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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)529号 判決 1984年5月29日

上告人

矢生光繁

右訴訟代理人

三輪長生

三森淳

安藤順一郎

竹原孝雄

青木逸郎

小澤淑郎

被上告人

株式会社日高カントリー倶楽部

右代表者

高橋修一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人三輪長生、同三森淳、同安藤順一郎の上告理由について

昭和五六年法律第七四号による改正前の商法二一三条一項(以下「商法旧二一三条一項」という。)は、会社が額面株式及び無額面株式の双方を発行している場合には、定款に別段の定めがない限り、株主は、その有する額面株式を無額面株式とし、又はその有する無額面株式を額面株式とすることを請求することができる旨規定するところ(以下右請求を「転換請求」という。)、株主が転換請求をするためには、株券を会社に提出することを要するものと解すべきである。けだし、額面株式と無額面株式との間の転換は株主の権利内容をなんら変更するものではないにもかかわらず、商法旧二一三条一項の規定が株主に転換請求を認めたのは、額面株式及び無額面株式を有する株主が、両株式の株券を併合しようとする場合に、その前提措置として、額面株式又は無額面株式に統一することができるようにするためであると解されるところ、株券の併合は旧株券を回収して併合後の新株券を作成交付するものであつて、株券の併合を請求するには旧株券の提出を要することに鑑みれば、同条項が設けられた右のような趣旨に照らし、転換請求をするには株券を会社に提出することを要すると解するのが相当であり、また、このように解することが新旧株券の引換えの確実を期することにもなり、これによつて株主の転換請求に不便を強いることになるものでもないからである。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば、(1) 被上告会社は、定款をもつて、発行する株式の総数は二九八〇株、そのうち額面株式は一二八〇株、無額面株式は一七〇〇株と定めている、(2) 上告人は、第一審判決添付第一目録記載の被上告会社の額面株式一五八株の株主であるところ、昭和五三年九月五日、被上告会社に対し、右額面株式一五八株を無額面株式に転換するよう請求したが、株券の提出をしなかつた、(3) 被上告会社は、上告人が右請求をした当時には定款で転換請求を禁止していなかつたが、本訴提起前の昭和五三年九月二九日開催の臨時株主総会において定款を変更し転換請求を禁止する旨の定めを設けた、というのである。右事実によれば、上告人は前記転換請求をするについて株券を被上告会社に提出していないというのであるから、右転換請求は効力を生ずるに由なく、また、上告人は本訴においてその有する額面株式の株券と引換えに無額面株式への転換を請求しているが、前示のとおり本訴提起前に定款の変更によつて転換請求を禁止する旨の定めが設けられていたというのであるから、右の転換請求もまた効力を生じないものというべきであつて、上告人の本訴請求は排斥を免れず、これと結論を同じくする原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告代理人三輪長生、同三森淳、同安藤順一郎の上告理由

上告理由第一点

原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背があるから破棄さるべきである。

第一、株券の提出を本件転換請求の効力要件とする解釈の法令違反について

一、原判決理由三、が、上告人において被上告人に対し有効に本件係争の額面株式を無額面株式に変更すべきことを請求するには、額面株式を提出することを要するとした判断の要旨は、次の(一)、ないし(五)の通りである。

(一) 会社が額面株式と無額面株式の双方を発行したときは、定款に別段の定めがある場合の外、株主の請求により額面株式を無額面株式に、又、無額面株式を額面株式に転換請求できる旨、昭和四一年法律八三号により新たに商法第二一三条の規定が設けられた。その転換請求を認めた理由は、額面株式と無額面株式の両者を所有する株主が双方の株券の併合を希望する場合、従来の儘では株券の併合ができないので、それを可能にするためである。

(二) 商法第二二五条、同第二二六条一項の趣旨から考えると会社が新株券を発行する場合は遅滞なくこれをすることが法の要請であるが、他面この場合は旧株券を回収する必要がある。そうでないと一個の株式について二重の株券が発行され、延いては一個の株券が二重譲渡されてその流通性を阻害する惧れがあるからである。従つて、この場合新株券の発行は新旧株券の引換えという形式をとることになり、その引換えの確実を期するには旧株券を会社に提出することを要し、それが転換請求の要件であると解するのが相当である。そうでないと旧株券の譲受人に不測の損害を与える惧れもある。

