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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(行ツ)313号 判決 1987年4月21日

埼玉県比企郡滑川町大字土塩七二-一

亡杉田元重訴訟承継人

上告人

杉田としはる

同所

上告人

杉田一芳

埼玉県行田市谷郷一-一七-二八

上告人

栗原久子

熊谷市大字広瀬五三四-一

上告人

楢原みつ枝

同熊谷市中西一-五-二

上告人

坂本典子

愛知県春日井市坂下町五丁目一二一五-五三九

上告人

小嶋芳枝

埼玉県行田市大字北河原五三七-二

上告人

関口幸子

右七名訴訟代理人弁護士

香川一雄

埼玉県東松山市箭弓町一丁目八番一四号

非上告人

東松山税務署長

坂本太郎

右指定代理人

亀谷和男

右当事者間の東京高等裁判所昭和五七年(行コ)第二〇号譲渡所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年七月一八日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人香川一雄の上告理由第一点ないし第三点について

訴外阪東商事株式会社が訴外有限会社三協不動産らから交換取得土地を買い入れた各取引の代金額の合計をもつて本件交換の時における交換取得土地の価額の合計とすることができるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認しえないものでなく、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第四点について

所論は、判決の結論に影響を及ぼさない点について原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦 裁判官 坂上壽夫)

(昭和五九年(行ツ)第三一号 上告人 杉田としはる 外六名)

上告代理人香川一雄の上告理由

第一点

原判決は、土地の価額を評価する方法の一つである売買実例の採用について「土地の価額を評価する場合において、評価すべき土地そのものについて、その評価すべき時点に近い時期に売買取引が行なわれており、それが正常な取引の範囲にあるときには、その売買価額をもつて当該土地の価額と認定するのが相当である。換言すれば、たとえ右取引の行われたのが全国的な場合はもとより当該土地を含む地域において土地投機等の諸事情により価額が高騰している場合であつても、当時大多数の人々の間でその価額でならば、さらに他の財貨と交換できる事情にある以上、右売買取引を正常な取引の範囲にあるというに妨げなく、その取引において成立した価額をもつて当該土地の価額と認定することができるというべきである。これに反して、右取引につき、投機的・思惑的な買進みや売進みの事情が認められる場合には、右取引により成立した価額をもつて直ちに右土地の価額と認定することはできないといわなければならない。」と判示する(原判決、理由三2)。

これを擁するに、原判決は、(一)売買実例は正常な取引の範囲から採用すること。(二)投機・思惑的等により価額が異常に高騰した売買取引であつても地域的に多数例あるときは、正常な取引の範囲に含まれること。

(三)但し、売買実例として採用される取引につき、投機的・思惑的な買進みの事情が認められる場合は正常な取引の範囲から除外されることを、売買実例を採用する条件として提示するものである。しかし、右判示は合理的根拠に全く欠けているのみならず、右条件のうち、(二)及び(三)は相互に矛盾するものであり、判決全体に重大な影響を及ぼすべき理由の不備または理由に齟齬があると云わざるを得ない。その根拠は次のとおりである。

一、第一に、原判決は、投機・思惑的により価額が異常に高騰した売買であつても地域的に多数例あるときは、そうした取引も正常な取引の範囲に含めてよく、売買実例としてその価額をもつて土地の価額を評価してよい旨判示する。しかし、投機とか思惑は、売買取引において、その動機(心的要素)となるものであるから、本質的に個々の売買取引についてその有無が問われるものである。即ち、個別的取引に帰属する性質のものである。したがつて、投機等による売買取引が地域的に多数例偶発した場合においても、個々の売買取引における投機的性格、即ちその取引の異常性には何らの変化もない筈である。この点につき、原判決は、「当時大多数の人々の間でその価額でならば、さらに他の財貨と交換できる事情にある以上、右のごとき売買取引も正常な取引範囲に含まれる」と云う。しかし、右の理由は、投機的・思惑的な動機による異常な売買取引が多数例ある場合において、そこで形成された異常価額を売買実例として採用するための理由にはなり得ても、個々の売買取引の投機的・思惑的性格が変らない以上、異常な売買取引を正常な売買取引に転換させる理由にはなり得ないこと明らかである。即ち、個別的に投機的・思惑的動機を有する異常な売買取引も多数例あれば正常な売買に転換すると云うのであれば、その根拠を示すべきである。また、投機的・思惑的売買取引も例外的に売買実例となりうるのであれば、恣意的判断を防止するためにその条件を明示するべきである。けだし、売買実例価格による土地の評価は、その土地が本件のごとく交換取得土地の場合においては、その土地の取得時の価額(時価)を評価するものであり(所得税法三六条二項)、その評価方法は時価についての課税条件を定めるものである。しかして、その評価方法が不明確であり、または恣意的になることは時価の内容を不明確にし、または恣意的に定めることになり、課税要件明確主義(租税法律主義)の趣旨に反することになるからである。(金子宏著、法律学講座双書租税法補正版七三頁)。

