大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(あ)487号 判決 1969年3月18日

主文

本件上告を棄却する。

理由

一、弁護人青柳盛雄、同安達十郎、同田代博之、同小見山繁、同小林幹治、同木沢進、同椎名麻紗枝の上告趣意第一点の一について。

所論は、公職選挙法一四二条一項、二四三条三号が憲法二一条一項に違反する旨主張するが、公職選挙法一四二条一項が憲法二一条一項に違反しないことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和三七年(あ)第八九九号同三九年一一月一八日大法廷判決、刑集一八巻九号五六一頁、昭和四〇年(あ)第七五九号同年一一月二日第三小法廷判決、裁判集刑事一五七号二二三頁)、公職選挙法一四二条一項の罰則である同法二四三条三号もまた憲法二一条一項に違反しないことは、右の判例の趣旨に徴して明らかであるから、所論違憲の主張は、理由がない。

二、弁護人青柳盛雄ほか六名の前記上告趣意第一点の二について。

所論は、憲法二一条一項違反をいう点もあるが、その実質はすべて単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ、職権により調査すると、つぎのとおりである。

原判決は(判決書六枚目表六行目から七枚目裏八行目までの部分において)、他の個人または団体に対し特定の議員候補者の推薦を依頼する行為は、その候補者を当選させるため同人に投票を得しめようとするものであるのが通常であるから、特別の事情のない限り選挙運動と解すべきである旨の法律解釈を前提として、被告人らの原判示折竹寿江ほか四名に対する各文書配付行為が、被告人らにおいて配付の相手方所属の各労働組合に対し野村候補の推薦を依頼し、その討議資料として文書を交付したものであるとしても、それは、同時に野村候補を当選させる目的で相手方の組合員らの支持、投票を得ようとしてしてものであることはいうまでもないから、被告人の行為は選挙運動であり、各文書の配付は選挙運動用文書の頒布であると解するのが相当であると判断していると認められる。

ところで、まず、公職選挙法一四二条一項にいう選挙運動のために使用する文書とは、文書の外形内容自体から見て選挙運動のために使用すると推知され得るものでなければならないが(昭和三五年(あ)第一一七三号同三六年三月一七日第二小法廷判決、刑集一五巻三号五二七頁参照)、選挙運動のために使用されることが、その文書の本来の、ないしは主たる目的であることを要するものではないと解すべきであり、その選挙運動において支持されている候補者(または立候補が予測ないし予定された者)は、必ずしも一人であることを要するものではなく、複数人であつても、それが特定されていれば足りるものと解すべきである。この見地から原判決認定の本件頒布文書を見ると、折竹寿江に配付したものは、野村候補の氏名、写真および「日本共産党都議候補(板橋)」との表示が掲載された五号ポスター(無証紙)一枚、同候補の氏名、写真、略歴、決意、推薦者氏名等が掲載された文書(パンフレット)五枚、同候補の氏名を記入した日本共産党東京都委員会委員長および同党板橋区委員会委員長連名の「推薦御依頼」と題する文書一枚、同候補の氏名を記入した「推薦決定通知」と題する文書(用紙)一枚であり、石塚長三、服部徹也、大関新一郎、佐藤正安にそれぞれ配付したものは、野村正太郎を含む予定候補者二九名の氏名、年令、現職、選挙区を記載した「日本共産党東京都議会議員選挙予定立候補者一覧(七月三日現在)」と題する文書二枚ずつであつて、いずれも前記の意義において選挙運動のために使用する文書と認めることができる。

つぎに、公職選挙法一四二条一項は、同条項各号所定の通常葉書を除いて、前記説示の意義における文書を選挙運動として頒布することを禁止したものであり、これを選挙運動の準備行為として頒布することまで禁止したものではないと解すべきである。従つて、さらに、候補者推薦依頼行為と選挙運動との関係について考えなければならない。

