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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(行ツ)58号 判決 1968年10月29日

当事者 上告人 株式会社ファミリア

右代表者代表取締役 坂野通夫

右訴訟代理人弁護士 小松正次郎

被上告人 特許庁長官 荒玉義人

右補助参加人 花王石鹸株式会社

右代表者代表取締役 福島正雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小松正次郎の上告理由第一点、第三点、第四点について。

原判決は、ゴシック体で「FAMILIAR」のローマ字を横書きして成る上告会社の本願商標と、ゴシック体で「ファミリー」の片仮名文字(「ア」はやや小さい)を左横書きして成る被上告人補助参加人の引用商標とは、その称呼において、「ファ」「ミ」「リ」の三音が共通し、しかも、両者ともに、この「ファミリ」が冒頭の第一音から第三音までを占めて、発声上、双方ともに聴者に強い印象を与えること、引用商標「ファミリー」は英語の「family」の片仮名による表現で、この言葉はわが国においてよく知られ、親しまれており、そのため、ひいて「ファミリ」の三連音だけで一種の連想、印象を呼ぶものとなっていること等の諸点から考えると、右両商標の称呼は、尾音にわずかの差があるからといって、簡易迅速を旨とする取引の実際においてつねに明瞭に区別されるものとは断じ難く、なお、右両商標の指定商品の性質からして、その購買者が一般家庭婦人である場合が少なくないと考えられることをも考慮すれば、右両商標は称呼上、相紛れるおそれのあるものと見るべく、familiarとfamilyの両者にはアクセントの差があるけれども、少なくとも本件の両商標については、通常そのアクセントの差の故に、称呼上、区別されうるものとは認められず、本願商標が上告会社の商号から採択されたものであるとしても、かかる事情は、それだけでは右商標の称呼を左右するものとはいえない、としたもので、右原判決の判断は正当として是認しうる。論旨は右の判断が先例に牴触する旨をいうが、商標の類否の判断は、取引の実情に照らして、具体的、個別的にするほかなく、その性質上、まず一般的基準を定めてこれを機械的に適用することによって、なしうるものではない。所論引用の判例は本件に適切でない。

原判決には所論の違法はなく、論旨は採用できない。

同第二点について。

原判決に理由齟齬があるというのは、論旨の独自の見解にすぎず、所論判断遺脱も法律にいう判断遺脱に該当しないことが、その主張自体に照らして明らかである。論旨は採用できない。

同第五点について。

所論甲五、六号証と同七号証については、後者の指定商品は再製ゴム製、ラテックス製およびビニール製の手袋であって、前者の指定商品と牴触するといえないものである(上告会社を出願人とする甲六号証の指定商品は、所論と異なり、一七類の被服および布製身回品で前記の手袋を含まない。)。

次に、所論甲九号証と同一〇号証については、指定商品はおおむね共通であり、前者は「FAMILY」、後者は「FAMILIAR」と、いずれもローマ字を横書きして成る商標であるから、本件商標の登録を許されないものとした原判決および審決の見解によれば、右甲一〇号証の商標も登録を拒否されるべきものであったように見える。しかし、甲一〇号証の出願人はほかならぬ上告会社自身であって、上告会社は被上告人がその取扱いを二、三にしたため、他に対しては許されたところを、上告会社に限って拒まれたというものではなく、原判決および審決の見解に従えば登録を受けえなかった筈のものについて、誤って登録を受けているというにとどまり、これが本件における商標の類否の判断を拘束するものでないことはいうまでもない。

原判決には所論の違法はなく、論旨は採用できない。

同第六点について。

原判決は、審決において、上告会社の本願商標がその出願当時において被上告人補助参加人の引用商標に類似するものと認めたうえ、なお付加的に、審決時における引用商標の周知性に言及したのを是認したにとどまり、所論のように、称呼上類似しない商標が出願後に招来された一方の商標の周知性のみをもって登録を拒否されるべきものとする判断を示し、あるいはかかる判断を是認したものではない。

原判決には所論の違法はなく、論旨は採用できない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 飯村義美)