しかるに、原判決は、何故に投機的・思惑的売買取引が正常な取引の範囲に含まれるのか何ら示すところなく、また、右のごとき異常な売買取引が実例となりうる条件についても「たとえ右取引の行なわれたのが全国的な場合はもとより当該土地を含む地域において土地投機等の諸事情により価額が高騰している場合であつても、当時大多数の人々の間でその価額でならば、さらに他の財貨と交換できる事情にある以上……」と判示するのみである。しかし、他の財貨と交換できる事情があるだけで正常な客観的交換価値がきめられないことは明らかである。また、もし客観的交換価値に正常性を必要としないのであれば、売買実例について取引の正常性に拘わる必要も全くないことになる。

二、第二に、また原判決は、売買実例として採用される取引につき、投機的・思惑的な買進みの事情が認められる場合には、右取引により成立した価額をもつて直ちに右土地の価額と認定することかはできない。即ち、右のごとき取引は正常な取引ではない旨判示する。しかし、投機的とか思惑は、売買取引において特殊な動機(心的要素)となるものであるから本質的に個々の売買取引についてその有無が問われる性格のものである。したがつて投機とか思惑による売買取引が地域的に多数偶発した場合においても、そこにおける個々の売買取引が投機的性格または思惑的性格を有することには何らの変化もない筈である。また、右の売買取引によつて、その地域の土地の価額が高騰したとすれば、そのことは右売買取引相互間に買進みや売進みがあつたことを容易に推認させるものである。言い換えれば、比較的短期間に、取引が集中し、土地の価額が高騰している地域の売買取引は、慨して投機的または思惑的売買取引であつたことを容易に推認させるものである。これを本件についてみると、山田浩の証言によれば、同人は本件交換取得土地の周辺における約一年間の売買取引例を二四〇件収集したとのことである(同証人調書五丁、八丁)。

また、原判決の認定によれば、本件交換取得土地の売買取引及びその他の売買実例として引用した売買取引もその殆んどが、短期間に相当の利益を取得して転買した事例、即ち投機的売買取引事例ばかりである(原判決、理由三、3、(一)、(5)及び(二)、(1)ないし(3))。しかして、原判決は投機的売買取引事例であつても、それが多数例ある場合は、その取引価格を土地評価の売買実例として採用してよいとするものである。

しかし、多数の投機的売買取引事例があるからと云つて、その中から売買取引事例として採用された特定の個別的売買取引投機的売買取引であることに何ら変りないことを明らかである。しかるに、原判決は、一方では売買取引事例として採用された個別の売買取引について投機的または思惑的売買取引によつて買進みや売進みの事情が認められる場合は、正常な取引でないから土地の価額を評価する売買取引事例から除外するべき旨判示するのである。しかし、投機的または思惑的売買取引であるかぎり、そうした売買取引事例が一つであろうと多数であろうと、その中から採用された特定の売買取引事例が投機的または思惑的売買取引の性格を有することに何ら変りはない筈である。したがつて、売買事例として採用される売買取引について投機的または思惑的なものを排除するのであれば、そのような売買取引事例は多数例あるなしに拘らず、すべて排除しなければならない筈である。しかして、原判決の前記判示の第二段の内容「換言すれば、……その取引において成立した価額をもつて当該土地の価額と認定することができるというべきである」と第二段の内容「これに反して、……右取引により成立した価額をもつて直ちに右土地の価額と認定することはできないといわなければならない」とは相矛盾するものであること明らかである。よつて原判決の理由には重大な齟齬がある。

