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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(あ)505号 決定 1980年12月16日

本店所在地

新潟市花園一丁目二番五号

有限会社ニューヒノマル

代表者代表取締役

内山千代蔵

本籍

新潟市沼垂東四丁目七七七番地二

住所

新潟市東大通二丁目三番一五号

会社役員

内山千代蔵

明治四三年一〇月一七日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五四年一月二二日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人関根達夫の上告趣意第一点のうち、東京高等裁判所昭和三九年(う)第一二三一号同四一年三月一六日判決・高刑集一九巻二号一〇八頁及び大阪高等裁判所昭和四一年(う)第九三七号同四二年六月一六日判決を引用して判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、東京高等裁判所昭和三一年(ネ)第一五一四号同三六年四月七日判決・行裁集一二巻四号七七三頁及び札幌高等裁判所昭和三八年(う)第一五六号同三九年二月二九日判決を引用して判例違反をいう点は、他により合理的な所得金額の認定方法があるのに、原判決がこれを無視して財産増減法による所得金額の認定をしたことを前提とするが、本件においては他により合理的な所得金額の認定方法がなかったことが記録上明らかであるから、所論は前提を欠き、同第二点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判所裁判官 寺田治郎 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己)

○昭和五四年(あ)第五〇五号

被告人 有限会社 ニューヒノマル

同 内山千代蔵

弁護人関根達夫の上告趣意(昭和五四年五月一五日付)

課税処分において、財産増減法による所得の推計が適法とされることは、所得税法及び法人税法の規定をまつまでもなく異論のないところであろう(最高裁判所第三小法廷昭和四二年九月一九日訟務月報十三巻十一号一、四二四頁)。しかし刑事における租税ほ脱罪の認定において、財産増減法による所得の推計が許されるかどうか、許されるとしてどのような要件の下に許されるかは別個の問題であり、学説も下級審判例も岐れている。

最高裁判所の明快なご判断を仰ぎたい。

第一点 原判決は、最高裁判所の判例のない問題点について刑事訴訟法施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたものである。

原判決は「第一審判決が、その挙示する関係証拠により、いわゆる財産増減法により被告会社の本件各事業年度における所得金額を算定したことは相当である」と判示し、右方法による所得認定を安易に是認したが、この点について、弁護人は不服であり、刑事訴訟法第四〇五条第三号後段の規定により最高裁判所のご判断を求めるものである。

大阪高等裁判所昭和四一年(う)第九三七号昭和四二年六月一六日言渡(判例タイムズ二一五号一九七頁)は、「法人税ほ脱の罪となるべき事実を構成する実際の所得金額を確定するに当っては、その前提として当該事業年度の総益金及び総損金の内容をなす個々の益金及び損金、即ち純資産の増加又は減少の原因となるべき各個の具体的事実を証拠により認定する必要がある(東京高等裁判所昭和三九(う)第一、二三一号、同四一年三月一六日判決参照)。もっとも昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法第三一条の四第二項(弁護人注、現行法人税法第一三一条)では所得金額の推計を認め、当該法人の財産もしくは債務の増減の状況、収入もしくは支出の状況又は事業の規模により、直ちに所得金額を推計できることになっているが、右は課税処分のために認められた便宜的方法たるに止り、刑事事件においてはかかる推計は許されないと解すべきである。しかし弁護人主張のように法人税法違反の刑事事件では推計が総て許されないものでなく、一般刑事事件において事実上の推定として認められる程度の合理的な推定を用いることは何ら差支えない。」と判示し、またこの判決で引用されている東京高等裁判所昭和三九年(う)第一二三一号判決(高裁刑集一九巻二号一〇八頁)は、「法人税ほ脱の罪となるべき事実を構成する実際の所得金額を確定するに当っては、その前提として、当該事業年度の総益金及び総損金の内容をなす個々の益金または損金すなわち純資産の増加または減少の原因となるべき各個の具体的事実を証拠により具体的に認定する必要がある。」と判示している。これは刑事における脱税犯認定について安易に財産増減法によることを厳しく戒しめているものと解される。