およそ、特定の選挙が施行されること、そして特定の人がその選挙に立候補することが予測され、あるいは確定的となつた場合において、或る者が、外部から、他の個人または団体に対し、その特定の人を当該選挙において支持すべき候補者として他の者または団体構成員に推薦されたい旨の依頼をする行為が、選挙運動の準備行為に過ぎないものであるか、あるいは推薦依頼に名を藉りた投票依頼行為であつて、選挙運動に該当するものであるかは、当該推薦依頼行為の相手方、時期、方法その他の具体的な事情によつて決定されなければならないところであつて、必ずしも一概に論断することはできない。しかし、遅くとも選挙の公示または告示があつた後の時期においては、各候補者の立候補屈出があり、選挙期日も切迫して各候補者の選挙運動が展開されているのが通常であるから、この時期におけるいわゆる推薦依頼行為は名は推薦依頼であつても、その実質は、特別の事情のない限り、当該候補者を当選させるための投票依頼行為であつて、選挙運動に該当するものと認めるのが相当である。

このような見地から本件を考察するに、第一審判決および原判決の各判示によると、本件東京都議会議員選挙は、昭和四〇年七月八日に告示され(野村正太郎は、即日立候補した。)本件文書頒布は、この告示後に行なわれたものであつて、しかも、各配付の相手方は、いずれも被告人の立場からは外部の者であるから、前記の理由により、特別の事情のない本件においては、被告人の本件文書頒布行為は、野村候補のための選挙運動と認めるのが相当である。原判決の前記法律解釈は、候補者推薦依頼行為の時期等を問わないで、一般的に、特別の事情のない限り、それは選挙運動であると解した点において相当ではないが、本件について被告人の行為が野村候補のための選挙運動であるとした前記判断は、結局において誤りではない。

そして、原判決は、被告人らの行為が選挙運動であることを理由として各文書の配付は選挙運動用文書の頒布であると解しているが、或る文書が選挙運動のために使用する文書であるかどうかは、前述のとおり、まず、その文書の外形内容自体により決定されるべきものであるから、この判断を経ない原判決の右解釈は、その限りにおいて相当ではないが、被告人らの行為が公職選挙法一四二条一項に違反するとした判断は、以上の理由により、結局においてこれを維持することができる。

三、弁護人青柳盛雄ほか六名の前記上告趣意第二点の一(五)について。

所論は、判例(昭和二六年(あ)第二四三六号同三一年七月一八日大法廷判決)違反をいうが、同判例は、本件と事案を異にし、適切ではないから、論旨は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない(原判決判示の本件文書頒布行為、本件選挙の告示の日および本件文書の各配付の相手方がいずれも被告人の立場から外部の者であることは、第一審判決が確定した事実、または原審が事実の取調をして確定した事実であつて、被告人の行為が公職選挙法一四二条一項に違反するとの前記判断は、かかる事実に基づくものであるから、所論引用の前記大法廷判決の判示する刑訴法四〇〇条但書の趣旨に牴触するものではない。もつとも、原判決は、さらに、判決書七枚目裏八行目から八枚目裏八行目までの部分において、証拠を検討して若干の情況事実を認定したうえ、本件文書頒布行為は、当該労働組合に対する野村候補の推薦依頼ではなく、選挙運動用文書の頒布そのものである旨判断しており、この事実認定と判断には、刑訴法四〇〇条但書の解釈を誤つた嫌いがないとはいい難いが、原判決の理由のうちこの部分は、その前の判示に附加した余論であつて、かりにそこに法令違反が存するとしても、原判決の結論には、影響を及ぼすものではない)

四、弁護人青柳盛雄ほか六名の前記上告趣意第二点のその余の所論について。

所論は、憲法二一条違反をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

五、弁護人浜口武人、同柴田五郎の上告趣意一の第一について。

所論は、公職運動法一四二条一項にいう「選挙運動」の意義が不明確であることを前提として、同条項、同法二四三条三号が憲法三一条に違反する旨主張するが、公職選挙法における選挙運動の意義が所論のように不明確であるということはできないから(昭和三八年(あ)第九八四号同年一〇月二二日第三小法廷決定、刑集一七巻九号一七五五頁参照)、所論違憲の主張は、前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