第二点

同じく原判決は、土地の価額を評価する方法の一つである売買実例の採用についての判示の中で、「たとえ右取引の行われたのが全国的な場合はもとより当該土地を含む地域において土地投機等の諸事情により価額が高騰している場合であつても、当時大多数の人々の間でその価額でならば、さらに他の財貨と交換できる事情にある以上、右売買取引を正常な取引の範囲にあるという妨げなく、その取引において成立した価額をもつて、当該土地の価額と認定することができるというべきである」と判示する。これを要するに、原判決は、売買事例による土地の価額の認定を通して、交換取得土地の取得時の価額即ち時価は、売買事例を含む地域において土地投機等の諸事情により価額が高騰している場合であつても、当時大多数の人々の間でその価額でならば、さらに他財貨と交換できる事情にある場合は、その高騰した価額を客観的交換価値として交換取得土地の価額とすることができると云うものである。しかし、右判示は、合理的根拠に乏しいのみならず、「前項の金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする」との所得税法三六条二項の解釈を誤るものであり、同条項に違反する。しかして、同条項に定める物の取得時の価額とは、物の取得時における客観的交換価値(市場価値時価)、云い換えれば、自由市場において、市場の事情に十分に通じ、かつ、特別の動機をもたない多数の売り手と買い手が存在する場合に成立すると認められる価格をいうものと解するのが相当である。(名古屋高裁昭和五〇年一一月一七日判決、甲第四八号証)。即ち、同条項に定める物の取得時の価額即ち時価とは、公正な取引市場において形成される適正な時価をいうのであり、投機売買等によつて形成される価額は、不正な価額としてこれを当然に排除するものである。その根拠は次のとおりである。

一、第一に、交換契約において、対価として物件は、その取得時点において現実に現金化される余地がない。即ち交換においては物と物とが相互に移転されるだけで譲渡所得におけるキヤピタルゲインとしての利益が現実化されない。したがつて、譲渡所得者各自が、それぞれ自己の所得額を申告する申告納税制度の下では、取得物権所得価額として適正な時価である客観的交換価値をもつて申告し、その価額をもつて課税されるのが、等価交換を前提とする交換契約における交換物件取得者の意思にも合致し、また、交換取得をする者に取引価額を予測し易くする意味でも最も合理的である。

二、第二に、交換契約では、一般に交換譲渡物件と交換取得物件との関係から売買取引に比較して取引が限定され、また交換をする目的即ち主観的要素の影響が大きいように思われる。例えば、本件原告・被控訴人杉田元重の場合本件交換物件の価額については交換譲渡物件がいくらで売られ、交換取得物件がいくらで購入されたかについては全く関知していなかつたし、交換取得物件は交換譲渡物件の代替山林として類似用途のものを求めたものである。したがつて、交換譲渡物件を売買する意思は全くなかつた(栗原金次証人調書一六丁、一七丁、四一丁、四五丁)。

しかして、本件交換契約においては、本件譲渡土地を熊谷観光に譲渡し本件交換取得土地を三協不動産らから購入した阪東商事の参入した取引市場と本件交換取得土地を代替山林として取得した上告人の参入する取引市場とは別のものではいかということも考えられるのである(甲第三六号証の三、六四頁)。そして、右のごとき交換取得土地の価額認定について、投機的要素の強い売買取引事例の価額を適用することに合理性は認められない。即ち、本件交換取得土地が売買譲渡等により現金化されないかぎり、その物の適正な時価をもつて本件交換取得土地の価額を算定するのが合理的であり、結局租税の負担においても公平である。