(三) 尤も本件で問題とされている昭和五三年九月の時点で施行されていた商法二一三条一項(昭和五六年法律七四号による改正前)には、株主の請求による額面株式と無額面株式の相互転換について、単に請求することができると規定するだけで、その請求に当つて会社に株券を提出せよとは定めていないが、その請求に当り株券の提出を要求したとしても株主に格別の不利益を強いる訳ではなく、株主の権利行使を不安定にもしない。却つて、これによつて二重株券の発行が防止され、且つ、株券の流通性が保護されるので、類似の場合である株式転換請求に関する商法第二二二条の五の規定に準じ、これと同様に扱うべきである。

(四) 転換株式の場合には、転換前の株式と転換後の株式とでは株主の権利内容が異るから、転換後旧株券が譲渡されるときは譲受人が不測の損害を蒙るので、転換前に旧株券を回収する必要がある。

額面株式と無額面株式とでは権利の内容に何等差異はなく転換後旧株券が譲渡されても譲受人に不測の損害を与える恐れはないから、転換請求の意思表示のみで転換の効力を生ずるとしても支障はないとの見解がある。併し乍ら、この場合も会社は遅滞なく新株券を発行することを要するから、結局は株主に対して遅滞なく旧株券の提出を求めることとなる。

(五) そうとすれば、転換の要件として株券の提出を要するとするのが寧ろ合理的であるから、本件転換又は変更請求についても商法第二二二条の五を準用すべきであり、反対解釈はすべきでない。

二、併し乍ら、一括転換の場合であれ、個々の株式の転換の場合であれ、額面、無額面株式相互間の転換によつて発行される新株券は非設権証券性がその本質であり、この本質を忘れて本件転換又は変更請求の効力を論ずるのは正当な法律論ではない。原判決の法理論を裏付ける鑑定(乙第六号証)をされた大隅健一郎教授(元最高裁判事)自身、未だ商法上一括転換は固より額面、無額面株式の個別転換さえ認められなかつた昭和三九年の時点において、株式の一括転換の場合につき株券の非設権証券性を明確に認めて居られる。即ち、同教授は新旧株券の引換えを待たずに「その定款変更の決議により転換の効力を生ずる。」ことを、昭和四一年法律八三号により個別的な相互転換を初めて認めるようになつた商法二一三条第一項(昭和五六年法律七四号による同条第二項)が施行される以前の昭和三九年の時点で明確に認められ、矢沢惇、石井照久両東京大学教授がこれに対して讃意を表して居られる(ジュリスト二九九号五八頁以下、特に七九頁、「商法の一部改正について」の座談会)。そして大隅教授は株券の引換えは転換が適法に効力を発生した後における執行手続又は履行の問題であるに過ぎない旨明言され、これに対しても右両教授が同意されて居る(右同座談会)。額面、無額面の二種類の株券が存在し、定款に別段の定めがなく、資本金が額面額に発行済株式総数を乗じた額を下らないという三つの条件さえ具備されて居りさえすれば、旧株券を提出することなく、額面、無額面株式相互間の転換請求は適法にその効力を生ずると解すべきである(商事法務研究三一六号三頁、矢沢教授の「商法改正案の内容と問題点」)。物の売買が代金、物の引換や提供を待たずにその効力を生ずるのと同じである。

三、転換株式の転換請求(商法第二二二条の五)、株式の併合(同第三七七条)、株式の消却(同第二一二条)、株式の分割(同第二九三条の四)については、何れも株券の提出を要するとされているのに対して、額面、無額面株式相互間の転換請求についてはその提出を要する旨の明文がない。而して、本件転換請求と転換株式の転換請求間には類似性があるにしても、両者はその本質及び権利の内容が全く異なるので、その転換請求の要件、効果が相違するのは当然である。而も、本件株式転換請求の主張は被上告人の新たな無額面株券の発行を求める債権的請求権の主張であつて、未作成の株券に対する物権的請求権の主張ではない。従つて、上告人のその請求に株券の提出を要しないとしたからとて、会社、株主間の義務の問題として新旧両株券は引換えを当然の手続とするから、株券の二重発行や善意の譲受人に不測の損害を与え、株式の流通性を阻害する惧れもない。右商法第二一三条一項の規定する株式の転換請求につき、同第二二二条の五の規定を準用するのは妥当でないと解するものである。