六、弁護人浜口武人ほか一名の前記上告趣意一の第二について。

所論のうち公職選挙法一四二条一項、二四三条三号が憲法二一条一項に違反するとの論旨の理由のないことは、さきに弁護人青柳盛雄ほか六名の上告趣意第一点の一について判示したとおりであり、その余は、憲法二一条一項違反をいう点もあるが、その実質はすべて単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない(選挙運動とその準備行為に関する所論については、さきに弁護人青柳盛雄ほか六名の上告趣意第一点の二について、判示したとおりである)

よって、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(下村三郎 田中二郎 松本正雄 飯村義美)

弁護人青柳盛雄、同安達十郎、同田代博之、同小見山繁、同小林幹治、同木沢進、同椎名麻紗枝の上告趣意

第一点 原判決は憲法第二一条第一項に違反するものであり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されなければならない。

一、<略>

二、公職選挙法第一四二条解釈適用上の違憲性について

(一) 原判決は推せん依頼行為をもつて原則として公職選挙法第一四二条の選挙運動に該るものと独断的な判断をしている。

しかもその根拠として、公職選挙法の規定には、選挙運動の意義についての規定がないのをさいわいに、旧憲法時代の昭和一一年二月二七日大審院判決のとつた選挙運動の概念をそのまま鵜のみにして、右のような判断を導き出しているのである。

右大審院判決によれば、選挙運動とは、特定の議員選挙における、特定の議員候補者を当選させるについて、直接または間接に必要かつ有利な諸般の行為をすることとされている。

しかし、かかる選挙運動の概念によれば、究極において特定選挙における、特定候補に結びつくいかなる行為も、その態様如何にかかわらず、全く無限に選挙運動になり、ことに今日のように政治のしくみが社会のすみずみにまで広く行きわたつている時代においては、個人の日常生活の殆んどが選挙運動であるという、まことに奇妙なことになる。果して、原判決は、推せん依頼行為の一態様として、特別の事情により特定の議員候補者を当選させる目的、同候補者に投票を得若しくは得しめる意図がないか、仮りにあつてもこれを選挙運動と認めることが社会通念に反するような特殊な場合には選挙運動にはならないなどと、かかる概念規定の非常識さをとり繕わんとしている。

しかし、原判決の言うような特殊な場合などはありえず、結局原判決はすべての推せん依頼行為をもつて公職選挙法によつて規制をうける選挙運動であると言つていることになるといわなければならない。

(二) ところで、かかる非常識な判断の原因は、原判決が旧憲法時代の大審院判決の概念規定をそのまま鵜のみにして、今日の選挙活動を律しようとしたことにあるのである。

法律の範囲内でのみ言論表現の自由が許された旧憲法時代での選挙運動に対する規制と、かかる旧憲法下の言論弾圧が大きく日本の進路を誤らせたことを深く反省し、民主主義の基礎としての言論表現の自由を殆んど絶対的に保障した現憲法下の選挙運動に対する規制とはおのずから異ならなければならないものであることは、まことに明らかである。

すなわち旧憲法下においては政治活動の自由はほとんど認められていなかつたのであるから、選挙法の規制対象となる選挙運動の意義はとかく広く解されがちであつた。そういう状況の下でなされたのが前記大審院判決である。これに対し美濃部達吉博士の貴重な批判があつたことは、原審の答弁書記載のとおりである。

しかし現憲法のもとでは事情は根本的に変化している。憲法第二一条は殆んど絶対的に思想表現の自由を保障し公職選挙第一条もまた自由な選挙活動と政治活動の自由を保障している。

かかる状況のもとでは、政治活動の自由に対する規制は厳に戒しめなければならず、公職選挙法の規制対象となる選挙運動の定義は厳しく限定的でなければならないのである。したがつて、公職選挙法による規制がかりに合憲であるとしても、前記大審院判決のようなあまりにもあいまいで、非限定的な選挙運動の定義をもつて即公職選挙法のいわゆる選挙運動と解することは到底許されないのである。

