大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)738号 判決 1969年12月23日

上告人

高橋ミキ子

ほか二名

右三名代理人

木原鉄之助

被上告人

合資会社

大鏡酒造部

被上告人

越智克彦

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人木原鉄之助の上告理由第一点について。

原審の適法に確定した原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ)判示の事実関係のもとにおいて、訴外鈴木寛次郎の本件事故死については同人自身にも過失があつた、とした原審の認定判断は、肯認することができないわけではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

原審の確定した原判示の事実関係、とくに、訴外鈴木寛次郎は本件事故死の当時同人自身の生活費として一ケ月に少なくとも金八、二五〇円を要したものであるところ、同人は病弱にして勤労意欲に乏しく、かつ、昼間から飲酒にふけることもあつて、同人の右事故死の当時の収入額は右生活費の金額にも満たなかつた、という事実関係は、挙示の証拠関係に照らして、首肯することがでないきわけではない。そして、右事実関係のもとにおいて、右鈴木寛次郎が右事故死の結果喪失した将来得べかりし利益の存在ないし金額はたやすく認定することができない、とした原審の判断は、正当として是認することができないわけではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断および事実の認定を争い、または、原審の認定にそわない事実関係を前提として原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点および第五点について。

訴外鈴木寛次郎の本件事故死による上告人高橋健および上告人高橋千栄美の右訴外人に対する扶養請求権の喪失、または、右事故死による上告人高橋ミキ子のその余の上告人両名に対する扶養責任の加重は、いずれも右訴外人が右事故死の当時将来上告人高橋健および上告人高橋千栄美を現実に扶養しうる能力を有していたことを前提とすると解すべきところ、右訴外人が右事故死の当時そのような能力を有していた事実ないしその能力の程度を確定することができない、とした原審の認定判断は、挙示の証拠関係に照らし、首肯することができないわけではない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第四点について。

原審の適法に確定した原判示の事実関係のもとにおいて、訴外鈴木寛次郎と上告人高橋ミキ子との間の内縁関係は、右訴外人の本件事故死よりも以前である昭和四〇年九月ごろすでに解消されていた、とした原審の判断は、肯認することができないわけではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原審の適法にした事実の認定を争い、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松本正雄 田中二郎 下村三郎 飯村義美 関根小郷)

上告代理人木原鉄久助の上告理由

第一点 <省略>

第二点 原審は、第一審判定が認定した事実を引用し『訴外鈴木寛次郎について、将来の得べかりし利益の存在をたやすく認め難く、仮にその利益が絶無でないにしても、その数額を到底具体的に認定することができないというべきである。成立に争いのない甲第九号証の一、二、同第一〇号証の一、二は、健康で勤労意慾を有し、みだりに飲酒をしない通常の労働者の給与額および生活費を示す統計であつて本件の場合の資料とするに足りないし、当審証人木藤文吾の証言も、相当以前における右鈴木の稼動能力に関するものであつて、前記の判断を左右するに足る証拠ではない。これに要するに、鈴木の得べかりし利益の存在については、その証明がないというべきである』と判示した。しかしながら、右のような判断は、経験則に違背している。

(一) 得べかりし利益の喪失による損害について、原審の認定した事実――鈴木は、昭和三九年中に肩を痛めて十分働けず、一家五人の生計を維持することができないとして、同年八月二八日から生活保護法による生活扶助を受けていたが、その後、昭和四〇年九月ごろ上告人ミキ子が鈴木と不仲になり、訴外利栄美、上告人千栄美を連れて鈴木と別居するにいたつたため鈴木は自分と上告人健だけの生計を維持することができると考え、同月二二日右生活扶助を打ち切つてもらつた。そのころから鈴木は訴外石野武夫の世話で訴外上野末松の経営する採石場で、労務者として日給九〇〇円ないし一〇〇〇円で働くことになつたが病弱のため勤労意慾にとぼしく、かつ、昼間から飲酒にふけることもあつて、一〇月には約六日(収入合計約六〇〇〇円)、一一月には約七日(収入合計約七〇〇〇円)しか働かなかつた。

