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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(オ)1572号 判決 1991年7月16日

上告人

有限会社道上商店

右代表者代表取締役

河野優

右訴訟代理人弁護士

海藤壽夫

右訴訟復代理人弁護士

三野岳彦

被上告人

刑部三代治

主文

一  原判決を破棄し、第一審判決を次のとおり変更する。

1  上告人は、訴外高田耕司から一三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、被上告人に対し、第一審判決添付物件目録一記載の土地上の同二記載の建物を収去してその敷地を明け渡せ。

2  被上告人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟の総費用は、これを三分し、その一を上告人の、その余を被上告人の各負担とする。

理由

上告代理人海藤壽夫の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係は、(一)上告人は、昭和五八年一〇月一日、訴外高田耕司から本件造成地の宅地造成工事を代金二三〇〇万円で請け負った、(二)本件工事代金は、(1)契約締結時に三〇〇万円、(2)その後七〇〇万円、(3)工事完成時に一三〇〇万円を支払うものと定められた、(三)上告人は、本件造成地のうち造成工事が完了した部分を順次高田に引き渡した、(四)第一審判決添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という)は、本件造成地の一部で、既に造成工事が完了しているが、高田に引き渡されることなく、現在、上告人が本件土地上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という)を所有して占有している、(五)上告人は、本件工事代金として、高田から前記(二)の(1)及び(2)の合計一〇〇〇万円の支払を受け、同(3)の残金一三〇〇万円が未払となっている、(六)本件土地は、その後、高田から訴外金井秀良に譲渡され、金井から更に被上告人に譲渡されて、現在、被上告人がこれを所有している、というのである。

二  被上告人の請求は、上告人に対し、本件土地上の本件建物を収去してその敷地の明渡し等を求めるものであるが、原審は、右事実関係の下において、上告人が本件土地に留置権を行使し得るとした上、その被担保債権の額を本件工事代金二三〇〇万円に本件造成地中に占める本件土地の面積割合を乗じて得た一九〇万八六二四円に限定し、被上告人の請求を上告人が高田から右金員の支払を受けるのと引き換えに本件建物の収去及びその敷地の明渡しを求める限度で認容すべきものとした第一審判決を正当として、上告人の控訴を棄却している。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

1 民法二九六条は、留置権者は債権の全部の弁済を受けるまで留置物の全部につきその権利を行使し得る旨を規定しているが、留置権者が留置物の一部の占有を喪失した場合にもなお右規定の適用があるのであって、この場合、留置権者は、占有喪失部分につき留置権を失うのは格別として、その債権の全部の弁済を受けるまで留置物の残部につき留置権を行使し得るものと解するのが相当である。そして、この理は、土地の宅地造成工事を請け負った債権者が造成工事の完了した土地部分を順次債務者に引き渡した場合においても妥当するというべきであって、債権者が右引渡しに伴い宅地造成工事代金の一部につき留置権による担保を失うことを承認した等の特段の事情がない限り、債権者は、宅地造成工事残代金の全額の支払を受けるに至るまで、残余の土地につきその留置権を行使することができるものといわなければならない。

2  これを本件についてみるのに、前記事実関係によれば、上告人は、本件造成地の工事残代金の全額の支払を受けるまで、本件造成地の全部につき留置権を行使し得るところ、本件土地は本件造成地の一部で、上告人は高田から本件工事代金中一三〇〇万円の支払を受けていないというのであるから、右の特段の事情の存しない本件において、上告人は、高田から残代金一三〇〇万円全額の支払を受けるに至るまで、本件土地を留置し得るものというべきである。

3  そうすると、被上告人の請求は、上告人が高田から一三〇〇万円の支払を受けるのと引き換えに本件土地上の本件建物を収去してその敷地の明渡しを求める限度で認容し、その余を棄却すべきものである。以上と異なる原判決には、民法二九六条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れず、第一審判決は右の趣旨に変更すべきものである。

よって、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎)

上告代理人海藤壽夫の上告理由

第一 趣旨

原判決は、本件土地明渡請求事件について、上告人が一三〇〇万円を被担保債権額とする留置権の主張をなしたのに対し、一九〇万八六二四円の限度でのみ引換給付を命じたのであるが、この判断には法令の違背があり、そのことが判決に影響を及ぼしていることが明らかであるから、破毀されるべきである。

