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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(行ツ)135号 判決 1979年7月24日

愛媛県東予市大字壬生川一一四番地

上告人

壬生川青果株式会社

右代表者代表清算人

安藤竹夫

右訴訟代理人弁護士

白石基

白石健三

愛媛県西条市神拝甲五一一番地の一七

被上告人

伊予西条税務署長 森武

右当事者間の高松高等裁判所昭和四八年(行コ)第三号課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年九月七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。

よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人白石基の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点、第三点及び上告代理人白石健三の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 環昌一)

(昭和五二年行ツ第一三五号 上告人 壬生川青果株式会社)

上告代理人白石基の上告理由

第一点 原判決は、青色申告書提出承認取消通知書と法人税額等更正通知書とが同時に納税者に到達した場合は、承認取消処分が更正処分に先行するものと解すべきであるとの見解を示しているけれども、何故にそう解するのが相当であるのか、これについてなんらの理由も示されていない以上、原判決の見解は独断と言う外はない。かかる独断を前提として、本件更正通知書に、旧法人税法三二条後段所定の理由附記は必要でないとする原判決は、明らかに法令に違背するものである。

さらに同法二五条九項の示すとおり、承認取消通知書には、取消の基因となつた事実が、同条八項各号のいづれに該当するかを附記すれば足り、取消理由の附記は、必要でないこととなつているから、本件のように取消通知書と更正通知書を同時に送達する場合に、更正理由の附記を要しないとすれば、課税庁は更正通知に際し、青色申告書提出承認を取消すことにより、旧法人税法三二条後段の適用をほしいままに回避できることとなり、かくては青色申告について、特に更正理由の附記を命じた法の精神は、没却されてしまうこととなるであろう。

なお本件更正通知に理由附記は必要でないとする原判決の法令違背が、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二点 営業譲渡の対象となり得べき営業権(無形資産)は、譲渡人だけの意思により、譲受人に対し法律上又は事実上移転し得べき性質のものでなければならないことは、蓋し自明の理と言うべきであるが、上告会社においてその動向を拘束し得ない仲買人組合又は仲買人との関係を、上告会社が自由に処分できる営業権の内容と目した原判決は、営業権の観念を根本的に誤解したものと言はざるを得ない。

原判決の事実認定によれば、当初営業譲渡の対価として金五〇〇万円という線が打出されたのであるが、その頃右安藤らより、上告会社の仲買人(全員同会社の株主である。)らが右五〇〇万円以外に金七五〇万の仲買人助成金の交付がなければ本件営業譲渡契約承認の決議をせず、あるいは壬生川市場を離脱して独自に青果物市場を開設せんとする動きがあるので、是非七五〇万円の支払をして貰いたい旨の要請を受けたこと、そこで愛媛農産側でも市場運営の重要な支柱である右仲買人らの離散を防止し、かつ仲買人に対する売掛金回収を確保し、市場の円滑な運営発展を計り、買収の所期の目的を達するためには右七五〇万円の出捐が不可欠であると考えるにいたつたこと、そこで愛媛農産は、上告会社との間に、前記五〇〇万円の外右七五〇万円を出捐することとなつたのであるから、各仲買人は即上告会社の株主であるにしても、会社と別個に仲買人助成金を要求すべき経済的且つ合理的理由の存在することが明白である以上、仲買人の要求により、必要巳む得ないものとして(本件の場合仲買人は、要求貫徹の手段として、単に市場を離脱するだけではなく、株主として上告会社の営業譲渡及び解散自体にも反対できる立場にあったことを注目すべきである。)、支出が決定した右七五〇万円を目して、原判決のように、営業権の譲渡代金と為すことは、全く誤りと言うべきである。

上告人主張のように、方件七五〇万円が仲買人助成金だとすれば、各仲買人はこれについて、当然所得税を負担すべきであるから、右七五〇万円が真実営業権譲渡代金であるにもかかわらず、強いてこれを仲買人助成金と仮装しなければならない合理的理由は存在しないわけであるから、この点からも、原判決の所論は間違いであると言はねばならない。

右の次第で、原判決に重大な理由齟齬があることは明らかである。

第三点 原判決が本件重加算税賦課決定処分を適法視したのは、国税通則法六八条の解釈を誤ったものである。

安藤竹夫が愛媛農産から金七五〇万円を受領したのは、上告会社の清算人としてか、或は又仲買人組合の世話人の資格で受取つたものかという問題は、所詮法律的表現乃至解釈の相違にすぎないものであり、同法条に言う「計算の基礎となるべき事実の隠ぺい又は仮装」には当らないと解すべきである。

右金七五〇万円を営業権の対価と見れば、法人税の対象となり、これを仲買人助成金と考えれば、各仲買人が所得税を負担するだけのことであるから、事実の隠ぺいに当らないことはもとより、営業権の譲渡代金を助成金と仮装しなければならない必要性もないわけであるから、重加算税の賦課は違法であり、これが判決に影響を及ぼすことも明らかである。