したがつて、鈴木には本件事故による得べかりし利益の喪失はない。

(二) しかしながら、鈴木が事故当時、勤労意慾を失つていたのは、内縁の妻である上告人ミキ子の家出により一時、鈴木の精神が虚脱状態になつていたためである。鈴木は、当時四九才(大正五年一二月三一日生)であつて、上告人ミキ子との共同生活を回復できれば従来通りの収益を取得することができた。長年、内縁関係を続け、二人の子供までもうけたものが、ささいな夫婦喧嘩によつて別れてしもうとは考えられない。すなわち、鈴木は、事故当時前記のような事情で一時意慾を失つていたけれども、将来全然収益を得ることができなかつたものではないのであるから、原審においては、鈴木の平均余命と上告人提出の証拠を綜合して鈴木の最少限度の得べかりし利益を推計算定すべきにかかわらず『原判決が認定した事実(その認定は挙示の証拠により優に是認しうる)によると、訴外鈴木寛次郎について、将来の得べかりし利益の存在をたやすく認め難く、仮にその利益が絶無でないにしても、その数額を到底具体的に認定することができないというべきである』として得べかりし利益喪失による損害賠償の請求を全面的に排斥した。このことは、証拠の取捨判断における経験則違反若くは審理不尽のそしりを免れない。<以下略>

<参考・原審判決理由>――――――――

(高松高裁昭和四三年(ネ)第一四一号、損害賠償請求控訴事件、同四四年四月一〇日第二部判決)

当裁判所の判断は、左に付加、訂正するほか、原審の判断と同様であるから、原判決の理由を引用する。

一 控訴人らの当審主張の(一)について。

しかし、控訴人らの主張に副うような証拠は全く存在しない。そればかりでなく、そもそも、たとえ前方に自動車を認めたとしても、その自動車を避けるため道路中央に出るというようなこと自体適当な避け方であるとはいえない。むしろ、原判決の挙示する証拠によれば、鈴木寛次郎は酒に酔い漫然と自転車を押して道路中央付近を歩行していたことを認めるに足り、右鈴木に過失があつたことが明らかである。

二 同じく(二)について。

労働者が一時的に稼動能力を失つたとしても、そのことから直ちに将来の得べかりし利益がないものと判断することの許されないこというまでもないが、原判決がそのような判断をしているのでないことは判文上明らかである。原判決が認定した事実(その認定は挙示の証拠により優に是認しうる)によると、訴外鈴木寛次郎について、将来の得べかりし利益の存在をたやすく認め難く、仮にその利益が絶無でないにしても、その数額を到底具体的に認定することができないというべきである。<証拠>は、健康で勤労意慾を有し、みだりに飲酒をしない通常の労働者の給与額および生活費を示す統計であつて、本件の場合の資料とするに足りないし、当審証人木藤文吾の証言も、相当以前における右鈴木の稼動能力に関するものであつて、前記の判断を左右するに足る証拠ではない。これを要するに、鈴木の得べかりし利益の存在については、その証明がないというべきである。

三 同じく(三)について。

控訴人高橋健、同高橋千栄美が訴外鈴木寛次郎の子であることは当事者間争いがなく、子である以上は親に対し扶養を求める権利を有する(但し成立に争いのない甲第三号証の一、二によると、右控訴人らは、本件事故後に認知の裁判を得たことが認められる)が、原判決の認定した事実関係のもとでは、鈴木は控訴人らを将来十分に扶養する能力を有しなかつたと認めるほかはなく、若干の扶養が可能であつたとしても、その金額は到底証拠上明らかにすることができない。結局右控訴人らの損害(扶養請求権の侵害)による損害の証明がないことに帰し、控訴人らの主張は理由がない。

四 同じく(四)について。

原判決の挙示する証拠によると、原判決の認定したとおりの経緯で、鈴木寛次郎と控訴人高橋ミキ子との内縁関係は、本件の事故以前に解消されていたと認めることができる。

<反証排斥>

五 同じく(五)について。

しかし、訴外鈴木の控訴人健および同千栄美に対する扶養能力の程度を具体的に判断できないこと前記のとおりであり、従つて、控訴人ミキ子の加重された扶養額(損害額)も到底明らかすることができないから、この主張も採用できない。

