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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(あ)1435号 判決 1978年6月20日

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中二二〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人川端和治、同弘中惇一郎の上告趣意第一の二の(一)について

所論は憲法三一条、三九条、七三条六号但書、九八条一項違反をいうが、爆発物取締罰則が日本国憲法施行後の今日においてもなお法律としての効力を保有しているものであることは当裁判所の判例とするところであるから(昭和二三年(れ)第一一四〇号同二四年四月六日大法廷判決・刑集三巻四号四五六頁、昭和三二年(あ)第三〇九号同三四年七月三日第二小法廷判決・刑集一三巻七号一〇七五頁参照)、所論は理由がない。

同第一の二の(二)の第一について

所論は憲法三一条、三六条違反をいうが、爆発物取締罰則一条に定める刑が残虐な刑罰といえないのみならず(最高裁昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日大法廷判決・刑集二巻七号七七七頁参照)、同条所定の行為に対し所定のような法定刑を定めることは立法政策の問題であつて憲法適否の問題ではないから(最高裁昭和二三年(れ)第一〇三三号同年一二月一五日大法廷判決・刑集二巻一三号一七八三頁、昭和四六年(あ)第二一七九号同四七年三月九日第一小法廷判決・刑集二六巻二号一五一頁参照)、所論は理由がない。

同第一の二の(二)の第二について

所論は憲法一九条、三一条違反をいうが、爆発物取締罰則一条は、所定の目的で爆発物を使用した者を処罰するものであつて、その思想、信条のいかんを問うものではなく、また、同条にいう「治安ヲ妨ケ」るの概念は不明確なものではないから(前掲昭和四七年三月九日第一小法廷判決参照)、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

同第一の二の(二)の第三について

所論は憲法三一条、三九条違反をいうが、爆発物取締罰則の規定のうち所論指摘のものは原判決の是認する第一判決が適用していないものであり、また、本件に適用される同罰則一条及び三条の規定につきこれを合憲であるとした原判決の判断は正当であつて、犯行後の法令の適用を許容した趣旨のものではないのであるから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

同第二の二について

所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、近藤有司の明示の意思に反してボーリングバツグを開披した赤沢巡査長の行為を職務質問附随行為として適法であるとして原判決の判断は、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項の解釈を誤り、ひいて憲法三五条一項に違反し、違法収集証拠を本件の証拠とした点において憲法三一条に違反する、というのである。

一原判決の認定した事実及び原判決の是認した第一審判決の認定した事実によれば、本件の経過は次のとおりである。(一) 岡山県総社警察署巡査部長大石益雄は、昭和四六年七月二三日午後二時過ぎ、同県警察本部指令室からの無線により、米子市内において猟銃とナイフを所持した四人組による銀行強盗事件が発生し、犯人は銀行から六〇〇万円余を強奪して逃走中であることを知つた、(二) 同日午後一〇時三〇分ころ、二人の学生風の男が同県吉備郡昭和町日羽附近をうろついていたという情報がもたらされ、これを受けた大石巡査部長は、同日午後一一時ころから、同署員の赤沢勇巡査長ら四名を指揮して、総社市門田のマツダオート総社営業所前の国道三叉路において緊急配備につき検問を行つた、(三) 翌二四日午前零時ころ、タクシーの運転手から、「伯備線広瀬駅附近で若い二人連れの男から乗車を求められたが乗せなかつた。後続の白い車に乗つたかも知れない。」という通報があり、間もなく同日午前零時一〇分ころ、その方向から来た白い乗用車に運転者のほか手配人相のうちの二人に似た若い男が二人(被告人と近藤有司)乗つていたので、職務質問を始めたが、その乗用者の後部座席にアタツシユケースとボーリングバツグがあつた、(四) 右運転者の供述から被告人と近藤とを前記広瀬駅附近で乗せ倉敷に向う途中であることがわかつたが、被告人と近藤とは職務質問に対し黙秘したので容疑を深めた警察官らは、前記営業所内の事務所を借り受け、両名を強く促して下車させ事務所内に連れて行き、住所、氏名を質問したが返答を拒まれたので、持つていたボーリングバツグとアタツシユケースの開披を求めたが、両名にこれを拒否され、その後三〇分くらい、警察官らは両名に対し繰り返し右バツグとケースの開披を要求し、両名はこれを拒み続けるという状況が続いた、(五) 同日午前零時四五分ころ、容疑を一層深めた警察官らは、継続して質問を続ける必要があると判断し、被告人については三人くらいの警察官が取り囲み、近藤については数人の警察官が引張るようにして右事務所を連れ出し、警察用自動車に乗車させて総社警察署に同行したうえ、同署において、引き続いて、大石巡査部長らが被告人を質問し、赤沢巡査部長らが近藤を質問したが、両名は依然として黙秘を続けた、(六) 赤沢巡査長は、右質問の過程で、近藤に対してボーリングバツグとアタツシユケースを開けるよう何回も求めたが、近藤がこれを拒み続けたので、同日午前一時四〇分ころ、近藤の承諾のないまま、その場にあつたボーリングバツグのチヤツクを開けると大量の紙幣が無造作にはいつているのが見え、引き続いてアタツシユケースを開けようとしたが鍵の部分が開かず、ドライバーを差し込んで右部分をこじ開けると中に大量の紙幣がはいつており、被害銀行の帯封のしてある札束も見えた、(七) そこで、赤沢巡査長は近藤を強盗被疑事件で緊急逮捕し、その場でボーリングバツグ、アタツシユケース、帯封一枚、現金等を差し押えた、(八) 大石巡査部長は、大量の札束が発見されたことの連絡を受け、職務質問中の被告人を同じく強盗被疑事件で緊急逮捕した、というのである。