また、後日本件交換取得土地を売買したときには、その時に実現したキヤピタルゲインに応じて課税することが可能であり、租税負担の不公平も生じない。

三、第三に、正常な経済取引においては、売買契約、交換契約を問わず等価交換性を基調とする。ところが投機的または思惑的取引は経済取引の等価交換性の基調を崩壊させ、その取引独自の変動のはげしい価格を生み出すものである。このことは、株式のいわゆる仕手取引を見れば極めて明白である。そこでは、株式の実価とは、関係なく株価がはげしく変動することは公知の事実である。しかして、原判決のごとく投機的または思惑的売買取引により高騰した価格をもつて時価を認定した場合は、本件交換取得土地の取得者を、その意思に関係なく、またその予測に反して投機的または思惑的売買取引市場に引き入れたのと同じ状態になり、予測できない価格の下落による危険を負担させる結果になる。即ち、投機的または思惑的売買取引によつて高騰した一時の価額でもつて認定課税されることの不公平を交換物件取得者が全部負担することになる。

四、第四に、交換契約では、対価を物件で取得する点において、相続において物件を取得する場合と類似する。しかして、相続における相続物件の評価も時価による(相続税法二二条)。しかして、その時価とは、要約すると、その価額ならば、いつでも正常な状態で他の財貨と交換できる価額である(甲第三〇号証、六二五頁)。また、所得税法の時価について相続税の財産評価基準を排除すべき理由は全くない(甲第三六号証の五、七一頁ないし七三頁)。

五、第五に、交換契約では、交換譲渡物件と交換取得物件の所有権が相互に移転しただけで、物件の内包するキヤピタルゲイン(資産利得)が実現されていないことは既に述べたとおりである。したがつて、被上告人の主張するごとくこれを投機的売買における現金収入と同列に見ることは、納税者一般の意識や納税資金(担税力)の面からも問題がある(甲第三六号証の二、五九頁)。また、一年以上保有している固定資産の交換については、譲渡所得を認めない(所得税法五九条一項)こととの権衡上からも所得税法三六条二項に定める物件取得時の価額を公正な取引市場において成立する適正な時価と解するのが合理的である。

六、第六に、原判決は、「……大多数の人々の間でその価額でならば、さらに他の財貨と交換できる事情にある以上、右売買取引を正常な取引の範囲にあるという妨げなく、その取引において成立した価額をもつて当該土地の価額と認定することができる」旨判示する。しかし、物件特に土地の譲渡は個別に特性があり、条件が異なるものである。また、売買交渉は売手と買手の商談によつて成立するものである。売手の云い値で決まるものではない。したがつて、その価額でなら売ろうと思えば売れる事情があつたと云うのはあくまでも仮定にすぎない。例えば、所得税法は、売買価額について、譲渡の時の価額より二分の一まで低価で譲渡することを認めている(所得税法五九条一項二号、政令一六九条)。即ち、交換と異なり譲渡所得が実現された場合においても譲渡の場合の売買価額と時価との間に五〇%の幅を持たせているのである。また、銀行等が物件に担保設定する場合、その物件の時価の六〇%程度しか担保力を評価しないことは公知の事実である。しかして、特別の事情のないかぎり、物件を購入後即その購入価格で他の財貨と交換できる因果関係は存しないと云わざるを得ない。即ち、投機的売買等により異常に高騰した時の価額をもつて客観的交換価値を定めることの合理性を見出すことは困難である。

七、第七に、所得税法三六条二項は、課税要件である物件取得の場合の収入すべき金額につき、物件取得時の価額(時価)とするのみ包括的に規定し、その時価の認定方法等について規定するところがない。

このような課税要件の内容が明確でない場合においては、できるだけ納税者の利益保護に適合するように法解釈をすることが求められている(前掲金子宏租税法補正版一〇一頁東京高裁昭和四一年三月一五日行政裁判例集一七巻三号二七九頁)。また、課税要件はできるだけ一義的で明確でなければならない(前掲金子宏著租税法補正版七三頁)。