また札幌高等裁判所昭和三九年二月二九日言渡(税務訴訟資料四二号一三二頁、判例体系租税法4XIV五八七頁)及び東京高等裁判所昭和三一年(ネ)一、五一四号昭和三六年四月七日言渡(行裁例集一二巻四号七七三頁、判例体系租税法4XIV五九九頁)は、所得税法についての行政事件訴訟の判決においてであるが、財産増減法による所得推計を是認しつつも、前者の判決では「ただこの方法は純資産の把握に際し当期の収益または費用でないものが混入する危険があること等の事由が存するため、その正確性の維持については特別の配慮を必要とする」と説示し、また後者の判決では「資産増減法による所得額の推定は、他により合理的な所得額推定の方法がある場合にはこれを避けるべきである」と説示し、いずれも財産増減法による所得推計の危険性を指摘して厳正な認定態度を要求している。

これらの判決の趣旨とするところは、一定の期間における個人または法人の資産負債の増減を確実に捕捉することが極めて困難であり、特に個人または中小法人の場合はその確実な捕捉は不可能に近いという実情に基いて、この方法によるほ脱所得認定を安易に是認すると、時にほ脱のないところにほ脱を認定し、またはほ脱額を過大に認定する等の過誤に陥り、罪なきところに罪を作る結果になる恐れが多いことから、これを避けようとするにあるものと思われる。すなわち

一 財産増減法による所得認定の行われる場合の多くは、税務当局ないし検察当局において一定期間における納税者の資産または負債の増減と一応見られるいくつかの事実を把握し、これについて納税者の弁解を求め、納税者がこれに対して合理的な弁解をしないと右の増減の結果の財産増加額をその期間中の所得額と推定するという方法によって行われる。しかしこの資産負債の増減と一応見られる事実には実際の増減でないものも含まれていながら、これについて納税者が税務検察当局に納得のいく合理的な弁解をなし得ない場合が多い。例えば資産増加と認められる事実が第三者からの借入金もしくは預り金またはその返還によるものであるが、その第三者に対する義理、守秘約束等からその事実を述べることができない場合もあろう。それが従前からの無記名または架空名義預金の払戻金を他の資産に代えたことによるものであるが、払戻後年数を経ているために銀行からその事実の証明を得ることができなくなってしまっている場合もあろう。その取得原因に違法ないし非倫理性があるために従来隠匿して来た裏の資産をその期になって始めて表に出したいという場合もあろう。またこれらの事実を誇大に申し立てたために税務検察当局から不信を招き一部の事実の部分までも取り上げてもらえないでしまう場合(実際にはこの場合が非常に多い)もあろう。そしてこのようなことは個人または中小法人の場合に特に多いと思われる。

右のような一応財産増加と認められる事実がありながら当の納税者が合理的な弁解をしない場合に、これから直ちに所得金額を推定することは、課税処分においては或は是認されるものであるかも知れない。しかし犯罪者に刑罰を科する刑事事件においては、このような推定の下に所得金額を認定し、ほ脱犯の成立を認めることは許さるべきことではないと考える。前記の大阪高等裁判所昭和四一年(う)第九三七号事件及び東京高等裁判所の昭和三九年(う)第一、二三一号事件の判決はこの見地から刑事事件における財産増減法による所得認定を厳しく戒しめているもので誠に事理に適した判断であると思われる。

二 また、仮に財産増減法による所得の推計が刑事の場合にも認められるとしても、その方法の採用を安易に認めることは相当でなく、他により合理的な方法がある場合にはこれを避けるべきものであることは、前記札幌高等裁判所及び東京高等裁判所の行政事件訴訟の判決の説示のとおりである。このことは右に述べた財産増減法による所得認定の陥り易い過誤の危険性からも当然であるが、更に所得は益金(収入金額)から損金(必要経費)を控除した残額として成立するものであるから、ひとしく推計といっても財産増減法による推計より損益計算法による推計の方が、より直接的な推計として確度が高いと考えられるからである。したがって損益計算法による推計を組み立てるに足る資料が備っている場合に、これを無視して財産増減法による推計を行ってほ脱罪の成立を認めるということは違法というべきである。

原判決は上告人が損益計算法による合理的な所得推計を具体的に主張しているにかかわらず(この点は後記する)、これを排斥し、安易に財産増減法による推計を採用しているのであって、前記大阪高等裁判所及び東京高等裁判所の刑事事件の判決に反することは勿論、札幌高等裁判所及び東京高等裁判所の行政事件の判決にも反するものであり、到底正当な判断とはいい得ないものと信ずる。

