大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)1438号 判決 1967年10月31日

上告人

前田なみ

右訴訟代理人

三宅厚三

被上告人

早瀬キヌ子

被上告人

早瀬タツノ

右両名訴訟代理人

尾関闘士雄

被上告人

ゴンチヤロフ製菓株式会社

右代表者

三戸伊之介

右訴訟代理人

堀正一

主文

原判決を破棄し、本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告人代理人三宅厚三の上告理由について。

不動産の譲受人がいまだその取得登記をしない間に、その不動産について譲渡人を債務者として処分禁止の仮処分登記が経由された場合には、譲受人がその後に所有権取得登記をしても、譲受人は所有権取得そのものを仮処分債権者に主張することができないものと解すべきである(昭和二六年(オ)第一三七号同三〇年一〇月二五日最高裁判所第三小法廷判決・民集九巻一一号一六七八頁、昭和二八年(オ)第一三四〇号同三〇年一二月二六日同第二小法廷判決・民集九巻一四号二一一四頁)。したがつて、被上告会社の所有権取得以前に上告人から処分禁止の仮処分登記があつた事実は、なんら被上告会社の所有権取得の妨げとならない旨の原判決の法律解釈は誤というべく、この点において原判決は破棄を免れない。なお原判決は、右の仮処分登記もその後取り消されていることが記録上明らかであると付言している。その後仮処分が取り消されたならば、被上告会社は、その所有権取得を上告人に対抗できるわけであるから、右原判決の誤は結論に影響を及ぼさないこととなる。しかし、本件記録によれば、右仮処分の取消判決があつたことは認められるが、該判決が確定したことの証拠は見当らないこと、上告論旨指摘のとおりである。この点を更に審理させるため、本件を原審に差し戻すべきものとする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村二郎 松本正雄)

上告代理人三宅厚三の上告理由

一、二 <省略>

三、(法令違背(一))

然るに、原判決(理由第四頁第二行以下)は

本件不動産の所有名義は、すでに被上告会社に移転されているから登記簿上所有名義を有しない被上告人キヌ子、同タツノの両名に対して所有権移転登記手続を求めることの許されないことは多言を要しない。

と判示して、上告人の被上告人キヌ子、同タツノに対する本訴請求を失当であると認定し、前記処分禁止の仮処分登記の効力を全然否定しているのである。

従つて原判決は、不動産登記及び仮処分登記に関する法令の解釈を誤つたもので、明らかに法令に違背するものであり、右法令違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

四、(法令違背(二))

(一) 原判決は、上告人と被上告会社との関係につき、

要するに上告人は本件不動産について通謀虚偽表示をなした真の権利者たる訴外直吉より代物弁済によつて所有権を取得したものであり、一方被上告会社は通謀虚偽表示によつて本件不動産を譲受けた亡訴外善守の相続人たる被上告人キヌ子、同タツノの両名から善意でその各持分を買受けた者である。(原判決理由第七頁第五行以下)

と認定し、更に、

被上告会社が本件不動産につき、その所有権取得を以て上告人に対抗するには登記を経由することを要しないと解すべきである。(原判決理由第九頁第二行以下)

と判示している。

即ち、本件の場合に於ては、被上告会社と上告人との関係に於ては、被上告会社より観て、上告人は民法第一七七条の所謂第三者に該当しないと認定している訳であるが、

果してそうであろうか。

(二) この点に関しては注目すべき次の如き学説がある。

(学説一) 杉之原舜一著、不動産登記法(昭和三二年発行)第九一頁、

甲、乙間における不動産売買が通謀による虚偽表示が無効な場合。乙から該不動産を譲受けた善意の第三者丙は、民法第九四条第二項により該不動産の所有権を取得するも、その登記なき間に、甲が更に該不動産を丁に譲渡したときは、丁は丙に対して第三者に該当する。判例―大判9.7.23民録一、一五一頁―は、かような場合、甲は善意の第三者丙に対する関係においては無権利者なるが故に、丁は無権利者たる甲からその権利を取得し得る筈がなく、従つて丁は丙に対して第三者に該当せずとしている。然しかような判旨は、甲が丙、丁に二重譲渡した場合には、甲は既に丙に対しては無権利なるが故に、丁はもはや権利を取得する筈がなく、従つて丁は丙に対し第三者に該当せずと言うに等しく、誤りである。

(学説二) 舟橋諄一執筆、法律学全集一八巻物権法第一九三頁、

これに関連して注意すべきは、たとえば甲、乙間の譲渡が虚偽表示によるも、乙からの転得者丙が善意なるときは、甲からの二重譲受人丁が、乙丙間の移転につき登記欠缺を主張しうるかと言う問題について、判例は虚偽表示の無効は善意の第三者に対抗し得ないから丙から見れば、甲、乙間の売買は有効であり、乙が所有権を取得したこととなる。だから丁は無権利者となるのであつて、丁は丙の登記欠缺を主張し得る第三者には該当しない、と説く(大判大9.7.23民録二六輯一、一五一頁)。然し丙が実質的には物権を取得する関係にあると言うことと、かゝる実質的取得を登記なくして対抗し得ると言うこととは別問題だから、この場合といえども、丙は登記なくしては丙に対抗し得ない、言いかえると丁も「第三者」に該当と言うべきである。

(三) 物件は排他性を有する権利であるから取引の安全を計るため我が民法は「公示の原則」を採用し、第一七七条に不動産物権の変動は登記を以て対抗要件とするという大原則を規定している事実及び従来の民法第一七七条の解釈に関する幾多の事例並に判例、学説に依れば、前記杉之原、舟橋両氏の学説が理論的にも、実際的にも正当と認められるから大審院の古い前記判例は当然変更せらるべきものと信ずる。

従つて本件に於ては、被上告会社は登記を経由しなければ上告人に対抗し得ない、と解すべきことが当然である。

よつて原判決は、民法第一七七条の解釈を誤つたもので、明らかに法令に違背し、右法令違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

(註) 被上告会社が、本件不動産につき所有権取得の登記手続をなした当時には、既に上告人の前記処分禁止の仮処分登記がなされていたから本件第一審判決(その理由第六頁第一行以下)にも言う通り、被上告会社は民法第九四条第二項の善意の第三者に該当しない者と言うべきである。

以上の理由により原判決は当然破棄せらるべきものである。    以 上

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