六 原判決第一二枚目五行目の「一四万七、二七七円」とあるのは「一四万七二七五円」と訂正する(なお損害賠償の額については、付帯控訴の申立がない本件においては、原判決が認容した金額を減ずることは許されぬところであり、原判決の認容した金額を超えて控訴人らが損害を蒙つたことを認めるべき証拠がないことに帰する)。

七 一部弁済の充当について。

本訴提起前に、被控訴人合資会社大鏡酒造部が控訴人健、同千栄美にそれぞれ金五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、その際弁済充当の指定又は格別の合意があつたことを認めるに足りる証拠はないから、右金員は、法定充当により、原判決認定の債権に充当されたと認むべきである。

以上の次第であつて、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

<参考・第一審判決理由>――――――――

(松山地裁西条支部昭和四二年(ワ)第一四号、損害賠償請求事件、同四三年五月二四日判決)  一、請求原因(一)の事実は当事間に争いがない。

(被告会社の損害賠償責任)

二、請求原因(二)のの事実も当事者間に争いがない。

したがつて、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により本件事故について損害賠償義務がある。

(被告越智の損害賠償責任―過失の存在)

三、請求原因(三)の事実中、本件事故当時の天候が霧模様であつたこと、その当時被告車は時速約四五キロメートルで進行したこと、被告越智が本件事故の直前に対向車の前照灯の光に眩惑されて一時進路前方に対する見通しを失つたことは当事者間に争いがない。

そして、証拠を総合すると、本件事故現場は国道一一号線加茂川橋西詰交差点から約五五米前方の国道一九四号線上であつて、現場付近の道路は南北に直線で、その東側は堤防の斜面を利用した畑を隔てて加茂川の川原に、西側は堤防斜面を隔てて田地となつており、周囲に視界をさえぎるものは全くなく、普段は見通しがきわめて良いが、本件事故当時は霧模様の天候のため見通しが悪かつたこと、その当時の現場付近の路面は簡易舗装でやや軟らかかつたこと、被告越智は被告車を運転して本件事故現場の南方約五〇メートルの地点に差し掛かつた際、進路前方(事故現場付近)に南向きで停止中と思われる前照灯を点じた対向車のために被告車の前照灯を減光したが、対向車は減光する様子がなかつたのに、漫然と従前の速度のまま進行したため、対向車の前照灯の光に眩惑されて一時進路前方の見通しを失い、折柄前方道路の中央付近を酒に酔い自転車を押して歩行北進中の鈴木の姿に対向車と離合する直前になつてから漸く気づき、あわてて急制動をかけハンドルを左に切つたが、既に鈴木の自転車まで一四、五メートルの至近距離に迫つていたので間に合わず、本件事故を惹起するに至つたことが認められる。<反証排斥>

右認定の事実および請求原因(一)の事実によると、被告越智には原告主張の注意義務(請求原因(三)かつこ内の部分)を怠つた過失があるというべきである。しかし他方、鈴木にも霧模様の天候で見通しが悪かつたのに、酒に酔つて道路中央部を歩行していた点において過失があつたといわざるをえない。

したがつて、被告越智は本件事故について損害賠償義務がある。

(損害賠償額)

四、そこで進んで損害賠償額について検討する。

(一) 鈴木の損害

1 得べかりし利益の喪失による損害

証人難波江貢の証言によると、鈴木は一か月に少なくとも八二五〇円の生活費を要したものと認められるところ、<証拠>を合わせると、鈴木は、昭和三九年中に肩を痛めて十分働けず、一家五人〔同人のほか、内妻の原告ミキ子、両者間の子原告健、同千栄美〔原告らの身分関係については当事者間に争いがない〕、原告ミキ子とその先夫との間の子訴外高橋利栄美〕の生計を維持することができないとして、同年八月二八日から生活保譲法による生活扶助を受けていたが、その後昭和四〇年九月ごろ原告ミキ子が鈴木と不仲になり、訴外利栄美、原告千栄美を連れて鈴木と別居するにいたつた(後記判示参照)ため鈴木は自分と原告健だけの生計を維持することができると考え、同月二二日右生活扶助を打ち切つてもらつたこと、そのころから鈴木は訴外石野武夫の世話で訴外上野末松の経営する採石場で、労務者として日給九〇〇円ないし一〇〇〇円で働くことになつたが病弱のためか勤労意慾にとぼしく、かつ、昼間から飲酒にふけることもあつて、一〇月には約六日(収入合計約六〇〇〇円)、一一月には約七日収入合計約七〇〇〇円しか働かなかつたことが認められ、<反証排斥>。