以上

上告代理人白石健三の上告理由

第一点 原判決は、仮装行為の存在を認定するにつき、理由不備、理山そごの違法を犯している。

(一) 原判決は、次のような、いくつかの間接事実を認定し、これらの事実を基礎として、本件係争の七五〇万円は、争いのない五〇〇万円とともに、営業譲渡の対価(七五〇万円についていえば営業権の対価)とみるのが相当であるとし(判決七三丁表(五))、上告人は、営業譲渡の対価の一部七五〇万円につき、これを仲買人組合に対する貸付金であると仮装隠ぺいしたものというべきである、としている(判決七七丁9、七八丁裏(三))。

(1) 七五〇万円の金額が営業権の譲渡対価として、実質的におおむね相当な額と認められること(判決理由三(二)3(11)-六七丁)。

(2) 愛媛農産が出捐した金員の流れ(銀行口座の経由状況、第一、二回分配金の交付状況等)は、本件営業譲渡の対価が七五〇万円を含む一、二五〇万円であることを窺わせるに十分であること(判決理由三(三)4-六九丁裏)。

(3) 上告人会社のした第一、二回分配金の分配交付の状況を検討してみても、これが残余財産の分配であることは明らかであること(判決理由三(四)5-七三丁)

(4) 愛媛農産の仲買人組合に対する七五〇万円の貸付は仮装であること(判決理由三(六)9-七七丁)。

(二) しかし、仮装行為と認定するためには、真実いかなる取引行為が行なわれたかということ(若しくは、少なくとも、いかなる取引行為が行なわるべきであつたかということ)と、それについていかなる仮装が行なわれたかということとを判示する必要があるのに、まず、この点に関する原判決の判断はすこぶる不明確である。すなわち、原判決の趣旨は、(イ)仲買人組合に対する七五〇万円の貸付(こまかくいえば、内二〇〇万円を愛媛農産への仲買人権利金ないし保証金の支払いに充てる趣旨で留保し、残余の五五〇万円は将来、愛媛農産から仲買人組合に支払わるべき助成金と相殺する趣旨の下に計七五〇万円を貸付名義で仲買人組合に交付した事実)がまつたく架空の事実であるとし、真実は、問題の七五〇万円は、営業権の対価(営業譲渡代金の一部)として支払われ、残余財産として株主に分配されたものであるとの事実(いわゆる架空支払の事実)を認定したものであるか、それとも、(ロ)架空支払いとまではいいえないとしても、真実は(当事者の真意は)、問題の七五〇万円は営業権の対価、すなわち残余財産の一部として上告人会社の株主に分配されたものであるのに(或いは、本来ならば、営業権の対価として上告人会社の株主に分配さるべきはずものであったのに)、たまたま、仲買人が株主を兼ねていたところから、これを利用して、仲買人組合に貸付が行なわれたかのように形を整えたに過ぎない、との趣旨を認定したものであるか、必ずしも、明らかでない。

(三) しかし、原判決の趣旨がそのいずれであるにせよ、以下に述べるような意味において、理由不備ないし、理由そごの違法があるものといわねばならない。

すなわち、原判決は、前記のように、数多くの間接事実を認定し、これらの事実を総合して仮装行為の存在を認定しているが、原判決の認定する間接事実のうちには、以下に述べるように、仮装行為の存在を認定するにつき、明らかに障害となるはずの事実が少なからず存在する。

(1) 原判決は、一方で「本件仲買人組合は昭和三七年四月二七日株主総会で結成され、初代組合長に園延房太が就任し、組合規約も作られていわゆる権利能力なき社団の実体を備えたこと……が認められ……従って本件営業譲渡契約成立の日である同年三月末頃には、未だ右組合は存在していなかったものである。」(判決七六丁裏、七七丁)としながらも、他方で、「壬生川青果市場は、昭和二四年に開設され、昭和三〇年法人成立までの間は、一色喜三郎の個人経営であった。そして、その当時より仲買人組合が存在していたが、解散までには組合の規約を設けるにいたらなかった。」と認定している。その趣旨は、本件仲買人組合は、あらたまつて結成の手続をとり、組合規約を作成し、正規の代表者を選出して権利能力なき社団として法的体裁を整えたのは昭和三七年三月末頃よりも後のことであるが、それよりも前、一色喜三郎の個人経営であった当時から、組合規約などは設けられておらず、法的体裁は整っていなかつたものの、事実上、仲買人組合としての実体そのものはすでに存在していたとの趣旨を認定したものと解されるのである。

(2) 原判決によれば、市場経営における仲買人の地位「せり」の相手方であり、市場経営者からみれば顧客であるというのである(判決六〇丁)。この認定によれば、本件においては、たまたま、法人成立後は、仲買人は株主の地位を兼ねることとなつたが、その場合でも、仲買人は、市場の経営主体とは別個の、「せり」の相手方すなわち顧客としての固有の地位を有するものといわねばならない。