第二 原判決の理論的不当性

一 原判決の論理

原判決が、請負代金の残額一三〇〇万円ではなく、一九〇万八六二四円の支払いと引換えに明渡を認めた論理は、以下の二点に集約される。

① 請負代金債権のうち、本件占有地面積相当分以外の分については、本件土地占有との間に留置権の要件である牽連性がない。

② 訴外高田に対して引渡しを終えた造成地については、順次引渡しにより、留置権が放棄された。

そこで、①および②について、以下検討する。

二 牽連性の欠缺(①の点)について

1 民法二九五条の「其物ニ関シテ生シタル債権」という要件は、一般に牽連性と呼ばれ、沿革および趣旨から(イ)債権が目的物自体から生じたものであること。または(ロ)債権が物の返還請求権と同一の法律関係ないし生活関係から生じたものであることを要すると解するのが定説である。

2 原判決は「本件請負契約によって、本件土地を含む本件造成地は竹藪から宅地に改良され、その価値を増加したから、本件請負代金は、民法二九五条の『その物に関して生じた債権』に該当する」とした上で、「しかしながら、右代金(未払になっている残代金一三〇〇万円を指す)は、本件造成地全体に対する請負代金の残金であり、それがすべて本件土地そのものの費用即ち民法二九五条にいう『その物に関して生じた債権』に該当するとはいえない」としている。

3 原判決が、本件を前記(イ)(ロ)いずれの場合に該ると考えたのは定かではないがいずれにせよ本件占有地面積相当分の代金債権についてしか牽連性が認められないとしたのは失当である。

たしかに、占有面積相当分以外の代金債権については原判決判示のとおり「本件占有地そのものの費用とは言えない」のであって、(イ)の場合として牽連性を認めることはできない。

だが、本件請負代金債権は、本件造成地全体を約六五〇坪として二三〇〇万円で宅地造成するという請負契約によって生じたものであり、他方本件占有地の返還請求権もまた債権的には右の請負契約によって生じたことは明らかである。したがって、本件は前記(ロ)の「債権が物の返還請求権と同一の法律関係から生じたものである場合」に該当し、本件土地占有と請負代金債権の間には牽連性が認められる。

そして、代金債権のうち占有面積相当分以外の分についても、同一の請負契約により生じたものである以上本件占有地の返還請求権と同一の法律関係から生じたものであることに変わりがないから、やはり牽連性が認められるのが当然と言うべきである。

この点、占有面積相当分の代金債権についてしか牽連性を認めず、それ以外の分については牽連性がないとした原判決は、民法二九五条の「其物ニ関シテ生シタル債権」という文言の解釈を明らかに誤ったものと言わなければならない。

三 留置権の放棄(②の点)について

1 原判決は、上告人が、注文者である訴外高田に対し、造成を完了した土地を順次引渡した事実をとらえ、引渡した土地については上告人が留置権を放棄したものと擬制した。

2 留置権が占有を要件とするものである以上、占有を放棄していった上告人について、留置権の放棄を擬制したことは、首肯しうるものである。

しかしながら、留置権の放棄が当然に被担保債権額の減額をもたらすものではない。留置権の放棄というのは、引渡した土地については、もはや留置権を行使しないという当然のことを意味するにすぎないからである。

3 したがって、留置権の放棄ということは、それがあるにしても、それ自体では、被担保債権額が占有面積相当分に限定されるということの根拠とはなりえない。

そこで、もし留置権の放棄ということと、被担保債権額の減少ということを結びつけるとすれば、その前提として、留置権というものを、土地の部分ごとに分割的に考えるほかはない。すなわち、各部分ごとに留置権が成立しており、その一部が引渡され、留置権が放棄されたとすれば、残りの部分の留置権しか行使できずその被担保債権は残存部分の債権に限られるというわけである。

原判決は留置権の放棄を言うのみで、この点明言していないが、留置権の放棄というだけでは根拠となりえないことから、留置権と留置物の関係を可分的なものと考えていると評価せざるをえないのである。

4 しかし、そのような考え方が、留置権の不可分性(民法二九六条)に反するものであることは明らかである。

民法二九六条は債権の全部の弁済を受けるまでは目的物の全部を留置することができる旨規定しているが、これには二つの意味があるとされている。第一に、留置物の各部をもって債権の全部を担保するということ、第二に、留置物の全部をもって債権の各部を担保するということである。