しかして、原判決の前記判示は、上告理由第一点第二点一項ないし六項に述た理由により右の税法上の基本原理にも背理するものである。

八、第八に、地方税法は、固定資産税の用語の意義の規定において、「価格」は適正な時価をいうと規定している。この場合の適正な時価が投機的または思惑的売買取引によつて形成された価額を排除することは明らかである。この点前記相続税法二二条の場合も同様であること既に述べたとおりである。しかして、いかに課税目的が異なるとは云え、同じ租税についての法律であり、原判決摘示のごとく、ひとり所得税法三六条二項に定める価額のみが投機等の諸事情に高騰した価額でもつて評価してよいと云うには、それなりの十分な根拠を示すべきである。

九、第九に、地価公示法は、「地価については正常な価格を判定してこれを公示する。正常な価額とは、土地について自由な取引が行われた場合において、その取引において通常成立すると認められる価格をいう」と定めている(同法二条一項、二項)。しかして、ここに云うところの「自由な取引が行われた場合において、その取引において通常成立すると認められる価格」が投機的または思惑的な取引によつて形成された価額を全く排除するものであることは明らかである。公示価格は、公開市場を所与とした正常価格であり、これを政府が取引の指標として国民に与えているのであるから、課税当局においてもこれを遵守すべきものである。また、課税当局は地価公示価格を基準に不動産の時価をとらえなければならない旨の通達もある。しかして、また、本件交換取得土地の認定にあたつては、取引当事者の特別の動機を排除した価格、更に、不動産の効用すなわち収益性に裏付けされた理論的な価格をもつて適正な時価とすべきことは課税の公平からみても社会的要請というべきである(甲第三六号証の六六、八一頁、八二頁)。

一〇、第一〇に、国税は、交換資産の時価について通達を出し、その解説によると、「交換時の交換取得資産又は交換譲渡資産の価額は、一般には通常成立すると認められる取引価額をいうものと解することができるすなわち、鑑定評価基準でいうところの正常価格(不動産が一般の自由市場に相当の期間存在しており、売手と買手とが十分に市場の事情に通じ、しかも特別な動機を持たない場合において成立すると認められる適正な価格をいう)である」とされている(甲第三八号証)。しかして、右の解説においても、時価の認定において、いかなる形であれ、投機的または思惑的取引において形成される価額が排除されていることは明らかである。

一一、第一一に、我が国の現行租税法は米国の租税制度の影響を強く受けて成立したものである(前掲金子宏著租税法補正版五八頁以下)。

その米国の新内国歳入法は、交換資産の評価等について「公平なる市場価額」なる概念を用いている(甲第三五号証の一ないし五、甲第三一号証、甲第四六号証)。この「公正なる市場価額」とは、「買つたり売つたりすることに少しも掣肘を受けないで、買うことを希望する人と売ることを希望する人との間に資産の授受が行われる場合の価額をいう」ものとされている(甲第三一号証、一〇八七頁)。ここで、売買について掣肘を受けないだけでなく、経済的事情つまり手許不如意その他の手持資産を手離さなければならないような事情のもとに売り放さなければならない場合もまた、経済的事情の掣肘を受ける場合に該当する(甲第三一号証)一〇八七頁)。しかして、この場合の公正な市場価額が、投機的または思惑的取引によつて形成された価額を排除した適正な時価を意味することは明らかである。

一二、第一二に、ドイツ国評価法には、経済財貨全般の評価について詳細な規定があり、評価の原則として、「評価に際しては別段の定めある場合を除くほか通常価格に依らなければならない」と定められている。また通常価格については、「通常価格は、通常の取引において売却した際に経済財貨の性情に応じて獲得したであろう代価によつて決定される。この場合においては、代価に影響を及ぼすような事情はすべてこれを顧慮しなければならない。尋常でない又は人的の事情は顧慮することはできない」と定められている(甲第三三号証、甲第三四号証の一ないし三)。しかして、ここにいう「尋常でない事情」が、投機的または思惑的取引によつて形成された価額を排除するものであることは、右規定のあり方から容易に推測できるところである。なお、ドイツ国所得税法にも、「金銭からならない財産(住居、食料品、商品及びその他の現物給与)は消費地における通常の平均価額によつて評価されなければならない」との規定がある(甲第三二号証)。ここにいう「通常の平均価額」の定めができるだけ公正な価格の実現を意図して定められたであろうことは、容易に窺知できるところである。

