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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(行ツ)26号 判決 1980年12月09日

上告人 笠井輝文

右訴訟代理人 村井禄楼

被上告人 高等海難審判庁長官松本金十郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村井禄楼の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、右認定判断に基づき本件裁決には結局において違法はないとした原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、日尚丸の針路について被上告人が所論の主張をすることは許されるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己)

上告代理人村井禄楼の上告理由

第一点 <省略>

第二点 被上告人は

日尚丸は、一二月一三日二〇時三九分金華山灯台を右舷正横二八八度四海里ばかりに通過し、針路を二〇一度に定めて進行し、その後北西の風波を避ける目的で翌一四日零時鵜ノ尾埼灯台(日尚丸航海日誌では松川浦港灯台となつている)から二八七度二〇海里のところで針路を二五〇度に、一時三〇分針路を一八〇度にそれぞれ変更し、五時八分塩屋埼灯台を二七〇度六・七海里に並航と主張しておるが、そんな事実認定は、原裁決にはなされておらない。

行政訴訟の審理の対象は、原裁決その者であり、それ以外の者ではない。

訴訟においては、裁決その者が違法であるかどうであるかを審理するもので、原裁決の理由において認定された事実を訴訟になつて行政庁が修正して改めて事実認定し、改めて認定された事実が違法であるか否かの審理の対象となるという法理は、一体どこから出てきたのであろうか、奇々怪々である。

行政訴訟の審理の範囲は、裁決理由に示された事実に限定され、この事実が違法であるか、適法であるか、当事者双方がそれぞれ自己の主張を理由あらしめるため、攻撃、防禦の方法として新たな事実を主張し、新たな証拠の提出を許されておるにすぎぬ。

行政庁が、爼上に乗せられた原裁決に記載された理由中の「事実認定」を改訂し、この新規の「事実認定」とすり換えて、これを審理の対象として要求することは裁判の法理に反する。世の中の条理に反する。

かかるすり換えをなすことは光輝ある我日本国海難審判庁の威信を著しく毀損するものである。特に原裁決二四頁以下には日尚丸が金華山燈台を通過後塩屋埼燈台に並航するまでの針路については、坂本船長に対する質問調書中の供述記載によると、十二月十三日午後八時三十九分金華山燈台を通過して針路を二百一度に定めて進行中、北西の風浪を避ける目的で、翌十四日午前零時ごろ針路を二百五十度に変じて陸岸に寄せ、同一時半ごろ百八十度に変針して塩屋埼燈台の沖合六海里半のところに向けて南下したということになつている。しかしながら、同人は、本件発生の翌日海上保安官青木春夫の取調べを受けたときには、十三日午後十一時五十五分ごろ昇橋して、針路を少し陸寄りに修正し、当直の三等航海士に、塩屋埼の三海里以内に近づかないよう注意を与えたうえ自室に退き、その後間もなく就寝し、衝突の直前まで眠つていた旨を述べている(坂本船長の供述調書写中の供述記載による。)。これによると、金華山燈台通過後二百一度の針路で進行中、十四日午前零時ごろ一時的に針路を少し陸寄りに修正したことがあつたかも知れないが、四十九度の大角度の変針をしたものとは到底認められない。また、すでに就寝中であつた坂本船長が午前一時半に変針したという点も首肯し難い。同船の航海日誌中の記載によると十四日午前零時以降は、針路はバリアスとだけ記入されていて坂本船長が主張するような変針の事実は全く記載されていない。とて、「午前零時針路を二五〇度、午前一時三十分針路を一八〇度に各変針」との日尚丸船長の主張事実を理由を付して五人の合議審判官が拒否しおるのに拘らず、行政庁たる高等海難審判庁が、これと相反する事実を主張し、抗弁するが如きは、同庁が自らのなした裁決を自ら取消し更めて裁決をすることに帰着し、裁判の法理に背くものである。

<以下、省略>

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