そして、留置物が性質上不可分的な物である場合には、それらのことは当然のことに過ぎないので、留置物が可分的である場合や数個の物である場合にこそ本条の存在意義があるとされている。すなわち、当初から各個の物がそれぞれ別個の債権である場合を除いて、各留置物は他の留置物とは無関係に債権の全部を担保するのであり、留置物の一部ないし一個または数個が滅失しても残りの留置物が債権全部を担保するという趣旨である(以上二九六条の解釈につき、有斐閣林良平編集注釈民法(8)四七頁、四八頁を参照)。

本件は、土地が数筆に及ぶ場合であり、目的物が数個ある場合であるが、そのうちのいくつかの土地が引渡されたからといって被担保債権に影響はなく、現在占有している土地のみによっても、債権全額が担保されるということが、二九六条により明らかである。

この点、被担保債権は占有面積相当分の代金債権に限定されるとした原判決は、留置権の不可分性を否定するものであり、二九六条に違反するかもしくはその解釈を明らかに誤ったものと言わなければならない。

第三 原判決の実質的不当性

一 原判決は、「被担保債権の額は本件請負代金全額のうち、本件造成地に占める本件土地の面積分に相当する金額と解するのが適当である。」とするが、果してそうであろうか。

本件における留置権は、上告人を留置権者とし、訴外高田を債務者として成立するものであり、被上告人は高田からの転々得者である。しかし、留置権は同時履行の抗弁権とは異なり、物権なのであるから、直接の相手方(債務者)のみならず、何人に対しても同様に主張しうるものである。したがって、上告人は、被上告人に対して、訴外高田に対してなしうるのと全く同一内容の主張をなしうることは当然である。

二 そこで、上告人と被上告人の関係を考える前提として、債務者高田から明渡を求められた場合を想定してみるに、上告人が、高田から原判決の示した一九〇万余円の支払いを受けるのと引換えに高田に本件土地を明渡さなければならないとすることが適当と言えるだろうか。

本件は、請負代金債権を被担保債権として本件造成地全体について留置権が成立していたところ、留置権者である上告人が、注文者である高田に現在占有している土地を除いて、順次土地を引渡していったというものである。

その順次引渡しの事実をとらえて、原判決は被担保債権額の縮減を導いているのであるが、原審は高田から明渡し請求がなされた場合でも同様の結論をとるのであろうか。これはいかにも不当である。

第一に、土地を造成完了ごとに順次引渡していったのは、上告人にとっては何の利益もないことであり、もっぱら注文者である高田のためになしたことであり、いわば上告人としては善意になしたことであるのに、どうしてそのこと以上に上告人が不利益を課されねばならないのか。

第二に、上告人が、土地を順次引渡しても残った土地の留置によって残代金全額(一三〇〇万円)は十分担保できると信頼したことは、未引渡土地の造成後の価格が残代金額を上回っている限り当然のことであるし、高田においても代金債務が残っているまま土地を引渡してもらったうえ、被担保債権額が減少することまで期待していたとはおよそ考えられない。

以上の二点を考慮すると、一九〇万余円の支払いと引換えに明渡しを認めることは、留置権者および債務者の意思を全く無視して、債務者高田に過当に利するものであると言わざるを得ない。残代金一三〇〇万円全額の支払いを引換えに明渡を認めてこそ実質上も適当と言えるのである。

三 そして、本件では明渡しを求めているのが債務者高田ではなく、転々得者である被上告人なのであるが、前述したように留置権の内容は主張する相手によって異なるものではないから、やはり上告人は高田から一三〇〇万円の支払いを受けるのと引き換えでなければ明渡しを拒絶できるとすべきである。

この点、被担保債権が一九〇万余円に減縮するとした原判決の留置権に関する解釈は、実質的にも妥当性を欠くものであり、留置権の制度趣旨である公平の精神に著しく反するものであることが明白である。

第四 結語

以上述べたように、原判決は民法二九五条および二九六条に違背するか、もしくはその解釈を誤ったものであって、そのことが判決に影響を及ぼすことが明らかである。また、実質的にも、著しく公平を欠き不当なものである。

よって、原判決は破毀されてしかるべきである。

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