と判示している。

これらの判断は、その根底において有価証券の取引の実情に関する認識を著しく欠いているところに発している。

被告人の取引は勿論のことであるが、一般に有価証券の取引約定はすべて証券会社を通じて発注し、証券市場において成立するものである。従って、買注文に対しては必ず同一銘柄、同一数量、同一価格で売注文を発する相手方が存在し、この間に売買の約定が成立するものであり、逆に売注文に対しては、やはり同一の条件で買注文を発する相手方が存在することによって約定が成立するのである。

これらの集積によって公正な市場価格が形成されるというのが証券市場の仕組みである。そして株価は上昇するか下落するか上下の方向以外に変動することのない単純なものである。

株価が上昇すれば買った人は儲かるし、売った人は損をする、下落すれば買った人は損をするし、売った人は儲かるということは自明の理である。そして、景気変動は経済社会における常識であって、最近の数年における株価の上昇は異常ともいえようし、いつまでも永続する筈のものではない。

しかし、ここで見落し易いことは、証券取引においては必ず儲けた人と同じだけの損をしている人がいるということである。つまり有価証券の売買をすれば必ず利益が得られるというのではなくて、利益と損失の確率は五〇パーセント宛である。

現に被告人の例をとってみても、昭和五九年と昭和六一年には利益を得ているが、昭和六〇年には八、三〇〇万円の損失が出ている。

熟睡もできず、血尿の出るような心労をして漸くこの程度の損失で食い止めたのであるが、いつでも昭和五九年や昭和六一年のような利益が得られるような甘いものではない。

又、被告人は本件の本税・重加算税・住民税等の追徴税納付のため、いわゆるブラックマンディと言われた株価大暴落時に、損失覚悟のうえ、急遽建玉を精算して代用証券の返還を受け、これをやむなく大暴落時の時価で処分して納税資金に充当しなければならなかったこともその適例である。

昭和四〇年所得税法施行令二六条に定められた年間取引が五〇回、二〇万株の規制は証券民主化が叫ばれ証券取引の飛躍的な膨張の中で二〇年以上もの長い間何の手直しもされないままで経過した。これこそ洵に奇妙なことである。全国的にみてもこの種所得で告発された者は昭和六〇年末では皆無に等しかった。いわば休眠法令とも言えるものである。投資家・投機家が右の制限を潜脱するために、借名取引・仮名取引の口座を設けることは証券取引業界では暗黙裡にしかも常識のように盛んに行われて来た。証券会社の外務員も業績を挙げたいために顧客にこれを勧誘した。大蔵事務次官を経験し衆議院法務委員長であった相沢代議士の場合もその一例といえよう。

借名取引・仮名取引の口座を利用した投資家・投機家が巨額の損失を蒙った場合(このような危険はつねに二分の一の確立をもってつきまとうものである)でも泣寝入りをするほかはない。証券会社がダミー会社を利用して大口顧客の有価証券売買損を補てんしてくれるようなことがあることは、被告人も弁護人も最近の新聞報道によって初めて知った(平成元・一二・二四付日経・・・別添資料一四)。このようなことは証券会社と特別の関係のある大口顧客でなければできないことであろうし、そこには脱税犯以外の犯罪成立の危険性も存在する。庶民の近づき難いところである。

そうすると借名・仮名の取引をしている一般の平凡な顧客としては、儲かっていても翌年度にはどのような損失が出るかも知れないという不安から、多くの場合利益が出ても損失が出ても税のことについては念頭から離してしまいたいという心境になるのが自然とも考えられる。

被告人も亦右と同様の心境にあったもので、偶々幸運にも損益の確率二分の一の有価証券取引において、昭和五九年・同六一年の両年度に多大の利益を得、同六〇年の損失は軽微であっただけで、決して濡れ手に粟のような利益を得たわけではなく、第一審判決判示のごとく借名口座を設けたことが、「所得を秘匿して犯行の発覚を免れ、常識的に犯行を繰り返すのに有効かつ巧妙な手段方法であって、極めて悪質といわなければならない」というのは悪性のみに目を見張る一方的な見方であって、そこには二分の一の確率のある損失が発生した場合には泣寝入りをしなければならないという覚悟が秘められていることは全く考慮されていない。