二警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。

三これを本件についてみると、所論の赤沢巡査長の行為は、猟銃及び登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪が発生し犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況の下において、深夜に検問の現場を通りかかつた近藤及び被告人の両名が、右犯人としての濃厚な容疑が存在し、かつ、兇器を所持している疑いもあつたのに、警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど多きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為であるから、これを警職法二条一項の職務質問に附随する行為として許容されるとした原判決の判断は正当である。

よつて、所論違憲の主張は、前提を欠き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

同第二の三について

所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、アタツシユケースをこじ開けた前示赤沢巡査長の行為を警職法に違反するものと認めながら、アタツシユケース及び在中の帯封の証拠能力を認めた原判決の判断は、上記憲法の規定に違反する、というのである。

しかし、前記ボーリングバツグの適法な開披によりすでに近藤有司を緊急逮捕することができるだけの要件が整い、しかも極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件においては、所論アタツシユケースをこじ開けた警察官の行為は、近藤を逮捕する目的で緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視しうるものであるから、アタツシユケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれを排除すべきものとは認められず、これらを採証した第一審判決に違憲、違法はないとした原判決の判断は正当であつて、このことは当裁判所昭和三一年(あ)第二八六三号同三六年六月七日大法廷判決(刑集一五巻六号九一五頁)の趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由がない。その余の所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

なお、福田宏から押収した証拠物に関する所論は、具体的な理由の記載を欠くので、不適法である。

同第三について

所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

同第四について

所論は、事実誤認、量刑不当の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

よつて、刑訴法四〇八条、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 天野武一 高辻正己 服部高顯 環昌一)

弁護人川端和治、同弘中惇一郎の上告趣意

第一 <省略>

第二 原判決は憲法第三一条、三五条の解釈・適用を誤つており、破棄を免れない。

一 原判決は近藤有司からアタツシユケース一個・ボーリングバツグ一個・帯封一枚を押収した行為について、その押収手続を適法としたうえで証拠能力を認めた。原審の認定によれば、「警察官が近藤の承諾なしにボーリングバツグを開披して大量の札が入つているのを現認し、引き続いてアタツシユケースをドライバーで無理にこじ開けて大量の札及び被害銀行の帯封のしてある札束があるのを発見したうえ、近藤及び被告人を緊急逮捕し近藤から右ボーリングバツグ・アタツシユケース・現金・帯封等を差押えた」ということである。そして原審は、押収手続が適法であることの理由を、(1)ボーリングバツグの開披は限定的かつ例外的に職務質問に附随する行為として許容される。(2)ボーリングバツグの開披で大量の札束が発見したことにより、緊急逮捕ができるだけの要件が整つた。(3)アタツシユケースのこじ開けは職務質問附随行為としての許容限度を逸脱しているが、緊急逮捕手続に先行して、逮捕の現場で時間的に接着してなされた捜査手続と同一視でき、昭和三六年六月七日最高裁判所大法廷判決(刑集一五巻六号九一五頁)に徴して適法であるとしている。