四、以下その理由について詳述する。

(1) 商法第二二二条の五は同第二二二条及び同第二二二条の二を受けて、その規定する権利内容の異る株式を、株主が会社に対して転換請求できる旨の規定である。ところで商法二二二条の規定する数種の株式とは普通株の外に利益や利息の配当のための株式(優先株)、残余財産の分配を目的とする株式(後配株)、利益をもつて消却する株式(償還株)等権利内容の異る数種の株式を言い、その相互の転換が認められるから転換株式とも言つて、資金調達の便宜のため株主平等の原則の例外として発行を認められたものである。次に、同第二二二条の二は会社が数種の株式を発行した場合に、定款を以て株主が既に引受けた株式を他の数種の株式に転換請求できること、及び、その転換の条件等を定めた規定である。更に同第二二二条の五は会社が数種の株式を発行した場合に今度は株主の側から会社に対して株式の転換請求をなし得る旨を規定したものであつて、その一項は請求書に株券を添付して会社に提出することを要すると定め、二項は請求書に転換を請求する株式の数及びその年月日を記載すべきことを定めている。このように数種の株式は権利の種類、内容がそれぞれ異り且つ複雑であるから、その転換請求に当つては正確を期するため、特に請求書の外に株券の提出を義務づけて検討する必要があることを認めたのである。

(2) 然るに、商法第二一三条の規定する額面、無額面株式の転換については、原判決(八枚目表一行目以下)が反対説を紹介し、第一審判決(理由四枚目表八行目以下)がその反対説の立場から判断を示した通り、両株式の権利内容に何等の差異がないので、株券面の記載が額面株か無額面株かに重要性を認める必要はない。従つて、設権証券における設権行為や要式行為における書面の作成のように、商法二一三条の転換請求の効果を生じさせるために新旧株券の交換をしたり新株券の発行を受けたりする必要は全くないものであつて、特別の例外規定のない限り法律行為の一般原則に基づき転換請求の意思表示により直ちにその効力を生ずると解すべきである。この点について原判決はこのように解すると一個の株式について二重の株券が発行され、延いては二個の株券が二重譲渡されて株式の流通性を阻害する恐れがあるという。併し乍ら、上告人が原審で旧額面株券と引換えに新無額面株券の発行を求めている(原判決事実摘示第一の二の2)通り、会社(被上告人)は先ず商法第二二五条により無額面株券を作成し、同第二二三条によりその旨株主名簿に記載し、然る後に株主(上告人)をして額面株券を返還させ、これと引換えに同第二二六条により無額面株券を株主に発行、交付して、転換請求が効力を生じた後の双務契約的な義務を逐次相互に履行して転換の実体的効力を執行する手続を完了することになる。従つて、株券の二重発行や二重譲渡によつて株式の流通性を阻害することはあり得ない。

五、商法第二一三条は額面株式を無額面株式となすことを請求することができる旨規定するだけで、新旧株券を引換え交換せよとは特に規定していない。然し、転換請求の意思表示が効力を生じた後の新旧株券の引換えの確実性は手続的に保障されているから、原判決のように新株券の交付と旧株券の返還の時を異にするので二重株券の発行と二重譲渡の起る危険があるというのは新旧株券の交換の手続的本質を誤解した恣意的な解釈と言わざるを得ない。数種の株式の転換請求に関する商法二二二条の五の規定は昭和三〇年法律二八号によつて設けられ、額面、無額面株式の個別的相互転換に関する商法二一三条一項の規定は昭和四一年法律八三号によつて先ず設けられ、更に、昭和五六年法律七四号によつて従前の商法第二一三条第一項を第二項とし、第一項に学説上主張されていた会社による一括転換の規定を新設した。株式の転換という点で商法第二二二条の二と二一三条の両者は類似し条文の配列上からも近接しているので、当局が商法改正の都度両者の比較検討を重ねたことは容易に推測できる。にも拘らず株主の会社に対する株券の提出を要件とした昭和三〇年法律二八号による商法二二二条の五に関する十一年間もの経験を積んだ後に、その株券の提出を要件としない昭和四一年法律八三号による商法二一三条一項が新設され、株券の提出を要件とする商法第二二二条の五を準用する旨の規定も置かれなかつた。又、更に、原判決が株券の提出を要件としないと二重発行、二重譲渡の発生により株式の流通の安全を阻害するという昭和四一年法律八三号による商法第二一三条一項に関する十五年間もの経験を積んだ後に、株券の提出については同趣旨の昭和五六年法律七四号による商法第二一三条一、二項が規定されたにも拘らず、依然として株主からの株券の提出は要件とされては居らず、商法二二二条の五を準用する規定も置かれなかつた。即ち、立法者は商法第二一三条につき原判決がいうような流通性阻害の危険を認めなかつたのである。