本件の秘匿所得額は一三億二、九〇〇万円、逋脱税額は約九億一、七〇〇万円で被告人に対し懲役一年一〇月、罰金一億六、〇〇〇万円(求刑懲役三年、罰金二億五、〇〇〇万円)の刑が言い渡されたが、平成元年一二月二五日、東京地方裁判所は、「興研」の前会長酒井義次郎氏に対する所得税法違反被告事件(株式売買による秘匿所得約一〇億四、四〇〇万円、逋脱税額約七億一、六〇〇万円)につき、懲役三年、執行猶予五年、罰金一億八、〇〇〇万円(求刑懲役三年、罰金二億円)の温情判決を言い渡している。これに比べると被告人の逋脱額は稍々多いが、実刑判決はあまりにも厳しすぎる。(平成元・一二・二五付日経・・・別添資料一六)

4.「逋脱率一〇〇パーセントを超える悪質」の意味

本件第一審判決は、前記のように、逋脱率も一〇〇パーセントを超える」を判示し、原審における検察官の答弁書も、「ほ脱率が一〇〇パーセントを超える悪質なものであること、」と摘記し、原判決も前記のように、「本件脱税の手段、態様の悪質性や反社会性などについては原判決が量刑の理由で説示するとおりである。」としてこれを認めているが、逋脱率が一〇〇パーセントを超えるという判示は一体どういう算定根拠によるものであろうか、どう考えても理解不可能である。

結局第一、二審とも量刑判断の根底において、有価証券の取引の実情に関する認識を著しく欠くところから、実態を超えた悪質の判断をしたものと考えざるを得ない。

5.過酷な経済負担

被告人は、逋脱所得額よりも約一億三、〇〇〇万円多い本税額・重加算税額・延滞税額・住民税額を納付しており、さらに本件による罰金一億六、〇〇〇万円が確定すれば、逋脱所得額よりも二億九、〇〇〇万円も多い金員の負担を強いられることになる。

被告人は、現在有限会社アイアの代表者をしており、昭和六三年分の所得は別添所得税の確定申告書(別添資料一七)のとおり同社からの給与一、二〇〇万円、配当金収入七一〇、五〇〇円合計一二、七一〇、五〇〇円で、源泉所得税三、八五七、九六〇円を差引くと手取額は八、八五二、五四〇円となる。このほか不動産賃貸収入三七五万円及び臨時に宅地売却収入二三、二七〇、〇〇〇円があるが、今後は右のうち固定収入(有限会社アイアからの給与も被告人不在になれば期待できない。)以外の収入は望み難く、実際所得額を超える前記二億九、〇〇〇万円の支出はあまりにも過大な負担であって、奇跡でも起こらないかぎり終生その負担に苦しまなければならない。事実上からも法制上からも被告人には今後再犯の虞れは全くないので、一般予防ないし租税法秩序維持の見地からとはいえ、本件の量刑は重病人に鞭打つ感が強い。

被告人は、龍宮から帰って来て玉手箱を開け、一瞬の間に老人となった浦島太郎の心境はかくありしかと悲嘆の日々を送っているのである。

6.現行税法を適用すると逋脱額は三分の一以下となる。

原判決は、「昭和五九年分と昭和六一年分の秘匿所得は合計約一三億二、九〇〇万円、逋脱税額は合計約九億一、七〇〇万円で巨額である。」というが、本件当時における所得課税は極めて過重であり、特に高額所得に対しては累進税率により一層重い税が課されていた。従って本件では所得税(国税)だけで所得額の約六九パーセントという驚くべき高率である。