二 第一に相手方の明示の意思に反して、ボーリングバツグを開披するなどという行為が職務質問附随行為として許されるはずはなく、この点において原審判決は、警察官職務執行法(以下警職法という)第二条一項の解釈を誤り、ひいては憲法第三五条に違反し、違法収集証拠を本件の証拠とした点で憲法第三一条に違反するものである。

警職法第二条三項は、職務質問の行為が相手方の意思に反するものであつてはならないことを明白に規定している。従来の最高裁判所は、職務質問の許容範囲について、逃走しようとする相手方の肩に手をかけ停止させて質問を続行する(最判昭和二九年七月一五日・刑集八巻七号一一三七頁)とか、所持品について伝意の呈示を求める行為(最決昭和二九年一二月二七日・刑集八巻一三号二四三五頁)等を適法とはしている。しかし、これらはいずれも相手方の翻意を促し、相手方の伝意の意思を尊重しようとするものであつて、相手方の明示の意思に反して実力で鞄を開披するという行為とは本質的に異る。職務質問について、原審のような解釈が許されないことは廃案とされた、昭和三三年警職法改正案に照しても明らかである。

しかも原判決は、ボーリングバツグについて、多数の警察官らがボーリングバツグをわたすまいとする近藤有司に再度にわたり、暴力を行使し、その暴力の深度はボーリングバツグの持ち手がちぎれ近藤有司が指を負傷するほどのものであつたことについて何の判断も下していない。原判決は、アタツシユケースのみが無理にこじ開けられ、ボーリングのみは平穏に開けられた如く認定しているが、そのようなことがあり得るはずがない。

警職法の職務質問がどの範囲まで許されるかについては、鞄の開け方(カギをこわしたか否か等)のみならず、鞄をどのようにして相手方の手から取り上げたのかも重要な問題であり、この点を看過した点においても原判決が警職法第二条の解釈を誤り、憲法第三五条に反したことは明らかである。

三 次に原審判決は、アタツシユケースの開披については、それ自体が警職法に違反することを認めつつ、前掲昭和三六年六月七日、最高裁大法廷判決に徴して適法とする。

しかし第一に、一定の場合に逮捕行為着手前の捜査押収を許容したこの大法廷判決自体が、六人もの裁判官が少数意見を述べ、学説の批判も厳しいものであつたことが想起されるべきである。弁護人としては、右最高裁大法廷の判決自体が憲法第三五条に違反するものであり改められるべきと考える。

しかも本件は、右最高裁判決とも事案を異にするものである。すなわち右最高裁判決の事例では、他の証拠により被疑者を緊急逮捕すること自体は決まつていてその逮捕に先立つて捜索が行われたというものである。これに反し、本件では、捜査官が被告人を緊急逮捕したのは、アタツシユケースの中から松江相互銀行の帯封つきの札束が出て来たからである。すなわち、捜索の結果、はじめて緊急逮捕が可能になつたものであつて、捜索と緊急逮捕の順序をたまたま誤つたという場合ではない。原審判決は、この点について最高裁の事例に即応させるために、「ボーリングバツグの開披により……客観的に緊急逮捕の要件を充し」とか「逮捕必要の状況」とか述べているものの、捜査官の方では、緊急逮捕に伴う手続としてアタツシユケースをこじ開けたというつもりではなかつたし、もとよりその旨の告知もしていない。「緊急逮捕に伴う捜索」という主観的意図が欠秩している点で前掲最高裁大法廷判決と全く異るのである。

又、そもそもボーリングバツグのチヤツクを開けて中味を見ると札束が沢山入つているようだというだけで緊急逮捕の要件である「罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由」があつたとは到底言えない。アタツシユケースの中の松江相互銀行の帯封を参見してはじめて捜査官が、緊急逮捕に踏み切つたのも当然のことであり、アタツシユケース開披前に緊急逮捕の要件が備わつていたとの認定自体が誤つているのである。

以上の通りであるから、原審判決は刑事訴訟法第二一〇条、二二〇条の解釈適用を誤り、ひいては、憲法第三五条に反し、かつその結果違法収益集証拠に証拠能力を認めた点で憲法第三一条にも反するものである。

なお、以上の点は福田からの証拠押収についても同然である。<以下、省略>

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