第二点 原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の違反とこれに基く重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する結果となる。すなわち原判決は、本件において損益計算法により合理的に被告会社の所得を推計する手段があるにかかわらず、この手段を排斥して安易に財産増減法による推計を是認し、その結果過大な租税ほ脱額を認定したもので、これは法人税法第一五九条の解釈を誤まったものであると共に、その結果重大な事実誤認に陥っているものでる。

一 パチンコ営業を営む法人の益金は玉の売上金であり、損金は景品仕入高、人件費、施設賃借料、減価消却費、光熱水料、事務費その他管理費等である。ところで被告会社の場合これらの損金はすべて正確に記帳されているのであって、国税査察官自身の認めるところである (近藤昭治の第十七回公判期日における証言(記録四七四丁裏面)、甲第二〇六乃至第二一〇号証)。したがって玉の売上金額を推計し得るならば、容易に損益計算法による所得の推計が出来る筋合である。

そこで、被告会社の起訴第一年度及び起訴第二年度の玉の売上金額であるが、これは弁護人の控訴審における弁論要旨一、記載のとおり、甲第二一六号証の景品売上高(景品交換にまわった当り玉の総額)を基礎として推計するのが合理的である(起訴第二年度については被告会社に吸収された沼垂店の三ケ月分の売上がこれに加算されるがこの点は後記する)。この景品売上高は国税査察官もその正確性を認めているところであるから、これを景品交換率(玉の売上額に対して景品交換にまわった当り玉の額の比率)で除すれば、玉の売上額が容易に算出されることになる。この景品交換率は直接これを立証する資料がないから間接的な証拠資料によって認定する外ないが、仮に検察側が正当として主張し、原判決においても損益計算の試算の基礎として採用された南凡夫作成のメモの景品交換率(被告会社と同業の新潟会館の景品交換率―甲第二一六号証参照)を使って算出するならば、それは検察側においても納得せざるを得ない売上金額ということになろう。尤も、起訴第一年度の売上金額の推計はこれでよいのであるが、被告会社は昭和四三年三月それまで被告人内山千代蔵夫妻が個人経営していた沼垂店を吸収したから、この沼垂店の同年四月、五月、六月の三ケ月分の売上が被告会社の起訴第二年度の売上に加算されなければならない。この沼垂店の三ケ月分の売上を合理的推計によって算出し加算すれば、被告会社の総売上金が起訴第一年度、第二年度ともに算出され、更に所得金額およびほ脱所得金額も算出されるわけであり、弁護人は原審提出の弁論要旨二、(昭和五三年十月三十日付)でその算定を詳述したのであるが、その算出金額は起訴両年度共に原判決認定のほ脱所得金額を大幅に(起訴第一年度は約千三百五十万円、第二年度は約六百四十万円)下まわっているのである。

検察側の是認し採用する資料に基いて損益計算法による推計を行っても、なお算出されるほ脱額が原審認定のほ脱額より遙かに低額であることは、極めて重大な問題である。原判決は、それにもかかわらず、弁護人の損益計算法による推計(原審弁論要旨三、)を斥けて財産増減法による推計を採用したのであって、この点だけでもその違法と事実誤認は明白である。

二 右のように被告会社の損金と景品売上高が明らかであるからには残る問題はできるだけ正確な景品交換率を発見することだけである。景品交換率さえ把握されるならば損益計算法による被告会社の所得の推計が容易に組み立てられるのである。そしてそこで問題になるのは、前記の南凡夫メモに示される同業新潟会館の景品交換率と、竹津メモ(甲第二〇五号証、乙第一号証)に示される被告会社の昭和四四年三月一五日までの景品交換率といずれの率を基礎とするのが、被告会社の起訴両年度の実態を推定するのに合理的かということだけである。この点につき原判決が南凡夫メモの景品交換率を採用して竹津メモのそれを排斥し、竹津メモに基く弁護人の損益計算法による推計を合理的でないと極めつけ、その結果安易に財産増減法による推計を是認して、被告会社の所得金額が、実際には起訴第一年度三五、三九三、四三五円同第二年度三九、八九五、九五六円であるにかかわらず(原審弁論要旨三)、それぞれこれを八一、九七八、〇一〇円及び八一、五九九、七一三円と認定し、また実際の脱税額が同第一年度六、七一四、一〇〇円、同第二年度六、五三九、五〇〇円であるにかかわらず(同要旨三)、それぞれこれを二三、〇一八、八〇〇円及び二一、一三五、八〇〇円と認定したことは、次に述べるとおり重大な事実誤認である。