昭和六三年法律第一〇七号税制改革法第四条の関係で、大蔵省は、「今次税制改革の方針」として、「今次の税制改革は、所得課税において税負担の公平の確保を図るための措置を講ずるとともに、税体系全体として税負担の公平に資するため、所得課税を軽減し、消費に広く薄く負担を求め、資産に対する負担を適正化すること等により、国民が公平感をもって納税し得る税体制の構築を目指して行われるものとすることとした。」と説明を加えている(昭和六三年一二月三〇日付官報号外特第二〇号一頁最下段)。

而して税制改革法に定める税制改革の趣旨、基本理念及び方針に従い、所得・消費・資産等の間で均衡がとれた税体系の構築を図るため、その一環として消費税法が制定実施され、有価証券の売買益に関しては、前記のとおり租税特別措置法第三十七条の十及び十一の規定が設けられた。

従って税制改革法や消費税法等が施行されている現時点においては、原判決認定の逋脱税額は、所得・消費・資産等の間で不均衡が存在した税体系のもとにおけるものであるから、量刑においてはこの点が考慮されなければならない。

本件における有価証券の譲渡所得に対し、現行報による源泉分離課税を選択して税額を計算すると、税理士村瀬正則作成の有価証券取引における譲渡益に対し現行税報による源泉分離課税を選択した場合の所得税額表(別添資料一八)のとおり

昭和五九年分 一億七、八九八万七、〇一三円

昭和六一年分 九、三七〇万一、〇〇一円

合計 二億七、二六八万八、〇一四円

となり、逋脱税額は原判決認定額の三分の一以下になるのである。

これを基本として算出される重加算税・延滞税・住民税も当然軽減されることになる。

7.被告人に対する刑罰と国費の使途

被告人はもし原判決が確定したら、神経性食欲不振症及び過食症という難解な病気に罹患し、幻聴や妄想といった精神分裂症の初期症状を思わせる症状も付随し、厳重な管理、治療を併行的に行って行く必要のある長男耕司を妻に托し、一億六、〇〇〇万円の罰金納付を気にしながら服役をしなければならない。

被告人は前記のように既に逋脱所得を約一億三、〇〇〇万円上廻る約一四億六、〇〇〇万円の税を完納した。被告人を牢獄に閉じ込めておきながら、他方で被告人から徴収した税を含む国庫収入金はどのように消費されるのであろうか。その一部は政府開発援助(ODA)の資金となろうが、その平成二年度予算額は一兆四、四九四億円にも及んでおり、(平成二・一・二三付読売・・・別添資料一九)これについては「金出せど、役立たず、理念欠け、疑問の声も」(平成元・一二・二九付朝日・・・別添資料二〇)などの批判がある。また、日米民間建設会議において米側はODA関連工事への米企業参入を要望し、閉鎖的とされるわが国ODA事業の門戸介抱が強く求められている。(平成二・一・二七付日経・・・別添資料二一)

世界一の経済大国となった日本が政府開発援助資金を負担することは好ましいことである。しかしそれが本当に役立っていない、政治家の他国に対する椀飯振る舞いというだけで、その理念に欠けている、調達車輛が修理できず放置されているというような批判を受け、又、その使途が日本の大企業に還流されていること、そして他方では前記のように大企業の所得の申告漏れは極めて寛大に不平等に取扱われていることなど併せると、本件につき十分反省し前科前歴の全くない平凡な一市民でひとしく同胞である被告人がその皺寄せを受け、実際所得を遙かに超える現金を取り上げられ、牢獄に閉じ込められて呻吟の日を送るのはあまりにも哀れである。

被告人は強い反省の中において、少年時代に歴史書で読んだ人皇第一六代仁徳天皇の御仁政の御代を想起し、あの時代に生を受けた民草なりせばなどと空想しているのである。

8.むすび

以上の諸点に鑑みると、被告人に対し、懲役一年一〇月の実刑及び罰金一億六、〇〇〇万円に処することは、犯行といちじるしく均衡を失した重さの刑罰であるからいわゆる残虐な刑罰に該当し憲法三六条に違反するものといわなければならない。

以上の各事由により原判決を破棄し、さらに適正な御裁判を仰ぎたく本件上告に及んだ次第である。

以上

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