一三、以上要するに、資産の価格を評価する場合において求められる時価はいかなる場合においても、少くとも投機的または思惑的取引によつて形成された価額を排除した適正な時価であることが認められる。けだし、資産について、右の適正な時価を評価することが法律を適用する場合において結局もつとも合理的かつ公平であり、取引の実情にも合致するからである。しかして、所得税法三六条二項に定める物件取得時の価額の認定において、原判決判示のごとく、投機等の諸事情により高騰した価額を使用することは法律文化の向うべき進歩の流れに逆行するものであり、その方向を見失なわせるものである。

第三点

原判決は、阪東商事が三協不動産らから交換取得土地を買入れた取引が正常の取引の範囲ある理由として、判決理由三項、3、(二)(1)ないし(3)に七件の売買実例を挙げ、同項(四)に乙第三九号証、乙第四〇号証の鑑定を挙げている。しかし、右(二)(1)ないし(3)と(四)の理由は重要な部分で相互に矛盾している。よつて判決理由に齟齬がある。即ち、原判決が右鑑定内容を取引の正常性の理由とする重要な部分は、「右鑑定評価は右価格時点に近い昭和四七年九月頃から同四九年二月頃までの間における川本村及び江南村における各売買実例一二〇例を収集し、その中から中庸のもの各約三〇件を選び、さらにその中から短期間に転売されたものは投機的・思惑的取引によるものとしてこれを除した」から右の売買実例は正常な取引のものとしてその価額を惜信できると云う点にある。

ところが、原判決は他方では、まさに右鑑定が排除した短期間の投機売買と認められる売買実例を交換取得土地の取引の正常性の重要な根拠として挙げているのである(原判決理由三項3、(二)(1)ないし(3))。

即ち、ここに挙げられた売買実例は(ア)から(キ)まで七件あるが、そのうち五件は相当の利益を得て他に転売された実例であり、しかもその転売期間は即日ないし二か月以内である。しかして、これらの売買実例の価額が投機的・思惑的要因によつて形成されたとみられるのは、けだし当然である。(第一審判決二七丁。甲第三六号証の二ないし六)。即ち、原判決は交換取得物件の取引が正常な取引であつた理由として、投機性を排除した売買実例と投機的売買実例とを一緒に挙げているのである。

更に奇妙なのは、投機性を排除して集めた筈の鑑定と右(ア)から(キ)までの投機的売買実例の単位当りの価額は大同小異である(乙第三九号証、乙第四〇号証、原判決別紙(四)、(六))。もつとも、鑑定自身、取引の大部分が投機的なものであつたことを認めている(乙第三九号証一四頁)。