そうだとすると、公職選挙法の規制対象となる選挙運動は美濃部博士が指摘したように外部的客観的に認識できるものであることを要しかつ定型的なものでなければならないと考える。そして公職選挙法の他の諸規定(たとえば第一三八条の二など)と統一的に解するとき、選挙運動は客観的にみて投票依頼行為に厳格に限定して解し、それ以外の選挙活動は自由に行なわれるものと考えなければならない。このように解しないかぎり明らかに憲法二一条に違反することになるのである、だからこそ前記一で述べた形式犯処罰の不当性ないし違憲性を暗に承認した従前の裁判例、行政解釈は、「選挙運動」にあらざる「政治活動」や「内部行為」「準備行為」の範囲を認めることによつて現憲法との矛盾衝突を避けてきたのである。(原審答弁書参照)

(三) また、推せん行為は戦前から選挙運動そのものではなく、その準備行為として選挙法の規制の対象となり得ないものであり、自由に行えるものとして行政解釈ならびに裁判例においてその合法性を認められてきた、そして推せん行為が適法であれば、推せんを得るために特定の個人または団体に働きかける行為である推せん依頼行為もまた当然に適法とされてきたのである。さらに労働組合に対する推せん依頼は、イ、推せん依頼の対象が労働組合という団体であつて個々の選挙人ではないこと、ロ、団体としての推せん決定を求めるものであつて個々の選挙人からの投票を得ることを目的にしておこなう働きかけではないことの二点において、到底右投票依頼行為とはいえず、公職選挙法の規制対象たる選挙運動に該らないものと言うべきである。したがつてかかる推せん依頼に際しては推せんの対象を知り、推せんの当否を検討するために必要な資料として、一定の文書が不可欠であることも言うをまたないのである。それゆえ文書をもつて推せんを依頼すること、推せんに必要な資料として文書を交付することもまた公職選挙法一四二条の規制とはかかわりなく自由に行ないうるものとして認められなければならないのである。

(四) 公職選挙法は第一条において「この法律は日本国憲法の精神に則り……」と規定しているのであつて、かりに、同法第一四二条が違憲でないとしても、憲法第二一条の表現の自由に対し、制限を加えるものである以上、その解釈適用については充分慎重でなければならず決して濫用することは許されないのである。

本件被告事案の対象となつた労働組合に対する推せん依頼行為は、永年の実践によつて労働組合の推せん決定行為とともに、選挙時における革新政党と労働組合との正しい協力関係として、行政当局ならびに裁判例によつて公職選挙法の規制対象外のものであることが確認されてきたことはすでに述べたとおりである。

しかるに、原判決は旧憲法下の大審院判決のいわゆる選挙運動の概念をもつて、公職選挙法第一四二条の規定を補充し、結局同法一四二条を不当に拡大解釈して、推せん依頼行為を違法視し、それこそ自らのいわゆる「選挙の公正」を害する結果を招いているのである。

しかも、わが国の労働組合運動の歴史に照しても、また、労働者の生活と権利が深く政治と結びついている今日においては、とくに労働組合と革新政党の協力関係を保障することが日本の民主々義の確立のため不可欠のものであるところ、原判決のような公職選挙法の拡大解釈は結局において、このような労働組合と革新政党の協力関係を破壊し革新勢力の活動を不当に抑止し、ひとえに保守勢力の側に味方する偏な結果となるのである。

(五) 以上のとおり、原判決は不当に公職選挙法第一四二条を拡大解釈しその適用を誤り不当に表現の自由と政治活動の自由を侵害し、憲法第二一条第一項の誤りを侵しているのである。

第二点 <略>

弁護人浜口武人、同柴田五郎の上告趣意

一、原判決は違憲の法条を適用した点において、憲法の解釈に誤りがある。

第一 <略>

第二に、本件適用罰条は、言論、表現の自由を著しく制限するもので、憲法第二一条第一項に違反している。

仮りに、右法条そのものを違憲と断定することができないとしてもそれによる規制は、「憲法の精神に則り……選挙が選挙人の自由に表明せる意書によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主的政治の健全な発達を期する……」(公職選挙法第一条)という目的を達成するために、必要にして最少限の範囲にとどめられるべきであつて、民主政治の根本をなす「表現の自由」を不当に制限するものであつてはならない。