したがつて、鈴木には本件事故による得べかりし利益の喪失はないものというべきである。

2 慰藉料

鈴木が本件事故により生命を失つたことに対する慰藉料は前認定の本件事故の態様、鈴木の過失その他本件諸般の事情を総合すると一〇〇万円が相当というべきである。

ところで、原告健、同千栄美が鈴木の子であることは当事者間に争いがなく、証拠によると、鈴木の相続人は右原告両名以外にないことが認められるので右原告両名は鈴木の死亡により右慰藉料請求権を各二分の一すなわち五〇万円ずつ相続したことになる。

(二) 原告健、同千栄美の損害(慰藉料)

右原告両名が父である鈴木を失つたことに対する慰藉料は、本件事故の態様、鈴木の過失その他本件諸般の事情を総合すると、各五〇万円が相当というべきである。

(三) 原告ミキ子の損害(慰藉料)

原告ミキ子が昭和二八年ごろから鈴木と内縁関係を結び、両者間に原告健、同千栄美が出生したことは当事者間に争いがないが、証人伊藤定明、同石野武夫、同難波江貢の各証言、同近藤八郎の証言および原告ミキ子本人尋問の結果(各一部)を合わせると、原告ミキ子は昭和四〇年九月ごろ鈴木とけんか別れして、訴外利栄美、原告千栄美を連れ、当時同原告が女中として働いていた料理飲食店の顧客で、倉敷市に住んでいた訴外近藤八郎方に身を寄せ、そこで本件事故当時まで同訴外人と同棲をつづけていたこと、他方、鈴木は同原告に多少の未練はあつたが、やむをえず同原告のことをあきらめ、知人の訴外石野武夫方に同居するようになつたことが認められ、証人近藤八郎の証言および原告ミキ子本人尋問の結果中各右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、鈴木と原告ミキ子との間の内縁関係は昭和四〇年九月ごろ解消されたものというべきであるから、同原告の請求原因九の請求は、その余の判断をするまでもなく失当だといわなければならない。

(四) 弁護士費用

以上のとおりであるから、原告健、同千栄美は各自被告らに対し右(一)の2、(二)の合計一〇〇万円の損害賠償請求権を有するというべきところ、被告会社が右原告両名に各五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、本件弁論の全趣旨によると被告らが右以上に任意の支払をしなかつたため、右原告両名は昭和四一年一一月二七日愛媛弁護士会所属弁護士木原鉄之助に対し、本件損害賠償請求訴訟を提起することを委任し、そのさい手数料および謝金として、同弁護士会の報酬規定(請求原因(九)の同規定の内容については当事者間に争いがない)によりそれぞれ一四万七二七七円を支払う旨約したことが認められる。

そこで、本件事案の態様、請求額、認容額その他本件諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用(手数料および謝金)は右原告両名について各五万円が相当というべきである。

なお、原告ミキ子については、前記のとおり同原告がその慰藉料請求権を有しない以上、その弁護士費用の請求もまた失当であることは明らかである。

(一部弁済の充当)

五、以上検討したところによると、原告健、同千栄美は各自被告らに対し前項(一)の2、(二)、(四)の合計一〇五万円の損害賠償請求権があるところ、右原告両名は被告会社から受け取つた前記各五〇万円を、請求原因(四)の損害賠償請求権の一部の弁済に充当した旨主張するが、右原告両名がこの損害賠償請求権を有しないことは前記のとおりであるのみならず、弁論の全趣旨によれば、被告会社は、その主張の弁済充当の指定をしたことが窺われるから、右各五〇万円は四(一)の2、同(二)に二五万円ずつ充当されたものというべきである。

(むすび)

六、よつて、原告健、同千栄美の本訴請求は、いずれも右各充当額を差し引いた残額すなわち(一)の2、(二)の残金各二五万円、(四)の五万円以上合計五五万円と(一)の2、(二)の各残金合計五〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日の昭和四一年一二月九日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容し、右原告両名のその余の請求および原告ミキ子の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例