(3) さらに原判決によれば、本件営業譲渡に際して、「当初営業譲渡の対価として金五〇〇万円という線が打出されたのであるが、その頃……安藤(注、上告人代表者安藤竹夫)らが右五〇〇万円以外に金七五〇万円の仲買人助成金の交付がなければ本件営業譲渡契約承認の決議をせず、あるいは壬生川市場を離脱して独自に青果物市場を開設せんとする動きがあるので、是非七五〇万円の支払いをして貰いたい旨の要請を受けたこと、そこで愛媛農産側でも…‥市場経営の重要な支柱である右仲買人らの離散を防止し、かつ仲買人に対する売掛金回収を確保し、市場の円滑な運営発展を計り、買収の所期の目的を達するためには七五〇万円の出捐が不可欠であると考えるに至ったこと、そこで愛媛農産は、被控訴人(上告人)会社との間に、五〇〇万円の外右七五〇万円を出捐する旨……他方右七五〇万円については……愛媛農産の仲買人組合に対する貸付金の形式を採ること、但し、一〇年間に助成金との相殺により実質上返済の要のないものとしたこと」が認められる(判五七丁~五八丁)というのである。

(4) しかも、原判決は、「愛媛農産側は、本件買収にあたり、壬生川市場では従来から仲買人に対する売掛金の回収が滞り勝ちであり、会社解散前には……二二七万円余に達していたので……将来における売掛金の延滞を阻止するため本件契約書乙(甲第八号証)をもつて、本件仲買人組合との間に、各仲買人(組合員)は、愛媛農産に対し、金一万円あての仲買人権利金(保証金)を預託する義務を負担し、預託方法は、同組合が一括して預託する旨合意したこと、そこで、愛媛農産は、その頃、被控訴人(上告人)との間に、買収後の仲買人数を二〇〇名と予定し、その仲買権利金合計二〇〇万円に相当する対価の支払いを留保してこれを仲買人二〇〇名の保証金に充当し、一方被控訴人(上告人)は、各株主(仲買人)に対し、各一万円あてを控除した残額を分配することとし、結局、実際の支払いにあたっては、七五〇万円の対価から右留保する二〇〇万円を控除した残額金五五〇万円を支払う旨合意したこと、そして、愛媛農産は、被控訴人(上告人)に対し、右合意にしたがい……五五〇万円のみを支払うことによつて、七五〇万円の対価全部を決済したことが認められる」(判決六八丁~六九丁)とし、また、本件契約書(甲第五号証)が作成されたその日(昭和三七年五月三一日)に実際に七五〇万円が支払われたことは認められないが、愛媛農産からの七五〇万円の出捐は、右に引用した判文記載のような方法で同月一二日までに完了している旨を認定している(判決七三丁裏末行~七四丁一行)。

(5) そのほか、さらに、原判決は、「当時被控訴人(上告人)会社内部において本件営業譲渡に反対の意見を表明する有力者が居たことが認められるのであって、被控訴人(上告人)会社解散直前の経営状態は……早急に身売り(営業譲渡)しなければならない程窮追していたものとは認められない」(判決五四丁裏)、「壬生川市場は、……本件営業譲渡契約成立まで約一三年間を通じ、ほぼ順調に営業を継続して来たもので比較的長い伝統を有し、また資本金も次第に増加して最終的には金三五〇万円、仲買人(法人成立後全員株主)は解散当時二一四名に達し、小企業に属するとはいえ、先に買収された丹原市場に比べると信用度も大きい」(判決六三丁)等の事実を認定している。

(四) 右(三)に引用した原判決認定の諸事実(間接事実)を総合すれば当然、仮装行為の存在を認定することの妨げとなるはずの、次のような事実を直接、間接認定することができるはずである。

(1) 本件においては仲買人は同時に株主の地位を兼ねてはいるが、本来仲買人は市場の経営主に対しては、「せり」の相手方となる顧客として、株主の地位とは別個の固有の地位を有するものである。そうして、この地位、すなわち仲買人と市場の経営主との関係は、営業の包括的譲渡により、当然に譲受人・新経営主との間に引き継がるべき性質のものではなく、仲買人は、当然に新経営主に対し、仲買人として協力する義務を負うものではない。従って、仲買人は(とくに有能な多数の仲買人を擁する仲買人組合が存在し、仲買人の地位が強い場合には)、営業譲渡に際し、その固有の地位に基づき、営業譲渡の対価とは別個に、譲受人・新経営主に対し、引き続き仲買人として協力することにつき、なんらかの名目より対価を要求し得べき地位に立つことができる。とくに本件のように仲買人が株主を兼ねているような場合には、仲買人の動向のいかんが営業の譲渡そのもの(これに必要な特別決議の成否)を左右することとなる点で、仲買人の地位はいっそう強固なものとならざるをえない。