しかるに原判決は、本来「投福依頼」を目的としない「準備行為」までも、公職選挙法が規制対象としている「選挙運動」に該当するという、おどろくべき拡大解釈をおこなつている。これは現在の通説的見解にも逆行しており、憲法第二一条第一項の解釈を誤つたものと云わなければならない。 <後略>

<参考>第一審判決

(昭和四二年一月二五日宣告)

〔主文〕 被告人は無罪。

〔理由〕 (公訴事実)

本件公訴事実は、

被告人は、昭和四〇年七月二三日施行の東京都議会議員選挙に際し、板橋区から立候補した野村正太郎の選挙運動者であるが、同候補に当選を得させる目的で、氏名不詳者一、二名と共謀のうえ、同月一二日板橋区舟渡町一丁目八番地第一ガラス株式会社で、折竹寿江に対し、右候補者の選挙運動用五号ポスター一枚(無証紙)、同候補者の氏名、写真、略歴、決意、推せん者氏名等を掲載した文書五枚、同候補者の氏名を明記した日本共産党東京都委員会委員長名義等の「推薦御依頼」及び「推薦決定通知」と題する文書各一枚を配布したほか、別紙一覧表記載のとおり、同日及び同月一四日に、石塚長三ほか四名に対し、それぞれ「日本共産党東京都議会議員選挙予定候補者一覧(七月三日現在)」と題して右候補者の氏名、年令、現職、選挙区が記載されている文書二枚づつを配布し、もつて法定外選挙運動用文書を頒布したものである。

ということである。

(無罪の理由要旨)

按ずるに、証拠調の結果によると、まず野村正太郎が昭和四〇年七月八日告示のあつた即日届け出て、日本共産党から公訴事実指摘の東京都議会議員選挙に板橋区より立候補したこと及び被告人等が日本色素製造株式会社の労働組合執行委員長石塚長三、第一屋製パン株式会社庶務係員守衛代行服部徹也、扶桑軽金属株式会社警備員大関新一郎、東京渡辺製菓株式会社労働組合長佐藤正安に公訴事実指摘の日時、場所で、その指摘の予定候補者一覧表二枚あてを配布したこと明らかであり、又理研化学株式会社労働組合執行委員長山本博能が前回指摘の日時、場所で、同指摘の文書二枚の交付を受け、その交付者が被告人等であつたろうことは略間違いないと認められる。これに反し、第一ガラス株式会社労働組合事務員折竹寿江は被告人等からアカハタ数部の交付を受けたことが認められるだけで、同女自身が公訴事実指摘のような各種文書(これらの入つた封筒も)を受け取つた事実は結局においてまだこれを確認するに充分でない。(領置にかかる面会票その他の証拠物〔昭和四一年押第五一八号の一乃至三九〕の種類、内容、証人門脇弘泰の供述などからしてもなお疑問が残る)

そこで次の問題は右予定候補者一覧表の配布であるが、被告人及び弁護人は、右はいずれも被告人等が右各会社の労働組合に対し、野村候補の推せん決定の依頼に赴き、その討議資料の一としてこれを行つたものである旨主張し、これに対し、検察官は、右が真実被告人側主張のとおりであれば別として、本件配布は被告人等が野村候補に当選を得させる目的で、労働組合に対する推せん決定の依頼に名を藉り、同候補のための選挙運動の一環として行つたものである旨反駁するので、検討すると、<証拠>を総合すると、前記石塚、服部、大関、佐藤に対する配布行為はいずれも会社の労働組合に対する前記候補の推せん決定の依頼のための配布と認めるのが相当であり、これに引替え、前記山本に対する場合は、組合に対する推せん決定の依頼をことわられたため、その場の行きがかり上、同人個人に対し同候補の応援を依頼して前記文書を交付するにいたつたものであることが認められる。