(1) 弁護人は控訴趣意補充書三、で詳細な資料に基いて竹津メモの景品交換率が被告会社の実態を正しく反映していることを力説したが、原判決はこれに一顧をも与えず、「同業とはいえ、経営者を異にし、営業方針が同一であるとはいえない他店における景品交換率の調査結果をそのまま被告会社における景品交換率とすることは望ましいものでないことは所論のとおりであり、また証人竹津勇は、原審第一一回公判期日において、右竹津メモが本件査察が開始されて以来約三ケ月にわたって、査察官の指示の下に作成されたものである旨所論にそう供述しており、右竹津の供述によれば、右竹津メモは被告会社における本件査察開始後のパチンコ玉の売上額及び景品交換に廻った玉の個数をそのまま表示しているものと認められる。」として一応南凡夫メモ採用の妥当性を疑問としながらも、結局竹津メモの交換率を排し、「事業規模、立地条件等において類似する同業の新潟会館における景品交換率に基いて、被告会社の売上高をいわゆる損益計算法によって試算し、その結果をいわゆる財産増減法による被告会社の所得の正当性の裏付けとした原判決はあながち不合理なものということはできない。」としているのであるが、その竹津メモの景品交換率を排斥した、理由の一つとして説示するところは「被告人が安田信託銀行新潟支店に開設していた貸金庫を開扉していない日に、被告人が購入した貸付信託取得額は、昭和四〇年六月一八日から昭和四二年一〇月五日までの間で二、七〇〇万円であり、またその間、その各取得の直前取得日から右貸金庫を開扉しないで貸付信託を購入した日までの経過日数は一二五日であることが認められている。従って、右経過日数のうちの一日当りの平均購入金額は約二二万円にのぼりこれを一ヵ月に換算すると、六〇〇万円を越える結果となることが窺われる。これをそのままその間に売上除外した金額としてみると、所論において試算する被告会社の売上除外金額をはるかに上まわることが明らかである。」というにある。しかし、この説示は原判決の理由一、(一)、(2)の「原判決(弁護人注、第一審判決)が被告会社における右簿外預金(弁護人注、貸付信託、預金等で、貸付信託がそのうちの高い比率を占めている)の増加額をそのまま本件各起訴年度における被告会社の所得としたものでないことは、原判決が(弁護人注、第一審判決)その「被告人および弁護人の主張に対する判断」の項7で説示しているように、本件各事業年度における増加資産のうちから被告人個人の資産の増加とみなされたものを控除していることから明らかである。」の説示と矛盾する。すなわち原判決のこの部分の説示は、弁護人が国税査察官作成の「景品率による売上脱漏額と簿外預金等の増加状況を比較し、売上脱漏額より簿外預金発生額の多い期間があることを指摘して、簿外預金等増加額をそのまま売上脱漏と見ることは不当であると主張したのに対して、簿外預金等の増加額をそのまま被告会社の所得額としたものでないとして右主張を排斥したのである。しかるに原判決は、景品交換率の認定については、弁護人主張の竹津メモのそれを採用しないで南凡夫メモによる他店の交換率を採用することの理由として、貸付信託購入額をそのまま売上除外額として見ると、竹津メモの交換率を基礎にした弁護人の推計売上額をはるかに上まわるではないかといっているのである。一方では簿外預金等増加額をそのまま所得額としたものでないといい、他方では貸付信託購入額をそのまま売上除外額とする。明らかに矛盾といわざるを得ないのみならず、右説示のように、被告会社が貸金庫を開扉していない日に購入した貸付信託取得額の一日当り金額なるものを算出して一ケ月の売上脱漏額を推定することは甚だ飛躍した推定というべく、このような方法で売上の脱漏額を認定し、ほ脱犯の成立を認めることは到底許さるべきことでないと信ずる。