(2) 本件においては、仲買人組合が正規の結成手続を経て、組合規約を作り、代表者を選出することによって、権利能力なき社団としての体裁を備えるようになつたのは、昭和三七年三月末頃よりも後のことであるが、すでに一色喜三郎の個人経営当時から(従って愛媛農産との間で営業譲渡の話しが進められていた当時すでに)、法的体裁こそ整つてはいなかつたものの、事実上、仲買人組合としての実体そのものは存在しており、しかも、仲買人が株主を兼ね、会社の代表者安藤竹夫らも仲買人であった(この事実も原判決の認定するところである。)ところから、安藤らを組合の事実上の代表者(第一審判決がこの安藤の立場を「仲買人組合の世話人の資格で」、と表現しているのは正鵠を得た認定というべきであろう。)譲受人・愛媛農産と交渉し、営業譲渡の対価とは別個に、仲買人らの固有の地位に基づく助成金の要求を持ち出すことのできる事情にあつた。

(3) 他方、愛媛農産としても、早急に身売りしなければならないような事情にはなく、会社内部に営業譲渡に反対の意見を表明する有力者が居り、助成金の交付がなければ営業譲渡契約承認の決議をせず、あるいは壬生川市場を離脱し独自に青果物市場を開設しようとする動きがあるというような状況の下で、営業買収を成功させるためには、仲買人としての固有の地位に基づく助成金交付の要求を飲まざるをえない事情にあつた。その経果、貸付金名義で仲買人組合に出捐すべき七五〇万円の一部二〇〇万円を営業承継後仲買人らが新営業主・愛媛農産に差し入れるべき保証金に充当し、その余の五五〇万を助成金との相殺を予定する貸付金として、昭和三七年五月一二日までに、その交付を完した。そうして、その当時仲買人組合は、前述のように、法的には不完全なものではあつたが、決して架空の存在というわけではなく、貸付金名義の助成金を受け入れるに足るだけの組合としての実体は存在していた。

(4) 以上のような事情の下では、営業譲渡の対価と仲買人組合に交付さるべき貸付金名義の助成金とが「密切不可分の関係において」決定されることは、むしろ当然であり、仲買人固有の地位、従って仲買人組合の立場が強ければ強いほど、それだけ営業譲渡の対価が低く決定されることとなるのは極めて自然の成り行きであるところ、上告人会社経営の壬生川市場においては、仲買人全員が株主を兼ねていたこと、営業成績もほぼ順調で比較的長い伝統をもち、会社の資本金も次第に増加し、仲買人の数も二一四名に達し、必ずしも身売りしなければならないような事情にはなく信用も大きかったこと、それだけに会社内部にも譲渡反対の有力意見があったこと等の事情のために、前年同じく愛媛農産によって買収された丹原市場が個人経営で、仲買人も八四名に過ぎず、早急に移転、拡張、身売り等の抜本的解決を追られていたのに比して、壬生川市場においては、仲買人組合の地位ははるかに強く、そのために、営業譲渡の対価と助成金の額とが相関的に決定されるに際して、前者がほぼ物的資産の価額に相当する五〇〇万円とされ、後者が比較的高くて七五〇万円と決定されたものと認められるのである。

なお、原判決認定の一見仮装行為の存在を疑わせるかのようないくつかの事実も、決して、右(1)ないし(4)の認定をくつがえして、仮装行為の存在を肯定させるに足りるようなものではない。例えば、仲買人組合が正式に結成され、組合規約が作られ、組合代表者が就任し権利能力なき社団の実体を備えるに至ったのが昭和三七年四月二七日以後であつたとしても、また、七五〇万円の貸付に関する甲第五号証の契約書作成の日が同年五月三一日であったとしても、それは、すでに存在し、行なわれていた右(1)ないし(4)の事実の実体に添うように、後から、法的体裁を整備し書類の形式を整えたというに過きず、このことから逆に、仲買人組合の存在そのものが架空であったと推論したり、貸付金名義による助成金の交付自体が架空であったと推認し得べきものではない。また、右金員が上告人会社解散と同時に仲買人を廃業した者にも分配されていること、その後廃業した者が「貸付金の残額」を返済していないということも、貸付金名義による七五〇万円の助成金は個個の組合員にではなく、組合自体に一括して(従ってその処分ないし配分は組合自体に委ねる趣旨で)交付(贈与)されたものであること、後に述べるように、この七五〇万円のうちには助成金の性格をもつ金員と営業権の対価として株主に分配さるべき金員とが不可分に含まれているとみる余地があることなどの点から考えれば、これらのことは、少なくとも、七五〇万円の全額が営業権の対価(すなわち残余財産の一部)として株主に分配されたということの認定の根拠となるものではない。また、右七五〇万円のうちから、上告人会社の役員であつた者らのみが合計六一四、〇〇〇円の特別の功労金の分配を受けているということも、これらの者は、組合が法的体裁を整える前から、すでに、事実上存在していた組合の世話人ないし事実上の役員として、助成金の獲得に貢献したことによるものと考えれば、必ずしも、問題の七五〇万円が上告人会社の残余財産(営業権の対価を含む)であつたことを示すものとはいいえないものというべきである。また、法人株主である仲買人の記帳状況の如きも、出資金の払戻しを超える分配金を「雑収入」として記帳し、残余財産の分配として処理していないことは、問題の七五〇万円が、かえって、残余財産の性格をもつものでないことをうかわせるものである。そのほか、七五〇万円という出捐額が買収前の上告人会社の年間売上高と買収実現後の譲受人(愛媛農産)の側における収益増加の予測を考慮して決定されたものであるとしても、買収前の年間売上高といい買収実現後の収益増加の予測といい、いずれも、仲買人らの協力を前提とする市場収益への仲買人らの貢献度ないしその予測を含むものである以上、そのことは、少なくとも、係争の七五〇万円のうちに、仲買人組合に対する助成金の性格をもつ金員が含まれていないと断定する根拠となるものではないというべきである。