ところで、右予定候補者一覧表が一応外形上選挙運動のために使用する文書であると認められるとしても、各労働組合の推せん決定及びその依頼行為が一般に選挙運動の準備行為として認容せられていることは検察官も敢えて争わないところと認められるところ、果してそうとすると、かような依頼行為は選挙の告示の前後によつて取扱を異にされるべき理由はなく、そしてそれが告示後でも可能であるとすると、推せん決定をするにつき必要な討議資料の提出交付は告示後も当然なお許されて然かるべきものといななければならない。今本件のうち石塚、服部、大関、佐藤に対し被告人が前記一覧表を各交付した場合は、その文書の内容、枚数等に微し各組合において候補者の推せん決定をするに必要な限度内のものであつたと認めて差支えなく、いまだもつてこれを違法な犯罪行為であつたというにはあたらない。又山本に対して交付した場合は、前記認定のように組合に対する推せん決定の依頼をことわられたため、その場の行きがかり上、同人個人に野村候補の応援を依頼するにいたつたもので、これらの事情からして、右一回的交付をもつて直ちに頒布行為ということができるかどうか甚だ疑わしいといわなければならない。

以上これを要するに、公訴事実指摘の折竹に対する配布行為はなおこれを確認するに足らず、石塚、服部、大関、佐藤に対する行為はいまだ許されないものとは認められず、又山本に対する行為はなお頒布行為といえるかどうか疑わしく、結局被告人に対しては本件につき全部無罪を言渡さなければならない。

よつて刑事訴訟法第三三六条により主文のとおり判決する。

(東京地方裁判所刑事第二二部)

一覧表

番号

配布年月日

配布場所

被配布者

1

昭和四〇年七月一二日

板橋区舟渡町二の一六

日本色素製造(株)

石塚長三

2

同区蓮根町二の一六

第一屋製パン(株)

服部徹也

3

同区長後町二の八

抹桑軽金属(株)

大関新一郎

4

同町二の七

理研化学(株)

山本博能

5

同月一四日

同区蓮根町二の一四

東京渡辺製菓(株)

佐藤正安

<参考>第二審判決

〔主文〕 原判決を破棄する。

被告人を罰金三〇〇〇円に処する。右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し公職選挙法第二五二条第一項に定める選挙権及び被選挙権を有しない期間を一年に短縮する。

原審及び当審における訴訟費用中、原審証人山本博能、同手塚淳一郎に支給した分を除くその余を被告人の負担とする。

〔理由〕 <前略>論旨に縷述するところは、要するに、原判決には、折竹寿江に対してはアカハタ以外の文書は配付していないとした点において事実の誤認があり、石塚長三、服部徹也、大関新一郎及び佐藤正安に文書を配付したのは、同人らの所属の労働組合に対し候補者野村正太郎の推せんを依頼しその討議資料として交付したもので、選挙運動の準備行為であり、また、山本博能に対する一回的な文書の配付は未だ頒布とはいえないから、法定外選挙運動用文書の頒布というに当らないとした点において、公職選挙法第一四二条の解釈、適用を誤つた違法があり、以上の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないというのである。