上告代理人小松正次郎の上告理由

第一点原判決は大審院判例に背反し、審理不尽、理由不備の違法がある。

一、<省略>

二、しかし、大審院昭和一六年(オ)第一〇五七号、同年一二月一六日判決は、「称呼の類否を判定するに当りては、単に発音の近似するや否やを唯一の標準と為すべきものに非ず。発音近似するも取引上用いらるる音の長短其の他の音調の差異に因り、一般取引上普通の注意を以って、容易に判別し得るや否やを審究せざるべからざるは当院の判例とするところにして(昭和十五年(オ)第五六四号、同年十一月六日言渡当院判例参照)、本願商標と引用登録商標に於ける称呼を考察するに、前者は「ケンビ」、後者は「ケンピー」にして、其の語尾音に長短あるのみならず、語尾音に「ビ」と「ピー」の相違あること明白なリ。且つ両者の語義必ずしも同一なりとは做し難きを以って、通常人が、普通の注意を以って、之を聴取するときは、其の語音、語調必ずしも之れを区別し得られざるものと即断し難く、上叙の相違を以って、単に之れを微差なりと為さんには、先づ少くとも右「ケンピー」の「ピー」が、「ピ」と短音に発音せられ、従って一般聴者をして、「ケンビー」が「ケンピ」と聴き取らるるが如き特別の事情あるや否やを明らかにしたる上、前者が如何なる語音、語調を以って称呼せらるるやを審究せざるべからず。然らざれば、「ケンビ」と「ケンピー」との称呼の類否、従って本願商標と引用登録商標との類否を判定する上に於て、十分の審理を尽したるものと云ふ能はず。然るに原審は、単に本願商標の「ケンビ」と引用登録商標の「ケンピー」とは、語尾音に於て、「ビ」と「ピー」の微差あるに過ぎずして、全体として語音、語調頗る近似し、特に卒爾の間に聴取せらるるときは彼此混同せらるるの虞あるものと断じ、両商標は、仮令外観及観念を異にするも尚ほ類似の商標なりと判定し」たのは、審理不尽、理由不備の違法があると判示された。

三、これを本件について観るに、『本願商標は「FAMILIAR」であり、引用登録商標は「ファミリー」であって、その語尾音に長短の差があるのみならず、語尾音に「LIAR」と「リー」の相違があることは明白である。且つ両者の語義は同一であるということはできないから、通常人が普通の注意をもって、これを聴取するときは、その語音、語調が区別し得られないものと即断し難く、上叙の相違をもって、単にこれを微差であるとなすためには、先づ少なくとも右「FAMILIAR」の「LIAR」が、「リー」と短音に発音せられ、従って一般聴者をして「FAMILIAR」が「ファミリー」と聴き取らるるが如き特別の事情があるかどうかを明らかにした上で、これを前提として、前者「FAMILIAR」が如何なる語音、語調をもって称呼せらるるやを審究しなければならない。そうでなければ、「FAMILIAR」と「ファミリー」との称呼の類否、従って本願商標と引用登録商標との類否を判定する上において、十分の審理を尽したものということはできない。しかるに原判決は、本願商標の「FAMILIAR」と引用登録商標の「ファミリー」とは、語尾音において、「LIAR」と「リー」の微差あるに過ぎずして、全体として語音、語調頗る近似し、特に卒爾の間、簡易迅速を尊ぶ取引者需要者間に聴取せらるるときは、彼此混同、両者相紛るるの虞あるものと断じ、両商標は、仮令外観および観念を異にするも、なお類似の商標であると判定し」た原判決は、上叙の点において、審理不尽、理由不備の違法があり、前記大審院判例の判旨に背反する違法がある、と相信ずる。

第二点<省略>

第三点原判決は、経験則に背戻し、審理不尽、理由不備の違法がある。

一、原判決は、本願商標「FAMILIAR」と引用商標「ファミリー」とは、(一)本来そのアクセントに差異がある事実および(二)実際の取引において、その尾音に『「リヤー」(「リヤ」、「リアー」または「リア」)』と「リー」との差がある事実を確定した後、

(1)  本願商標の尾音は、「不明瞭な発声をもって発音され」、「特異性を認めることはできず」

(2)  「尾音に前記のような差があ」るが、「簡易迅速を旨とする取引の実際において」「明瞭に区別される」ものではなく、

(3)  「本願商標と引用商標の指定商品が」「せっけん、歯みがき、香料といったようなものであることから、その購買者が一般家庭婦人である場合が少なくない」から、両商標は称呼上相紛れるおそれのあるもの」である、

と判示し、もって、上告人の原審における主張を排斥した。

二、しかし、

(一) 本願商標と引用商標とは、アクセントの相違の外に、「実際の取引において」、その語尾に『「リヤー」(「リヤ」、「リアー」または「リア」)』と「リー」の差がある事実は原審の確定するところであり、「取引の実際において」、右の程度の差異が、両商標を、その称呼の点において、区別することができないほどに、本願商標の尾音「リヤー」が原判示のように引用商標の尾音「リー」に対し、「不明瞭な発音」で、「特異性を認めることができない」という理由を、上告人は首肯することができないのである。