(五) さて、前記(三)に引用した原判決認定の間接事実から、直接、間接認めることのできる右(四)の(1)ないし(4)の事実は、仮装行為の存在を認定する原判決の趣旨が前記(二)で述べた(イ)(ロ)いずれの趣旨であるにせよ、直接にこれと矛盾し、原判決の認定の支障となるはずのものである。すなわち右(1)ないし(4)の事実によれば、法的体裁においては不備であったとはいえ、組合としての実体は、すでに早くから存在し、事実上組合を代表して交渉し契約を締結する者も存在し、この組合に貸付金名義で七五〇万円が(そのうち二〇〇万円は買収実現後仲買人らが愛媛農産に納めるべき保証金に充当し、残額は、愛媛農産から交付さるべき助成金との相殺を予定する金員として)現実に交付された事実は動かしがたいところであるから、このことが架空支払の認定と直接矛盾するのはもとより、架空支払とまではいいえないとしても、実際には七五〇万が残余財産として分配されたのに、仲買人が株主を兼ねていたところから、仲買人組合に貸付が行われたように形を整えたに過ぎないとの判断とも矛盾することは明らかである。

また、七五〇万円が本来ならば営業権の対価として株主に分配さるべきはずのものであったかどうかという点から考えてみても、右(1)ないし(4)のような事実関係の下で、問題の七五〇万円は営業権の対価として株主に分配さるべきはずであつたということは、安易にこれを肯定することは許されないところである。なぜならば、或る経済的目的を達成するために、いかなる取引行為を行ない、いかなる行為形態を選ぶかは、原則として取引当事者の自由に任され、取引当事者が経済的動機に従い、経済的合理性・必要性に基づき選択するところに任さるべきものであるからである。課税当局が本来ならば課税の対象となる取引行為、行為形態が選ばるべきはずであったとして仮装認定(或いは行為計算の否認)を行い得るのは、取引当事者が経済的動機に従い、経済的合理性・必要性に基づき行動したとすれば、普通、課税の対象となる行為を選ぶことが自然であると思われる場合に、ことさらに課税の対象とならないように不自然な取引行為、行為形態を選択した場合に限られるのである。そうでなければ、課税当局の恣意により法が課税の対象として予定していない行為を課税の対象とすることができることになるからである。ところが右(1)ないし(4)の事実によれば、仲買人組合は、経済的動機に基づき行動しようとする場合、仲買人としての固有の地位に基づき助成金の交付を要求すべき合理性も必要性もあつたことは明らかである。他方愛媛農産としても、これを交付せざるをえない必要性、合理性があつたことはいうまでもない。とすれば、被上告人としては、問題の七五〇万円が実質的には助成金の趣旨で贈与されたものとして仲買人組合(これを構成する仲買人ら)に対し課税するのは格別、七五〇万円が助成金として授受さるべき経済的必要性、合理性の存在を無視して、安易に係争の七五〇万円は、本来ならば営業権の対価として支払われ、残余財産として株主に分配さるべきはずのものであつたとして、清算所得税を賦課することは許されないところというべきである。従って、問題の七五〇万円は、本来ならば営業権の対価として株主に分配さるべきはずのものであつたかどうかという点から考えてみても、右(1)ないし(4)は、原判決の仮装認定と矛盾することとなるのである。

(六) 以上に述べたように、原判決は、前記(二)の(イ)(ロ)いずれの趣旨であるにせよ、仮装行為の存在を認定するについて、当然、その認定の障害となるはずの数多くの間接事実を認定しているのである。それにもかかわらず原判決は、これらの間接事実が何故に仮装認定の妨げとならないかということの理由を説示していないのは、理由不備ないし理由そごの違法を犯すものといわねばならない。

これを簡単な例に引き直して説明すれば、或る判決がその理由中でA、B、C、Dの間接事美を認定し、これらを総合してEの結論を下している場合に、C、Dの事実がEの結論を下すについて当然障害となるはずのものであるのに、C、Dの存在がA、Bの事実に基づきEの結論を下すことにつき何故に妨げとならないかという理由を説示することなく、漫然A、B、C、Dの事実を羅列して、これらを総合してEの結論を下すことは、理由不備ないし理由そごの違法を構成する、ということである。それは、あたかも、或る書証の内容が判決の認定と当然矛盾する関係に立つはずであるのに、右書証が何故に右認定の妨げとならないかということの理由を説示することなく、漫然右書証を排斥することが理由不備の違法を構成するのと等しいことができる。