よつて、案ずるに、原判決は、論旨に掲げるとおり、被告人らは、昭和四〇年七月二三日施行の東京都議会議員選挙に際し、板橋区から立候補した日本共産党所属野村正太郎候補のため、六名の者に対し法定外選挙運動用文書を頒布した旨の公訴事実に対し、被告人らが、右候補者のため、原判示の日時、場所において、日本色素製造株式会社労働組合執行委員長石塚長三、第一屋製パン株式会社庶務係員守衛代行服部徹也、扶桑軽金属株式会社警備員大関新一郎、東京渡辺製菓株式会社労働組合長佐藤正安及び理研化学株式会社労働組合執行委員長山本博能に対し、公訴事実掲記の「日本共産党東京都議会議員選挙予定候補者一覧(七月三日現在)」なる文書を配付した旨公訴事実どおりの事実を認定し、第一ガラス株式会社労働組合事務員折竹寿江に対しては、判示日時、場所において、アカハタ数部を交付したことは認められるが、公訴事実掲記の選挙関係文書を配付した事実は、これを確認するに至らないとしたうえ、右石塚、服部、大関、佐藤に配付したのは、それぞれの労働組合に対し野村候補の推せん決定を依頼し、その討議資料として交付したものであつて、労働組合に対し推せんを依頼することは選挙の告示後と雖も選挙運動の準備行為として認容され、従つてその討議資料の交付は許されるべきことであるから、右の配付は違法でなく、公職選挙法第一四二条の選挙運動用文書の頒布に当らず、また、右山本に配付したのは、同人から労働組合に対する推せん決定の依頼を断られたため、その場所の行きがかり上同人個人に対し応援を依頼して交付するに至つたものであつて、右の一回的交付をもつて直ちに右法条の選挙運動用文書の頒布行為といい得るかは疑わしいから、結局、被告人は無罪である旨判示した。そこで記録を精査、検討すると、原判示都議会議員選挙における原判示議員候補者の選挙対策事務所において選挙運動に従事していた被告人が、一、二名の者と共に、原判示日時、場所において、右候補者のため、原判示石塚長三、服部徹也、大関新一郎、佐藤正安に対し原判示文書を配付したことは原判示のとおりである。しかし、原判示折竹寿江に対する点については、被告人が、一、二名の者と共に昭和四〇年七月一二日第一ガラス株式会社労働組合事務所において、同組合事務員の折竹に対し、アカハタ一〇数部を交付したことは原判示のとおりであるほか、証人折竹寿江、同門脇弘泰の原審公判における各供述、押収してある面会票一枚、アカハタ一六部、推薦御依頼と題する書面一枚、推薦決定通知と題する書面一枚、野村正太郎の氏名、写真等を掲載した文書五枚、ポスター一枚(以上、順次、東京高等裁判所昭和四二年押第二七七号の一〇一一、一ないし四)によつて認められる被告人らが折竹を訪ねた日の五日位前(なお、野村候補が立候補の届出をしたのは同月八日の告示の当日である)から、五日後の同月一七日右労働組合委員長門脇弘泰が同労働組合事務所の折竹の机上に右アカハタを除くその余の文書が置かれているのに気付くまでの間、右事務所に出入りした共産党関係者、野村選挙対策事務所関係者としては被告人とその同伴者二名の外になかつたこと、右労働組合は民主社会党を支持していたのであるから、同組合員が事務所内に共産党所属野村候補の推せん依頼その他の文書を持ち込むことは通常はあり得ないこと、被告人らは、その際折竹に対し、共産党に加入することを勧契し、パンフレットを示してそれを読むことを勧めているのであるから、アカハタを四つ折にした中に他の文書を入れる可能性が大きいこと、なお、折竹に対する文書配付の日時、相手方、態様等は前記石塚ら四名に対する場合と極めて類似していて、右四名に配付した野村候補の選挙関係文書を折竹にだけ配付しない格別の理由のないことを考え併せると、被告人らは、折竹に対し、アカハタと共に公訴事実掲記の文書を交付したものと推認されるのである。これに反し、原判示理研化学株式会社従業員組合執行委員長山本博能に対する点については、同人に対し、原判示日時、場所において、二、三名の共産党の者が原判示文書を配付したことは明らかであり、本件における他の文書配付の日時、相手方、態様、文書の種類、内容等を比較検討すると、山本に対し文書を配付したのも被告人らではないかと解せられる節が多分にあるのであるが、配付の相手方である証人山本博能の原審公判における供述によると、同人には配付者のうちに被告人がいたか否かの記憶がなく、他に被告人が配付したことを認むるに足る証拠がないから、未だ被告人が配付したものと断定するまでに至らない。