大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)174号 判決 1970年7月28日

上告人

荒武キヨ

荒武国弘

右両名代理人

大野直数

被上告人

田原光雄

代理人

小倉庄八

復代理人

佐々木秀雄

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所宮崎支部に差し戻す。

理由

上告代理人大野直数の上告理由について。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の適法に確定した事実関係によれば、被上告人は、昭和三六年一二月二三日訴外山中哲夫の代理人である訴外馬渡広二を介し右山中に対し、被上告人所有の本件山林ほか山林一筆を代金二〇五万円で売り渡し、同月二五日までに手附金二〇万円を受け取つたうえ、山中に対する本件山林の所有権移転登記手続に必要な書類として権利証、被上告人の印鑑証明書のほか、被上告人の記名押印および売渡物件の記載があり、金額、名宛人、年月日の各欄を白地とした売渡証書、被上告人の記名押印、目的物件および登記一切の権限を与える趣旨の委任事項の記載があり、受任者、年月日の各欄を白地としたいわゆる白地委任状を馬渡を介して山中に交付し、本件山林の所有権を取得した山中は、馬渡を代理人とし、同人をして同月二八日上告人両名の代理人である訴外荒武国義との間に本件山林と上告人両名共有の山林の交換に当らせたが、馬渡は、国義に対し山中の代理人であることを告げなかつたばかりか、被上告人からなんら代理権を授与されていないにもかかわらず、山中からあらためて交付を受けていた右各書類を示して被上告人の代理人のごとく装つたので、国義は、契約の相手方を被上告人と誤信し、即日馬渡と上告人両名共有の山林七筆を被上告人に譲渡するのと引換えに被上告人から本件山林の譲渡を受け、合わせて追銭一五万円の交付を受ける趣旨の交換契約を締結するに至り、馬渡から成約と同時に追銭の一部一〇万円、翌二九日その残額五万円および白地の部分につきなんら補充されていない右各書類の交付を受けたというのである。そして、原審は、右事実関係に基づき、右馬渡が被上告人の代理人として上告人両名との間に締結した右交換契約は、無権代理行為であるから、その効果は当然に被上告人に及ぶものではないとし、さらに上告人ら主張の民法一〇九条所定の表見代理の成否についても、本人が不動産登記手続に必要な白紙委任状、処分証書、権利証等を何人において行使しても差支えない趣旨で交付したのではないのに、本人からこれが交付を受けた特定他人においてこれをさらに他の者に交付し、その者がこれを濫用して第三者に対し本人の代理人と称して不動産処分行為に及んだ場合にまで、本人はその第三者に対し同条にいう表示をしたものとしてその責を負うべきものと解さなければならないものではないところ、本件の場合、被上告人からみて馬渡は右にいう特定他人ではなく、特定他人である山中から前記各書類の交付を受けた立場にある者であつて、被上告人が山中に右各書類を交付した趣旨は、山中に対する本件山林の所有権移転登記手続の目的に尽きるものであり、被上告人において、これら書類が転々流通のうえ山中以外の者によつて使用されることを認容して交付したものでないことが認められるから、民法一〇九条によつて被上告人をして本件交換契約の効果を受忍せしめることはできない旨判断している。

しかし、右事実によれば、被上告人は、本件山林の所有権移転登記手続のため右各書類を山中の代理人馬渡に交付し、馬渡は、これを山中に交付したが、山中は、ふたたび馬渡を代理人とし、同人に右各書類を交付して同人をして上告人両名との間に本件山林と上告人両名共有の山林の交換に当らせ、馬渡は、上告人両名の代理人国義に対し、被上告人から何ら代理権を授与されていないにもかかわらず、右各書類を示して被上告人の代理人のごとく装い、契約の相手方を被上告人の誤信した国義との間に本件交換契約を締結するに至つたというのであつて、なるほど、右各書類は被上告人から馬渡に、馬渡から山中に、そしてさらに、山中から馬渡に順次交付されてはいるが、馬渡は、被上告人から右各書類を直接交付され、また、山中は、馬渡から右各書類の交付を受けることを予定されていたもので、いずれも被上告人から信頼を受けた特定他人であつて、たとい右各書類が山中からさらに馬渡に交付されても、右書類の授受は、被上告人にとつて特定他人である同人ら間で前記のような経緯のもとになされたものにすぎないのであるから、馬渡において、右各書類を国義に示して被上告人の代理人として本件交換契約を締結した以上、被上告人は、国義に対し馬渡に本件山林売渡の代理権を与えた旨を表示したものというべきであつて、上告人側において馬渡に本件交換契約につき代理権があると信じ、かく信ずべき正当の事由があるならば、民法一〇九条、一一〇条によつて本件交換契約につきその責に任ずべきものである。原判決引用の判例の事案は、本件事案と場合を異にする。