第二点 原判決は、市場経営における営業権の法的性格の判断を誤り、ひいて係争の七五〇万円を営業権の対価と認定するにつき、理由不備、経験則違背の違法を犯している。

(一) 原判決は、「営業権とは、資産性の見地から実質的にみれば、当該企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、得意先関係、仕入先関係、経営組織等が有機的に結合された結果その企業を構成する物又は権利とは別個独立に評価を受けることができる無形の財産的価値を有する事実関係をいい、通常他の企業を上廻る所謂超過収益力ともいわれており、これは、既存の企業の活動中に創出されるばかりでなく、他企業を買収することによっても得ることができる。……ところで、営業権は、その評価が実際に問題となるのは本件のような営業譲渡により営業の包括的移転が行われた場合であって、その場合に評価の基礎となる収益力は過去の実績に限られるわけではなく、営業譲渡を受ける企業の側における将来の収益力の予測が重視される筈であり、特別の事情のない限り、自ら公正な譲渡対価が形成決定されるものと考えられる。これを本件についてみるに、……七五〇万円が本件営業の対価として実質的に相当であることは後記……認定のとおりであるから、本件営業譲渡契約においては公正な営業権の対価が形成決定されていると推認することができる。」(判決五八丁~五九丁裏)とし、また、「市場は、その経営によって、一定範囲の出荷者(生産者)を青果物販売の委託者として掌握するとともに、仲買人を「せり」の相手方、すなわち受託青果物の買手として掌握することができる。そして市場と右出荷者、仲買人との顧客関係は、市場の存立不可決であるばかりでなく、長年の市場経営により逐次累積濃厚化していく結果、いわゆる営業の事実上の利益として市場(企業)自体の経済的価値を増加させることになるので、市場は土地・建物その他の物的設備にこのような事実関係が伴うことによって経営が可能となり、これらが渾然一体となったものとして評価することにより、はじめてその経済的価値を正当に把握することができる。」(判決五九丁裏~六〇丁)とし、更に、上告人会社(企業)の伝統・信用、立地条件、顧客関係、営業成績(特に買収前の年間売上高が約六、〇〇〇万円であること)、解散直前の有形資産の価額等を検討した上で、「以上の認定に照らし、壬生川市場における人的関係、立地条件その他の事実関係は無形の財産的価値と評価するに十分であり、右認定の従来の実績、譲渡後の独占的運営の見通し等に照らし、従来のそれを超える収益を期待し得るものと認められるから、かかる事実関係を以て営業権というを妨げない。そして右七五〇万円が本件営業譲渡の対価として実質的におおむね相当な額であると認められる。」(判決六七丁)と判示している。

(二) 以上引用の判示によれば、原判決は、上告人会社の伝統、社会的信用、市場の立地条件、市場と出荷者及び仲買人との顧客関係、経営組織等が一体として生み出す収益力と、このような事実関係が一体として営業譲受人に承継されることによりもたらされる譲り受け企業の側における収益力増加の予測とが営業権としての評価を受けるものである、との考え方をとっているものと解される。従って、原判決は、市場経営者の営業が包刮的に譲渡された場合には、企業の「のれん」、立地条件、出荷者、(生産者)との関係とともに、仲買人との関係も、当然、譲受人に引き継がれるとの見地に立っていることは明らかである。

しかし、営業譲渡にあたって、営業権として評価を受けるのは、本来、営業主が独自に処分(譲渡)し得る、固有の経済的収益力であるべきはずである。普通「のれん」、得意先との関係、仕入先との関係等が一体として、収益力の源泉として、営業権としての評価を受けるのは、これらの関係が、事実上、営業主の意思次第で、自由に譲受人に承継させることができることによるものである。

ところが、市場営業においては、同じく市場の収益に貢献する事実関係であっても、仲買人と市場との結び付きは、立地条件や出荷者(生産者)との結び付きののように、市場経営主の一存でこれを譲受人に当然に承継させることのできる性質のものではない。本件では、たまたま仲買人が株主を兼ねているが、これを兼ねていない場合を考えれば、このことは、いっそう明白であり、たまたま仲買人が株主を兼ねている場合でも、この理は、変わるものではない。即ち、仲買人は、営業が譲渡されたからといって、当然、譲受人・新営業主との関係で、従前どおり「せり」に立ち合う法的義務を負うものではないのはもとより、事実上も、これを余儀なくされる立場にあるわけではない。従って、市場の経営主が営業を包括的に譲渡しようとする場合、仲買人との関係が譲受人との間に承継さるべきことにつき、仲買人の協力を取り付けることができなければ、市場の営業権の価値は著しく減殺されることとなるのである。その結果、市場営業の譲渡にあたっては、仲買人は、譲受人・新営業主との間で従前どおり仲買人として協力することにつき、何らかの名目で特別の対価を要求し得べき地位に立つのが通例である。その反面、譲受人は市場買収の目的を達するためには、仲買人の右要求に応ぜざるをえない立場におかれ、その結果、仲買人に支払うべきこの対価と営業譲渡代金(特に、そのうちに含まれる営業権の評価額)とが相関的に決定されることとなるのは当然の理である。