(2) 原判決が右のように竹津メモの景品交換率を採用しないことの最も大きな理由は「被告人らが被告会社設立の時点において一億円にのぼる現金を保有していたとは認められない」(原判決一六丁末行以下)ということであろう。この現金の保有を認めないということから直ちに貸付信託等購入額をそのまま売上除外額と認めるという結論を導き出し、この除外額を下まわる除外額を導き出す竹津メモの景品交換率に基く推計は採用できないということになるのであろう。しかし、この理由で竹津メモの景品交換率に基く損益計算法の推計を排斥することは、財産増減法による推計を是認するから損益計算法による推計を認めないというに等しいことになる。損益計算法による合理的な推計手段がある場合には、財産増減法による推計を避くべきことは当然であり、前記東京高等裁判所昭和三一年(ネ)一、五一四号判決の説示するところである。しかるに、原判決が右のような理由で竹津メモ景品交換率に基く損益計算法の推計の合理性を否定するならば、それは損益計算法の推計手段の合理性を検討しないまま財産増減法の推計を採用するに外ならないことになる。正に所得推計についての法則を無視して所得を認定するの過誤を敢えてし、その結果重大な事実誤認をしたものであり、著しく正義に反するものというべきである。

(3) なお附言するに、被告会社設立の際の被告人らの現金一億円の保有について、被告人らの弁護が不合理であるからといってこれを全然認めず、直ちに期中の貸付信託購入等財産増加と一応見られる金額をそのままその期中の脱漏売上額とした原判決の認定は、いささか事理に合わないものがあると考える。たしかに被告人らの弁護には事を誇大に申し立て、また事をこぢつけている面がいろいろあるようであり相当の混乱と矛盾が認められることは否定し難い。しかし、それだからといって弁護を全然排斥するということも相当とは思われない。一般に被疑者被告人として追究されている者で卒直に事実を認めいさぎよく罪に服するという者は稀有である。多くの者は最後まで罪を免れようとして事を誣い、事を誇張し、事をこぢつけてあらゆる弁護を試みる。しかしまるっきり出鱈目を言っていることは少ないのであって、その一部は事実である場合が多いのである。これをうそで固めた悪質犯罪者と極めつけることは酷な見方である。被告人らの現金一億円の弁護に誇張、こぢつけがあるにしてもこれを全然とりあげないのはいささか酷であって、その一部は真実に合致すると認めるのが素直な物の見方であろうと考える。然りとすると原判決が竹津メモの景品交換率を排斥する理由の大部分は自ら消滅することになるのである。また原判決が被告人らの現金一億円持込みの弁護の認めない理由の一つとして説示している「また右竹田節雄の質問てん末書及び検察官に対する供述調書、大蔵事務官作成の昭和四四年一二月一六日付証明書添附の被告人経営にかかるパチンコ店の「昭和三七年分営業庶業実態調査書写」によると、昭和三七年度における同店の一ケ月間の景品交換数は約一万五千個位しかなく、同年の推定売上額も二、五〇七万九、一五六円程度であったことが認められる。」との点も正当な認定とはいい難い。右の大蔵事務官の調査が入念な税務調査でなく、いわば被告人らの申立と帳簿等に基く外面的な調査であったことは右各証拠によって明白であるから、これを以って直ちに真実の推定売上額とすることには疑問がある。原判決は被告人らが本件査察を受けるまで毎年相当の脱税をして来たと認定しているにかかわらず、右の昭和三七年頃の売上については被告人らの収入を過少に認定し、一億円持込みの事実を否定しているのである。矛盾した認定といわざるを得ない。

三 推定による租税ほ脱罪の認定は極めて困難かつ微妙な問題である。損益計算法によるにせよ財産増減法によるにせよ一つの面だけからの検討でほ脱額を確定することは相当でなく、他のいろいろな面からの検討による裏付けが必要である。特に財産増減法による推計の場合にはこの裏付けが十二分にされなければならない。

弁護人は控訴趣意補充書で損益計算法による起訴両年度の被告会社の所得推計を試算した外(イ)、起訴両年度の売上金額の推計が被告会社の他の事業年度の売上金額および営業利益との比較においてもその合理性が認められること(同補充書六、)(ロ)昭和四三年六月現在における被告人夫妻の支配する財産総額と昭和二〇年以降における同夫妻の毎年の所得金額の総計との対比から見ても原判決認定の脱漏売上額が過大に失すると認められること(同補充書七、および原審証人宮島一郎の証言参照)(ハ)、亡内山キヨの第一審公判期日および査察検察段階における供述等も弁護人試算の脱漏売上額に符合すること(同補充書八)等を主張した。しかるに原判決はこのような背景事情に一顧をも与えずに、安易に財産増減法による推計を採用して過大な脱漏額を認定した。このことも違法な認定方法により重大な事実誤認というべきである。

以上

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