六、かような立法ないしは関係法律改正の経過から観ても、権利内容の異る数種の株式の転換請求と権利内容の同質同等な額面、無額面株式の相互転換請求とではその本質を異にし、条文の規定の仕方も長期に亘つて明確に異つている。従つて、この点を素直に判断し株券の提出を要件とせずに本件転換請求の効力を認めた第一審の判断こそが正当な解釈であり、二つの株式転換の制度の比較において条文上の明確な差異とこれを裏付ける立法の具体的経過を無視して本件転換又は変更請求の効力要件として上告人の被上告人に対する旧額面株券の提出を義務づけた原判決は商法第二一三条の解釈適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼしたことが明らかであるから、原判決は民事訴訟法第三九四条及び同第四〇七条又は四〇八条により破毀を免れない。実務上の問題としても、被上告人が新株券を作成しこれを上告人に発行交付することによつて、初めて上告人がその株券に対する物権的な権利者となる(御庁昭和四〇年一一月一六日判例、民集一九巻一九七〇頁、最高裁判所判例解説四四一頁、判例民法大正一一年六一号事件の松本蒸治博士の解説)のであるから、被上告人が上告人から旧株券を回収することなく、上告人に新株券を交付するような事態は正常な手続としては全くあり得ないのである。

第二、上告人の株券提出義務は免責されないとする解釈の法令違反について

一、上告人は被上告人会社の額面株式一五八株を土地売買代金等約十二億円もの債権の代りに、当時の被上告人会社の常務取締役訴外岸井寿久より取得し、その具体的権利の内容は訴訟上の和解調書により確定されている(甲第一乃至四号証)。而して、被上告人会社の社長で第一の実力者である訴外高橋修一は第二の実力者だつた右岸井の所有株式が他に流出することを虞れて上告人方に訪れ、昭和五一年一〇月二〇日付書面により上告人所有の右一五八株を代金一三億円で同五三年五月三〇日迄で買取るべきことを約束した(甲第七号証)。ところが、右訴外高橋が約旨に反してその株式を買取らないので、上告人はその補助者第一審証人訴外吉田康夫、福島義輝等の協力の許に昭和五三年二月から七月にかけて、同高橋に対し右買取の約束の履行方を求めた。然し高橋が応じないので困惑していたところ、同年七月初め東京都千代田区の寿商事と称する株の業者から、上告人の所有する右額面株式は無額面株式に転換請求することが出来ること、並びに、無額面株式にはゴルフのプレー権がついているのでそれが高額で取引されることを初めて聞かされた。そこで、上告人は右吉田、福島等を使者として昭和五三年七月末から八月初めにかけての一回目を初回とし、同年八月一〇日を第二回目、同月一四日を第三回目、同月一七日を第四回目、同月二八日を第五回目として、被上告人に対し、その柳井道夫東京事務所長を介し、又は、高橋修一社長本人に対して直接、右額面株式一五八株を無額面株式に転換して呉れるよう請求した(甲第五、六号証、第一審証人吉田康夫、同福島義輝の各証言)。これに対して高橋社長は初めは他の役員に相談するから待つて欲しいという理由で、後には役員会に諮るとか最後には明ら様に九月末に株主総会にかけるから一寸待つて欲しいという理由で、その転換請求を終始拒否し続けた(右同証人の各証言、同号証)。上告人はその事実関係を第一審において立証したが、被上告人は第一、二審を通じて抽象的にそれを否定するのみで、何等具体的な反証も証拠抗弁も提出しなかつたから、右事実関係を無視して本件転換請求の効力や当否を論ずることは許されない(民事訴訟法第四〇三条)。