しかも原判決は事案が異なるとして、漫然一蹴しているけれども、上告人が原審において引用した(A)『「マルミ」に対し「マルミヤ」は語尾に存する「ヤ」という顕著な音の有無によって音調に著しい相違(一音節と二音節)を来たすから、両者は全体としての称呼においても、互いに相紛れるおそれのない非類似の商標である』とした被上告人特許庁の審決例(昭和三二年審判第一二一号事件審決)、(B)「メイジ」(明治)に対し、「メイジヤ」(明治屋)は、「尾音に一音「ヤ」の差があるに過ぎないけれども、称呼上非類似の商標である」と判示された大審院昭和一六年(オ)第一三〇三号、昭和一七年六月一〇日判決、(C)「センリョー」に対し、「センリョーヤ」は、称呼上非類似の商標であると判示した原審の昭和三七年行(ナ)第二八号、昭和三八年一月二九日判決は、すべて語尾の「ヤ」の有無を重視して判断されている事実に徴し、本願商標「FAMILIAR」が「ファミリヤ」ないし「ファミリヤー」と発音される場合(実際の取引において、かかる場合が多い事実は原審の認定せるところである)には、本願商標は、引用商標「ファミリー」に対し、明瞭な称呼上の区別があるものであり、また本願商標「FAMILIAR」が、「ファミリア」ないし「ファミリアー」と称呼される場合においても、引用商標の尾音「リー」に対し、「リアー」ないし「リア」が何故に「不明瞭な発音」であるのか一向に明らかでないのみならず、『本願商標のうちの「LIAR」の語尾部分を「リアー」または「リア」と緻密に発音する位に、相当な英語智識を有する者であれば、本願商標のアクセントは、その第二音「MI」に所在するという程度の常識的なことは、十分知っている実情であるから、アクセントの関係上、両商標は称呼上混同を来たすおそれはない」ということは、上告人が原審において主張したところである。

(二) 原判決が本願商標の尾音は「不明瞭」な発声による発音であると説示せる、その「不明瞭」の意味は、その尾音が「リヤー」、「リヤ」、「リアー」または「リア」であるから、「特定的でない」という意味であるのか、それとも「聴き取りにくい」という意味であるのか、判文上明らかでないが、若し「特定的でない」という意味であるとするならば、その尾音は、実際の取引において、「リヤー」、「リヤ」、「リアー」または「リア」の四つのうちの一つに特定されるものであって、同一人が同時に、例えば、「ファミリヤー」と「ファミリア」とを発音するというようなことは到底できないことであるから、実際の取引においては、一つの称呼に、択一的に特定されるものであり、また原判示の「不明瞭」の意味が、「聴き取りにくい」という意味であるとすれば、引用商標の尾音「リー」に対し、本願商標の尾音「リヤー」、「リヤ」、「リアー」または「リア」のうちいずれか一つが、何故に「聴き取りにくい」称呼であるといわれるのかが一向に明らかでなく、理由説明において十分でないものがあると相信ずる。

(三) また原判決は、前記(2) 、(3) のように本願商標と引用商標との間に「尾音に前記のような差があ」る事実を確定しながら、(a)「取引の実際が簡易迅速を旨とする」ことおよび(b)両商標の指定商品が、「せっけん、歯みがき、香料といったようなものであることから、その購買者が一般家庭婦人である場合が少なくない」から、本願商標と引用商標とは、称呼上相紛れるおそれのあるものである旨判示したのであるが、

(A) 本件両商標の指定商品は、原審の事実確定の如く「せっけん、歯みがき、香料」などであり、「その購買者は一般家庭婦人である場合が少なくない」のであるから、大体において、手に取り、目で見て、その取引をするものであって、問屋等における大口取引または同じ商品の追加注文等の場合を除いては、電話などによる取引の殆んどせられない性質のものである。従って、本件両商標にあっては、一般消費者について考える限り、電話などによる取引の盛んに行なわれる商品を対象とする商標とは、自ら異なるものがあり、また問屋等大口取引者間にあっては、商標による指示その他の取引は、一般消費者の場合に比して、はるかに注意深くなされる実情であるから、如何に「簡易迅速を旨とする取引」界にあっても、前記の程度の差があれば、その称呼の点においても、彼此混淆のおそれはないものである。

(B) この事実は、原判決が、《証拠略》に、『「FAMILIAR」と「ファミリー」』、『「FAMILY」と「FAMILIAR」』というように、それぞれ前者の先願、既登録商標が存するのに、後者の商標が登録されている」事実確定をしているように、「被服、手袋など」の商品にも、「傘、杖、はき物など」の商品にも、全く同一商品について、「ファミリー」(またはこれと同一性を有する「FAMILY」)と「FAMILIAR」の各商標を、別箇に、各人別に、その登録を許可している被上告人特許庁の取扱いからも、また業者間においても、需要者間においても、「ファミリー」と「FAMILIAR」とが誤認混同せられたことがない事実(原審各証人も、取引の実際において、両商標が誤認混同された事実についての供述は皆無である)が、これを裏付けしているものである、と相信ずる。