そうだとすると、原判決は、右表見代理の規定の解釈を誤つた結果、本件交換契約につきその適用はないとするに至つたものというべく、右違法は原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

同二について。

所論の点に関し原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて原審のした判断は正当として是認するに足り、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すべきものとし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(飯村義美 田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)

上告代理人の上告理由

原審判決は法律の解釈を誤つた違法がある。

即ち原審における上告人の主張は主位的主張として民法一〇九条の適用ある旨主張し予備的主張として民法一一〇条の適用を主張し右各主張に適合する立証もつくしている。而るに原審は上告人等の前記各主張をいづれも排斥しているがこれは民法の前記各条文の解釈を誤つたもので明かに違法である。

以下各項に分けて原審判決の誤りを指摘する。

一、原審が民法一〇九条の適用を排斥したのは同条文の解釈を誤つたもので違法である。

上告人等の事実上の主張は上告人等と被上告人間の本件取引きは訴外馬渡広二と同人が被上告人より交付を受けた(イ)被上告人の記名押印並に物件の表示がある名宛、金額、契約年月日の記載のない売渡証、所有権移転登記の委任状で権利者らん空白のもの、権利証、(ニ)被上告人の印鑑証明書に基いてなされたもので山林取引の慣行にてらして上告人等は被上告人が前記訴外人に代理権を与えたものと信じたもので而も過失はなかつたから当然民法一〇九条の適用ある旨主張している(一審判決事実摘示一(ニ)並に二審判決事実摘示一(一)参照)のであるが原審は前記取引の事実関係を認めながら(但し山林取引慣行の点をのぞく)而も民法一〇九条の適用を排斥している。その理由とする処を要約すれば本人においてこれら書類を特定他人に限らずその所持人は何人であれこれを使用してもよいとの趣旨で交付したものであれば本人はその所持人に不動産処分の代理権を与える旨をその者を介して第三者に表示する意思であると解釈し得るけれども本人が登記手続に必要なこれら書類を何人において行使して差支えない趣旨で交付したものでない場合においては本人からこれが交付を受けた特定人において更にこれを他の者に交付したような場合には民法一〇九条の適用はないと言うが如くである(一審判決理由二、二審判決理由参照)。

而れども右原審の判断は第三者より何等理解できない本人の意思に基いて民法一〇九条を解釈し本人が所持人に何人であれこれを使用して差支えない趣旨で交付した場合は一〇九条の適用あり而らざる場合は適用ない旨の解釈をしているが一〇九条の精神目的は原審が考えるようなものではなく外形事実を信頼したものを保護せんとするもので却て取引の安全のため本人意思の無視もやむなきこととして想定されているのである。従つて前記原審の言う本人意思のいづれであるかは純すいに外形事実に基いて推測すべきであり外形上推測できない本人意思は顧慮する要なきものである。

原審が一〇九条の中に外形上推測できない本人意思を導入してその意思の指向によつて解釈せんとするが如きは一〇九条存在の理由を解明しないものでその解釈を誤つたものと謂うべきである。

事件のケースは本件と若干相違するが民法一〇九条の解釈につき上告人の前記解釈と同一趣旨に立つ判決として昭和二四年(ワ)第一六同年四二二〇号同二五年一〇月二七日東京地裁判決、昭和二九年(ネ)第一一四八号同三一年一二月一九日東京高裁判決などがある。

尚昭和三八年(オ)第七八九号同三九年五月二三日最高裁第二小法廷判決は結論として民法一〇九条の適用を排斥しているがその内容の中で「不動産所有者は前記書類を直接交付を受けた者において濫用した場合や……の場合は格別」と説示し本人が責任を負う場合あることを予想している。

本件についてみるに訴外馬渡広は訴外山中の代理人として被上告人より訴外右山中に交付すべき山林売買にともなう一件書類の交付を受け更に山中の代理人としてこれを上告人に交付している事実は原審の認定する処であるが右は前記最高裁判決の民法一〇九条の適用ある格別の場合に該当すること明白である。

代理の法理からして本件における被上告人からの書類の交付は訴外山中になされ右山中より上告人になされたのと同一であり前記最高裁判決の説示する「不動産所有者は前記の書類を直接交付を受けた者において濫用した場合……においては」責を負う旨の判例の態度は本件上告人の主張を支持するものであることが明かである。

原審の判断は右判例の趣旨にも反するもので違法のもので取消を免れない。

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