二、被上告人は上告人から本件額面株式一五八株を代金一三億円で買受ける旨の甲第七号証の一札が真正に成立したことを自白し乍ら、これによる自己の意思表示は上告人と訴外岸井寿久が共同事業をするのに第一勧業銀行から右株式を担保に多額の融資を受けるに当り、その担保価値を高めるのに協力するためにした通謀虚偽表示であるかのように弁解する。そして、額面通り、一株五千円計金七九万円なら買取るとか一株五十万円計金八千万円なら買取るなどと主張して甲第七号証による約束の履行を拒否した。被上告人代表者高橋修一は原審で上告人が詐欺師まちがいのことをした旨事実無根の主張を展開したが、本件では右一三億円で上告人所有株式を買取る旨の約束を反古にするためにに、自らが第一勧業銀行に対して価値のない担保を如何にも価値のある担保のように申し欺き、融資金を騙取しようと自ら詐欺行為の重要な役割を果たしたことを先行自白するかのようなこと迄して自己の株式買取り義務を免れ、被上告人をして新株発行義務を免れさせようとしている。併し、当時被上告人会社の経営のための額面株式一、二一四株の中四五七株を右高橋が所有していたに過ぎず、その次の大株主が上告人で一五八株を所有し(乙第七号証の四)、上告人が他の八名の株主と連合すると高橋の経営が難しくなるので、高橋が自己の立場を守るためには是非共右一五八株を買取りたい希望があつて、自己の真意に基づき右一札を差入れたのであることが充分推認できる。その一五八株の券面上の名義が上告人の再三の要請により昭和五一年九月三日岸井より上告人に書換えられた際、その株券面に株主名簿との間になされたかのような割印(甲第八号証の四、七の写しに見られ、その原本によれば同号証の一乃至三二の何れも存在する。)があつたので、上告人は当然株主名簿も自己名義に書換えられたものと信じていた(甲第五号証の一、二)。ところが、それから一年三カ月程後の同五二年一二月二一日株主名簿の名義人が依然として岸井であることが判明した(甲第六号証)。そして上告人の要請によつて翌五三年七月二〇日漸く株主名簿の名義が上告人に書換えられたという経緯もある。これは被上告人が本件株式転換の手続に限らず、何事によらず極めて不誠実であることを示すものである。

三、従つて、仮に、本件株式転換又は変更の請求を適法有効にするためには、商法第二二二条の五を準用して株券の提出を要件とする旨の原判決が正しかつたとして、上告人が旧額面株式一五八株を被上告人に対し予め提出して転換請求したとしても、昭和五三年七月から八月にかけて五回に亘り上告人の転換請求を拒否し転換義務を免れようとしていた被上告人が、新たな無額面株式を、当時被上告人会社に発行し得るものとして枠の残つていた一二四株の限度内と雖も、発行をしなかつたであろう実状にあつたことは洵に明白である。而して、本件株券の提出と無額面株券の発行は双務契約そのものの関係ではないが、双務契約的な法律関係であるから、民法第四九三条を繞る信義誠実の原則の解釈論を本件に適用することが出来、又、適用すべきであることも明らかである。従つて、被上告人としては上告人が株式転換請求、即ち、自己の所有する額面株式一五八株を無額面株式に変更して欲しいと五回にも亘つて予告し、その当時商法第二一三条一項により正しく上告人にはその請求権があり、被上告人会社の定款には何等これを制限する規定もなかつたのであるから、新たに発行し得る無額面株式が一二四株であること、並びに、上告人が旧額面株券一五八枚のうち一二四枚を提出すれば、これと引換えに新無額面株券一二四枚を上告人に対して作成交付する用意のあることぐらいは上告人に通知すべき信義則上の義務があつたことは明白である。さすれば、上告人は何時でも容易に旧額面株券を被上告人に提出することが出来た(前記吉田、福島各証言)のであるから、万事法律の定めに従い円満に事務処理されて正常な状態が維持されたのである。

四、然るに、被上告人は会社自体のためではなくして、主としてその高橋社長の大株主としての個人的な権益を守るためにその本心を秘匿し乍らその野望を達成すべく、上告人の正当な株式転換請求を不法にも抑圧しようと企て、新たに発行し得る無額面株式の枠が一二四株しか残つていないことすら上告人に告げず、他の役員や株主に呼びかけて上告人が正式に転換請求をしない中に急拠臨時株主総会を開催し、よつて、額面、無額面両株式の相互転換を禁止する旨定款を変更して上告人の既得権を蹂躙しようと奔走していた。このことは、その直後の昭和五三年九月二九日現実に急拠臨時株主総会が開催されて右相互転換を禁止する定款変更がなされた厳然たる事実によつても裏付けられているのである。従つて、被上告人には上告人の辞を低くした正当な転換請求の予告に対して旧額面株券さえ提出すれば新無額面株券を引換えに発行する意思などさらさらなく、新株券の受領を催告したり予告したりするような信義も誠実も全くなかつたのであるから、上告人が被上告人に対して旧額面株券を提出することなくして昭和五三年九月四日付翌五日被上告人到達の書留内容証明郵便による株式転換請求は当然有効と解すべきである(御庁昭和五〇年四月八日第三小法廷判決、金融法務事情七六三号三六頁)。