三、以上の理由により、原判決は、経験則に背戻し、審理不尽、理由不備の違法があるものであり、これらの違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものである。

第四点原判決は大審院判例に背戻し、審理不尽、理由不備の違法がある。

一、原判決は、上告人の原審における『本願商標「FAMILIAR」は、原告会社の商号から採って商標としたもので、それが商号としての簡潔にして統一した印象を与えるものであ』り、『(一体不可分に観念されると同時に)、一体不可分に称呼され、「ファミリ」と「ア」に分離して(観念)、称呼されたり、「ファミリ」と略称されたりすることはない』から、「引用商標と称呼上区別される」との主張を掲記し、「それは分離称呼されたり略称されたりするものでないこと原審における上告人の主張するとおりである」旨判示しながら、「引用商標との語尾の称呼上の相違にも一般需要者が注意を払い、引用商標との間に混同を避け得るといったような特別の事情の存在の立証」を要するものと説示し、「そのような特別の事情の存在は何ら立証されていない」旨判示して、上告人の原審における主張で排斥した。

二、しかし、(一)大審院昭和一五年(オ)第七九六号、昭和一六年二月一三日判決は、二つの商標が「共に其の発音頗る簡単明瞭」なものは、多少の相違でも明白に区別されるから、その中の一つの商標が、その商品の「販売業者に於て著名にして勢力ありとするも」、「称呼上聴く人の如何を問はず混同誤聞せらるる虞亳末も存在することな」きものであると判示されており、(二)また大審院昭和一五年(オ)第五六四号、同年一一月六日判決は、「称呼の類否を判定するに当りては、取引上用いらるる音の長短其の他の音調の差異により」、「『一般取引上普通の注意を以って容易に之れを判別し得る』や否やを審査せざるべからず。」「而して本願商標と引用商標を比較するに両者は」「『其の称呼においても、本願商標の「ナンコー」と引用商標の「ナンコ」とは語尾が前者は長音なるに、後者は短音なるの差あり。』」「類似商標なりと断じ去りたるは、審理不尽の違法」があると判示された。

三、これを本件について観るに、本件の両商標は「ともにその発音が頗る簡単明瞭」なものであって、両商標ともにこれ以上省略して称呼しようにも省略することが到底できないほどに、いわば極度限にまで「煮詰った」ということができる一語であることは、原判決が前記のように、取引の実際において、「それは分離称呼されたり略称されたりするものでない」事実を確定していることによるも明らかなところである。如何に「簡易迅速を旨とする取引」界においても、本件の両商標は、これ以上省略しようにも省略しようのないほどに「頗る簡単明瞭」な称呼を生ずるものであるから、「多少の差でも明白に区別し得られる」ものであって、引用商標の尾音の「リー」に対し、本願商標の尾音は、「リヤー」(「リヤ」、「リアー」または「リア」)であるという程度の差があれば、仮りにアクセントの重要な相違を度外視しても、前記大審院昭和一五年一一月六日判決の判示されている『一般取引上普通の注意を以って容易に之れを判別し得る』という機能を、充分に発揮することができるところのものである。何となれば、引用商標の第三、四音「リー」のうちの第四音は、実際の取引において、第三音に吸収されて、その存在を消滅する傾向のあるものであって前音に対し、対等的、独立性のない音であることは、原判決が『「ファミリ」の三連音だけで』、引用商標の「連想、印象を呼ぶ」と判示していることによっても明らかであるに対し、本願商標の第三、四音の「リヤー」の第四音は、実際の取引においても、前音に対し、対等的独立性をもって、その存在を、連続音として発揮し得るからであり、しかも、その上に本件の両商標はアクセントの重要な差異があるからである。故に本件の両商標が、前記のように「ともに其の発音頗る簡単明瞭」なものであるに拘わらず、原判決は、この事実を前記の如く「それは分離称呼されたり略称されたりするものでない」との判示をもって肯認しながら(または少なくとも右事実を否定することなくして)、前記原判示のような「特別の事情の存在の立証」を要する旨判示したのは、前記大審院判例の判旨に背戻する違法があるばかりでなく、右「特別の事情の存在の立証」がないとして、上告人の原審における主張を排斥し去ったのは、審理不尽、理由不備の違法があるものである、と相信ずる。

<以下省略>

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