しかして、公職選挙法第一四二条第一項公(職選挙法第一四二条第一項、第二四三条第三号は文書による選挙運動を制限しているが、かかる制限が弁護人主張のように憲法第二一条第一項に違反しないことは既に判例の存するところである。昭和三〇年四月六日最高裁判所大法廷判決、刑集第九巻第四号八一九頁参照)にいわゆる選挙運動とは、特定の議員選挙における特定の議員候補者を当選させるため、投票を得若しくは得しめるについて直接又は間接に必要かつ有利な諸般の行為をすることをいうのであり(昭和一一年二月二七日大審院判決、刑集第一五巻一八〇頁参照)、他の個人又は団体に対し特定の議員候補者の推せんを依頼する行為は、同候補者を当選させるため投票を得若しくは得しめようとするものであるのが通常であつて、その限りにおいて前記選挙運動の性格を具有しているのであるから、その実体は選挙運動であるというに妨げなく、右の依頼による団体の推せん決定、これを同団体員若しくは下部組織に通常採られる告知方法と同一の方法により告知するというような内部的、自律的な推せん活動が選挙運動というに当らないからといつて、前記の推せん依頼行為自体を選挙運動でないということはできない。してみると、原判決にいう選挙運動の準備行為として認容される推せん依頼行為とは、結局、右以外の場合、即ち、特別の事情により特定の議員候補者を当選させる目的、同候補者に投票を得若しくは得しめる意図がないか、仮りにあつてもこれを選挙運動と認めることが社会通念に反するような特殊な場合でなければならない。本件において、被告人らが前記石塚ら五名の者に対し前記の文書を配付した趣意は、文書を入れた封筒に相手方組合宛の記載があつたものがあり、また、在中の文書中にもいずれも推せん依頼、推せん決定通知の文書が含まれていたことからすると、各組合に対し推せんの依頼をして文書を交付したものと解されないこともなく従つて、原判示のとおり被告人らは相手方の労働組合に対し野村候補の推せんを依頼し、文書はその討議資料として交付されたものであるとしても、右は、同時に野村候補を当選させる目的で、相手方の組合員らの支持、投票を得ようとしてなしたものであることはいうを俟たないところであるから、被告人らの行為は選挙運動であり、各文書の配付は選挙運動用文書の頒布であると解するのが相当である。しかも、各証拠を仔細に検討すると、被告人らは、相手方に対し、野村選対或いは野村選挙事務所から来た旨を明らかにしているのであるが、その際少くとも前記石塚長三及び佐藤正安の両名に対しては、前者が相手方労働組合の執行委員長、後者が同労働組合長である関係上一言訪問の目的が組合に対し推せんを依頼するものである旨の来意を告げるべきであるのに敢えてこれを明言していないこと、本件の配付文書は、候補者に無縁な各労働組合において推せんの討議資料とするものとしては、内容において貧弱であり、部数も少数に過ぎる嫌いがあること、野村候補は共産党所属の候補者であるが、相手方の各労働組合は民主社会党系又は無所属であることが明らかであるところ、被告人は敢えて事前にそれを確かめもしないで無差別的に本件各文書を配付し、又、被告人ら自身も相手方の労働組合又は会社と従来格別のつながりがなく、従つて、相手方の労働組合の推せん決定を得難いことはほぼ明白であつたことが認められ、これらによると、本件は労働組合に対する推せん依頼の形式を採つただけで、真実労働組合に対し推せんを依頼し、或いはこれを期待したものではなく、単に、野村候補を当選させるため、相手方労働組合、会社関係者の支持、投票を得ようとして配付したもので、殊更労働組合の推せん決定の討議資料にするという意図によるものではなかつたものと解せられ、従つて被告人の本件所為は選挙運動に当り、選挙運動用文書の頒布であるといわなければならない。してみると、山本を除くその余の五名に対する本件文書の頒布は、公職選挙法第一四二条第一項に違反し、同法第二四三条第三号に該当することが明らかである。それ故、原判決には、折竹寿江に対し、選挙運動用文書を配付したことは認められないとした点及び山本博能に対し文書を配付したとした点において事実の誤認があり、爾余の四人に対する文書の配付は法定外選挙運動用文書頒布罪を構成せず、無罪であるとした点において法令の解釈、適用を誤つた違法があり、以上の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。<後略>

(東京高等裁判所第九刑事部)

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