五、商法第二一三条、同第二二二条の五に関するこの点についての判例は見当たらなかつたが、信義則の適用上これと同視すべき民法第四九三条の解釈として次のような判例がある。

(1) 双務契約において、相手方が債務の履行を提供するも、他の一方が債務を履行せざる意思が明確なる場合には、相手方が債務の履行を提供せざるも、他の一方は債務不履行の責を免れない。その理由は、相手方が債務の履行を提供するのは、他の一方の債務の履行を期待してなすものだからである。しかるに他の一方が債務履行の意思のないことが明かなるに拘らず相手方に履行の提供を強いるのは公正を欠くものである。従つてこの場合相手方が履行の提供をしない責任は他の一方にあるのであるから、その者は自己の債務の不履行をしながら相手方の責任を問うことはできない(大正九年(オ)第九四〇号、同一〇年七月八日大審院判決、民録第二七輯一四四九頁)。

(2) 売主に契約を履行する意思がなく、代金を提供してもこれを受領しないことが明確な場合には、買主は代金の提供をしないで目的物の引渡を催告し、売主がこれに応じないときはこれを理由とする契約の解除も有効にして、買主は代金支払の準備をなしたることの通知をも要しない(大正九年(オ)第四六四号、同年二月一一日大審院民事判決、民録二六輯一八三〇頁)。

(3) 右趣旨を踏襲した御庁の判例を左に掲げる。

昭和二九年(オ)第五二二号、同三二年六月五日大法廷判決、民集一一巻六号九一五頁

同二三年一二月一四日判決、民集二巻一三号四三八頁

同三二年九月一二日判決、民集一一巻九号一五一〇頁

同三六年六月二日判決、民集一三巻六号六三一頁

六、況して、本件においては上告人の有していた額面株式は約十二億円の債権の代償として当時の被上告人会社の岸井寿久常務取締役から取得したものであるところ、被上告人は上告人の再三の請求にも拘らず長期に株主名簿の名義書換えを遅延した事実があり、被上告人会社高橋社長が上告人から右株式を代金十三億円で買取る旨書面で約し乍らこれを履行しなかつた事実もある。依つて、右信義則に関する判例の趣旨は一層強い理由で本件に適用さるべきものである。被上告人は上告人の本件転換請求につき株式が特定されていないから転換請求の効力がないともいうが、上告人の請求は被上告人会社に発行の枠が残つていた無額面株式の全部一二四株についてその請求をしたことは明らかである。これに対して上告人が被上告人に返還すべき額面株券一五八株の中一二四株は何れも同種、同等、同質のものであるから、引換えに際しその何れの一二四株を返還しても義務の履行、又は、手続の執行に何等欠けるところがない。最後に被上告人は上告人が株券を提出して転換請求したならばこれを拒むことはなかつたし、拒む理由はなかつたとも弁解するが、昭和五三年九月五日到達の転換請求以前の一カ月余の間に上告人が何時でも額面株券を返還する積りで五回に亘り額面株式を無額面株式に変更して欲しいと口頭で請求していたのに、額面株券さえ返還するなら無額面株券を発行するとかこれを拒む理由がない等の信義に従つた誠実な発言は全くなく、一寸待つて、一寸待つてという不誠実な弁解に終始していたから、本訴における被上告人の弁解が虚偽の弁解であることは明白である。にも拘らず、原審が被上告人のその点の主張を総べて認めて上告人の本訴請求を退けたのは商法第二一三条、民法第一条の解釈適用を誤り、それが判決に影響を及ぼしたことに帰着するから、原判決は民事訴訟法第三九四条及び同第四〇七条又は四〇八条により破毀さるべきである。