もつとも異常な取引も多数発生すれば正常になる式の原判決の評価方法によれば、前記(ア)から(キ)の取引もすべて正常な売買実例として挙げたのかも知れない。しかし、そうであれば、これらの取引実例が正常であるか否かはもはや用語の問題に帰してしまうと云わざるを得ない。更に、前記(ア)から(キ)の売買取引実例が実態的な認識において投機的要因のない正常な取引であると云うのであれば、そうした認識は明らかに経験則に違背すると云うべきである。なお、昭和四八年頃土地の売買取引において、投機的または思惑的要因が著しく現われていた例として本件交換譲渡土地とその周辺の売買取引例が挙げられる。即ち、阪東商事は熊谷観光に対し、本件譲渡土地と同じゴルフ用地として、昭和四七年五月二五日二筆四反二七歩を代金七三六万二、〇〇〇円(一平方メートル当り一、八一八円)で、同四八年一月一九日二筆計一〇、二一三・二三平方メートルを代金七、七二五円(一平方メートル当り七、五六三円)で売り渡した。また、株式会社阪東は熊谷観光に対し、昭和四七年七月二二日ゴルフ用地として六筆計七、三七一平方メートルを代金一、二七八万九、七〇〇円(一平方メートル当り一、七三五円)で売り渡した。また、阪東商事は熊谷観光に対し、ゴルフ用地として昭和四八年三月一二日本件交換譲渡土地九筆計一五、四八〇平方メートルを代金三億円(一平方メートル当り一万九、三七九円)で売り渡した。また、原告・被控訴人杉田元重は熊谷観光から昭和四七年夏頃数回にわたり反当り一八〇万円(一平方メートル当り一、八一八円)という当時としては相当高額の代価で本件交換譲渡土地の買収方を申入れていた(原判決理由三項3、(一)(1)、(2)、(4))。また、小林政雄は熊谷観光に対し、ゴルフ用地として、昭和四八年七月四日二筆計三、二八三平方メートルを代金二、九七四万二、五〇〇円(一平方メートル当り九、〇五九円)で売り渡した(乙第四七号証)。また、杉浦まつは熊谷観光に対し、ゴルフ用地として昭和四八年五月一一日二筆計一、六五九平方メートルを代金二、〇〇〇万円(但し補償料を含む)(一平方メートル当り一万二、〇五五円)で売り渡した(乙第四六号証)。また、小林政雄は熊谷観光に対し、ゴルフ用地として昭和四八七年一一月二一日四筆計二、二七五平方メートルを代金二、三五〇万円(一平方メートル当り一万三二九円)で売り渡した(乙第四八号証)。右の事実から本件交換譲渡土地を含む周辺地は昭和四七年八月頃までは一平方メートル当り約一、八一八円前後であり、昭和四八年一月一九日一平方メートル当り七、五六三円、昭和四八年三月一二日一平方メートル当り一万九、三七九円、昭和四八年五月一一日一平方メートル当り一万二、〇五五円、昭和四八年七月四日一平方メートル当り九、〇五九円であつたことが認められる。右によると昭和四七年八月頃から昭和四八年三月頃まで僅か約六月余の間に一平方メートル当りの代金は一、八一八円から一万九、三七九円まで一挙に一〇倍余もはね上つている。また、昭和四八年三月一二日の本件交換譲渡土地の価額はその後の売買例より約八、〇〇〇前後高い。右の事実から阪東商事の右売買についていかに投機的・思惑的要因が著しかつたかはつきりとわかる。しかして、阪東商事による本件交換取得土地の購入は右交換譲渡土地の売買と一体をなしているものである(原判決事実二項2)。しかして、阪東商事が本件交換取得土地を投機的・思惑的な動機によつて購入したことは極めて明白である。なお、原判決の認定によると、右交換取得地の大半は転売によつて阪東商事に取得されている(原判決理由三項、3、(一)(5))。なお、原判決理由三項、3、(三)の地価公示価格及び埼玉県の標準地の地価変動率をみても、最も変動の大きい昭和四七年から昭和四八年の一年間において約五〇%程度である(甲第四〇号証ないし甲第四七号証)。しかして、本件交換物件及びその周辺地の売買取引には、極めて強い投機的または思惑的要因が認められるのである。

第四点

原判決は「阪東商事と被控訴人の間において、当初交換取得土地に税金分として、二、四〇〇万円を付加して交換する約定であつた」旨判示する(原判決理由三項、3、(一)、(4))。しかし、右認定の理由となる証拠はない。よつて、右鑑定は証拠法則に違反するる

即ち、甲第一号証と特約事項<5>によると、交際した土地の甲に係る税務署の査定した納付金は期日までに乙が支払うとなつている。しかし、乙がこれを支払つた事実はない。また、右金二、四〇〇万円が交換差額金であることが明記されている(甲第一号証特約事項<1>)。

以上列挙中の第一点ないし第三点は、いずれも判決の結果に重大な影響を有するものであるから、そのいずれにおいても、原判決は破棄されるべきものである。

以上

(添付書類省略)

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