かようなわけで、市場営業の譲渡においては、仲買人との関係が前記のような事実上の関係と一体として、企業固有の(即ち企業が独自に処分し得べき)収益力の源泉として認識され、営業権としての評価を受けることは普通おこりえないのである。換言すれば、市場営業の譲渡においては、経営主が独自に処分することのできる経済的収益力の評価としての営業権は、仲買人の地位が強ければ強いほど、従って仲買人固有の地位に基づく助成金等の名目による要求額(新営業主に引き続き仲買人として協力することに対する対価の要求の性格をもつものと解される)が大きければ大きいほど、それだけ低く評価されることとなるのである。原判決は、営業権が本来営業主において独自に処分し得べき収益力の評価であることと、市場営業の譲渡における営業権の評価についての、前記のような特殊性を看過するものであって、ひつきよう、市場営業における営業権の法的性格の判断を誤ったものといわねばならない。

(三) そうして、その当然の結果として、原判決は、仲買人との関係が何故に譲受人・新営業主との間に引き継がれるかということについて、何らの理由を説示していない点で、理山不備の違法を犯しているものといわねばならない。

もっとも、原審において、被上告人は、「愛媛農産(譲受人)は、資本力、営業規模もともに大きく、かつ周桑郡内において生産者の大部分を掌握していたので、壬生川市場の仲買人らが新たに市場を開設しても、かかる愛媛農産に太刀打ちできないことは明白であって、もしも右仲買人らが愛媛農産(壬生川市場)所属の仲買人にならなければ、周桑郡内には他に市場が存在しないから、右仲買人らには、自ら集荷するか、愛媛農産の仲買人と取引するか、又は遠隔地の市場に入るかの方法しか残らないのである。従って、従前に比して多少条件が悪くなっても愛媛農産の仲買人として残らざるを得ず、右仲買人らが愛媛農産……から離脱するというようなことは考えられない。そして、このことは、本件買収にあたり、当然の前提となっていたものと考えられる。」(判決二五丁~同丁裏)旨を主張している。しかし、原判決中には、このような判示は存在せず、かえって、前記のように、「その頃……安藤(上告人代表者)らより……仲買人らが………五〇〇万円以外に金七五〇万円の仲買人助成金の交付がなければ本件営業譲渡契約承認の決議をせず、あるいは壬生川市場を離脱して独自に青果物市場を開設せんとする動きがあるので、是非七五〇万円の支払をして貰いたい旨の要請を受けたこと、そこで愛媛農産側でも……市場運営の重要な支柱である、右仲買人らの離脱を防止し、かつ仲買人に対する売掛金回収を確保し、市場の円滑な運営発展を計り、買収の所期の目的を達するために右七五〇万円の出捐が不可欠であると考えるにいたったこと、そこで愛媛農産は……会社との間に前記五〇〇万円の外右七五〇万円を出捐する旨……合意した。」(判決五七丁~同丁裏)事実が認められるとしている。しかも原判決は、営業譲渡に際し、仲買人二一四名中一一名が仲買人を廃業した旨を認定している(判決七〇丁)。これらの認定事実によれば、仲買人らは、法的にはもとより、事実上も、譲受人との協力関係を余儀なくされるという立場におかれていたわけではなく、少なくとも、廃業の自由が留保されていたことが明らかである。

従って原判決が、仲買人との結び付きを含むもろもろの事実関係が一体として生み出す収益力と、この事実関係が一体として譲受人に承継されることによりもたらされる譲受人側における収益力増加の予測が営業権としての評価を受ける旨判示するについて、是非とも必要であるはずの、何が故に仲買人との関係が譲受人との間に承継されるかということについての理由の判示は、やはり、欠けていることとなり、理由不備ないし理由そごの違法があることとなるのである。

(四) しかも、前記のように市場営業の譲渡においては、仲買人との関係がその他のもろもろの事実関係と一体として企業、固有の収益力の源泉として認識され、営業権として評価されるということは普通おこりえず、仲買人地位が強く、助成金等の要求額が大きければ大きいほど、それだけ市場の営業権は低く評価される関係にあり、そのことが、とりもなおさず、経済上の経験法則にほかならないのである。とすれば、原判決が前記(二)の冒頭で要約したような見地の下に、本件においては、仲買人との関係を含むもろもろの事実関係が一体として生み出す収益力と、かような事実関係が一体として営業譲受人に承継されることによりもたらされる譲受人の側における収益力増加の予測が営業権として七五〇万円の評価を受け、「本件営業譲渡契約においては公正な営業権の対価が形成決定されていると推認することができる。」(判決五九丁裏)と判断したことは、正しく、前記経済上の経験法則に違背するものといわねばならない。