上告理由第二点

原判決は審理不尽、理由不備の違法があるから破棄さるべきである。

一、原判決は被上告人の主張事実を認定するのに、被上告人には旧株券を回収する必要があり、上告人の旧株券の提出を義務づけることによつて新旧株券引換えの確実を期する必要があつたとする(原判決理由六丁裏五行目、一〇行目)。併し乍ら、上告人は原審において飽くまでも新旧株券の引換給付を求めていた(原判決事実摘示第一、の二、の7第一審判決理由四も同じ)のであつて、本件の実態は甲、乙各号証と第一審における証人吉田、福島の両証言により明らかな通り、上告人が旧株券の提出返還を拒んだのでも、それが不能困難だつたのでもなく、飽くまでも被上告人がその高橋社長の個人的利益を図ることを主たる目的として新株券の容易になし得る発行を嫌がり、これを拒んだということなのである。従つて、上告人からの旧株券の回収が確実だつたことは明白であつて、この点の判断は不要であり、逆に被上告人からの新株券の発行、又は、これによつて、上告人の新株券の取得が確実だつたか否かを判断することによつて上告人の株券提出義務が免責されるか否かをこそ判断すべきだつたのである。即ち、原判決には、判断すべきことを真に必要とした事項につき判断せず、判断する必要のない上告人が誠実であることをこそ裏付ける事実を以て、不誠実な被上告人に義務違反がなかつたことの理由とした許し難い矛盾があるから、この点だけを以てしても原判決には民事訴訟法第三九五条第一項第六号の審理不尽、理由不備の違法がある。

二、次に、原判決は上告人に予め株券を提出させないと二重株券の発行の危険があり、株券の流通性に障害を生じ、転換後旧株券により株式が譲渡されるときは、譲受人が不測の損害を被るおそれがある旨の虚偽の事実を認定し(原判決理由六丁裏七、八行目、七丁裏一〇、一二行目)、これを上告人の主張を認める理由とした。併し乍ら、第一、二審で取調べられた全証拠によれば、上告人は一日も早く額面株券を被上告人に返還して無額面株券を取得することだけしか考えては居なかつたのであるから、上告人の側から被上告人が無額面株券を誠実に発行しているにも拘らず旧額面株券が第三者に譲渡され、その譲受人が不測の損害を蒙つたり、二重に株券が発行されたりする惧れがあるなどという事実は全く存在しない。結局原判決は被上告人が上告人に対して当然なすべき無額面株券の発行を故意に未だに依然として怠つているという違法な事実を殊更に無視し、合法な上告人側には存在しない事実を違法な被上告人の主張を容認する理由としたことに帰する。これ亦、正義の実現であるべき判決の理由としては、証拠に表れた真実を無視し著しく矛盾したものであるから、原判決には審理不尽、理由不備の違法がある。

三、又、原判決は上告人に旧株券を提出させても株主に対して格別の不利、不便を強いるものではなく、株主の権利行使を不安定とするものでもないと認定して(原判決理由七丁表七乃至一〇行目)、これ亦被上告人の主張を認める理由とした。然し、上告人は決して株券を提出するのが不利、不便だとも、提出義務は上告人の権利行使を不安定にするとも主張していないし、思つてもいなかつたことであり、却つて、被上告人さえ無額面株券を当然の義務として発行して呉れるのであれば、何時でも何所にでも容易に旧額面株券を呈示し、提出することができた。そしてそのことによつて株主の権利行使が不安定になることなどは全くあり得ないことであつた。これも原判決が当然の事実、又は、全くあり得ない事実を恣意的に認定して不当な言分を認め真実と正反対の矛盾した結論を導いたことになるものであつて、審理不尽、理由不備の違法を犯したものである(第一審判決理由三枚目裏一〇行目以下)。反対に、被上告人の不誠実な株券発行の拒否こそが株主の権利行使を著しく不安定な状態に陥れて了つていることは本件訴訟の現実を観れば明らかである。

四、最後に原判決は、たとえ被上告人が上告人に対し予め無額面株券の発行を拒否していたような事情があつたからと言つて、直ちに被上告人が株券を提出してなされた転換請求の法的効果を否定し、拒絶することはできないとして(原判決理由九丁表一行目以下)上告人の株券提出義務違反を認定し、被上告人の新株券発行義務はないと判断した。被上告人の当然の義務違反が先行し、被上告人に本当に新株券発行の意思があるならば、上告人の五回にも亘る株式転換請求に対しその意思のあることを伝達し、旧株券の提出を催告すべき信義則上の義務があるのに、最も肝要なこの争点に対する判断を示さず、被上告人の義務違反の責任を何等罪のない上告人に転稼するような不合理で矛盾した理由を示した。この点にも原判決は審理不尽、理由不備の違法がある。依つて、原判決は民事訴訟法第三九五条一項第六号及び同第四〇七条又は四〇八条により破毀されなければならない。

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