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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(行ツ)32号 判決 1980年11月25日

上告人

福井県公安委員会

右代表者委員長

酒井秀雄

右指定代理人

柳川俊一

外七名

被上告人

小林茂

右訴訟代理人

八十島幹二

外二名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の本件訴を却下する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人蓑田速夫、同高橋正、同玉田勝也、同鳥飼俊夫、同岸本隆男、同木沢慎司、同米谷総一郎、同小西善三の上告理由第一について

原審が適法に確定したところによれば、福井県警察本部長は、昭和四八年一二月一七日被上告人に対し自動車運転免許の効力を三〇日間停止する旨の処分(以下「本件原処分」という。)をしたが、同日免許の効力停止期間を二九日短縮した、被上告人は、本件原処分の日から満一年間、無違反・無処分で経過した、というのである。右事実によると本件原処分の効果は右処分の日一日の期間の経過によりなくなつたものであり、また、本件原処分の日から一年を経過した日の翌日以降、被上告人が本件原処分を理由に道路交通法上不利益を受ける虞がなくなつたことはもとより、他に本件原処分を理由に被上告人を不利益に取り扱いうることを認めた法令の規定はないから、行政事件訴訟法九条の規定の適用上、被上告人は、本件原処分及び本件裁決の取消によつて回復すべき法律上の利益を有しないというべきである。この点に関して、原審は、被上告人には、本件原処分の記載のある免許証を所持することにより警察官に本件原処分の存した事実を覚知され、名誉、感情、信用等を損なう可能性が常時継続して存在するとし、その排除は法の保護に値する被上告人の利益であると解して本件裁決取消の訴を適法とした。しかしながら、このような可能性の存在が認められるとしても、それは本件原処分がもたらす事実上の効果にすぎないものであり、これをもつて被上告人が本件裁決取消の訴によつて回復すべき法律上の利益を有することの根拠とするのは相当でない。そうすると、本件裁決取消の訴を適法とし本案につき判断した原判決には、法令の解釈を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は理由がある。原判決は破棄を免れず、第一審判決を取り消して被上告人の本件訴を却下すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(寺田治郎 環昌一 横井大三 伊藤正己)

上告代理人蓑田速夫、同高橋正、同玉田勝也、同鳥飼俊夫、同岸本隆男、同木沢慎司、同米谷総一郎、同小西善三の上告理由

原判決が本件裁決の取消しの訴えについて訴えの利益を認めたのは行政事件訴訟法九条に違背し、また、本件裁決を違法としたのは法律の解釈を誤つたものであり、これらの違法はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第一 原判決は、本件裁決の取消しの訴えについて訴えの利益を認め、訴訟の実体について判決をした。

しかしながら、被上告人は、以下に述べるように、本件裁決の取消しを求めるについて法律上の利益を有しないものであるから、本件裁決の取消しの訴えを提起することができず、本件訴えは不適法なものとして却下されるべきである。

すなわち、原判決が引用する一審判決は、福井県警察本部長は昭和四八年一二月一七日被上告人に対し、被上告人の自動車運転免許(昭和四六年五月二六日福井県公安委員会交付第五二六八一二四九二三〇号第一種普通自動車、自動二輪免許以下、「本件免許」という。)の効力を三〇日間停止する旨の処分(以下「本件原処分」という。)をしたが、同本部長は、右処分当日、免許停止期間を二九日短縮したので右処分日の経過により本件原処分はその目的を達し、効果が消滅したこと及び被上告人は、本件原処分の日から満一年間、無違反、無処分で経過したので被上告人は、昭和四九年一二月一八日以降、本件原処分を受けてことを理由に道路交通法上の不利益処分を受ける虞れがなくなつたことを認定している。

したがつて、右の事実によれば、被上告人は、本件裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有しなくなつた者であるから、本件裁決の取消しの訴えは、訴えの利益を欠き不適法なものとして却下されるべきである。

なお、原判決が引用する一審判決は、被上告人が本件免許の更新後新たに交付を受けた免許証(有効期間昭和五二年八月一九日まで)に本件原処分を受けたことの記載があることを根拠として、その違法状態を排除するために被上告人に本件原処分及びこれを維持した本件裁決の取消しを求める訴えの利益があることを肯定したものであるが、行政事件訴訟法九条にいう「回復すべき法律上の利益を有する」場合とは、処分等の取消しが認められないときは実体上の権利の救済が全うされない関係が法律関係として残存している場合をいうのであつて、過去に処分を受けたことによつて本人の名誉感情とか信用が害されたというような状況にある場合は、本人が現に被つている不利益は単なる事実上のものに過ぎないから、処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益は、存しないものと解するのが相当であり、原判決の見解には到底賛同することができない。

そればかりでなく被上告人の所持する本件原処分歴の記載のある有効期間を昭和五二年八月一九日までとする原判示運転免許証の有効期間が原判決言渡し当時既に満了していたことは明白であるところ、被上告人が道路交通法一〇一条一項の規定により右運転免許証の更新を受けたものとしても、免許証の更新は、更新を受けようとする者が現に有する免許証と引換えに新たな免許証を交付して行なう(道路交通法施行規則二九条三項)ものとされ、また、その際交付される新たな免許証には当然のことながら本件原処分に係る事項は記載されないわけであるから、本件原処分を受けたことにより被上告人の被つた不利益は、事実上のものであると法律上のものであるとを問わず、原判決言渡し当時一切消滅していたことが明らかである。

したがつて、被上告人には本件原処分及びこれを維持して審査請求を棄却した本件裁決の取消しを求める法律上の利益がないものというほかはないので、この点に関する上告人の本案前の抗弁を排斥して本件裁決取消しの訴えを適法とした原審の判断は行政事件訴訟法九条に違背し、その違法はもとより判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二 <省略>

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