第三点 原判決には、租税法律主義の原則を無視した違法がある。

(一) 前述のように、原判決認定の事実によれば、仲買人ら(従つて仲買人らによって作られた仲買人組合)は、その固有の地位に基づき、市場の営業譲渡にあたっては、譲渡人・営業主に支払わるべき営業譲渡の対価(そのうちに含まれる営業権の対価)とは別個に、営業譲受人に引き続き仲買人として協力することについて、何らかの名目(助成金、或いは仲買人育成資金等の名目)による対価を要求し得べき立場にあったのである。他方譲受人である愛媛農産としても、買収の目的を達成するためには、仲買人組合よりその要求がある限り、これに応ぜざるをえない立場にあり、係争の七五〇万円を、そのうち二〇〇万円は仲買人保証金に充当させる趣旨で、その余の五五〇万円は助成金との相殺を予定する貸付金として(従って、実質的には返還を要しないものとして)仲買人組合に出捐すべき合理的理由も必要性もあったのである。そのうえ、本件においては、仲買人が株主を兼ねていたところから、営業譲渡に必要とされる特別決議の成立を可能にするためにも、右金員の出捐が必要とされたのである。そうして、仲買人組合なるものが決して架空の存在ではなく、法的体裁においては不備があったとはいえ、その実体そのものは、当時すでに存在しており、この組合が右金員の交付を受けたものであることも前述のとおりである。

とすれば、係争の七五〇万円は、主として仲買人組合に対し助成金ないし特別決議を成立させるための工作資金として交付されたものであって、仮りに、このうちに営業権の対価が姿をかえて一部含まれているものとみても、七五〇万円の全額を営業権の対価として割り切ることはできないものといわねばならない。

そうして、原判決のいうように、仲買人組合に対する七五〇万の出捐が資産譲渡代金五〇〇万円と「終始密接不可分の関係において検討」(判決五六丁裏)されていたとしても、それは、むしろ当然のことであり、そのことによって助成金交付の必要性、合理性がなかったと断ずることのできないのはもとより、そのことによって七五〇万円の全部が営業譲渡の対価(営業権の対価)の性質をもつものとして割り切ることのできるものでないことも当然である。

また、七五〇万円の出捐額が、原判決のいうように、買収前の年間売上高と買収後の売上高増加の予測を考慮して決定された(判決六四丁、二二~二三丁)としても、買収前の売上高といい、買収後の売上高増加の予想といい、ともに仲買人の協力を前提とするものであり、市場の収益への仲買人らの貢献度の評価を含むものというべきであるから、七五〇万円という出捐額が原判決のいうような考慮から決定されたとしても、そのことは、この七五〇万円の金額のうちに、仲買人らの協力に対する対価としての助成金が含まれていないと断定する根拠となるものではない。

以上に述べたように、係争の七五〇万円は、これをひかえ目にみても、その全額を営業権の対価と断定することはできないものであり、そのうちには仲買人組合に対する助成金及び仲買人が同時に兼ねている株主に対する工作資金の性格をもつ金員が多分に含まれているものと認めざるをえないのである。(なお、被上告人が予備的に主張しているように、仲買人権利金ないし保証金として留保された二〇〇万円を除く残りの五五〇万円が営業権の対価としての性質をもつ金員であると断定すべき根拠はない)。

してみると問題の七五〇万円は、営業譲渡の対価(営業権の対価)、従って株主に分配さるべき残余財産とは、法的性格も経済的実質も異なるものであることは明らかである。従って、このように法的性格も実質も異なるものを営業譲渡の対価(営業権の対価)として、清算所得税の対象とすることは、法律の特別の規定によって初めてよくなしうることであり、法律の規定なくして、これをあえてすることは、租税法律主義の原則を踏みにじるものといわねばならない。

(二) 最高裁第一小法廷昭和三三年五月二九日判決、民事一二巻八号一二五五頁は、「同族会社たる甲株式会社が、乙株式会社の全株式を買収した後乙会社と合併し、ついで増資した場合に、右買収代金が乙会社の払込済資本金額と積立金の合計額を超えていても、それだけで、旧法人税法(昭和一五年法律第二五号)第二八条によって、右超過金額を合併交付金と認定して課税(清算所得税等の課税)をすることは違法である。」旨を判示している。この判例は、同じく合併という経済目的を達成するために支払われた金員であつても、株式(乙会社の全株式)買収代金として支払われた金員と、典型的な合併交付金とでは、その法的性格も、経済的実質も異なるものであるから、特別の法律の規定なくして株式買収代金を合併交付金と同視して清算所得税等を賦課することは許されない旨を判示したものと解されるのである。(なお、右事案の合併が行なわれた後である昭和一九年二月、法律第七号による臨時租税特別措置法の改正により、判例のような事案の場合、株式買収代金を合併交付金とみなして課税することができる旨の規定が設けられた。)

本件においても、係争の七五〇万円は、争いのない五〇〇万円とともに、同じく壬生川市場の買収という経済的目的を達成するために出捐された金員であつても、問題の七五〇万円は、営業譲渡の対価(営業権の対価)とは、法的性格も、経済的実質も異なるものであり、少なくとも、これを営業権の対価として割り切ることのできない性質のものである。従って、法律の特別の規定なくして、これを営業権の対価、ひいて残余財産の一部として清算所得税の対象とした被上告人の処分、従ってこれを是認した原判決の判断は、租税法律主義の基本原則を無視するものといわねばならない。

以上

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